「祐一くん、名雪ちゃんは?」

「ああ、今日はか……友達と食堂行ったみたいだぞ」

「……むぅ、逃げたな」

「いや、そう言う訳でもないだろうよ」

「まぁそんなこともあろうかと思ってね、この不肖川澄舞、代わりに天野みっしーを連れて来ちゃったのです!」

「違います先輩、連れて来たのオレです」

「っんの、ゲゲゲの癖に生意気なっ!!」

いやもうどこからツッコンでいいのやら。

毎度のことと言うか例によって昼食会はテンションが高い。

今日もいつも通りココ屋上へ続く階段の踊り場へ集まって来たわけだが、名雪は本日香里と食堂に向かって来れなかったということだ。

舞の投げかけた質問に思わず『香里と』と答えそうになったが何とか押し込めて説明。

ここにいる連中はそれなりに事情を理解しているわけなのでなんとなく理解していることだろう、舞もその辺解って話を変えたのだろう。

しかし、ちょっと恐ろしいのは栞もその辺理解して触れないだけかもしれないということだろう。

香里の妹とあれば頭もきれるだろう、実際ココしばらく付き合ってみて何かと飲み込みが速く奇妙なハイテンションのこのメンバーに難なく付いて行っているあたりが頭の回転が速いことを証明している。

あの時以来触れていない話題とはいえ、気をつけないとどこかで栞に気を遣わせてしまいそうだ。

でもね。

それ以上に凄いのは。

ほとんど面識ない一年生を連れてくる北川くん、キミだよホント。

というわけで、先ほどの舞と北川の言葉どおりココのメンバーに一名増えていた。

名雪と話してた為に先に北川にココへ来て貰ったんだが、購買へ行きそれからココへ向かおうとしたところで彼女、天野嬢にであったらしい。

そこで年下キラーの北川さんの本領発揮というかなんといいますか、多分栞のこと、そして栞を気にしていた彼女のことを思って昼食にココを誘ったご様子。

まぁ、北川もダメ元だったとのことだが、予想裏腹に彼女はココに来てしまったわけなのだ。

いや、悪いことじゃないぞ、普通突然親しくもない上級生に声かけられたら驚くだろうし誘われて謎の昼食会などに来たりしないだろうって考えから来る感想だ。

それほど栞のことが気になっていたのだろうか……。

栞も彼女のこと、この学校に来てはじめての友達のことを覚えていたらしく何だか話が弾んでいる。

「……むぅ」

「どうしたの舞?」

小さく、栞たちに解らないように難しい顔をして唸る舞に横から佐祐理さんが何事かと問いかける。

当然こちらも栞たちに解らないように、だ。

「ん、いやね、あたしも2人を会わせようかと考えたりもしたんだけど……そうすると天野さん栞ちゃんが何で学校来てないかって聞くのではないかと思ったんだけど」

……コイツはまた随分と素晴らしい核心を突いてくる。

まったくもってその通りだろう、栞は入学式以来学校に来ていないのだ。

敢えて俺たちはその話題に今まで触れなかった、なんだか訊いてはいけないような気がして避けて通っていたわけなのだが……。

実際訊こうと試みたことはあるのだが、栞の表情が必死に悟られないようにとしながらも明らかに曇ったのでそれからは触れてないという裏話があるわけだ。

そうだよなクラスメイトで栞が本当に来ていない事実を知っていて、加えてずっと気にかけていたのなら気にならないわけはない。

「でも、訊いてないよね、彼女」

「うん、だから気を回してるのかなーと、なかなか出来た娘さんじゃない」

確かに出来た感じのする娘であり、年不相応に落着いた雰囲気漂う天野嬢。

本当は栞の病気のこと聞きたいんだろうな、と考えているとその小声での話を聞いていた1人の男から解答とも言える声が聞こえてくる。

「ああ、その辺オレがちょっと触れないように頼んどいたんだ、どう考えても普通に答えられそうもないだろ栞ちゃん」

「……」

「……」

「……よく出来たお兄さんで」

俺の呟きに横で相槌を激しく打つ先輩2人。

なんだかこの男、しっかりと栞フラグを立てて立てまくって必須ポイントも見事にクリアしてる感じだな。

凄いな、と感心して見ている俺の視線に気付いてないのか北川は見守るような姿で栞と天野さんのコミュニケーションを眺めている。

「……年下キラー、侮れないよね」

「佐祐理、あたしちょっと思ったんだけど」

「あ、舞も? 私もそうじゃないかなって思ったところなんだけど」

「……天野さん、優しい北川先輩に憧れる乙女だったり、なんて……」

「そりゃ、着いてくる可能性も高いよね」

「北川くんに連れられてココ来た時、緊張してかほんのり顔赤かったわよね彼女」

「憧れの先輩にお昼誘われたら着いて行きたくもなるってことよね」

「憧れの先輩に口止めされれば黙ってるわよね」

「そう、だとしたら、コレで天野さんの方も北川くんと親しくなるという事態で」

「互いに高校生活初めてのお友達が初めての恋のライバルになる、と」

「どっちが勝つか、見物だね」

「舞と佐祐理さんの推測が正しければ随分ドラマチックな展開だな、チキショウ北川上手いことやりやがって」

2人の推測が当たってる可能性が少なくない、と見ていて感じてちょっと羨ましいわけだな、俺も。

俺も可愛い後輩から慕われてみたいなー。

「……」

「……どした? 舞?」

ぼーっと北川含め下級生を眺めていると何か俺のほうを覗くように見ている舞の視線に気付く。

表情はちょっと不満気で軽く寂し気、でも大部分が不機嫌。

と要するになんか怒ってるに近い表情なわけだ。

「んー、祐一くん……年下が、好み?」

「あ? なんでまたそうなるんだ」

「なんでもない」

ぷいっとバツが悪そうに視線を逸らして栞たちの方をに目をやる舞。

……ふむ、好みか、そらどっちかって言うと年下より俺は引張ってって行ってくれるような年上の方がいいんじゃないかと。

なんか年上って言うとイメージ的にこう、背が高くてスタイル良くて、髪が長くて美人を考えるよな。

少し強引でもわがままでも年上だししっかりしてるだろうし、なんだかんだ言ってやっぱり優しいし昔から可愛……。

……思いっきり舞じゃないか、今頭に描いたの。

少し慌てた心臓をちょっと深呼吸して落着かせてからちらっと舞の横顔に目をやる。

やっぱり、美人、だよなぁ。

あ、あれか、もしかして、さっきの舞って妬いてくれてたとか。

いつもなんだかいい感じのことを口走ってくれてはいたが、舞なりの冗談かと思ってた訳で……。

えっと、だとするとなかなかこう、嬉しいんだよな……。

って、そうすると、なんだ、その、もしかしなくても俺、舞のこと……。

と、そこまで考えたところでこっちが気になったのだろうか舞の視線が俺とぶつかる。

一瞬のことだったが見つめ合い、そして弾けるように慌てて同時に視線を外す。

自分の頬が上気するのが感じられる、また視線が合うとバツが悪いとは思いつつもついまた舞の方に目をやると、案の定再び視線が絡み合い、互いに必要以上に照れてしまう。

なんだか妙な雰囲気が漂い始めた昼食時。

そんな雰囲気をぶち壊す1人の女神がいたことを忘れかけていたひと時のことだった。

「で、2人ともどっちが勝つと思う?」(←佐祐理:真剣)

「……佐祐理さん、なんでペンと手帳を出して訊くんですか?」(←祐一:ため息)

「……いや、賭けないから」(←舞:ため息)

「ちぇ」(←佐祐理:非常に残念そう)

北川→香里の可能性が考慮されてないあたりが切ないね。

 


でも、やっぱりまいがすき☆


 

「あれ? 祐一くん久瀬っちと知り合いなの?」

「知り合いって程でもないが今朝ちょっとな」

「ふぅん、じゃあアレだ嫌味ったらしいこと言われたりした?」

「ああ言われた言われた、でもその後すぐに付き人みたいなのと名雪からフォローが入ったしな、何より言ってることも至極もっともだったから悪いやつじゃないだろ?」

「付き人……田中さんのこと、だろうねぇ、なんだじゃあ問題なしか」

「やっぱ問題は口調だけでいいヤツなんだな」

「うん、お人好しが頑張って口調を悪くしようとしてる悲しい努力家なのよ」

「悲しいのか」

「なんて言うかね、一言で言うと『狼の皮を被ろうとしているけどサイズが合わない哀れな子羊』?」

「哀れかよ」

「哀れだよ〜、だって久瀬っち……佐祐理の幼馴染らしいから」

「……苦労、したんだろうな」

「前の生徒会でも久瀬っち佐祐理に一番振り回されてたからねぇ、そのせいでひねくれたのではないかと川澄姉さんはちょっと心配です」

「まぁ、ひねくれてもアレなんだろ?」

「佐祐理がそれ以上にアレだからね」

放課後、昇降口を出たところで舞に今朝出会った生徒会長久瀬に関しての情報をいただく。

何故こんな話になったかと言うと、

今まさに目の前で佐祐理さんと久瀬が議論を戦わせているからだ。

「会長、負けるの目に見えてるのに敢えて戦わなくてもいいのに」

いつの間にかコッチに寄って来ていた会長付き人こと田中さんが舞の横でため息混じりに呟く。

役職は生徒会書記らしい。

「お、田中ちゃん今日も久瀬っち悪役として絶好調だね」

「傍から見てるとどちらが悪役か非常に悩むところですけどね」

「そんなん、佐祐理に決まってるじゃないの」

断言したよ、舞。

3人で軽くため息をついて今なお議論を戦わせている2人に目をやる。

一見均衡しているように見えるがその実佐祐理さんの表情は余裕が見られて、久瀬っち少々ピンチのようす。

「ですから倉田先輩もいい加減受験や卒業が控えてるんですから、あまり校内を引っ掻き回さないようにしてくださいと言ってるんですよ」

「何を言っているの久瀬くん、私が受験で何を困ると? ましては卒業は一大イベントですよコレが騒がずにどうしましょう」

偉そうな態度で文句をぶつける久瀬に佐祐理さんは余裕の笑みでどこ吹く風と私理論で対抗。

確かに、こんな相手だったら分が悪いぞ会長。

ギャラリーの俺たちから見ても久瀬の敗北は近いというのに健気に頑張る姿が感動を誘う。

口調は相変わらず嫌味たらしいというのに何故だか心の中で味方についてやりたくなるあたり久瀬の人徳と言うものなのだろうか?

……佐祐理さんが無茶苦茶だと言う線の方が強い気がするけどな。

「まったく、倉田さんいいですか……」

「むぅ、ちまちまちまちま細かいよね久瀬くん、女の子にモテないよ」

「……そんなことはこの際どうでも……」

「あんまりガタガタ言うと『久瀬ゴンザレス』って呼ぶよ?」

「何故ですかっ!?」

ああ、佐祐理さんの勝利が目前に迫って来た気配がする。

横を見ると田中書記は申し訳無さそうに斜め下を眺めて俯く。

舞は天を見上げて『今回はゴンザレス、か』とかなんとか呟いている。

援軍は無し、か、頑張れゴンザレス俺はお前の味方だぞ。

そして俺たちの思いなどまったく関係ないままに2人の戦いはついにクライマックスへと突入する。

「さぁ、ゴンザレス呼ばわりされたくなければこの辺で引き上げるべきです」

「そうは言いますけど倉田さん、アナタはもう少し自分のやっていることに目を向けて……」

「みんなー! 今日から久瀬会長は『久瀬ゴンザレス』ねー!!」

なお食い下がる久瀬に痺れを切らしたのか、はたまた単に初めからやりたかったのか、佐祐理さんはくるっと向きを久瀬から下校する生徒で溢れ返る昇降口へと向かい直して大きな声で叫ぶ。

さすが元生徒会長でお嬢様だ、品のあるままに良く通る声であたりに響き渡る。

この分では校庭で部活を始めた運動部の一部にも聞こえたのではないだろうか。

「勝負、あったわね」

「解っていたことではあるんですけどねぇ」

「不憫だな、久瀬」

舞、田中さん、俺の率直な感想が沈黙する2人の間を流れる。

時間にしてほんの数秒でしかない静寂。

睨み合う2人、と言っても佐祐理さんは余裕の笑みなのだが、それを打ち破ったのは当人たちでもギャラリーの俺たちでもなく、

「倉田先輩、ゴンザレス会長、さようなら〜」

「倉田さん、ゴンザレスくんさようなら☆」

「先輩さようなら、ゴンザレス、またな」

2人の横を通って行く、タイミングを計ったように昇降口から出て来た帰宅する生徒達だった。

通り抜け様に(佐祐理さんにしてみれば)期待通りの挨拶を添えて行く姿は、倉田会長に鍛えられたこの学校の生徒の証なのだろうか。

「ぅ……」(←久瀬:悔しそう)

「はい、久瀬くん、こんな時の台詞は?」(←佐祐理:笑顔)

「ち、ちくしょ〜!! 憶えてろー!!」(←久瀬:泣きダッシュ)

「唯一、悪役っぽい台詞でしたねぇ」(←田中さん:気の毒そうに)

「あたしには佐祐理が悪役に見えてしょうがないんだけど」(←舞:腕組み)

「不憫だな、久瀬氏」(←祐一:同情)

走り去る久瀬が完全に見えなくなり、いつものことだから、と笑顔で振り返る佐祐理さん、言うまでもないがこの人に対する評価が俺の中で日に日に変っていく。

 

現在の評価:敵に回せない

 

田中さんは『しょうがないな』と言う表情を見せたかと思うと俺たちに一礼して久瀬氏を追って校舎へ向かう、生徒会の仕事でもあるのだろうか。

2人を見送った後に俺たちも以降は大人しく下校。

舞と佐祐理さんのレベルの高いバカ話が炸裂してたが、途中の岐路で佐祐理さんが分かれて帰っていく。

舞が商店街にでも、と誘ったのだがなんでも今日はやることがあるから早く帰らねばならない日だそうだ。

去っていった佐祐理さんの姿が見えなくなるころ残った2人は夕焼けに染まる街の中で只立ち尽くす。

「なぁ、佐祐理さんの用事ってなんだろうな?」

「あ、佐祐理実はああ見えて、いや見た目では似合ってるか、茶道とか華道とか筝曲とかやってるらしいのよ」

「そうきょく?」

茶道とか華道とか聞覚えがあるが、最後のヤツはあまり耳慣れない。

なんだか言葉的に音楽っぽい感じもするが、どうにもピンと来ないので鸚鵡返しに舞に訊くが、

「お琴よ」

簡潔に、しかも投げやりに答えられる。

いかにも佐祐理さんがそんなもん似合わないとでも言いたげな態度だ。

「……お嬢様だな」

「まぁ、付き合い長い程信じられなくなるけど、倉田家の御息女さまだからね」

ふぅ、と舞は言葉の後に付け加えて呆れ返っているアメリカ人のような仕草でため息を吐くと気持ちを切り替えたのか表情一転、あまり見られない穏やかな表情になって歩き出す。

俺はそんな舞の後を遅れて付いて行く。

向かう先は商店街。

ただ何を買うとかいう訳でなく、あゆに会いに行くというのが目的である。

ココまでの帰りの道中、香里の部活に関して斉藤のみならず月宮嬢にさえ倉田家は敗北したという事実が話題になったためだ。

そこからまだあゆの探し物が見つからないので気になって見に行こうと話は発展。

まぁ他にも、あまり期待はしていないが香里と仲良くなったあゆが香里の悩みなど聞く可能性もあるので一度あゆを捕まえてみることにしたわけだ。

佐祐理さん曰く、普段から近い人間より仲のいいあまり接点の多くない相手のほうがいろいろと話し易いからあゆはいい伏兵になるそうである。

ふむ、納得の説明だ。

「そう言えばさ、祐一くん」

商店街の入り口に辿り着いたところで舞がこちらを向かずに話しかけてくる。

「どかしたか?」

日はもう落ちてしまって街灯が商店街を照らしている。

まだその商店街の外れにいる俺たちには街灯もスポットライトのように映り、景色から浮かぶように舞の姿が映し出されている。

彼女は俺の返事に振り向くこともなく背中を見せたまま話を続ける。

「いや、ほら、この商店街ってこの街唯一の商店街じゃない?」

「そのようだな」

実際、小さな店が集まっているところは他にもあるのだが、商店『街』と呼べるような舗装された大通りはこのあたりではココしかない。

以前に休みの日に出かけるところがないのか地図を見て探して見たことがあるし、そのとき覗き込んで来た秋子さんの話からも別の商店街に行こうとしたら電車を利用しないと行けないというのは事実らしかった。

「この街にとっても重要だけどね、きっとあゆちゃんにも意味のあるところなんじゃないかな」

「意味の、ある? 探し物がどこかにあるとか言うことか?」

何だか解らない探し物がある商店街。

それは確かに重要そうだが話としてはこの上なく不確かであやふやな重要度だ。

本当に商店街に探し物があるかどうかも保証がないのに意味があるとは……いや意味があるかもしれないがどうにも微妙な話だ。

と、言おうとしたが舞は俺が話し出す前に言葉を繋げて、相変わらず俺に背を向けたまま話をする。

「ううん、探し物も確かに大事なことなんだろうけど……祐一くんと出会ったのはココでしょ?」

……ああ、そう言えば。

名雪とおつかいに来た時にココで、今いる商店街の入り口から少し中に入ったところであゆに出会ったんだっけ。

前後は曖昧な記憶だが、そのときの瞬間ははっきりと憶えている。

だって、あのときのあゆは涙を流して目を赤く腫らしていたから。

そうそう、そしてそんなあゆにどうしようかと悩んでいた時、舞も後から現れて……。

「そして祐一くんにタイヤキ奢って貰ったんだよね」

「ああ、何故か舞にもな」

「アレは美味しかったわ」

「自分の懐を痛めない食べ物は美味ですか川澄姉さん」

「あはは、今更ですがご馳走様でした」

やっとこちらの方を少しだけ向いて微笑み答える舞だが、すぐにまた視線を商店街の中に向けてどこか遠くを見つめているような姿になる。

合わせて俺も舞と同じように、同じ方向だと思うところに目を向けて話を続けた。

「あゆは、あの時ココで泣いてたんだよな」

「……ええ、詳しい話、憶えてる?」

「なんとなく、な」

詳しい話。

つまりはあの時あゆが泣いていた理由だろう。

実はそのときにちょっとだけあゆが漏らした言葉から察しは付いているが、本当の所は知らない。

「うん、でもあゆちゃん、あの時ココに来て祐一くんに会って、優しくしてもらって仲良くしてもらってきっと嬉しかったんだと思うのよ」

「……確かに、そうだとしたらココは特別な場所ってことになるな」

そこまで聞いて、そして答えて、俺はやっと舞が何を視界に収め、少し離れた場所からこんなことを呟いているか理解した。

商店街の一角、俺の視界にも入る場所。

そこは昔あゆと一緒に、そして舞も交えてタイヤキを食べた所。

泣いていたあゆがやっと笑うことが出来た場所。

そこに、今もなお、あの頃と変らぬように一つの屋台があった。

「タイヤキ、そりゃ好きになるよね、あんな思い出が詰まってれば」

「それにしたってアレはどうかと思うぞ」

でもって、屋台の前に小柄な少女がいた。

いうまでもないと思うが、あゆだ。

両手で背中のリュックよりも大きな茶色の袋を抱えて。

しかも、ソレを手にする経緯がなにより素晴らしかった。

今、真面目な話をしていた俺たちの前で起こっていた出来事を簡潔に説明しよう。

 

例によって商店街をふらふらしていたのだろう、あゆがタイヤキ屋の前まで来たとき、不意にその屋台から威勢のいい声が飛んできたのだ。

「おう、嬢ちゃん最近よく見かけるなどうだタイヤキ食っていかんか?」(←鯛焼屋のオヤジ)

「うぐっ? ボク?」(←あゆ)

「そうだ、嬢ちゃんタイヤキ好きだろう、時々買って行ってくれるよな、今日はどうだ?」

「うーん、食べたいけどボク今日お金持ってないから」

「そうか、そりゃ残念だな、しかし嬢ちゃんそんなタイヤキが好きならいっそ作る側になってみないか?」

「そ、それはダメだよ」

「ほぉ、そりゃまたどうしてだ」

「やっぱりタイヤキはタイヤキ職人さんが作らないといけないと思うんだよ、いいものはそれに見合った人が作るべきなんだよ」

「すると、嬢ちゃんの中では俺は職人なのか?」

「当然だよ、おじさんのタイヤキには思い出もあるしねボク」

「お、嬉しいこと言ってくれるね〜」

「だから、おじさんはタイヤキを作る人で、ボクは食べる人なんだよっ」

「ぶはははっ、言うねぇ嬢ちゃん、何だかよくわからんが俺の負けだ、さっぱりわからんが納得させられた気がするぜ、コレ持って行ってくれ」

「え? でもボクお金……」

「気にするなお得意様にサービスだ、思い出のタイヤキ、タダで持って行ってくれ」

「あ、ありがとうっ」

「おう、これからもご贔屓にな」

「うんっ、凄く贔屓だよっ!」

という具合に本人意図しないまま大袋いっぱいにタイヤキを勝ち取って来たのだった。

 

「……凄いわね、あゆちゃん」

「タイヤキの申し子かよアイツは」

「違うわ、タイヤキ職人と戦うタイヤキ食人(しょくにん)よ」

 

つづく


あとがき

連載長いなぁコレ。

 

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