「申し訳ありません! 今お持て成しを……」
「いいから横になっていなさいよ」
「しかし、お客様を前にして、何も出来ないなど……」
「お見舞い対象を働かせる客がどこにいるのよ」
「いえ、しかし私のメイドとしての立場が」
「メイドの前に怪我人でしょう、あなた」
「このくらいの怪我でしたら大したこと……は……」
「 い い か ら 寝 る 」
「……はい」
何がどうなっているのかと言うと。
先日の伊吹萃香による異変の際、大怪我をして未だ完全復調とは至らない紅魔館メイド長十六夜咲夜嬢の様子である。
そこそこ良くはなったものの、大事を取って休むようにと仕える主人レミリアから言い渡されベッドに横になっていたという訳なのだが、突然、最近気になる憧れのお姉さんアリス・マーガトロイドの訪問があり驚きテンパった挙句、メイドの職務を全うしようとしてアリスに怒られたという事態。
なんだかよく解らん。
よく解らんが、完璧で瀟洒なメイドであろうと気を張って生きてきた咲夜としては、お姉さんに怒られたというのもなんだか新鮮でいいなぁとか思っていたりするわけで。
アリスに解らないようにちょっとだけ頬を緩ませて素直に布団の中に戻る事にする。
ちなみに本日の咲夜はいつものメイド服ではなくパジャマである。
水色を基調にし、真っ赤なトマトがあちこちに散りばめられ、トマトには顔が描いてある非常に可愛いパジャマだ。
以前に出会った時は凛々しい感じに見えたけど、こういう格好でいると愛らしいわねこの娘。
なんて咲夜に対する評価を付け加えたアリスだが、いやそもそもなんでアリスがここ、紅魔館メイド長寝室にいるかと言うと、
洋服屋だからだ。
違う違う、正確に言うと、洋服を作る技術が有名になりつつあり、その腕を見込まれてレミリアに『空を飛んでも心配にならないような丈の長い咲夜に似合うメイド服とか作って貰えないものかしら』という『おまいはお母さんか』なんて言いたくなる様な依頼を受けたからだ。あれ? 違わないか。ちなみに依頼されたのは先日の宴会の時だ。
あの日レミリアが咲夜の様子を霊夢に伝え、紅魔館に帰ろうとしたときに丁度やってきたアリスを捕まえての事。
もっとも、アリスにしても怪我と道具の粉砕という事情があるのでいつになるかはわからないという話は通してあるのだが、
この度、とりあえず咲夜の服のサイズを測っておこうと、普段はっきり言って来る機会もない紅魔館へやって来たわけだ。当然いつものごとく紅魔館で友達出来たらいいな、とかいうウィズ下心。
とかなんとかでやって来た訳なのだが、当の咲夜がまだ寝込んでいたのでお見舞いと相成ったという経緯。
お邪魔するのだからと大福買って来てよかったと思うアリス。
大福はもちろん先日神社へのお土産にした時と同じ店で購入。
看板娘の明るさと押しの強さに負けて最高級品を買ったわけじゃない、幻想郷に名高い紅魔館への訪問なので粗相があってはならないから買ったんだ、となんだかいろいろ自分を誤魔化すアリスの心情はさておき。
怪我人なのに働き出そうとしたこのメイドさんを休む時はちゃんと休めと嗜めて
ふと気付く。
自分は彼女の服の為に身体測定をしに来たのだと。
布団の中に入られたら測れないじゃないか、と。
しかも布団に入れたの自分だ。
ここで「じゃあ、サイズ測るから出て」とか言えない。
言ってしまえばどうなる、コメディか? ここで、咲夜ちゃんからのツッコミ待ちというコミュニケーションを図るか? いやでもこの娘なら素直さ爆発で言う通りに布団から出てしまいそうでボケ殺しになりそうだ。それは痛い、実に痛い。主に私の心が。そもそもツッコミ待ちとかそんな高度な技を持ってたら今頃友達くらい居るわチクショウメ。コミュニケーションとはかくも難しいものなのですかお母さん。
と、悩むアリスだがこの間まるで表情にも態度にも変化はない。マジ外面完璧だ。
どのくらい完璧かというと、悩みながらも微笑を携え、咲夜の体の心配をするという素振りを、言動をするわけだ。マジで人に弱みを見せない女だアリス。
弱みを見せ、助けてくれたり世話してくれたりする友達が出来る、なんていうフラグをベキベキ叩き折って、近づきがたいお姉さんに成りつつあるわけだからいろいろ報われない。内面は完璧には程遠いというのに。
一方、お見舞いされる側の咲夜ちゃんだが、優しいお姉さんの訪問にテンションアップ中。
もうなんだ、アリスを見る目が遊んでくれる人を前にした犬の様で、尻尾があったら千切れんばかりに振られているだろう、そんな感じだ。
こっちもこっちで実は親しい友達が少ない十六夜さんちのお嬢さん。お見舞い来てくれた、ひゃっほぅ、アリスお姉さんとか呼んじゃってもいいかしら、とか心の中でちょっと暴走中。いろいろ大丈夫かメイド。
しかし、当然こちらもそれを顔に出さない激しく瀟洒。なんだかんだで似たもの同士の2人は内心裏腹に素敵に微笑みあっていた。
しかし、だ。
揃ってコミュニケーション能力の低いアリスと咲夜。
考えるまでもなく会話が途切れる。
つーか、話題とか、なにそれおいしいの? てなレベルである。
アリスなんか普段から洋服の話題しか持ってない。魔法使いとしてどうよそれ、な感じだが、主に服なのだ。本当もう服屋でいいよ、アリス。
咲夜だって話題になりそうなことといっても「先日妖精メイド達がどこで覚えて来たのか野球拳大会を開いていた」とか「パチュリーはツンデレ」とかそんな地域限定紅魔館ネタになる。
しかも内容が紅魔館の恥部だ。
要するに2人の会話は自然に止まってしまう。
更には、何故かじっと咲夜の姿を上から下まで分析でもするように眺める、というか観察するアリス。
まぁ、何故も何も、空気読めない発言は置いといてこうなれば見た目から彼女のサイズを目算してみよう計画に辿り着いたアリスだったわけで、既に解っている自分と同じくらいの身長という情報からおおよその彼女の服のサイズを計算していたのだが、見られる方はそんなヘタレの心の中で展開された複雑な事情は解んない。
なので、
ど、どこか私変なのかしら、やっぱり寝てたから寝癖とか……ああ、せめて着替えくらいしてくれば……!
なんてアリスの視線にとてつもなくテンパるメイド長。
もうなんだ、思考が『気になる異性がお見舞いに来てくれた乙女』の様である。若いっていいね。
いやしかし、ここで黙っているのもどうかと思う。そう、前回の失敗を省みて今度こそちゃんとした会話を。とか妙なテンションのままに布団の中で決心する咲夜。
単に無言の空気に堪えれなくなっただけではあるが、
あるのだが、
ここはメイド長、勇気を振り絞り
アリス姉さんとコミュニケーションを図る為にタイミングを見計らい、考えもまとまっていないのに半ば勢いだけでそっと口を開く。
「い、いい天気ですね」
「そ、そうね……」
今、部屋の体感温度が5℃下がった。
勢いマジ怖い。
寒々しいこの空気の中、
何一つ成長してない自分に対し心の中で滂沱の涙を流す咲夜。
また、とっさのことにうまい返しが出来ない自身のコミュニケーション能力の低さを嘆いて心の中で頭を抱えて転がるアリス。
そして、
お客様にお茶出そうと紅茶とお茶請けを手にして部屋に入るタイミングを計って様子を見ていた紅魔館門番は、咲夜ちゃんの不器用さに扉の向こうで溢れ出る涙を止めることが出来なかったのでした。
〜アリス・マーガトロイドは友達が欲しい〜
第八話 見舞!わりと愉快な紅魔館
「幻想郷で紅魔館ってとこの当主やっているけど何か質問ある?」
紅魔館でのお茶会。
威厳たっぷり、強大な力を隠そうともせず辺りに振り撒きながら紅茶の入ったティーカップを片手にレミリア・スカーレットがやたら重々しく言った第一声がこれである。
しかも凄く嬉しそう。
10歳くらいの姿で大き目の白いドレスを身に着け、本人はニヤリのつもりかもしれないがニッコニコの笑顔で言った一言だ。
態度と見た目と雰囲気と言動、加えて幻想郷における立場から見ても全てが合ってない。―ちぐはぐ幼女。アリスの脳裏にそんな感想がよぎる。
しかし口に出したらヌッ殺されるんじゃないかと大人しく質問事項を考えてしまう我等がアリス・マーガトロイド、超チキン。そして超素直。
実はツッコミ待ちのレミリアはちょっぴり寂しい状況だったわけなのだが、目の前で表情ひとつ変えない金髪美女に『ツッコンで、ツッコンで』とか言えそうもない。いや、言わないけど立場的に考えて。
先ほどの台詞にしても正直なところレミリアにしてみればなんかアリスが緊張している感じだった為、それを解そうかという試みだ。まぁ単に『言ってみたかっただけ』というのもあったわけなのだが、慣れないことはするもんじゃないなとちょっと反省。
実際、レミリア自身、自分がとんでもない妖気を撒き散らして相手を威圧していることはよく解っている。
どうにもスキマの紫とか親友パチュリーさんとかに言わせれば、たかだか500年級の吸血鬼にしてはスカーレット姉妹の力というのは規格外なんだそうだ。本人よく解らんが。そうそうレミリアさんには妹さんが居ます、金髪です。
でもって、妹さんもそうだがレミリア自身、この状況が普通な為、溢れ出る妖気とやらを抑える方法とか知らない。
知らないので自由気ままに駄々漏れ状態、そこら辺の野生の妖怪とかレミリア達を見ただけで涙目なのだ。
いや、実はこの威圧感で周りをビビらせてるので何とかしようと思ったこともあり、親友に相談してみたこともあったのだが、パチュリーさんが言うことにゃ「あなた、威厳が無くなったら只の幼女よ?」とのこと。それ聞いて止めた。
なんかこう、幼女とか言われるの嫌だし。とか考えてみたが威厳があっても『凄い幼女』でしかないという事実に本人気づいていない。
まぁ『強い=威厳』という単純な話でもなく、実際のところレミリアが当主をしているのはその組織運営の統率力が大きなところだったりするのだが、
本人は見た目幼女なのは重々承知しているっていうか有体に言って気にしているので強くなくてはいかんと思っているふしがあったりする。いや、いかんつーかささやかな見栄だな。幼女呼ばわりされるのが本当に嫌なのである。幼女なのにね。
ともあれそんなこんなで現在も無駄に妖気を撒き散らしているなう。
普段、レミリアを前にした存在はその強大な妖気に萎縮する。そんなわけで冒頭の緊張解しだったわけなのだが
実のところアリス・マーガトロイド、強大な妖気に威圧されて緊張してるわけではなく、
服のサイズを測りに来たけどなんかお見舞いとなった訪問を終え、帰ろうとした所を館の当主に捕まってお茶会に誘われた、という予想外コミュニケーションフラグにどうしていいか解らず萎縮していたのだ。
要するにいつものごとくコミュニケーション能力の低さが成せる業である。
別に嫌なわけじゃない、当然だ、これで、もしかしたらレミリアと仲良くなるチャンスかもしれないわけなのだ。ひゃっほう。
まぁ、相手が幻想郷のパワーバランスの一角であるというなんだか仲良くなったら今後厄介ごとに巻き込まれるフラグかもしれないが、そんな厄介ごとを2人で乗り越えて更に仲良くなる展開も妄想の中ならアリという結論なので問題は無い。ある意味とってもポジティブだ。
ただ、
お茶会なんてどういう会話をしていいか解らないだけだ。
以前、魔理沙とお茶会っぽいことをしたような気がするが、アレは魔法使い同士という共通の話題があった。
目の前のレミリアは吸血鬼。しかも凄い吸血鬼だ。
何が凄いってとにかく凄い、あふれる妖気パネェ。
ここで、吸血鬼相手の話題とか言っても正直困る。
アリスは頭がいい、当然知識も豊富すぎるくらいに豊富。ヒキコモリの鑑なくらい本読んだりしてた賜物だ。
だから、吸血鬼に関する情報とかもしっかりあったりする。あったりするので、通常話題になりそうな「吸血鬼って実際どーなの? 血とか吸うの? 日の光とかやっぱダメなん?」みたいな話題に持っていくことが出来ない。だって知ってるもん。
気になったものを満面の笑みで教えて教えて騒ぐ湖のあたりに住んでいる青い妖精を思い出し、私もあのくらい可愛ければ、と心の中で力いっぱい嘆くアリス、マジ馬鹿羨ましい。
だから、どうしようか、とりあえず時間稼ぎに出してくれた紅茶飲むか。とかいろいろ逃避しかけた時に最初のレミリアの台詞が来たわけだ。
なによそれ
とか紫あたりなら呆れ顔で返しそうな台詞に対して、アリスには会話の切っ掛けを作って貰えたと受け取り、思いついた質問を真剣に返してしまう。
コミュニケーションって本当難しいよね。
あるぇ〜? とか心で首を傾げるレミリアだったわけだが、まぁいいか、とそのまま会話を続ける。恐ろしい印象を粉砕し、ちょっとお茶目な吸血鬼を気取ってみたんだがダメだった模様、少々悔しい。
そんなレミリアの心はともかく、
曰く、アリスの質問は
「紅魔館は幻想郷新参の部類だけど、この規模で財源はどうなってるの?」
いやに現実的な話題だ。
結構大きな屋敷にそこそこ妖精とか妖怪とか住んでて、まさかお金がないとかないだろう、上位のレミリアみたいな存在ならわからんが、ここに住む全員がまさか霞食べて生きてるわけでもあるまいに。という疑問と、単純にアリスが家を再建する為に資金調達をどうしたもんか考えていたという経緯からの質問である。金策教えておくれという切なる願いだ。
レミリアにしてみれば、質問が来るにしてもありがちな吸血鬼に関してのこととか、吸血鬼にしては力が大きすぎる自分達、もしくは紅魔館の妖怪達の話が来るかと思っていた。
現実、今まで初対面の相手との会話というと7〜8割それ関係の話題。残りが幻想郷に来る前の紅魔館の事だ。
だからまさかお金の話になるとは思いもよらず、しかも何か懐事情を心配されてるっぽい感じな言い方に思わず唖然としてしまう。
なるほど、紫が気に入ってるのも解る気がする。
このアリス、ちょっと目の付け所が一般的な視線から斜め向きなのだ。面白方向に。
レミリアは自然に小さく緩む口元を隠そうともせず、ならばこの斜め感じな魔法使いとの会話を楽しんでみようと質問に対する答えを返す。
「今のところは、館の倉庫にあった別にいらない物を人里の商家に卸してるわ」
実はちゃんと金策はしてるんです紅魔館。けど、それを聞いてちょっと眉を顰めるアリス。
「……吸血鬼の館にあったものとか、危なくない?」
「あーうん、そこはノープロブレム。魔法とかかかってる物は避けてるわよ、調度品とかね売ってるのは」
人里への影響なんか心配したわけだがその辺はレミリアも心得ているようでちゃんと売るものは選んでいたらしい。しかも好評だったとか。
レミリア自身より背の高い彩色豊かな中華風の壷とか、凄い値段で売れた。
紅魔館は洋風なんで中華系の調度品とか要らんわ、という短絡的な思考からそれっぽいものを次々出荷品としたのだが、
うっかり中に入って休憩してた妖精メイドを一人一緒に出荷しそうになったという事件もあったりした。
後日、そのメイドは自分の寝床が無くなったと嘆くが、よく考えれば紅魔館の備品を勝手に使ってたのだからと、とりあえず叱っておいた。
叱っておいたのだがしょんぼりしている姿がなんだか可哀想になって魔法の森入り口の雑貨屋にて大きな壷を譲って貰い、こっそり置いておいた、という一幕があったのはいい思い出だ。
とはいえ、レミリアが壷ぶら下げて飛んで帰って来た姿を目撃していた門番隊の者たちによるリークから、メイド達の間で『お母さんみたいな当主』という地位を確立しかけていた。もちろんレミリアは知らない。
ちなみに、譲って貰った壷は商品名『幸せになれる壷』であり、別に何の力も曰くも無いがご大層な名前の一品である。
なんか調べたら負の念とかこびり付いてるかもしれない名前だが、もはや自分の部屋にしてしまっている妖精メイドが幸せそうだから問題無しということで館全体でスルー認定品。
そんなこんなでハプニングもありながらもいらない物処分でお金を稼いでいたわけだ紅魔館。
「なるほど、もともと財があったわけ、か……でもいつまでも続くわけじゃないわよねそれ、倉庫の物も限界あるだろうから」
「そうね、だから、今のところ、なのよ。実は今スカーレット家一大プロジェクトを立ち上げているの」
アリスの質問ももっともである、もっともだからそれを解っていたレミリアはアリスに対し、その言葉を待っていました、のような表情で嬉しそうに今後の紅魔館の進む道を語り始める。
「私、紅魔館当主レミリア・スカーレットは気付いたのよ。幻想郷は酒飲みが多い、と」
「……多いっていうか酒飲みばかりじゃない? みんな肝臓大丈夫かしら」
「そうよね、霊夢とか魔理沙あたり心配になるわよね」
「まだまだ若い、というかいっそ少女よね、あの2人はまだ」
「外の世界じゃアルコール摂取しちゃいけない年よ、あのコンビ、年で言うならうちの咲夜もなんだけど、まあそれはいいわ」
「いいの?」
「郷に入っては郷に従え、いい言葉だと思うわ、日本万歳」
「確かにね」
未成年のアルコール摂取はよくないことだとわかりつつも
同じ言葉をどこぞの鬼に言って、あっさり受け流された身としてはこの適応力の高すぎる立派な吸血鬼の言葉にうんうん深く頷く他ない。
良識的な人の言葉は無条件で正しく聞こえるものだ、とアリスの中ではなんかもう既にレミリアが幻想郷良識派最上位クラスになりつつある。
「まぁ、それで、話は戻るのだけど、紅魔館の裏に広大な土地が余っていたという事実に基づき、ブドウを植えてみました」
「……幻想郷に洋酒が安定供給される時が来たのね」
「ええ、まだ収穫もしてないのだから取らぬ狸の〜なレベルなのだけれど」
「畑仕事をする吸血鬼の館、なんか斬新ね」
「働かざるもの食うべからず、よ。まぁ、イメージを大事にする為にトマトも植えてみたんだけど」
「それは多分間違った吸血鬼のイメージよ」
主にダメな吸血鬼のイメージである。
ともあれ、レミリアの話を聞き、この紅魔館でも苦労してるのを実感するアリス。果たして今居候してる八雲家はどんな財政なんだろうとちょっと心配。
心配なんだが、その前にちょっと別に気になることもある。
噂通りなら紅魔館は外の世界から来たはずだ。
アリスの知識が正しければ外の世界は幻想郷から比べて文化は大きく進んでいるはずである。
ならばそれを売りには出来ないのだろうか。
たまに外の世界から紛れ込んでくる外来人と呼ばれる迷い子達が居るそうだが、
彼らは外の高い文化の知識、技術を持って人里で重宝されているとかそんな話を聞いたことがある。
とすれば、当然紅魔館にもそういった外の貴重な物が数多く揃っているのではないだろうか、というわけだ。
が、
「氾濫させちゃ拙いでしょう?」
上が疑問に対するレミリアの回答。
そりゃ、外から来たわけなので文化や知識など、当然ある程度は持っている。いくら人目に触れない場所にあっただろう吸血鬼の館といえどもだ。
けれど、レミリアの見解は「そういう文化は外来人が持ち込んで来ればいい」になる。
外来人が外のなにがしかを持ち込む場合、大抵小さな文化でしかない。それもそのはずで、基本は幻想郷に迷い込んでくる外の人間など、滅多にいないわけで、しかも来るなら一人で、という形になるのがほとんど。
それではどれほどの大きな知識があったとしても、幻想郷の文化を覆す変化をもたらすほどのものにはなりえない。
なりえたとしても、時間を費やさねばならず、変化はゆっくりと行われる形になるはずだ。
それが、紅魔館のような組織として文化を持ち込んだ場合は話が変わってくる。
極論かもしれないが進歩した技術、知識を持って今の幻想郷では不可能な便利な物などを動かし商売など始めた場合、下手を打てば人里の商店が壊滅してしまう可能性もある。
ひいては人里はおろか、幻想郷全体が紅魔館に依存、最終的には紅魔館が幻想郷を支配、なんて始末になってしまいかねないわけだ。
「急激に文化の変化を強要してしまう、というのは大きな歪みを生む。 外来人が組織立ってやるならともかく、妖怪サイドがやることではないわよね」
下手すれば異変認定されそうだしね、なんて物憂げに微笑みながら語る紅魔館当主に、アリスも納得のいく答えだったのか神妙に頷き返す。
じゃあ、上手いことじわじわやって紅魔館が幻想郷を支配してしまえば、という意見もあるだろうが、目の前のレミリア・スカーレットは、どうやら幻想郷自体をどうこうしようとかそんな意思はないらしい。
むしろ、現在の幻想郷を尊重し、自分たちが外から来たものというスタンスで早く内側に溶け込もうと努力している風にすら見受けられる。
紅魔館、強力な吸血鬼の治める館だと思っていたが、なかなかとんでもないトップが君臨しているものだ。ここ数日の居候でのほほん暮らしている八雲一家を省みて幻想郷大丈夫かと心配になったりする。
それでも、この吸血鬼も件のスキマも、自分から見れば天蓋の化け物なので心配してもどーにもならんな、と考えを中断。
なんだかんだでアリス・マーガトロイド、頭がよすぎて事なかれ主義に走る高等遊民属性である。
結局そんなこんなでその後は紅魔館ブランドのワインの事業展開について話し合ってしまうという謎の展開。
アリスも素直なもんだからしっかり真面目に考えてしまうわけで、いつの間にかレミリアと対等に喋っている。まぁ、コミュニケーションを図る、という意識がなければ案外喋れたりするもんだ。
人里へのツテはアリスを通じてなんとか出来ないかなぁとか、人里の相談役?みたいな女性は話が解りそうな人よ、などなど人里進出計画を真面目に練ることになっていた。
吸血鬼だから警戒される度合いがアリスみたいな魔法使いと比べて遥かに大きいのが悩みどころらしい。
もう、お茶会じゃねーよこれ、ただの商談だよ。
途中、なんとかお持て成ししようとしたのか、咲夜がメイド姿でお茶を運んできてレミリアに叱られるという展開もあったが、概ね順調に話は進み。
でもまぁとりあえず洋酒自体が出来ていないことには進めようがないわね、という現実問題にぶち当たり会議終了。
皮算用乙である。
「とりあえず、そういう事情があるわけなので、アリスには是非人里との繋ぎを作って貰いたいのよ」
「すでに商家に壷とか売ってるのならその伝手は?」
「ああいうものなら出所なんてどうとでもなるでしょう? 今回は『紅魔館ブランド』で動きたいわけなのよ、とすると、ねぇ」
「なるほどね……まぁ、私も人形劇をしてる程度だったから、どれほどの効果があるかわからないけど、里の代表にそれとなく話はしておくわ……多分」
「感謝するわ、礼は必ず」
「いいわよ、ただ話すだけよ……うん話す」
締めくくりに一先ず決まったこと、ということで確認がてらにアリスに人里への繋ぎを念押しするレミリア。
それに肩をすくめ、『ちょっとこんな話があるんだけど程度のことを例の人里の相談役に言うだけという簡単なお仕事です』をやるだけだからそんな必死になられても、という感じで軽く返すアリス。『多分』とかが後ろについているのは里の白髪おねーさんに話しかける勇気が自分にあるかどうかの不安から来るものだ。もうアリスったらシャイなんだから。
一方これらの反応に正直苦笑を返すしかないレミリア。
ああ、紫が言う通りアリスは自分に対する認識が甘い、と。
だってそうだ。
今の状況で、『アリス・マーガトロイドの口添え』が人里にどれほど効果があると思っているのか。
ただでさえ現在人里で人気の魔法使いだ。
おそらくは里の相談役をしている獣人周辺を除けば、人里で最も警戒されていない、むしろ友好的だとされているこちら側の存在になるはず。
加えて、実は先の紅霧異変の際もたまたま人里に立ち寄っていたという事実、その時に一部の住人に頼りにされて溢れる霧を調べるからと皆を家から出ないように指示し、自身は宣言どおり黙々と霧の解析を行ったという経緯があったりしたらしい。
もっとも、アリスは害がない程度で特に何も解らなかったのだが、そうこうしているうちに霊夢が異変解決、霧が晴れて結局何もしてないまま事件終わったな、私役に立たなかったわね、役に立ってたら人里で友達くらい出来たかもね、という悲しい過去。悔しい思いをそっと封印して心の棚に仕舞ったのだが、
あたりを紅い霧が覆う恐ろしい状況の中、たった一人で皆の為に霧を何とかしようとしてくれているアリスの姿はまさに英雄。
人里の一部の人間しか見ていなかった事件とはいえ、その彼らの口から語られ噂という形で里の中で広まっていった話。今まで眉唾で聞いていた人たちも信じていなかった人たちも多くいたが、その後のアリスの姿や博麗巫女と仲がいいとの噂、果ては此度の鬼退治というとんでもねぇ噂まで舞い込んだ経緯もあり、今ではほとんどがアリスさんバンザイな状況だそうだ。
自分たちの見えないところで戦っている博麗の巫女より、目の前の金髪美女だ。ということだ。
要するに、現在、人里でのアリスの人気はおそらく群を抜いて堂々の一位であると思われる。そして当然信頼度も相談役『上白沢慧音』と一、二を争うとか。
本当に頑張っている博麗の巫女涙目だ。
そんなアリスが仲介してくれる。それなら安心だとあっさり言いかねない商家があることはまず間違いないとレミリアは踏んでいる。
なので、今回のアリス訪問、紅魔館にとってかなりの利になったと言うのがレミリア側の見解。
商売の展開どうしようかなー、でも幻想郷酒飲みばかりだし意外となんとかなるんじゃないかなーくらいの感覚で出たとこ勝負で考えていたのだが
咲夜を訪ねてアリスが来た、あまり自分からコミュニケーションを取ろうとしない大人しい魔法使いだと思っていただけに、これだけでも結構意外な展開だったのだが、
せっかくなので紫が気に入ってるアリスと話をしてみたくなった→なんか唐突に財政の話になった→事業展開の話になった→思いつきでアリスに仲介頼んでみた、の一連の流れ。
いやはや、偶然って恐ろしい。下手をすればこれ、アリスが紅魔館の事業に気付き誘導尋問で計画的に乗り込んで来たと言われても納得してしまいそうな展開だ。これで商売がうまくいったら本当にアリスにいくらか包むしかないな、と思うがお酒造りなんて正直初めてだし、成功して供給に至るのはいつごろになるのやら。
仲介を頼むのは気が早すぎたか。なんて自分の考えに苦笑するしかないレミリア。
そんな突然苦笑するレミリアを見て何事かと首を傾げるアリスに、いやいやなんでもないんだと軽く返して、本日のお茶会という名の商談を終了。
ちょっと気が張ってたのか、「んー」と体をほぐす様に背伸びをするアリス。なんていうかまだ紅魔館の中だというのにとても自然体なお嬢さんだなーと思ってレミリアが見ていたら、アリスは不意に何かを思いついたのか急に振り返り、レミリアとレミリアに怒られたのに頑なにまだ近くに控えていた咲夜の方を見て口を開いた。
「そういえば、確か噂で聞いたけど咲夜ちゃんの能力は……」
油断したところで随分突然この紅魔館の中核を攻めるじゃないか、と一瞬の警戒を覚えるレミリア。
正直レミリアから見ても従者のこの娘の能力は人間に限らず世界レベルで見てもありえないほどの希少能力『時間制御能力』だ。
今はまだ使い勝手も悪く、それなりの能力者でしかないが、将来はどう化けるか解らない。実はそんな従者の成長も楽しみの一つ。その上、咲夜本人はあまりその力がどうのこうのというより誰かの、何かの役に立つ方法などを最近考えているようだし、レミリアもそれを知っている。
なるべくならこの平和な幻想郷で思うように生きて欲しいと思っていたりもする母性全開吸血鬼。
だからこその警戒。
まさかと思うが、咲夜という将来危険そうな存在を警戒して探りに来たのか……いや、それならばまだいいが、魔法使いの視点で時間制御を有効利用などと物騒な事を考えていたりなど……と身構えかけたレミリアだったが、じっと見つめ返してみてもアリスの表情があまりに普通、ていうかどこと無く気だるそう。
まぁ、なんとなくだがアリスに限って物騒な事には結びつかないんじゃないだろうか、と偏見交じりに思い直す。
いや、よしんば物騒な事を考えていて、紅魔館と敵対しようとも、咲夜は、この最近とみに可愛らしいこの娘は私が絶対に守り抜いて見せる、なんて心を決め「ええ、時間制御、ね」と、重々しく口にするおかん属性紅魔館当主。
そんな、警戒心が沸き起こるレミリアの前で、その言葉を聴き、静かに目を伏せて思うアリスの心の中は
(……おっぱいの大きさを変える程度の能力、とかいうのはデマだったのね)
なんだそれ。
とか言いたくなるアリスの心の中の独り言。
なお、この情報のソースは霧雨魔法店店長だ。
なんでも最初に出会った時と春雪異変の時とで咲夜の胸の大きさが違うように見えたらしい。
ちなみに、この意見には霊夢も同意していたとかなんとか。
故に『おっぱい制御能力』。実にくだらないと思われがちかもしれないけれど女性にも男性にもニーズの広い夢の超能力だ。
「……んー」
「どうか、した?」
軽く、本当に注意して見ないと解らないくらいに眉を顰めて唸るアリスの姿を、なんかおかしな雰囲気だと感じ警戒は解かないままではあるが軽く問うレミリア。
しかし、まぁ、なんだ。
どうしたもこうしたもないわけで。
ここで『おっぱい制御じゃなかったんだねー』とか聞けない。
疑った相手先が『時間制御』とか立派過ぎる。
いや、そーよね、この幻想郷で能力持ちとか言うんだ、いくらなんでもおっぱいはないわー、とか最後まで言葉を繋げてアホなこと言わないで良かったとかそんなことをアリスさんは心底感じてるわけなのだが。
冷静に考えて、おっぱい制御とかの疑いなんて正直女の子に失礼すぎて答えられない。本人目の前にいるし。
それでも自分が振った話題。
なんか中途半端になってしまい、更にはレミリアの質問が飛んできているわけでして。
なんて答えようか冷や汗だらだら、でも顔には出さない完璧超人、我らがアリス・マーガトロイドさんが選んだ回答とは
「……便利そうね」
「…………え、ええ」
「……」
「……」
アリスとレミリアの間に妙な空気が流れる。
この沈黙が痛い。
心の中で激しい涙を流す我らがヘタレ人形師だったわけだが。
暫く難しい顔をしていたと思ったレミリアが何かに気付いたように「あ……」なんて呟き嬉しそうに笑う。
なんだ、どうしたんだ? なんて疑問に思うも顔に出さないアリスの心境はともかく。
レミリアはアリスの言葉の裏に隠された『時間制御を有効活用』、ざっと思いついたとこで『醗酵、熟成の時間制御』をする洋酒造りを『無駄に深読み』。
素晴らしい事業展開手段、更には人の役に立つかは微妙な線だが、能力の平和利用という流れで咲夜の為にもなりそうな一言。これはマジなんかアリスに足向けて寝れないなぁなんて思う。正直空気を読もうとして滑った結果とは思うまい。
そんなこんながありまして
以後、アリスが紅魔館でVIP扱いになったとかなんとか。
ちなみに当の咲夜ちゃんは「ちゃん付け」呼ばわりされたのでちょっと恥ずかしいけどなんだか嬉しいので心の中で頬を染めていやんいやん身をくねらせていた。大丈夫じゃないな、この娘。
結局、終盤なんだか展開についていけなかったような気がするアリス、マヨイガへ向かう帰り道。ほぼ獣道であるこの道をスタスタと軽快に歩きながら小さくため息をつき、気付く。
「……途中から起きて来ていたのだから、サイズ測らせて貰えばよかったのよね……」
そんな己の不甲斐なさを嘆く呟きが、辺りの森の中に小さく響き消えていった。
後日談でした。
2015/03/16