僕とまいは麦畑で遊ぶことが多かった。

それは、まいがあまり人の多いところへ行こうとしなかったからだ。

だから、二人でおいかけっこをして遊ぶことがほとんどだ。

麦の背が高いところなどでは彼女の姿が埋もれてしまうことなどよくあり、圧倒的に僕が不利だった。

だから僕は彼女の姿が見えるようにプレゼントを渡した。

そして、今、まいの頭には大きなウサギの耳が垂れ下がったカチューシャがはめられていた。

数日前、縁日で手に入れたものだ。

「……ウサギさん?」

「そう。ウサギは好きだろ?」

「うんっ、動物は全部好きだけど…ウサギさんがいちばん大好き」

「よかった。これで僕と一緒くらいの背丈だ」

まいはそのカチューシャをひどく気に入ったらしく嬉しそうに微笑んでくれた。

しかし、結局は彼女の方が運動神経がいいらしく、おいかけっこの勝敗は変化がなかった。

でも、まいが喜んでそのカチューシャを付けていてくれることが僕には嬉しかった。

いとこ以外の女の子にプレゼントなどはじめてだったから。

そして、また数日たったある日。

「ねぇ……」

麦畑の中で二人で転がって空を見ているとまいが話しかけてきた。

「あたし……自分の力、好きになれるかもしれない」

僕の方を向いて笑顔で言う。

彼女は自分の力を嫌っていた。

だからその話をする時はいつも辛そうな顔だった、だけど今日は違う。

だから、僕も嬉しくなって言った。

「それは良かった、自分を好きになることはいいことだよ」

「祐一くんがいたらね……」

「いや、会って少しの僕をそんな信用されても困るけど……」

「ふふふ、どうしてだかわかんないけど、そう思うんだよ」

しかし、その時、まいと遊べる時間は夏休みの間、この街に来ている2週間ほどのことだった。

小学生が避暑地に遊びに来ているだけ、休みが終わればもうこんな所まで一人で遊びにこれるものではない。

そして、もう、明日帰らなくてはいけない日になった。

僕らはいつもの麦畑でいつものようにお別れをして家へ帰った。

けど次の日、

僕が自分の家へ帰らなくてはならない時、

彼女から電話があった。

電話番号を教えた憶えもないのに、確かに彼女だった。

慌てた感じで、受話器を両手で持って一生懸命な姿が目に浮かんだ。

「ねぇ、助けて欲しいのっ」

「どうしたのさ」

「……魔物がくるのっ」

「魔物?」

「いつもの遊び場にっ……」

彼女は悲痛な声で、懇願するように言葉を続けた。

「だから守らなくちゃ……ふたりで守ろうよっ、あたしたちの遊び場所で、もう遊べなくなるよっ」

「……僕、今から実家に帰るんだ、だからまたいつか遊ぼうよ」

それが彼女の遊ぼうという口実なのは何となくわかった。

僕だって遊びたい気持ちはあるけど、実家に帰らなくてはいけないのも事実だ。

「ウソじゃないよっ……ほんとだよっ」

「魔物なんてどこにもいないよ」

「ほんとうにくるんだよっ……あたしひとりじゃ守れないよっ……一緒に守ってよっ……」

彼女の声がだんだん涙まじりになってくる。

「待ってるからっ……ひとりで、戦ってるからっ……」

それが、最後で電話は切れた。

電話からはもう彼女の声は聞こえない。

無機質な機械音がやけに耳についた。

『助けて欲しいのっ』

『待ってるからっ……』

……

僕は、

その後、

叔母さんの静止も聞かず、

いつもの麦畑に向かい走り出していた。

これについては後で心配していた両親にたっぷり怒られる事になったのだが僕にしてみればどうでもいいことだった。

そんな事よりも涙を浮かべて待ってくれている少女の方が大事だったからだ。

理由は自分でも良くわからない、

けど、行かなければならないような気がした。

……

「あ……」

麦畑の中から突然声があがった。

その声は驚いたような声だった。

「……」

麦畑の中で寂しそうな顔をしていた少女を見つけたが、なんと声をかけていいものか悩んでしまう。

そのまましばらく黙っていたのだが、彼女の方から口を開いた。

「……来て、くれたんだぁ……」

涙声である。

見ていると彼女は見る見るうちに涙まみれになる。

それは嬉し涙。

叶わぬと思っていた願いが叶った。

もう僕が来ないと思っていたんだろうか。

確かに普通なら来ないはずである。

予定では今ごろは僕は駅にいるはずなのだから。

けど、僕は来た。

だって僕は、

やっぱり、

まいがすきだから……。

 


でも、やっぱりまいがすき☆


 

「そう言えばキミ、見ない顔だよね」

「ああ、今日転校してきたんだ」

「なるほど、じゃ、はじめましてだね」

「ああ、はじめまして、俺は2年生で相沢祐一って言うんだ、よかったら憶えておいてくれ」

「……えっ……」

「……どうかしたか?」

「……祐一、くん?」

「え?」

「あたし、舞っ!川澄舞っ!!」

放課後の廊下で出会った女の子は急き立てるように、興奮した様子で、胸に手を当てて叫ぶ様に名前を名乗った。

「……まい……?」

どことなく聞き覚えのある名前を聞き俺は記憶を辿ってみる。

「そうだよっ、祐一くんだよねっ、約束守ってくれたんだよねっ」

舞、と名乗った女の子は今にも飛びかからんという勢いで詰め寄ってくる。

こんな綺麗な子の知り合いいたっけ?

「あ、ああ、確かに俺は祐一だけど……」

「えーっと……子供の頃夏休みとか冬休みとかを利用してこの街に遊びに来ていた、祐一くん?」

深呼吸をして落ちついた後、左手人差し指を下唇に当てて小首を傾げながら訊いてくる。

「ああ、そうだけど……」

その質問の内容から、本当に昔会ったことのある女の子らしい。

「……で、道に迷って麦畑に出た事なんかがある、祐一くん、だよね?」

ちょっと眉をひそめて、上目遣いで質問を増やす。

昔、俺がこの街で出会った少女といえば…

そして、麦畑……。

脳裏には、夕日を受けて黄金色に輝く麦畑が浮かんだ。

加えて、その中に佇む寂しげな表情をしていた少女の姿も。

そうだ、その子の名前が、確か……。

「……まい……」

「思い出した?」

俺の呟きを聞いてか、にっこりと微笑みを浮かべ、俺の顔を覗きこむように訊ねてくる。

「え、あ…、まい? あの『まい』なのか? あの麦畑不思議少女の!?」

「……思い出してくれたのは嬉しいんだけど、何?その麦畑不思議少女って……」

はぁ、と、ため息まじりに肩を落とす。

「いや、ほら、でもそんな感じだったろ?」

「そんな憶え方しないでよ、何か電波受信してる人みたいじゃない……」

女の子は、うんざり、という感じで文句を言う。

ころころとよく表情を変える女の子だ。

「そうか?俺の中では変身魔法少女っぽいネーミングだと思ったんだが……」

「本気で言ってるんだったらセンス無いよ、祐一くん」

「……」

しまった、本気で言ってたよ、俺。

祐ちゃん、ちょっとショックー。

「なんか、中身は変わってないね祐一くん」

くすくすと、笑いをこぼしながら俺を指差して言う。

と、いうことは外見は変わったのかな、まぁ、その「まい」という女の子に会ったのはずいぶんと昔なので、変わってない方がどうかしている。

けどまぁ、一応訊いてみたのだが、

「うんっ、すごく格好良くなったよっ」

と、臆面もなく、満面の笑みで返されてしまったらさすがに照れるだろう。

「あたしは変わった?」

「あ、ああ、ずいぶん……」

訊いてくる女の子に思わず本音で「ずいぶん綺麗になった」と素で返してしまうところだった。

実際、もともと可愛かったが、現在目の前にいる女の子は美人、と言って差し支えがないほど綺麗で、スタイルもいい。

さて、なんと言うべきか……。

「ずいぶん?」

ちょっと、期待を込めたような目で俺を見てくる。

こうなるとますます本音が言えない。

「……背が伸びたな」

「……背?」

「ああ、小さかったイメージしかないからな」

期待はずれ、みたいな表情を見せる、確か以前はこんな表情豊かな女の子じゃなかったような気もするのだけれど。

「でも、憶えててくれたんだね」

その女の子、舞は嬉しそうに微笑む。

その笑顔は、昔から可愛らしかったが、さらに魅力を増して思わず見とれてしまう。

「長いこと、連絡も無かったから忘れられちゃってるかと思ってたよ……」

目の前の女の子の言葉で、だんだん昔の事が思い出されてくる。

そして、少しづつ記憶が鮮明になってくる。

「まぁ、そりゃ、アレで帰るの遅れて両親に後でたっぷり怒られたからな、忘れようにも忘れられないって」

アレ、とは実家に帰る日に突然『まい』に電話で呼び出された時のことだ。

放っておいても良かったのだが、そんな気になれずに電車の時間を無視してまいに会いに行ったのだ。

そのとき秋子さんは、『まい』に会いに行って帰ってきた俺を笑顔で出迎えてくれたが、両親にはたっぷり説教を食らったのだ。

もっとも、それで『まい』を恨んだりしたわけではない。

あの時の自分の行動は納得しているし、間違っているとも思っていなかった。

「あ、あれ、ね……」

てへへ、と俺から目を少しそらして苦笑いを浮かべる舞。

アレがどれだか瞬時に解ったようだった。

それを見て、何となく俺も笑みが浮かぶ。

「でも、ね」

少し照れくさそうに彼女は俺の方に視線を戻すと、

「嬉しかったよ、あの時は本当に……」

頬を赤く染めながら、あの時を思い出すように目を細めて、嬉しそうに言葉を紡いだ。

「会いたかったよ、祐一くん……」

笑顔をまったく崩さず目を見つめながら言う。

破壊力抜群である。

「……」

「……」

「……と、ところで、昇降口ってどっちだ?」

何となく照れくさくなって慌てて話題を変える。

どちらにせよ、これを訊かないことには外に出られないのだ。

「……昇降口?」

「そう」

「そこも調査範囲?」

「スパイから離れてくれ……」

「要するに、迷った、と」

「まぁ、平たく言うとそうだ」

彼女はそれを訊くと、ひとしきり笑った後、呆れるような表情を見せて、そんなところも変わってないね、と呟いて俺を昇降口まで連れて行ってくれた。

「ここだよっ」

舞が昇降口に着いた事を説明する。

中庭の扉からそう離れたところではなかった。

が、

「何で、手を繋いでるんだ?」

「え?」

振り返る舞。

その左手はしっかり俺の右手を取っていた。

「何でって……祐一くん方向音痴でしょ?」

さも当たり前のように言ってのける。

「……ありがとう……」

否定しても彼女の前では通算2度の迷子になってるわけだから説得力がない。

そんな俺に出来ることと言えば、礼を言うことぐらいだった。

ただ、周りから突き刺さるような視線があったのは気になったのだが……。

昇降口で靴を履き替え、空の様子を窺う。

俺がこの街に来た日とは違い、空には太陽が顔を覗かせていた。

「だからって暖かいわけじゃないんだな……」

誰に言うでもなく一人呟く。

「でも、今日は暖かい方だよ」

こちらも靴を履き替えて来たのか、舞が遅れてやって来て今日のお天気模様について教えてくれる。

ちなみにこれからもっと寒くなるらしい。

「……」

俺はこの先のことを考えて青くなる。

こんな街、来るんじゃなかった……。

「祐一くん、これからどうするの?」

俺が絶望感で打ちひしがれていると、横に並んでいた舞が不意に訊いてくる。

「……凍えて死ぬ」

「そうじゃなくて、今からだよ、帰るの?」

「ああ、別に予定もないしな」

「よかったら一緒に帰ろうよ」

「あ、ああ、いいけど……」

満面の笑顔で言う舞に照れくさくなって視線を外して承諾する。

そして、二人で久しぶりの再会を楽しみながら昔の事などを話ながら家路についた。

はずだったのだが、

どこをどうなったのか二人で商店街に来ていた。

それにしても、目の前の少女と違和感なく昔と変わらず話が出来るのは嬉しかった。

昔から可愛い少女だったが、こんな美人になってるとは……。

この街に来てよかった……。

……

「で、舞は3年生だよな、川澄先輩って呼んだ方がいいか?」

「うん、って言ったら祐一くん、本当にそう呼ぶ?」

「呼ばない」

「なら訊く必要ないでしょ〜」

「いや、一応礼儀をだな……」

「らしくないよ」

「……」

そうきっぱり言わなくてもいいのに、と、思いながらも笑顔で会話を続ける。

ま、なんにせよ、昔から「まい」だったため、今更呼び方を帰るのも変な気分だ。

舞といえば、俺がそんな事を考えているのがわかっているのかいないのか、

俺に会えたことがよっぽど嬉しかったのか、絶え間なく話しかけているような感じだ。

まるで、今まで会えなかった分を取り戻すような。

そんなことを思いながら雪に覆われた商店街を二人で歩く。

田舎なので短い商店街。

あちこちに同じ学校の制服を着た生徒が見られる。

どうやらここがこの街最大の繁華街らしい。

何となく見覚えのある店がいくつもあるところを見ると、結構昔の事を覚えているのかもしれない。

けど、とりあえず、このファーストフード店はなかったよな。

「……どうかした?」

昔を懐かしんで街並みを眺めていると、舞が訝しげに俺を覗きこんでいた。

「あ、いや……」

結構憶えてるもんだなと思って…

と言うつもりだったのだが、後ろから聞こえてきた突然の声にせき止められる。

「そこの人っ!」

切羽詰った声に反応して、二人そろって振り返る。

「どいてっ!どいてっ!」

気がつくと、すぐ目の前に女の子が走っていた。

手袋をした手で大事そうに紙袋を抱えた、小柄で背中に羽の生えた女の子だった。

……って羽?

「うぐぅ……どいて〜」

その声を女の子が発した時には既に俺と舞の目の前まで迫って来ていた。

ちなみに、

女の子、舞、俺の並びになるのだが、

反射神経がいいのか舞はあっさり女の子をかわす。

うむ、華麗だ。

とか、考えているうちに女の子は俺の目の前である。

ぼふっ!

避ける間もなくぶつかってくるが、思わずそのまま抱きとめてしまう。

傍目には商店街で人目も気にせず大抱擁と言ったところであろうか。

「……う、うぐぅ」

まともに顔から突っ込んで来た女の子は涙目で俺を見上げた。

見ようによっては感動の再会シーンにも見える。

「………避けなければよかったかも」

何故か舞がちょっと不機嫌な様子を見せて呟く。

ちょっと舞の視線が怖いので目の前の女の子に話しかけることにする。

「だ、大丈夫か?」

ところが女の子は後ろを振り返りなにやら慌てている。

「あ、あ、あ、とりあえず、話はあとっ!!」

女の子は俺の手を突然掴み、そのまま引っ張るように走りだした。

「ちょ、ちょっと待てっ!!」

女の子は俺の制止も聞かずに商店街の人ごみをかきわけるように奥へ奥へと走っていった。

……

気がつけば周りの景色が商店街ではなくなっていた。

辺りは並木道。

木の枝にはたくさんの雪が乗っていていつ落ちてくるか心配になってくる。

ただ、木漏れ日を孕んだ枝の雪は眩しいくらいに綺麗に輝いていた。

もっとも、今の俺にはそんなものを楽しんでいる余裕はない。

「で、いったい何がどうなってるんだ?」

ため息を吐きながら一緒に走ってきた女の子に問いただす。

「……追われてるんだよ……」

勢いとは言え、関係ないものを巻きこんだわけだから女の子は申しわけなさそうな表情で呟いた。

「追われてる?」

「……」

ただ、理由を訊いても答えようとしない。

じっと女の子を観察してみる。

どこか幼さを残した感じの小柄な女の子。

髪の毛は肩くらいまでで頭には赤いカチューシャをしている。

ダッフルコートに身を包んでプラスチックの羽根のついたリュックを背負っている。

で、手には茶色い袋。

こいつが怪しい。

激烈怪しい。

怪しい極まりない。

「……」

「……」

「……その、持っている袋に関係あるのか?」

その俺の質問に身をすくめる少女。

答えてはないが明らかに肯定している。

「……うぐぅ……」

今更ながらその紙袋を隠すような仕草を見せる。

じっと、その袋を見てみる。

女の子は怯える。

袋はあからさまに食べ物が入っているような感じだ。

そして、たちこめる食欲をそそる匂い。

「……で、それは何なんだ?」

「な、何でもないんだよっ」

「……あからさまに何でもありますって感じじゃないか」

「……う……ぐ」

「で、何なんだ?」

「たいやきみたいだよ」

質問に答えたのは目の前の女の子ではなく、別のところから上がった声だった。

「ひどいよ、置いてくなんて〜」

声の上がった方を見てみれば追いかけて走ってきたのか、ちょっと息を切らせた感じの舞が立っていた。

悪い、忘れてた。

まぁ、それより舞の言った答えだ。

「たいやき?」

「うん、追いかけてきてた人がいたのよ、その人たいやき屋さんみたいだったから…」

「たいやき屋、ね」

「うん」

で、舞と二人で女の子を見下ろす。

女の子は俺達二人より背が低いので怯えながら見上げる。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……うぐぅ、仕方なかったんだよ〜」

涙目になって弁解する女の子。

話を聞くと、

▽お腹が減った

▽たいやき屋を見つけた

▽たいやき好き

▽たくさん注文

▽品物貰う

▽お金がないのに気づく

▽逃げる

と言う経緯らしかった。

「……もしかして、お前が一方的に悪いんじゃないか?」

「うぐぅ、ちゃんと後でお金払うもん」

一応の反省の色は見える。

しかし、そのたいやき屋の人はどうしたんだろうか?

その人を見ていた舞に訊くが、

「あ、大丈夫だよ、撒いて来たから」

と億面なく笑顔で言われても困るんですけど。

っていうか、いとも簡単に撒いてくるなよ、さすがは麦畑不思議少女だ。

俺と舞が話をしているうちに女の子はたいやきを袋から出していた。

「えっと、おすそわけ」

そして、おずおずと俺たちにたいやきを勧めて来る。

「……買収か?」

「口止め料ってやつね」

「……うぐぅ、ちゃんと後でお金はらうってば」

しかし、受け取ったら共犯ってことになるんじゃないのか?

「たいやきは焼き立てが美味しいんだよ」

女の子はミトンで器用にたいやきをつかむ。

たいやきの芳ばしい匂いが辺りに立ち込める。

「うん、やっぱそうだよね〜」

舞陥落。

おすそわけのたいやきを既に手にとってかぶりついている。

それを見て安心したのか女の子は今度は俺の方に向かってたいやきを差し出す。

「たいやきは焼き立てが一番だよっ」

先ほどまで申し訳なさそうに涙目だったのはどこへやら、

すっかり笑顔になっている。

結局その笑顔に負ける感じで女の子の手からたいやきを受け取った。

「ところで、たいやきはどっちから食べるの?」

「ボク、頭からだよ、やっぱりそれが正しい『たいやき道』だと思うんだよ」

「うん、あたしも頭からだよ、あ、コレこしあんだね」

「うん、ボクこしあんの方が好きなんだ」

「小倉はだめなの?」

「あずきが邪魔だと思うんだよ」

「なるほどね〜」

舞と女の子はたいやき話で盛りあがっている。

……て、なんだよ『たいやき道』って…

少々頭を抱えながら、既にたいやきを食べ終えた俺は二人のたいやき論を眺めていた。

そして、ふと、

何故かその二人の姿が懐かしいようなものを感じていた。

で、結局、

女の子:3匹

舞:2匹

俺:1匹

のたいやきを腹に収めていた。

つーか、一人で六つも食うつもりだったのかこの子は。

「さて、ご馳走様、そろそろ戻ろうか」

と、舞が腰掛けていた古タイヤから飛び降り俺たちを促す。

「そうだな」

「そうだね」

「……」

「……」

「……」

「……どうした?」

「……?」

「……ココ、どこ?」

「え? 舞知らないのか? ココ」

「うん、この道来たのはじめてだもん」

俺の質問にしれっと答える舞。

もしかして、ぴんちですか?

「お前地元の人間だろうが」

「祐一くん、わかんない?」

「あのなぁ、俺、引っ越してきたばっかりだぞ」

「でも、昔は時々遊びに来てたんでしょ?」

「ブランクが長すぎるって」

「う〜ん」

舞は困ったように右手人差し指を顎に当てて思案顔。

美人は何しても似合うものである。

と、何かに気付いたのか表情を変えて横を向く。

その動きが速かったので横で傍観していた女の子はびっくりするんじゃないかと思ったが、何やら固まった感じでこちらを見ている。

「……」

「……えーっと、道解る?」

「……」

「……舞、なんかこの子固まってるぞ」

「……もしかして、あたしたち遭難した?」

舞なりの冗談なのだろうが、至極真面目な顔で言われるのと状況がシャレになってないので笑えない。

と、しばらく3人で固まっていたが、女の子がゆっくりと口を開く。

「……ゆういち、くん?」

舞が呼んでいるのを訊いてたのだろう、ゆっくりと噛締めるように俺の名を呟く。

「……昔、遊びに来てたって……7年前?」

「え?何でそれを…」

「……それと、まいさんだよね」

「……え?」

「さっきから……どこかで会ったことあるような気がしてたんだよ、二人とも」

女の子は目に涙をうっすら浮かべて小刻みに震えている。

そう、先程俺も同じように懐かしいと感じていた。

まだ要領を得たわけではないが、思うにこの子は以前会ったことがある子だ、

それも、舞と一緒に、だ。

で、反応したのが7年前、

そこまで考えると、舞が何か思い出したらしく、ぽつりと呟いた。

「……あゆ、ちゃん?」

その舞の声を聞いて、俺の記憶もだんだん鮮明になってくる。

泣いている女の子。

雪。

夕焼け。

たいやき。

7年前。

そして…

うぐぅ。

「あゆ……、もしかして、うぐぅなあゆあゆか?」

「うぐぅ〜!! やっぱり祐一君だよ」

呼ばれ方が気に入らなかったのか少し不満気に言葉を返してくる。

7年前、この街で出会った一人の少女。

その名前が確か……。

月宮あゆ。

「あゆちゃんだったんだ〜」

舞は一際驚いたような表情であゆを見ている。

目の前の女の子がその月宮あゆであると確信したらしい。

「うんっ、久しぶりだよねっ!」

あゆは満面の笑みをたたえていた。

懐かしい。

今度は気のせいではなく、

間違いなく懐かしいと言いきれた。

7年前、

この街で出会った少女。

そして、今のこんな風景もいつかどこかであったのだろう。

俺は本日2度目の再会を嬉しく思いながら噛締めていた。

 

つづく


ひとこと

コレの前半がコンセプト。

戻る

inserted by FC2 system