「……絶対香里の妹かなんかだと思うんだけどなぁ」

帰り道、リノリウムの廊下を俺は納得のいかないという不機嫌な顔を隠そうともせず乱暴に歩いていた。

「そーよねー、『みさか』なんて苗字そうそうないと思うわよ」

隣を歩く舞は器用に左手の小指で鞄を引っ掛けて、上に胸を載せるようにして腕を組んで相槌を打ってくれていた。

「だよなぁ」

しみじみと、腕に押し上げられた舞の胸にちらちらと視線がいってしまいそうになりながら今ある事態を反芻する。

「とりあえず、あたしの知ってる限りでは『みさか』さんはあの栞ちゃんと……えっと、かおりんだっけ?」

「そうそう、かおりんかおりん」

「……かおりん、ね」

「……で、アレがしおりん……」

「しおりんとかおりん……どう考えたって姉妹じゃない、それもいい感じに漫才コンビよ」

「なるほど、コンビ名は『しおりんかおりん』かな?」

「いえ、そういう場合は姉が先よ『かおりんしおりん』に決まってるわ」

「ともあれ、これで二人は姉妹決定だな」

「ええ、間違いなく姉妹よね」

「ちょっと知的な姉」

「病弱そうでどことなく儚げな妹」

「今後の展開が楽しみですね、舞さん」

「ええ、ええ、木曜9時から放映して欲しいくらいですわね祐一さん」

「ふむ、ではいったい何故かおりんはしおりんを妹じゃないなどと言い張ったのだろうな」

「決まってるじゃない」

「?」

「祐一くん、あの二人どっちがボケでツッコミだと思う?」

「……なんとなくかおりんがツッコミなのはわかるけど……しおりんがボケってのはイメージがわかないな……」

「それよ」

「なるほど!」

「違うだろっ!!」

「「ナイスツッコミ北川(くん)」」

この時、

舞と俺は、

とても満足気でいい笑顔だった、

と後に北川は語ってくれたのであった。

 


でも、やっぱりまいがすき☆


 

食堂で一番食べるのが遅い名雪が『水瀬ランチ』を食べ終わるのを待っているうちにもう休み時間も少なくなってしまった。

食堂の中を見渡してみると、先ほどの喧騒がまるで幻だったかのように人はまばらに、

そして掃除の行き届いた綺麗な食堂なだけに寂しさがいっそう増していた。

どことなく早くココから出なければならないようなプレッシャーを感じてしまい、名雪を急かしたりしたが名雪は所詮名雪なのでどうにもならずこの時間というわけなのだ。

それでもようやく食べ終わった名雪を促し教室へ向かうことにした。

満足そうな名雪、呆れている香里、授業に間に合えばいいと思っている北川と4人でゆっくりと食堂を後にして教室までの道を歩いていく。

もっとも、俺はまだ道を憶えきれていないので3人の後に付いている状況なのだが。

「名雪、今日も部活なの?」

「うん、今日も部活なんだよ〜」

「水瀬さん部長だろ、毎日大変じゃないのか?」

「うん、部長さんだから毎日大変だよ〜」

……何故名雪はいちいち言われたことを復唱するのだろうか?

見方によっては可愛らしいのだが、

別の見方によっては物凄くバカっぽい。

そんなくだらないことを考えながら今度は一人でも食堂に来れるようにと辺りを確認しながら歩いていた。

うむ、俺、努力家。

「あれ?」

名雪が突然窓際で立ち止まって不思議そうな呟きをもらした。

「どうしたのよ、名雪」

香里も不思議に思ってか、名雪の行動を見守りながら声をかける。

名雪が見ているのは窓の外、

俺、香里、そして北川は名雪の視線を追って窓のそばに近づいていった。

外は灰色の雲に覆われ、真昼だというのに暖かさを感じさせない雰囲気を醸し出している。

加えてそれを裏付けるかのようにちらほらと白い雪が舞い降りてきていた。

「食堂に行くときは降ってなかったのにな」

北川の言葉通り、どうやら俺たちが食事をしているうちに降り出した様子だ。

「まぁ、風がないのが救いじゃない、傘が役に立つうちは雪も問題にはならないわよ」

とは香里の談。

俺としてはその裏に隠れた『傘が役に立たない時』があるという事実が気になって仕方がなかったりする。

「さ、名雪、雪なんか見ててもしょうがないわよ、部活の心配でもしてるの?」

名雪が舞い散る雪を眺めているものだと思ってか、香里は名雪をココから動かそうと促す。

「違うよ、こんな時でも中庭に人が居るんだなぁって思って……」

名雪は香里の声に振り返って答える。

この寒い中、外に人が居るのがよほど不思議だったらしい、名雪の眉間には小さく皺が出来ていた。

「あ、本当だ、二人も、何してるんだろうな」

「……」

北川と香里も名雪の見ていた中庭に視線を落として、その雪の中の人を眺めているようだった。

俺も少し身を乗り出し、とは言え窓を開けるのは寒いので窓に体を着けるようにして中庭を覗き見た。

ちらつく雪。

薄暗い中庭の白い絨毯の上に、

傘もささずに向かい合っている二人。

遠目だが、何かを話しているように見える。

何を話しているかは流石にわからない、わからないのだが、その雪の中の二人には見覚えがあった。

一人はストールを纏った儚げな少女。

一人は大きな紫のリボンで長い髪をまとめている制服の少女。

栞と舞である。

こんな雪の中で何をしているのだろうか、もうすぐチャイムも鳴るというのに。

「寒くないのかな」

名雪がポツリと呟く。

まったくだ、二人ともどう見ても真冬の格好ではないように見える。

まぁ、舞は不思議少女だからいいかもしれないが。

などと舞に聞かれたら膨れて拗ねられそうなことを考えていると、外の二人に動きがあり、栞の方は舞に会釈をしてその場を後にした。

「あの子、うちの生徒じゃないのか? 私服だったぞ」

遠目でも制服じゃないのがわかったらしい、北川が窓から離れようとしながら口を開いた。

「ああ、なんか体調を崩して学校休んでる子らしいぞ」

「え? 祐一あの子のこと知ってるの?」

「なんかこの間も来てたんだよ、あの子、んでそのときにちょっとな」

「だったら何で学校来てるの?」

「……寝てるの暇なんじゃねぇか?」

軽く先日のいきさつを二人に説明する。

……二人?

「ありゃ、かおりんはどこ行った?」

「かおりん言わないでよっ」

見れば一緒に窓にへばりついていた香里はすでに窓のそばを離れ教室に向かい歩き始めていた。

「早く教室戻った方がいいわよ」

冷たく言い放ち香里はさらに歩みを進める。

「あ、待ってよー香里」

慌てて付いて行こうとする名雪の返事と共に俺と北川も窓際を後にする。

窓の外にいた二人のことを考えながら、

栞は体は大丈夫なのだろうか……。

「つーか、ちょっと待てっ」

「ど、どうした相沢……」

思うところがあって思わず声を上げてしまった俺に北川が驚いて突っ込む。

「いや、香里、お前妹っているのか?」

そう、栞は確か『美坂栞』と名乗ったはずだ。

美坂などという苗字は珍しいはず、この小さな場所で珍しそうな同じ苗字があればそう思うのは不思議ではない。

そんなわけで、前から心に引っかかっていたことを香里にぶつけてみたのだが、

香里は表情も変えずに黙ったままだ。

「……香里、妹いたの?」

「そりゃ初耳だな」

名雪と北川も驚いている、思い違いかもしれない、しれないのだが、

「……妹? あたしに妹なんていないわよ」

ほんの少しの、香里が目を伏せるだけの間がやけに心に残った。

こんなところでウソをついてもしょうがないのはわかる。

冗談にしては表情は自然すぎる。

では、妹ではないのだろうか。

「あ、じゃあ、親戚かなんかか? さっきの子」

「さぁ、知らないわよ。あんな子」

「……」

ココでチャイムが鳴り響く、

俺の考えがまとまらない内に学校は動き出していく、

「ああ、じゃあ、俺の勘違いか……教室戻るか」

どちらにしろ、香里がこう言う以上この話はココまでだろう、おとなしく皆を促して午後の授業に出ることにした。

もっとも、気分は釈然としないままではあるが。

「……舞、授業に間に合ったかな」

……。

授業中、結局俺は授業に身が入らず考え事を続けていた。

前の学校と進度も違えば予習もしてないのでヤバいことこの上ないんだが気になるものはしょうがない、

結局午後の時間は課程がすべて終了するまで香里のことを考えていた。

北川とは別の意味でだ。

途中、気になって香里の方を眺めてみたがどことなく上の空で窓の外の雪を気にしていたようだった。

残念ながら北川の熱い視線には気がついてないらしい。

不憫だな、北川。

この寒く凍える冬が終わり暖かな春が来るように、お前にも心から笑える日が来るといいな。

などとちょっと心の中でいい人ぶっているうちに本日の授業はおろかHRまですべて終わってしまった。

考え事をしていたこともあって、俺は帰りの生徒たちの波に乗り遅れてしまって人の少なくなった教室で帰りの準備をしていた。

「祐一、帰るの?」

鞄の中も確認して、いざ帰ろうと席を離れたときに名雪が話し掛けてきた。

「そりゃ、帰らなければどうしようもないと思うが」

「部活の見学とかは考えてないの?」

「まだ言ってるのか、俺は帰宅部が性にあってるんだよ」

「祐一、運動神経は悪くないと思うんだけど……」

まぁ、確かに名雪の言うとおり悪くはない、

けど結局のところ悪くはない程度で部活をしてやっていけるには過程が足りないのでこんな時期からはもうムリだろう。

なかばムダとも思える会話を交わした後、名雪を『部長だから』という理由でなんとか部活に促すことに成功した。

そんなわけで現在一緒に昇降口に向かっているわけである。

ほとんどの生徒がHRの終わりと共に教室を出て行ったためか現在静かな廊下を二人で歩いているわけだ。

まだ新しい雰囲気の残る校舎の床は、上履きのこすれる音が嫌に耳につく。

「そう言えば祐一、香里知らない?」

不意に名雪が口を開く。

「は? 何だ突然」

「うん、HR終わった後香里に話し掛けようとしたらもういなかったからどうかしたのかなって思って」

「……さぁ、名雪が見かけてないんならすぐ帰ったんじゃないのか? それだったら俺もどうしようもないと思うけど」

「ううん、わたしHR寝てて出るの遅れたから……」

ああ、それで俺と一緒になったわけだね。

「……連絡事項ぐらい聞けよ」

「だから香里に訊こうと思ったんだよ」

「お前、いろいろダメだな」

……我が従姉妹ながらかなりのツワモノだよ。

そして呆れながら二人で階段を下りているとき、

「お、相沢に水瀬さん、相変わらず仲がいいね」

「うん、仲良しだよ☆」

と、突然の北川の声と、その軽口に嬉しそうに答える名雪。

しかし、北川は何故こんなところに?

別に部活は入ってないようなことを言っていたが。

不思議に思い素直に訊いてみたが、

「いやあ、掃除当番ってかったるいなぁ」

とのこと、

だが、俺たちは確かに遅くなったが、

掃除当番が終わる時間ではないと思うので、教室の掃除は大丈夫なのか少々不安に駆られるところである。

などと考えていると思い出したように名雪が口を開く。

「そうだ、北川君、香里知らない?」

「は?」

説明足らずの名雪の言葉に北川は一瞬呆けたような表情を見せる。

「……つまり、だ、要約すると名雪はHRで寝てたため香里がいつ帰ったのかわからなかったというわけだ」

「……ああ、なるほど」

俺の説明に納得の色を見せる北川、

その後少し考えるような仕草を見せると

「美坂は確かHRが終わるとさっさと教室を出たぞ、何か用でもあったのか?」

さすが、北川君、香里の行動はチェック済みですね。

「ううん、ただなんとなく今日の香里様子がおかしかったから気になったんだけど」

午後からだけど、と付け足しながら話す名雪。

寝てるだけかと思いきや、ちゃんと香里の様子を気にかけている辺りやはり親友と言ったところか。

普段ボケボケしていても結構人のことを考えている、香里と仲がいいのもただ面倒を見て貰ってるだけではないからなんだろう。

この辺がきっと部長になった所以なんだろうな。

「……そうだな、なんか上の空って感じだったな」

北川もさすが北川と言ったところか、香里の様子を把握していた。

うむ、伊達に視線が行ってない。

「まぁ、確かに食堂から帰ってから様子がおかしかったよな」

「あ、祐一もそう思う?」

「食堂から帰ってからと言うと、相沢が美坂に妹がどうとか言ってからだよな」

「ふむ、俺もその辺が原因だと……」

真面目に香里の心配を三人でしていたのだが、

その雰囲気は次の一言でぶち壊されることとなる。

「ゆういっちくーん!!」

割と遠くから聞こえる、音譜が付いてきそうな弾んだ声に振り向いてみると、遠くからよく知った姿が走りよって来る。

遠くにいるがリボンの色で上級生だとわかる。

遠くにいても揺れるポニーテールで髪が長いとわかる。

遠くにいても揺れる……なんていうかそのへんでスタイルがいいことがわかる。

何よりも声で麦畑不思議少女だと確認できる。

よって対象は『川澄舞』である。

以上、証明終わり。

「つーか、舞、今帰りか?」

下らんことを考えているうちにすぐ近くまで来ていた舞に話しかける。

「うん。友達待ってたんだけどなんか遅くなりそうだから先にって言われてねー」

「そうか、大変だな」

「まぁ、いいよ、祐一くんにも会えたし♪」

にぱー

ってな擬音が似合う笑顔で億面無く言われりゃ恥ずかしくなってしまう。

周りには名雪と北川がいるんだぞ、もうちょっと辺りを気にしてください川澄先輩。

「こんにちは、川澄先輩」

隣から名雪の挨拶が飛び出す。

うむ、ちゃんと舞を先輩と敬っている辺りが立派だ。

……ちょっと意外だが。

「あ、名雪ちゃん、そんなかしこまらなくても舞でいいよー」

なんとなく流れで舞と名雪は例によって仲良しモード。

さらに隣では北川が驚いた表情を見せていた。

って、何を驚いてるんだか。

「……相沢、お前川澄先輩と知り合いなのか?」

驚いたままその表情を隠そうともせずに硬い声で訊いてくる。

「ん、まぁ、結構仲良しだぞ」

正直、仲良しである、というより物凄くなつかれている、

舞の方が年上なのだがどうにもなつかれているという表現がぴったりな状況。

やっぱり昔のことがあるだけに、だな。

あのころは俺のほうが偉そうだったから……。

……ああ、今も偉そうだがよ、俺は。

「……でも、お前転校してきたばっかりだろ、すげぇな」

「ああ、昔からココには名雪の家があったんでな、何度か来たことがあって」

「もしかして、その時知り合ったとかか?」

「おお、ご名答、子供のころ一緒に遊んだことがあるんだ」

はー、と北川は納得したような感心したような声を上げて俺と舞を見比べていた。

それに気づいた舞に北川を紹介して、4人で昇降口に向かうことになったのだが、

「……そう言えば舞、昼休み外に居なかったか?」

そうそう、あの時栞と一緒に居たのは舞だ。

「うん、見てたんなら来てよ」

「無茶言うな、休み終わりに見かけたんだ辿り着く前にチャイムが鳴るって」

何しろ名雪のせいで食事時間だけで昼休みが終わったからな。

「それに、お前授業間に合ったのかよ」

「……いや、今日は星の位置が悪くて、ラッキーカラーはセルリアンブルーで……って事だったんだけど、何よ、セルリアンって」

俺の質問に意味不明な言い訳でごまかそうと試みてるのか内容が支離滅裂だ。

だからこそ、俺はココでこう言ってやるのだ。

「Ceruleanは空色ってことだ」

「は、博学っ!?」

「……相沢ってくだらないこと知ってるよな」

「祐一は昔からくだらないことにかけては天下一品だよ」

反応はまさに三者三様。

なんと言うか名雪が一番失礼な発言をしている。

が、そこまで考えて一つのことを思い出す。

「そういや、その昼の時栞と一緒に居たよな」

「あ、うん、またなんか学校に遊びに来てたようだったんで気になって」

それで時間ギリギリまでおしゃべりをしてたらしい。

相手は風邪引いてるんだから帰らせるべきだろうに、とも思ったが、今は別のことに気を取られていた。

「じゃあ、栞からこの学校に姉が居るとかそんな話聞いてないか?」

「姉? 聞いてないけど」

「そっか……」

まぁ、タイミングよく聞けてるとは思わないけど、やっぱり残念だ。

「どうかしたの?」

俺の少し残念そうな表情に舞は不思議そうに小首を傾げて質問してくる。

本当に年上かよ、可愛すぎるぞその仕草。

「……ああ、ほら栞の苗字美坂だったろ?」

「うん、そうね」

「こないだ紹介した香里ってのも苗字が美坂なんだよ」

「あー、それで姉妹じゃないかって?」

話が見えましたって感じで納得する舞。

「そんなん、その香里ちゃん本人に訊いたらわかるんじゃない? 友達でしょ」

まぁ、もっともな話だ。けど、

「いや、訊いたんだが否定された」

「じゃあ、違うんじゃない」

「……まぁ、そうなんだろうけど」

なんて言うか……。

「腑に落ちない、ってわけか」

そうです、この辺りの感情を読み取ってくれるのは舞の一日の長と言うべきか、舞本人の性質なのか。

どっちにしても話をしやすい相手であることには変わらない。

「……しおり?」

と、名雪の声が俺の意識をそっちに引っ張る。

見れば北川もわかんないって顔をしている。

そりゃそうだ、二人とも栞のことは知らないんだからな、これが普通の反応。

だからあの食事の帰りに窓の外に見えた二人のうちの舞ではない私服の少女が『美坂栞』と言う名だと告げた。

そう、これが普通の反応だ。

それゆえに、

 

『あ、じゃあ、親戚かなんかか? さっきの子』

『さぁ、知らないわよ。あんな子』

 

この問答が俺に大きな違和感を持たせてくれていたのだ。

前の話から『さっきの子』が窓の外の子であることは推測できるかもしれない。

そして、香里は舞を知っている。

そのため『さっきの子』が『栞』を指していることは考えれば行き着けることかもしれない。

けど、行き着ける可能性があるだけで、通常の反応を考えれば『誰のこと』を指すのか気になるはずだ。

例え舞のことは知っていても俺のあの質問を投げかけられれば逆に問うものではないか。

『そこ』にあっさりと行き着いて即答した香里は『栞』を気にしていたからからこそ即答できたのではないだろうか。

これを考え過ぎと片付けることも出来るかもしれないが、

考え過ぎと思うにはこれらのこと、そして以降の香里の態度がそれを拒ませる。

「……わたし、香里の家族のことって聞いたことないなぁ」

「そうなのか? なんか意外だな」

思い出したような名雪の呟きに北川が驚いたような声を出す。

もっとも、北川の言葉は俺の思いでもある、正直意外だ。

「うん。香里って家のこととかあんまり話したがらないから」

「なんかあんのかな」

まぁ、でもあんまりプライベートに立ち入るのもな、と継ぎ足し北川は何か考え込むような仕草を取る。

これも北川の愛ゆえだろうか。

とはいえ、

「……絶対香里の妹かなんかだと思うんだけどなぁ」

釈然としないまま不機嫌な表情を出し、俺はいつのまにか立ち止まっていた皆を促すようにリノリウムを足で叩いてちょっと乱暴に歩き出した。

「そーよねー、『みさか』なんて苗字そうそうないと思うわよ」

舞は隣で腕を組み、俺たちの話の内容を把握したようで状況を分析し、俺に同意を表してきた。

以降

いつものように舞との掛け合いが始まってしまい、北川にツッコミを頂くに至ったというおまけつきだが。

「でも、本当に何かありそうだよね、香里と栞ちゃん」

名雪は、栞にあったこともないのにもうフレンドリーである。

名雪のいいところなんだがな。

「姉妹ではなかったとしても、親戚とかなんとか」

と、北川。

「でもそれだったら隠す必要はないんじゃない」

舞の話ももっともだ。

「今日の香里はおかしかったよ、何か悩み事でもあるんじゃないかな?」

「それが栞のことだとかいうと辻褄はあうようなあわないような」

名雪の言葉に俺は考えてたことを言うが、

自分でも何言ってるかよくわからなって来る。

それほど事態を把握しきれてない、と言うより香里がわからないということか。

「まぁ、どういう事態かはわからないけど、ともかく美坂が何か悩んでることだけは事実のようだな」

「うん、そうだね。香里も相談してくれればいいんだけど……」

「ああ、解決は出来ないかもしれないけど力になることぐらいは出来るかもしれないんだからな」

香里の悩みがどんな悩みかは想像つかないが、名雪と北川はしみじみと語り合っていた。

結局、4人はその場で立ち止まって頭を抱えていた。

場の雰囲気はあまりいいとは言えない状況。

ココに居ない人間の悩みをどんなものかもわからずに頭を抱えているのだから出口は到底望めない。

場の雰囲気を悪くする切っ掛けは、香里の悩みが栞のことなら俺の疑問から始まったということからだからな。

せっかくいいネタも転がってることだし、ちょっと明るくするか。

「そーだな、特に北川は力になりたくて仕方がなさそうだな」

「なっ」

「?」

「…………ほぅ♪」

俺の一言に北川は驚き、

名雪は理解せず、

舞は一瞬考えた後、楽しそうに笑みをこぼした。

「なるほど、北川くんは熱があるんですね、祐一のダンナ」

「そーですぜ、持病のようですので手の打ち様がございませんぜ、舞の姐さん」

「お、おい、相沢!」

「草津の湯に浸けても無駄ですかい、ゆういっつぁん」

「ええ、ええ、無駄ですとも、今夜はお赤飯ですかね、舞センセイ」

「だから、待てって!」

「あ、そうだったんだ」

俺と舞が微妙に北川をからかっていると、流石に名雪も意味を把握したようでしきりに感心して頷いていた。

「み、水瀬さんまで……」

北川は少し赤くなった顔で俺たちの方を困ったように見ていた。

まぁ、楽しんだし、可哀想だし、これくらいで勘弁してやるか、

などと、こんな面白いおもちゃを手に入れた俺たちの暴走はこの程度では止まるはずもなかった。

「で、それは確かなの?」

「うむ、北川の熱い視線の矛先はいつも決まったターゲットだ」

「わたし、気づかなかったよ〜」

「お前はいつも寝てるからだろう」

「だから、待てって言ってるだろ!」

なお、北川のこの意見は満場一致で却下された模様。

「祐一くん、質問」

ビッ、っとわざわざ手を上げて質問の意を表す舞。

「うむ、舞くん、どうぞ」

「二人の仲はどの程度ですか」

「カンブリア紀」

「……三葉虫の時代か……まだまだね」

「はい、祐一」

「うむ、名雪くん、どうぞ」

舞につられてか、名雪も手を上げての発言となる。

「わたしは北川君をバックアップすべきだと思うよ」

「さんせーい」

「うむ、では満場一致でこの案は可決となる」

「でも、具体的にはどうやって?」

「んー、香里の悩みを解決すればいいと思うよ、わたしは」

「確かにな、けどその悩みがわからないから困りものだ」

うーん、と三人で頭を抱える。

北川がそばで何か叫んでいるようだがこの際無視だ。

「では、その辺も含めてバックアップと言うことで」

「と言うと?」

舞の発言に名雪が意味を理解するために解説を求める。

「だからね、香里ちゃんの悩みはあたしたちも心配、だからそれを気にかけてなんとかしようとする」

「うん」

「でも、肝心のおいしいところは北川くんが持っていくようにすれば完璧」

「うん、そうだね、そうすれば香里も悩みを解決で北川君もいいようになって一石二鳥だね」

「では、その方向で」

「「了解」」

舞と名雪の打ち合わせが終わったところで俺が締めて二人の同意を得る。

なんとスムーズにパーフェクトか。

「だからちょっと待てって、俺の意思は!?」

叫ぶ北川。

舞と名雪がそれを聞いて少し困ったような仕草。

だから俺は言ってやった。

そう、北川のことを思って、

香里のことを心配して、

ただ一言、

「知らん」

と。

 

つづく


ひとこと

カンブリア紀とは約5〜6億年前の時代で、三葉虫などが栄えた時代。

古生代の中でももっとも古い時代の名前です。

なお、恐竜などはもっとずっと後の中生代にあたります。

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