帰り道である。

「……はぁ……」

コレは北川のため息である。

まぁ、気持ちはわからんでもない。

わからんでもないが、傍観者としては面白いからとりあえず助けたりはしない。

「……相沢」

疲れた声で俺を呼ぶ北川。

「……どうした……」

かく言う俺も実は少々疲れ気味、

それと言うのも、

「川澄先輩って、いつもこんな調子なのか?」

言いたいことはわかるぞ、

黙って立ってたらお姉さんタイプの美少女だ。

遠くから見てる分には良家のお嬢様にも見えなくも無い。

だがな北川、まぁ、なんというか、

「だいたいこんなもんだ」

と、いう俺の言葉に北川は何かを悟ったように言葉を続ける。

「……川澄先輩って噂通りな人だったんだな……」

はぁ、と再びため息をつきながら歩く。

「噂?」

北川の口から出た意外な言葉に少々驚きながらその噂とやらを訊いてみる。

「ああ、川澄先輩って言えば『美人で無駄に元気』って評判だ」

「……ムダに……」

ああ、わかるかもしれない。

そんな評判持つなよ舞、お前黙って立ってりゃモデルみたいなんだから……。

しかし、だからこそ俺は北川に言わねばならないことがある。

「でもな、北川」

「なんだ?」

「今日はマシな方だ」

「……マジか?」

「ああ」

何しろ、先日も初めて来た部屋で突然家捜ししたり、部屋の真ん中で一回転したりとかなり挙動不審な女だからな。

こんなもんはまだまだ序の口だろう。

そして男性陣が舞についての考察をしている時、当の舞はと言うと、

「〜というわけなのよ」

「う、うぐっ、そうなんだ」

先ほど帰り道の途中に捕まえたあゆに一連の北川の恋路の話を逐一説明していた。

そりゃ北川もつかれるわな。

「あゆちゃん……」

先ほどまで楽しそうに話をしていた舞は、とりあえず現状を話し終えて一息ついた後、今度は真剣な表情になりあゆに向き直る。

「うぐぅ?」

なお、コレは疑問の「うぐぅ」。なかなかに万能語として役立っている。

「あゆちゃん、『コイ』ってわかる?」

ちょっとうっとりした表情で左手を胸に当て、右手をありもしない花びらを受け取るように出しながら目を細めて語りだす。

「……おいしいって聞いたことあるけど……」

微妙に意思の疎通が取れてない気がする。

「そうね、とてもおいしいものよ、それは甘くとろけるようで、一度味わったら忘れられないものなのよ」

自分の世界に入っているっぽい舞。

「うぐ、そうなんだ、でも高いんじゃないの?」

だから、会話通ってねぇって。

「ええ、ハードルはとても高いかもしれない、けど、すべてを投げ打ってでも手に入れる価値のあるものなのよ」

……舞さん、そろそろ帰ってきてください。

アンタのキャラじゃありません。

しかし、それを聞いてあゆはしきりに感心している。

「ましてや、それが他人の話なら酒の肴に最適」

にやり、と今までの表情はココまでの伏線だったと言わんばかりの妖しい笑顔で本音を語る。

「ボクはお酒はわかんないけど……お魚はおいしいよねっ」

……わかんなくなってきた。

っていうか、酒はよせ。

「そうね、だから北川くんの『コイ』を応援しましょう」

「そうだね、北川君の『コイ』はきっといい『コイ』なんだよね」

なんだか通じたのか通じてないのかわからないまま、二人の会話は一応の決着を見せた。

「……相沢」

「なんだ?」

「……この二人、会話通じてるのか?」

「ああ、多分本人たちの中ではそれぞれ都合のいいように解釈されてるだろう」

「……さすが、相沢の友人だな」

「……あのな……」

北川のかなり失礼な呟きに、どうしてくれようかと思いながらとりあえず二人に目をやると、

舞は上機嫌で赤く染まる街の中を、歌を歌って歩いていた。

「きたがわくんからおてがみついた♪」

どうやらヤギの郵便屋さんの替え歌らしい。

「がくねんしゅせきがよまずにすてたっ♪」

学年首席とは香里のことだ。それにしてもひでぇ歌詞だ。

「しーかたがないので」

確かにしかたねぇな。

「なきねいりっ♪」

「フォロー無しかいっ!!」

 


でも、やっぱりまいがすき☆


 

「で、女の子の好感度を上げるにはどうしたらいいと思う?」

昇降口の前まで来ていたが、まだ話は終わらず舞が左手人差し指をビッと立てて真剣な顔で俺と名雪に質問をしてくる。

「それは、やっぱり格好いいところを見せることだと思うよ」

名雪の話はもっともだ。

「と、するとスポーツか勉強だな」

この辺が定番である。

「ふむ、北川くんの部活とかは? 名雪ちゃん」

「北川君は確か帰宅部だよ」

「使えねぇな」

「そうね、この冬に体育祭は無い訳だし……」

「名雪、香里と北川の成績は?」

「……北川君のは知らないけど……香里は入学以来いつも一番だよ」

「……」

「……」

「……」

三人でちらっと北川を見る。

「……ダメね」

「「うん」」

「ひでぇな、お前ら……」

俺と名雪、そして舞がこれからの北川の行動を算段していると、困ったように北川本人が非難してきた。

「どうした?」

「どうしたもこうしたもないだろう? 勝手に盛り上がって話を進めるなよ」

ため息交じりで肩を落としながら言葉を吐く北川。

名雪と舞は俺たちのやり取りを静観している。

「ん、でもお前香里の力になってやりたいんじゃないのか?」

「……ま、まぁ、なりたくないって言ったらウソになるけど……」

「歯切れが悪いな、ズバっと惚れた女の為に一肌脱いでやれ!」(←いい笑顔で)

「……あ、あのなぁ」

さわやかに言ってやったのに北川はまだ不満気。

見てれば香里の方に視線が行っているのはバレバレだってのに、煮え切らないやつめ。

少し荒療治と行こうかね。

「ふむ、すると、北川、お前は別に香里に惚れているわけではないと?」

「……え、あ?」

あからさまに慌てる北川、なんとまぁ意外に純情くんではないですか。

好きと言う勇気もなければ、好きではないとウソをつくのもはばかられる、という心情なんだろうな。

ふふふ、敗れたり、北川。

後ろで舞もなんとなく納得している様子。

名雪はわかってるのかわかってないのか知らないが、ぼーっとしてるようで意外に鋭いので侮れない。

では、ここで勝負をかけてみるか。

「すると、俺が香里の力になって好感度上げてもいいわけだな」

こうなれば『かおりんらぶらぶフラグ』が立ってエンディング一直線ルートに突入が可能だ。

流石に北川もこの発言には黙っていられないだろ……

「何煮え切らないままでいるのよ、北川くんっ!!」

と、何故か北川ではなく舞が横から声を上げて北川に説教をはじめた。

「このままじゃきっと後悔するよ、同じ後悔するなら出来る事をやってからにするべきよ、わかる!?」

などと勢い凄まじいままにまくし立てる。

少々引き気味の北川。

「いい? 香里ちゃんを手に入れるためにその1!」

「……え、あの……いや、別に手に入れるって……」

「がたがた言わない、復唱っ!」

「……え、えっと……」

「復唱っ!!」

「……そ、その1……」

「声が小さいっ!!」

「その1!!」(←ヤケ)

「将を射んとすればまず馬を射よ!」

「……」

「復唱!!」

「……あ、あいざわー……」

舞の異様なテンションに捕まって、半ば泣きそうな情けない顔をこちらに向け助けを求める北川。

しかしながら、相手は舞である。

すまん、

俺には舞を止められない。

あきらめて舞の気の済むまで付き合ってやってくれ。

気が済んだら憑き物が落ちたように静かになるから。

たぶん。

「……」(←困ってる)

いや、俺だってまだ再会して数日、舞の生態はわからない。

「そんなわけで、とりあえず香里ちゃんの好感度をあげるべく、馬である栞ちゃんに接近すべきだと思われますっ!!」

それでも演説はまだ続く。

暴走してるようだがわりと対策としては的を射てるところが半端に厄介だ。

「……祐一、舞先輩っていろいろ凄いよね」

「ああ」

俺の横では、こちらも北川に何か言おうとしてたが舞の猛進でタイミングを失ってしまった名雪が立ち尽くしていた。

律儀に呼び方を舞先輩に直しているところが名雪のいいところである。

「でも、問題は香里が相談してこないってことなんだよね」

北川が疲れて、舞が暴走していても名雪は自分のペースで状況分析。

もしかすると一番頼りになるのはコイツかもしれない。

しかし、名雪の言うことももっともだ、

香里は親友であると思われる名雪にすら相談を持ち掛けないのだ、

それがわざわざ北川に相談などあるかどうか、

先ほど二人の仲はカンブリア紀などとふざけてはみたが、実際のところはどうなのだろうか?

「名雪、本当のところ北川と香里の仲はどの程度なんだ?」

「……えーっと、たぶん、ジュラ紀でくらいだと思うよ」

「なるほど、わりと進んでるんじゃないか?」

「ゴールは平成だよ」

「……そら遠いな……」

ちょっと不憫、名雪にまでこんなこと言われるとは北川、お前は不運な星の元に生まれたんだな。

雑誌の裏にある幸運のペンダントでも買うといいかもしれないぞ。

「だけど、香里と北川って結構仲がいいほうだと思ったんだがな」

この辺は見ててそう思ったのだ。

二人はわりと気楽に話をしていたのだ、当然気を許した友達に見える。

「うん、わたしもそう思うよ」

当然、と何も驚くこともなく答える名雪。

「まぁ、ざっと見てたが、香里のこと北川だけが『美坂』って呼び捨てにしてたしな、後は全部『美坂さん』だったと思うぞ」

その辺から考えれば北川が一歩リードしてるってわけだ。

「……でも、それだと祐一はどうなるの」

……あ。

「……祐一だけが香里を名前で呼んでるんだよ……」

名雪がため息をつきながら小声で非難がましく俺を責める。

……もしかして、俺がリードしてんのか?

顔には出さないが北川にとって俺はかなりの不安要素なのかも知れないな。

「……ま、まぁ、それは香里がそう呼べばいいって言ったわけだし……それよりも話は北川をどうするか、だ」

とりあえず言い分け混じりに話を促すことにした。

「でも、本当に悩んでるんだとしても、香里も隠してるからあまり無茶に首突っ込むのも失礼だよね」

「……そうだよな、舞もきっとその辺考慮しての『香里ちゃんを手に入れるためにその1』なんだろうな」

途中から敢えて『悩み解決』ではなくなっているところだ。

信頼できる男になれば自然に悩みも打ち明けてくれるだろうということも考えてのことだ。

……と、思う。

舞だからわかんないけど。

只のノリって噂もちらほらと……、

などと思いながら名雪と二人で先ほどから会話に参加してない舞と北川の方を見てみると、

「香里ちゃんを手に入れるためにその6!!」

「……まだ続いてたんかい」

「……いくつまであるんだろうね」

……

ともあれ、

いつの間にか降っていた雪もやんでいて、

これほど校舎から外に出るまでの道のりって長かったのかと思わせるほど話し込んだ俺たちは名雪が部活に行くのを見送り、

俺と舞でぶらぶら帰り道も遠まわしに北川を茶化しながら歩いていた。

途中、タイヤキを抱えた羽リュックに出会ったり、

その羽リュックを北川が年下と思い込んで怒りをかったり、

通じてはいない様だったが舞が逐一北川の状況を教えたりといろいろありながら、

沿道に寄せられ夕日を浴びて茜色に染まる雪の中をそれぞれの帰り道に別れて帰っていった。

北川も呆れていたようだが、怒っているわけではなかったようなのでよしとしよう。

なんにしても今日も平和な一日だった。

なんだかんだ言って毎日舞と顔を会わせていると実感しながらまた雪が降り出す前にと水瀬家の門をくぐった。

「お帰りなさい、祐一さん」

俺が帰ってきたのに気が付いて、秋子さんが薄い水色のエプロンで手を拭きながらキッチンから出てきて俺を迎えてくれた。

「……ただいま帰りました……」

思わずビックリして腰が引けてしまう。

見ようによっては旦那様の帰りを待つ奥様だ。

……ちょっと気分がいい。

「夕飯は名雪が帰る頃にしますから、しばらく休んでてください」

「あ、はい」

と、にこやかに言われたのでなんとなく心浮かれながら無造作にソファでくつろいでいたマコトを持ち上げて部屋に向かった。

「!?!?」(←マコト)

名雪が帰ってくるまでの遊び相手に任命だ。

そのままマコトを小脇に抱え逃げられないようにして部屋に入って扉を閉めてくつろぐ。

マコトも諦めたのか俺のベッドの上に飛び乗って行儀良く座っている。

さて、着替えも済んだことだし、遊ぼう。

ふと、授業の進度のことや香里の不動の学年首席などといったことを思い出し、勉強せねば、と言うことが脳裏をかすめたが、

所詮かすめただけで、先日の神の啓示のこともあったので『できんことはしない』という結論で、

マコトと一緒に『戦場に架ける橋』ごっこを楽しんだ。

……

「マ、マコトーっ!」

ばたっ

倒れるマコト。

「故郷の土を踏まずしてこんなところで朽ちるのかっ」

答えず目を閉じたままのマコト。

「くっ、すまん、俺は御国の為に先へ進まねばならん」

俺は流れ来る涙を乱暴に拭い、マコトをそっと横たえて立ち上がる。

「……マコト、花の都の靖国で、春の梢に咲いて会おう……」

いつの間にか『戦場に架ける橋』から『きけ、わだつみの声』に変わっているのは愛嬌だ。

コンコン。

「あ、はい」

突然のノックの音に驚きもせずに素に戻る自分は大したやつだと思う。

「祐一さん、クライマックスでいいところかもしれませんが、ちょっとよろしいですか?」

うわ、聞かれてたらしい。

「……はい、かまいませんけど、どうかしたんですか?」

まぁ、実際聞かれてたことよりも、秋子さんが訪ねてくるという事態のほうが大事なので素直に話を聞くことにした。

「いえ、今、名雪から電話があって、あの子傘を持ってないらしいんですよ」

「え? また雪が降り出したんですか?」

今日はどうも降ったりやんだりの不安定な天気らしい。

「ええ、私が迎えに行ってもよかったんですけど、火を使ってるところですので……」

ああ、なるほど。

まだ食事の準備中で手が離せないと。

「あ、気にしないでください、行って来ますよ、学校でいいんですか?」

ま、俺にしても役に立てることならやれるだけやりたい、正直ココに来てからというもの世話になりっぱなしだったからな。

「はい、お願いしますね」

そう言うと秋子さんは安心したようにキッチンに戻って行き、

俺はコートを取り出して名雪を迎えに行くことにした。

なお、マコトは遊びつかれたのかお休みである。

玄関で靴を履き、傘を自分用と名雪用の二つ手にして扉に手をかける。

「行ってらっしゃい、祐一さん」

すると、秋子さんが俺に声をかけて来た。

何かと気の付く人だ、こう言う何気ない一言でもあるとないでは気分的に大違いだ。

「あらあら」

俺を見て何か思いついたような表情をする秋子さん。

「どうかしましたか?」

「傘は二つ持っていくんですか?」

「……は?」

「名雪と二人で『あいあい傘』で帰ってきてもいいんですよ♪」

……うわ、凄く楽しそうだよ、この人。

「……い、いえ、遠慮しておきます……」

「あらあら、残念ですね」

にこにこと、どの辺りが残念そうなのか理解に苦しむ表情である。

「……え、えっと、行ってきます……」

「では今度私とどうですか?」

……。

うっわー。

俺今『是非』とか答えそうになったよ。

「……か、からかわないで下さいよ……そ、それじゃいってきまう」(←慌てて噛んだ)

「気をつけてくださいね♪」

満面の笑みで手を振りお見送りをしてくれる秋子さん。

……アンタいくつだ……。

などと、頭を抱えながら一路名雪を迎えに雪の降る夜のいつもと違った雰囲気をした景色の中を歩いていった。

まだ時間が夕食時のそれほど遅くない時間とは言え、

田舎では街灯くらいしか地面を照らすすべがない。

ましてや雪雲がかかる月も星も見えない状況だ、

降り積もった雪、それに今まさに降り続いている雪に街灯の光が乱反射して、街灯の真下はまるで舞台のスポットライトのように輝いていた。

いや、スポットライトと表現するにはあまりに幻想的過ぎる。

きらきらと光が瞬き落ちていく、

つい立ち止まり眺めて居たい衝動に駆られるが、そうもしていられない。

そうもしていられないのはわかっているのだが、その舞散る光に手を伸ばしてみたくなる。

そして、

思わず、その光の方に誘われるように歩いていくと、

光の中に一つの影が浮かび上がった。

影の形は人のもの、

それも髪の長い少女のもの、

街灯の光に照らされて、少女の姿がはっきりとしてくる。

切れ長の目、整った目鼻立ちが夜の闇にいっそう映える。

全体的に黒い服装で、カラスのような漆黒の長い髪をまとめることもなくただ流すようになびかせて、光の下に入らなければその姿を確認することも難しそうだ。

見れば、彼女は薄く雪に覆われていた。

その覆っている雪さえも、街灯の光に反射して、彼女の姿をこの世のものではないと思わせるほどに幻想的に輝いていた。

軋むような、小さな雪を踏む音がしたと思うと、少女がこちらに気がついて顔を上げる。

俺の姿に驚いてか彼女はその場で立ち尽くしていた。

右手に小さな串のようなものを持って。

「……よぉ」

驚きつつも声をかける。

まだ夜遅すぎるというわけでもないが、田舎の夜、

しかも冬の夜だ、

時間で考えるよりも夜は早い。

だと言うのに、さらには雪が降っているというのに傘もささずにこんなところに少女が一人。

コレでは気にもなると言うものだ。

「何やってるんだ、こんな時に」

「……」

俺の質問に少女は答えない。

いや、答えられないだけかも知れない。

しばらく無言で見詰め合っていると、少女は左手に抱えていた茶色の袋から出したものを一つ俺に渡してくる。

戸惑いながらも受け取る俺。

そして彼女自身ももう一つだしたソレを手にすると、そのまま口にくわえる。

「……何が、どうなってるんだ?」

無言のまま進む事態。

わけのわからない状況に彼女に説明を求めたのだが。

「……あたしは、『ねぎま』を食う者だから」

そういい残すと少女は『ねぎま』をくわえたまま、長い髪を揺らしながらコートを颯爽と翻し俺に手を振って去って行った。

「舞ーっ!!」

「……あっしには関わりねぇことでござんす」(←串くわえたまま)

後ろから呼び止めた俺に、木枯しを連れて歩いていきそうな台詞と共に去った舞。

後日訊いたところ、

『いやぁ、突然やきとり食べたくなったのよ〜、たまにそう言う突発的な何かこう魂を揺さぶられるような衝動ってあるでしょ?』

とのことだった。

つーか、髪下ろしてるの見たのは再会してから初めてかもしれないな。

半ば混乱しながらではあったが、寒さのおかげで頭も冷えて、

成り行きとはいえ、舞に貰ったねぎまを食べながら、急いで名雪を迎えに行った。

雪も激しくなってきた頃にようやく俺が学校の校門まで辿り着く。

見上げると、悠然とたたずむ校舎。

夜の校舎と言うのはただそれだけでもの悲しく、何故かおそろしい雰囲気を醸し出す。

そんなことを考えていると、昇降口の近くの軒下で雪にあたらないようにしながら待っていた名雪に声をかけられる。

「祐一、遅いよー」

迎えに来てやったってのに文句言ってやがる。

まぁ、途中舞に出会ったおかげでほんの少し遅れたのは事実だが。

「つーか、お前こないだ俺を2時間も待たせたじゃねぇか」

この街に来た日の事だ。

あれに比べりゃ可愛いもんだろうが。

「……夜の校舎は怖いんだよー」

名雪はそれでも俺に抗議の言葉を向ける。

気持ちはわかるが、

俺もあの時凍死するんじゃないかって怖かったんだけどな。

ま、いつまでもこのままでは埒があかない、適当に謝って帰るとしよう。

「で、名雪、傘だ」

名雪の傘である緑一色の大きめの傘を手渡す。

意外なほどシンプルで機能的な傘である。

俺の中にある名雪のイメージではもうちょっと鮮やかな女の子らしい傘かと思ったんだが、

……まぁ、イチゴ柄じゃないかって疑ったのは内緒だ。

……あゆくらいなら嬉しそうにタイヤキ柄の傘でも差しそうだが……。

「じゃあ、帰ろうよ」

考え込んでしまったところに名雪が俺を促して、二人で夕食の待つ家に帰ることにした。

踏み固められた雪の上に今しがた降り注いだばかりの新雪を踏みしめて、

とても静かな雪の中を歩いていく。

「……そういえば、お前友達に傘に入れてもらったりとかは考えなかったのか?」

今更だが、普通そうするだろう。

「うん、うちの近くにすんでる人っていなかったから……」

ああ、そう言うことか、結構難儀な話だな。

それで、一人遅くまで待ってたのか、

ちくり、

と、少し申し訳なさを感じながらもう少し急いで来ればよかったと後悔していた、

が、

「それに、わたし部室で寝ちゃってて、気がついたらみんな帰ってたんだよ〜」

もう少し遅くくればよかった。

俺は何か複雑な気分を抱えたまま、

名雪は特に理由もなさそうなのになんだか楽しそうな表情を浮かべたまま、

二人で家路を辿り、秋子さんとマコトと、夕食の待つ水瀬家に辿り着いた。

「お帰りなさい、二人とも」

「ただいまー」

「ただいま……」

帰ってきた俺たちを待ち構えていたかのように出迎えてくれる秋子さん。

それではお夕食にしましょうね、ということでみんなで奥に向かう。

だが、その途中で思い出したように秋子さんが楽しそうに口を開く。

「ところで、名雪」

「なに? お母さん」

「帰りは祐一さんに『あいあい傘』してもらった?」

って、何を言い出すんだ、この人はっ。

「ううん、してもらえなかった……残念だよ」

名雪もっ。

真面目に答えないっ!

しかも、残念だったんかいっ!

「私とは今度してくれるそうよ」

「え、お母さんずるいっ」

言ってない、言ってないです秋子さん。(←突然の展開にツッコミも出来ない)

「名雪も頑張りなさいね♪」

「うん、わたし頑張るよ」(←真剣)

……秋子さん、子供たちで遊ぶの辞めてください……。

っていうか、名雪もそんなこと頑張るなよ。

そんなことを思いながら、

もう起きていたマコトも交え食事を淡々と済ませてから居間でくつろいで、

風呂も終えた頃に名雪の『眠い』発言が飛び出し、それに促されるように解散となって、それぞれ各自の部屋に戻っていった。

しばらく、俺は部屋でベッドに転がり本を読みくつろいでいたが、気がつけば時間も日付が変わりそうなところまで来ていたのでいい加減寝ようと立ち上がる。

コキコキと最近運動不足なのか肩をならしながら服を着替えようとする。

すると胸ポケットに何かが入っているのに気がつき気になって取り出してみる。

「……串」

ああ、あの後名雪が待つ学校に向かうまでに『ねぎま』を食べ、串をそのまま胸ポケットにしまったんだっけか。

忘れてた。

……こけて刺さらなくてよかった。

しかし、舞も不思議なヤツだよな……。

昔からは想像出来ない方向に育ちはしたが。

巻き込まれるほうとしてはなかなか楽しいから飽きなくていい。

しかし……。

「あいつ、傘持ってなかったけど、風邪引かなきゃいいが」

薄っすらと頭や肩に雪が積もっていた舞の姿を思い出し、少々心配する、が、

「まぁ、そうだな」

呟きながら、手に持った『ねぎま』の串をくわえると、

「あっしには関わりねぇことでござんす」

何故、

人は、

串をくわえると無条件でコレを言いたくなるのだろうか。

とりあえず、満足した俺は、着替えを済ますと布団に潜り込みいろいろあった今日一日を終えることにした。

 

どーこかでー

だーれかがー

「へくちっ!」

 

つづく


ひとこと

やきとり好きなんですよ。

 

戻る

inserted by FC2 system