今更だが、

この学校は創立してそれほど時は経っていないようでまだまだ新設校と言えるものらしい。

食堂が前に俺がいたところと比べても格段に広く、奇麗だったとこからも解るように設備はかなり立派だ。

それに見合ってかこの時期なので冷房は知らないが暖房は全館設備されている。

でなけりゃ名雪だって寝たりしないだろうし、ここの女生徒もあんな短い服で過ごすなど不可能であろう。

とはいえ、

よく考えてみればココは階段の踊り場。

いや、良く考えなくても屋上手前の階段の踊り場だ。

どこがどう踊り場か、

別に誰も踊ったりしないだろ、

とか、迂闊に言うと踊りそうなのがこの場にいるだけに言えないが、古今東西ココは踊り場である。

そして、深く考えるまでもなく、季節は冬。

でもって普通に考えれば、仮にこの学校が冷暖房完備としても屋上に出る手前の踊り場に暖房が入ってるわきゃない。

そしてまぁ、頭で考えるまでもなく体がそれを感じるわけで、

結論として、

ココは寒い。

多少なりとも廊下なども暖房の心ばかりの気配りを受けていて、さらにその温風が階段までやって来てはいるが、

俺たちのすぐ側、

施錠された扉の向こうは見渡す限りの白。

誰も足を踏み入れてない雪の積もる屋上。

その冷たさが一枚の扉を通して伝わってきていて暖かな校内の一角であるココを少しばかり涼しげな空間にしてくれている。

そしてそんな中で、一人の少女が場を緊迫させていた。

「皆さんもどうですか? バニラアイス美味しいですよ」

……コレを緊迫って言うかどうかは賛否両論だと思われる。

思われるのだがあえて緊迫と言わせてくれ。

俺は何でこんな真冬にバニラアイスなんか食べなきゃならないんだか。

断っているのに少女−栞は俺たちにアイスを薦めてくる。

さすがの舞も佐祐理さんもコレばっかりは食べるのはどうかと悩んでいるようだ。

「……どうです? 祐一さん?」

栞が俺に小首を傾げながら尋ねてくる。

可愛らしい仕草で、思わず「はい」と言ってしまいそうになるが、

「いや、医者に止められてるんだ……」

微妙な言い訳で難を逃れてみる。

敢えて何を止められていると言わないところがポイントだ。

「そうですか……では佐祐理先輩はどうですか?」

「いえいえ、私は倉田家の家訓で……」

俺が食べる気がなさそうなのを感じ取ってか、栞の矛先が佐祐理さんに向く。

が、こちらもこちらで無茶過ぎて迂闊にツッコメない言い訳で流される。

コレも敢えて家訓が何なのかを言ってないのがポイントである。

というか、そもそも風邪ひいてる栞がこの状況下でアイスを食べていることが問題ありすぎなのだが、敢えてツッコムとまた矛先がこちらに来そうなので黙っておくことにする。

「……」(←佐祐理:頷く)

こちらも難を逃れた佐祐理さん、なんとなく目配せで頷きあってお互いの無事を確認。

そして、2人で顔を上げて次なる事態を半ば嫌々予想しながら栞の方を見てみれば、

案の定と言ったところか、栞は次は我らがスーパーヒロインの元へとアイスを運んでいく小人さんだった。

「舞先輩、いかがですか、バニラアイス?」

にこやかに、ことさら『バニラ』を強調するように言葉を口から流れるように紡ぎながら舞にアイスを差し出す。

「……真打登場か、舞はどうかわすのか見ものだな」(←祐一:小声)

「……でも、ひょっとすると舞だから舞だけに、何の問題も無く食べるかもしれないよ」(←佐祐理:小声)

「ああ、舞だもんな、けど、舞だからこそ俺たちに予想もつかない大技を披露してくれるかもしれないぞ」(←祐一:小声)

「……舞、だもんね……」(←佐祐理:しきりに頷く)

などと俺と佐祐理さんが話しているのを知ってか知らずか舞は栞の持ってきたバニラアイスを前にして、しばらく神妙な顔をしたかと思うと、

「……栞ちゃん、あたしはそんなこと出来ないよ」

(舞にしてはかなりレアな)真剣な顔で伏目がちにゆっくりと、静かに、それでいて意志の強い通る声で語り始めた。

「バニラアイス、ってどういうものだか知ってる?」

「……え、バニラアイス……えっと、この白いアイスのことですよね?」

唐突な質問に怪訝な顔をして聞き返す栞。

それはそうだろう、バニラアイスとは何ぞや、など普段の生活で考えたこともなかろう。

それほどまでにバニラアイスは日本人の生活に浸透している。

「……バニラアイス、その歴史から話さないといけないわね」

目を閉じ、首を軽く2度左右に振ると、静かに、そう凄く静かに、

舞はとつとつと、その激動の歴史を語り始めた……。

 

15世紀も終わりに近づいたイタリアはヴァチカン市国。

悠々とそびえるサンピエトロ寺院もかれこれ建造から軽く1000年の時を越えて来ている。

そのカトリック総本山のお膝元において、いつからか流行り病が蝕み始めていた。

今でこそ普通のウィルスと言う病原体を感染源とした流行性の病だが、この時代にコレといった対処法もなく、高熱や嘔吐などといった症状に悩まされ、

体力や抵抗力の少ない子供達が苦しんでいた。

神に祈りを捧げようとも事態も変わることなく、祈りを捧げていた神官すらも原因の掴めていなかった流行病に伏してしまった。

ヴァチカンの人々は何か神の怒りを買うようなことをしたのではないかと噂し、『神の試練』と流行病こと『神の怒り』が収まるのを待つことしか出来なかった。

しかしながら、罪もない子供達が高熱で苦しんでいる姿は敬虔な聖職者達には辛いものでしかなかった。

何か出来ることは無いものか、そう考えたカトリックの神に仕えるものたち数人が知恵を絞り、身を粉にして動き始めた。

その過程において、子供の熱を冷まそうと氷を用意していた一人の尼僧が氷を細かく砕きつけて子供達に食べさせた。

体の熱を冷ませるように。

しかし、高熱の経験があるものならわかるように、そんな病に伏している時はえてして食欲は皆無に等しいレベルで落ちている。

いくら冷たくて気持ちよくとも通常氷を口に含もうとは思わない。

尼僧はその姿を見て、この氷を何とかできないかと改良を加えて味を付け、ただ無機質に硬く冷たい氷から食べやすい柔らかい物にするために身も凍る氷室の中で長い時間思案と試行を重ねて遂には子供達にも食べやすい冷たい食べ物を作ることに成功した。

出来た冷たいものはやわらかく、そして甘く、透き通るような香りを付け加えて、

カトリックであろうがなかろうが、広くイタリア、ローマのあちこちに広がっていった。

高熱に苦しんでいた子供達も甘く、冷たい美味しい食べ物に魅せられたおかげか、はたまた偶然に治まる時期だったのか落ち着きを取り戻していった。

残念ながらその偉業を成した尼僧は、その流行病の最中に氷室に篭るという行いのため、自らが病に伏して短い生涯を終えることとなったが、

その成しえたもののおかげで命を救われた人は数知れず、

さらには今日まで彼女の作ったものが世界各国で愛されているという事態になった。

彼女が作ったものは、後にその尼僧に名をとって『ヴァニラ』と名付けられたとか。

 

「……そうだったんですか……」

つぶやく栞。

「だから、それは栞ちゃんが食べて、早く風邪を治してね」

やさしく、まるで聖母か天女か、もしかすると話に出て来た尼僧のように、舞は微笑み。

軽く首が動いたかどうか解るか解らないくらいに小さく頷いた。

周りにいた俺も佐祐理さんも、どことなくやさしい気分になる。

そして、ゆっくりと、

舞が笑顔で目を閉じるような深い笑みで鈴の音を転がすように透き通った声で一言つぶやく。

「嘘よ」

「……」(←栞:唖然)

「……」(←祐一:無表情)

「……」(←佐祐理:笑顔で固まる)

「……」(←舞:素敵な笑顔)

「……」(←栞:何とも言えない表情)

「……」(←祐一:呆れが怒りに変わって来ている)

「……」(←佐祐理:目が笑ってない)

「……」(←舞:素敵な笑顔)

「コイツを放り出すぞっ!! 栞、ソッチを持てっ!!」(←祐一:突然立ち上がり舞を抱える)

「はいっ! 了解ですっ!!」(←栞:反対側から舞を抱える)

「ちょ、ちょっとした冗談じゃないのよーっ!!」(←舞:暴れる)

ガコンッ!!

俺と栞が舞を抱えていると鉄のぶつかり合う音が聞こえて来た。

「はいー、扉は開けたよー! 雪の世界に舞をぱいるだーおーんっ!!」(←佐祐理:扉を開けてガッツポーズで)

「ぱいるだぁぁぁあぁぁぁぁあぁー!!」(←祐一)

「お〜んっ!!」(←栞)

「って、佐祐理どうやってココの扉あけっ……ぼふっ……」

き〜んこ〜んか〜んこ〜ん

 


でも、やっぱりまいがすき☆


 

朝から昼ごろまでは雲も余り多くなく、時折太陽がその継ぎはぎだらけの雲の間から顔を出していたりもしたが今ではすっかり見る影もなく、大空はくすんだ灰色の雪雲に覆われていた。

昼休みが終わったあたりからちらほらと白いこの季節の風物詩が大地に舞い降りてきていた。

白い冬の風物詩。

――――大根。

違うって、俺。

なんか舞ならそんなこと言いそうな気がする、と思うあたりすっかり毒されているんだろうな。

その後に

――――あははー、短冊に切って撒こうかー♪

とか言う合いの手も容易に思い浮かび一人笑いを噛み殺す。

窓の外を見ればちらほらと雪。

右の席を見ればうとうとと名雪。

伝説のネギは有効活用されてるか少し心配になるが、今はまだ眠気と戦っている状況なのであちらの世界にはまだ旅立っていないようだった。

今にも世界の未来をその手にかけて、伝説のネギを背中に背負って旅立ちそうな名雪から目を離して再び窓の外。

白い天からの贈り物は少しずつ勢いを増し、もはやちらほらという表現では言い表せなくなりつつある。

雪の降る日は総じて静かである。

いや、雪国では雷を伴うこともあり大きな音を立てるが、それでも、その雷の音が響き渡るほど周りの音が少なくなる。

雪は音を吸収する。

科学的に言えば雪の結晶と結晶の隙間に空間が出来、その構造から吸音効果のある壁になるため壁や地面に反射する音がなくなる。

音楽室の壁などと同じ仕組みだ。

そのため、雨と違い外が非常に静かなので雪が降っていることは目で見ないと気がつかないことが多い。

だから、午後の授業中、

誰もが眠気と戦うゆったりした雰囲気の中、

例に漏れず俺も、そして見てみれば北川もゆっくりと夢の中で船を漕いでいたから、雪の勢いが時間とともに増して行き帰る頃には校舎の周りに足跡がなくなるくらいの新雪が降り積もっていたことは学年首席の香里くらいしか気がついていなかった。

「祐一、放課後だよ」

気がつくとHRも終わり名雪がまだ少し眠そうな表情でふらふらと今日の学業の終わりを教えてくれる。

さすがに俺も全部寝てたわけではないがHRは半端にしか記憶がない。

なんと言うか気持ちのいい温度だった。

食後の快適温度、寝てくれと言わんばかりの学校の暖かい配慮。

ビバ新設校。

「って、名雪は部活なのか?」

午後の学校の素晴らしさを噛み締めていたが、名雪の言葉に挨拶代わりに言葉を返しておく。

いつもなら名雪はこの後部活なはずだが……

窓の外を見ると、とても外で何かをしようという気にはなれなさそうな天気である。

見下ろせば栞が学校に忍び込むための通路として使っている校舎裏から中庭と繋がるところも、足跡一つも残さずに覆い隠されてしまっていた。

仮に陸上部が活動でもしようものなら本日のメニューは雪掻きだろう、うん。

「うん、部活だよ」

「……雪掻きか?」

「は?」

「いや、この雪でどう陸上部するんだ?」

「あ、うん、今日は流石に屋内だよ」

なるほど、そらそうだよな、別に雨の日だって屋内で練習するもんな。

「ふーん、じゃあ元々屋内の部活とかと一緒にするわけか」

「ううん、だから体育館は込み合うけど、ウチは今日は視聴覚室でミーティングだから」

「運動はしないのか?」

「うん、体育館の割り振りもあるしね、じゃ、わたしはそろそろ行くよ、遅れるとまたみーちゃんに怒られちゃうから」

「……また、なのか?」

「じゃ、じゃあね、祐一っ」

軽く言ったつもりだったのだろう、名雪は俺のツッコミに自分の言ったことに気が付いて慌てるように教室を出ておそらくは視聴覚室に向かって行った。

大変だろうにな、みーちゃんとやらはきっとこんな時間にルーズな部長のサポートで苦労してることだろう。

そして、いつも部長会議などでも名雪が余計なことを言わないかはらはらしてたり、部活中に寝たりしないか監視したりと、

ある意味部長よりも忙しく気苦労のかかる面倒見のいいキャラに違いない。

……不憫だな、みーちゃん。

と、いう形で俺の中でまだ見ぬ『みーちゃん』像を確立して一息。

脳内会議を終え名雪を見送った後、俺もいいかげん帰る準備をしはじめるがすっかり出遅れたためすでに教室内は人がほとんどいなかった。

教室内を見回しても掃除当番であろう女の子とそれを待っている友人が数人残っているだけであり、転校したてということで友人と言うほど親しい連中ではない。

とりあえず、友人と言うほどではないにしろクラスメイトであり今後どう関わってくるかわからないわけでもあるし、加えてクラスメイトと言うものに対する義理を欠くわけにも行かないので一考して一言かけて帰ることにした。

俺はその場で軽く談笑していた数名のクラスメイトにさわやかな印象を与えようと軽く笑顔を浮かべながら掃除当番へのねぎらいを考えながら足取り軽く近づいた。

「あ、相沢君……」

先に、俺が向かって来ることに気が付いた背の高い尻尾髪の女の子が声を上げる。

その声につられてその場にいた少女達が一斉に振り向く。

と言っても女の子は3人。

よく女の子って3人組が多いよな、この子たちもその口なんだろうか、そして例によって3人寄って姦しいんだろうか。

などと考えているうちに、向こうから先に声をかけて来た。

「そういえば、相沢クン今日のお昼は大変だったね」

「あ、ああ……」

2人目の女の子、今日の掃除当番だろう、モップにもたれかかるような体勢でこっちを見ている茶色い長い髪をした子が話しかけてくる。

内容が昼間の、多分あの放送事件のことだけにさわやかな笑顔も苦笑いに変わりバツ悪く答える。

「まったく、転校したてでアノ2人に関わるって、なんと言っていいか賞賛に値するわよね」

「うんうん、流石名雪の従兄弟だよね」

俺の答えに、最初の背の高い女の子と3人目の他2人に比べると小柄な、結び目が頭の後ろ側にシフトしているちょっと変わったツインテールの女の子が笑顔で誉めて……、

くれてるのか?

……どことなくバカにされてるような気もするんだが。

「……う……いや、アノ2人に関わったのはまぁ、凄いことかもしれんが……その名雪の従兄弟ってのは『流石』に位置するものなのか?」

「んー、ま、アノ2人と比べればどこまでも普通だけど、名雪も名雪でいい意味で不思議ちゃんだからね」

小柄な女の子はそう言って笑いながら説明してくれる。

不思議ちゃんって、ひでぇ言われようだな、名雪。

ちなみに、小柄な女の子と言ってはいるが、この3人の中での話で、普通に見れば標準かそれより少し少ないくらい。

あゆや栞に比べれば小柄とは言いがたい体格である。

「ま、いい意味で、だからね、名雪ちゃんは和みキャラっていうか癒しキャラっていうか、そんな感じなのよ」

モップ少女が言葉を続ける。

「ふーん、名雪……まぁ、俺から見ても割と不思議なヤツだからな、言いたい事はなんとなくわかるぞ」

「あはは、そうなんだ、いや、だから私達も転校してくる相沢君ってどんな人なのか気になってたんだよね」

俺の名雪論を聞き笑いがもれてしまったのか口元を抑えながら背の高い少女が言葉を吐き出す。

「……俺?」

「うん、だって転校少し前から名雪ってぱ『わたしの従兄弟が転校してくるんだよっ』って言ってたからね」

「……言ってたのか」

背の高い少女の続けた言葉にちょっと疲れを憶える。

「それで『その従兄弟ってどんな人』って訊いたら……」

「『不思議な人だよ』って言われたんだよ」

「…………心外だ」

掃除当番茶髪少女と3人の中では小柄変形ツインテール少女が続けざまに当時の様子を語ってくれる。

「だからちょっと心配してたっていうか、期待してたっていうか……」

「名雪ちゃんの従兄弟で、名雪ちゃんに『不思議』って言わせる相手でしょ?」

「どんなのがやって来るかと、ね」

「そうそう、毎日遅刻ギリギリかなーとか」

「授業中もやっぱりうつらうつら船漕いでるのかなっ、とか」

「ネコとイチゴで目の色変わったりするんだろうか、とか、まぁ、いろいろと」

「そうしたら案外普通ー」

「と、思いきや校内一の有名人に捕まってるしね」

「なるほど、名雪をして『不思議』と言わしめるだけのことはあるわね、と」

上から順に、

変形ツインテール少女が綺麗になったばかりの黒板にもたれかかりながら、

掃除当番茶髪少女がモップを左手で持ち、右手で机にもたれかかり、

背の高い少女が胸の下辺りで腕を組み、目を細めながら楽しそうに、回す様に続け様言葉を繋いで行った。

「……なんだか、酷い言われようなんですが」

校内一の有名人かよ、舞……とか思いながら言葉を紡ぎだす。

俺の言葉を止めにして笑い出す3人、

俺もつられて苦笑い。

窓の外は相変わらずの雪だが、ココは今割りと心地よい。

「そういえば、名雪って今でもネコ好きなのか」

さっきの話の内容を思い出し、俺の昔の記憶を呼び起こさせられる部分を確認してみる。

「ってことは昔から名雪ああだったんだ」

「『ああ』って部分は何とも言えんが、昔ネコを追い掛け回してたな……」

変形ツインテール少女の言葉に、昔の名雪の姿を思い出してみる、

『ねこーねこー』言いながら追いかけてたっけな、泣きながら……、

ああ、そうだ、そう言えば……。

「あいつ、ネコアレルギーじゃなかったっけか?」

「ええ、目を真っ赤にして泣きながらネコを抱きしめてる姿はなんと言っていいのやら」

ため息混じりの背の高い少女の言葉に俺は感慨深く物思い、

そうか、治ってなかったのか、

まぁ、アレルギーが簡単に治るものなら苦労もしないけど、

確か昔、名雪がネコアレルギーだとわかって落ち込んでたとき俺は『そのうち治る薬が出来るから』とか何とか言って励ましたんだっけか、

好きなのに、抱きしめるのも一苦労するわけか、不憫だとは思うが、

全然変わってないな、あいつ。

「時折それを静止してる香里ちゃんとかが可哀相になってくるわよ」

こちらもため息混じりの掃除当番茶髪少女。

もっとも、ため息は身振りだけで3人とも笑顔ではあるのだが。

「ま、それで名雪は名雪として、問題は相沢くんよね」

「そうね」

「うん」

「何故?」

「だって、転校早々のアノ2人に関わってるなんて、かなりのツワモノだよ」

「あの2人ファン多いから、刺されるわよ」

た、確かにツワモノだと思うが、刺されるってまた物騒な話題を……。

「それなら、アノ2人に限らず名雪ちゃんもでしょ、走ってる姿は凛々しくて普段は和みキャラだから結構な人気だと思うけど」

「……さ、刺されますか、俺?」

「冥福は祈っておくわ」

俺の呟きに、素敵な笑顔で答える背の高い少女。

アンタもなかなかいいキャラだよ。

「でも、名雪ちゃんとはイトコだとしても、アノ2人とどう知り合ったの?」

話題を戻すように表情も普通に戻って掃除当番茶髪少女が疑問をぶつける。

よく考えればもっともな話だ、北川や香里には話したが……、まぁ、伝わってるわけもないしな。

「いや、昔……子供のころに俺はよくこの街に遊びに来ててな」

「……あ、なるほど」

「名雪のところに遊びに来てたと言うことね」

「ふーん、で、そん時に……」

「ああ、俺と舞の宿命のゴングが鳴ったんだ……全てはアレが始まりだった……」

「しゅ、宿命って……」

「ゴング、か……」

「どんな出会いよ、どんな」

「60分3本勝負、まさに死闘、一勝一敗で迎えた三本目、俺の腕ひしぎ逆十字が決まり、アレで終わったと思ったんだ……けど、けどヤツはっ! まるで何事もなかったように関節技から抜け出し、

 『聖闘士に同じ技は2度通用しないのよ』

 と」

この時点で俺は右拳を強く握り締め、悔しそうに天を仰ぎ見る。

さぞかしウチのクラスの姦し娘も呆れてることだろうと視線を移して覗き見てみるが、

「……か、川澄先輩、聖闘士だったのっ!?」(←変形ツインテール)

「すでに一勝一敗の時点でこの技は出してたのね、相沢クンは」(←掃除当番茶髪)

「……なるほど、で、勝敗は……」(←背の高いの)

「……お前ら、ノリ良すぎ」

ひとしきり4人で笑った後、簡単に昔出会って、このたび再会したと伝えて説明を終える。

舞の昔の不思議少女たる部分は伏せて、ただ友人だとして。

「あはは、でも、今だったら川澄先輩にのされるわよね」

話も終えた後、ツインテール少女が俺を見ながら話す。

見れば他の2人も頷いている。

「そうなのか? 強いのか?」

俺の言葉にちょっと不思議そうな顔をして、しばらく考えた後背が高い少女が説明を付けてくれた。

「ええ、川澄先輩って、あの容姿で剣道の有段者よ」

「え゛、マジ?」

「確か、最高記録はインターハイでベスト8だったか4だったかよ、ね」

「うん、ベスト4」

背の高い少女の説明に掃除当番茶髪少女が相槌を打つ。

舞……凄かったんですね、俺は昼間そんな女を雪に投げ込んだのか……。

か、帰り道気をつけよ……。

てか、前に、帰宅部だって言ってたような気もするが。

「その成績のおかげで推薦も取れるみたいだし、今は前にもましてあんな感じなのよね」

苦笑混じりに説明が続く。

ああ、なるほど、今は引退して結構経ってるもんな、そら帰宅部だ。

「倉田先輩は倉田先輩でお嬢様だしね」

「ああ、それはなんとなく納得する」

変形ツインテール少女が続け様に佐祐理さんの説明をする、その辺はもともと感じてたことだったので素直に話を受け入れるが、

訊いてみればなかなか本当にこの辺りではずいぶんとご立派なお家のお嬢様らしい、

なんと言うかまるで……、

「あの2人『お姫様と護衛』みたいだな、そうすると」

「「「うん」」」

3人声そろえて即答、早いよ、早すぎだよお前ら。

「なるほどな、俺は結構な人物と知り合ってたわけか」

「うん、そうだね……あ」

俺がしみじみと考え込んでいると、変形ツインテール少女は視線を遠くに移して小さく声をあげた。

「どうしたの?」

「うん、雪が治まって来たなって」

「ああ、本当だ、それじゃ俺はこの辺で……傘持ってないから今のうちに急いで帰るよ、今日はいろいろ説明ありがとう」

帰る機会を逃すとあとあと辛そうだ。

そう思い、ココは話し込んでいただけに名残惜しいが一足先に失礼することにした。

「それじゃさようなら、気をつけてね相沢クン」

「また明日」

「気をつけてね」

「ああ、それじゃ、えーと……『背高さん』『ロング茶髪さん』『変形ツイテさん』」

捨て台詞のように、名前を知らなかった事実に合わせ、ちょっとした悪戯心で自分の中ではさわやかな笑顔を振りまきながら勝手に俺の中で付けた3人のあだ名で別れを告げて教室を後にした。

去り際、3人は仲良く固まっていたようだった。

そして、俺は思った。

掃除、しようよ。

 

つづく


ひとこと

『バニラ』はラン科の植物の名前です。

その香りをつけたアイスクリームをバニラアイスと呼ぶ。

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