雪。
白い雪が空に舞っていた。
時折吹く凍るように冷たい風が降り落ちて来るはずの雪を翻弄し、
降っていると言うよりは舞っているという表現を使わせてくれていた。
空を見上げれば灰色がかった空。
灰色の雪雲が空一面に広がっているはずだが、雪の多さのためにどこからが降って来ている雪で、どこからを雲と判断していいのか、
いや、判断する思考すら飛ぶくらいに奇麗に雪が舞っている。
この空は、
ただ、
静寂に包まれて、
目に映る水のもう一つの姿、美しい純白の結晶が静かに、
本当にただ静かに動き回るのみだった。
呆けたように白い世界の中にたたずむ。
さしている傘もあまり役に立っていないようなこの状況。
風が舞う。
しかしその風の音さえも聞こえない。
見ようによっては吹雪とも取れる灰色の空、時と共にその白く舞う冬の風物詩は激しさを増していた。
ほんの一時緩やかになった降雪ではあったが今では街並みすら霞んで見える。
だから、
霞んでいるからこそ周りの景色がはるか遠くに見えるような、
また、極端な言い方をしてしまえばその景色が存在しないように見えていた。
周りを覆うのは雪。
まるで世界の全てがこの舞い踊る牡丹雪の中に消えてしまったような、この雪の中だけが世界のような、
そんな錯覚にとらわれてしまう。
―――何故だろう。
―――何故だかは解らないが、
―――ただ、思うことは……
―――何故だか、
―――酷く、
―――懐かしい。
―――そして、
―――心の奥底を突付くように
―――悲しい。
悲しい、その感情で正しいのかどうかも解らない。
一言で表せる感情の動きだが、単独で確定する一つの意味ではないし、もしかすると悲しいという感情に似た別の感情なのかもしれない。
今感じるもの、
誰もが解る感情の一つとして表せないのかも知れない。
もし、
もし近いものがあると言うなら、心の中を吹く凍てつくような風。
大事な何かを大きく激しくも揺らしながら、
それでいてその何かが確認出来ない、
そんなもどかしい気持ち。
ふと、隣を見ると白い雪の化粧をつけた大きな傘をさした黒い長髪の少女。
どことなく、
くるくると回る雪のダンスの輪の中で微笑む姿に既視感。
なんとなく、
同じ角度で見ていた気がするその整った横顔に違和感。
そう、昔見たような気のするその姿も今の姿も、
微笑みなのに何故か悲しい色を纏い、
それなのに、
掛け値なしの幸せを含む笑顔。
―――見惚れてしまう。
素直にそう思う。
おそらくは、昔も見惚れたのだろう。
すると、少しだけ少女が口をあけていることに気が付く。
微かにその口から漏れてくる音。
その音は繋がりを持って一つの旋律となっていく。
小さなメロディ。
聞いたこともないそのメロディをよく聞き取ろうと俺は耳を傾ける。
少女は、そのメロディを携えて、軽やかに降り積もる雪の中を滑るように歩いていく。
「…………ぱふぇ♪」
……ぱふぇ?
よく聞くと、雪の中で隣を歩く少女―舞の口ずさむメロディは歌であり、
内容が今ひとつ理解できないような……。
「いっちごサンデー880円〜♪ トドメはジャーンボデラックス☆ 恐怖の3,500円♪ みんなの街の喫茶店、いけいけ僕らの百花屋っ♪」
「……何の歌だ、そりゃ」
「何って、百花屋のテーマソング」
「百花屋?」
「この街で有名な喫茶店、多分ウチの生徒なら誰でも知ってるわよ」
「……テーマソングまであるのか?」
「まぁ、田舎だからね、地域密着型っていうのかしら?」
……よくわかんねぇよ。
などと舞の説明を聞きながら変わらぬ雪の舞う街中を歩いていた俺たちの前に一人の人物が立ちふさがった。
その人物は傘で顔を隠して静かに口を開いたのだった。
「〜♪ ポイントカードはICカード、ハイテク志向の喫茶店、戦え僕らの百花屋っ♪」
なんつー歌だよ。
てか、戦うなよ、喫茶店。
「そ、それは幻の『百花マーチ』2番!?」
その歌を聞き、舞が驚いたように叫ぶ。
すると相手の人物は歌うのを辞め、
っていうか最後まで歌い切って口元に笑みをたたえ、舞に話しかける。
「歌はいいねぇ、歌は心を潤してくれる、小澤征爾が作った文化の極みだよ、そう、思わないかいミラクルまいまい」
「……佐祐理、小澤征爾は歌は作ってないわよ」
「俺としては『ミラクルまいまい』がなんなのかの方が気になって仕方ないんだが」
「あ、それはねっ、私と舞が今年の文化祭でやった劇で、さっきの台詞もそのときっ……もごもご……」
「アンタはっ、そんな悲しい過去わざわざ祐一くんに言わなくてもっ」(←舞:慌てて佐祐理の口をふさいで)
「もごもご……ふぃー、でも、こんなところでこんな天気にどうしたの2人とも、遭難?」(←佐祐理:笑顔)
「……いや、単に学校帰りなんだが」(←祐一)
まぁ、この雪の中確かに遭難にも見えなくもないが、何のことはない単に俺と舞は学校帰りなわけである。
俺が教室から出た後、玄関にたどり着くと、一旦治まりかけていた降雪が嘘のように激しくなっていた、
その為にどうしようかと思いあぐねていた時に舞が現れたというわけで……。
説明しようとしたのだが2人は俺を放っておく形で少し離れて何かを言い争っていた。
「それで、2人で『あいあいがさ』かー、舞ったら意外に積極的だよねー」(←佐祐理)
「佐祐理っ、アンタあたしに恨みでもあるのっ!?」(←舞:真っ赤)
「はー、実は祐一くんが傘持ってないことを察知して昇降口で待ってた、とかってオチ? ずるいなー☆」(←佐祐理:天使の笑顔)
「〜〜〜〜!」(←舞:耳まで真っ赤)
「……え? まさか……本当……?」(←佐祐理:ちょっと驚いてる)
「!!!!」(←舞:煙出そう)
「……舞?」(←佐祐理:面白いおもちゃを見つけたような笑顔)
「い、いや、あのね、ほら祐一くんの教室から、祐一くん傘持ってないって聞こえてきて……それで、あのほら、なんていうか……」(←舞:しどろもどろ)
「……で、なんで祐一くんの教室のトコに居たのかな〜?」(←佐祐理:にっこにこ)
「!! ぁぅぁぅ……」(←舞:泣きそう)
何を言い合ってるんだか良くわからないが、
とにかく放っておかれて寂しい俺は、
傘も持っていかれて雪にまみれ、ただ呆然と立ち尽くしていた。
少し離れて2人の美女の掛け合い漫才、そして背中にぶつかる何かの感触。
……って、背中の感触?
「……う、うぐぅ」
後ろを見なくても、
何が起こったかわかってしまう謎の声。
前には学校きっての漫才コンビ、
後ろに天然羽娘。
俺は思った。
思いたくなかったけど、
実はこの状況、
『三役揃い踏み』!?
「でも、さ、舞、わざわざ歌を歌って喫茶店のこと遠まわしにアピールしなくても、もっと素直に……」(←佐祐理)
「さ、佐祐理ーーっ!!」(←舞)
でも、やっぱりまいがすき☆
「うぐーーーーーっ」
「はぇーーーーーっ」
「うぐーーーーーっ」
「はぇーーーーーっ」
「うぐーーーーーっ」
「はぇーーーーーっ」
「……舞、もしかしてあの2人は俺には解らない謎のコミュニケーションを取っているのか?」
「そう見えなくもないけど、単にメニューを見てどれにしようか悩んでるだけだと思うわよ」
「うぐーーーーーっ」
「はぇーーーーーっ」
繰り返し不思議な声が店内に響く喫茶店。
結局あの後あゆを拾って喫茶店に突入。
雪の酷い街中で立ち話もなんだから、という結果になったのだが、
もとより知り合いの俺と舞とあゆ。
そこに佐祐理さんが加わった状況。
佐祐理さんは人がいいし、人懐っこいところも見せていたので危惧はしてなかったし実際その通りになって、
「うぐーーーーーっ」
「はぇーーーーーっ」
現在あゆと謎の意気投合を見せていた。
店は先ほど舞と佐祐理さんが歌っていた『百花屋』。
別に店内にテーマソングが流れているとかボケたことはしていないので安心したが、
あの歌の店とは思えないほど造りのしっかりとした洒落た喫茶店で、
とてもじゃないが男一人、いや二人連れでも男同士だったらとても素では入れない。
まぁ、素じゃないときがどんなときかと訊かれても今のところ答えようも無いのだが、とりあえずはそんな店だ。
俺は甘いものは苦手なので自分の注文するべきものはメニューに『おすすめ☆』のマークがついているブレンドだ。
一般にブレンドというと簡単な安いコーヒーとも思いがちだが、わざわざブレンドにおすすめをつけているところ見ると、おそらくはマスターの自慢のオリジナルなのだろう、そこに期待してみるわけだ。
そして、自分のものを決めて他の3人を眺めてみる。
位置は窓際の4人掛けの席で窓側の入り口方向に居るのが俺、隣通路側が舞、
向かいあって俺の前があゆ、舞の向かいが佐祐理さんとなる。
舞はメニューをチラッと見てもともとお目当てでもあったのかさっさと決めた模様。
ちょっと嬉しそうな表情でメニューを机に置くと手前にあったおしぼりで軽く手を拭いて氷の浮いた水に口をつけていた。
やはり、こうして見ると舞は美人だ。
目を伏せる感じの姿、長いまつげの影が目の下に落ち、口の端が僅かに上げてグラスを手にして微笑む姿は思わず目が釘付けになる。
そんな姿に見とれていると、舞はそのままグラスの水を一気に飲み干し、
おしぼりを顔の下半分、鼻より下、口を覆うように当てて、
「っぷふー♪」
と一息。
オヤジかお前は。
これで、言動行動がまともなら……とか思ったとか思わなかったとか。
とかく、舞は何かとアンバランスなヤツである。
コレだけの容姿をしていてやることなすこと人並み外れた挙動、
だと言うのに、剣道の実力者と聞いたわりには細目の綺麗な手でおしぼりを挟んで顔につけて笑顔な舞は悔しいことに可愛らしい。
とかく、舞は凶悪にアンバランスである。
「あっ、うっえいとれすさーん☆」
俺の考え事を打ち破るように前の方から聞こえる通る声。
見れば佐祐理さんが椅子から中腰で立ち上がりかけた体勢で右手を挙げてぶんぶん振り回しウェイトレスを呼んでいた。
……こっちもこっちでなかなかに変わり者だ。
そう、痛感した吹雪の日だった。
結局、頼んだものは
俺:ブレンド
舞:百花パフェ
佐祐理:紅茶のシフォンケーキ
あゆ:鯛焼一家
となった。
いや、待て、
なんだ最後の。
追求しようとしたがあゆの
「タイヤキはボクにとって思い出の食べ物なんだよ」
で、話は終わってしまった。
思い出、ねぇ、
何かしらの思い入れがあるのだろうか、そう言えば俺と昔出会ったときも一緒にタイヤキ食べたっけな。
あの時は舞も一緒だったし……それから再会の時も『食い逃げ』というオプションが付いていたがアレも衝撃的で思い出と言ってしまえば思い出なのかもしれない。
ああ、その時も舞がいたっけな。
「おまたせしましたー」
そうこうしているうちに、なかなかに男心をくすぐる制服を着たウェイトレスさんが注文の品をトレイに載せて一度に運んで来た。
俺のブレンドは期待通りいい香りが漂っている。
しかし、それに気をとられる前にそれ以上の物が視界に飛び込んで来ていた。
舞も、そして佐祐理さんも同じ気持ちなのかもしれない、
自分の物に一瞥くれた後、同じように同じ方向を同じ表情で眺めていた。
言うまでもなく『鯛焼一家』だ。
底の浅い平皿の上に鎮座するのは大き目の鯛焼きと一回り小さい鯛焼き、
そしてその間の小さな鯛焼きだった。
「……初めて見たわ」(←舞)
「コレが鯛焼一家なのね」(←佐祐理)
「美味しそうだねっ」(←あゆ)
その反応と、メニューについた『NEW』の文字から考えるに、どうやら舞も佐祐理さんも知らない代物だったらしい。
それに気付いたのか、はたまた単にそれを説明するのがルールなのか趣味なのか、
ウェイトレスさんが鯛焼一家の解説を付け加えてくれた。
「はい、この大きいのがお父さんです」
と、一番大きな鯛焼きを指し、次いで一回り小さな鯛焼き、最も小さな鯛焼きと順次指し示したのだった。
「で、この中くらいのがお母さん、一番小さいこの真ん中のが……お父さんの連れ子でー若く綺麗な義理のお母さんが気になって仕方ないちょっと素直じゃないひねくれものの一人息子です♪」
「複雑な家庭だな、おい!!」(←祐一:ツッコム)
「はい、佐祐理さん、コレおすそ分け」(←あゆ:平然)
「若くて綺麗な義理のお母さんだねっ、ありがとうあゆちゃん♪」(←佐祐理:受け入れてる)
「あゆちゃんのタイヤキおすそ分けは、友達の儀式かなんかかね、祐一くん?」(←舞:論点が微妙にずれてる)
「ごゆっくりどーぞー☆」(←ウェイトレスさん:制服素敵)
そんな感じでゆったりと、百花屋でくつろぐ。
全員基本的には人がよく、
応用的には変わり者なので気が合うのか少しの時間とはいえ充分に打ち解け必要以上に盛り上がった。
そのうち、外の雪も次第に治まり、空が灰色から僅かに茜色を帯びているのが解るようになった。
俺たちは会計を済ませると外に出て、喫茶店の中で話に出たあゆの探し物を手伝うことになっていた。
探し物は先日同様の『何かわからないけど大切なもの』だ。
昨日の香里との時同様に、何を探しているか解らない状況らしく、ただ探し回るだけのようだ。
そして、何かと首を突っ込みたがる舞と佐祐理さんがココにいたわけで、話の流れは説明するまでもないと思う。
いつしかアレだけ激しかった雪が止んだ街並みで、4人ぞろぞろと見て回る。
「でね、ボクがよく行くのがココのケーキ屋さん」(←あゆ)
「ほほぉ、御目が高いですなあゆさん、ココはコノ街では一部人気の隠れた名店ですわよ」(←舞)
「ココは実はケーキよりブランマンジェが美味しいんだよね」(←佐祐理)
「ほほぉ、さすが佐祐理さん、通ですな」(←舞)
「……探し物はどうした」(←祐一)
「でね、他によく行くのは……こっちのワッフル屋さん、美味しいんだよ」(←あゆ)
「そうねー、ここの、特にサツマイモ使ってあるのが絶品よねー☆」(←舞)
「そうだねっ、舞はソレでよく喉詰まらせるけどねっ♪」(←佐祐理)
「う、うぐぅ……」(←舞:あゆっぽく上目遣いで)
「……あゆ、探し物はワッフルなのか?」(←祐一)
なんと言うか、あゆの探し物と言うことで話しあった結果、あゆがよく行く場所をトレースしてみようと言うことになって、あゆの道案内で商店街を歩いたのだが、
行くとこ行くとこ食べ物屋。
しかもノリのいい二人の解説付きだし、もう仮に探し物が何か解ってても辿り着けなさそうな勢いだ。
「ううん、コノ辺りにはないみたいだけど……あっ」(←あゆ)
「どうした、何か見つけたのかっ?」(←祐一)
「ココのクレープメニューが変わってるっ!!」(←あゆ)
「この、ツナマヨネーズがなかなか実はイケてるのよね」(←舞)
「名前だけ聞くとコンビニおにぎりみたいだよね」(←佐祐理)
「さーがーしーもーのーさーがーせー!!」(←祐一:叫ぶ)
一向に進まない探し物、条件が悪いのか、メンバーが悪いのか、
多分、なによりもともとの探し物を忘れたあゆが悪いんだが……
おそらくはこれらの条件が全てあっていると思われる、流石は三役揃い踏みとでもいうか……俺の知り合いの中でも過去類を見ないほど個性的な三人だからな。
「うーん、コレで最後だね、よく行く店は……?」
あゆに連れられて結局商店街の端から端まで歩いたわけだが、
何の成果も上がらずに終わりを迎えることになった、
いや、とりあえずはよく行く店にはソレはない、という可能性が強くなったというところか。
「……どうしたの、あゆちゃん?」
商店街の終わりに着いて少々不思議そうな顔をしていたあゆに気付き佐祐理さんが声をかける、
あゆは一つのビルを眺めてただ首を捻るだけだった。
「ん? この文房具屋がどうかしたの?」
「え、うん、ボク、ココもケーキ屋だと思ってたんだけど……」
舞の質問に慌てて答えるあゆ。
あゆの言葉ではココはケーキ屋の記憶らしい、が、どう見てもココは文房具屋だ。
「あれ? 店変わったのかな?」
あゆはのんきそうに言うが、見た感じ最近変わったと言うような印象は受けない。
そう感じ、素直に俺は『勘違いじゃないか?』と伝えるとあゆは首を捻りながら同意して、時間も時間なので俺たちに礼を言って探索の終わりを告げた。
その後4人で談笑しながら商店街の入り口まで戻り解散ということになった。
いつも同様あゆは羽を元気に揺らして走り去って行き、それを俺たちは眺めていた。
ただ、舞だけは眉間に皺を寄せて何かを考えていた。
「どうしたの? 舞」
「ん、うん……いや、ね、最後のあゆちゃんがよく行くって言ってたケーキ屋なんだけど」
「ケーキ屋? 最後はクレープ屋じゃなかったか?」
確か、俺の記憶ではクレープ屋で結局女3人で俺の叫びを無視してクレープを頬張ってから商店街の終点について終わりを迎えたような気がするが……。
「あ、いや、ほら最後の文房具屋のことよ」
「あ、あゆちゃんがケーキ屋だったって言ってた?」
「でも、どう見たって文房具屋だろう、アレは、しかも昨日今日変わった様子でもなかったぞ」
俺の言葉通り、あの店は当たり前に佇んでいた。
それには佐祐理さんも同意の意思を見せて頷いてくれたからアレは少なくとも数年レベルで文房具屋だったに違いないが。
「……うん。 でも、確かにあそこってケーキ屋だったのよ」
舞が確かめるように、睫の影が下のまぶたに落ちるくらい目を細めて思い出すようにしながら薄暗くなった街の景色を背負って呟いた。
「5年前、までだけどね」
5年前、
簡単に言ってのけられる時間だが、俺たちの年にして見ればかなり長い。
ましてや5年前から今日までの俺たちに感覚ならもっと長く感じるはず、
つまり、
「……5年前のことをよく行くって言わないよねぇ、何か思い違いでも……」
佐祐理さんが不思議そうに呟く、
けど、その内容が、その思い違いというヤツが一番しっくり来る理由に思えた。
「ま、考えてもあゆ本人がいないんじゃどうにもならないだろうし、そろそろ日も暮れるぞ2人とも」
という俺の言葉でこの場は解散になった。
積もった雪の中、
舞と佐祐理さんの2人は仲良く肩を並べて歩いて行き、俺はまた2人とは別の道を水瀬家に向かって歩き出した、
ただ、
表情は優れないまま、
最後に舞が呟いた
「つまりは、あたし達に会った7年前にはあのケーキ屋はあったって言うことなのよね……」
そんな一言が耳から離れることが無かった……。
空を見上げる。
考え事をしていたためか少々足の運びが鈍ったのだろう、もう時間的には星が見えるのだろう夜の帳が下りていた。
ただ、今は降ってはいないが雪雲に覆われて空の様子は見えない。
冬場は空気が澄んでいて星が綺麗に見えるというが、この地方ではまず晴れることが稀なので期待は薄い。
けれど、雲に覆われる真っ黒な空も、何かしら不安を掻き立てるような姿ではあるがそれはそれで風情があるのかもしれない。
星も、月の明かりさえも見えない冬の夜、
昔の人はこの時期この時間どうしたのだろう、
そんな、普段の俺からは想像も出来ないようなことを考えながら少しだけ顔を黒いヴェールに向かって上げて歩く。
あゆは何を探しているのか、
舞が言いたかったことは何なのか、
いろいろと考えることがあったが、考えて答えの出るものでもないのでただ頭を痛くするだけのものだったかもしれない。
それでも、気にしないでおくのはもっと難しいことだから、
俺は頭を悩ませて、出来る限り考えていた。
「……げふっ」
しかし、そんな俺の思考を中断させる一つの衝撃。
それは見事に俺の腹部に突き刺さり、そしてそのまま手前に落ちる。
苦しみながら見下ろして見ればそこにはふわふわの塊が一つ。
しばらくその塊もぶつかった衝撃で痛かったのか僅かに震えていたが、痛みが治まる頃には俺の方をつぶらな瞳で見上げていた。
「……マコト……」
迎えにでも来てくれたのだろうか、そこに居たのはよく見知った一匹のキツネ、
通称「水瀬さんちのマコトちゃん」である。
どうも、迎えにか散歩かは知らんが、俺を見つけて飛びついて来てくれたらしい、
よく考えれば7年ほどこっちに来なくなって居たというのに結構な懐きようだ。
正直、俺は動物が好きな部類だからこの懐かれっぷりは嬉しいが、
「……鳩尾は人体の急所の一つだ、普通に入れば呼吸困難に陥るのでな、飛びつくならなるべく場所と勢いを考慮してくれ」
こくり(←マコト:善処する、と言わんばかりの頷き)
真顔でキツネに話しかける男、
それに頷くキツネ、
雪が積もり街灯が雪を照らすこの北の街で、
人が見ていれば反応に困る光景が静かに人知れず繰り広げられていた。
「帰るか、マコトライドオーンっ!」
ぴょーん。(←マコト:しゃがんだ祐一の頭に飛び乗る)
ひとこと
いえね、とらハが好きなんです。