「………………生きてた……」

「ふ、深いですね……」

 

状況を把握して、本当に生きている自分を確認してアリスは深い深い溜息をつきそっと呟く。

部屋に居た狐な尻尾ふわふわな人の耳がその呟きを拾い苦笑い、心底心が篭った台詞にどう反応したものかといった状況だ。

いやほんと狐な人視点でさえ、無茶な戦いから生き残ったアリスには賞賛と同情を禁じえない。それほど先のアリスイ大戦(仮名)は凄まじかった。

 

ともあれ、なんでアリスが狐の人と一緒に、というかそもそも家も吹き飛んだのにどこに居るかと言うと

マヨイガ、つまり八雲紫の住居だ。

どうやら萃香と戦って負けた後、倒れたアリスを紫が運んで治療してくれたらしい。いや、話を聞いたら治療自体は狐の人、八雲藍がしてくれたそうだ。

目が覚めて知らない部屋で布団に寝かされていたので一瞬パニックになりそうになったアリスだったが、とにかく直前の記憶を思い出し生きていた事にただただ感謝。

思わず腕を上げてガッツポーズ。そんな時に藍に入ってこられたのでこっぱずかしい思いをしたもんだ。忘れてください。

実は最初入って来られたとき、アリスはそれが藍だと気付かなかった。尻尾というあまりに解りやすいパーツがあるのだが、普段から頭に被っている妙な帽子を外していた為解らなかったのだ。

ちゃんと本当に狐の耳なのねーとか思った、初めて見たのでちょっと触ってみたくなったのは内緒だ。

新鮮な姿だと改めてよく見れば藍はアリスより、いやきっと紫より背が高い。大きな九本の尻尾に目を奪われがちだが出るとこ出て引っ込むところが引っ込んだばいんばいんな体型、更には狐色の短く綺麗な髪に、これでもかって言うくらいの美女。世の中おかしい。いや幻想郷がか、美女率高すぎるんですけど。

まぁ、妖怪なんてそんなもんかな、と適当に納得しておく事にしたアリス。思考が脱線しかけたのでとりあえず話を元に戻そうと意識を変える。

 

「ああ、そうだ、治療ありがとう」

「いえいえご無事で何より、具合はいかがです?」

「……右腕が動かないわね」

「右腕の被害は特に酷かったですから、数日はそのままかもしれませんよ、尤も、ちゃんと完治はしますけど」

「完治するのならいいわ」

 

動く左腕を振り回して体の具合を確かめながら会話を続ける。無理をしたのかあちこちの筋肉が小さく悲鳴を上げているがこれも数日といったところだろう。

折角なので今はくつろぐとしよう、なんて肩の力を抜いて寝ていて固まっていた体をほぐす作業に従事する。

 

そんな姿を見て、藍は飲み物と軽く摘める食事でも取ってこようと部屋を後にする。ずっと寝ていたはずなので喉は渇いていることだろう。

高位の魔法使いとのことなのでひょっとしたら食事など必要ないかもしれないが、嗜好品として楽しんでいるものも少なくないし先日の神社では大福を食べていたということもある、要は心の栄養だ。

それにしても、とアリスの様子を省みると、やはり普通の魔法使いなどとは一味違う人物に見受けられる。

通常、ここがマヨイガ、あの八雲の家だと知れば人はもちろんのこと、妖怪達ですら気が気じゃないはず。事実、藍は今までここに来た客のそういう姿を幾度となく見てきている。

だから、あのアリスのくつろいだ姿、ここが八雲紫の屋敷だとしても友人の家に御呼ばれした程度の態度を見て、なるほど紫様が気にかけるのも解る気がする、という感想を持つ。

少しばかり、そんなアリスの深さと鬼と戦った勇姿から、この身でその実力を確かめてみたい、そんなことを考えたりする。強い者ってのは往々にしてこんなもんだ。もっとも、アリスが聞いたら泣いて止めてくれと叫ぶだろう。但し心の中で。本当どうしようもないヘタレだ。

 

なんにしても、アリス・マーガトロイド、紫好みの服を作るから目を掛けられていたと思っていたが、どうにもそれだけじゃなかったと自分の認識の甘さを噛み締める藍。

さて、自分ならあの人形軍隊にどう対処するか。などと頭を巡らし、そんなことを考えながらもお茶とお茶請けを盆に乗せ部屋に戻ると

 

「それで藍様はスズメバチに耳を刺されて以来、あの帽子を被るようになったそうですよ!」

「へぇ。スズメバチ、だから白い帽子なのね」

「白い帽子だといいんですか?」

「ええ、スズメバチ避けには白い帽子や服を着るといいらしいわよ、ああ、でも昼間だけね、夜だとむしろ白は目立つからダメらしいわ」

「はい、気をつけます!」

 

藍の式、猫の妖獣、橙がアリス相手に談笑していた。

うん、橙、お客様の相手をしてくれているのか、偉いな、でも、なんだその話題。というか何でそんなこと知ってるんだお前。あの頃はまだ式にしてないぞ。

 

「はい! 少し前に紫様が教えてくれました!」

「……紫様……」

「あー、えっとその。うん、どんまい」

 


〜アリス・マーガトロイドは友達が欲しい〜

第七話 参加!博麗大宴会


 

そんなこんなで、アリス対萃香の一戦があった日の博麗神社の宴会後。

流石に異変だと解った霊夢達はこのまま放っておくわけにもいかないと宴会の片づけを終えた後、異変解決に向けて動き出す。

いや別に協力体制を取るわけでなくそれぞれバラバラに行動を開始したのだが。

その姿を眺めていたレミリア。

空飛ぶ酔っ払い×4で大丈夫なのだろうかと、日も落ちたので日傘をたたみ、酔い潰れた親友の頬をペチペチ叩きながら空を見上げる。そして、咲夜のスカート短過ぎるから今度アリスに新しいメイド服頼んでみようとか考えたりしていた。

 

そして酔っ払いインザスカイ。

揃って酒には強いのでレミリアの心配は一応杞憂。とりあえずさっさと解決しようと飛び出した霊夢は先ほどの妖気の集まった魔法の森に辿り着く。

あれほどの妖気が今は見当たらないからもう犯人は居なくなったのだろうが、何か手がかりみたいなものくらいは残ってないかと一応散策。とか考えたけど早速面倒になって帰ろうとか思い始める霊夢。

そんな霊夢の心の揺れに気づいたのか、遅れて辿り着いた妖夢が半目で呆れる。

とは言え、そんな妖夢も今日は宴会で飲んだ後だし、酔いが覚めた後日でもいいかなとか考え始めていたりする。実はちょっと眠たい。

 

そんな時。

魔理沙が慌てた様子で2人の前に飛び込んで来た。

真剣な様子でこっちに来てくれと案内され、めんどうくせぇとか思いながらも素直に着いて行く霊夢と妖夢。ふらふらと辿り着いた先には、どう見ても瓦礫。しかもついさっき壊されたのだろう、まだ木材の臭いが漂っている。

いや、大事なのはそこじゃない。だって霊夢の視界に見覚えのあるものが入って来ているのだ。

 

「これって……」

 

拾ってじっくり観察してみれば、それは小さなフリルの付いた赤いヘアバンド。見覚えがあるというか、つい先日にも見たばかり。

 

「ここ、アリスの家だったはずなんだが」

 

魔理沙の呟きから疑惑が確信に変わる。更には妖夢が折れた木材に付着した血の後なんていうものまで見つける始末。一体アリスに何が、とも思うが結論は簡単、あの妖気がここから出ていて、家が全壊しているのだ、考えられる事など『アリスが異変の元凶と戦っていた』か『アリスが異変の元凶』かだ。しかし、アレは妖気だしアリスは魔法使いで出すのは魔力。加えてあのアリスが異変など起こすはずがないと確信している3名は後者の意見は初めから頭にない。まぁ、元凶が自分の家壊すとかないだろうし。

 

なるほど、宴会に来ていなかったのは異変を探っていたという訳だったのね、と霊夢が眉間にシワを寄せて考える。激しく誤解なのは言うまでも無いだろう、むしろ元凶に探られて居た方だ。

 

3人は当のアリスは無事なのかとあたりを捜索しようとし、動き始めたところで魔理沙が少し離れた場所から突如激しく争う音が聞こえて来た事に気付き、急ぎ箒に跨り飛び出す。

 

アリスはまだ戦っているのか?残る2人も合わせ、3人とも同じことを考え音の発生場所に向かう。

 

しかし、辿り着いた先で見たのは仰向けに倒れる銀髪のメイド服の女性。紅魔館メイド十六夜咲夜だ。ああ、そうだコイツの存在忘れていた、と誰にでも無く呟く霊夢。酷い。酔っ払い酷い。

衝撃が酷かったのか普段から着けているヘッドドレスが取れ肩まで伸びたストレートの髪が乱れている、更にはメイド服の上半身左側が大きく破れ地肌が覗いている。なんとも色っぽい。

 

(勝った!)

 

と思ったのは霊夢か魔理沙かはたまた妖夢か。

十六夜咲夜は3人に比べて頭一つ背が高い、アリスと同じくらいかそれ以上。どことなくここに居る3人より大人の女性を感じる部分があり、実のところ子供っぽい体型の3人にはそれなりに思うところもあったりしたのだが。

まぁなんだ、破れた服から覗くその女性らしい部分がなんていうか残念だったのだ。

とかなんだそのいろいろと、女性の尊厳について考えていた3名だったのだが、咲夜が倒れていた先の方からガサリと何かが歩いて来る音にハッとしてここに来た目的を思い出す。やっぱりいろいろダメかもしれないぞ酔っ払い。

 

「おや、更にお客さんか」

 

言いながら、歩いて来ながら、再び膨れ上がる強大な妖気。

現われたその姿を見れば、ここにいる誰よりも小さい少女。しかしながら、頭の捩れた角と獰猛な笑みがそんな印象を軽々と吹き飛ばす。

重さを持ったように感じる空気を肌で感じながら霊夢は思う。

 

  コレは正直桁違いだ。

 

横を見れば、魔理沙など呼吸も忘れるほどに引きつっている様子が見える。妖夢はまだ冷静のようだがどことなく表情が硬く冷や汗を流している様にも感じる。確かに目の前のコレはそれほどの相手だ。

倒れている咲夜だって、弱くない、むしろ強い方だと言っていい、能力に至っては反則レベルだろう。それでも状況から見るに碌な抵抗も出来ずにあっさりとやられたと見るべきだ。

状況を分析すればするほど馬鹿げた相手、事実霊夢の背中にも冷たい汗が流れている。だが、

 

「……あなたが何者かは知らないけど、幻想郷には幻想郷のルールがあるのを知ってる?」

 

咲夜の姿を見る限り、そして近くで戦っていたその気配からほぼ間違いなく決闘のルールからは外れた戦いだろう。霊夢はあえてそれを指摘し、こちらのルールに引き込んでしまおうという作戦に打って出る。

 

「ああ、ルール自体があることは聞いているよ、けどまだ理解しきれて居なくてね」

「なら、理解してから異変を起こして欲しいのだけど」

「つれないねぇ、博麗の巫女」

「妖怪のわがままに付き合っている暇は無いのよ」

「でも、博麗の巫女なら、そんなルール無視で暴れる妖怪を退治しなきゃならないだろう?」

「本当にわがままね」

 

霊夢の言葉にしれっと笑顔で返してくるおそらく異変の元凶。どうにも作戦は失敗っぽい。更には自分が彼女の土俵で戦わなくてはならない正当性まで諭された、正直癪に障る。

さて、どうしようか、この際ルール無視になるなら3対1で仕掛けるかと霊夢が左右にいる2人に目配せをし一気にケリをつけてしまおうかと覚悟を決めたところで、少女から言葉の爆弾が投げかけられた。

 

「アリスは付き合ってくれたんだけどね、この『鬼退治』にさ」

 

ゴクリと息を飲む音が聞こえる。緊張感でもう誰の音だったかも解らない。

鬼などこの幻想郷にはもう居ない、などと今更問う必要もないだろう。漂う莫大な妖気と肌に感じる悪寒、そして今にも目に見えそうな殺気。これだけのものを並べ出されてしまえば目の前にいるのは鬼だと信じ、納得してしまえる。それこそ悔しい程にだ。

そう、幻想郷に鬼が居ないのは『出て行った』為。存在が無くなった訳ではなく、たまたまここ数百年この地に居なかっただけ、だから、『帰って来た』としてもなんの不思議もないのだ。

まったく、本当にわがままな存在だ。

 

しかし、鬼だから、などという理由で博麗である自分がここで、異変に対して引くわけも行かない、負けるわけには行かない。

そんな思いで知らず震えそうになる体を無理やり押さえ、額から眉を避け右頬に伝う冷たい汗の流れを感じながら、霊夢は無言で袖に仕舞ってある自身の信頼する武器、陰陽 玉を手に取る。

目の前の鬼の言葉に暫くの硬直を見せた魔理沙だったが、霊夢の行動を視界に収めて我に返りペンダントとしては大きすぎる首から下げている自慢のミニ八卦炉を準備、合わせる様に妖夢も2本の刀に手をかけて、そして話をしている間に気がついたのか咲夜も体を起こしその手に数本のナイフを構えていた。

それぞれが、それぞれの決意を持って圧倒的な暴力の象徴とも言える鬼に向き合う。

 

彼女らの心の動き、そして実際の行動を目にして鬼はそれは嬉しそうに笑みを深める。

 

「いいね『昔は昔は』なんて思っていたけど、今が一番だってよく解るよ。 アリスといいお前達といい、今の幻想郷はいい所じゃないか。 さぁ4対1でも構わない、始めようか!」

 

 

 

 

「で、異変は解決した、と、怪我大丈夫?」

「アリスに言われたくないわよ、右腕動かないんでしょう?」

 

博麗神社恒例の宴会会場。異変は先日解決し、これでよく解らない宴会も終わると思っていた霊夢だったのだが、何故か再び3日後、紫と件の首謀者である萃香がやってきて宴会を開催。

なんだこれ、最早異変であった意味ないだろう。とか呆れながらもいつものように参加者が集まる様子を眺めていたら、隣にすっとアリスが現われ話しかけられた。

いつもと服のセンスが違い紫の式である藍が着ている様な導師服だった上、トレードマークのような赤いヘアバンドではなく大き目の水色のリボンをヘアバンドの様に付けた状態、ちょっといつもと違い可愛らしい様相だった為にアリスが参加していたことに気付かなかった。異変解決の折に無事だとは聞いていたが、右腕を酷く負傷して暫く治療中だとか、霊夢自身も体のあちこちはまだ痛いが生活に支障は無いので問題はないが、アリスの生活が少々心配になる、というか酒飲んでいいんだろうか。

 

「正直言うと、右腕より家が痛いわ」

「あー……」

 

アリスの家は木っ端微塵。その姿は霊夢も確認しているだけに、痛さが解る。

ただ住むだけの家なら再建も難しくないかもしれないが、アリスはあの魔法の森に住む魔法使い、きっといろいろな魔法関係のものがあっただろう。その辺も紛失したとしたら魔法使いとして大打撃、ヘタをすると弱体化だ。

今回の一件で幻想郷内でアリスの評価が強者として上がっているだけに、評価を頂いたとたん弱くなったでは笑えない話だ。

 

もっとも、アリス本人は正直強いとかどうでもいいと思っているので評価に関しては気にしていない。

むしろ強いなんて言ったら今後の死亡フラグに関わるので止めて欲しいとか思っている。

更に今回紛失したいろいろも主に高価な家財道具とか裁縫道具、人形作成道具なので痛いと言えばかなり痛いが、自分の技の紛失とか言うわけではない。

実のところただただ本当に住むところとしてどうしようか、と悩んでいるのである。

 

まぁそんなわけで、実際には金銭的に危機的状況だったりするわけで、

どうやって生活していこうとか真剣に悩んでいるアリス。

 

「そういえば、紫のところに居るとか聞いてたけど?」

「ええ、なんだか成り行きでマヨイガに居候してるわ、本当、家どうしようかしら」

「萃香にやらせたら? 張本人だし、力はあるし」

「勝ったら手伝うとかで勝負吹っかけられそうだから嫌だわ、そもそも勝てる気しないし」

 

本当、あんなのによく勝てたわよね、とため息混じりに呟くアリスだったが、霊夢にしたらアレに一対一で勝負を挑んだアリスの方こそありえないと思う。

こちらは4人がかりでやっとだったというのに。

見れば魔理沙も妖夢も包帯を巻いている。姿が見えないメイドは最初にやられた分怪我が酷く本日はまだ寝込んでいるそうだ。伝えてきたレミリアは挨拶だけして看病でもするのか屋敷に戻っていった。アレで案外面倒見のいい上司のようだ。

ま、要するに揃って満身創痍という結果だ。しかも、実際問題アリスが居たから異変に、犯人に気付けたのだ。

 

「私達の知らないところで1人で異変解決しようとしてたアリスに言われたくないわよ」

 

自分が気付かなかった時に1人動いていたアリスに悔しさ半分、賞賛半分で愚痴を零す霊夢だったが、聞いたアリスにしてみれば「何言ってんだコイツ」状態。

異変とか知らねーし、知らなかったし。正直今さっき霊夢に聞いて知ったんだよ萃香が異変だったとかさぁ、な心境。

今日までアリスはこの連続宴会を本当に帰って来た萃香の歓迎会が続いていると思っていたのだ。怖いね、世間知らずのヒキコモリ。

あれ? なんか誤解されてる? しかも評価上がってる? とか同じ被害者として怪我を心配して仲良くなって友達になろう作戦のつもりで声をかけたアリスは妙な方向に話が進んでちょっと困惑。なんだか戦う者認定されてないかしら私。

あ、でも例の妄想大戦で霊夢との合体技とかそっち方面に向かって行くという方向性で、「行くわよ霊夢」「おっけーアリス」「「アリム砲!!」」とかなんとかスーパー火力でスキマも鬼もなぎ倒してとか……ないわー。とアリスちょっと暴走中。

最後に冷静になれるだけアリスは道を踏み外していないと思われる。

 

「や、御二人さん楽しそうだね、私も混ぜてよ」

 

アリスの妄想がダメな方向に展開を見せ、自分が恥ずかしくなって連載打ち切りになった頃、この度の異変の首謀者が何がそんなに嬉しいのか瓢箪を振り回しながら笑顔でやって来て2人に声をかける。

アリスの心境は、ゲェ!?萃香!?である。もう戦わんぞ、戦うもんかと必死に目で訴える。口に出さないあたりがヘタレの証。

だというのに

 

「何しに来たのよ」

 

一方こちらはにべもない霊夢。強気だ。アリスからすれば何でそんなに強気になれるのか不思議な姿である。相手鬼だぞ鬼、私達死にかけた。

 

「いやいや、私を倒した英雄と私に一対一で戦いを挑んだ勇者が仲良く談笑しているんだ、気になって当然じゃない?」

 

嬉しそうに語る萃香だったがアリスにしてみれば挑んでない。萃香が私の家で暴れただけだと思い心で涙を流しながら訴える。勇者言うな。

が、当然誰もテレパシーなど持っていないので友達居ない少女の悲しい訴えは虚空に消えていく。

 

「こっちはアンタのせいで折角の夏服がダメになったのよ、もう一回張っ倒してあげましょうか?」

「はは、強気だねえ霊夢」

 

うん、萃香に同意、強いわよ、気が強すぎるわよ霊夢。もう一戦とかありえないと思うわよ。なんて隣で引きつるアリス。出来れば巻き込まないでくださいと切に願い、ここから逃げるタイミングを計る。

でもまぁ、確かに霊夢と紫の夏服はダメになった。しかも裁縫道具も吹き飛んで、アリスの右腕も利かないと絶望的。詳しく伝えたところ2人とも揃ってしょんぼりしてくれたものだ。

そこまで楽しみにしててくれたのはアリスとしても嬉しいが、だからってそんな理由で鬼に再び喧嘩売らないで欲しいと思う。

そういえば同じ思いをした紫も似たように悲しんでいてくれたついでに萃香に喧嘩売ってたらしい。

その2名、幻想郷最強の大妖怪と幻想郷管理の巫女、ある意味最強タッグだ。そんな相手から恨みをかってる萃香マジ凄い。

 

でも、どうせなら夏服の恨みじゃなくて「よくもアリスをこんな目に!」みたいな友情パワー溢れる理由で喧嘩売って貰いたいと思う。そう、こんな感じで

 

紫『よくも、よくも大切な友達のアリスをっ』

霊夢『紫、泣いている場合じゃないわ、今の私達に出来る事をしないと』

紫『そ、そうね! アリスの仇よ、霊夢合わせて!』

霊夢『ええ紫、行くわよ!』

紫&霊夢『『合身!!』』

ゆかれいむ『永遠なる凍土の理力(エターナルなんたらかんたら)!!』

萃香『ぎゃぁぁぁぁぁ!!』

 

(ダメだ、最初の台詞で私既に死んでる感じ!)

ダメなのはそこじゃないと思いますマーガトロイド先生。

 

 

「で、本当に何しに来たのよ、再戦とか言わないでよね」

「再戦したそうなのは霊夢に見えたんだが……まぁ、いいや、もう一戦いくかい?」

「なんでそうなるのよ」

「おや、怖気づいたのかい? 英雄」

「……上等」

 

先生がダメな作品を脳内で仕上げている間に、何故か一触即発になる鬼と巫女。

やめなさいよ2人とも、と、喉まで出かかるアリスだったが、巻き込まれてもイヤだし、正直どうでもいいのでそのまま額を擦り付けあう2名を観察。

傍目には仲良しに見えるからちょっと嫉妬である。

ふぅ、と小さくため息をついて手に持っていたグラスを傾けようとするが既に空になっていたことに気付いてなんとなく手持ち無沙汰。

 

「お注ぎしましょうか?」

「……幻想郷の頂点に君臨する大妖怪にお酒注いで貰えるなんてバチがあたりそうね」

「萃香ほどの鬼と互角に戦う魔法使いに粗相なんて出来ませんわ」

「一方的に負けたと思うんだけど」

 

何時の間にか隣に現われて居た紫が酒瓶を持ってアリスのグラスにお酒を注いでくれる、おそらくは瓶のラベルからしてスパークリングワイン、それも流石スキマ持ってくるお酒、どう見ても一級品…………なんだろうが、ラベルの文字は「Zun Perignon」。なんだそれ。

突然現われるのはいつもの事だし、ここ数日マヨイガの家に厄介になっているだけあってそれなりにこの大妖怪に慣れてきているアリスはもうなんだか半分諦めたような気持ちでツッコミすら放棄して得体の知れない飲み物を「そんなもんだ」と納得し素直に好意を受け取ることにした。

慣れって大事だね。

 

 

「一方的、なんてことは無かったと思うのだけれど?」

 

目の前で繰り広げられる鬼と巫女の追いかけっこを眺めながら、あの時のアリスと萃香の戦いを思い出し言葉を紡ぐ紫。

ここ数日、マヨイガの自分の家に招いていたとは言え、アリスはそのほとんどを治療に費やしていたということもあり、今日この時まで踏み入った話が出来ていなかった。その為、ようやくこの場で賞賛とも言うべき言いたかった事をアリスに伝える。

それに対し「あ、どこがだよ、負けたじゃない完膚なきまでにやられたろ、死ぬかと思ったわ」とでも言いたげな表情と視線を向けてくるアリスの反応を見て小さく噴出してしまう。

アリスにしてみたら笑ったなチクショウ。な感じだが、実のところ紫が噴出したのは、アリスが自分がどれ程のことをしでかしてくれたのかまったく解っていないということに気付いたからだ。

 

正直に言ってしまえば、

あの萃香を、日本妖怪最強種ともいうべき鬼、更にその頂点に立つあの小さな化け物を前にして、

 

正面から受けて立つような馬鹿が居ると思わなかった。

 

強大な力を持つもの、戦いに価値を見出すものならいざ知らず、少なくともアリスは紫が見る限り、ただ、のんびりと魔法の森で魔法の研究をしながら気ままに暮らしている魔法使いでしかないはずだ。

それが、アレの妖気を前にして、あの存在と向かい合って慌てた様子すら見せずに、真っ向から立ち向かった。

事実、それだけでも賞賛ものだ。

加えて、負けたとは言え萃香自身に「勇者」と言わせたその在り方。藍の報告によれば、既にここ数日の間に名のある妖怪達の間でアリスの噂が広がっているということらしい。

何というか本人の意志関係無しに着々と有名人になりつつあるわけだ。

 

けれど、アリス自身はそんな評価を聞けば困った顔になるのだろう、言葉の端にそんな雰囲気が見て取れる。

 

だから、訊ねる。

 

「何故、戦ったのか聞いていい?」

 

幻想郷の流儀もあり、あの時の萃香自身も『宴会にアリスを誘う』という名目があった為、流石に命のやり取りではなかったが、それでも鬼相手の闘争。

紫にしてみれば、普段の様子から見て敢て戦う事など避けて通りそうだと思っていただけに素直に碌な文句も無く萃香のワガママに付き合ったアリスの行動が意外だったのだ。

 

「……むしろこっちが聞きたいわよ、まぁ……でも、強いて言うなら」

 

ため息をつきながら、小さく眉間にシワを寄せアリスは目を閉じて軽く顔を上げる。

そして、一旦言葉を止めた後、感慨深げに、肩を落としながらポツリと呟く。

 

「――空気くらい読むわよ」

 

紫は、アリスのぶっきらぼうに答えたその言葉に一瞬だけ唖然とし、

そしてくすくすと袖口で口元を隠して笑い出す。

バカにされたと思ったのか眉間に皺が寄るアリスを見ながら思う。なるほど、アリスは優しいのだ、と。

 

暫くの無言の酒盛りの後、不意にすっと立ち上がるアリス。

笑われて居心地でも悪くなったのかと思ったが、まったく霊夢も怪我が治ってないのに、なんて呟いたあたり、今しがた萃香に吹っ飛ばされた霊夢が心配になったというところだろう。

まったく、本当にお優しい事だ。

 

 

実際は本当に居心地悪くなっただけで、霊夢を言い訳にしたという経緯なのだが、まぁ、それはアリスの中だけの話なのでいいか。

それでも礼儀は心得ているのか、ちょっと行って来るわね、なんて申し訳なさそうに紫に一言残し霊夢と萃香の居る方に向かおうとするアリス。

 

しかし、

紫はどうしても気になっていた、これだけは聞いておきたいということがあってアリスを呼び止める。

いつもの無表情のまま、振り向きざま可愛らしく小首を傾げて何事かと視線と態度で問うアリスに紫が問うたことは

 

「アリスは――――萃香に勝てたら何を望むつもりだったの?」

 

もしも――なんて話は無粋かもしれない。普段からあまりそういう話題も出さない。

けれど、あの時、

『鬼退治』を了承したアリスが、鬼を倒して手に入れる宝はなんだったのか、普段からあまり周りに、物に執着しない世捨て人のようにも見える彼女がいったい何を望んだのか、些細な事かもしれないが紫にはとても気になったのだ。

 

 

アリスの本音からしてみれば、正直勝てるとか思ってなかったから望みの宝とか特に気にしていなかったものねー。が正解である。いや、むしろ『命だけは助けてください』が願いだったような気がしないでもない。

世捨て人のように見えるのだって、単に友達いないだけだ。チクショウ。

 

でも、穏やかな表情とはいえ、紫の声色から真剣な質問だという事は解るので、それに応え、

 

あの時、

 

ほんの少しだけ思った『欲しいもの』を思い出す。

 

「そうね……」

 

眉を顰めて苦笑し、疲れたように息を吐きながら、小さな本音を語る。

 

「友達になって貰おうか、なんて、考えたわね」

 

呟いた言葉に、小さく、本当に小さくだが紫が驚いたような表情を作りアリスを見つめる。

 

やっべぇやっちまったか? 鬼と戦って褒賞が友達とかどんだけ友達いねぇんだよコイツ的な視線ですかそれ? てな感じで勝手にヘコむアリス。

いいじゃないのよ、友達くらい望んだって、私にはどんな宝物よりも得がたいアレでソレなのよ。とか、被害妄想的に紫の視線に腰が引けるアリスだったが。

 

一方紫は驚いた表情からゆっくりと穏やかな笑みになり、答え終えたからなのか再び霊夢と萃香の方に向かうアリスの背中を見つめ思う。なるほど、友か、自らあの鬼を、あの戦いの開始直前の緊張感の中で友と見做すかアリス・マーガトロイド。ああ、それは確かに百万の宝玉より輝く宝に違いないわね。と。

 

ふと視線を移すと、その先には聞こえていたのか腕を組みこちらを見つめて立つ萃香の姿。

どこと無く、照れたような、困ったような表情で嬉しそうに笑っている。

 

萃香の気持ちは解る。

長い時を経て、久しく忘れていた興奮を思い出させてくれた好敵手だ、既に萃香の中ではアリスは友なのだろう。

本来なら鬼が友と認める、それだけ鬼に認められたと誇るべきなのかもしれないのだが、この場合に於いては、得がたい友を得たのは鬼である萃香の方なのかも知れない。

 

だから

 

おそらく

 

あの勝負、いろんな意味で初めからアリスの勝ちだったのではないか。先日の魔法の森での萃香の言葉、

『素直に勝ったと思えない』

また、そんな気分にさせられているのだ。

 

 

 

  さて、この先幻想郷はどうなっていくのかしらねぇ。

 

 

そんな自身の愛する幻想郷の住人達を眺め、楽しそうに微笑む紫の視界では

 

「お、来たなアリス、アリスも再戦か、再戦だな!」

「……しないわよ」

「アリス止めないわ、やっちゃって!」

「……霊夢も話聞いてよ」

「よしアリス、第二回鬼退治だ! 私が勝ったら私にも服を一着作ってくれないか」

「話聞きなさいよ酔っ払い」

「そしてアリスが勝ったら、私が嫁になってやろう」

「いやいやいやいや」

「……まさに、鬼嫁……」

「霊夢も落ち着いて……」

 

酔っ払いたちの出来の悪いコントが絶賛上演中だった。

 

 


おしまい。

後日談→第八話

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2011/06/22

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