俺は冬の商店街で立っていた。

それだけならまだいいのだが、

困った事に、目の前で女の子が泣いている。

女の子は俺と同じくらいの歳でセーターを着て白い大きなリボンをつけている。

ただ、その顔は涙に濡れていた。

理由はわからない。

俺はいとこの名雪と一緒に商店街に買い物に来て、名雪が買い物に行ってる間、商店街の入り口でただひたすら待っていただけだ。

その時、突然この子が背中にぶつかって来たのだ。

けど、ぶつかったそれが理由で泣いてるわけじゃなかった、

女の子はぶつかる前から目に涙を溜めていたようだ。

俺にぶつかった事が引き金になった感じで泣き出したのだ。

「……う……ぐっ……」

真っ赤になった目を擦りながら、泣きじゃくっている。

買い物帰りだろう、道行く人たちが何事かとこっちを振り返っている。

逃げようか、とも思ったのだが、いつのまにか女の子は俺の上着をしっかりとつかんでいた。

「えぐぅっ……」

なんとか会話を成立させようと先程から話しかけてはいるのだが、涙混じりなため、なかなか言葉にならない。

それでもなんとか名前を訊いてみるが

「……ぁ……ゆ……」

「あゆ、か?」

こくり、と頷く。

とりあえず名前はわかった。

けど涙が止まったわけではない、

「で、名字は?」

「……あ……ゆ……」

「……名前は?」

「……あゆ……」

あゆあゆ?

本当だとしたら凄い名前だ。

俺が混乱して間にも次から次へと涙は止まることなく少女の目から溢れてきていた。

あたりを見渡してみると、人垣が出来ていた。

ひそひそ声まで聞こえてくる始末だ。

やばい

この状況はどう見ても……。

「祐一くん、女の子いじめてる……」

まったく、そうとしか見えないだろうな。

って

「まい?」

「ダメだよ〜、いじめちゃ」

突然横から聞こえた声に振り向くと、複雑そうな顔をしたまいがいた。

今まではまいはあまり人の多い商店街なんかはこなかったのだが、いつだったか俺が半ば強引に連れて行ってからはちょくちょく人前に出るようになった。

そんなわけで商店街をふらふら歩いていたところ泣きじゃくる女の子の前に立っている俺を見つけたのだろう。

「誤解だ、俺は何もしてないぞっ」

「でも……」

「……うっ……えぐぅ……」

女の子は一向に泣き止む様子を見せない。

このままでは埒があかないと思った俺は場所を変えることにした、何せ、人垣がまだ増えていくのだ。

「と、とりあえず場所を変えよう」

まだ泣きじゃくる女の子の手をつかんで人垣をかきわけ走り出す。

女の子も泣きながらではあるが一生懸命ついて来てくれた。

「あ、置いてかないでよ〜」

と、3人で人の少ないところまで走ってきたわけだが、

女の子二人連れてそんなに走れるわけではないので通り一つ向こうに行っただけだ。

「……お母さん……うぐっ」

そして、あゆあゆとやらはまだ泣き続けている。

「で、どうしたの?」

まいが俺に訊いて来る、

実際のところ訊きたいのは俺の方なのだが……。

「……よくわからん、とりあえず俺がいじめたわけじゃないのは確かだ」

言えるところでこんなところ。

説得力うんぬんは考えたくない。

しばらくまいと二人で頭を抱えた後、なんとか二人で泣き続ける女の子をなだめた。

本当にいいタイミングで彼女が来てくれたものだ。

しかし、女の子は泣き止んだはいいがその後ずっと黙ったままだった。

ただじっと、上目遣いで俺たちの顔を見つめていた。

「もしかして、俺がジャッキー・チェンに似てるからびっくりしてるのか?」

「……似てないよ、祐一くん」

呆れたような声でツッコムまい。

「……」

黙ってまいの突っ込みに賛同して頷く女の子。

「…俺、そろそろ帰るから」

ちょっと寂しくなってその場を去ろうとする、が。

く〜。

「……」

「……」

「……」

二人を交互に見ると、女の子は俯き、まいはふるふると首を振った。

「……もしかして、腹へってるのか?」

俯く女の子に訊いてみるが、返事は小さく鳴るお腹の音だった。

「ほら、そういうときは素直に言う」

「……うん」

蚊の鳴くような小さな声でなんとか返事をする。

それを聞き俺は自分でも人がいいと思いながらまいと女の子を待たせて食べ物を買いに行くことにした。

結局、俺は女の子のリクエストでたいやきを3匹買って来たわけだが。

今、3人でたいやきを頬張っているところ。

「たいやきは焼き立てが一番だよっ」

なかなか食べようとしないでたいやきを見つめていた女の子にまいがそうやって促して、女の子もようやくたいやきを食べ始めた。

「どうだ?うまいだろ?」

「……しょっぱい」

「それは涙の味だ」

「……でも、おいしい」

そして、ようやく少しだけ女の子が笑ったような気がした。

でもって、まいは物も言わずに、たいやきを口いっぱいに頬張っていた。

 


でも、やっぱりまいがすき☆


 

「あゆ……、もしかして、うぐぅなあゆあゆか?」

「うぐぅ〜!!やっぱり祐一君だよ」

「あゆちゃんだったんだ〜」

「うんっ、久しぶりだよねっ!」

「改めまして、川澄舞です、あゆあゆ♪」

「こちらこそ、月宮あゆです、ってあゆあゆじゃないよっ!」

懐かしい不意の再会を立て続けに2つ。

そしてどちらも可愛い女の子である。

俺の運命に乾杯。

そして、俺の人生に万歳。

そんなアホなことをしみじみ考えていると、

「お帰り、祐一君っ」

突如、雪を蹴って、両手を伸ばすあゆ。

要するに再会を嬉しく思ったあゆが喜びを体で表して抱きついて来たのだ。

が、

突然のことで思わず避けてしまう。

「え!?」

べちっ

不運な事に、俺のすぐ後ろには立派な木があった。

当然、俺に飛びつくつもりで飛び出したあゆはその木にぶつかる。

しかも、顔から行った。

そして、あゆはしばらく動きを見せない。

「……大丈夫か、あゆ」

さすがに悪いと感じて声をかけるが返事がない。

「祐一くん、ひど〜い」

まったくだ。

しかし、俺を責めている舞もさっきの驚いた表情から一転、笑いをこらえている。

お前も結構ひどいよ。

二人であゆを見てみるが動く気配はまだない。

風に揺れるリュックの羽がそこはかとなくもの悲しい雰囲気をかもし出していた。

「……」

「……ねぇ、動かないよ」

「……」

「……」

「……ヤバい?」

「……かも」

ちょっとだけ青くなりながら俺たちは顔を見合わせると、

「……惜しい人を亡くした」

俺は目頭に親指と人差し指を当てて天を仰ぎ見た。

「……あゆちゃん、あゆちゃんのことは忘れないよ……ぐしゅ……」

舞は隣で俯き、早速あゆを思い出に変えてしまおうとしていた。

「死んでないよっ!!」

いつの間に復活したのか、あゆが目に涙をためながら怒っていた。

鼻からぶつかったのが解るくらい赤くなっている。

「おお、暗い夜道に役に立ちそうだな」

「立たないよっ!!」

「前から思ってたんだけど、あの歌フォローになってないよね」

「トナカイはいいからっ!!」

「まぁ、無事で何よりだな、あゆ」

「無事じゃないよぉ〜」

明らかに俺たち二人に振りまわされるあゆ。

ちょっとだけ可哀相になってきた。

「だいたい避けないでよ〜」

「いや、だって、突然飛びかかってくるもんだから」

「飛びかかったんじゃないよっ!!」

「じゃ、なんだ?」

「感動の再会シーンだよっ!」

俺があゆと言い争っていると、横にいた舞が俺の服の裾を引っ張ってくる。

「……どうし……うわっ!!」

「お帰りっ、祐一くんっ!!」

舞の方を向いた途端、舞は先程のあゆと同じように両手を広げて飛びかかってきた。

あゆと違うところは舞があゆに比べて体が大きいのと運動神経のいいところだろう、

俺の逃げる間を与えてはくれなかった。

ばふっ!

見事に抱きついてくる。

突然の事で慌てるが、舞はスタイルがいい、

胸が当たってちょっと気持ちいいかな、などと考えていると。

ごちっ!!

舞がいい勢いで飛びついたため、俺はバランスを保てずそのまま後ろのあゆにぶつかる。

「う、うぐぅっ〜?」

そして、3人まとめてそのまま先程あゆがぶつかった木に飛び込んで行った。

ベちっ!!

位置関係は

木、あゆ、俺、舞

である。

被害状況としてはあゆが1番酷いはず。

慣性の法則に従いそのままの勢いで俺たち3人はその場に転がりこむことになった。

その時、

どさっ……。

木の枝から雪が落ちる音が辺りにひびいた。

様子から俺たちがぶつかった木から雪が落ちたのだろうと思われる。

「……コレでギャグマンガなら俺に雪が降りかかるんだろうけどな……」

ぽつりと呟く。

ちなみにあゆは俺の下で潰れていて、舞はまだ俺に抱きついている。

どさっ……どさっ……

さらに多くの雪が落ちる音がする。

残念ながらまた俺にかかったわけではなかった。

「……きゃっ」

しかし、その雪が落ちたと思われる辺りから、女の子の小さな悲鳴が聞こえた、ような気がした。

起きあがってみると、舞もその悲鳴が聞こえたのか立ちあがって辺りの様子を窺っていた。

二人で声のした方を探してみると、

ぶつかった木の反対側に誰かが座りこんでいた。

「……」

様々な荷物の散乱した雪の上に、微動だにせず、ただ視線を地面に注ぐ女の子。

肩までない短い髪、どこか幼さを残した顔で、この季節には寒そうな服装の上にストールを羽織った少女だ。

印象は一言、儚げ、だ。

「……」

何が起こったのかわからない、といった感じで、頭にのった雪を払うこともなく目をしばたたかせる。

「……大丈夫か?」

「え……あ……」

女の子は混乱しているのだろう、声が言葉をなしていなかった。

隣に立っている舞を見ると上を見上げていた、その視線を追うとちょうど女の子の真上だけ、枝に雪が積もっていなかった。

「さっきの衝撃で雪が崩れたみたいね」

「誰のせいだ、誰の」

「……あたしが悪いみたいな言い方じゃない」

「事実だろ?」

「祐一くんがちゃんと抱きとめてくれないからだよ」

「突然タックルかまして何言ってやがる」

「タックルって……感動の再会シーンに何てこと言うのよ〜」

「お前までそんな事言うのかっ!?」

「だって〜、あゆちゃんがやってるの見てうらやましくなったんだもん」

不満気に眉をよせて文句を言う舞。

だだっ子にしか見えない、

あんた仮にも年上でしょうが……。

「ずるいよ、舞さんっ!」

気がつくと、何時の間にか復活していたあゆが頭を押さえながら文句をいいながらこちらに寄って来ていた。

「あゆちゃん、大丈夫?」

「ずるいよ、舞さん、ボクは感動の再会シーン失敗したのに〜」

怒る場所が間違ってるような気もしないでもないのだが、女の子二人の会話は続いている。

「……」

そっちは放っといて、座りこんでいる女の子に目をやると、俺たちのやり取りをまったく同じ体勢でぽかんと見つめていた。

「……大丈夫か?」

「……」

肩からずれ落ちたストールを羽織り直すこともなく、雪上に散乱した荷物を拾い上げることもなく、俺たちを見つめる。

雪の上でもなお映える白い肌が印象的な、小柄な女の子だった。

「立てるか?」

いつまでも座っているとさすがに冷えるだろうと思い立つように促してみる。

「……あ、はい」

少女はようやく我に返ったように返事を返す。

が、返事を返しただけで立ちあがろうとしない。

単に呆けているのか、警戒しているか計ることは出来ない。

「こいつらはどうだか知らんけど、少なくとも俺は怪しいものじゃない」

「ひどい〜、あたし怪しくないよ〜」

「ボクだって、善良な一般市民だよ」

俺のセリフを聞いていたのか、二人はいつしか話を止めて俺の横に並んでいた。

「……善良な一般市民は食い逃げなんてしないぞ」

「……くい、にげ?」

俺の言葉を聞き、女の子は警戒心を強めたような感じだ。

「……あ、あれはたまたま……」

「うん、ちゃんとお金はらうって言ってるんだし」

「うん、ちゃんと払うよ」

「うん、おいしかったしね」

「うん」

舞さんしっかり買収されてます。

「そして、電波を受信したりもしない」

「してないっ!」

「でんぱ?」

あゆには高度なギャグだったらしい。

「……」

女の子は複雑な表情でこちらを見ていた。

「とりあえず、拾うの手伝うよ」

そんなバカなことを話してはいたが、あゆと舞は飛び散っている女の子の荷物を拾おうとした。

「あ!」

突然、驚いたような少女の声、あゆと舞は何事かと手を止めた。

「……どうかした?」

「あ、いえ、何でもないです」

女の子は早口に白い息を吐いて、今思い出したかのように、自分の頭や肩に積もった雪を払い落とす。

「自分で、拾いますから…」

そう言って、そそくさと女の子は荷物を片付ける。

ひとつひとつ確認するように拾い上げながら、少女は立ちあがる。

周りに落ちている物がないか確認して、改めてストールを羽織りなおす。

「……ちょっと寒いです」

少女は悲しそうに表情を曇らせる。

「そらそうだろ」

長い時間、雪の上に座りこんでいたんだ、アレで寒くない方がどうかしている。

「でも、ずいぶんとたくさんの買い物だね」

「私、あまり外に出ないので、時々まとめ買いするんです…」

「ふぅん、そうなんだ」

「金払ってるんだから、全然問題無いよな」

「……祐一君の台詞を聞いていると、ボクが悪人みたいだよぉ」

ストールの少女と話しているあゆに突っ込みを入れると、予想通りの文句をぶつけてきた。

「事実だろ?」

「ボクはいい子だよっ!」

「いい子は食い逃げなんかしないぞ」

「う、うぐぅ……」

「……」

ストールの少女は二人のやり取りを見ている。

「あはははっ!」

突然舞が笑い出す。

「どうしたんだよ、急に」

「いや、ほら、祐一くん、ぜんぜん変わってないなって思って」

嬉しそうに舞は笑いながら俺たちを見ていた。

「うん、昔からからかわれてばっかりだよ……」

あゆもそれに賛同している。

それを見ていた少女は複雑そうな顔をして3人を見比べていた。

おそらくは俺たちの関係を測りかねているのだろう。

「……なんて言うか、今日7年ぶりに再会した3人なんだ」

とりあえず、少女に状況説明。

「は〜、ドラマみたいですね…」

確かに、話としては出来過ぎているが、少女はそれを羨ましそうな目で眺めている。

何となくだが、先程から表情の中に寂しげな物がうかがえるような気がする。

「運命だよね」

「うんめい、ですか」

あゆの言葉に少女が噛締めるように言葉を返す。

「感動の再会シーンに失敗したけどね」

「うぅ、舞さんひどいよ……」

しばらく見ない内に結構いいキャラに育ったじゃないか、舞。

「あたしは成功したから、その運命はあたしの物」

「ずるいよ、舞さん……」

おそらくはこの二人も7年ぶりだと思うのだが、そんなブランクなど関係ないような仲の良さである。

「ねぇねぇ、キミって何年生?」

そちらの話に一段落着いたのか、あゆはストールの女の子に話を振った。

「えっと、高校1年です」

それより小さく見えるんですが……と思ったのは心の奥にしまっておこう。

「ということは、ボクの一つ下だね」

「「え!?」」

俺は驚きのあまり声を上げる、あゆはもう少し下かと…

って、今、声重ならなかったか?

「……祐一君も、舞さんも、何を驚いてるのかな?」

どことなく怒ったような笑顔で問い詰めてくる。

なるほど、舞も同じ考えか……。

「ううん、別にあゆあゆがもうちょっと幼く見えるなんて思ってないよ」

「ああ、あゆあゆは高校生に見えないなんてこれっぽっちも思ってないからな」

「うぐぅ〜、二人ともボクのことバカにしてるっ!!」

それを見ていたストールの少女は俯いて肩を振るわせている、どうも笑いをこらえているようだ。

などと、しばらくストールの少女を交えてバカみたいな雑談をしていたが、いつしか日が傾いていた。

「……もうすぐ、日が暮れますね」

そう、呟いたのはストールの少女。

冬の日は落ちるのが早いので、日没はすぐ来てしまうだろう。

「……そろそろ、帰らないとな」

「……そうですね」

「そーだね」

「うん、そうだね」

俺たち3人はそのストールの少女に別れを告げて帰ろうとする。

「本当に怪我とかしてないか?」

「はい、大丈夫です」

「ごめんね」

「はい、平気ですから」

「じゃぁね」

「はい」

手を振って、女の子に背中を向けて歩き出そうとする。

「……あの」

女の子が背中から呼びとめてくる。

「ん?」

「あ、いえ、何でも、ないです」

しばらくの沈黙があって、少女は呟いた。

「……えと、じゃあ、本当に帰るけど」

「……はい、さようなら」

そんなわけで、彼女が何か言いたそうだったが、舞とあゆを促し帰途につくことにした。

だがしかし、ここでようやく重要な事を思い出す。

舞もあゆも思い出したらしく、3人同時に振り返る。

「「「ちょっと、待って」」」

「……はい?」

こちらも帰ろうとしていた少女が驚いたように慌てて振り向く。

「あのさ一つ訊ねたいんだけど」

「……はい」

俺たちの表情が真剣だったのだろう、女の子は息を呑んで答えた。

「「「商店街ってどっち?」」」

「……え?」

なんつーか、3人息ぴったり。

……

俺たちは半ば呆れたような表情を最後に見せてくれた少女に道を教わりなんとか商店街に帰ってきた。

おそらくは少女の中で俺たちは道に迷ったトリオ・ザ・漫才で記憶されていることだろう。

不名誉な……。

「今日は、すっかり大冒険だったね」

夕日に当てられ、すっかり赤く染まったあゆがにこやかに口を開く。

俺も楽しかったし嬉しかったのだが、からかいがいのあるあゆを目の前にすると、どうしても口を出る言葉は決まってくる。

「誰のせいだ、誰の」

「あゆちゃん」

そして、間髪入れず舞が答える、こちらも表情は楽しそうだ。

「……うぐ……」

そして、しばらく笑った後で、あゆが口を開く。

「でも、今日は本当に嬉しかったよ、まさかあの祐一君と舞さんに会えるとは思わなかったよ」

「俺だって驚いたよ」

「うん、あの子じゃないけど、ドラマみたいだよね」

昔もこんな風に楽しかったのあろうか、そんな思いがわいてきていた。

「また、会おうね」

夕焼けに赤く染まりがら、あゆが微笑む。

「うん」

「そうだな」

「約束、だよ」

「ああ」

「そうだ、昔みたいに指切りしようよっ」

昔みたいに、昔もこんな感じでまた会う約束をして、指切りをしたようだ。

悔しい事にその記憶ははっきりしない。

けど、指切りをするのを断る理由ではない。

「そうだな」

あゆは手袋を外し、ゆっくりと指切りをする。

「舞さんもっ」

「うん」

俺たち二人と指切りをして満足気な表情を浮かべたあゆは別れを告げて商店街の奥に霞んで行った。

途中、小さな体を精一杯伸ばして、手を振りながら。

「……って、いつどこで会うんだろう…か…」

あゆが見えなくなってから、あゆの連絡先を知らないことに気が付きぽつりと呟いた。

「……ここじゃない?」

「なるほど」

あゆの出現場所は確か7年前も商店街だった。

この辺りをふらふらしていればまた会えるような気がする。

「あゆちゃん、明るくなったね」

「そうだな、でもそれを言うなら舞だってそうじゃないか?」

昔のかすかな記憶を引っ張り出すと、あゆは泣いていたような、

舞はどこか寂しげな表情を浮かべていたような気がする。

「……それは、祐一くんのおかげだよ……たぶん、あゆちゃんも」

かすかに微笑みながら目を細めて商店街の奥を見つめて舞は呟いた。

「……俺が何かしたって記憶はないんだが……」

記憶の中では俺はただ、二人と知り合って友達になっただけだ。

子供なら良くある話だ。

「……自分じゃわからない事なんてよくあるもんだよ」

何かを思い出すように舞は言葉を続けた。

「ただ、少なくとも今のあたしがあるのは祐一くんのおかげだよ」

舞の話は酷く照れくさかったが、至極真剣に言うので茶化す気にもなれず、静かに舞の話を聞いていた。

「しかし、あゆちゃん、か……」

一通り今日のことを振り返った後、舞は何かを考え込むように口をつぐんだ。

しばらくのそんな表情の舞に、俺は話しかけ辛くもあり、見とれてもいたのでそのまま無言で商店街を歩いた。

そして、商店街の端に辿りつくとようやく舞が口を開いた。

「……さて、じゃあ、あたしこっちだから」

そう言って分かれている一つの道を指す。

俺の向かう方向とは別方向だ。

「ああ、じゃあ、また学校でな」

俺がそう言うと人差し指を口元に持って行って何やら考えているような顔になる。

この口元に指を持って行くポーズは何度か見たような気がするが癖なのだろうか。

見た目、舞は美人だが、このポーズをすると非常に可愛らしく見える。

「……指切りしようか」

舞の姿を眺めながら考え事をしていたので、一瞬舞が何を言っているのか解らなかった。

「また会おうね、って」

「あ、ああ」

要するにさっきのあゆと同じことだ。

当然断る理由など欠片もない。

夕焼けで赤く染まった商店街で、二人はゆっくりと指を絡める。

柄にもなく、俺は胸が高鳴るのを感じていた。

気持ち名残惜しそうに指を放して別れを告げるが、やはり舞は何か考えているような表情をしていた。

「……どうかしたのか?」

「え?」

帰ろうと歩を進めかけていたが、俺の声に弾かれて驚いたように振り向く。

「何か、考えこんでるみたいだけど……俺、何かしたか?」

もしかしたら俺が何か知らないうちに困らせているのではないかとも思ったが、舞はそれを聞いて首を振った。

「……さっきの……」

「え?」

「さっきの女の子なんだけど……」

舞は俺から視線を逸らしながら、というよりは考えをまとめるように視線をさまよわせながらぽつぽつと言葉を繋げた。

「ストールの女の子なんだけど、なんか、悲しそうじゃなかった?」

ストールの女の子。

先程の商店街までの道を教えてくれた子だ。

確かに、俺も彼女がどことなく寂しげな感じだと思った。

どうやら舞も似たようなものを感じていたらしい。

「……ああ、何か、悩みでもあったのかな?」

「……」

舞はじっくりと、何かを考えていた、表情は真剣そのものだ。

そして、目を伏せながら、意を決したように一言呟いた。

「……昔の、あたしみたいな表情だったような気がするの……」

「え?」

「あ、ごめんね、変な事言って……じゃあ、また学校でね」

「あ、舞っ」

俺の声が聞こえていたのかいないのか、

そのまま舞は足早に去って行ってしまった。

「……昔の、舞、か……」

残された俺は舞の言葉を思い返してしばらくその場に突っ立っていた。

昔の舞。

不思議な力を持っていた。

そしてそれが理由で前の街から出なくてはならなくなり、

あまり人と関わろうとしなかった。

俺と出会ったときは悲しげな、寂しげな表情で、一人で遊んでいた。

いつも、一人で。

そんな少女だった。

あのストールの女の子がそのままそれに当てはまるわけではないだろうが、少なくとも何かしら共感する所があったのだろう。

とはいえ、俺がここで頭を悩ませていても仕方のない事である。

あのストールの少女が何者かは知らないのだから。

とりあえずは、明日も学校で舞に会えるといいな、と、そう思い帰途についた。

「ただいまー」

家に着いた時には、もうあたりは薄暗かった。

「お帰り、祐一」

リビングでは既に帰って来ていた名雪がくつろいでいた。

「お帰りなさい、祐一さん」

キッチンから秋子さんも顔をだして出迎えてくれる。

そして、ソファーに寝そべっていた水瀬家を寝床にしているキツネも飛びついてきた。

「ただいま帰りました、秋子さん。キツネも、ただいま」

「祐一、キツネって酷いよ、その子は『マコト』って名前があるんだよ」

「……そうだっけ?」

そう言ってキツネを見るが嬉しそうに祐一の腕の中で擦り寄ってくる。

「祐一極悪だよ、だいたい、祐一がその名前つけたんじゃない」

そう言えば、そうだ。

確か、このキツネを秋子さんがここに置くと言ったときだ。

雌だったので可愛い名前を付けてあげようということになったんだ。

それで、俺が付けた名前が、

「マコト、だったな」

何故この名前を付けたのかというと……まぁ、それはなんと言うか……。

「うん、祐一の憧れのお姉さんの名前なんだよねっ」

「何で知ってんだっ!?」

名雪の爆弾発言、少なくとも名雪にそれを話した記憶はない。

と言うか、恥ずかしくて話せる内容じゃない。

「叔母さんに聞いたの」

悪びれる事もなくさらりと言ってのける、当然名雪は悪いことだなどと欠片も思っちゃいないだろう。

名雪の言う叔母さん、つまり俺の母親のことだ。

確かに、母さんには漏らしたかも知れない、だからって普通同い年のいとこに言うか?

おのれ、俺の中で母親の威厳は3ポイント下がったぞ、今。

「祐一、ご飯だよ」

俺の中の怒りに気付いてないような様子でのんきに夕食の準備を整えていた。

その声でマコトもキッチンに跳んで行く。

その後秋子さんの美味しい料理を平らげた後、部屋に戻って休むことにした。

今日はいろいろあって疲れたし、明日も学校だ。

まだ、10時半だが名雪はもうとっくに眠っている。

アレで朝遅いのだから逆に感心する。

どうせ、明日も名雪の目覚ましに起こされるのだろうと思いながら、

今日あった再会を噛締めながら、

そして、別れ際の舞の言葉を心の隅に引っ掛けながら、

ゆっくりと眠りに落ちて行った。

 

つづく


ひとこと

あゆはほぼ原作通り。

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