商店街を過ぎて、歩いている道は住宅地の路地。

車一台は通れるが二台並ぶには少々狭いと感じるアスファルトの道。

そのアスファルトも車の通った雪のわだちの底にしか確認出来ない。

時間は夕刻。

しかし、季節は冬。

時計の針ではまだ夜と言うには早くても空の明かりはすでに消されて地面には人工的な光が照らしつけられていた。

住宅地なので商店街から来ると急に暗くなったように感じる。

街灯の少なさと人通りのなさ。

冬の夜は静かでとても寂しい。

隣を歩く少女も心なしか寂しげに、

そして、

どことなく悲しげで……、

とても儚……

「う、うぐぅ〜」

……。

……少女の口からせっかく作った冬の夜の雰囲気を台無しにされたような気がする呟きが漏れる。

「あゆ」

「な、なにっ? 祐一くんっ」

ちょっとあきれた声で呼びかけると弾かれたように勢いよく振り向いて返事をするあゆ。

ここだけ見れば元気な印象だが、表情を見るとなんだか情けなさ漂うへたれ度86度だ。

笑顔を作ろうという努力すら見えない涙目の少女。

ちょっとだけラブリーだが、心底怯えててとことん情けないのでラブリー点減点15。

今日もたまたま商店街で見かけたので本人もわからないっていう謎この上ない探し物の捜索を手伝ってやったわけだが。

その恩も忘れてコノヤロウは折角のしんみりムードを台無しにしやがった。(←激しく逆恨み)

しかもなんだこのうぐうぐ大魔神は夜道が怖いと来てらっしゃるとか。

まったく、見た目も中身も子供そのものじゃないですかね、奥さん。

「で、どこまで着いて来る気だ?」

あゆはぴったり俺にくっついたままいつもの別れる分かれ道まで辿り着いたが、どうにも動こうとしない。

普段ならここで元気に手を振り走って帰りそうなのだが。

「あゆ、お前あっちじゃないのか?」

と、俺が指をさすその先は、あゆがいつも向かう道、

そして今はこの上なく暗く、塀の数から見て3,4軒先の家が闇に沈んで見えないような感じである。

と言っても、その先の家も、各家庭が出す明かりで存在は確認できるわけだが。

とにかく、街灯がその道にない、というゆゆしき事態なのだ。

正直言って、雪のせいであたりの音が少なくなっていて自分の雪を踏みしめる音が耳につくようなところで、光もなく、周りにその足音が響けばオカルト関係が苦手でない人でも鳥肌が立ちそうなものだ。

当然、苦手であろうあゆはもう泣きそうだ。

目に溜まった涙予備軍が今にも正式採用されて行進を始めそうな勢いでスタンバイOKだ。

それでも、このままでは埒があかないと解っているのかあゆはくるりとその道に体を向けた。

「……ゆ、ゆういちくん、そ、それじゃあ、ね」

少しだけ強がって、歯の根が合わないままムリに喋ってその恐ろしい道に歩を進めようとする。

涙ぐましい姿だ。

同じ年だというのにあからさまに見た目も精神年齢も低くていらっしゃるお嬢ちゃんの後姿は、見る者に勇気を分け与えてくれるような雰囲気をあたりに撒き散らして、

力強く揺れるリュックの羽がそのくらい道に光を照らす天使の羽のように……。

って、あれ?

「……あ、あゆ?」

「…………」

俺のかけた声に返事もしないのは、多分恐怖のあまり固まっているのではないかと思う。

そりゃそうだ、俺も固まってるわけだからな。

何せ、今2人の視線の先には、闇しかないはずの道に不思議な光が揺れているのが見えるからだ。

そう、揺れているのだ。

仮に車とかならふらふらと揺れるはずなんかない。

まっすぐコッチに向かって来るはずだ。

それが不規則に揺れながら、それでいて少しづつ俺とあゆの方に向かってくる。

「だ、誰かが、懐中電灯を持って振り回しながら近づいて来てるんだろ?」

少し、震える声であゆを安心させようと自分でも信憑性がないなと思いつつ考えたことを口にしてみた。

「で、でも祐一くん、アレはどうみてもそんな感じじゃないし……あの音は、足音じゃない、よ」

きぃ、きぃ……。

あゆが指差す闇の中から明らかかに足音とは違う、何かが軋む音が響いて来る。

音は次第に近づいて来ていて、

先ほどまで歩き出そうとしていたあゆは軋みの音が辺りに広がる度に少しづつ後ろへ、正確には俺の方へじりじり下がって来る。

正直なところ、

俺も怖い。

…………ぉぉぉぉぉ…………

暗く、寂しく、そして怖く見える道の奥から光とともにそんな声のような音までも聞こえて来る。

……ぉぉぉおおお……

俺たちが、何も出来ずにただ立ち尽くしていても容赦なく光と、怪しく響く音が近づいて来て、とうとう視界にその光の全貌が少しづつ着実に闇の中に浮かび上がってくる。

あゆは、もう恐怖を通り越して目を見開いたまま表情すら作れず固まっていて、

俺は、多分恐怖半分、驚愕半分で口を開いていることだろう。

「ぉおぉぉおっぉおおおおおおおっ足が痛いー!」

「舞ーっ、努力だよ、根性だよー!!」

「おおおおお、腹筋が火を噴きそうだぜー!!」

「アブフレックスーっ!?」

「ファイトー!!」

「いっぱぁーっつ!!」

……唖然とする、俺たち2人の横を、

なんだか形容しがたい物体が通り過ぎ行く。

……おおおぉぉぉ……

そして遠ざかる。

何があったか状況を説明しよう。

なんというか、例によって舞と佐祐理さんだ。

なんだかよくわからんが、あの2人はこの雪道で無謀としか思えないような、

『自転車2人乗り』

をしていたのだった。

当然、舞が漕ぎ手、佐祐理さんが後ろで拳を振り上げて声援を送っていた訳だが。

雪道なんだよな。

普通は自転車進まないはずなんだが。

いろいろ、なんかすげぇなあの2人は……。

「ゆういち、くん?」

「なんだ、あゆ」

「えーっと、アレって……舞、さんと佐祐理、さん、だよ、ね?」

「ああ」

「……えっと……あれ、何?」

「……舞、と、佐祐理、さん、だ」

「そ、そうなん、だ……」

すまん、あゆ。

聞きたいことがそれじゃないのは解ってる、解っているが、お前の質問しようとしていることには俺は答えを持ち合わせていないんだ。

心の中であゆに謝りつつ。

謎の自転車2人乗りが去っていった方を2人でじっと眺めて、

歩くよりも遅く、さらに危険な雪道自転車2人乗りをする勇者達はいったい何がしたかったのだろうか、

と、そんなどうでもいいことに頭を悩ませていた。

 


でも、やっぱりまいがすき☆


 

そういえば。

今日は結果的に舞と佐祐理さんに会わなかった。

いや、へんな形で出会ったが、通り過ぎただけだから会話もなければ被害もなかったので会わなかったようなものだ。

それと合わせて、学校でも痕跡というか偉業の後は見ては来たが、直接会ってムダにハイテンションな彼女らと話をしないとやはり不思議な感じだ。

日曜をはさんで今日を含め会ってない時間が長く続いたわけなのだが。

出会ってから、もとい舞に関しては再会してからそれほど長い時間経ったわけでもないのに、この会わなかった数日間が酷く久しぶりのような気がした。

そんなわけで、ここ数日。

イヤに静かで平和だったわけだ。

「……『神は天にしろしめし、世はすべてこともなし』とはこのことか!」(注:違います)

ある意味あの学校の神みたいな2人だしな。(注:言い過ぎです)

でもって、今目の前でマコトを膝に乗せてゆったりとソファでくつろいでるこの人はきっとこの街の神なんだろうな。(注:かもしれません)

なにしろ、商店街で買い物すると高確率で店の主人たちはオマケつけてくれるしな。

きっとあれはお供え物に違いないんだろうな。

加えて、年わかんねぇし。

きっと永遠を生きてるんだろうな。

さらには、料理全般得意そうなのに実はコンビニのカレーまんが好きで商店街の外れのベンチで嬉しそうにマコトと一緒にほかほかのカレーまんと肉まんを頬ばる姿はたぶん商店街の名物。

きっと叔母じゃなければ『ふぉーりんらう゛』だろうな。

「……ぁ」

などとくだらないことを考えて思考がおかしくなり始めた頃にその神こと秋子さんの膝の上でマコトがあくびをする。

起きるのかとも思ったがそのまま気持ちよさそうにまた寝息を立て始めた。

考えてみるとマコトを拾ったのは俺が子供の頃。

まだ小さな子ギツネだったとはいえあれからかなりの時が経っている。

正確にいつだったか、昔の話なのでしっかりとは憶えてないが少なくとも前に俺がこの街へ来たのは7年前。

マコトを拾ったのはそのときではないのは確かなことだ。

要するに、あゆよりは付き合いは長くて名雪よりは短いということだ。

もしかすると舞と同じくらいかもしれない。

ともすれば、よく考えなくても長生きということになる。

まぁ、キツネの寿命なんてどんなもんか知らないから正確なところはわからないけど。

ああ、そうだ、神なら知ってるかもしれんな。

てなわけで、思わず「神よ」とか呼びかけそうになったが、何とか正気を取り戻して恐れ多いとは思いつつも普通に話しかけること成功。(←微妙に正気を取り戻してない)

秋子さんの話によるとマコトはキツネの寿命から考えると長生きな部類だそうだ。

「すると、マコトはもう年老いたキツネなんですか」

話を鵜呑みにするならマコトはそろそろ片足を棺桶に突っ込んだ状態のはず、もとよりいつかその先へ行くとは解っているが簡単に割り切れる話でもない。

先にある現実、しかしマコトを見ているととても老いているという表現が合わない。

俺がこの街に来てから10日ほど。

元気に走り回っている姿を見ているだけにどうにもその現実が嘘のように思えてならない。

そんな疑問が顔に出たのか、秋子さんはマコトを軽く撫でながら話をしてくれる。

「平均寿命、というものからすると老いていると考えてもいいでしょうけど、その平均寿命自体がどの程度のものかということもあるんですよ」

「って、言うと?」

秋子さんの内容の見えにくい話にいつから聞いていたのか、風呂上りでパジャマに半纏を羽織った姿の名雪が話の先を促すように参加して来た。

「平均寿命と言っても、普通は野生のキツネを対象にしてるから……生まれたての子ギツネなんかだと生き延びるだけでも一苦労、それに食料だって安定しているわけでもないし、外敵だっているわね」

「なるほど、自然の厳しさ、ってのが飼われればなくなるわけですね」

「そうね、それと平均寿命を大きく左右するのが乳幼児の死亡率ね、人間にしても医学が発達して子供の死亡率が減ったことで寿命が激増したのよ、長寿、と言う点では伸びはしたけどそれほどの変化もなかったわりにね」

だから、飼われている動物は平均寿命をはるかに超えて生きることがよくあるそうだ。

動物園の動物たちがみな揃って長寿といわれるのはその辺の数字のマジックなのだろう。

この話のおかげで、実際には多分少しだけ別れの時期が遠退いただけなんだろうが、俺は安心した。

まだ、充分一緒に遊ぶことも出来る。

そんな楽観的な浮かれた心のせいか、つい口元に笑みが浮かぶ。

それを見ていたのか秋子さんはこちらを向いてくすくすと笑っていた。

「じゃあ、つまりマコトはまだまだ元気だと思ってもいいわけだね」

名雪も俺同様に安心したのだろう、こちらは解りやすい笑顔で嬉しそうに噛み締めるように納得していた。

タイミングよく、その名雪の声に合わせてマコトが再びアクビをする。

どうやらうたた寝状態らしい、完全に寝てはいないが起きてもいない、というところか。

秋子さんが軽く背中をトントンとリズムよく叩くと何が変わったと言うわけでもないが気持ちよさそうにしているように見える。

ふわりとした雰囲気が部屋を包み、また秋子さんがもう一つの可能性を思いついて口を開く。

「祐一さんは、この子を南の丘で拾って来たんでしたよね」

「ええ、そうですが」

「丘って、郊外をずっと行った先の『ものみの丘』のこと?」

どうやら俺は知らなかったが名雪と秋子さんの話によるとマコトを拾った場所はものみの丘と言いこの街では有名な大きな丘らしい。

山と言うには少し低いそうだが街を一望出来ることから『ものみ』とついたのだそうだ。

ただ、街から離れていて道もしっかりと整備されているわけではなく人が行き辛いこともあってか多くの自然があり、野生動物が住んでいるそうだ。

「最近はあまり聞かなくなったけど、昔は熊が降りて来たりなんかもしたのよ」

「うん、小さいころにそんな話を聞いたことあるよ、私」

「そ、そうなのか?」

秋子さんのものみの丘談義、どういう丘なのかこの街の人は知っていることなんだろうが俺にとっては初めて聞く話だ。

子供の頃この街に遊びに来ててあの丘に何も考えずに遊びに行っていたのが今更恐ろしくなる。

どうも秋子さんの話によるとその丘は昔からあまり人の入らない土地だそうで、不思議な伝説なんかも残っているらしく、そのうちの一つがキツネの話だそうだ。

「ものみの丘には妖狐と呼ばれる獣が居る、とそんな話がこの街にはあるわね」

「妖狐、ですか」

「ええ、姿はキツネと同じ、長く生きたキツネが変化する、と言うのが一般的な妖狐ですよね」

「妖狐に一般も何も、って気はしますがよく動物は長く生きて妖怪になるとか言いますよね」

どこかで聞いた妖怪の話を思い出し、相槌と話を促す意図を込めて発した俺の言葉に微笑みを浮かべながら秋子さんは頷き、話を続けた。

「ですから、マコトももしかするとものみの丘の、そういう類なのかもしれませんよね」

「それで、長生きだ、と」

「はい、マコトは実は妖怪なんです」

冗談めかして笑顔でマコトを軽くつつくマコトの枕となっている家主。

話の流れから、そんな結論に辿り着くのではないかとは思っていたが、言葉で聞いてみるとちょっと不思議で、わりと可笑しくて、つい揃ってマコトに視線が集まってしまう。

知ってか知らずか、マコトは軽くもぞもぞと動くと、膝の上のベストポジションを見つけたのかまた動かなくなって気持ちよさそうにしていた。

「でも、マコトは拾ったとき子ギツネですからまだそんな生きてないですよ」

妖狐となるには常識を逸した長生きをして歳を重ねたキツネがなるもので、どう考えてもマコトは10歳超えてない。

長生きレベルかも知れないが常識を超えたレベルでもないのだ。

「そうですね、でも」

俺の台詞にちょっと嬉しそうに笑いながらこちらを見つめてくる秋子さん。

どうも、俺のその言葉を待ってたような感じで、悪戯っぽい表情で言葉をかけてくる。

何となくポーズ、表情共に『謎解きモード』だ。

「長い時を経ないと妖狐になれないとするなら、キツネの一般寿命から逸脱した妖狐になるまでの間を生きているキツネはなんと呼ぶのでしょうね?」

「……あ」

軽くおなかの前で手を組んで、まるで出来の悪い生徒にかなり回答ギリギリのヒントを教える先生みたいである。

しかし、その回答、もといでヒント言いたいことがようやく解る。

「要は、マコトがその途中経過のキツネ、だと?」

「ふふ、そうかも、しれませんよね」

ああ、なるほど、

それを信じてしまえばマコトはまだまだ生きて、数十年後には妖狐となると言う訳だ。

現実問題そんなもんに出くわしたら『水曜特番』行きだが頭の片隅においておく希望的ファンタジーなら心温まる話にもなる。

きっと、今日のこの会話はこの街の伝説を思い出した秋子さんなりのマコトとまだまだ一緒にいたいという心の現われなんだろう。

だから、ちょっと俺もその話を信じてみたい。

そんな、不思議な話があってもいいじゃないか。

みんな、幸せで居られるのなら。

「……すぅ」

不意に横で気持ちのよさそうな音が聞こえる。

横を向くと名雪がいつの間にか夢の世界へ飛び出していた。

つい、秋子さんと視線を合わせて笑ってしまう。

平和な日だ。

そんな風に思っていると、笑い声に誘われたのか名雪がはっと目を覚ます。

「……あ、れ?」

「寝てたろ、名雪」

「ん、あ、うん、ううん、聞いてたよ、聞いてた」

「おいおい、寝てたろう、何の話してたか覚えてるのか?」

「えっと、ね……『ようこ』さんがいるって」

「お、なんだ聞いてたんだな」

「うん……で、ようこさんって、誰?」

「……俺の彼女」

「え? ええええええええええぇぇぇっ!?」

名雪の天然だろうボケに対して呆れを覚えた俺はその高度な名雪ギャグに対し精一杯のボケを返したわけだが。

慌てる名雪とはおいといて、向かいのソファで耐え切れなかったのかおなかを抱えて笑っている秋子さんがあまりに珍しかったためそれが一番印象的だった。

よほど面白かったのだろう、笑いすぎて目に溜まった涙を拭いていたが、その後名雪に話の説明をし、名雪も納得してまた部屋に穏やかな空気が戻って来た。

「まぁ、普通に考えれば食生活でしょうけどね」

「栄養摂取ってことですか?」

「そうね、キツネは雑食だから……普通に食事で栄養を考えてれば自然にマコトも健康になっているわけですね」

「ふーん、そうだね、マコトって何でも食べるよね」

秋子さんの言葉に思い出したように名雪が言うが、確かに、俺が見る限り食事もほとんど俺たちと同じで何かを残すということはないようだった。

「んー、そうね、でもマコト、私のジャム食べてくれなくなったのよね……昔は食べてくれたのに」

「……マコト、ジャム、食べたですか?」

ちょっと意外な発言にカタコトの日本語で聞いてしまう俺。

それに頷いて何か言おうとする秋子さんだったが。

「……あら?」

目を覚ましたのかマコトが起き上がって身震いをしていた。

そのまま暫くきょろきょろしていたかと思うと秋子さんの膝を飛び降りて俺の方に寄って来た。

足を開放された秋子さんはそのまま軽く伸びをして視線を柱にある時計に向ける。

「あらあら、こんな時間ですね、祐一さんお風呂へどうぞ」

ん〜、と伸びを終えた後、俺を風呂へ促したが、ちょうどマコトがいいタイミングで俺の膝に飛び乗って来ていたためにちょっと動けない。

「えっと、秋子さんお先にどうぞ、まだですよね、俺は暫くマコトの相手してますから」

「そうですか、じゃあお言葉に甘えてお先に頂きますね」

そんなこんながありまして、今現在リビングには俺と名雪とマコトがいる。

秋子さんが風呂に向かってから数分立つが、俺も名雪もまだ口を開いていない。

寝ているのかと思ったが名雪はしっかり起きていて何かを考えているようだ。

だから、俺は、つい思ったことを口走ってしまった。

「……マコト、ジャム、食べてたのか」

その言葉に、ふぅ、とため息をついて名雪が視線も合わさずに言葉を返してくれた。

「うん、昔は、ね」

なんとなく、実になんとなくだが、2人の頭の中には同じものがあるに違いない。

「今は、食べないんだよな」

「うん、ジャムっぽいもの全般、見たら逃げるよ」

「……」

「……」

「それは、アレ、か? アレのせいなの、か?」

「うん、たぶん、アレ」

「……オレンジ、か」

「もしか、すると、マコト、それで長生きなのかも、ね」(←名雪:引きつった笑い)

「な、長生きできる、ぞ、名雪も、どうだ?」(←祐一:顔色悪く笑う)

「……長生きの前に、そこで、ゴールになる、可能性が、ある、ように見えて……」(←名雪:泣きそう)

「すまん……」(←祐一:心底謝っている)

その2人の情けない表情はマコトの長生き原因の新しい説浮上の副産物だった。

その後、名雪は少し青い顔をして部屋に戻ると、俺は秋子さんが風呂を上がって来たのを確認して入れ替わりに汗を流し、

さっぱりとして体をほぐしながら自分の部屋に戻って今日を振り返った。

総じて平和だった一日。

最後はちょっとアレな話題があったが、まぁ、実害がなかったから笑い話にもなるので実にゆったりした一日だったと思える。

しかし、こんな毎日もいいが、そろそろ物足りなくなってる自分がいるあたり割とあの舞や佐祐理さんの雰囲気に毒されているんだと思う。

そんなわけで、寝る前にちょっとだけそんな騒がしい日常に気分だけでも戻ってみよう。

部屋の隅にある安物のパソコンを立ち上げ、以前ちらっと教えてもらっていた舞のアドレスにメールを送る。

簡単に一言。

送信者が俺だと解る署名だけして、本文はたったの一言。

『場外に届く初アーチおめでとう』

これを見て舞はどう思うか。

理解してくれなければ寂しいが、頭の回転はよさそうなので期待は出来る。

特にこういうネタのようなものには過剰に反応しそうだからな。

どんな反応が返ってくるか、期待をしながら送信完了。

ほとんど嫌がらせのようなメールも送り終わり少し気分も高揚したので、少々ネットサーフィンなどして無駄に時間を潰した後、

今日はもう寝ようと思い椅子の上で背伸びをして明日のことを考えた。

明日は舞に会えるのか、栞は性懲りもなく学校休んで学校に忍び込むのか、

佐祐理さんは明日も舞で遊ぶのか、北川はまだ一方通行へたれなのか。

そんなことを考えて……いたらメールが入った。

『ありがとう、通算4号でした

               ―世界のかわすみ―』

 

つづく


ひとこと

オカルト好きなんですよ。

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