「あ……」

麦畑の中から突然声があがった。

その声は驚いたような声だったが、

むしろ驚きの声をあげたかったのはこちらの方だ。

なにしろ、その麦畑の中には何も見えなかったのだから。

夕日に当てられ、黄金色に輝く麦しか見えないが、

確かにその中から女の子の声が聞こえた。

しばらく、どこから声があがったのか、その声を発した女の子の姿を探してみるが、

ただ広がる麦畑しか視界に入らない。

確かに人がいるはず。

そう思いしばらくあたりを見回し続けた。

「あの……」

いつの間に横に来たのか、

声のするほうに顔を向けると、一人の少女が横に立って話しかけてきていた。

嬉しそうな表情で、しかし、どこか、寂しげな。

「……遊びにきたの、ここに?」

少し、怯えた感じで、だが、しっかりと視線をあわせて少女は訊いてきた。

「いや、ちがうよ。迷ったんだ」

そう、

適当に知らない道を歩いていてここに辿りついたんだ。

隠しても仕方がないわけだから素直に答えた。

「このあたりにははじめて来たんだけど、こんな麦畑があったんだ」

とても広い麦畑、夕日に当てられているせいか、幻想的に映る。

「……どこからきたの?」

麦畑の終わりを探して視線をさまよわせていると少女は緊張を解いたのか少し微笑んで話を続けた。

「さぁ、向こうのほうかな」

確か夕日の落ちる方が西。

でも、それが解ったところで来た方向がどちらかわからない以上意味がない。

そんなわけでいいかげんに指先を向ける。

「じゃあさ……」

「うん?」

「遊ぼうよ」

どのへんが「じゃあ」なのかはさっぱりわからない。

けれど少女は笑って言葉を続ける。

「遊んでいるうちに思い出すよ、きっと……」

その言葉につられたのか、

その笑顔につられたのか、

日が落ちるまでの短い時間、

二人でその麦畑で遊んだ。

そして、

その日以来、

ぼくは彼女と毎日のように遊ぶようになった。

麦畑は、広大な遊び場だった。

しゃがめば姿が隠れるほどの麦、

走れば麦の海を泳いでいるような心地よさだった。

彼女はよく笑い、よく走った。

「他に友達はいないの?」

遊びを休憩して、横になりながら訊いた。

「うん……あたしは普通じゃないから」

その時、彼女が何を言わんとしているのかわからなかった。

普通じゃない。

それがどういうことか、

見たところ、ただの女の子だった。

明るく、人懐っこく、可愛い女の子だった。

ただ、

『普通じゃない』

そう言ったときの彼女の表情は見ているこっちも胸が締め付けられるように寂しげな表情だった。

「あたしには不思議な力があるの」

ぽつり、と、彼女は目を閉じながら話を始めた。

以前は、違う街に住んでいたらしい。

そして、その不思議な力は幼い頃から持っていた。

それが理由でその街を離れることになったのだ。

詳しくは訊かなかった、いや、訊けなかったが、

彼女の口調から、世間が彼女をどんな扱いをしたかはどことなくわかるような気がした。

彼女がその街に居られないような、そんな。

だが、この街でもそれは変わらなかった。

不思議な力を持っている。

それは、普通、畏怖の対象でしかありえないものだ。

だから、彼女は人の集まるところを避け、一人で居た、

誰にも関わらず、

誰にもその力のことを知られることがないように。

そして、そこへ僕が来た。

けど僕はその力を目の当たりにしたが別に彼女の見方が変わることはなかった。

ただ、不思議だ、と思っただけだった。

「それは祐一くんだからだよ」

その僕の思ったことを聞くと、彼女は嬉しそうにそう答えた。

「僕が特別ってこと?」

「あたしにとってはね」

にっこり笑ってくるりと背を向けたかと思うとそのまま麦の中に駆け行ってしまう。

それに合わせ、僕も飛び起き彼女の後を追った。

「まい、待ってよ!」

 


でも、やっぱりまいがすき☆


 

雪が降っていた。

俺、相沢祐一は舞い降りてくる雪の中、駅前のベンチに腰掛けていた。

「……」

ため息をつきながら駅前の時計を見る。

ここで落ち合うはずのいとこの姿は約束の時間を大幅に過ぎてもまだ見えない。

「……遅い」

少し、雪が激しくなった気がする。

適当に歩いて目的地に向かおうかとも考えたが、

下手すると街中で遭難と言うギネス級の恥をかく恐れがあるので自分の体に真っ白な雪を積もらせながらベンチに深く座りなおした。

と、

ちょうどその時。

俺を覗きこむように女の子が上から見下ろしていた。

綺麗な長い髪。

少し眠そうな目をしているがどこか嬉しそうな表情をしていた。

そして、それは間違いなく俺が待っていた同い年のいとこの女の子だった。

たぶん十人に訊けば十人が可愛いと言うだろう。

「雪、積もってるよ」

ぽつり、と呟くように白い息を吐き出す。

「……ああ、そりゃ、2時間もこんなところに座ってればな……」

「…あれ?今何時?」

女の子は不思議そうに小首を傾げる。

「……3時……」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

女の子はしばらく固まった後、ゆっくりと自分の手首を、腕時計を見る。

「…………」

次に駅にある時計を見上げる。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「わ、時計止まってるよ」

その言葉で、俺はがっくりうなだれる。

「いつまで経っても12時45分だから変だとは思ってたんだけど……」

最早俺は言葉も失う。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……えっと、これあげる」

さすがに申し訳なく思ったのか少し引きつった顔で女の子は缶コーヒーを渡してくる。

「えーっと、再会のお祝いだよ」

「……はいはい」

遅れたことを負い目に思って慌てている女の子の姿を見て怒ることも出来ないので、素直にコーヒーを受け取り手の中で転がし温かさを確かめた。

「7年ぶり、だね」

「ああ、そんなに経つんだな」

そう、俺は7年ぶりにこの雪の街に来た。

7年前までは夏休みや冬休みを利用して目の前のいとこのところによく遊びに来ていた。

それ以降は親の転勤でそうそう遊びには来れないような遠くになってしまったこともあり、

また、俺自身向こうの男友達と遊ぶことを優先したこともあってすっかり来なくなっていたのだ。

「ねぇ、わたしの名前、まだ憶えてる?」

いろいろ考え事をしていると、いとこの女の子がそんなことを訊いてくる。

「そう言うお前だって、俺の名前憶えてるか?」

「うん」

雪の中で……。

雪に彩られた街の中で……。

7年間の歳月、一息で埋めるように……。

「祐一」

「ねぎま」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……お腹、減ってるの?」

「……そうなんだ、名雪」

「ふふ、じゃあ、早く行こうよ」

「……遅れてきたのお前だろう」

「そうだったね」

7年ぶりの街で、

7年ぶりの雪に囲まれて、

新しい生活が、

冬の雪にさらされて、

ゆっくりと流れて行く。

雪の中。

俺は、

7年前に見たこの街の景色と、今見える景色を重ねて、

昔のことを少しずつ思い出しながら、

いとこの名雪と二人、これから世話になる水瀬家に向かった。

……

「らん、らんらん♪」

と、まぁ、俺が寒さに震えながら歩いている横で名雪が鼻歌を歌っていた。

俺達は名雪の家である水瀬家に向かっていた。

7年前までよく遊びに来ていた家であるが、さすがに道までは憶えていない。

そして、今回は遊びに来たわけではない。

父親の海外の転勤が決まり、日本に残ることに決めた俺は昔遊びに来ていた家、母親の妹である『水瀬秋子』さんのところで世話になることにしたのだ。

迷惑かとも思ったが、叔母の秋子さんは二つ返事で了承してくれた。

そして、どうやら名雪の話では秋子さんと名雪は俺のために部屋の家具や生活用品とか、既に用意してくれてあるらしかった。

「ありが〜とう〜、いわな〜いよ〜♪」

「……いや、今言おうと思ってたんだって」

……

途中、どことなく噛み合わない会話を繰り広げながら、目的地である水瀬家に到着する。

「ただいま〜」

間延びした名雪の声が玄関に響く。

「おかえりなさい名雪、祐一さん」

まるで待ち構えていたように一人の女性が出迎えてくれる。

「どうも、お久しぶりです秋子さん」

どういうわけか、7年前の俺の記憶とまったく変わらない姿で微笑んでいる名雪の母親に7年ぶりの挨拶をする。

相変わらず綺麗な人である、名雪同様の長い髪を三つ編みにしているが、おそらく解いたら名雪とそっくりなんだろうと思わせるほど若い。

とても高校生の娘がいるような人には見えない。

「これからは祐一さんはこの家の家族の一員なのですから、遠慮しないでゆっくりくつろいで……」

くださいね。

と続くはずだったのだろう、秋子さんの言葉はその足元をすり抜けて俺に飛びついてきたふさふさの物体に遮られた。

「な、なんだ?」

「あらあら、この子もそう言えば7年ぶりの再会ですものね」

秋子さんの言葉を聞き、飛びついてきたものをじっくりと見てみる。

「……たぬきっ!?」

「きつねだよ……」

「ね……ね……ねぎま」

「ま!? ま、枕投げ……」

「げ!? げ!?」

「あらあら、頑張って、名雪」

「って、しりとりじゃないですよ、秋子さん」

のってしまった自分も悪いのだが、擦り寄ってくるキツネを撫でながらため息まじりに呟く。

ちなみに上から、俺、名雪、秋子さんの順番だ。

「でも、コイツも大きくなりましたよね」

そう、確か、俺が拾ってきたキツネだ。

昔、一人で遊んでいた時、怪我をしている子ギツネを見つけてそのまま水瀬家へつれ帰って手当てをしたことがあった。

数日、俺用にあてがわれていた部屋で隠して飼っていたのだが、洞察力のある秋子さんが気づかないわけがなくて、

一週間もたずにばれたのを憶えている。

怒られるかとも思ったのだが、秋子さんはそのままそのキツネをこの家の家族として住まわせている。

それがそのキツネにとって本当にいいことなのかどうかは分からないが、

キツネ自身も含め、みんなが嬉しそうだからそれでいいんだと思う。

「さ、いつまでも玄関にいてもしょうがないわよ」

と、秋子さんに促され、みんなで家に入っていく。

今日から俺はこの家で暮らすんだ。

そのことを噛締め。

初日からいろんなことを思い出せたことを嬉しく思いながら、

明日からの生活が楽しいものであると信じて、

家の奥に進む二人と一匹の後について行った。

……

転校初日の朝。

俺と名雪は雪の街を走っていた。

何故か。

遅れそうだからである。

まさに、

初日から遅刻じゃヤバイって感じなのである。

遅れそうになった理由は一言で言うと隣を走っている名雪のせいだ。

名雪は朝が弱いらしく起こすのに苦労したのだ。

朝、前の晩に名雪に借りたやる気なさそうな名雪の声が出る目覚ましに驚いた後部屋を出ると、名雪の部屋から凄まじい目覚しの音が聞こえてきた。

秋子さんにかかれば賑やかの一言で済ませられてしまうが、

名雪の部屋を覗くと、近所迷惑以外のなにものでもない轟音の中でも幸せそうに眠り続ける名雪の姿があった。

その姿を思い出しながら、

こいつは今まで何度遅刻をしたのだろうか、と、いとこの出席日数を心配しながら走って学校に向かっていた。

「ここから学校まで、どれくらいかかるんだ?」

走りながら名雪に訊いてみる。

「えーっと、歩いて20分くらいかな?」

「走ってる最中なんだから、走ってどのくらいか言おうぜ」

「あ、そうだね、えっと、15分くらい」

「で、あと何分?」

「15分」

「よし、ニトロを使うぞ!」

「はぁ?」

最後は名雪にはわからなかったらしいがとにかく急いで走った。

しかし、こいつよく付いて来れる……

と言うよりはむしろ俺が付いていってる感じだ。

「お前、足速いな」

俺も体力には自信があるほうなので走りながでも余裕で話が出来る。

それに名雪も普通に言葉を返すところを見ると、結構鍛えてあるのかも知れない。

「うん、わたし陸上部だから」

なるほど、それなら走りなれてるわけだな。

「陸上部……なんか意外だな」

「そう?」

なんと言うか、名雪はもっとのんびりしてる感じがあるので運動部系は似合わなそうに見える。

こうして今走っていても、かなり速いペースなのに名雪の仕草、口調がそれが遅いように感じさせる。

その他、陸上部のことだとか、学校がどんなところかなど、雑談を交えながら走り続けた。

暫くすると白く、雪化粧をまとわなくても白い肌をした大きな建物が見えた。

「到着だよ〜っ」

どうやらコレが学校らしい。

少し、走るペースを上げて俺より先に学校の前に着いた名雪が俺のほうに振り返り嬉しそうに説明する。

「……疲れた」

「でも、よかったよ、間に合ったよ」

「……明日はもっと余裕を持って家を出たいな……」

「努力はするよ」

努力するだけかよ……。

脱力感を憶えながらあたりを見渡してみると、周りにはまだたくさんの生徒がいた。

名雪や俺と同じ制服姿の生徒たち。

女の子の制服は見てみると3種類あるようだった。

もっとも、リボンの色の違いだが。

青、緑、そして名雪が着けているのが赤。

「名雪っ!おはよっ!」

突然、物思いを中断させるに充分な元気な声がすぐ傍で響く。

「久しぶりねえ、元気だった?」

見れば名雪と同じ赤いリボン。

おそらくは名雪の同級生か何かだろう。

「香里、おはよ〜」

名雪はその声を受けて嬉しそうに挨拶を返す。

「相変わらず眠そうな顔してるわね、名雪は」

「ちゃーむぽいんと、だよっ」

「……自分で言わないの」

香里と呼ばれた女の子と名雪は朝から気さくに校門前で漫才をしている。

ふと、その女の子は俺に気付いたらしく、こちらに向き直る。

「名雪、この人は?」

「うん、わたしのいとこだよ」

「ああ、あの、電話で言ってた」

何か納得したようにうんうん頷く。

「今日から一緒にこの学校に通うんだよ」

名雪は物凄く嬉しそうに言い放つ。

何かその笑顔で世界を救えそうな気分になる。

「そっか……そうなんだ……」

名雪のハイテンションにちょっと引いた感じで女の子は答える。

「初めまして、美坂香里です」

香里と名乗った女の子は笑顔で挨拶をしてくる。

挨拶をされたら挨拶を返すのが日本全国どこへ行っても礼儀だ。

「ああ、はじめまして美坂さん、俺は相沢祐一だ」

俺も気持ちさわやかな笑顔で挨拶を返す。

正面から見るとかなり可愛い、というよりむしろ美人である。

ウェーブのかかった長い髪にちょっと気の強そうな目。

崇拝してるファンがいそうな感じの女の子だ。

「え、ええ……か、香里でいいわよ」

何故か、香里と名乗る女の子はどもりながら答える。

「だったら俺も祐一でいいぞ」

「え、ええ……」

ちょっと顔が赤くなって顔をそむける香里。

どうしたのだろうか?

「……う〜……」

何故か、名雪が唸っている。

それに気づいた香里は慌てて再び俺のほうに向直る。

「あ、やっぱり遠慮しておくわね、相沢君」

「……まぁ、その辺は自由にしてくれればいいんだが……」

「……かーおーりー……」

「……不覚……」

二人はその場で何かよく解らないがじゃれあっている。

俺はそんな二人を置いておいてあたりを眺める。

もうほとんど人がいないからもしかしたらヤバい時間なのではないだろうか?

そう思いながらあたりを見まわしていると、一人の女の子と目があった。

ここからは遠くて声をかけられないが、遠目でもかなり可愛い子だということが解る。

しばらくその子もこちらを見ていたが、つまり遠目で見つめ合っていたのだが、

「どうしたの?祐一」

という名雪の声で視線をはずすことになった。

「あ、いや、時間大丈夫かなって」

「そうなの?あたしには女の子を物色していたように見えたんだけど」

適当なことを言ってごまかしてみたのだが、どうやら見られていたらしい。

「いまの、3年生だよね、祐一、知り合い?」

何となく二人の視線が怖い。

「なんで3年って解るんだ?」

「リボンの色だよ」

人差し指を立てて名雪が説明する。

「血液型でわけてるんじゃなかったんだな」

「そんなわけないでしょ」

俺のくだらん呟きにつきあってきちんと突っ込みを入れてくれる、香里。

なかなか、いいやつだ。

「香里、血液型はなんだ?」

「Bよ」

「名雪は?」

「Bだよ」

「で、二人ともリボンの色は赤」

「……そうだったんだ……」

「名雪、そんな簡単に騙されないでよ」

などとアホなことをいいあってる内に先ほどの3年生らしい女の子はいなくなっていた。

「で、祐一さっきの人、知り合いなの?」

「まさか、俺は来たばっかりだぞ、この街に」

「……そうだよね」

何か少し考えこんでいるような仕草を見せたが名雪は納得したようだ。

「ところで、相沢君、転入クラスってわかってるの?」

「あ、いや、まだ聞いてないんだ」

「そうなんだ、同じクラスになれるといいわね」

にっこりと香里が笑って言う。

「あ、ああ、そうだな」

こういう綺麗な女の子から正面きって笑顔をもらうことなどそうそうないので少しあがってしまう。

「祐一っ、一緒のクラスになれるといいねっ!!」

まるで香里に対抗するように名雪が声を張り上げて二人の間に割り込んでくる。

「……まぁ、ぼちぼちな……」

名雪のテンションに比べかなりいいかげんに言葉を返す。

「……ゆういち、極悪だよ……」

名雪が落ちこみはじめたところでちょうどチャイムが鳴り響く。

「あ、予鈴」

「じゃあ、俺は職員室に行くから」

そう言って学校に向かう。

まだ外にいたんだな、俺たち。

「あ、うん、じゃあ、また後でね、祐一」

「じゃあ、後でね、相沢君」

そう言って、名雪と香里の二人は自分の教室に向かった。

しかし、あの二人、俺が同じクラスになると思ってるな…。

「しかし、でかいな」

学校の感想だ、

この辺りはそう大きな街ではなさそうなので高校が乱立しているとは思えない、

この街のほとんどの人間がこの高校へ来るのだろう。

しかし、俺の昔の記憶にはこんな大きな高校はなかったはずだ。

綺麗な校舎や舗装された通路。

見たところ新設校かな。

まぁ、気を取り直して職員室に向かうとするか。

と、俺は昇降口を抜け校舎の中に入ったのだが…

「……職員室、どこ?」

さっそく途方にくれることになったのだった。

たすけてへるぷみー。

ってなわけで、適当に彷徨った後、近くにいた教師だろう人を捕まえてどうにか職員室を見つけ、中に入り用件を伝える。

担任とおぼしき先生に案内されて教室に向かうことになった。

「転校ははじめてか?」

「いえ、何度か」

担任の言葉に俺は素直に答える。

親が転勤の多い職業だったものだから転校というものは数度体験している。

まぁ、あまり楽しいものではないのだが。

「じゃあ、細かい説明はいいな、それと、校内の案内の方だが……水瀬のいとこだったな、なんとかなるか」

なんだか、最後の方は独り言のようだった。

結構いいかげんな担任のような気がする。

それと、口ぶりから何となく名雪と同じクラスのような気がしてきた。

その担任、石橋と言ったか、は2階にある教室の前で止まり俺を一時制して扉を開けた。

「みんな、席につけ、HRをはじめるぞ」

その言葉でざわついていた教室内が静かになる。

「今日は転校生を一人紹介する」

「「「「うおーーーーーー」」」」

担任の声に男たちの雄叫びがこだまする。

マンガか、この学校の生徒は。

「ちなみに男だ」

「「「「うおーーーーーー」」」」

「まじか!?」

今度は黄色い声である。

担任の促す声が聞こえたが、教室に入るのに非常に躊躇した。

「相沢祐一です。こんな時期の転校ですがよろしくお願いします」

なんとか、無難に挨拶を済ませて教室を見まわす。

「……祐一〜♪」

「…………」

嬉しそうに手を振ってるいとこの少女と、それにつられているのか、これまた楽しそうに手を振る香里。

本当に同じクラスになりやがった…

俺が運命の悪戯について哲学していると担任はさっさと席を示してHRを続けた。

席は窓側。

後ろから2番目。

普通は一番後ろになると思うのだが……。

まぁ、それはいい。

その後ろのやつに何か後ろに行きたい理由でもあったのだろう。

通常教室の席と言うのは後ろが人気なものだ。

ただ

隣が名雪で、

名雪の後ろ、つまり俺の斜め後ろが香里だった。

「祐一、同じクラスだったね」

「びっくりね……」

どことなく二人とも嬉しそうだ。

「ああ、名雪と香里、同じクラスだったんだな」

「あれ?言ってなかったっけ」

「ま、いいけどな、これからよろしくな、二人とも」

「うんっ」

「ええ、こちらこそね」

……

そして、祐一の新しい環境での生活が始まる。

転校初日からFCでもありそうな二人の女性と仲が良さそうに話しているのでかなり目立ってはいたのだが。

今日は新学期の初日なので授業はなく始業式だけだった。

それも祐一が職員室を探している間に終わっていたので今日のところはもう放課後となった。

そして、HRの終わった現在、祐一はクラスメイトから質問を浴びていた。

質問内容は

無難などこから来たのか、から、好きなタイプまでいろいろである。

そのほとんどが女の子だったのは祐一の容姿と、名雪による前評判のせいであろう。

祐一は容姿は悪くない、というか、むしろ良い。

で、名雪による前評判だが、

『わたしのいとこが転校して来るんだよ〜』

『え、そのいとこの人かっこいいの?』

『もちろんだよっ、わたしのいとこだよっ!』

『……いまいち信用がおけないわね』

『うー、もしかしてひどいこと言ってる?』

『そんなことないわよ』

『まぁ、でも、なかなか格好よかったわよ……』

『え?ほんと、香里』

『わぁ、香里のお墨付きかー信用出来そうねー』

『って言うことは、香里はもう会ったんだ、その人に』

『ええ、さっき校門前でね』

『そうなんだ、どのクラスなのかな〜』

『あ、でもうちのクラスに転校生がくるって誰か言ってたわよ』

『へぇ〜、楽しみ〜』

と言うようなやりとりがHR前にあった為である。

まぁ、むしろ香里による前評判かも知れないが。

そんなわけで祐一は転校初日から女の子に囲まれたわけである。

……

「でも、本当に香里とは今日はじめて会ったの?」

「ああ、そうだけど……な、香里」

「ええ、朝、名雪に紹介されたのよ」

「えー、でも香里のこと香里って呼ぶ男子いなかったじゃない、なんかあるんじゃないの」

「別に何もないわよ……」

「香里、ちょっと赤いわよ」

「気のせいよっ」

「でも、相沢君、名雪と一緒に暮らしてるんだって?」

「早速ばれてるしっ!!」

「朝に名雪が言いふらしてたのよ……」

クラスメイトの女の子から突然隠しておこうと心に決めていたことをあっさり暴露される。

それに解りやすく説明を入れてくれる香里、なかなかの突っ込み体質だ。

しばらくそんなやり取りをしばらく続けていたのだが、

部活などもありそろそろみんな帰って行ったので俺の周りも寂しくなっていた。

「名雪、今日も部活?」

「香里も?」

「ええ、ま、顔を出す程度だけどね」

「わたしは今日は時間もまだ早いからハードかな」

「大変ね、部長さんは」

などと名雪と香里が話しているのを聞いて驚く。

「名雪、部長なのか!?」

「うん。部長さんなんだよ」

ちょっと誇らしげに胸を張って言う。

「……い、意外だ……」

「あたしもはじめ聞いた時は驚いたわ」

「……ひどいこと言ってる?」

「部活頑張れよ」

「部活頑張ってね」

「……誤魔化してる?」

「香里も部活頑張れよ」

「ええ、ありがとう」

「……ひどいよ」

いろいろと紆余曲折があったが、名雪も香里も部活へ、

そして、教室にはほとんど人がいなくなり俺も帰るために昇降口に向かった。

うむ、

向かっただけである。

辿りつけるかどうかは別の話だ。

だから今俺の前に大きな鉄の扉があっても何の不思議もないだろう。

折角だから開けてみることにする。

ぎぎぎー。

「……さむっ」

ぎぎぎー。

「中庭らしきもの確認、ミッションコンプリート」

何となく呟いてしまう。

「……くすくす……」

と、後ろで笑い声が聞こえた。

人がいたのか、恥ずかしいところを見られてしまった。

後ろを向くと一人の女の子がいた。

「……スパイ?」

「いやいや、ただのさわやかな男子高校生さ」

何となく話をあわせながら女の子を観察する。

身長は女の子にしては結構高め、顔はいい、美人の類である。

長い髪を紫のリボンを使い後ろで止めてある。

加えてスタイルもいい、ついつい大きな胸に目がいくのは男として仕方がないとしか言えないだろう。

ぱっと見かなり目を引く女の子だ。

そして、どこかで見たことが……。

ああ、そうか、朝、見かけた女の子だ。

制服のリボンの色を見て思い出した。

「でも、この学校ってスパイするようなことってある?」

どうやら女の子を観察していた間に俺は彼女の中でスパイ決定らしい。

「そうだな、噂では校長室の机がキキララデスクらしいぞ」

「あははっ、それはスクープね」

まったくだ。

ちなみにそんな噂などあるわけがない。

「そう言えば、朝、俺の方見てなかったか?」

いつまでもこんなことを話していても仕方がないし、そろそろネタも限界なので疑問に思ってたことを訊いてみた。

「朝?」

きょとん、と女の子は訊き返してくる。

「いや、朝、予鈴の前か、昇降口の前でこっち見てたような気がしたから」

「あ、そうか、どこかで見たことあると思ったら朝の……」

納得がいった、という仕草を見せる。

またその仕草が可愛いから手におえない、美人は何しても似合うものである。

「で、なんで見てたんだ?」

「うん、ちょっと、昔の知り合いに似てるかなって思って…そう言えばキミ、見ない顔だよね」

「ああ、今日転校してきたんだ」

「なるほど、じゃ、はじめましてだね」

人懐っこくその女の子は笑顔で握手を求めてくる。

スパイ相手にいい度胸だ。

「ああ、はじめまして、俺は2年生で相沢祐一って言うんだ、よかったら憶えておいてくれ」

軽く自己紹介を済ませて相手の出方を待つが、彼女は驚いたような表情を浮かべるだけだった。

「……どうかしたか?」

「……祐一、くん?」

「え?」

「あたし、舞っ!川澄舞っ!!」

急き立てるように、興奮した様子で名乗る女の子。

そして、それは、出会いではなく、

懐かしい、

むしろ待ち望んでいた再会だった。

つづく


ひとこと

……言い忘れてた、これの舞は要するに「まい」のままの舞です☆

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