「……おいしい」

そう呟いた女の子。

やっと、少しだけ、笑ったような気がした。

「それで、なんで泣いてたんだ?」

少し表情がはれたので、疑問に思っていたことをぶつけてみた、が、明らかに表情が曇った。

ごちっ

右のわき腹に軽い痛みが走る。

左にいるのがこの女の子で、右にいるのはまいだった。

まいの方を見るとあからさまに非難している表情を見せる。

それで俺も自分の失言に気づく。

「……と、思ったけど、まぁ、いいや」

「……」

女の子は一瞬俺を見上げたが、また残ったたいやきにかぶりついた。

とりあえず、泣き止んだのだから良しとしなくては。

まいもまた納得したのか、またたいやきを頬張った。

……

「ごちそうさま」

3人とも、たいやきを食べ終える、

今更だが何故まいにまで奢ったのだろうか?

よく考えればまいにまで奢る必要性はこれっぽっちもなかったのでは?

まぁ、済んでしまったことをがたがた言ってもしょうがないのだが…

あとで請求しようか?

「……今、祐一くん酷い事考えなかった?」

俺の表情を窺っていたまいがぽつりと呟く。

「お前、エスパーか」

「だいたいそんなところだよ」

そういえばそうだった、不思議な力を持っていたんだっけ、

すっかり忘れていた。

一緒に遊んでいるうちに、いつしかそんな事どうでもいいことになっていたんだな。

ふと、まいの表情を窺えば、どことなく嬉しそうな表情を浮かべていた。

何故嬉しそうなのか、俺にはわからなかったが、照れくさくなってその場を離れようとした。

「じゃあ、俺はそろそろ帰るから」

っていうか、名雪を放ったらかしなのでちょっと不安なのだ。

少し小走りに元の場所へ戻ろうとしたのだが、

あゆあゆは俺の服を掴んでいた。

「……どうした?」

「……」

「……」

「……」

「……放してくれないと歩けないんだけど」

「……また、たいやき食べたい」

「そんなに気に入ったのか?」

「……うん」

「じゃあ、また一緒に食うか?」

「……うん」

「それなら、明日の同じ時間に、駅前のベンチで待ってるから」

「……約束」

「ああ、約束だ」

「……ゆびきり」

「ゆびきりなんてしなくても。ちゃんと来るから」

「……うぐぅ、ゆびきり……」

「……まぁ、いいけど……」

俺たちはゆっくりと小指を絡めてゆびきりをする。

「むー」

俺とあゆあゆのやりとりを見ていたまいが突然不満気な声を出す。

「どうした?」

「あたし、放ったらかし?」

「……」

「……」

「……よし、まいも約束だ」

「ゆびきり」

「……あのなぁ……」

「うぐぅ、ゆびきり……」

「あゆあゆの真似しなくてもいいだろっ!」

「……あゆあゆじゃないもん……」

今度は横で聞いていたあゆあゆが不満気。

なんだかんだありながら、結局俺とまいもゆびきりを済ませる。

「じゃあ、あゆあゆちゃんも約束ね」

最後にまいがそう言ってあゆあゆとゆびきりをしている。

何となく、微笑ましい光景を見ながら、俺はそろそろ帰ろうたした、が。

「ゆういち〜!」

商店街の奥から見覚えのある三つ編みの少女が走ってきていた。

手には買い物袋。

いとこの名雪である。

ようやく俺たちの前に辿りついた名雪は、乱れた息を整えると開口一番俺に文句を飛ばしてきた。

「ひどいよ、祐一、商店街の入り口で待ってるって言ったのに、わたし探したんだよ」

「悪い、ちょっとした事件に巻き込まれてさ」

「そんなことより、そろそろ帰らないと日が暮れるよ……って、あれ?」

少し怒った調子でまくしたてていた名雪もようやく周りの状況に気がついたようだ。

「えーっと、こっちがまいまいであれがあゆあゆ、でもって、これがなゆなゆだ」

「まいまいじゃないよっ!」

「……あゆあゆじゃないもん」

「なゆなゆってかわいい〜」

三者三様の反応というのか、この後俺たちはそれぞれの家に帰っていったのだが。

帰り際にまいが、

「祐一くん、たいやきごちそうさまっ」

などと捨て台詞を残した為、後で名雪に何か奢るという約束を取りつけられてしまった。

 


でも、やっぱりまいがすき☆


 

「イチゴジャムおいしいよ〜」

と言う名雪の間延びした声が朝の水瀬家のキッチンに響く。

うんざりするほどのイチゴジャムをパンにのせ、幸せそうにかぶりついている。

名雪はイチゴ関連が大好きなようだ。

本人曰く、

「イチゴジャムならご飯3杯は食べられる」

だそうだ。

やってみろコノヤロウ。

とか思ったが、口に出したら本当に平気でやりそうなので黙っておくことにする。

大人だな、俺は。

ちなみに秋子さんはにこにこと一緒に朝食を、マコトは俺の膝の上であくびをしていた。

それも数分のこと、俺たちは学生というしがない身分なので学校に向かわなくてはならない。

食事のペースが遅い名雪を心持ち急かして、食べ終わりを確認すると慌ただしく玄関へ促し学校に向かった。

「時間は?」

「えっと……歩いて間に合うよ」

「そうか」

それを聞き、安心して二人でゆっくり、雪の通学路を学校に向かい歩いていった。

「そういえば、祐一、部活入らないの?」

今日はゆっくり登校できるので辺りの景色を見て通学路を憶えようとしていたところ、名雪が話しかけて来た。

「……突然だな」

「祐一、前の学校では何の部活入ってたの?」

「極真流帰宅部」

「わ、何か凄そうだよ」

「凄いぞ、真の帰宅の道を極めようとする部活だ、しかもフルコンタクトだぞ」

「……祐一って、凄かったんだ…」

「……名雪、騙されてるわよ…」

「おぅ、香里、おはよう」

「おはよう相沢くん、二人っていつもこの調子なの?」

「まぁ、だいたいな」

くだらない話で盛り上がってるうちにもう学校は目の前だった、

いつしか傍にいた香里は俺たちの話を聞いていたのらしく、呆れたようなツッコミで会話に参加してきていた。

確かに俺でもコレは突っ込むだろう。

しかし、それ以上に名雪のボケっぷりは見事過ぎて気持ちがいい。

「え? 騙されてるの? わたし」

「……」

「……」

「……名雪ってどこまで本気だと思う?」

「……全部本気だと思うわよ」

「え? え?」

「……教室行こうか」

「……そうね」

「え? え? え?」

余裕があるのでのんびりと教室に向かった俺たちは、そのまま担任がくるまで雑談に興じていた。

「知ってるか? アブドーラ・ザ・ブッチャーまだ現役らしいぞ」

「マジかっ!?」

という会話が教室の中で聞こえるところを見るとこの街はかなり平和そうである。

そうこうしているうちに担任が教室に入って来て、HRが始まる。

しかし、HRが終わるころ俺は重要なことに気がついた。

「……教科書持ってねぇ」

転校したてでまだ教科書にありついてないのだ。

その時、その俺の呟きを聞きつけたのか後ろの席の男が背中をつついてきた。

「よ、教科書見るか?」

「……いいのか?」

「ああ、オレはなんとかなるからな」

「すまないな」

そのあと、その後ろのやつとしばらく雑談をする。

名前は北川というらしい、折角だから憶えておくことにしよう。

「そういえば、気になってたんだが……」

「なんだ、相沢?」

「普通転校生って一番後ろの席じゃねぇか?なんでこうなってるんだ?」

「ああ、まぁ、それは……」

俺の質問に北川はちょっと慌てたように視線を漂わせる、が、その視線が香里の方を向くのを俺は見逃さなかった。

「……ほほぅ」

ちょっと、えらそうに含み笑いで北川を見下してみる。

「いや、違うぞ、相沢」

俺が気付いたのに気付いたのだろう、あからさまに動揺している。

なるほど、俺を前に入れれば香里と隣になれるという訳か、

なかなか健気ではないか、北川君や。

俺は笑顔で、

そして無言で北川の肩を叩いてやる。

「いや、あのな、相沢……」

北川が一生懸命弁解しようとしているのだろう、それにはあえて耳を貸さず、目の前に親指を立てて見せる。

しかも、俺のいい笑顔付きだ。

「頑張れ、俺は応援するぜコノヤロウ」

「なぁ、ちょっと、相沢君? 聞いてくれませんか?」

「何やってるんだ、北川、授業が始まっちまうぞ」

「いや、おい、聞けよ」

「そして、何事もなく授業が始まったのだった……」

「オレを無視して話進めるなよっ」

と、じゃれあってるところで本当に教師が入って来て授業が始まった。

授業中。

退屈とはいえ騒ぐわけにもいかないので大人しく授業を受けるが、前の学校と進度が違うので何をやっているかわからない。

事態はかなり深刻だ。

コレはちょっと真面目に勉強した方がいいな、とか考えていたところで、後ろからつつかれる。

「なんだ北川今更弁解は見苦しいぞ」

「そうじゃねぇよ、窓の外見てみろよ」

「外?」

北川に促された通りに窓の外を眺めて見る。

時間にしては少し暗めの空、雪国特有の低く分厚い雲が空を覆っていた。

「下だ、下」

俺の視線が空を見ていることに気が付いたのだろう、北川は窓の外、中庭らしき場所をシャーペンの先でさした。

そこは一面真新しい雪に覆われた真っ白の場所。

その中にただ一つ色の違った物があった。

よく見ればそれは一人の少女、手を胸元でそろえてほとんど身動きひとつせずに、じっと雪を見つめ、ただぽつんと立ち尽くしていた。

「あの子、さっきからずっとあの場所にいるんだ」

「……制服、じゃないな」

「誰かに会いに来たとかかな?」

「そんなところだろ、ま、俺じゃないことは確かだ」

結局、外野がいくら議論を重ねても答えはでないので、俺たちは視線を窓から外し再び授業に集中した。

途中、横を見ると名雪が幸せそうに寝息をたてていた。

そこから視線を外し後ろ、香里の方を見てみると、

『いつものことよ』

と、いう感じの視線と身振りを見せてくれた。

そうして、たんたんと授業は進んで行き、もうすぐ本日の授業がすべて終わろうとしていた。

ビバ、土曜日。

そこで、ふと先ほどの窓の外の少女のことが気にかかり外を覗いて見たのだが、

少女は変わることなく同じ場所で佇んでいた。

本日最後の授業の後半、俺は最早内容など聞かずに外の少女のことを見ていた。

放っておいても時間は進むものである、考え事をしているうちに授業の終了を知らせるチャイムが鳴った。

その音に反応したのか少女は校舎を見上げるように俯いていた顔を前に上げた。

「……あれは」

見覚えのある少女だった。

雪のような肌をした、儚げな雰囲気の漂う一人の少女。

俺ははっきりした理由も思いつかないまま、教師が授業の終わりを宣言した途端席を立って走り出した。

「おい、まだHRが残ってるぞ!」

その俺の姿を見て北川が声をかけてくるが、とりあえず無視だ。

俺は人のいない廊下を走り抜け、階段を危険な大技『奥義三段抜かし−下り−』で一気に駆け抜ける。

辿りついたのは昨日の帰りに迷って辿りついた大きな鉄の扉である。

重い音をたてながらその扉を開けるとあたりは一面の雪景色。

先ほどちらほらと窓から雪が降っていたためか一番上の雪はまだ柔らかい。

寒さが肌に染み入るが、俺は記憶をと勘をたよりに自分の教室から見ていた場所へ向かった。

しばらく歩いていると、俺の勘が当たったのか真っ白な雪の中に少女が立っていた。

本当にずっとここに立っていたのだろう、頭に雪を降り積もらせて、

「……あ」

昨日と同じストールを羽織って。穏やかに微笑みながら小さく声をあげる。

間違いなく、昨日出会った少女だ。

「どうしたんですか、こんなところで?」

昨日の印象とはちょっと違って明るく話しかけてくる。

「中庭に生徒以外の人間が入りこんでいるから、見に来たんだ」

「そうなんですか、ごくろうさまです、でもちょっと違いますよ」

「何がだ?」

「生徒以外じゃないです」

たおやかに表情を綻ばせ、胸を張って答える。

「だって、私はこの学校の生徒ですから」

「じゃあ、なんでこんなところに私服でいるんだ?」

俗にそれをサボリと言う。

だが、この少女が不良という感じは見受けられない。

「私、ここのところ体調を崩してまして、それでずっと学校をお休みしてたんです」

ちょっとだけ、少女の顔に影がかかった様子で、呟く。

「昔からあんまり体が丈夫な方でもなかったんですけど、最近、特に体調が優れなくて……」

なるほど、昨日からの儚げな印象はこういう理由だったのだろうが、

「……だったら家で大人しくしてるべきだと思うぞ」

「……あはは、そうですね」

少し引きつった笑顔で答える少女。

「もしかして、抜け出してきたとか?」

「……」

「ひょっとして、昨日もそうか?」

「……えっと……」

「はぁ、まぁ、気をつけろよ、折角治りかけてたんじゃないのか?これでぶり返したらバカだぞ」

「あはは、どうもありがとうございます」

まったくいい度胸だよ、この子は。

昨日は学校休んで買い物で、今日は学校休んで学校へ来てるし。

「いったい何の病気なんだ?」

見る限り元気に歩き回っていてどこも悪そうに見えないので、疑問に思い深く考えもせずに質問をぶつけてみた。

「……えっと……」

少女はちょっと困ったように伏し目がちになり申し訳なさそうに言葉を繋げる。

「……たいした病気じゃないんですが……」

まずいことを言ってしまった、と今更後悔しても始まらない、とりあえず女の子を止めようとしたのだが。

「風邪です」

「「普通ーーーーっ!!」」

思わず叫んでしまう。

「って、舞!? いつからいたんだ!?」

気が付けば俺の隣で舞が一緒に叫んでいた。

「ええっとね、彼女の『で?』あたりから」

「どこだっ!?」

漠然としてよくわからないが、要するに最初からいたようだ、それならそうで声をかけてくれればいいのに。

「ともあれ、風邪はちゃんと治したほうがいいと思うよ」

「あ、はい……」

なんの違和感もなく会話に混ざってくる舞。

昔は人付き合いが何よりも苦手だった女の子なのに、変われば変わるものだ。

「そう言えば自己紹介がまだだったよね、あたしは川澄舞、三年生だよ」

「あ、私は栞です、美坂栞、ココの一年生です」

舞の人懐っこい笑顔に弾かれてか女の子は自己紹介を始める。

「……美坂?」

その名字に聞き覚えがある俺は、自分の自己紹介を放っておいて思わず呟く。

「はい?」

「祐一くん、どうしたの?」

「あ、いや何でもない、俺は相沢祐一だ、転校してきたばかりだがココの二年生だ」

美坂、俺の記憶が確かなら香里の名字がそうである。

美坂という名字は珍しい方だと思う、ともすればこの子は香里の妹か何かである可能性が非常に高い。

そんなことを俺が考えているうちに、栞という子は舞と二言三言言葉を交わし、何かを考えた後、

「今日は、もう帰ります」

と、笑顔で呟いた。

「お大事にね」

「ああ、気を付けて帰れよ」

「はい、ご迷惑おかけしました」

「気にするな、俺が勝手に来ただけだから」

「またね、美坂さん」

「はい、それでは、あ、それから私のことは栞でいいですから」

「わかった。代わりに俺のことをお兄ちゃんと呼んでいいぞ」

「……そんなこという人嫌いです」

「じゃあ、あたしのことはキャプテンでいいわよ」

「あ、じゃあ、俺は親分だ」

「……あの……」

「「いや、冗談(よ)」」

俺たちの最後のセリフを聞いて、半ば呆れたような表情をしていた栞だが、耐えきれなかったのかひとしきり笑ったあと、微笑んで別れを告げ帰っていった。

「……帰っちゃったね」

「ああ」

「……今日は明るかったね、あの子」

「昨日のは、俺たちの考え過ぎかな?」

「だと、いいんだけどね」

結局、今はこの雪の積もる場所に、俺と舞の二人が立ち尽くすこととなった。

そして、ちょうどHR終了のチャイムが辺りに響いた。

「……戻るか」

「そうだね」

俺たちは自分がつけた足跡を辿りながら、校舎に戻った。

栞と話をしているうちに結構な時間が経っていたのだろう、昇降口の方から下校する生徒たちの喧騒が俺たちが戻ってきた鉄の扉のところまで届いて来た。

「HRサボっちゃった」

「不良だな、舞は」

「祐一くんだってそうでしょ」

「さ、教室戻るか……」

舞と少し雑談を交えながら校舎を歩き教室へ向かったのだが、途中で香里に出会う。

「あ……、相沢君」

「よう、香里、今帰りか?」

「今帰りかじゃないわよ、HRサボってどこ行ってたのよ、石橋怒ってたわよ」

呆れたようにため息まじりに香里が俺を責めてくる。

「石橋?」

「あのね、担任の名前くらい憶えておきなさいよ」

「……よし、憶えた、データ8バイトってところだ」

「本当、相沢君って名雪の言った通りの人ね…」

「お、クールなナイスガイだってか?」

親指を立てながら香里に向かって語り掛けるが、香里は呆れた顔でしれっと答える。

「変な人だって」

おのれ、名雪。

俺の困った顔を見て香里はくすくすと笑い出す。

「相沢君、もう帰りなの?」

「ああ、香里もそうなんだろ?」

「まだよ、1回部室によってから帰るわ」

そう言えば香里の部活ってなんだろう、

ちょっと訊いて見ようかと思ったのだが、先に香里に話をふられる。

「そういえば、相沢君、朝名雪と部活の話してたわよね、どこかに入るの?」

「いや、別にそういうわけではないんだけど……」

「よかったらウチに来ない?歓迎するわよ」

「え? 家族に紹介されるのか、まいったな俺たちはまだそんな仲じゃ……」

「家じゃないわよ!!」

「残念……」

「最後のところだけ名雪にそっくりね……」

最後のところと言うのは『残念……』のことだろう、確かに名雪はこんな感じだ。

「で、どう?部活」

話を逸らしたつもりだったのだが香里はそんなことでは怯まないらしい、さすが名雪の友達だ、あのずれた会話についていけるだけのことはある。

さて、どうしたものか?

「祐一は陸上部に入るんだよ」

「名雪、どこから出てきたのよ」

「? 教室からだよ?」

「待て、誰が陸上部に入るんだって?」

「祐一が」

「何故?」

「わたしのいとこだからだよ」

「それ理由か?」

「でも、2年も終わりの今から運動部はきつくない?」

訳のわからん名雪理論に困ってる俺に香里が助け舟を出してくれる。

ありがとう香里。

「その点、うちの部はそんな大変じゃないわよ」

そう来ますか、香里さん。

「香里の所だっていろいろ大変そうだよ〜」

「あのね、相沢君のことを考えるなら陸上部よりはいいと思うけど…」

「……もしかして、香里、祐一のこと……」

「な、何言ってるのよ名雪」

「……慌ててる……」

二人が騒いでいるのを放っておいて俺はその存在を忘れていた舞を見る。

「……あたし、放ったらかし……」

「いや、忘れてたわけじゃないぞ」

悲しいかな、棒読みになってしまう。

「で、どっちに入るの?」

まだ言い争っている二人の前で舞はそもそもの話の根本となっている部分に触れてくる。

「いや、俺、国際松涛館流帰宅部だし……」

「なるほど、するとあたしのライバルだね」

「舞は何の部活に入ってるんだ?」

「グレイシー帰宅部」

眉間に人差し指を当てて体を斜に構え、不適に笑いながら偉そうに言う舞。

「……間接技とか得意そうだな」

「プリンスカメハメの弟子だからねー」

「グレイシー関係ないしっ!」

舞と不毛な会話をしていると言い争いが終わったのか二人が詰め寄ってくる。

「祐一っ!!わたしと香里とどっちをとるのっ!?」

「そうよ、相沢君、あたしか名雪か、この場で選んでもらうわよっ」

「……部活を選ぶんじゃなかったのか?」

「「はっ!!」」

しまったそうでした、という顔をする二人。

いったい何がどうなってどういう会話になりどういう結論に結びついたのか甚だ謎である。

「……祐一くん、もてもて……」

隣で舞が不満そうに呟く。

「え?あ、祐一、この人は……先輩、だよね?」

ここでようやく名雪は舞の存在に気がつく、かなり前からおるっちゅーねん。

しかも、香里、お前はもっと早く気づけや。

「ああ、まぁ、知り合いの……まいまい先輩だ」

二人に舞を紹介しようと思ったのだが、ちょっとした、いたずら心が芽生えてしまった。

「それっ、七年ぶりっ!!」

すかさず舞がツッコム。

「そして、こっちがかおりんでこれがなゆなゆ」

「誰がかおりんよ……」

言葉は不満気だがなんとなく嬉しそうな香里。

「なゆなゆってひさしぶり〜」

こちらは気にした風でもなく喜んでいる。

大物だ。

「……え、なゆなゆって、たしか、七年前の……祐一くんのいとこの」

舞が何かを考えてた風だったのだが考えがまとまったのか名雪を指差してそんなことを言う。

「なんで知ってるんだ?」

「あたしの祐一メモを侮ってもらったらこまるわよ、祐一くんの事に関してはいろんなことが書いてあるわ、それこそ前世から細胞分裂の回数までねっ」

「……ちなみに細胞分裂は何回だ?」

「1回」

「俺、何者だっ!!」

「単細胞じゃないだけいーじゃない♪」

そこまで無駄な会話をしてて気づく、

「ああ、そう言えば舞と名雪は七年前に会ってるんだっけ?」

そこで、名雪も気づいたらしく舞と久しぶりの挨拶を交わす。

あの時はココで香里じゃなくてあゆがいたんだっけか。

とか、考えていると、

「……あたし、のけもの?」

かおりんがちょっとたそがれていた。

その後名雪と舞が話をしている間に香里が声をかけてきた。

「相沢君。そのまいまい先輩って川澄先輩よね」

「なんだ、かおりん、舞のこと知ってるのか?」

「かおりんって……まぁいいけどね。と、知り合いってわけじゃないんだけど、川澄先輩って有名だから」

「有名? 舞がか?」

「そもそも、相沢君が何でこんなに親しいのかの方が気になるんだけど……」

「ああ、昔、この街に、名雪の家に遊びに来た時に知り合ってたんだ」

「なるほどね……」

納得がいった、と、香里は目を伏せる。

そのあと、俺は舞がなぜ有名なのかを訊こうと思ったのだが、

「さて、あたしはそろそろ部活に行くわ、名雪も行かないとまずいんじゃない?」

と、だけのこして香里はその場を去っていってしまった。

「あ、そうだった、忘れてたよ」

「そういえば、あたしも友達待たせてたんだ、またね〜」

そんな放課後の一コマ。

名雪と香里は部活へ、舞は自分の教室へ、俺は昇降口を抜けて家路についた。

ところで香里の部活はなんだったんだろう。

そんなことを考えながら、朝歩いた道を逆に辿りながら、記憶の中にある学校までの道を確かなものにする為辺りを確認して水瀬家までの道を歩いて行った。

家に辿りつくとだいたい昼過ぎ、

家にいた秋子さんに挨拶をしたあと、少し遅目の昼食を取った。

その後は、部屋に戻ろうとしたのだがリビングでじゃれついてくるマコトと遊び始めてしまい、気がつくと夕方になっていた。

もう、あのころとは違い子狐ではないと言うのに、まるであのころと変わらないようなはしゃぎようだった。

今は遊びつかれたのかリビングにあるソファのいつものマコト特等席で寝息を立てている。

それを確認した俺はそっと自分部屋に戻ることにする。

「あ、秋子さん、今からお出かけですか?」

廊下に出たところで秋子さんに出会う、手には鞄を持っていて今から出かけようとしていたところだった。

「ええ、今、冷蔵庫を覗いてみたらおかずになりそうな物が少なかったから……」

「じゃ、俺、代わりに行ってきますよ」

どうせ暇を持て余していたところだ、たまには水瀬家で役に立つこともしたい。

「いいのよ、帰ってきたばかりで、疲れてるでしょ」

「そんなことないですよ。ひとっ走りいってきます。その間に、用意を始めておいてください」

「そう?じゃ、頼ませて頂こうかしら」

「ええ、遠慮無くどうぞ」

「はい。お財布だけ渡しておくわ」

そんな会話の後、秋子さんから財布を受け取る。

「何を買ってきます?」

「食べたいものを、買ってくればいいのよ」

曖昧な指令である。

コレは結構責任重大だ。

「あ、でも、女の子なんか買って来ちゃダメよ」

「買いませんよっ!!」

「さすがにわたしもそれはどう料理していいかわからないから」

「買いませんってっ!!」

「冗談よ」

秋子さんはにこにこしながら話を締めくくる。

まだまだ役者が違うらしい。

本当に買ってきたらどうするつもりだ、ちきしょう。

そんなことを思いながら、今日の夕飯のおかずを買うために、俺は商店街に向かった。

何度歩いてもこの寒さになれるものではないが、自分から行くと言った以上半端なことは出来ないので心持ち急ぐ。

何を買って行こうか考えながら商店街の中に入り、手短なところにあるスーパーの自動ドアをくぐった。

きっと秋子さんならスーパーよりも近くの精肉屋とか八百屋に行きそうな気がする。

まぁ、予想だけどな。

とりあえず、おかずと言ってるのだから簡単なものでいいだろう、

数点の惣菜を見繕うとレジを済ませ意気揚揚とスーパーを後にする。

そう言えば、昨日はココであゆにぶつかったんだよな、

商店街の入り口で昨日のことを思い出して空を見上げてみる。

もう冬場。

日の落ちるのがとても早いので空は一面茜色に染まっていた。

今日は天気のいい方なので夕焼けがよく見える。

空に浮かぶ雲も、道路に積もる雪も、商店街の屋根も、歩いている人さえも皆一様に夕焼けの赤に染まっていた。

コツン。

空を見上げて歩いていたせいか、足元に何か落ちていることに気がつかず蹴り飛ばしたようだ。

慌てて足元を見ると、可愛らしい財布が落ちていた。

蹴飛ばした手前放って置くのも心苦しいので手にとって見る。

見た感じ女の子の財布のような気がするが、世の中には色んな趣味の人間がいるので油断は出来ない。

それはともかく、このまま持って帰ってしまえば犯罪である。

既に犯罪者は食い逃げうぐぅと言うやつがいるので俺の役目ではない。

ここは一つ、模範的行動をとって見せようではないか。

と、言うことで交番に向かう……。

って、俺交番の場所しらねぇっ!!

コレはネコババしろって言う神のお告げですか?

OK、それならネコババってやろうじゃないですかい、旦那。

そんなわけで、とりあえず、財布の中身を確認っ!!

「…………」

さ、交番探そうかな。

財布の中には俺の想像を絶する、とても俺ごときの財布の中には収まりそうもない金額が鎮座ましましていた。

まぁ、はじめから冗談だけどな、

コレほどの金額が詰まっているとは思わなかったよ、

何しろ、ウサギ柄の財布だからな、子供の財布かと思ったんだが……。

こうしていても始まらないので、近くにいる人にでも交番の場所を訊いてみることにする。

俺は忙しくなさそうな人を探して辺りを見回し、人の良さそうな買い物帰りの主婦と思しき人に交番の所在を教えてもらう。

どうやら商店街を水瀬家とは逆方向に抜けた先にあるらしかった。

少し帰りが遅れるが仕方ないことだろう、財布を落とした人も困っていることだろうし。

俺はその財布をポケットにしまうと商店街の奥に向かって歩きだした。

しばらく歩いていたのだが、すぐに商店街の終点に着く、さすが田舎だ。

けど気になったのはそこではなくて目に付いた一人の女の子だった。

見れば女の子は下を向きながら何かを探すように辺りを歩いていた。

このシチュエーションはやっぱりこれだろう。

俺は先ほどの財布がポケットにあるのを確認すると女の子に近づいて話しかけることにした。

 

つづく


ひとこと

レギュラー増えると管理が大変。

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