「紫様は、本当に凄い妖怪なんだよ。 ……あんなんだが」

「そうね、間違いなく凄い妖怪よね。 ……あんなんだけど」

 

ため息をつきながら、ぽつりと呟いた九つの尻尾が超絶素敵と評判の八雲藍に対し、正面に居た無表情に定評のあるアリス・マーガトロイドが感慨深げに言葉を返す。

 

「でも、でもだ。紫様は本当に幻想郷が好きで、幻想郷に住む全ての者が大事で、なんて言うべきか、なんだ、うん、そうあれだ。凄いんだ」

 

藍は言葉を続けながらテーブルの上にあるぐい飲みを手に取ると勢い良く中の酒で喉を潤し、そこそこ飲んでいるのか顔を見ればもう真っ赤、案外お酒に弱いのかもしれない。でも右手にぐい飲み、左手に徳利の酒飲みスタイルだ。なんかもうイメージ変わる。

素敵で出来るキャリアウーマン、または綺麗で優しいお姉さんキャラだと思っていたのに、知らなくていい一面を知ってしまったと思うアリスの心は複雑である。ストレス溜まってるのかしらねぇ。というかお酒の独り占め良くない。私にもおくれ。

しかし、そんな心境を一切表に出さず、「そう、凄いのよね」なんて静かに相槌を打つアリスはチキンなのか空気の読めるいい女なのか。多分両方だ。

 

時間はもう夜。

そんな2人が仲良くお酒を飲む、というか正しくはなんだかいろいろ思うところもあるのか愚痴っぽいことをのたまう狐さんの話を最近なにかと話題の人形遣いがうんうん頷きながらお酒を入れて聞いている状況。

 

 

 

なんだこれ。

 

雀色した洋服の上から人里で仕入れた割烹着を着込んだ屋台を切り盛りする女主人、夜雀の妖怪『ミスティア・ローレライ』は表面上笑顔を絶やさないままにただただ困惑。

八目鰻という名前だけなら鰻だが、その実、鰻の仲間でもなんでもない鰻っぽいつーかむしろエイリアンか何かじゃないかと思われるようなそれを捌いて蒲焼にしながら件の2名の様子を眺める。

普段なら鼻歌のひとつも歌いながらの作業になるのだが今日に限ってはそれすらない。

なんといっても、あの大妖怪八雲の名を与えられた式とその八雲に一目置かれる魔法使いが連れ立って屋台へやって来たのだ。

 

いや、やって来た、というだけならそれほど問題でもない。

 

事実、過去にはこの店、見た目はちびっこいのに怒ると怖い閻魔様と、ヒマワリの咲き誇る丘に居を構える笑顔が凶悪な花妖怪が連れ立ってやってきたこともあるのだ。

あの時のことを考え、今を比べてみると……あれ? 大して変わらなく、っていうかあの時の方が凄くない? 意外性として。 とかなんとか当時と現在の状況を比較してなんとなく自分の中で現在の状況を大したこと無いことにシフト。まぁ、いいや、という風に折り合いをつけることになった。

 

わけなのだが、店主に折り合いがついたところで周りの客はそうもいかない。

 

現在ご来店になっております件の2名は幻想郷内の存在として上位級、もしくは最上位級などと言われるような、そこいらの十把一絡げの連中とは遠い世界の御二方なのだ。

それが屋台で蒲焼と酒を買い、近くに出してあるテーブルを挟んで陣取っているわけだ。

そらもう周りの客とか少し離れて様子を伺ってしまう。楽しくお酒を飲みに来たはずなのに、なんというか心休まらない状況。

 

ただ、それでもこの2名は穏やかな性格をしていて話が解る、狐さんの方は多少人間や中級以下の妖怪たちを見下す様子はあるものの上位級でありながら比較的友好的な存在であると評判なので、周囲の連中も様子を伺うといってもビクビク怯えながらというよりはおっかなびっくりではあるけど気になる凄い人、偉い人がいるといった程度の様子。

場が静かなのも、この2名の会話内容を聞こうと周辺の客が聞き耳を立てていてのことだ。

 

ま、平和でいいことだとしっかり心を落ち着けたミスティアは、この2名が店の前を陣取っているため他の客からの注文が明らかに減っている現実の方が問題だと頭を抱えることにした。

 

そんな店主の悩みを知ってか知らずか、いや、知る由もないんだが皆に注目された渦中のコンビは

 

「紫様はスキマ妖怪だって言っているのに……実はタヌキの妖怪なんじゃないかっていう不届き者まで出てる始末だ」

「まぁ、うさんくさいものね」

「うん、そこは否定しない、そういう意味ではタヌキかもしれないけどね」

「でも、スキマ妖怪なのよね……そもそもスキマ妖怪っていうのがよくわからない存在なのだけれど」

「紫様だけしか存在しないからね、ある意味言ったもの勝ちの世界なのかも、でもタヌキは流石に無いと思うんだ」

「ふむ、でも貴女が『キツネ』でその式の橙が『ネコ』と来ているなら……」

「そうだな、私を式にしている紫様が『タヌキ』であるということは誰しもが考えることなのかもしれない、でも」

「そうすると、次に橙が式にするのは……」

「ああ、そうすると必然的に橙が式にしなければならないのは……」

 

   「『コブタ』か」「『コブタ』ね」

 

「そうしてまた『タヌキ』に戻り、幻想郷の八雲一家は紡がれていくのね」

「『コブタ』か、橙に式はまだ早いが、幻想郷に豚の妖怪はまだ見たことがないな、どうしたものか……」

 

などと絶賛酔っぱらいの戯言中であった。

 

 

 

「何かごめんなさいね、ウチの式と居候が……営業妨害になっている様なら引き取るわよ?」

「あ、いえ、その、お気遣いなく……」

 

そして店主はこっそり来ていた八雲さんちの大妖怪に頭を下げられオロオロしていた。気さくだね、紫様。

 

そんな平和な幻想郷の夜。別に売り上げに躍起になっているわけでもないからこんな日もまあいいのかな、と思うミスティア・ローレライだった。(←現実逃避)

 

 

 

 

「……一応、念のため言っておくけど、タヌキじゃないわよ」(←紫:ちょっと拗ねた感じで)

「は、はいっ、解っております!」(←ミスティア:現実逃避してたところ急に話を振られて慌てる)

 


〜アリス・マーガトロイドは友達が欲しい〜

第九話 居候!八雲さんちのアリスさん


 

マヨイガ。

 

迷い家、などとも記されることもある妖怪の住処であり、文字面だけをとるとその家の中で迷いそうな感じもしないでもないが、その名が示すのは、迷った先にたどり着く家、もしくは向かおうとしても迷い辿り着けないと称される家。だとか、ややこしいわクソが。

 

ただ、ここ幻想郷においてはただ一つ、スキマ妖怪八雲紫の住家を指すことになる。

幻想郷は広いと言えば広いのだろうが、交通機関が発達していないための広さであるので、実際のところは妖怪の山から全体像が見渡せる程度の広さという噂だ。その為、幻想郷の創始者、妖怪の賢者とも呼ばれることのある八雲紫の住居の位置もある程度は把握されている。

もっとも、だいたいこの辺りにある、の認識で実際に行こうと試みても、行く度に距離が違う、どう頑張っても辿り着かない、この地域の大きさからありえない程の地平線が見えたなどと不可思議な報告がよく上がる為、「ある程度の場所」の把握でしかなく、幻想郷の住人達にしても「まぁ、八雲さんとこだし」程度の認識で深くは追及していないという現状。

 

そもそも、最上位級の妖怪が住む家に行く用事とかないわ、怖いし。が本音であり、ぶっちゃけ辿り着けなくても困るものはほとんどいない。本当に大事な用事がある場合は自然に道が開ける、などという話もまことしやかに語られているが、大妖怪に大事な用事とかある方が珍しいわけで、試した例の報告は見受けられない。

けれど、確かにそこにある家。

人里でのイメージでは、過去辿り着いた者の証言と相まって、鬱蒼と茂る木々の中に妖しく暗い佇まいの大きな屋敷という認識。

 

そんな大妖怪八雲紫の家。

現在、その木々の奥深くに存在している大きな日本家屋、開け放たれた障子戸の奥から聞こえて来たのは――

 

 

『 い た だ き ま す 』

 

 

日本ならではの食事前の作法炸裂である。

いや、別に炸裂って言ってもなんかとりわけ凄いわけじゃなく、とにかくいただきますなわけだ。みんなも当然やってるよな。豊受の神に感謝しようぜ、な!

 

あえて凄い場所を探すとすれば、現在食卓を囲んでいる八雲家の4名、日本家屋の食卓にありながら、日本人に見えるのがかろうじて猫の妖獣の橙だけになるということである。

 

家主の八雲紫は目鼻立ちこそ日本人に近いものはあるのだが、見事なまでの金髪を靡かせているし、式の八雲藍にしても大陸系の容姿に黄色に近い金髪。

更にはすっかり居候として居ついてしまっている我らがアリス・マーガトロイド嬢はパーフェクト西洋人である。

 

先に言った橙にしても、名前や服装からしてみれば大陸系に分類するのが普通に思えるので、どうにも現在このマヨイガの八雲さんちの状況は

 

 

日本人ごっこをしてる外人集団

 

 

である。

 

もっとも、アリスを除く本人たちは昔から日本というかこの日本基調の幻想郷にいるし、見た目がどうあれその日本的な名前とか和風住居の影響からか揃って日本の妖怪のつもりであるのでこの傍から見た違和感に気付いていない。

いやもう気付いててもどうでもいいくらいに思ってるだけかもしれない。

 

で、最近なんだか人里でアイドル化されかかっているアリスはと言ってしまえば、人に弱みを見せない、恥ずかしいことをしない、の性格が発動し幻想郷に来たばかりのころに『幻想郷は日本のどこかの土地である→文化は日本のそれである→その土地にお世話になる→粗相の無いようにせねばなるまい』という流れで勉強&修練を積み外面完璧女の本領発揮を行ったというわけである。

 

敢えて言うまでもないと思うが、本とか読んで一人で日本文化のマナー習得したのである。結婚式の行事で嫁入り先の新郎宅の二階の窓から饅頭をばらまくという福井県ローカルルールすら知っているくらいであるからアリスさんマジすげぇ。

ただ、例によって慣れない食事事情に世話を焼こうとか思っていた紫とか藍とかにしてみればなんとなく肩すかし。地味に仲良くなるフラグをへし折っていたりしたのだが、まぁアリスさんだししょうがないよね。

 

そんな流れでこの4名。状況どうあれ今日も楽しく和気藹々と朝食を囲むのであった。

 

 

 

実際のところこのマヨイガは八雲家、周りを背の高い木の生える林に囲まれはしているが開けた場所にある日当たりのいい平屋の日本家屋(縁側付)である。いやね、風評被害って。

 

 

 

 

そんな感じで、とても平和な昼下がり。

いきなり昼下がりになるのだが、只の日常風景なので飛ばした訳だ。何しろ朝食の後は掃除洗濯とかそんな家事が始まる程度のものであり、そんな家事も普段藍が行っていたのに加え、ここ最近は居候のアリスが手伝うという事もあり午前中にほぼ全て終わってしまうのだ。いや手伝うと言うより半分アリスに仕事を持っていかれている感じもあるから困り物。まぁ、アリスとしてはいつまでも居候でだらだらしていて折角よくしてくれている八雲一家にそっぽ向かれたら寂しすぎるという思いの元動いているので割合必死なのである。

更に今日は昼食までもアリスが作ってくれると言うので任せたところ、物凄く手際よく素麺を茹で上げられ、魔法まで使って冷やされ食卓に整然と上げられた。

かと思いきやあの素麺束ごとに一本づつ混入しているピンクや緑の麺を橙の器にこっそり多めに盛ってあるのだ。

 

こいつ、出来る。

 

なんて藍はアリスの評価を上げた、という一幕もあったし、事実コレに関してはアリスも本当にそのつもりで皿に盛ったのだが、点数稼ぎとかではなく素である。喜ぶかな、くらいでやっているのであるからとても気の利く気立てのいいお姉さんなのだよアリスは。コミュ力がアレなだけで。

いや、そんなことより、むしろどこまでも西洋人している容姿のアリスが素麺をよどみなく茹でるわ、ずるずると食べるわとなんともイメージ違う姿の方が衝撃的な昼食であった。

 

そんなこんなで割とやることなくなった昼下がり。

紫は仕事があるとかで引っ込んでしまったが、藍は縁側でのんびりと庭を見ていると言う状態。

ただ、庭を見ている、というよりは、庭でなにやら太極拳のような動きで訓練みたいなことをしている橙を見ている、というのが正解。

向上心があるのはいいことだ。

 

そんなのんびりと自身の式を眺める藍の横で、こちらも一見のんびりと縁側に腰掛けているように見えるアリスの姿。しかしその表情こそいつも通りのポーカーフェイスだが右手を軽く前に上げて巧みに五本の指を動かし、
見た目霧の湖あたりに居る妖精くらいの大きさの西洋人形を華麗に、踊るように操り、橙と格闘戦を行っているのだ。

猫の妖獣、自分たち上位級に比べればまだまだ、というところだがかといってその存在は弱い訳ではない。未だ八雲の名を与えるわけにはいかない、とはいえそこらあたりの同種に比べれば頭一つどころか猫妖怪の総大将をしていても構わないほどには抜きん出た存在なのだ。

 

それを片手間であしらうか。

 

感心する藍の目の前ではピンと可愛らしい猫の耳が立つ橙がアリスの操る人形から一旦距離を取る、と見せかけて人間の格闘技ではありえないその臀部から伸びた二本の尻尾を鞭のようにしならせ攻撃に変える、実際に鞭と言う程の威力があるわけでもないが腕に絡みつきでもすれば厄介であり、それが二本という事でなかなかに有効な手段。

橙自身もそれまで上手く体の後ろに隠しておいた尻尾による不意の強襲によりコレは有効打だと確信する、何しろいくらアリスが凄くても本来は魔法使い、不意打ちに加え二連撃となるその攻撃に流石に対処出来まいと思われた。

が、しかしアリスの操る黄金色の長い髪を靡かせた『不思議の国の』と頭に着きそうな彼女自身の名前を彷彿とさせるエプロンドレス姿の少女の姿をしたその人形は、一つ目の尻尾を避けながら両手で首に巻かれていたスカーフの端を摘まむと、スルリとその身から外しながら二つ目の尻尾を軽く包み、弾く。

行けたと思った橙が驚くその隙を見逃さず飛び込みそのスカーフを橙の首に巻くことでゲームセット。スカートをちょんと摘まんで挨拶で締める人形の姿がまた小憎い。

 

「なるほど……身に着けた物すら立派な武器ということか」

 

軽く、ため息をつきながら藍は見事な近接戦闘を魅せてくれた人形遣いに声をかける。

 

「ん、まあ実際ね、いつどこでどうなるか解らないし、スカーフ一つにしても一応のところ魔道具にしてあるのよね、弱い魔弾くらいなら叩き落とせるわよ」

「ほう、使い方によっては武器にも使える、大した代物に見えるけど」

「本来は防具扱いなんだけどね……まぁ使い道が無いならそれにこしたことはないわ」

「需要はありそうだと思うけどね、普通の装身具に見える魔道具というのなら」

「でも、これ現在の幻想郷の決闘ルールの元では無用の長物よ」

「それを言うなら格闘術もそうじゃないか、アリスがこれだけの技を持っているとはね……魔法使いにしては巧みすぎないか」

「まぁ、それは、ほら……どこかの鬼にまた喧嘩売られないとも限らないし、ね」

「……なるほど、ね」

 

幻想郷のルールでは無意味な装備と格闘技。そしてそんなものを持ち合わせているアリス。彼女は先だってそのルール無視で襲い掛かる鬼と激闘を繰り広げたのだ。負けたとはいえ『戦った』。並みの者ではその前で何も出来ずにただ恐怖するしかない相手にだ。

人形を操るその姿から、魔法使いとしての技量ばかりに目が行くが、人形を使うとは言えその戦闘技術を彼女は理解していると見ていいのだろう。だからおそらくは、いや間違いなくアリス自身も強いはず、橙の訓練相手をしてくれるのも、その技術の確認の為かなんてあたりを付ける藍。

しかし現在の決闘ルールは魔弾を打ち合うだけのもの、だからこそ格闘技術は無意味な力と言うのも確かなのだが、アリスの話でその技術の研磨にも合点がいく。

アリスはアリスであの鬼との戦い、その来たるべき再戦の時に備えて自身を高めているのだと。

元々底の見えない魔法使いである上にこの向上心か、と最上位級に足を踏み入れかけ、比較的平和な日常を送れるこの幻想郷の中で足を止めてしまっていた自分の不甲斐なさを痛感させられる藍。

 

だったのだが、

アリスにしてみればその来たるべき鬼との再戦の際、戦うためでなく人形に足止めさせて全力で逃げるための向上心、というか来たるべきとか言うな、来るな、来たら困るわ、の状態なのだ。

格闘技にしても「乙女たるもの花のように佇み、たおやかに」なんて微笑みながら家より大きな魔獣を一撃で蹴り殺すような古い知り合いの花妖怪に昔手ほどきされたという過去があり、その彼女の動きを参考にして人形を動かしていた、という流れなので師匠が超絶すぎるだけなのだ。悪い意味で。

そして何より、アリスがまともに格闘した相手と言うのがその花妖怪と、先日やりあった鬼くらいなものなので、アリスの中の格闘技の平均レベルがおかしなことになっているのだ。

その為、未だ彼女は自分は素人に毛が生えたレベルで当然弱いと思っている。加えて魔法なら、正直コミュ障のせいで幻想郷の魔法使いの知り合いとか霧雨魔法店のあの子くらいしかいないけど駆け出しだって言ってたし参考にならないから魔法使い事情とか知らないわけで、でも自分の魔法にはなんだかんだで自信があるからこの幻想郷で20番目くらいには強いんじゃないかなと思っている。微妙!!

相変わらずのアリスは今日もなんともアリスさんである。

 

そんな今日もアリスらしい行き違いを挟みながら、のんびりと縁側で日向ぼっこ。

訓練を終えた橙がなんかもうアリス師匠に弟子としての礼を尽くす感じで勉強になったと頭を下げている姿を見て、藍は「あれ、なんか最近家の仕事だけじゃなく式の教育までアリスに取られてないかこれ」とか自分の立場に危機感を憶えたりなんかしたのだが、

太極拳みたいな動きをしていた橙の格闘技は、実は湖の妖精たちと遊んでいた時に辿り着いた紅魔館の優しい門番に手ほどきして貰ったものであり、師匠というならば彼女だったりするのであるのだが藍は知らない。知らないって幸せだよね。

あ、もちろんアリスも橙にとっては最近こうして面倒を見てくれる為に師匠の様なものである。

本来橙はこの八雲家住まいではなくこの幻想郷全土からその姿を確認できるほどにそびえ立つ妖怪の山、その麓に小さな一軒の家を持っていてそこで暮らしている。

独り立ちしているという訳でなく修行中の身だからとかそんなところ、まだ八雲の名を冠していないからこのマヨイガ住人ではないと言う話もあるのだがその辺のルールは八雲さんちのルールなので詳しい事は解らないが、まぁ、普段は違うところに住んでいる、という訳であり、それでも藍の式であることからいつでも来ればいいし紫にしても式の式、孫の様なものなので割と構ってやりたい感じから歓迎している、しかし、なんだかんだで遠慮しているのかそれほどここには寄り付かなった、のだが最近普通にやってくる、朝ごはん前にやってくる始末である。

簡単に言うとアリスが八雲家に来てからである。

鬼と戦った勇者として藍に称賛され、また紫にも一目置かれているような魔法使い。橙にしてみれば自分の主である遥か高みに存在する妖怪たちに揃って認められている最近話題の魔法使いの事が気になった。いや、実を言えば以前からその存在は知っていた。しばらく前に友達になった湖の傍に暮らす妖精たちと顔見知りだったようで、その縁あって橙も顔を合わせたことがある。

魔法の森で遊んでいて彼女の家に辿り着いてしまった時など、妖精たちと一緒にお茶を御馳走になったりもした。だから、橙から見て、アリスは優しいお姉さん、見た目が見た目な為に西洋の御伽噺に出て来るお姫様の様だと思っていた程。御伽噺ならそんなお姫様を悪い魔法使いが〜、なんて話の展開になりそうだが何よりアリスが魔法使いである、攻守ともに完璧だこれ、とか思ったのも仕方ないのである。実のところ主の狐さんも見た目お姫様レベルなんだけどそこはそれ、お子様風味の橙視点では西洋人補正には敵わないらしい。

そんな素敵なお姫様が自身の主と変わらぬ高みにいるだろう魔法使いだったことに興味深々でいっそ憧れ、そんなこんなで連日朝からマヨイガへ訪れ、鬼と戦うだけの強さというのを見せてもらいたくてせがんだところこの人形との模擬戦。今日が初めてという訳でもなく何度もやって貰っているが、未だまともな有効打は少ない。 お姫様マジ強い。

橙の戦闘技術を見て大したものだと藍は褒めてくれるが、目指す高みである紅の門番師匠と魔法使いの姫先生2人の頂はまだまだ見えない。

 

と、そんな感じでちょっといろいろと立場を失いつつある狐さんが内心危機感に駆られ焦っていたわけだが、なにやらいつの間にか橙ちゃんに内心師匠認定されていたアリスさんが、ふと何かを思い付いた様子で話しかけてきた。

正直アリスから話しかけてくることなど珍しいことなので何事かと思い耳を傾けたのだが、

 

そう言えば、ここの財源ってどうなっているの?

 

である。

あまりに現実的な質問に ( ̄− ̄) みたいな顔になる藍。今日はあのドアノブカバーみたいな帽子被ってないから剥き出しの耳がペタンと折りたたまれる様まで見える。

だってしょうがないじゃん、流れから橙の教育方針か格闘技関連のなんかだと思ったんだもん。

そしてアリスが続けて言うには、日々いい食材を仕入れて来ているから結構かかってるのではないか、というところなのだ。

ぶっちゃけ居候している身の上、家賃食費もろもろ出さななーとか考えていたのだ。

 

「それを言うならアリスだってそうじゃないか? ここに来てからうちの手伝いばかりで本業の服屋は大丈夫なのか?」

 

だから服屋じゃねーよ、と藍の返して来た言葉に内心思うも。冷静に考えたら確かに私の収入それだったわ!と今更ながらに判明した事実に何も言えなくなるアリス。あれ、服屋っぽいこと始める前ってどうしてたんだっけ?

そんな感じに言葉つまるアリスの姿に、別に気にしなくてもいいのに、と思う藍。だいたいマヨイガ傍に広がる家庭菜園レベルをはるかに超えた畑なんてのもあるし、アリスそれ手伝ってるから充分食費分は働いているはずである。

いや、そもそも自分たちは妖怪であるからして、別に畑作ったり人里ルールに乗っ取った売買方式で食材仕入れ無くとも元が獣である藍と橙にしてみれば狩ればいいじゃん、程度の話。紫の言うところの豊かな食生活と言う名の食道楽に引き摺られて朝昼晩と手の込んだ食事を楽しんでいるわけなのだが言ってみれば道楽と言うだけあって趣味レベル。

無ければ無いで、ちょっと寂しい程度だし、そもそも仕入れと言っても半分以上は紫がどこからともなく持ってくる物なのでそこは換算してない模様。

 

それを聞き、なんかこう、ちょっとばかり不安になるアリス、どこからともなくってなんだ、そんな食材大丈夫なのかよ。ということである。要は知らん間に変なもん食べてないだろうなってことだ。

そんなアリスの質問に対し、そういやそうだなみたいな顔して、ふむと考え込んで答える藍。

 

「いやまぁ、どこからともなくというかほぼ確定しているんだけどね」

「人里じゃなくて?」

「外の世界、だそうだ」

 

食材が入ったビニール袋にマルエツって書いてあったなーとか思い出す藍。なんと24時間営業の店であると聞き外の世界スゲェとか思ったもんだ。

 

「外の世界に買い物とか、スキマ妖怪って何でもアリなのね……外とこことじゃルールも違うでしょうに」

「その辺が紫様の凄いところというかよく解らないところと言うか、アリスが最初に気にした財源だけどね、紫様、外の世界に財源があるみたいなんだ、こっちには無いのに(切実)」

「何しているのよあの大妖怪……」

 

忘れ去られた妖怪が逃げ隠れるように住まうこの幻想郷。過去、外の世界における退魔の存在に追われて来た者もいるとされ、一説にはこの幻想郷の成り立ちが迫害され、退治されそうになった妖怪たちの共同集落と言う話もあるくらいだ。

だから、外の世界との関わりを断絶させたはずの、その結界の要でもあると言われるスキマ妖怪が、ふらふら外に出て買い物どころか金稼いでるとかどういうことだよ。という感想になるわけだ、良識的なアリスさんとしては。

 

「いや、なんというかね、紫様は物語を書いているんだ、曰く小説家というヤツだね、それを外の世界で出版しているらしい」

 

なんだ、らしいって不確定なのかよ、とアリスが思うも、藍の話ではどうやら以前部屋の掃除をした際に、原稿が積まれていたことに気が付いたということである。

ただしこれは紫のうっかりさんであり、隠してこっそり書いていたのに見つかってしまったということらしく、ふんふん言いながら読み漁っていた藍を見つけて悲鳴を上げる始末だったとか。なお、後にも先にも藍をして紫に悲鳴を上げさせたのはあれしか記憶にないことだとか。

藍としてはその話が面白かったらしく実は続きが気になっているのだがアレ以来紫のガードが思いの外固く望みを成就出来ていない。続きが読めなくてため息付いちゃう藍の姿を見て流石にアリスもその内容が気になる。

どう気になるかと言えば、紫が物語を作ることを生業としているのならばそれを台本、脚本にして人形劇をより良いものに出来ないか、ということなのだ。家無くして以来正直忘れててすっかり人里ご無沙汰になってたが、人形劇があるのだアリスには。やっべぇマジ忘れてたよアリス人里での仕事ぶっちしてるよ。いや、いつやるとか確約はしてないんだけどね。

忘れてたうんぬんはともあれ、アリスは人形師であり物語までは思いつかないわけで、今までもどこにでもある王道な話とかどこかで聞いた民話童話などを元に劇を組み立てて来た、だからちゃんとした作家がいるならばその力を借りてみるのもいいかもしれないと思ったわけなのだ。なので藍に紫がどういう話を書いているの聞いてみたのだが、

 

「異世界、剣と魔法のファンタジー世界というのか、そこに図らずも召喚されてしまった素直で明るく前向きな性格をしたちょっぴりドジなトップアイドルが、彼女を召喚した落ちこぼれな魔法使いと共に、時には喧嘩もしながら盗賊を捕まえたり姫の密命で紛争中の国に潜入したりして友情を育みながら、果てはその世界、ハルケギニアを救わんとする救世主だったりとかそんな話、だった」

「……アイドル?」

「アイドルだったなぁ、何故か、それが剣持って戦うんだ」

「なんでよ」

「そういえばなんでだろうな」

 

どんな話だ。あとお前もうちょっといろいろ疑問持てよ、とはアリスも思ったのだが。でも不思議と面白いんだよ、と力説する藍。身内の欲目なのか本当に面白いのかその軽いあらすじだけでは判断つかねぇなーと思い、いつか紫の機嫌のいい時にでも見せて貰おうと思うアリスだった。

 

「まぁ、ここの財源も気になるけど、私自身いい加減家の再建しないとね、いつまでもお世話になってる訳にもいかないし」

 

つぶやくアリスに、藍もアリスはそれを気にしていたのかとやっと理解。正直仕事をとられ気味ではあるけれど助かっているのは事実だし、果ては橙を強化までしてくれている始末。

いや、本当気にしないでこのままマヨイガに居てくれてもいいのに、くらい思う藍だったが、

 

「ええ!? アリスさんって帰っちゃうんですか!? 八雲家入りしたんじゃなかったんですか!?」

 

なんて聞こえてくる驚く声に、あ、橙の中ではそういう認識だったのね、確かにもう数か月住んでるしね、と実感していると更に橙の話では妖怪たちや妖精の間でもアリスが八雲についたということで噂になっているとか。

それを聞き、アリスは目を丸くして驚き、なにがどうなってるんだと慌て、困惑し隣に座る藍に尋ねた内容はちょっと的を外れ。

 

「……八雲家入りしたら何がどうなるのかしら」

「……アリス・M・八雲、くらいになるんじゃないか?」

「……それだけ?」

「それくらい、かなぁ? もうアリスここの家族みたいなもんだしね」

「家族、ねぇ」

 

なんだかんだでお堅い感じ、普段から相手にその真意ともかく敬語気味の丁寧な対応をしていた藍も気が付いてみれば一緒にいて普段から仲良く家事して、いつしかすっかり友達、いや確かにそれを超えてもう家族でいるようなそんな感じだったので気軽に話したのだが、

例によってアリスさんは、藍の言葉遣いも軽くなって来たしもう一歩で友達よね、とか思っていたところの家族認定で、家族になってどうすんのよ友達どこいったのよ、とか思い悩んでいた。

 

そんなアリスさんの友達認定のハードル高過ぎだろとか思わせる幻想郷の昼下がり。迷いの森の奥深く、八雲さんちは今日も平和であった。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「藍に、藍にアレを見られただけでもダメージ大きいのに……アリスからも読んでみたいとか言われて……」

「……作家冥利に尽きるじゃないの」

 

大妖怪、八雲紫そのお方がなんかこう、ああんもう、助けてよ、ねぇ、みたいな雰囲気で手酌で己のワイングラスに赤ワインを注ぎながら苦渋の表情で目の前のレミリア・スカーレットに訴えかける。

先ほど注いで貰った、 紫の持って来てくれた高級そうなワインが入るグラスを傾けながらレミリアは落ち着けよおい、ってな感じで二人っきりの飲み会でなんか取り乱している紫を慰める。珍しい姿だ。

 

「だって、だってよ、レミリア、あなたなら少しは解ってくれるでしょ? 面白いって絶賛されたのよ、続きが見たいって催促されたのよ、アレを!」

「まぁ……褒められてはいるんだから……」

「でも……アレよ? 私小説家だと思われてるのよあの子達に……今更なんて言えばいいの!?」

「二次創作……作家とは言い辛いわよ、ねぇ……」

「ごめん、ごめんなさいヤマグチノボル先生! あなたの大切な作品をこんな私が……!」

「謝るのそっちなんだ」

 

夜更けの紅魔館、実は幻想郷内でほとんど知られていないがかなーり仲良しだったりする2人の酒盛りは朝まで続いたとか。

 

「あと、なんか私の事タヌキだって噂が」

「(比喩的に)タヌキじゃん」


 

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2016/04/15

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