ねこ【猫】

(鳴き声に接尾語コを添えた語。またネは鼠の意とも) 

広くはネコ目(食肉類)ネコ科の哺乳類のうち小形のものの総称。

体はしなやかで、鞘に引きこむことのできる爪、ざらざらした舌、鋭い感覚のひげ、足うらの肉球などが特徴。

一般には家畜のネコをいう。エジプト時代から鼠害対策としてリビアネコ(ヨーロッパヤマネコ)を飼育、家畜化したとされ、当時神聖視された。

現在では愛玩用。

在来種の和ネコは、奈良時代に中国から渡来したとされる。

古称、ねこま。

「と、言うところだが、どう思う?」

「……いえ、突然話をふられましても……」

と、ネコについて考えていた俺はとりあえずそばを歩いていた一人の少年に話しかける。

制服から俺たちと同じ学校の学生だと解る。

現在登校中。

今日は月曜日、週の頭からすがすがしい気持ちで登校しているこの不思議は、珍しく名雪が早く起きた奇跡とも言うべきある意味何かの間違いのようのな偶然の産物だった。

何が偶然って、

単に名雪が昨日の夜に寝る時間を間違えて2時間早く寝ただけだったのだが……。

土曜は放課後部活、日曜は部活が休みだとかで俺に街を案内してくれたのだが、疲れた様子で時計の長針と短針を読み間違えたらしい。

そんなわけでゆっくりと歩いて登校していたのだが、いろいろあってネコについて考えさせられたわけだ。

「ちなみに株式会社岩波書店発刊広辞苑第五版からの引用だぞ」

「いえ、ですからソレとコレは何か関係があるのでしょうか?」

自分で言うのもなんだがよく解らずに適当に話をふったのだが、律儀に返してくれるこの男子生徒。

きっとかなりいいやつに違いない。

身なりもよく、同じ制服だというのに着こなし方が北川とは大違いだ。

髪も北川みたいに変な癖もなければ、顔かたちも整っている、

もっとも、整い過ぎて女の子でも通用しそうな勢いまで達してはいるが。

もし、北川と香里争奪戦でもしようものならこの目の前の男子生徒に凱歌が上がりそうな予感までしてくる。

世の中とはかなり不公平に出来ているものだと思わせる朝のワンシーン。

そして、俺の話に至極もっともな意見を述べてくるあたり、なかなか冷静沈着な男だ。

コレも何かの縁だし、なんとなくどこかで見たような顔でもあるのでもう少し話をしてみようという気になってくる。

「ソレを探すために会議を開いているのだろう吉沢君」

「あの、僕、倉田です……」

「ほう、倉田……どこかの超絶コンビの片割れを髣髴とさせる名前だな」

「ええ、僕もです……」

「……」

「……」

「……あれ? もしかして佐祐理さんの弟とかゲルググとか?」

「どっちかって言うとビグザムですが倉田佐祐理の弟の一弥です」

「……」

「……」

あ、そーか、佐祐理さんに似てるんだ、どことなくだけど。

切り返し方もこんなだし、真面目に佐祐理さんの弟っぽいな。

そーか、弟いたのかー新発見だなー今日の日記に書いておこうかなー。

「あの」

などと、俺が脳内会議をしていると隣で律儀に待っていてくれた倉田一弥氏がおそるおそる話しかけてくる。

「ん?」

「もしかして、相沢先輩でしょうか?」

「あ、ああ、他に相沢ってのがいるかどうか知らんから何とも言えんが2年ほにょほにょ組の相沢君なら俺のことだぞ、あんだすたん?」

「ああ、やっぱり、なんて言うか雰囲気が『あいざわ』だったんですよね」

「わけわからんぞ、オイ」

どう言っていいのやら、

むしろ、この感覚俺に似てる気がするのは気のせいか?

佐祐理さんに初めて会ったとき似たようなことを考えたな、俺は。

「すみません、姉さんから聞かされてた通りの感じの人だったんでつい」

「へぇ」

一弥氏の話に曖昧に返事をするが、佐祐理さんが家で弟に俺のを噂をすると言う事実が気になった。

そのことを聞こうかどうしようか迷っていると、一弥自身が先に口を開き、

「なんでも、姉さんが言うには『不思議な人だけど、舞をからかういい相棒が出来たよー♪』だそうです」

「……なんて言うか」

「はい」

「……お前、姉ちゃんの真似上手いな」

「お褒めに預かり恐縮です」

いろいろ言いたかったが、短い時間の熟考の結果、言える台詞はこんなところだった。

顔の作りも佐祐理さんに似ている一弥氏、

実に姉の真似をする姿に違和感が無かった。

「しかし、俺が言うのもなんだが舞が不憫な気がするのが気のせいか?」

「……舞先輩は舞先輩でアレですが、相沢先輩にも姉さんがいろいろとご迷惑をおかけしているかと……」

腰低く、目を伏せながら小さくなる一弥氏、

佐祐理さん、アンタいい弟持ったなぁ。

きっと、あの2人にはコイツも振り回されたりしたんだろうな……。

いや、俺が来て数日でコレだから、ずっと一緒にいたコイツは……。

「一弥氏よ」

「はい、相沢先輩」

呼びかけ、ポンと肩に手を置いて、

「強いな、君は」

周りから見ればかなり謎な状況と会話だと思われるが、

小さく頷く一弥を見ていると、なんとなく俺の言いたいことがわかったのだろう、

大げさだ(と思うような気がしないでもないが実は言い足りないかもしれない可能性も多々あることだ)が誰にも理解されなかった自分の偉業を認めてもらえたと思ったのか、どことなく嬉しそうだった。

そんな、爽やかな週の始めの月曜日、朝の登校風景でのこと、

ココに小さな友情が芽生えていた。

 

くちっ、くちっ、くちんっ!!

そして、道端では名雪がくしゃみと涙にまみれてネコと戯れていた。

「ね、ねこさんだよー、うにゃーだよーかわいいよー……メインクーンだ……くちっ」

「……種類までわかるのかよ……」

「水瀬先輩はイチゴの産地も当てられるという専らの噂ですよ」

……あまり妙なことで有名にならないでくれ、我がイトコ殿よ……。

 


でも、やっぱりまいがすき☆


 

「昼休み、俺は朝知り合った倉田一弥という一年生が佐祐理さんの弟と名乗っていたのを思い出し、クラスの皆に聞いてみることにした」

「いや、ソレは別に言うところじゃなくて思うところだと思うぞ」

「うむ、冷静なツッコミありがとう吉沢君」

「斉藤だよ、俺は」

「そうか、ときどきポニーテールのあの子を目で追っている男子生徒は斉藤という名前だったのか、覚えておこう」

「そっ、そういうのこそ思うだけにして口にするなっ!!」

突然の暴露話に斉藤君は真っ赤になって抗議をしてくる。

……なんだ、本当だったのか、たまたま一度見かけただけだったんだが、

うむ、よいことをしたな(←非常に満足気)

そして、俺が向けた視線の先では渦中の人ポニテちゃんが頬を薄紅色に染めておろおろしていた。

「……青春だねぇ」(←祐一)

「よく気付いたわね、そんなこと……」

後ろからの声に反応してみれば香里が驚いたように俺を見ていて、

「斉藤とは付き合い長いのに……気付かなかったぜ」

北川は何か悔しそうだった。

そりゃお前は香里の方しか見てなかったからだろうなぁ。

そんなことを思いながらも視線を元に戻すと斉藤君とポニテちゃんは真っ赤になっておたおた中。

こんな状況の中(事の発端を作り上げた)俺に出来ることを考え、そして実行に移してみる。

「じゃあ、ココは若い2人に任せて私は退散するといたしましょう、あでゅー♪」

要は逃げた訳だが、極力爽やかに逃げてみたわけです。 ハイ。

扉を開け、弟君の事の真相を佐祐理さん御本人にお聞きすべくそのまま俺は廊下に飛び出す。

きっと今日もあの2人、もしかすると3人はいつもの場所にいる。

そう考え階段に向かうが、俺が出てきた教室の扉から急に人が溢れ出して来た。

「そうね、相沢くんの言う通りよね」

「ああ、俺は馬に蹴られる趣味はないしな」

「いい昼休みねー」

「食堂行くかー?」

などなど、2年ほにょほにょ組、もとい2年石橋組の面々はとても人が良かった。

ソレを見届けて、俺はまた教室に背を向けて歩き出す。

「斉藤、幸運を祈るぜっ」(←祐一:爽やかに)

「お前は単体だとあの2人に引けを取らないくらい凄いやつだよな」(←北川:ぼそっと)

「突然失礼だな北川よ」

「ところで、どこ行くんだ?」

いつの間にか後ろについて来ていた北川が不思議そうに俺の目的地を聞いてきていた。

当然だろう、俺の向かう方向は学食でもなければ購買でもないので不思議に思ったのだろう。

「ん? お前もついて来るか?」

軽く答えながらも半ば強引に北川の襟を掴み引っ張り始める。

このときの俺の相沢回路は一つの演算を導き出していた。

▽一人で絡まれるのも飽きたので人身御供としてこのまま北川も巻き込む。

……全然回路演算でもなんでもない気がするがその辺はまぁ、ノリと人情だ。

「ちょ、ちょっと待て相沢っ、どこに向かって……まさかっ!?」

「例の場所だよ、北川」(←祐一:にやり)

「もしやっ、例の場所と言うのはこの間川澄先輩が放送で言っていた例の場所のことなのかっ!?」

なかなか勘の鋭いヤツだ、などと思いつつ、それは着いてのお楽しみ☆ ってことで黙ったまま北川を連行することにした。

「いーやーだー!! 学校の名物の仲間入りになりたくないー!!」

失礼なヤツだな、北川よ。

確かに舞も佐祐理さんも目立つ存在だし……

まぁ、あんな感じでアレだが……

そりゃ、名物っていっちゃ名物かもしれんが…………

……

……名物だな。(←決定したらしい)

「まぁ、いいから来いって、きっとそれなりにどことなく悪い話じゃないからよ」

「ソレって限りなく良くない話って意味にも取れるぞっ!!」

「お、なかなか頭が切れるな北川、どうだその勢いで一つ香里を抜いて学年首席でも狙ってみれば」

それなら、好感度UP間違い無しだ。(←相沢回路演算)

「出来るわけないだろっ、美坂は才能だけで首席取ってるわけじゃないし、ああ見えてかなりの努力家なんだぞ!」

「……ほぅ、詳しいな北川、さすが斉藤に負けじと気になる人を見つめていただけのことはあるな」

「な、なななななななななにいってやがるっ!!」

まぁ、わりに自爆くんの北川が俺の一言にひるんだ隙に逃げられないようにしっかり捕まえておく。

慌てまくってる北川はきっと頭の中はそれどころじゃないので、あまりソレを気にした風でもなくその場の雰囲気をごまかそうと必死。

俺は流すように適当に相槌を打ちながら『哀れな子羊を生贄の祭壇へと連れて来た』のだった。

……うむ、言い得て妙だな。

そんなわけで、ココは例の場所。

舞と佐祐理さんの昼食をとるために存在する屋上手前の階段踊り場である。

「……どうした、相沢?」

北川を連行したままの俺は意外な状況にちょっと固まってしまったため不思議に思った北川が訝しげに俺に話しかけてきた。

「こんにちは、相沢さん」

そんな俺たちの様子を気にもしてないのか、敢えて何も言わないだけなのわからないがその場にいた相も変わらず私服姿の『美坂栞』が気さくに挨拶をしてくる。

「ああ、こんにちは、今日も学校休んで学校来てるんだな」

軽く挨拶を返す。

自分で言ってなんだが、正しいはずなのによくわからない内容だ。

「はい……で、今日は川澄先輩と倉田先輩はどうなされたんですか?」

栞の言葉に俺は首を傾げる。

どうなされたもなにも、むしろこっちが聞きたいくらいだ、

何がって、先ほど俺が固まった理由である。

例の場所と言うだけあってここは舞と佐祐理さんのいつもの場所だと思っていたのだが、今日に限って2人とも姿を現さない。

なのに栞だけがいる。

っていうか、栞も慣れたものだ。

2人はどうしたと聞くからにはまだ会ってもいないのだろう、つまりはココには自分の意思でふらふらやって来たというわけだ。

わりと大物だ。

先日、舞と佐祐理さんにココに連れてこられて一緒に昼食をとって、さらには次の日も迂闊にふらふら学校に来ていたのを佐祐理さんに見つかって同じように拉致されて来てたしな……。

まぁ、その日は俺も食堂に向かおうとしたところを舞に連れ去られたという事件もあったがな。

そんなことを考えていると、渦中の人である栞はちょこんと階段に座ってこちらを見ていた、

いや、正確には俺の隣、おそらくは初めて見るアンテナ少年を気にしているのだろう。

……俺はこやつの存在をすっかり忘れてたが。

「えーっと……」

成り行きを見守っていると、見つめられる形になった北川が何とか音のないこの場を発展させようと努力を試みるが、

コレと言って打開策に行き着かない。

仕方ないので2人を紹介してみることにする、いや、もともとそのつもりだったんだが。

「あ、北川、この子は1年の美坂栞、なんて言うか学校サボって学校に来てる謎の多い後輩だ」

「……初めまして、美坂栞です……」(←栞:抗議をしたいがよく考えれば本当のことでしかないので複雑)

「で、こっちがクラスメイトの北川……なんとか、だ」

「憶えてろよ、おい」

「んー、しゅんだかじょんだかマカダミアだかそんな名前だったよな」

「潤だ!!」

紹介と言う名の俺たちの簡易漫才に忍び笑いを漏らす栞。

本当に、出会ってからそれほど経たないがこの子はよく笑う、初めて会ったときのどことなく寂しげな様子を忘れさせるくらいに。

、実際のところ佐祐理さんや北川も知り合ったキャリアは同じくらいなんだけどな。

北川とは馬が合うのか教室ではすっかり漫才の相方みたいな状況になっている。

今日の午前中の休み時間も二人揃って香里に呆れた声でツッコミ入れられたわけだ。

俺はそこで香里のことを思い出し、ちらと北川を見てみると、眉をひそめて俺の方を見ていた。

おそらくは『美坂』という苗字が引っかかったのだろう。

けれど、香里は栞を妹と言ってはいない。

その辺は北川も知っている、以前栞のこともちらと話したのである程度は状況を理解しているはずである。

だから口に出さずに俺の方を見ただけで終ったのだ。

しかし、栞は香里を自慢の姉としていた、香里があんな態度を取っていることを知っているのだろうか?

もしかすると他に美坂香里がいるのかとも思ったが、香里フリークの北川からそんな情報を得られなかったのでその線はありえない。

いろいろなことを考えさせる状況、いつもなら舞と佐祐理さんが何かしら騒いでそれどころではないから、少し新鮮な空気だ。

少し流されかけていたがこうして美坂姉妹のことを考える機会も大事だろう。

そこまで思ったとき、栞が俺たちに話しかけてきた。

「川澄先輩も倉田先輩も来ませんねぇ、お昼どうします?」

「ああ、そうだな、じゃあ俺はパンかなんか買ってくるよ、北川も適当でいいか?」

「いや、俺が行こうか?」

「気にするな、ちょっと2人を探しがてら行ってくるから得意の北川トークでしおりんと初コンタクトのコミュニケーションでも取っててくれ」

「なんだよ、その北川トークってのは……」

「栞、コイツは見たとおりのアンテナだがいいやつなので安心するように」

「はい」(←栞:素直)

「……アンテナ……」(←北川:複雑)

そんなわけで、俺は何か言いたそうな北川と、何かしでかしそうな栞を残して購買と3年の教室に向かって階段を下りた。

ちなみに、栞の何かしでかしそうっていうのは、

何のことはない栞の斜め後ろにコンビニかどこかで買ったらしきビニールの袋が置いてあったのが見えたからだ。

ちゃんとリサイクルマークも見えた。

いいコンビニだ。

で、問題は地球に優しいエコロジーでリサイクルではない。

コンビニで何を買ったか、であるが……。

俺は見てしまったのだ、ビニールに付く水滴を。

俗に言う結露だ。

解りやすく言えばビニールの中身が外よりも温度が極端に低いということから起こる現象である。

現在季節は冬。

暖房の効いた校舎の中とはいえ屋上手前の階段踊り場が寒くないわけではないのは先刻承知のことである。

だから、こんな時期に結露が出来るということは、あのコンビニのビニールの中身は冷たいものである。

そして何より、

相手は栞。

そこから導き出され、俺の脳裏に浮かんだ単語は唯一つ。

『バニラアイス』

違っているかもしれない、

ただ単に自分の昼ごはんを買って来てその中に冷えた飲み物でもあるだけかもしれない。

だから栞がバニラアイスを持っているなんて俺の想像にしか過ぎない事柄なのだが、

……初めて一緒に舞たちに混ざって食事をとった時昼食と称してバニラアイスを食べていた、

次の日、佐祐理さんに拉致られて来た時もこの寒い中昼食にバニラが付いていた。

バニラアイスが主食の北の街特有の人種かとも疑いたくなる行動だが本人一人の問題なら見ている周りが少々寒い思いをするだけで終るはず。

それはそれで一人の謎の中途半端風邪引き少女の趣味趣向で終るのだが、

このストールの掛け方まで中途半端な少女は周りにバニラアイスを勧めてくるのだった。

なんと恐ろしい。

つまり、現状俺は当初の思惑とは形が違うが予定通り『北川を犠牲にした』わけだ。

ごめん、ごめんよママン。(←祐一:心で泣きながら錯乱して走り去る)

まぁ、もっとも北川を連れて来たのは金曜、土曜の放課後の舞と佐祐理さんと俺との協議で決まったことだったから別にマジメに犠牲者として連れて来たわけではない。

ないんだぞ。 本当だぞ。(←自分に言い聞かせている)

要は北川が香里にこのままではどうにもならない恋愛一方通行だからなんとかして(煽って)やろうという俺たち(っていうか舞と佐祐理さん)の配慮(つーかむしろ退屈しのぎの一環のような気がするもの)だ。

てなことを考えていると足も進み3年の教室のところに辿り着く。

今頃北川がどうなっているかなど考えないようにして辺りを見渡す。

時間は昼休み、教室内では弁当を食べている3年生や学食に向かうのか廊下を歩いてる人がちらほら見受けられる。

しかし、ココで一つ大事な事を思い出す。

俺、舞と佐祐理さんの教室知らねぇ。

どうしようかと思案しながら3年生ばかりの廊下を歩いていると何やら一つの教室の前に小さな人だかりが出来ていた。

しつこいようだがココで俺の相沢回路は一つの結論を導き出す。

『川澄、倉田の両名が存在するところに騒動あり』

言ってしまえばこの学校に在籍する人間なら深く考えなくても辿り着く結論にあたりをつけて俺はその人だかりに身を投じることにしてみた。

辿り着いてみたのだが人の波で人だかりそのものの中心は何かわからない。

観察してみれば人だかりは別に何か特別に騒いでいるわけでもなく、廊下からある教室の中を覗き込むような様子だった。

舞と佐祐理さん絡みではないのだろうかと小首を傾げていると、教室の扉からため息を吐き出すように肩を落としながら廊下に出てくる女生徒を発見する。

たまたま俺はその扉の近くにいたのでコレも機会の一つと意を決して舞と佐祐理さんの所在を聞いてみることにした。

「……舞と佐祐理?」

話しかけた先輩は突然話しかけた2年生の俺を不思議そうに見ながらも先輩としての余裕なのかきちんと話を聞いて答えてくれた。

「ええ、すみません2人がどの教室か知らなかったものですから」

「2人はウチのクラスだけど……」

言いながら先輩は今出てきた自分の教室の方を振り向き目で指す。

勢いがよかったのでそれにつられて肩までのストレートの髪が揺れて頬にかかる。

その仕草がどことなく印象的で、つい目の前の先輩が目で追った教室の先ではなく躍り跳ねる髪の毛を目で追ってしまった。

「今はちょっと席を外してるわ、何か用があるのなら聞いておくけど?……」

親切な先輩は用を聞く、とまで言った後に何か左手の人差し指を口元に当てて急に思案顔になる。

こちらとしてもそんな表情のところに話しかけていいものかどうか、何となく会話の制空圏内を測りとろうとしてみるが、流石に初対面の人相手になかなかそんな間合いはわかり辛い。

そうこうしているうちに脳裏に引っかかった物を思い出したのか、先輩は小首を傾げながら話しかけてきた。

「えーっと、名前は?」

「あ、2年の相沢です」

「ああ、キミが相沢くんかー」

先輩は胸の前で小さく手を打って笑顔で何かを納得する。

「えーっと?」

「あ、舞と佐祐理から伝言頼まれてるんだよ、相沢って2年生がもし来たら伝えといてって」

「え? 伝言、ですか」

「うん、『すまない、不幸な事故だ』だそうよ」

「……」

「……まぁ、私が言うのもなんだけど」

「はい」

「わけわかんないわよね」

「そうですね」

「まぁ、説明しちゃいけないって言われてないから言っちゃうけど、要はアレなのよ」

言いつつ先輩は教室の中を指差してくれる。

目で追ってみると一つの窓、そこに男子生徒たちがダンボールを貼り付けガムテープで目張りをしていた。

「……割れたんですか?」

見れば解るし、話の流れから元凶が誰かも解るが、あえて聞く、もしかすると2人のどちらかでも怪我でもしていたら大変だ。

少々心配しながら問うと、それが顔に出ていたのか先輩が少し笑いながら答えを返してくれた。

「うん、割れたんだけど、誰も怪我とかしてないから大丈夫だよ」

「そうなんですか」

くすくすと、相沢君はいい子だねぇ、なんてお言葉まで貰ってしまってなんとなく複雑だが、肝心の舞と佐祐理さんはどうなったのだろうか。

「で、舞と佐祐理なんだけど……実は昼休みが始まると同時に前の時間の先生が披露したチョーク投げを真似してみたくなった佐祐理がチョークを舞に投げて、舞は手元にあった筆箱で見事に打ち返して……」

「……場外ホームラン、ですか」

こくり、と頷く先輩。

かなりチョークの勢いがよかったんだな、2人ともすげぇよ、マジ。

話を聞けばそのまま2人は職員室直行らしかった。

アホらしくて声も出ん。

「……相沢君」

「……なんでしょう?」

「あの2人に付き合うの大変でしょうけど、めげずに頑張ってね」

ぽん、と、先輩は俺の肩を軽く叩き激励の言葉を投げかけてくれる。

「……先輩こそ、いつもお疲れ様です」

それに習うように、俺も目の前の先輩に労いの言葉を投げかける。

「まったくよね、お互い強く生きようね」

「そうですね、前向きに生きていきましょう」

どうやら舞と佐祐理さんと仲がよいと思われるこの先輩。

何やらココに不思議な友情が芽生えた気がした月曜日の昼休みのことであった。

 

つづく


ひとこと

ビグザム好きなんですよ。

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