香霖堂という名の店がある。

魔法の森、人里から見てその入り口とでも言うべきところに堂々と建っている雑貨屋だ。

外見は雑で住居部分は日本家屋なのに対し、雑貨屋部分は中華的な雰囲気を持つ古びた建物。店の周りにはガラクタとでも言うべきか、まさしく店の種類にふさわしく雑貨が、それこそ雑多に転がっている。

店の中も似たような物が多数存在し、一応のところ店の内部では多少なりとも整理はしてあって陳列されている模様。

もっとも、整理してあるとしても所詮雑貨。

一見凄そうな物や、明らかに役に立たない物、果てはこの幻想郷にまるで相応しくない様な電化製品なんていう物までが並んでいる為、いっそ不気味な雰囲気さえある。

商品だろうとは思うのだが、値札も商品名も存在しない為、本当に店主に売る気があるのかさえ怪しくなってくる始末だ。

ざっと店内、または外の雑貨を眺めただけでも乱雑においてあるものとして信楽焼きのタヌキはまだいいとして、公衆電話やトラック用のスタッドレスタイヤなんか幻想郷の住人達にはどうしていいかも解らない物だろう。

そもそも幻想郷は電化もしてなければNTTも無い。ついでにトラックなんかあるわけもない。雪は降るけど。

だから、ほとんどこの店は店として機能していないと人里では思われている。

明らかに需要のない商品を取り扱っているわけだ、そりゃ人里の見解通りだろう。事実この店では客が来ない日など当たり前の日常であり、たまに客が訪れてもその大半が暇を潰しに来た冷やかしということになる。

 

しかし、

そんな現状でもこの香霖堂の店主、森近霖之助は特に気にするでもなく今日もだらだらと売り上げなどどうでもいいと店番をする。

いや、店番をする為の場所にいる、というだけだ。

時折、目を隠しそうになる白い前髪が邪魔になるのか掻き揚げる仕草をしながら、その野暮ったい黒縁メガネの奥の視線はただただ目の前の未知の道具『ルービックキューブ型貯金箱』に向いており何かを確かめるように無言でふむふむ頷きながらカチャカチャと手にとって弄繰り回している。

割合顔立ちが整っているだけに、もうちょっと真面目に接客を考えたら繁盛するのではないかと森の中に住む霧雨魔法店の店主が言っていた。

曰く「残念なイケメン」だと。

 

事実。

今現在、アリス・マーガトロイドという客が店内に存在している状況で、客よりも自分の知的好奇心を優先させているあたりが残念な部分である。

霖之助がアリスに顔を向けたのは、店内に入ってきた時の気だるそうに言った「いらっしゃい」の時だけである。

一応それくらいは言うが、それを除けばまるで店として成り立っていない。

 

――こーりんは商売なめてるのかねぇ?

というのは霧雨魔法店の魔理沙店長の言葉。

だが、人が入り込めない森の中に店を構えるお前が言うな、とアリスはツッコミたくてしょうがない。しょうがなかったのでツッコンだ。

 

『そんな困難に打ち勝った勇者にこそ扉は開くんだぜ』

 

なんて力説されたので思わず納得した。

後で冷静に考えてアレは納得すべきじゃなかったと後悔したアリス。もしやツッコミ待ちだったのでは、とコミュニケーションの奥深さを学ぶ一幕ではあったが、まぁそれはそれだ。

ちなみに「こーりん」というのは霧雨店長が使うこの香霖堂店主の愛称らしい。まんまだ。

なんにせよ、客の相手をしない店主と、コミュニケーション能力の壊滅的な客が現在この店に存在するわけで。

当然、店の中は沈黙に包まれていた。

 

普通に考えれば気まずい状況になるかもしれないが、ここはそんな不良店主の店だし、アリスも実はこの店には何度か足を運んだ事もあったりするので、特に気にすることもない。

アリスはこの店には珍しい普通の客、過去何度か買い物をしているというツワモノだというのも気まずさの無い理由の一つなのかもしれない。

 

ちなみに最近の購入品は『超真合金 DX大巨神』だ。言うまでも無く大天馬付きの変形合体する凄いヤツだ。どう見ても衝動買いなのだが意外と満足してしまっているアリス。特に変形合体が心に響いた。ケンタウロスを髣髴とさせる大馬神マジカッコイイ。次に作る人形は変形合体機能を付けてみるのもどうか、とかちょっと考えていたりする。

そんなわけで、今日もアリスはこの香霖堂で掘り出し物を探す為よくわからない商品を眺めている。

今日は何かいいものが仕入れられてないか、人形作成に役立つような不思議な技術が無いものか、ほぼそれが理由で陳列棚を眺めて店の中をゆっくりと闊歩していると、カラン、と来客を知らせるカウベルの音が店内に響く。中華風の扉に洋風のカウベルを取り付けてある店主のセンスはよく解らない。そもそもカウベルは牛に付ける物だ。

 

ともあれ来客だ。

丁度、扉の近い側に居たアリスはルービックキューブに夢中になっている店主より先に来店して客と対面することになる。

見ればその姿は自分とそう変わらない身長をしたスラリとした印象を与える女性。

落ち着いた佇まいを感じさせる姿勢のいい背筋の伸びた態度で、清潔そうな紺を基調にした洋服の上にフリルの付いたエプロンを着用、さらには銀か白か判別しにくいさらさらした髪をホワイトブリムを使い整えている。

要するにメイドだ。

平たく言ってもメイドだ。

マスコミ表記だとメードだ。

 

大きすぎず適度に膨らんだパフスリーブ、袖口はワンポイントなのかそこだけが紅色のリボンで絞られている。スカートは丈が短く裾にフリルは付いておらず中のペチコートを重ね、広がるような内側からの装飾になっている。そこからスラリと覗く足は純白のストッキングに覆われている。

 

見た目重視のエプロンドレス、曰くフレンチメイド服か……。

などと真剣に見つめてその服に対する感想と、その装飾過多な仕事着としての機能を損なう服に、装飾を残したまま仕事着としての性能を向上させるにはこれをどう改変すべきかといらんことまで考え出すアリス。もう服屋でいいだろお前。

そんな真剣な眼差しに晒された長身のメイド。

その視線にどう反応したものかと、小さくアリスに向かい小首を傾げる。肩を超え、背中まで差し掛かる銀の髪が揺れ、その青い瞳がアリスの視線と絡む。

 

 

うわ、美人。

 

彼女の顔をはっきりと見たアリスの反応は以上の一言。

アリスに負けず人形のように整った顔立ちに釣り目気味の鋭そうな双眸。一見クールで格好良い印象の美女だ。

まだ年若い人間のようだが佇まいはどこと無く大人っぽい。

同じく、目の前のメイドほどではないが少々釣り目気味に偏ったアリスが向かい合っているのを横目で見た香霖堂店主は似たような二人だという感想を持つ。

まぁ、アリスも姿勢が良く、大人っぽい落ち着いた女性に見えるわけだ、中身はともかく。

 

向かい合ってアリスはふと気付く。

このメイド、そういえば何度か見かけたことがある、と。

いや、見かけただけじゃなく実のところ会話もしたことがあったりするのだが。

ともあれ、アリスの記憶によるとそもそもメイド服を来た人物など吸血鬼が住んでいるとされる『紅魔館』だけ、この女性は確かそのメイド長とかそんなだったはずだ。

以前の異変でちょっとばかり顔を合わせたこともある、加えて言うなら人里に買出しに来ている姿も見かけたことがある。

 

(確か名前は……い……いざ……いざこざ?)

 

ねーよ。とか思いながら下の名前は「さくや」だったっけなーと珍しくファーストネームの正解を出すアリスだったのだが。

 

 

「あなたは……確か、アリス・ま……まがっとる、ぞ?」

真剣な表情をしたメイドの口から出た言葉に、

怒るべきなのかも知れないけれど、どこと無く友達になれそうな気がしたアリス・まがっとるぞ(仮)だった。

 


〜アリス・マーガトロイドは友達が欲しい〜

第四話 瀟洒!雑貨屋の決戦


 

もう、一所懸命という言葉はこういう状況に使うのだろうな。と思うほどに白すぎるその肌を真っ赤に染め上げて必死に頭を下げるメイド。

なんか、今までのカッコイイ印象とまるで違いヘッポコ感漂うなぁ、なんて感想になる態度にアリスは気にしなくていいから、確かに私の苗字って覚えにくいから、とやんわり宥める。

もちろん、自分が目の前のメイドの名前を覚えていなかったことは心の棚に乗せてある。

さらにはここで覚えにくい名前でごめんなさいね、という雰囲気を醸し出し、改めて自己紹介を決行。その流れで必死に謝るステキなメイドさんも自己紹介。名前は「十六夜 咲夜」さんだとのことだ。

無論このメイドさん名前ゲット状況はアリスの作戦勝ち。

すなわち「相手の名前が解らないなら、こちらが名乗れば礼儀正しい相手なら名乗り返すはず、それがメイドなら当然であるはず作戦」だ。以前からコミュニケーション能力は低いがいろいろとコミュニケーションを図る為の脳内シミュレーションを繰り返している悲しい過去の産物の一つが為した奇跡。正直アリス本人もそんな過去が役に立つとは思ってなかった。立っちゃったよおい。

 

そして、この作戦が成功した事で自分のコミュニケーション能力が向上したかと思うアリス。

最近幻想郷内に少しづつではあるが顔見知り、名前を知ってる相手も増えて来たということも相まって、だんだん私も友達百人出来るかな企画に手を出してもいいのかもしれないなんて思い始めてしまう。

思い始めてしまうのだが。

 

「……」

「……」

 

名乗りあっただけである。

ここから会話に発展することに至らないのが我らがアリス・マーガトロイドの譲れない確かなクオリティ。ぶっちゃけ話題が無い。友達百人計画はまだ着手出来るレベルではなかった模様。マジ成長してない。

無理に話題を捻り出すなら服の事くらいになりそうな最近のアリス。だが、「そのメイド服、いいわね」なんて言ってしまったらなんかちょっとフェチっぽくてダメっぽい。

そんなわけで今、アリスにはまるで話題が無い。いっそそっちから何か言ってくださいお願いします泣いて謝るから何か言ってくださいと心の中で叫んでいる始末だ。相変わらず心の中では饒舌である。しかも何に謝るかさっぱり解らない。

カチャカチャと香霖堂店主のルービックキューブを回す音だけが店内に響き、アリス的にはなんとも言えない空気が漂う。

 

なお、店主、彼が持つ『道具の名前と用途が解る』なんていう能力の為、その手にある物が貯金箱だと解ったがゆえに手持ちのお金を入れてみたのだが、取り出すためにルービックキューブを解かねばならないという事態に陥っていたのだ。実はかなり必死である。

なんというか彼の能力は名前と用途が解るだけで「方法」や「原理」は解らないのである。アンバランスな能力極まりない。

 

ともあれ、そんな店主の事情を知らないアリス達。響くキューブの音を店内BGMとして無言で向かい合い、そして見つめ合う。

向かい合う必要も見詰め合う理由もないのだが、なんだろう、これ、目を逸らしたら負けるんじゃないだろうかなんて根拠も何も無い強迫観念に襲われる。

何か声をかけたほうがいいのだろうか、いやしかし、目の前のメイドこと咲夜ちゃんも大きく息を吸って吐いて〜、どうにか落ち着いたようだし、以前見かけた大人っぽい佇まいになっているわね、なんて状況分析。

加えて、その長身に白い肌、スラリとしたシルエットの姿をじっくりと眺めアリスは、この咲夜に現在お召しのフリフリフレンチメイド服だけではなく、自分が着ているような丈の長いシンプルな服も映えそうだと服屋思考も展開。

結果、咲夜の姿を上から下までゆっくり眺めたわけだが、流石に無言が続いた上にじっくりねっとり眺められた咲夜の方が居心地が悪くなったのか、意を決したように慎重にアリスに言葉をかけて来た。

 

「い、良い天気ですね」

「……そ、そうね」

「……」

「……」

 

 だ れ か た す け て く れ 。

 

多分それは2人の心の叫び。

アリスから見て、もうなんかなんていうのか可哀想になるくらいに無理して澄ました表情を取り繕っているがいっぱいいっぱい感の咲夜。

アレだ、もう、突いただけで泣きそうな雰囲気だ。

 

そして、困った事に、普段からコミュニケーション能力の低いアリスには、この今現在の目の前の少女の心の苦しみが嫌と言うほど解る、解ってしまう。チクショウ、心が痛んで涙が溢れそうだ。

 

ふと思う。

実はこのメイド、自分と同じくコミュ力不足のヘタレではないだろうか。

さらりと自分の事もヘタレだと肯定しているアリスだが、まぁ、なんだ、今更だ。強く生きろ。

だからアリスは思う。お互いに無言のままであるこの状態が続いてしまい彼女の心の傷を増やす事態にならないように、ここは一つ私が、年長者たる私が(推定)、更に言うなら対人対応に疎い先達としてこのアリス・マーガトロイドが、咲夜ちゃんの為に、会話の、イニシアチブを、握ってあげようじゃないか!(←必死)

 

心の中で冷静なアリスが呟く、無理すんな、と。

 

だが、今日のアリスは止まらない、そんなことでは止まれない。特に理由も無いが止まれない、敢て言うなら『ノリと勢い』だ。人生そんなもんだ。

その流れでアリスは居住まいを正して咲夜を正面から見つめなおすと重々しく、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「今日は、風が騒がしいわね」

 

ノリと勢いマジ恐ろしい。

言ってからこれはないわーとか思うアリス。多分そう思うのはアリスだけじゃないと思う、そのいろいろなんか考えて考えすぎていろんな物をこじらせた感じの台詞。

意味深にも思える一言だが、当然ながらノリと勢いな為なんら意味は無い。実のところ外で風が吹いているかも怪しいくらいだ。

一言で感想を言ってしまえばアレだ、うん。

 

あいたたー

 

だ。

 

状況的には先ほどの咲夜の天気話のスベリ具合が可愛く見える程だ。穴があったら入りたい、そんな心境のアリス、いや寧ろ、穴くらい自分で掘るからスコップ売ってください香霖堂。

表情そのままに自分の発言に後悔して(脳内で)頭を抱えて転がり回るアリスだったのだが。

 

「そう、ですね……異変でも起きないといいのですが」

 

 返 し た よ 、 返 し て 来 た よ こ の 娘 。

 

紅魔館では空気を読んだり相手を思いやる教育でもしているのかと疑いたくなる、恐るべし吸血鬼の館。

そういえばアリスの耳に入って来た人里の噂では、吸血鬼がトップとして不気味な雰囲気を醸し出す紅を基調とした洋館、紅魔館の評判は正直言って悪くない。

幻想郷を紅い霧で覆った異変、なんていう奇妙な異変を起こして問題になった咲夜の主となる吸血鬼だったのだが、

実のところ、紅い霧で覆ったとは言え、本当に只の霧だったらしく特に被害も無く、敢て問題を挙げれば日照時間が少なく洗濯物が乾かないとかそんなレベルだったらしい。

加えてメイドの咲夜が人里に買い物や、紅魔館の財源の為に何かを売りに来ていたりなどもあって、特に大きく恐れられているとかはない。

更には、古い日本の文化が基本となっている幻想郷において、異国情緒深い紅魔館の立ち位置は文明開化の音がする、な感覚で概ね好評だったりなんかする。

 

世間的に見てしまえば、吸血鬼ほど強力な存在ではないが、話の通じないただただ獰猛で人を襲う妖怪なども存在する幻想郷なだけに、先の異変で決闘ルールに則り決着を見せた吸血鬼レミリア・スカーレット率いる紅魔館の面々は礼節と常識を弁えた立派な妖怪達という認識になっている。

 

暫く前に館ごと幻想郷に移転して来たと聞くが、幻想郷にやって来て自分達の立ち位置をしっかりと築いたどころかメイドの教育まで完璧か、レミリア・スカーレット、只の吸血鬼ではなさそうだとアリスの中で紅魔館の認識を上方修正する。

もっとも、上方修正の理由が、自分の失言を上手い事フォローしていただいたからだというのはちょっとどうかと思う。

どうかと思うのでこの事実も心の棚にそっと置いておく事にした。

 

などと、頭の中で紅魔館に関してあれこれ考えていたら

 

「ああ、何が理由かは知らないけどね、ここ最近鴉天狗かな、魔法の森を調べまわってるらしいよ」

 

 店 主 ま で 乗 っ て 来 た よ 。

と驚きたいところだけど、彼の場合乗って来たと言うよりは単純に事実を述べたのだろう。

視線は相変わらず手元のルービックキューブに向いたまま世間話というよりは只の情報提供としての一言だったのだろう。特に話を続ける素振りもない。

本当、接客業に向かない店主だ。

 

「魔法の森に何かあるのですかね?」

右手を口元に持って来て、首を軽く傾げながらポツリと呟く咲夜。どうやら真剣に考えているらしい。勢いで適当な事を言ったアリスとは大違いである。

なんだかちょっと自分の発言が今更ながら恥ずかしくなって来たわけで、ここぞとばかりに話に乗って自分の過去を忘れようと努力をする。

 

「魔法の森、なんて言っても別に……私の家か霧雨魔法店くらいしかないわよ、私の知る限りだと」

「霧雨……黒白の魔法使いのあの子、そんなところに住んでいたのですか」

「知り合いだったの?」

「ええ、以前の異変で少し」

 

軽く会話になっている。やれば出来るじゃないか私。と自画自賛のアリス。

けど、このメイドちゃん、魔理沙と友達だったのかーとちょっと寂しくなる。自分も混ぜて欲しいなぁと改めて自分の友達居ない状況を省みて改善提案を思ったりなんかするわけだ。

ならばこの会話で上手く親密度を上げて友達に近づこうと考えたアリスは、気合と努力でそれなりに会話を進め、鴉天狗が調べているのは魔理沙のことかとか、アリスが最近見かけた謎の歩行キノコとかの話題で妙な盛り上がりを見せる。

なお、歩行キノコの話題に対する咲夜の反応は「食べられるか否か」だった。流石メイド。着眼点が我々魔法使いとは違うぜ。次に見つけたら紅魔館に持って行くのもアリかなんて思ったアリスだったとか。

 

一方、メイドちゃんこと紅魔館メイド長十六夜咲夜だが。

アリス程にヘタレでこそないが、実はそこそこそれなりにヘタレである。

一見、それこそアリスに似た感じの知的でしっかりした大人の女性を感じさせる容姿なのでお姉さん的な雰囲気が漂い、メイドという職業から何をやらせても一流、というような風評。

事実、現状幻想郷の実力者として名を挙げられる人間としては彼女の他、霊夢と魔理沙になるのだが、その2人がまだ少女というべき年齢なのに比べて少々年長になる。

そのため、必然的に3人並ぶと猪突猛進の魔理沙、才能実力の霊夢、安心堅実の咲夜、というイメージになる。実際のスタイルなど細かいことを言えば物申すところもあるが、あくまでイメージである。

人里などでの、彼女達を見たイメージなのだろうが、それに釣られているのかどうにも霊夢や魔理沙も口ではいろいろと、下手をすると対立するような事は言うが、なんとなく咲夜を年長さんだということで頼りにしている節がある。

頼りというほどでもないのかもしれないが、少なくとも一目置いている感はある。

実力としても吸血鬼のお傍仕えに相応しく上々、しかも紅い霧の異変の際に霊夢と魔理沙とは一戦やらかしているので2人も咲夜の力を目の当たりにしている。何しろ固有の能力が「時間を操る」である。そりゃもうそれだけでも洒落にならないレベルの異能だ。もっとも、本人曰くそれほど無茶が出来る能力でもないらしく、ちょっと便利な代物程度の物らしい。本人申告なのでなんとも言えない話ではあるわけだが。

 

そんなわけで結果、現時点での幻想郷人間最強とされる博麗霊夢に一目置かれるという立ち位置な状況。

 

先日起きた冬が続くという異変の際、たまたま合流することになった霊夢と魔理沙の2名のフォローをしながら、彼女達の話を聞きながら解決を手伝ったわけなのだが、実はそこまでやる気もなかった上に霊夢が動いているので任せておけばいいか、と気楽に考えて2人の後ろでちょこちょこと一歩下がって適当に着いて行っていた。

普段から紅魔館のメイドとしてどんな事態にも騒がず慌てず落ち着いて行動するようにと心がけていた為に飛び出す2人を危なっかしいと思い、以前の事件で2人に酷い目にあって負けたことなんかとりあえず置いておいて、手助けをしたりしたのだ。

適当なところで帰ればいーや、くらいに考えて居たのだ、そのあたりまでは。

異変の原因がなんとなく解りかけた頃、具体的には原因が居ると思われる幻想郷から何故か繋がっている冥界に差し掛かった辺り、なんだかすっかり霊夢と魔理沙に3人組み扱いされていて頼れるお姉さんポジションになっていた。

原因が解って、後は霊夢がなんとかするだろうから私はこれで、と帰る積もりだった咲夜としては帰るに帰れない状況にため息をつきながら最後まで付き合ったという先の春雪異変

 

以降、どうにも件の2人から愚痴だの相談など受けたりする。

咲夜としても、実際問題吸血鬼の館で働いている唯一の人間だったりする事もあり、周りは妖怪だのなんだのばかりだったし、人里に行っても紅魔館のメイドとして行っているのでやはり住人はそれなりに距離を置いてきていた為に友達が居なかったわけなのでこの機に友達が出来たからよしとしたのだが、友達と言うより近所のお姉さん扱いである。

どうにもメイド長なんて肩書きがあるせいか何でも出来るしっかりした年長者、亀の甲より年の功みたいな境遇。加えてメイド長にも「紅魔館の」という枕が着く為、下手な事は出来ず、自分の評判が落ちることが紅魔館の不利益になると考える忠臣である為、流れに流され「しっかりした年長者」をこなしてしまっているわけだ。

実はまだ10代の咲夜。メイド長とは言え、実際は他のメイドが数合わせ目的の遊んでばかりの妖精達なので「他に適任が居ないから」メイド長。まだまだ修行中の若年であるから、その扱いはちょっと酷いんじゃないかな、好きで身長伸びたんじゃないのにと、紅魔館庭の花壇の横に勝手に生えてるタンポポに黄昏ながら話しかける姿が花の世話が趣味の門番に目撃されている。

ちなみに門番は見なかったことにして回れ右をしたそうだ、門番優しい。超優しい。

 

そんなメイド長。本日は何か面白い商品がないかと香霖堂に来店。

そもそも紅魔館が元々外の世界から移転してきた存在である為、館の面々は外の文化が懐かしくなることもあり、たまに無縁塚と呼ばれる場所に流れ着く外の世界の物を拾って来て扱っている香霖堂を利用するのだ。

しかし今日は気がついてみれば、咲夜は来店と同時に出会ったアリスと雑談をして時間を費やしてしまっている。

アリスのことは以前から知っていたがこうしてゆっくり会話をするのは始めてなので少し緊張してしまい、名前を間違えるわ会話が続かないわと面白いほどにテンパってしまったが、彼女はそんなことも気にしないで至極普通に会話を続けてくれて、そのおかげで自分も緊張がほぐれ気兼ねせずに世間話で盛り上がる。

先の異変で顔を合わせて軽く会話をしたこともあったがあの時は単に異変に対しての聞き込み程度、会話とは言い切れないが、以前からアリスのことは人里の人形劇で見知っていた。

たまたま人里に買い物に行った時に出くわしたアリスの公演。

人形を操る魔法技術に舌を巻く、しかしそれ以上に、昨今戦う事に偏っている魔法などの技術を人里の子供達の為の娯楽として全力を傾けているという姿勢に対し心に何か響く物があった。

 

自分の能力ははっきり言って規格外、恐ろしいと言っても過言ではないだろう、少なくとも時間を早く進める、遅くする、止める、が出来ることが解っている。対象などはまだまだ曖昧、自分の人間としての限界からか乱用が出来る程の力はないが、それにしても充分に兵器として考えるなら出鱈目に脅威。

言ってみればその危険性から人間のコミュニティから外れてしまっているのだ。

 

だから、高位の魔法使いだと見て取れるアリスの「人里の娯楽」という魔法の使い方に感銘を受けた。自分のこの能力も何か物騒ことではなく役に立てる事もあるのではないか、と。

冷静に考えればその辺りはいくらでも思いつく事だろうが、無理も無い、結局はまだ10代の少女。そんな彼女が人間のコミュニティから外れ、妖怪達の間で生きて生き抜いて来たのだから、経験値としての年長の力はあるかもしれないが、ゆとりのある心は培っていない。

 

そして、人々から拍手を受けて、嬉しそうに興奮する子供の頭を本当に小さな微笑を浮かべて撫で、居住まいを正してすっと去っていくアリスの姿に憧れた。

頼りになる姉というのはアリスの為にある言葉じゃないかと。

 

紅魔館の誇りあるメイド長として彼女の様に優雅に、瀟洒になりたいと心で思っていたところに本人と出くわした、というのが本日の咲夜緊張の真相である。

 

とはいえ、緊張も解れた咲夜はその時の見かけていた人形劇の感想なども含めいろいろと会話が出来たので満足。もっと言うと霊夢達に年上のお姉さん扱いされていたので自分にとっての姉のような存在としてのポジションを心の中でアリスを宛がってみたりなどそれなりに充実。

結局、香霖堂に居る時間のほとんどをアリスとの雑談で済ませてしまったわけで、そろそろ引き上げとなったところで只何もせずに帰ると言うのも気が引けたので近くにあった紅い如雨露を購入。門番のお土産決定である。

これでアリスに別れの挨拶をして名残惜しいが帰宅、と言う事で声をかけようとしたら、アリスも何かを購入したようで肩に何かを担いで扉を出て来た。

 

スコップである。無骨な剣先スコップ(約1m)。一歩間違えれば武器にもなりそうなそれを、肩に担ぐ人形の様な容姿をした金髪美女。

あまりの似合わない姿に思わず何故そんなものをと質問してしまうが

 

「穴を掘るのよ」(←真顔)

 

確かに他の用途は無いな、スコップ。と納得してしまう。納得して別れて帰宅してしまったが、果たしてアレを納得してよかったのか、と紅魔館の門の前で首を大きく傾げて門番に心配されたのは本日のいい思い出である。

それでも、気になっていた憧れに近い感情を持っていた相手と仲良く、友達になれたのはいい収穫だったと思う、そんな一日。

 

しかしながら、咲夜が思う優雅で瀟洒なアリスの姿は、対人関係が壊滅で、その癖、他人に弱みを見せたがらない意地っ張りな完璧主義が成した奇跡の姿。メイド長には真の意味でアリスの様にならないことを祈るばかりである。

更に、アリス側は正直アレで友達になったとは思っていない。悪い意味でなく、単に経験不足と臆病さがなせる業という意味で。

 

 

そして

 

アリスは帰宅後、家の裏に自分が入れる大きさの穴を掘っていい汗をかいていた。

直ぐ後にこんなもん掘ってどうするんだとセルフツッコミが入るのだがそれはまた別の話。

 

 

 

 

 

おまけ

「咲夜にね、友達が出来たみたいなんだ。 そりゃね、心配はしてたよあの娘、この館で働いてるから友達出来ないんじゃないかって、だからよかったと思うんだ、思うんだけどね、なんていうのかな、この咲夜が離れて行っちゃう、みたいなそんな寂しさ? うんでも、ステキな人と友達になれたみたいです、なんて笑顔で、笑顔、咲夜のあんな笑顔とかレアもんじゃない? よかったとは思うんだよ、よかったとはね、でもこの親心みたいな、なんていうか、ね?」

 

そんなことをぶつぶつと紅魔館庭の花壇の横に勝手に生えているタンポポに話しかける紅魔館当主の姿が見かけられたが、ぞうさん如雨露(レッド)を手にした門番が全てを見なかったことにして出てもいない汗を拭う素振りをすると回れ右、静かに門に戻っていったとか。

 


ぞうさんジョウロ ダイソーで100円。

 

第五話

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2011/04/15

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