空はどこまでも遠く、そして青い。
瑠璃色、という色が一番今の空に似合っているような気がしてただただ見上げる。
草原の上で寝そべるのは服が汚れそうだがとても気持ちがいい。
少し尖った葉が背中をちくちくと刺すが、それさえも気持ちよさの要因の一つになる。
澄んだ空、
白く、複雑な形をした雲。
真っ白の雲というのは何故か目が離せなくなるほどに奇妙でそして怖いほどに美しい。
いくつの雲が流れていったのか、いや流れていないのかも解らないこの草原で、俺は暖かな風を受けて転がっている。
気が付けば、隣に座っていたはずの少女も俺に習って背を伸ばして草の上に転がる。
俺の体勢からは表情が見えないが、きっと幸せそうな表情だろう。
そして、たぶん彼女も俺が似たような表情だということに気が付いている。
心地いい。
流れる風に彼女の長い髪が絡まって、俺の視界の隅に映る。
パタパタと綺麗な薄茶色の髪を直す様子が音からわかる、きっと起き上がったのだろう。
俺は上半身だけ起き上がり、光を当てると金髪にも見える髪と格闘する少女の方に顔だけ向けた。
「……ぁぅ」
小さく呟く少女はバツが悪そうにツイン……じゃない、ツーテールにしていた髪からリボンを解いて後ろにさらりと流す。
目を閉じて軽く顎を上げて頭を振り、髪の毛を簡単に整える。
「そんな綺麗な髪なのに、随分乱暴に扱うんだな」
「普段バカ丁寧に扱ってるんだから、このくらいでいいのよ」
俺の言葉に口調まで乱暴になって面倒くさそうに返す少女。
もっとも、顔には笑顔を称えているのだが。
しばらく眺めていると流した髪を今度は一本にまとめ、後頭部のあたりで留めてリボンをつける。
要はポニーテール、尻尾髪というヤツだ。
ぼーっと眺めていると、その髪形を気に入ったのか暫くその髪の髪先をもてあそんでから勢いよく立ち上がる。
そこで初めて少女の姿の全体が視界に収まる。
上下ジーンズ姿で固めたいかにも活発そうな娘さんだ。
背中を抜けて腰を超える位長い髪が風に揺れて幻想的に映る。
「祐一、遊ぼっ」
前屈みで、俺の前に立ちはだかりヒマワリを思わせるような屈託の無い笑顔で話しかけてくる。
俺から日差しを遮る形でいるため逆光で姿ははっきりと見えないが、イメージは元気いっぱいの可愛い妹、という感じだ。
呆けている俺の返事を待たずに手を引くあたりなんか我が侭放題で世話のかかる子供のようだ。
しょうがないなぁ、って苦笑交じりに付き合ってしまうあたりが自分でも甘いと思うが、こんな笑顔を見せられれば誰だって従ってしまうだろう。
俺が立ち上がったのを確認すると、手を離して先に歩き出す。
揺れる尻尾髪がリズムを刻んでいるようで微笑ましい。
「祐一」
「ん?」
背中を向けたまま、数歩先を歩く彼女がちょっと立ち止まり空を見上げるような仕草をしながら話しかけてきた。
「祐一は、好きな食べ物って何?」
「……そうだな、解りにくいと思うが、鍋物なんか好きだな」
ちょっとその言葉に不思議そうな顔をする少女。
鍋物って言ってもいろいろあるからな、結局のところ、俺はあの皆で囲むって雰囲気が好きなんだろうけど。
「真琴は、どうなんだ?」
「あたしは、肉まん、好きだな〜」
真琴、と呼ばれた少女は目を細めて、心底嬉しそうに呟くその姿に笑みが自然と湧き上がる。
「……らしいな、秋子さんとよく一緒に食べてるもんな」
「うん、秋子さんも好きだな〜」
「秋子さんを食べるなよ」
「そうじゃなくって、秋子さんの作る御飯の意味よ」
秋子さんその人の人柄って意味でもないのね。
所詮食い気が全てに勝るのか。
「まぁ、確かに秋子さんの料理はすごいからな」
実際、そのまま店を出してもやっていけるんではないかと思うレベルだ。
「……でも、でもね、祐一」
打って変わって少し悲しそうに呟く声が耳に入る。
振り返る真琴、笑顔だったはずなのに、その表情も何故か少しづつ暗く落ち込んでいく。
なんとなくその顔から、俺は次に真琴は言い出すことを予感していた。
それは、きっと、秋子さんの料理で真琴が唯一許せないこと。
「……あの、オレンジ色のねばねばしたものだけは、もう食べたくないよ、祐一」
「そう、だな」
悲しそうに、そして儚く真琴は目に涙を溜めて言葉を吐き出した。
解る、それはきっと精一杯努力して言った言葉、今まで言いたくても言えなかった言葉なのだ。
あの、得体の知れない何か。
吐くほど不味い、とか言うわけではない。
体に悪そうな味とか言うわけでもない。
強いて言うなら『なんとなくすげぇイヤ』な感じなのだ。
真琴は頭からソレを振り払うように頭を軽く振って、目を閉じたまま空を仰いで、頭に浮かんだ思いのまま、鈴の音を思わせるような澄んだ声で呟いた。
「朝が来て、食事が全部肉まんだったらいいのにね……」
俺はヤだ。
「と、言う夢を見たんだが、どう思う名雪?」
「……マコト、夢で訴えるくらいアレ辛かったんだね」
「だろうな、それほど不味いわけでもないんだが、なんか生理的にアレだもんな、アレ」
「だね……でも、それはそれとして、わたしも食事全部肉まんは辛いかな……」
「全部イチゴだったら?」
「……練乳がないとキツイかな?」
練乳あればいいのかよ……。
でも、やっぱりまいがすき☆
「と、言うわけで昨日は佐祐理と一緒にこの学校に巣食う魔物を狩ってたわけなのよ」
「大変だったよね、流石の私たちでも奥の手を出さなきゃならなかったもんね」
「ええ、まさに死闘だったわよ、目に見えない魔物を風の流れと気配で捕らえて……」
「さゆりんミラクルシュートで一網打尽」
「……で、結果は?」
「3対2でイギリス代表の勝ち、ね」
「……それが、昨日の昼ココにこれなかった理由、か?」
「ダメですかね?」(←舞:真剣)
「ダメですね」(←祐一:笑顔)
「佐祐理〜、祐一くんが冷たい〜」(←舞:泣きそう)
「さ、バカほっといて御飯にしましょうかー」(←佐祐理:笑顔)
「あ、アンタねぇ!!」(←舞:大暴れ寸前)
とまぁ、いつものようにいつもの場所でのいつもの昼食が始まろうとしてるわけで。
先の会話が何かと言うと、昨日の来れなかった理由をなんとか誤魔化しつつ話を流そうとする舞と佐祐理さんの努力の結果で。
ネタ合わせしたのかアドリブなのか、微妙に悩むところだが上手く話を流せたようだ。
横にいる北川は呆れて、栞は腹抱えて笑いをこらえているしな。
とはいえ、昨日来れなかった理由はもう3人とも知っちゃってるから正直どうでもいいんだが、ココはあえて黙っていてやるのが優しさってものなのかな。
「ところで、相沢」
感慨に耽っていると、すっかり観客になっていた北川から声がかかる。
「なんだ、アンテナ」
「……アンテナはよせ」
「ふむ、まぁ、いいだろう、なんだ?」
「どうしてオレはここにいるんだ?」
なんとも、昨日に引き続き、隙を突かれて俺にココに連れて来られた北川は、己の不遇と、俺の仕打ちに対してある種呪いの言葉を吐き出していた。
だがしかし、言葉に反応したのは一人のお嬢様。
「随分哲学的なお話ですね、北川くん」
「いや、倉田先輩、そうじゃなくて……」
「自分の存在の意義を求めて……素敵なことです、そうですね、それを探す為にココに来た、とそんなところでどうでしょうか?」
どうでしょうか? じゃないだろ、とかツッコミたくもなるが。
相手は北川、ココはどう逃げ切るのか、はたまた佐祐理さんにしてやられるのか、見物といこう。
なぁ、栞さん。
(はい、見物しましょう)
と、目で会話。
いつしか、ココのメンバーはすっかり仲良くなっていた。
「つまりですね、人間の存在意義、というものを考えますと、この地球上において万物の霊長として高度な知能を持って地上をほぼ己のものとして君臨しているわけですが、地球をガイアとして一つの生命体と考えると悪玉ウィルスと言えなくも……」
「えっと、倉田、先輩?」(←北川:引きつって)
「黙って聞け☆」(←佐祐理:笑顔で)
佐祐理さんはなにか暴走したように地球と人類について難しい話を続ける。
まるでこれは講義だ。
そして北川はそんな佐祐理さんの餌食に。
ふと見ると舞はこの事態がたいしたことでもないように普通に食事を取っている。
「舞、いいのか?」
言葉少なめだが、舞にはコレで俺が何を言いたいか解るはず、まぁ、舞でなくても今のこの現状を見れば一目瞭然だろうが。
「いんじゃない? 佐祐理のことだから、きっと前フリよ」
……前フリかよ。
まったく流石コンビだ、よくおわかりで。
「では、川澄先輩は……コンビとして何かしなくていいんですか?」
と、こちらもすっかり感化されてる栞がおずおずとエビフライを頬張る舞に漫才師としてそれでいいのか、と意見をする。
「……ん、あたしが必要なときは、空気で解る、だから大丈夫」
断言したよ、この人。
しかも、納得してるよ、栞。
ますますもって解らない存在になって来たこのコンビに頭を抱えていると、佐祐理さんの話は終わりに近づいたのか、はたまた舞の出番が近づいたのか、
その空気を読んで舞は箸を置いて佐祐理さんの隣に席を移す。
「……と、いうあたりが人間の存在意義だと言われるあたりですが……」
と佐祐理さん、ココで一旦言葉を区切って隣に来た舞に軽く目配せ、
舞もそれにあわせて視線を絡めると満足したように佐祐理さんが言葉を続けた。
「まぁ、北川くんの存在意義としては単純に言ってしまえば」(←佐祐理)
「アンテナ?」(←舞)
「そう、アンテナですね」(←佐祐理)
「では、アンテナの存在意義とは?」(←舞)
「とうぜん、受信と送信」(←佐祐理)
「とすると、愛のテレパシ〜も自由自在」(←舞)
「もちろん、呪いの電波から殺意の波動まで思いのまま」(←佐祐理)
「凄いね、北川くん」(←舞)
「凄いよね、北川くん」(←佐祐理)
「なんか、よくわからんが、凄いな北川」(←祐一)
「えっと、凄いんですね、北川さん」(←栞)
「アンテナって言うなーっ!!」(←北川:泣きそう)
哀れとは思う。
しかし、この2人に関わった以上こうなることはこの学校に最初から通っていただけあって俺より解ってるだろう、諦めろ。
そんな感じの話の流し方で、うやむやに北川がココに連れてこられたことと、
『いつものメンバー』に北川が加わったことは最早暗黙の了解だった。
「さ、北川くんの存在意義も見つけられたところで、ゆっくり御飯にしましょう」
場を締めくくって佐祐理さんが手を叩いてこの話は終わり、と場面転換をすませる。
何か言いたそうな北川だったが、
「どうぞ、北川くんも沢山食べてね」
と、素敵な笑顔で佐祐理さんに割り箸を渡されたものだから言葉に詰まったのだろう、すっかり敗北の色に染まってしまっていた。
至近距離の佐祐理さんの笑顔、普通なら恋に落ちそうな破壊力があるが、ここはほら、今しがたあんな目に会ったばかりの北川、そんな甘酸っぱい想いも沸き起こることなくただただ肩を落としているように見えた。
「……不憫だな、北川」
「でも、祐一くん助けようともしないよね」
俺のつい漏らしたアンテナをいたわる呟きに舞が呆れたようにコメントを入れてくる。
友達甲斐のない。
とでも言いたげな口調だ。
「じゃあ、助けようとして、なんとかなると思うか、舞?」
「……なんないわよね、相手は佐祐理だし」
俺の言葉に大きく頷いて納得する舞。
正確には、佐祐理さんと舞が相手だから、なんだけどな。
とりあえず、そんな流れでメンバー内の各キャラ色が漠然と決まり、のんびりと皆で食事を取りながら昼休みを過ごした。
「……北川さん、可哀そうです」
「ありがとう、そう言ってくれるのは栞ちゃんだけだよ」
「あのっ、私は味方、ですから」
「うん、でも気をつけてな、相手はアレだから……」
「は、はぃ……」
などとのたまう栞と北川が印象的だったが、おおまかには平和に昼食が過ぎて行った。
「ねぇねぇ、祐一くん」
「どした、舞?」
「北川くんと栞ちゃんって仲良かったの?」
栞と北川が談笑しているところを舞が寄って来て俺に詰め寄る。
くわえてその後ろに佐祐理さんが控えている。
要は、2人の知っている時点では北川と栞は知り合ってもいなかったはずだからこの状況に何かあったのか、と問うているわけだ。
「ん、昨日2人が場外ホームランで職員室の時に栞と北川を2人きりにしたわけでな、どうやらその時に話弾んだらしいな」
昨日結局俺は舞と佐祐理さんを探しに行った時、そして帰って来てすぐ走り去った後と2人をココに放って置いた為にどういう話があったのかは知らないが、2人は仲良くなっていた。
年下キラーの北川と呼ばれるだけあるってもんだ、流石だ北川。
「祐一くん、ぐっじょぶです」
「って、そういえば昨日のメールもそうだったけど、どこでそれ聞いたのよ」
満足そうに笑顔で親指立ててる佐祐理さん、となんだか眉間に皺寄せてる舞。
メール?
ああ、ホームランのことか。
「ああ、それな、2人が伝言を頼んだ先輩に何がどうなって2人がいないか説明してもらったんだ」
「……鹿島、か」
「おのれぇ鹿島ちゃん……全校一斉お嫁にしたいランキング2位のくせに……」
なんだお嫁にしたいランキングって。
とか呆れていると「おのれ、覚悟しとけよ鹿島」という2人の呟きに、あの親切な先輩の無事を祈りたくなり、この2人に関わるって大変なことなんだなと実感させられたわけだ。
で、今日も不思議なテンションで食事も終わり、そろそろ昼休みも終わりを迎えようとしていた。
無論、今日も栞は学校休んで学校来てるわけなのでこの辺でお帰りになられるんだが。
今日に限っては何故か、栞は学校に留まった。
俺たちが教室へ戻る時間になってもその屋上手前の踊り場から離れずに、静かに座っていた。
もしかするとどこか具合でも悪くなったのかと心配するが、栞はただ「もうしばらく学校に居たいので」とだけ言って俺たちを教室へと促した。
響くチャイム。
栞を残して教室へ戻って来た俺と北川は席について、今から始まる午後一番の授業の準備をする。
後ろを向くと、北川はちらと香里の様子を盗み見ていた。
きっと、栞とのことを思っているのだろう。
香里は、栞がこうして毎日学校に来ているのを知っているのだろうか?
だが、本人が栞を妹じゃないと言い張るだけにこちらとしても何も言えない。
そういえばその辺を栞に問い合わせたことはなかった、香里が栞が妹じゃないという理由などを。
まぁ、そんなもんはきっと姉妹の確執などもあり聞くに聞けないことだろうが、つまらないすれ違い、だったら悲しい話だ。
とはいえ、香里がここまで頑なに何も知らない俺たちにさえその妹の存在を隠すということは、つまらないすれ違い程度の問題じゃないだろう。
おそらくは、栞の病気。
その辺に問題があるんじゃないだろうか。
――いや、小説の読み過ぎか。
思考の海を泳いでいた俺は頭を振って、嫌な方向に向かっていった考えを振り払う。
だって、その考えからだと栞の病気は、きっと、どうしようもなく重いもの、だから。
振り払ってもぐるぐると嫌な考えが頭の中を回り続ける。
教壇の上の誰かが黒板を使い何かを言っているがそれも頭に入らない。
考えもしなかったことがココで嫌な予感として沸き起こる。
いや、考えようとしなかった、だろう、なんとなく、実になんとなくだがそんな気持ちはあったのだ。
何故、栞は学校に来ていないのか。
何故、栞は風邪だというのにそれ相応の症状が見えないのか。
何故、栞は初めて会ったとき、儚そうな雰囲気だったのか。
まるで、ドラマか小説のような話をなぞるように頭が働く。
バカバカしい、とは思いながらもどこかでその可能性を肯定している。
栞の病気は風邪ではないのではないか。
そもそも最初に会った時から普通に外を歩いていた。
あの時も学校を休んでいると言っていた、かれこれ出会ってから10日ほど、その間一度も学校には来ていない。
学校で再会したときの栞の台詞を思い出す。
『それでずっと学校をお休みしてたんです』
ずっと。
どのくらいかはわからないが、俺がこの街へ来る前から、
それも、かなりに長期に渡って来ていないのだろう。
何故だかそんな気がする。
そして、考えれば考えるほど嫌な予感に話のつじつまが合ってしまう気がする。
これ以上、考えるな。
只の杞憂であってくれ。
もし仮に、栞がそんなドラマや小説のような状態なら……どうなるというんだ。
ドラマや小説なら、俺や北川が何らかの手段で救うことも出来るだろう。
けど、そんなものは所詮人の考えたお話に過ぎない。
そんな都合のいい話が巷に転がっていてたまるものか。
同時に、そんなドラマみたいな話が転がっていてたまるか、と思う。
栞は風邪だ、
本人がそう言うんだ、
疑ってどうする。
はっと、チャイムに混乱しかけていた思考を遮られ、顔を上げる。
随分考え込んでいたらしくいつしか授業が一つ終っていた。
正直今のチャイムには感謝をしたいと思うくらい頭の中が考えすぎで暴走していた。
はぁ、とため息をついて背伸び、ゆっくりとあたりを見渡すと教室の暖房の具合にやられたのか名雪が机に突っ伏して寝ていた。
コイツを見てるとなんだか平和な気分になる。
「……ははっ」
思わず苦笑を漏らす。
香里も呆れているようで俺と目が合うと肩をすくめるような仕草をする。
まぁ、コレでいいんだろうな、俺が口出すことじゃない、と。
逃げなのかもしれないが、それで考えを終らせて、次の授業こそきちんと聞こうと気持ちを入れ替えた。
だが、
「おい、相沢」
授業も今まさに始まろうとする休み時間終わりほんのちょっと手前。
いつかのように、北川が後ろから背中をつつきながら声をかけて来た。
「どーした、北川、また誰か外にいるのか?」
「ああ、しかも、あの時とほぼ同じだ」
軽く、冗談交じりに声を返したが、どうやら的中。
あの時と同じように窓の外を見てみれば女の子が一人見上げるようにして、白い雪で覆われた中庭にぽつんと立っていた。
遠目で表情はわからない、
だけど、纏う雰囲気から寂しそうな、悲しそうな色が漂っていた。
「何、考えてるんだろうな」
「さぁ、いろいろ、だろう」
呟く俺に、なにか感慨深げな口調で頬杖をついたまま北川は答える。
きっと、コイツもコイツで何かしら考えているんだろう、
なにしろ面倒見のいい年下キラーで、
何より香里の妹のことだ。
ふっと、振り返り香里を見ると、一瞬目が合ったような気がするが視線を逸らされ『我関せず』とでも言いたげに授業の準備を進めていた。
もしかすると、栞が待っているのは香里なのか。
そんな気持ちも沸きあがる。
また、そうして思考の海に落ちそうな俺をチャイムの音が振り払ってくれて、
そしてまたそのチャイムの音で蠢くように名雪がふにゃふにゃと起きだして来て寝ぼけ半分に授業の準備を始める。
むにゃむにゃと、授業に必要な教科書類を机に出して並べて、その上に突っ伏す名雪。
実は寝たままやってるんじゃないかと思わせる行動。
後ろから香里が見かねて揺する姿は、きっとこの教室じゃ前からあった光景なんだろうな、
と、そんなことを考えて、
時間も過ぎて教室に入って来ていた教師の授業の声をBGMに、ほとんど入らないまでもなんとか出来るだけ詰め込もうと教科書の内容を目で追っていた。
「で、ここのところを水瀬、わかるか?」
「うー」
「そう『ウ』だな」(←選択問題だったらしい)
「……今の、名雪寝言じゃねぇのか?」(←祐一:小声)
「……寝言よ」(←香里:小声)
「水瀬さんって、いろんな意味でカッコイイな」(←北川:小声)
あとがき
ちょっと、マコトを真琴で出してみただけです、多分出番コレだけ。