『【オープンオファー】件名:電気工事施工管理・電気工事士職の経験に注目しました

 

 「即戦力としての活躍を期待しています。

  電気工事施工管理・電気工事士職の経験を活かしませんか。」

 

 ○○株式会社、採用担当です。

 電気工事施工管理・電気工事士職の経験をお持ちのあなたに、

 ぜひ、お伝えしたい求人情報があり、ご連絡いたしました。

 

 よろしければ、リクナビNEXT上の弊社求人ページにて

 詳しい仕事内容や待遇面等をご確認の上、ぜひ応募をご検討ください。 』

 

 

 

「電気工事の経験とかないからー! そんなことレジュメにも書いてないからっ!! いい加減すぎるだろオープンオファー、どこ見てメール送ってんだこの腐れリクナビNEXTがっ!!」

 

今日も吹雪が吹き荒れる。もとい無職の吹雪さんが臨界点を突破したわけなのだが、別にリクナビが悪い訳では無くてそのメール送った採用担当とやらが悪いのである。リクナビが悪い訳ではない。訳でなないのだが実はこういう明らかに適当に送ってるだろ、みたいなオファーは数多くあるのでそこんとこちゃんと指導して欲しいと思う訳だ。なんだリクナビ悪いんじゃん。

マジ吹雪さんみたいに切羽詰ってる側としては怒りしか感じない、そんなオファーなのだよこれは。クソが。

 

「あああああぁぁぁぁああぁあぁ……」

 

一通り自分が先ほどまで座っていたクッションにやりどころのない怒りをぶつけた吹雪だったが、暴れて落ち着いたのかそのままシオシオと項垂れて行き、力無く床に突っ伏す。

ちょっと落ち込んで、暗い雰囲気を味わいたくなった吹雪、最近すっかり部屋着どころかコンビニにはそのままの姿で行くいつものフリースのフードを被り、うつぶせのままフードと床の織り成す暗い世界を堪能。ははは、気持ちもますます落ち込んでいくぜぇ。

更には勢い余って、こんな私とかもうこのまま消え去ってしまえばいいんだ、とか思い始める始末。

来世はダンゴムシかカタツムリにでもなりたいな、とかもう精神的にいろいろヤバイかつて世界を驚かせた特型駆逐艦。なんて世の中になってしまったんだ。

 

現在は平日の午前、同居している島風はお仕事に出かけているので慰めてくれるものもおらず、また相方が仕事してんのに私何してんだ感が強まってますます泥沼に。

世間は冷たいなぁ、なんて社会を恨んでみるが、冷たいのは世間ではなくほっぺたぴっちょりくっついているフローリングの床である。なお、朝に島風が出かけた後ちゃんと掃除したから綺麗な床なのである。

 

掃除に関しては実はお給料、つーかギャラっつーやつを結構貰ってる島風が一時期吹雪が楽になるからとルンバ買っちゃおうかな、なんて思ったりもしたのだが吹雪の仕事を取ってしまう形になって「私……いらない子なんだ……そうだよね、お掃除ロボットの方が便利だよね……」とか虚ろな目で言われそうだったから辞めたという島風の心の中にだけ仕舞われている話があったりする。

あったりするのだが、

そんな島風の気遣いも知らず、フードの中の暗い世界で、床の冷たさに癒されながらうだうだと床に同化しかかる吹雪。

 

――世界とか滅びないかなぁ

 

割と末期な考えが頭の中を過ぎるが暗い世界に没頭しているからちょっと思考がおかしくなっているのだ。

 

――そうか、深海棲艦ってこんな気持ちだったんだ。

 

以前世界を危機に陥れた、吹雪達が死闘を繰り広げた今はもうこの世に存在しない敵性体の心を想い、一人涙する吹雪。

でもあいつ等きっと無職だったから暴れた訳じゃないぞ、結構失礼だぞ。とそんなツッコミをしてくれる相手もいないためか、

 

――あー、港湾棲姫さんのおっぱい凄かったなあー。

 

思考があさっての方向に吹っ飛んでいく吹雪。もしかすると無職であることはそれほど深刻ではないのでは、と思うくらいに軽い思考になっているが言うまでも無く逃避である。精神的にはいっぱいっぱいだからこその逃避。

いつかこのままでは吹雪は潰れてしまうのではないか、そんなことを感じさせる軽い乾いた笑い声がうつぶせのままの吹雪の口から響いたその時。

 

静かだった部屋の中に突如響き渡る音楽。

 

吹雪は気づく、これは「SHIMAKA☆Z」だと。あの島風ちゃん主演の日曜朝特撮ヒーロー番組、島風ちゃん本人が歌う「シマカーZ」の主題歌なのだと。

急いで手に取るスマートフォン。何のことはない、吹雪のスマホの着信音をコレにしてあっただけなのだが、とにかく電話がかかって来ているのである。

アレか、もしや就職関連の連絡か何かか、転職エージェントさんからいい話でも来たか!? とちょっとだけ期待して覗いた画面に映し出されるその文字は

 

『第一艦橋』

 

 

 

「あ、扶桑さんからだー」

 

酷くね? それだとすると山城が第二艦橋か? みたいな感想になるかもしれないが、実はこの吹雪さんの古くからのお友達、扶桑型戦艦一番艦 扶桑さんは軍を退役後「喫茶店とか憧れていたの」などと言い始め妹の二番艦 山城と共に都内に喫茶店『第一艦橋』を開店したのである。

一部で不幸姉妹、なんて揶揄される扶桑山城の戦艦姉妹とあってか結構周りは心配したのだが、なんていうかこう、なんか評判の店になってしまい上手い事行ってしまった感じでわりかし繁盛している。

 

ただ、評判になったのが扶桑さんが作るラーメンであったり、一番よく出るメニューが山城さんが揚げる串カツであるためにご近所さんから「喫茶店?」と首を傾げられる店である。

もちろんちゃんと喫茶店もしているので、カウンターでラーメンすするおっさんと、テーブル席でケーキと紅茶を楽しむお姉ちゃんのコラボが見られるカオスな店内になっている。内装は喫茶店風味なのでラーメンがおかしいのは解りきってるんだけどね、美味しいんだこれが。

 

そんな扶桑さんから電話。何かあったっけなーと思い相変わらずのうつぶせのまま電話に出る吹雪。もしもし無職で島風ちゃんのヒモしてる吹雪さんですよーってなもんである。流石にこれには扶桑さんも苦笑いといった始末。

 

『今日もまた重症ね、吹雪』

「はははは、いつものあれです、大丈夫ですよ、今日は1人なんでいろいろ考えちゃってるだけで」

『そう? ならちょうどよかったわ、気分転換にでもうちに来ない?』

 

まぁ吹雪の事情を知っているし時々会っている扶桑だ、気を遣ってくれているのか遊びに誘ってくれる。いやーありがたい友人で優しいお姉さんやでー、そういや今日は第一艦橋定休日だったっけかとか思う吹雪。

ありがたいことだ、と思う一方で、こうフード被ったままの暗い世界にいる為に気分が落ち込みささくれ立っているわけで、こんな気分のままだし、なんか遊びに行ったりするそんな気分じゃないなーなんて渋りかけた、そんなとき

 

『今日はみんな集まれそうなの、久しぶりにアレクラスト大陸を冒険しない?』

「行く」(←吹雪:即答)

 

扶桑のそんな一言が吹雪の心を揺り動かす。そう、彼女たちはフォーセリアはアレクラスト大陸の中部南地域で活躍中の冒険者なのだった!

という感じでソードワールド(旧)ルールブックと六面ダイス2個(と予備2個)を鞄に収め、一路『喫茶 第一艦橋』へ向かう吹雪。

この世界では人生1ゾロファンブルして無職かもしれないけれど、あっちでは中堅の冒険者なのである!

 

と、意気込んでは見たけれど、冒険者とはつまり住所不定無職の日雇い派遣の様なものであるので無職と大差ない。

 

 

ていうか吹雪さん、島風のいないときは結構遊んでいた。

 


 

就職ブリザード2

 


 

エレミアという名の国がある。

アレクラスト大陸中部地域、その南部に位置し海に面するためか大陸有数の巨大な港を持つ王国。

港からも解るように海路を利用した貿易が盛んではあるが、陸路に置いても東西を結ぶ拠点として栄え大陸全土の交易の要と言っても差し支えも無い商業都市。

そして大陸だけではなく、エレミアの港は遥か遠く南に離れた神々の大戦の折に呪われた島と呼ばれる事となった土地とさえ交易を行っていると言う。実に商人たちの商魂逞しさを感じさせる話である。

 

そんな、エレミア王国。王都エレミアから北に離れた一つの街で、活躍中の冒険者ブッキーとその仲間たちが一人の砂漠の民に助けを求められるところから話は始まる。

 

砂漠の民特有の日に焼けた浅黒い肌、そしてターバンを巻きマントに身を包んだ屈強な男が切羽詰っていたのか、最近このあたりで評判の冒険者たちとは言え6人組の女性だけのパーティに助けを求めてきたのである。聞けば砂漠の中にある遺跡に部族の仲間が他部族に生贄として攫われたとのこと。

生贄とは穏やかじゃない話だが、元々ここいら辺りの砂漠の民は一般的な六大神信仰から邪教扱いされる精霊信仰の信奉者であるために、世間ではさもありなんと思われている始末なのでブッキー達にしてもそんなこともあるだろうね、くらいの感覚。

ただ、その仲間を助けたいという言葉に心を打たれ、お人好しで脳みそ筋肉キャラのファイター:ブッキー、同じくキャラ被りしてるフソーン、そして彼女達脳筋を我が勇者と後押しする戦神マイリーのプリースト、ノンノンが賛同し、生贄にされそうな砂漠の民を助けに向かうことに。

ブッキー達もこの街ではそれなりに名の知れた冒険者、北の砂漠に踏み入った経験もあった為に対策も問題なく、途中、砂漠の砂の中に潜むモンスターたちに襲われるが難なくブッキーのハルバードが唸り目的の遺跡に辿り着く。

しかし、遺跡内を探索する一行が見た物は大広間の床に広がる何かの儀式の準備だけであり生贄になる人間の姿など見えず、もしやコレは手遅れだったのか、と慌てるが、

依頼主である砂漠の民が突如携帯していた湾曲刀を抜き放ち、ブッキーの仲間の1人、エルフのシャーマンであるイズモマーを切りつける。反応が遅れたイズモマーの血が床に滴ると何かの儀式の模様が力を持ち、どこに潜んでいたのか砂漠の民のシャーマンが複数周りを囲んでいる状況に陥る。

 

初めからコレは彼女達を生贄に古の精霊アトンを呼び起こす罠。更にはブッキー達パーティにエルフの女性がいた為に彼女を中心に事を成せば、と言う手筈だった。

 

が、この事態を想定していたのか1人パーティと距離を開け、儀式の外側に潜んでいたシーフのダイアが後ろから忍び寄り砂漠の民にシャーマンの中でも中心になっていそうな人物に対し一撃必殺のアサシンプレイを実行。

加えていざと言う時の為にローブの袖に複数の魔晶石を仕込み縫い付けてあったソーサラーにしてセージのアブゥが魔晶石を利用した精神点ブーストによる能力以上の威力を打ち出す魔法を成功。砂漠の民は阿鼻叫喚に包まれる。

敵が浮足立ったところを見逃さず、ノンノンはファイター2人にマイリーの祝福を付け、我が意を得たり、と脳筋戦士たちが次々と砂漠の民を砂漠の一部に変えて行ったのだった。

 

 

そんなキャンペーン。

今日もお疲れ様でしたー。

ってな感じで各々キャラクターシートとダイスを片付け、脳筋戦士フソーンこと扶桑さん経営の第一艦橋店内にて本日の打ち上げを行うパーティメンバー6名とゲームマスター。

なお、キャンペーン自体も店内のテーブルで行っている。皆が集まれそうな定休日は第一艦橋はフォーセリアになるのである。

今更だが吹雪達が行っていたのはTRPG、テーブルトークロールプレイングゲームという遊びである、東京六本木の略ではない。簡単に言うとすっごいルールががっちりしたサイコロを使ったごっこ遊びだ。詳しくは各々調べてくれ。

 

そもそも、なんで彼女たちがこんなことしているのかと言うと、

ノンノンのせいである。

 

いや、ノンノンって誰だよ、とか思うかもしれない、他のメンバーはキャラ名で何となく誰か解る感じだがノンノンは該当者が思い浮かばない可能性が極めて高い。

高いのだが、簡単に結論だけ先に言うと熊野さんだ。最上型航空巡洋艦のお嬢様型艦娘、熊野さんなのである。

熊野→くまのん→くまのんのん→のんのん。という展開らしい彼女の中では。彼女自身はとても気に入っているキャラ名なのだ。

お嬢様っぽい言動と佇まいを持っている感じではあるがどことなく天然入っている感じも否めない。加えて言えば実はかなり一途な子なので思い立ったらぶちかましなのである。なのであるので、軍を離れてのんびりと暮らしていた時に、たまたま立ち寄った古本屋の店員が可愛い格好をしていた為に自分もやってみたい、とか思ってしまい勢いあまってまんだらけのコスプレ店員を始めてしまったのだ。もっとも、茶色の髪をポニーテルにしてお嬢様風味の顔立ちなのだが軍にいたことからか醸し出すオーラが可愛いじゃなく凛々しい、と周りの人間が嗅ぎ取ってしまったのか軍服風味の衣装を勧められてしまうのだが。

それでも偶に着れる可愛い衣装に満足しながらバイトに勤しんでいた時、扱っている商品の中でTRPGを見つけてしまったのんのん、内容を知り、なんか面白そうだと熱弁をふるってみたのだが、仲のいい同じ最上型航空巡洋艦 鈴谷の食いつきが悪かった為に誰かこれを解ってくれて遊んでくれる人居ないものかと思っていたところ、まんだらけの入っているビル、中野ブロードウェイの地下で8段ソフトクリームを楽しんでいた飛鷹型軽空母 飛鷹を発見。こんなところで知り合いに会えた、というテンションの高さからそのまま説得を開始。

飛鷹も別段興味は薄かったのだが、熊野の熱弁と、私無職だし暇だし、の理由からとりあえず人数必要だし他に暇してる仲間探そうぜ、となったのが始まり。

 

その後なんやかんやあって現在の状態となったのである。

なんやかんやの部分は主に熊野んのんが知り合いの元艦娘を見つける→TRPGについて熱弁をふるう、というだけの話なのでなんやかんやで充分なのである。

 

 

 

「でも、今回って私、死にかけただけであんまり活躍してないわね」

 

第一艦橋人気メニューの一角であり、喫茶店としてどうよ系メニューの一角でもあるビールを軽く飲みながらエルフのイズモマーこと飛鷹が呟く。なおビールはキリン製である。

 

「飛鷹さんは今回ダイスが荒ぶってましたからねー」

「華麗にファンブルだけは避けマシたが、危なかったデスネー」

「まぁ私たちは人生ファンブってますけどね!」

「経験値+10デスネー!」

 

呟く飛鷹に軽い感じでビール片手に明るく言葉を返すブッキーこと吹雪、そしてその隣で冷奴食べてるダイアさんこと金剛型戦艦1番艦 金剛。明るい感じのはずなのだがどことなく哀愁漂う内容に移行しているのはこの2名が無職だからである。 でも既に酔っ払い。

そんな2人を眺めて「なんなのよ、もう」なんて呆れ、眉間に皺を寄せながらせっかくなのでなじってみる飛鷹。曰く「あなたたちは高望みしすぎだ」と。

熊野と会った頃は確かに無職だった飛鷹だったわけなのだが、実は今では働いているのでこの2人には上から目線で話せる立場なのである。もっともバイトなのだが。

しかしながらバイトならそう難しくなく働ける、実際熊野もバイトでコスプレ店員しているので実績はあるのだ。

ただ、吹雪は正社員志望である為に高望みだと言われる訳だ。やっぱり他の艦娘の現在の事情を顧みても、どこかの企業で正社員なんて勝ち組しているものは殆どいない。

そして何より、吹雪は素直である、素直であるので嘘がつけない。嘘がつけない良い子なので

 

「特技はなんですか」(←山城:真顔)

「ほ、砲雷撃戦です!」(←吹雪:急に振られて本音)

「当社にとってあなたを採用するメリットはなんですか」(←山城:ため息)

「不審者程度なら木端微塵に殲滅出来ます!」(←吹雪:本音)

「……ダメよね」(←山城:目元を右手で覆う)

「なんなら御社のビルの1つや2つなぎ倒して見せます!」(←吹雪:酔ってる)

 

急に面接シミュレーションを行う本日のキャンペーンというかこのTRPG同好会のゲームマスター山城の言葉に対してのブリザード的返答。

これで採用される会社があれば見てみたい、そう皆に思わせる答弁を披露してくれる吹雪に涙を禁じ得ない。笑い過ぎて涙出たの方向で。

まぁ、お酒入ってるしね。

 

メンバー的にかつての大戦でも、先の鎮守府に居た時も、特につるんでいたという訳でも無い集団だったのだが、こうして遊んでるうちにすっかり仲良く、今ではもう言いたいこと言える間柄になっていた。

言葉を使った遊びしてるのにそこに変な遠慮とか壁とかあってもしょうがないってのもあり、いつしか、ではあるがすっかりいい友達なのである。

いつも困ったような顔している山城もこれでもなんだかんだ楽しんでいるのである。他に適任者がいない上に意外とアドリブが利き更には冷静に淡々と事を運ぶという思っても見なかった特技、というか常にローテンションな言動からゲームマスターに落ち着いたという経緯こそあるが、楽しんでいるのである。ドワーフキャラで斧振り回しプレイをしてみたかったという心にしまっている事実はあるのだが、楽しんでいるのである。

 

なのでこんな酒の席で吹雪を弄るのも彼女達のコミュニケーションの一環。

 

「吹雪はアレよ、なんでそんな正社員に拘るのよ、そもそも私達の経歴じゃ厳しいでしょう?」

 

飛鷹の正論である。

冷静に考えよう。

彼女たちは艦娘だ。

能力はあっても、学歴が無いのだ実は。大問題である。

だからこそ飛鷹も別段正社員に拘ることも無く、というかむしろ無職でいいやな、くらいで構えていた程。年金でのんびり暮らすつもりだったのだ。

無職、という肩書に苛まれそうではあるのだが、彼女の妹隼鷹のように年金で飲み歩いているのに比べればマシだ。とか思ってのんびり暮らしていたのだ。

ところが、

飛鷹は見てしまったのだ、

ピック2本を手に持ち、くるくると魔法のように球体を次々と作り上げていくその姿。よどみなくリズミカルにいっそコレは奇跡かと思わせる流れで、そして出来上がったものは外側カリカリで中がどろっとしたあの魅惑の玉。

 

たこやきである。

 

銀だこのたこやきである。

たこやきにしてはちょっとお高いと評判だがなんだかんだで人気があって場所によっては客が並ぶ店である。そして何よりたこやきを作っているところを外からガラス張りで見れる訳で。

その職人技の様なたこやき作りの魅力に捕らわれてしまった飛鷹さん。しばらくそのたこやきが出来る姿を店頭で眺め、あれ、買わないの? って店員がちょっと困惑しながらも飛鷹さん長い黒髪の美人さんなもんでいいとこ見せようと張り切っちゃったものですから、

自分も焼いてみたい。と思わせてしまったわけでバイト開始。接客では元商船のなせる業なのか素敵な笑顔でおもてなし、問題のたこやき焼きに関してはそれはもう興味があって始めた事なので真剣な表情で髪をうなじで一つに纏めた姿でくるくるたこやきを回していく姿にファンが出来る始末。今では立派な看板娘である。

しかしながら銀だこ。

そのカリカリした衣とお値段の高さ、そして東京のたこやきということから大阪では「あんなカリカリのたこやきはたこやきじゃない」とアンチが湧いて東西対決になりかけていると言う事実もあり、いつしかYouTubeで「東の飛鷹、西の龍驤」と人気を二分するたこやき娘として東京代表の様な立場になっているとかいないとか。てーか何やってんだ龍驤、お前マクド店員じゃないのか。

 

と、そんな風味で立派なバイト戦士と成り果てている飛鷹、そして熊野の姿から確かに高望みせずにバイトでもなんでも働くべきなのかなぁとか思い始める吹雪なのだが、それでもやっぱり

 

「島風ちゃんがどんどん立派になっちゃって……バイトだとなんだか、私、ヒモみたいで……」

 

という事らしい。いや、今でも充分ヒモじゃん。って言葉を飲み込む周りは良く出来た大人である、というわけでもなく過去繰り返し言って来たことなので今更感なのである。

 

「吹雪は気にしすぎでしょ、もっとあたしみたいに気楽に生きるべきだと思う」

「気楽に無職のフリしてる才能あふれる阿武隈さんには解らない悩みだと思います」

「フリって……まぁ、そうかもしれないけど」

「最近まで無職仲間だと思ってたのに……みんなに隠して少女小説家とか、才気に溢れるにも程がありますよ!」

「あぅ……」

 

切羽詰ってる感漂い始めたブッキーを気楽にしようと声をかけるも失敗に終わるソーサラーのアブゥちゃんこと長良型軽巡洋艦 阿武隈。

でも彼女は彼女で実際とても気楽に無職をしていて、本人がとても女の子女の子している感じから少女漫画、少女小説を読み漁ってのんびり暮らしていたのだ。

まぁそんな女の子、とても特徴的な長い髪をツインテールにしているけどなんでか結び目で一回転してる輪っかを作るとか言う謎の髪型をしたそんなん昔ときメモにいなかったか的な女の子。であったので当然というか自然の摂理と言うかいろいろと妄想甚だしく、そんな折に吹雪と島風のいちゃいちゃヒモ生活を聞いた為に頭の中で展開されてしまった女の子同士の友情と言うか友情超えてねそれ、みたいなあのなんだそれだあれだ、解りやすく言うとマリみて的なのだがストパニまでは行かない感じのアレでソレな物語を無職と言う無限に広がる自由時間を持て余した上の勢い余った妄想垂れ流しでちょっと一本書いてみた。

そんなアブゥ。

別に小説家を目指した訳でも無かったが何となく折角書いて見たのだし誰かに見て貰いたい気持ちになったのでネットにアップ。

妙な人気を得てしまい、遂には出版社からデビュー依頼のメールまで来てしまったという流れだ。

そんな訳で少女小説家などをやっているのだが、本人本当に気ままに書いているのであり、なによりモデルというか話の大元が目の前にいるので複雑なのである。

それでも小説家になって嬉しくない訳でもないので、モデルになった吹雪には出来るだけ優しくしようと心に決めている阿武隈であった。

 

「隠していたわけでもないんだけど、ねぇ」

「でももっと早くおっしゃって欲しかったですわ、知っていましたら特設コーナー作りましたのに」

「古本屋で特設作られてもねぇ」

 

熊野の言いように、古本で売り上げ出されても印税入んないだろと思う阿武隈。いや熊野はそこまで考えてなくて普通に友達の作品を前に推したいだけの良い子だってのは解るのだが。

 

「でも、結局隠していたわよね?」

 

そんな会話の中、追加のおつまみを作って持って来た扶桑のそんな言葉に、阿武隈はちょっとバツの悪い顔をして悩む。

隠していた訳でもない、とは言っているが、実際隠していた。

教えたくない、訳ではないのだが、要するに気恥ずかしいという形で。

特に第一水雷戦隊の皆にはちょっと知られたくないなぁとか思ったりしたのもある。可愛い妹分みたいに思っていた子達であるのでお姉さんぶりたい自分がこんな少女少女した話を書いているとか見られたらどうなるのやら、な感じであるし、登場人物が割と第一水雷の皆だったりするのだ、主役級の2人は別として。

それに、まぁ後は

 

「なんていいますか……北のつくアイツには特に知られたくないといいますか」

「ああ、北前船」

「飛鷹さん酔ってますよね!?」

「彼女、艦娘になってないのよね」

「なられても困りません!?」

 

という理由である。北前船ではない。そもそも北前船は船そのものの名前ではない。

ともあれ、阿武隈本人は知らないが、実は第一水雷のお嬢さんたちは阿武隈の本を手に取って読んでいたりするから世の中は上手く出来ている。出来ているっていうか、阿武隈ちゃんペンネームを「あぶぅ くまー」にするのはどうかと思うんだ。

このままではいずれ北のつくあいつにも知られてしまう日が来るのかもしれないしもう来ているのかもしれない。サイン会とかあったら気を付けろ。

 

そんな迂闊な事実を敢えて言葉にするでもなく胸に秘め、みんないい感じに酔っぱらって来たなーなんて店内を眺め、現状に満足しているもう一人の無職さんこと金剛さんは

 

「私は別にバイトでもなんでもいいんデスけどネー」

「金剛の場合はやりがいのある仕事と言うのを探して妥協しないだけなのよね」

「デスネー、この間の白アリ駆除はあまり面白くなかったヨ」

「あなた、そんなことまでやってたの」

 

自分に合った仕事を探していろんなバイトを渡り歩き、自分探しの旅の途中であった。

 

 

なお、山城さんは、あまり発言も無くテンション低いのかなーと思われがちなのだが、

割と真剣に、

次のキャンペーンのシナリオを考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「………………」

「ただ……いまー…………」

「………………」

「えっと……しまかぜ、ちゃん?」

「………………なに?」

「膝を抱えて暗い部屋の隅で何をs」

「吹雪が居なかった」

「え」

「帰って来たら吹雪が居なかった」

 

いつも、笑顔でおかえりを言ってくれる吹雪が居なくて寂しかったらしい。

島風は部屋の隅で体育座りで拗ねていた。

 

「しかも酔ってる、お酒飲んで来たんだ」

「あ、うん、その、ごめん」

「悪いと思ってる?」

「う、うん」

「じゃあ、ぎゅってして」

「…………え?」

「ぎゅーって」

「…………ぎゅー……」

「もっと」

「ぎゅ、ぎゅー」

 

後日、あぶぅ先生の筆が進んだ。


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2016/04/23

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