唐突だが

 

実は、博麗の巫女の最近の服はアリス・マーガトロイド作である。

 

巫女服にも見えなくもないデザインで可愛らしい意匠を凝らした洋服。あまりに当たり前に巫女が着ているために一部であれが博麗の巫女服だと思われているほどの物だ。

袖が服本体から外れている為、肩から二の腕の上半分が露出、腕を上げれば腋を晒し出すというなかなかに色っぽいデザインとして里では有名になっているが、なにぶん着ている巫女がまだ若い少女の為、色っぽいというよりは健康的なイメージを醸し出している。

腋部分こそ奇抜なデザインではあるが、ところどころにリボンやフリルが付いており実に可愛らしい装いとなっていて、意外と里の女の子達に人気の洋服となっている。但し、腋部分を除く。

もっとも、巫女服と思われているとは言うが、その衣装の歴史は短くアリスが製作してから一年も経っていない。最近過ぎて歴史ってレベルじゃねぇ。

当然、それ以前は博麗の巫女も巫女である自覚からか、はたまた先代にきつく言われていたからなのか普通に巫女装束をその身に纏っていたわけなのだが、後に紅白の少女と形容される象徴になる洋服をアリスに作って貰ってからと言うもの、ほとんどその服を着込み、最早普通の巫女姿を見ることが出来なくなったと言われる程。

よっぽどその服が気に入ったのか、巫女装束が嫌だったのか、真実は博麗の巫女、博麗霊夢しか知らない……わけでもなく、実は八雲紫も知っていたりするが、特にそれに関して口を開こうとするわけでもないので、アリスは実情を知らない。

まぁ、アリスにしてみれば自分の作成した服を気に入ってくれている訳だし、これで実は無償と言うわけでもなく服に対する対価もそれなりには受け取っていたりするので、スキマ妖怪を含めていいお客様なのだ。

 

「お茶が入ったわ、冷めない内に味わって」

「ええ、ありがとう」

 

現在、アリス・マーガトロイドは霊夢の入れてくれた緑茶を受け取り神社の住居区部分の縁側でまったりと日向ぼっこ中。

霊夢も自分の湯飲みを手にし、一緒に庭を眺めるように腰掛ける。

 

季節は春。今年は冬が長く続くという異変があったため遅めの春。暦の上ではとうに花が散り緑色に覆われているはずの桜の木にも、まだまだ花びらが残る。

今年は今が花の散る時期になる様で境内や庭に桜の花びらが降り積もる。一見綺麗な景色なのだが、この落ちた花びらも暫くすると汚れた印象を与える姿に変化してしまう。

桜の花は散っても美しい、そんな固定観念がこの国には存在する為、その国の民である血がなせるのか霊夢もなんとなく汚れていく散り落ちた桜を見ていられず本日は朝から境内を竹箒を振り回して掃除をしていた。

 

そんな何気ない日の昼前の事だ、いつものフリルとリボンが特徴的な紅白の洋服を纏い、だんだん日が昇り暑くなってきた陽気に最近伸ばし始め背中まで届くようになった漆黒のストレートの髪を掻き揚げ首筋に風を通し、髪と同じくこの国の人間の特徴である黒い瞳を里に向かう道に向けたところ、珍しい事に視界に人の姿が映った。

正直、この神社を管理している身としてはアレだが、参拝客など皆無に近いので、どうせ時々来る里からの妖怪退治の依頼か、または最近何故か驚くほど頻繁に開催している宴会の催促かなどと断定し掃除を続行。

だが、視界に入って来たのは霊夢にとっては予想外の姿。一年程前から人里でちらほら噂になっていた魔法の森の人形遣い。

珍しい客でこそあったが、霊夢してみれば顔見知り、それも多少なりとも親交のある相手。いい加減掃除も飽きてきたところだったのでこれ幸いと彼女の訪問を歓迎し、現在の縁側お茶会に至る訳だ。

 

チラリと横目で霊夢がそのアリスの姿を盗み見ると、想像通りの無表情、何を考えてるか解らないながらも滲み出る雰囲気でお茶を楽しんでいる様子である。

何しに来たのかよく解らないが、普段から服の事などで世話にもなっているし、こういう騒がしくない花見も悪くないので霊夢も特に何も言うでもなく静かな時間を楽しんでいた。

 

一年程前、霊夢がアリスの事を知ったのは実は人里経由ではなく、マヨイガに住み時々呼んでもないのに突然訪問してくるスキマ妖怪の口から語られた内容からだ。

 

『ねぇ霊夢見てよこれ、いい服でしょ〜、魔法の森にセンスのいい服を作る魔法使いがいてね〜』

 

なんて言いながらスカートの端をつまんでクルリと回る大妖怪を見て、年考えろとか言いたかったが言ったら最後暴れそうなので心の中に仕舞った霊夢は偉いと思う。

そして笑顔でその魔法使い、アリスのことを語る内容からあの紫をしてどうも一目置いているような感じ。

正直当時はそんな魔法使いひょっとして危険な存在なのではないか、そもそも今までそんな存在聞いたこともなく、縁起にも載っていないということから多少の警戒を憶えたりもしたが、確かに紫の着ている服を見ると可愛い。加えて新しい服を着てはしゃいでいる紫もなんだか可愛い。

でも、とりあえず私は風呂に入っているんだから出て行け、と桶を投げて妖怪退治。

桶を避けて凶悪に揺れる盛り上がった胸を見て、これが貧富の差か……と嘆いたのも霊夢にとってはいい記憶だ、いや、悪いわチクショウめ。そして更に気づく事は、そんな体のラインの解るドレスだと言うのに可愛いと思える洋服だと言う事。

常日頃ほとんどの時間を巫女装束に身を包ませている霊夢としては実のところ洋服なんていうものに興味あったりもしたわけで、その時の会話からアリス・マーガトロイドと言う名前を記憶に留めて置き、後日たまたま人里で出くわした時についつい不躾を承知で洋服の作成を頼んでみたのが最初の出会い。

 

少し冷めて来た手元のお茶で口を湿らし、またチラリとアリスを見ればやっぱりほとんど無表情に見える。そう見えるが案外感情は豊かのようで最初に会った時も突然の依頼にほとんど表情変えないというのに、態度は非常に驚いて いた様子だった。

もっとも、当時の霊夢はそんなことに気がつかず『なんか反応の薄い相手』だと思っていた。

接点の多い相手でこそないがしばらく付き合ってみれば、悪い人物でないのは解るし、以前完成した服を届けに来てくれた時はそのまま帰すのは悪いと思い今日と同じように緑茶を振舞ったのだが、なんだか騒がしい事を好かないのか傍から見ればぼーっとして神社の景色を楽しんでいるような態度、とても穏やかな性格らしいと思ったものだ。まぁ、振舞えたのが出涸らしのお茶のみだったことと茶菓子が無かったのは今もちょっぴり悪かったと思っている。

そういえば、霊夢が茶菓子や茶葉そのものを切らさないように心がけているのはあれ以来。普段からあまり人とのコミュニケーションを積極的に取ろうとしない霊夢にしてみれば随分と大きな変化だ。

 

そんなことを思い出し、自分の行動に気付いて小さく微笑む霊夢。また、そんな霊夢の姿を見て何かあったのかと軽く首を傾げるアリス。庭に意識を取られているかと思っていたがしっかり回りの空気も読んでいるらしい、気の利いた女だ。

何でもないと無言のままで態度で返し、なんだか姉ってこんな感じだろうかと考えてしまう霊夢。ああ、悪くない。

霊夢自身もそれほど表情豊かという方ではないはずだが、今のこの縁側でお茶を手に春の花見というほんわかした雰囲気と自分のしょうもない考えに笑みを深めてしまう。

(ああ、そうか、アリスと私は似ているんだ)

聞こえてくるのは風に揺れる枝の音とどちらかの緑茶をすする音のみ、そんなお昼前の博麗神社は優しく穏やかな空気に包まれていた。

 

 

 

もっとも、この沈黙を気まずい物だと勘違いしているアリスは何かいい話題がないかと必死に頭を回転させ、自分の話題の少なさに焦り思考の負のスパイラルに陥っていた。

 


〜アリス・マーガトロイドは友達が欲しい〜

第三話 繁盛!アリス洋装店


 

幻想郷。

結界により世界と切り離された隠れ里であるこの小さな世界。

日本のどこかに存在し、それでいて見つけることが出来ない大結界に覆われた郷であるのだが、その中には人間だけでなく妖怪や神様なんていうものまでもが存在している御伽噺のような世界だ。

一説には結界の外、元の世界で忘れ去られた妖怪や神様など、または外の世界を追われた者たちの逃げ込む世界だとも言われている。

もっとも、その小さな世界に共存しているとは言え、手と手を取り合って仲良く暮らしているわけでもなく、妖怪は妖怪らしく、人間は人間らしく、神様は神様らしく、それぞれがそれぞれの生き方を全うし、衝突も珍しくない。

人間を襲うとされる妖怪は人間を襲うし、素直に襲われるだけというわけにも行かないので人間も妖怪退治、などという仕事も存在する。ほとんどは幻想郷の調和を守る博麗神社の仕事になってしまうのだが。

当然生活圏は別れていて、妖怪は基本妖怪の山に、人間は人里に、神様は自分に合った場所に適当に。

普段は互いに不干渉。不文律の秩序が長いこと続く概ね平和な郷である。

時折何を思ったか、暇を持て余してか騒ぎを起こす妖怪が存在するのだが、まぁ、それはそれ。そんな暴れん坊を諌めるのが最近の博麗神社の仕事として認識されている。

本来博麗神社は、幻想郷を覆う結界の名前が「博麗大結界」と呼ばれている事実があり、そのことから解るように幻想郷そのものを構成する要であり、象徴である。そして当然結界の維持が仕事だったりする。

はずなのだが、昔から参拝客はほとんど存在しない上、妖怪退治は神社に頼む、という歴史があるため結界云々は人里ではあまり知られていない。

信仰する神もいるのかどうかすら怪しい。人里で聞き込みを行っても博麗の神についてなど皆揃って首を傾げるというほどだ。いるとしたら神様涙目な事実である。

そんな幻想郷の象徴(笑)。

現在春の陽気に当てられて、他に誰も居ない静かな境内で、のんびりと日向ぼっこする2名の姿が見て取れた。

 

 

(……き、気まずい……話題……話題が無い……)

 

激しく勝手な思い込みであるが無駄に焦るアリス・マーガトロイド(鈍)。

傍から見れば春の陽気に誘われて縁側でのんびりとくつろぐ仲良しさん二人の姿なのだが、『仲良しさん』というシチュエーションに恵まれてなかったアリスはその空気が読めていない。

なんとか話題を見つけて話しかけようとするも、霊夢とアリスの共通の話題と言えばこの際アリス製の服の話くらいしか思いつかない。季節の話題とかあるだろうとか思うがそれを思いつく事が出来ないからこそのコミュ力無しのヒキコモリなんだぞチクショウ。

加えてそんな服の話題なんてこの前したばかりだ、と思うアリスだったりするがアリスの思う『この前』は軽く二ヶ月前だ。ヒキコモリの時間感覚はおかしい。

 

「で、今日はどうしたのよ?」

 

ポーカーフェイスで頭を抱えていたところ硬い空気をぶち破ってぶっきらぼうに普段の調子で霊夢が問いかけてくる。無論硬い空気だと思ってるのはアリスだけだ。

 

やべぇ。←アリスの心情

 

斬り込まれた形のアリスはぎこちなく手に収まっていた湯飲みを口元に持って行き、一口お茶を飲む。虚しい時間稼ぎである。しかも冷めてる。

とは言え、実のところ用事が無かったわけでもない。

ただ、例によって『服の話題』である為、ただの商売の関係で終わるのも寂しかったので違った話題を振ってみたかっただけなのだ。思いっきり失敗というか切っ掛けすら掴めなかったのはアリスだから、ということで勘弁して欲しいところ。

しょーがないので観念して本題を切り出す事にするアリス。

 

今回の用事はこうだ。

人里でちょっとした噂になっていた『博麗の巫女服が魅惑的』の事だ。

最初はアリスも露出した腋の事だろうと軽く流していたのだが、話を聞くとどうもその腋が見えるときに同時に覗くサラシのことであるらしい。

サラシって魅惑的なのか? とか悩んだりもしたが一応まぁ下着と言えば下着なのでそういうものなのかと納得しかけたが、冷静に考えれば霊夢の服はそのサラシが見えるくらいに脇が開いているという事実に気がついた。

腕が通しやすい&機能性を重視していたと言う事に加え、『実は袖をつける前の仮縫いの形で霊夢本人に試着を頼んだらそれがデザインだと思われしかも気に入られた為に言うに言えずそういう服として完成してしまった』という過去が織り成す人に言えないデザインだった故に今更浮上した問題点だ。

また、今の霊夢の姿を眺めてみれば、一年程前の突然人里で洋服の作成を頼まれた時に比べて女性的な意味で体に丸みが出て来ている。まだまだ少女だと思っていたが一年で変わるものだ。

最初に巫女が着てもおかしくない様なそれっぽいデザインの洋服を霊夢に渡してから、数度追加で同じような服を購入して貰っていたが成長を考慮に入れず寸法は最初のまま、そりゃ成長した分服が押されて体のラインが表に出て魅惑的にもなるというものだ。

横目で霊夢の姿を観察すれば、確かに開いた服の脇から見える素肌とサラシが眩しい、うん、開き過ぎ。

 

「というわけで、今の霊夢のサイズを測るわよ」

「……まぁ、別にいいけど、そんなに成長した?」

「まぁそうね女性的に成長してるわね」

「それって胸?」

「平たく言うとそうね」

 

アリス自身が魔法使い、他の顧客が妖怪、更には普段作っているのは人形の服ということもあり成長という概念を忘れていたミス。まだまだ成長期に見える霊夢相手なら定期的に寸法の測り直しが必要になるはずだ。

アリスの説明に「ふむー」と唸ってペタペタと自分の胸を触って確かめる霊夢。どうにも納得行ってない様子で更に口を開く。

「その……別に窮屈にはなってないわよ」

不満気に言う霊夢の姿は、どうも胸の成長度合いがお気に召さない事が伺える。まぁなんだ、彼女が比べている相手がどこぞのスキマ妖怪と言うあたりで相手が悪いとしか言いようが無い。どっかの紅い小さいのにしとけば優越感もあるだろうに。

「もともとゆったりとした服だけど、ちゃんと成長した胸に押されて服が引っ張られてるわよ」

そのせいでサラシが横から見えるのだしね、と付け加えてのフォローを入れたらちょっと慌てて見えていたサラシを隠すように腋を締める霊夢。気付いてなかったらしい。

あー、その辺あんまり気にしなさそうなのに一応恥らうんだー、などと意外だなという感想を持つがそこは黙っておくアリス。霊夢もぼちぼち年頃なんだろうし。

とすると、見せていた訳でもないし恥らっている訳なのでその辺を考慮した服を仕上げないといけないなぁ、と新しい服のプランを練るアリス。

いっそのこと最も初めの案を思い出して袖着けた服にしようかと思ったりもしたが、人里での霊夢の噂が『腋巫女』だったりするから出しておいたほうがいいような気がして断念する。

ちなみに、先日霊夢の名前を忘れていたアリスだが、今回の一連の噂を人里で聞くに当たり里の菓子屋から霊夢の名前をゲットして来たのだった。

なお、その際教えてくれた感謝を込めて進物用の大福24個入りを購入。現在霊夢とアリスの間に置いてある茶菓子となっている。高かった。そして美味しかった。

 

で、

24個もあった大福を2人で半分も食べてしまい昼食が要らなくなるというあまり健康によろしくない昼を過ごし、宣言通り現在の霊夢の身体測定。

服の為に寸法測っただけなので体重は測定してない。

結果、当然だが一年前のデータと比べ全体的に成長傾向。

霊夢が気にしたのは胸だったわけだが、身長も伸び、体は出るところが出て引っ込むところが引っ込む形となっていた。いや、慎ましやかに、な訳なので劇的な変化ではないが。

測定後、またペタペタと手の平で自分の体を確認する霊夢。

自分の感触では変わらないようにも思ったけど、前回との比較データによりちゃんと成長している事が数値で解り多少なりとも嬉しいのだ。

まぁ、嬉しく思うところなのだが、

測定時に密着する形になったアリスの身長が頭一つ高い事と、接触した事で発覚した実は結構ポインポインなそれとかで目指す頂はまだまだ遠いと実感したので微妙な表情で自分の慎ましやかな二つの丘を眺めて溜息をついてしまう。

それでもまぁ、ちょこちょこ呼んでもないのに遊びに来る黒白の魔法使いとか全く未来が存在しない吸血鬼とかに比べれば恵まれた身であると自分に言い聞かせて落ち着く当代博麗巫女。

ちなみに吸血鬼は論外だが、黒白魔法使いとはどんぐりの背比べもいいところなのが現実である。未来はまだまだ解らない。

 

「とりあえず、明らかに私のミスだから近いうちに今の体型にあった服を用意しておくわ」

「ええ、解ったわ」

「何かリクエストはある?」

「ん……これから暑くなりそうだし、涼しいのがいいわね」

「そうね、とりあえずは今と夏用かしら……デザインの方での注文は?」

「ん、任せるわ」

 

霊夢としては服の事でいろいろ考えて貰っているというありがたい事実から来るものと、下手にプロに口出しするよりはアリスの感性に任せた方がいいものになるんじゃないかという信頼の意味でのお任せ。

そんな霊夢の心の中までは解っていないのだが、任された事に了解の意を答えつつも『それは挑戦と受け取った!』とか心の中で服屋としての情熱の炎が燃え盛るアリス。

いや待て、服屋じゃないだろう私。

などというセルフツッコミが脳裏に浮かぶが、困った事に最近人里でもアリス製の服が欲しいとか、実はとある裁判長の私服にはマーガトロイド印が入っているとか、事業展開を考える要素満載でもう服屋でいいような気がしている今日この頃である。

まずは人里に直営店でも、いやまて人形劇の後に簡単な即売でも始めてみるのが先だろうか、そしていずれは幻想の服飾デザイナーアリス・マーガトロイドの名を……、とか思考が暴走しかけたところで霊夢が新しくお茶を入れる為にアリスから湯飲みを受け取る。それに弾かれちょっと冷静になるアリス、うん、落ち着こう。

 

そのままお茶を煎れに霊夢が席を外した為に自然一人になり、ぼーっと庭を眺める事になるわけで、普段から一人でこういうのは慣れているはずなのに場所が人様の家と言う事からだろうかアリスはいろいろと考えごとをしてしまう。

霊夢とはそれなりに仲良くなったとは思うのだがなんだかまだ距離あるのかとか、結局服に対する主張も無く適当に任されてしまった感じに話が進んだ為まだ服屋と顧客なのかとか、友達の道は遠いものだと実感し溜息を吐く。

 

まぁ、それでも。

 

(名前で呼び合ったからランクアップはしたわ)

正直、今日の朝まで霊夢の名前を忘れていた癖に何言ってやがるって感じなのだが実は本日、ちょっぴり勇気を出して話の流れに任せて〜のように見せていろいろと機会を伺いながら霊夢の事を名前で呼んでみたのだ。以前に会った時は『博麗の巫女』とか呼んでいたのにだ。

霊夢は前からアリスのことをファーストネームで呼んでいたりしたのだが、友達に慣れていないアリスにとっては言わば大冒険。突然名前で呼ぶか、戦うか、と言われたら戦う方が楽だと言いそうになるアリスだけにそれはもう大河ドラマ級だ。

そんな一世一代の試みは成功したのだ、しかも霊夢も当たり前のように対応してくれた為にアリスのテンションは上がったりしたわけだ。これに味を占めて今後も他の人にも試してみようという気になってしまう、気が大きくなったもんだ。

もっともテンションが上がったはいいがその後に話題が無く会話が続かなかったというオチが付くのがアリスのアリスたるところなのだが。

その悲しい事実を踏まえて、今後の為のステップアップを一体どうするべきなのか悩みながら、お茶請けの大福に手を伸ばすアリス。

さっき昼食がいらないくらい食べたとか、まだ新しいお茶が来ていないのにお茶請けだけ口にするのかよとかその辺は無視して、いろいろ悩んで頭が糖分を欲しがっているという言い訳の元、すっと自然な動きで大福の方に視線を向けた。

 

わけなのだが。

 

「ねぇ、霊夢にだけ夏服作ってあげるとか、ずるくない? ずるくない?」

「……」

 

なんかいた。

 

具体的にはスキマの人だ。

 

「アリス、霊夢のところにはたま〜に来るのに私のところにはまだ一度も来てくれてないじゃない……差別はよくないと思うのよ」

「……いえ、あなたは放っておいても勝手に来るし」

 

流石に幻想郷を代表する大妖怪、初対面が威厳溢れる恐ろしい威圧感を纏って、という状況だっただけにいろいろ怖かったという過去もあり、スキマを使って勝手に家にやってくるのは止められない、仮に止めようとしても言っても聞かないだろうし、逆らうと怖かったしもう慣れた。というか慣れないとやってられなかった。

だから敢てアリスからの訪問はなかったわけで。

神出鬼没のスキマ妖怪じゃないの、と呆れた視線を投げつけ言葉を続けるアリス。呆れ視線の理由は話の内容や突撃アリスの服屋さんのことじゃなくて、いつの間にか現われた八雲紫が、音も無く大福を食べていた事である。現在残っている数から見て取るに既に3つも腹の中に納まっているはずである。

加えて無駄に豪華な金色の長い髪を揺らし、息を呑むほど端正な顔をこちらに向け、4つ目の大福をその手に持っている。ちょっとその指が粉で白くなっているあたり微妙にキュートに見えなくも無い。

しかもアリスの作った服を着てくれているから対処に困る。

いや、何がどう困るとかいうわけでもないんだけど、ねぇ。

「……夏服をご所望ですか? お客様」

「あら嬉しい、作ってくれるのね」

「霊夢のが先よ、急ぎなら……霊夢と同じデザインにするわよ、赤い部分は紫色にしてあげるけど」

アリスの提案に、状況を想像したのか紫は軽く眉を顰めて小さく唸る。どうにもお気に召さないらしい。

奥で聞いていた巫女も同様だった様子で、お盆に熱いお茶を入れた湯飲みを乗せて文句をこぼす。

「やめてよ、紫とペアルックとか笑えないわよ」

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないの、それより霊夢、私のお茶は?」

「ない、帰れ」

「こんないい大福には霊夢が大事に戸棚の奥に隠してある玉露が似合うと思うのよ」

「安心していいわ、これはその玉露よ、そして大福返せ」

「もう食べたのだけど」

「出せ」

「そ、それはもしかして、私が咀嚼したものを口移しでほしいという……」

「還れ、いっそ大地に、土に」

わーわーきゃーきゃーと言い争いを始める2人を横目に、仲いいなぁとちょっと疎外感と羨ましさを心に秘め、そっと大福の入った箱を手に取り、いつの間にやら八雲紫の傍に控えるように立ち尽くしていた彼女の式、本体よりふわふわ美しい9本の尻尾の方が体積多いように見える狐の妖怪にどうぞと差し出す。

アリス・マーガトロイドは気配りの出来るいい女である。会話が苦手なのが致命傷なのだが。

 

「紫様がいつもお世話になっているようで」

「……あー、まぁ、いいお客様よ」

少し驚いた様子だった狐さんは軽く微笑みアリスに頭を下げてから大福を一つ受け取ると、紫とはアリスを挟んで反対側にすっと腰掛け話しかけて来る。

初対面ではないが、あまり話した事もなかった気がするアリス、折角のチャンスなのでこういうところから会話を繋げ仲良くなってみるのもいいかもしれないと思う。まぁ、大妖怪の式で自身も大妖怪だということに目を瞑ればだ。その恐ろしいと思う部分にフィルタをかけてしまえばなんかいい人そうだし。多分。

と、ちょっと意気込んでみたのだが

 

「それで、よろしければ時間がありましたら私にも是非一着ですね」

「……あー……うん」

 

魔法の森の魔法使いアリス・マーガトロイド。友達は出来ないが客が増える今日この頃。本当に服屋になってやろうかチクショウとか思い始めた昼下がりの事であった。

 


第四話

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2011/03/26

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