「なぁ、まい」
「なに? 祐一くん」
「一つ訊きたいんだけど」
「だからなに?」
「なんでまいは木刀を背負ってるんだ?」
今年もこの街に遊びに来ていた俺は先日この以前友人になったまいと再会。
その時あゆと言う子とも仲良くなってココしばらくこの商店街で何度か遊んでいるのだが、
本日いとこの名雪がなんだか昼過ぎて眠たくなったようで部屋で寝入ってしまい、俺は暇になったのでまたまいとかあゆとかに会えないかとこうしてふらふら商店街まで遊びに来たわけだ。
……いや、どっちかって言うとあゆの方に会いに来てたりするんだが。
別にまいが嫌いなわけじゃない、てーかむしろなんていうか、その、アレだ、アレなんだが……。
いや、なんだその、とりあえずあのあゆの時々見せる寂しそうな表情が気になってというか、まいも初めて会ったときは寂しそうな悲しそうな姿だっただけに気になると言うわけなんだけど。
……俺の思考の基準って、まい?
ともあれ、探さなくてもなんとなくコッチとは会えるだろうな、と軽く考えて居ただけあって案の定軽快に駆け抜けていくまいを見つけることとなり声をかけたのだが、
何故かこの娘さん背中に木刀を背負っていたというわけだ。
「そりゃ、今日は魔物退治の帰りだからよ」
さらっと答えるまい。
胸を張って答えるが背中の木刀がその小柄な可愛い容姿に違和感この上ない。
後で知ったことだが、もうこの時期には木刀を背負って歩く少女としてそこそこ有名だったそうで、
女の子の身長に普通の木刀と体に見合わぬそのアンバランス振りから『佐々木小次郎』の二つ名を頂戴していたそうだ。
なんとも渋いあだ名だが、『コロ助』じゃなかったのはきっと救いだろう。
しかし、魔物退治か、コイツは街の人に聞かれてもそう答えているんだろうか。
「魔物、ってアレか? あの麦畑か?」
「うん、まいちゃんはあそこで今日も一暴れしてきたのよ」
えへん、とでもいう効果音をつけるべきか腕を組んで俺を前に仁王立ち。
可愛らしい仕草だがこの子の場合冗談抜きで『一暴れ』してきているので麦畑の麦が少々心配になってくる。
運動能力が高いというのは一概に素晴らしいとは言い難いものなのである。
まぁ、もっとも今は冬なので不毛の大地を荒らし回っただけなのだろうけど。
「祐一くんとの約束を守るため日夜この街の平和を守っているのよ」
「……なんか約束したっけ?」
胸を張って話し続けるまいに少々呆れながら言葉を返すが、『そりゃあんまりだよ〜』などと不満気にぶちぶち言われてしまう。
本当に約束ってなんだっけか……。
ともあれ、そんな拗ねた感じのまいの表情を見ていると出会った時の様子からは少々考えられないくらいに表情豊かに、
加えて言うなら活発腕白娘になってしまったようで、ウサ耳をつけて穏やかな笑みをたたえ黄金に染まる麦畑で跳ねる様に駆け回っていたあの頃が懐かしい。
と、子供らしくないことを考えながらまいと2人で街をぶらついている。
しばらくは不満を呟いていたまいだが、その内言うこともなくなったのか不満だったことさえも忘れたのかいつも通りの微笑ましい笑顔でちょっとオーバーアクションに隣を歩いていた。
特に目的も無く商店街を歩く。
他愛も無い話をしながらだが、それが目的。
結局のところ、子供なんてのは友達と一緒にいればそれだけで満足するものだ。
端から見れば大したことの無い、でも俺たちには重要なくだらない話を続けてのんびりと、でもまいはスッテプを踏むように軽く弾みながら人の波をすり抜けて気の向くままに歩いていた。
だが。
しばらくするとまいがその軽やかというか申し訳程度のステップを止め小首を傾げて一つの店を眺めた。
俺もまいの行動を不思議に思い、その視線を辿るようにまいの見つめる先を視界におさめた。
「あゆ……」
「ん、なにしてるんだろうね」
「なにってそら、ゲーセンで遊んでるんだろ?」
「ん〜?」
見れば、この落ち着いた感じの寂れた商店街にちょっとばかり不釣合いなゲーセンが目に入り、その店頭に最近知り合って、よく見知った姿が確認出来たのだ。
その確認出来た目標−あゆ−は一見ゲーセンで遊んでいるのかと思ったが、どうにもあゆの引っ込み思案な性格から考えてか、まいは不思議そうな声を上げた。
まぁ、遠くから眺めて考えてもしょうがないので近づいて聞いてみればいい、と簡単な答えに辿り着くまで約2分。
無駄な時間を過ごしたような気もするが、あゆもそれだけ何かを熱心に見ている様子。
確かにこうなると余計に気になってくるのでまいと2人でばたばたとあゆの傍に寄って行って軽く挨拶をし、何をしていたのか問う。
なんでもあゆの話ではゲーセンの店先にあるクレーンゲームの中に入っている『天使の人形』が気になって貼りついて見ていたらしい。
あゆもまいもゲーセンなどこういうものには疎いのかクレーンゲームはやったことがないとかで、
結局俺がクレーンゲームの何たるかを説明し、挙句まいの『じゃあ、その天使の人形をみんなで取ってみようよ』なんて台詞に従い、みんなでやってみることになったのだが。
「うぐ、上手くいかないよぉ」
「うぅぅうぅぅ」
「まぁ、そうだな」
景品のあるゲームなどは上手くいかない確立の方が圧倒的に高く出来ているものだ、
当然素人であるはずのあゆやまいなどが上手くいくわけがない。
で、加えて言うなら俺もこの手のゲームは何度か経験があるものの、腕がいい訳ではないので結果3人で無駄に金を浪費したということになる。
あゆの寂しそうな表情が気になったが、ある程度お金がなくなったところで諦めることにして残ったお金でタイヤキでも食べてのんびりしようと提案。
それでも、笑顔であゆは答えてくれてその場を離れたのだが、
「……そんなに気に入ったのか、あの天使の人形?」
「うん、なんかね、天使だから」
「天使だから?」
「……お願い事とか、叶いそうで」
「そうか」
要するに、あゆの中では、あれをお守りとして持っていたいということだったのだろうか。
女の子だけに、無骨なお守りよりもファンシーなああいうものを自分で決めてお守りにするというのだろう。
なら、
ちょっと無理してでも取ってやればよかったかな、と
出来もしないのにそんなことを考えて
離れてしまった後ろのゲーセンの方にちらと目をやると
「……くまさん」
まいがとても切なげな表情で、何かを呟きながら遠く後方のゲーセン俺と同じように眺めていた。
いや、そうじゃないかと思ってたのだが、
やっぱりまい、お前、天使の人形じゃなく隣にあった『ハチミツの壷を抱えたクマ』のぬいぐるみに気を取られていたな。
俺とあゆは、そんな切なげな表情で木刀を背負い黄昏る麦畑不思議少女をどうツッコンでいいかもわからず、
ただただ眺めているのだった。
「はちみつくまさ〜んっ!!」(←まい:魂の叫び)
でも、やっぱりまいがすき☆
『きょーうはたのしい、日曜日っ、討論しましょ、そうしま……』
日曜日。
今日はなんだか夢見がよかったのか、休日だと言うのに早起きをしてしまいリビングでくつろいでいたのだが、
朝っぱらから妙なテンションで流れるテレビの討論番組のオープニングを途中で切ってテレビを黙らせる。
今日の討論の議題は新聞によると『高騰する白菜の値段と郵政民営化の相関関係』だった。
いや、絶対関係ないから。
などと、新聞のテレビ欄にツッコミを入れているとキッチンでは休みの日特有の少し遅めの朝食の支度が出来上がったようで、そう推測できる会話が奥から聞こえて来た。
この水瀬家では食事時は団欒を基本方針としているのか、雰囲気から自然になせる業なのかは解らないが、
常にテレビを止めて、さらにはテレビのないキッチンにて食事を摂ることになっている。
昨今、多くの家庭ではそんな団欒が減っているだけにコレは貴重だ。
雪国の冬。
外は寒いのにどことなく心が温かくなるのは、やはり家庭、家族と言うもののおかげだろう。
休日と言うこともあり、普段から朝に弱い名雪は流石と言うか、らしいと言うかまだ起きては来ないが、
キッチンには家長である秋子さん、そして最早野生の欠片もなくなったように家内を闊歩し我が物顔でくつろぐキツネのマコト。
この街に来て三度目の日曜日。
なんだかんだで俺は起き出して来て毎度朝食を摂っている。
秋子さんの話によれば、これまでの休日の朝はマコトとあわせて1人と1匹で食事を摂っていたため寂しかったのだとか。
俺自身も朝に惰眠を貪っても良かったのだが、何となく毎朝朝食をしっかり摂るのが普通になって来ている為か、軽い空腹感に推されてと、この朝食と言う空間に誘われて食卓へと来てしまっていた。
まだ少々眠気はあるが、こういう団欒は俺も好きだ、眠いのなら食事の後にでも部屋に戻って軽く横になればいいのだから。
いつもたおやかな笑みを浮かべている秋子さんが、ほんの少し割り増しに嬉しそうな姿で茶碗をテーブルに置いて行く。
そこでふと気づくがこれまでココに引っ越して来てからというもの、朝食は常にパン食だったような覚えがある。
まぁ、途中一日は記憶から消したいオレンジ色の朝食もあったが、アレもまぁパン食には違いないので数に入れるとして、
基本的なメニューとしてはいつも水瀬家では朝食というものはパンとジャムだったはずである。
だから、今日に限って何故かご飯とお吸い物をメインにしてある和食ベースの食卓に違和感を感じたわけだ。
なんのことはない秋子さんに問うてみれば、いつもパンだったのは名雪がイチゴジャムを食べるせいだとか。
なんていうか、話を聞くとほぼ毎日イチゴジャムとパンで朝は暮らしていたそうだ。
甘ったるい人生送りそうなやつだ。
「まぁ、それに、あの子朝は寝ぼけてるところもあるので……ご飯を出してもそれにジャムつけて食べようとしたので……」
ちょっと視線をそらして後にそう付け加えた秋子さんを見て、
俺の中での名雪の評価は『勇者』から『伝説の勇者』になりかけていた。
「……酷い時にはあの子ったらたまたま置いてあった長ネギにジャムをつけて……」
今、『伝説の勇者』になった。
ネギか……。
そういえば、以前名雪が夢で伝説のネギとかなんとか寝言こぼしたよな、アレって実はジャムつけたネギのことか?
ちょっとくだらないことを思い出して、そして思案顔になっていたのだろう、秋子さんがこちらの方を見てどうしたのかと表情と視線で問いかけて来た。
「秋子さん」
「はい? なんですか祐一さん」
「いえですね、伝説のネギってご存知ですか?」
「……伝説の、ネギ、ですか?」
流石に突拍子もない言葉だったのか俺の質問に対し、秋子さんはきょとんとした表情でこちらを見つめていた。
そらそうだろう、アレは名雪の授業中の寝言、いったいどんな夢を見たんだか。
しかし、秋子さんのこんな表情もなかなかレア。
朝からいいものを見たような気がする。
こんな年齢不相応な表情をされたらますますもって年がわからない。
いや、似合ってるんだよ、恐ろしいほどに!!(←力説)
いや、それはそれで置いといてだ、秋子さんにネギのことを聞いたのは、もしかすると名雪にとってその『伝説のネギ』というのは何かしら大きな意味のあるものだったのではないかというちょっとした好奇心だ。
名雪が以前寝言でそんなことを口走っていたと言うことを冗談交じりに補足をしておくことも忘れない。
っていうか、それがなければ本当に訳の解らない質問である。
もっとも、いくらなんでもそんなもんが名雪の夢に出てくるようなウェイトを占める存在があるとは考えられないので雑談代わりの話だったのだが、
しばらく悩んだような表情を見せていた秋子さんは何かを思い出したように静かに俺に語りかけて来た。
「祐一さん、そのネギ、恐らくは庭に生えているネギのことじゃないでしょうかね?」
「庭?」
庭に生えている、などというと勝手に自生してるようにも聞こえたが、実際のところは秋子さんが栽培しているものの一つだそうだ。
水瀬家の庭はこの辺りの近所の家と比べても若干大きい程度で別に自給自足を考えてあるほどに畑があるわけではないが、
園芸、というにはちょっと大きめの花壇があり、そこは花壇としての活用ではなく畑となっていて冬の今だと俺にはぱっと見何が植えられているのかわからないが、話を聞くと時々食卓にも乗るものを栽培しているらしい。
どうやら、その中の一つに『伝説のネギ』があるらしいのだが……。
「で、何がいったい伝説なんですか?」
「ええ、話すと長くなるのですが、そうですね、アレはまだ名雪が小学生の時のことでした」
俺の質問に秋子さんはそう答えると、一呼吸入れてから伝説のネギの話をとつとつと語りだした。
それはある夏の日のこと、
名雪が夏休みということもあり、
水瀬秋子こと私と娘の名雪の2人が庭で畑と戯れていました。
日差しの強い中、朝からあまりに暑かった為花壇や畑、植えてある木に水をやるのをいつもより早い時間にして庭に水撒き。
一通り水が辺りの温度を下げてくれたのか、少しばかりとはいえ涼しくなったような気になり、
縁側で水撒きの時にはしゃいで水を被ってしまった名雪の服を代えて畑の様子を眺めていた。
「お母さんっ、とうもろこし、おおきいよぉ」
「ええ、そろそろ収穫時期ね」
名雪の声に引かれて畑を見てみれば、言う通り植えていたとうもろこしが随分といい感じに育っていました。
ゴールデンウィーク前に種を植えて一から育てたものだからココまで育ってくれるとちょっと自分が誇らしくもあり、収穫がもったいないなどと思ったりもするのだけど、
とうもろこしの収穫時期は7月下旬から8月。
ちょうど今の時期がそのころあいになる為、ここはお別れが悲しいですが収穫ということにしないといけません。
ご心配なく、あなたがたは食卓で美味しくいただきますから成仏してくださいね。
と、言うわけで私はいい感じに収穫用の鎌を片手に少し微笑んで縁側から畑に向かい歩いて行きます。
……正面から姿だけを見たら少し猟奇系かもしれないわね。
そんなどうでもいいことを脳裏に浮かべながら、とうもろこしの元に辿り着いて名雪と2人で一つ一つ丁寧に収穫。
もっとも、家庭菜園なのでそれほど量があるわけでもないのですが。
程なくして収穫できそうな大きさのものは籠に詰め終え、使っていた鎌を物置に片付け、とうもろこし自体は縁側に籠ごと置いて、また畑の他の作物の様子を眺めることにしました。
隣で名雪も楽しそうに畑を眺めています。
傍から見れば微笑ましい光景なのでしょうが、
名雪、ミミズで遊ぶのは止めなさい、お母さんソレ苦手なのよ。
畑をやる分には彼らとはある程度折り合いをつけていかなければならないので我慢はしてるけど、なんとなく嫌なものは嫌なものであって、
あ、いや、だから名雪、そんなもの振り回すのは女の子としてどうかと思うわよ。
その、なんていうの、とりあえずこっちには投げないでね、いい娘だから。
「お母さん、知ってる? マクドナルドのハンバーガーってミミズを使ってるって話だよ?」
……それはまた随分有名な都市伝説……この娘、どこでそんな話を仕入れてくるのかしら。
「祐一が言ってたよ」
……祐ちゃん……また、今年もよく解らないことを名雪に教えているのね。
名雪はちょっとばかり素直すぎるから大抵のことは信じてしまうのよね。
前はなんだったかしら、確か『月の裏側にはジェットエンジンが着いていて、月が見えてないときは実はそのエンジンで旅行している』だったかしら。
しかも続きがあって『旅行先は草津温泉』とか言ってたわね。
群馬ですよ、群馬。
車のナンバープレートだけ見るとちょっと離れると練馬と区別つきにくい群馬。
しかも草津温泉って、なんですか月は恋の病ですか?(←しかも治らない)
その辺の話を信じる名雪も凄いけど、祐ちゃんの想像力も侮れないわよね。
将来はきっと見事なエンタティナー、さすが姉さんの血を引いてるだけのことはある。
などと、甥の将来を心配していると、名雪は(まだミミズを持ったまま)笑顔で私に話しかけて来た。
「でも、よかったよね」
「……何が?」
「だって、ウチの街、マクドナルドないもんね♪」
「……そうね」
所詮、都市伝説は都市においての伝説。
こんな田舎町では怯える必要さえないのです。
というか、マクドナルドもない街なのよね、ココ。
コンビニも先だって商店街を綺麗に改装したときにようやく一軒出来た程度、市長もうちょっと頑張ってください。
「きゃぁっ!」
私が市の未来を憂いて、頭の中で『この際自分が市長に立候補しちゃおうかしら』とか考えが進んだところで隣の名雪が叫び声をあげた。
突然どうしたのでしょう、もてあそんでいたミミズが龍王ユルングにでもクラスチェンジしたのでしょうか?
「お母さん、ハチだよハチッ!」
ぶーん。
と、名雪の声の上げたほうを見てみると確かに言うとおり立派な蜂が一匹、大きな音を立てて飛んでいます。
その羽音に比例して体長も大きく、見たところ4〜5cmはあろうかというなかなかお目にかかれない大きな蜂です。
っていうか、でかっ。
考えるまでもなくスズメバチです。
正直言ってかなり危険な状況です。
スズメバチと言うのはスズメなどという可愛い名前からは遠くかけ離れて強い毒を持ち、下手すれば人間でさえ命を落とすこともあると言います。
時折クマンバチという呼び方をする人もいるそうですが、クマバチというのはスズメバチとは別の種で見た目もそれなりに変わってきます。
まぁそれはいいとして、スズメバチに刺されれば命を落とす人もいるということ、まぁほとんどは死なないまでもハンマーで殴られたような痛みに襲われるとか。
刺されてそのコメントした人はハンマーで殴られたことがあったんでしょうか? などと関係ないことが頭を過ぎりますが、目の前のスズメバチはいなくなってくれるわけではありません。
凶悪です、見た目からしてその顔がとっても凶悪です。
その羽音に怯える名雪の手を取り、軽く私の後ろの隠してスズメバチの出方を伺ったのですが、
スズメバチ、何を思ったのかこちらに向かって来るではありませんか。
娘の手前、悲鳴こそ上げませんが内心心臓バクバクです、ああ、私ってば結構見栄っ張りです。
後で聞いた話ですが、この時私が着ていた服が黒かった為スズメバチが向かって来たそうで、
スズメバチは巣を襲うクマに対して防衛本能から攻撃を仕掛けるとかで、黒くて動くものに反応するそうです。
と、言うわけでこの時、私は狙われていたのです。
迫り来るホーネット。(←英名)
迎え撃つ水瀬秋子。(←和名)
とはいえ、迎え撃つと言ってもどうしようもない状況。
とにかく、今ココで、向かってくるこのVespa(←学名)を払いのけなければ私が、
いえ、下手をすると名雪が刺されてしまう。
ぶんっ。
苦し紛れにその辺りにあったものを手に取りスズメバチ相手に振るう。
パシッ っと小気味いい音がして、はっと目の前を凝視するとその先には何もおらず、左側の地面の上にまさしく読んで字のごとく虫の息のスズメバチ。
どうやら、適当に振り回したコレで見事に彼奴を倒してしまったらしい。
そう、その時私の手にあったのが何を隠そう『ネギ』。
天下無敵のウェルシュオニオン。(←英名)
春撒きの九条ネギで、収穫時期はまだ先だが、もう見た目充分に育っている一品。
そして、危機に陥った私と名雪を救ったホーネットキラーの武器として君臨することになった救いの神。
「お、お母さ〜ん」
やはり怖かったのでしょう、名雪が落ちた蜂に最早害がないと確信してか涙目で私に向かって飛びついて来た。
「お母さん、お母さんっ」
ああ、怖かったんでしょうね、でも、もう大丈夫、蜂はこのネギで私が倒したわ。
でも、
でもね、名雪。
お母さん、ミミズ持ったまま飛びつかれるのはちょっと勘弁して欲しいわ。
いやほんと、怖かったの解るけど、力いっぱいミミズ握り締めるのどうかと思うわよ。
あ、うん、当分ミミズ見たくないわね。
「と、いうことがありまして、ミミズが、ミミズがっ!」
「あ、いえ、ソレで秋子さん『伝説のネギ』って言うのはその時の?」
「はっ、そうでした、ネギの話でしたね、そうですその時の蜂殺しの九条ネギのことだと思いますよ」
少しばかり錯乱しかけた秋子さんだが、とりあえず話を戻すと、
凶悪なスズメバチを撃退したその九条ネギがまだ子供だった名雪にとっては自分を助けてくれた伝説の武器のように見えたのではないか、と言うことだった。
なるほど、そういう理由なら『伝説のネギ』もそうそうバカに出来たものでは……
っていうか、それ、凄いの秋子さんじゃないか?
むしろ伝説の主婦?
俺のそんな思いを知ってか知らずか、当の主婦様はいつも通りの慣れた手つきで食卓の準備を全て済ませると自分も定位置に座って食事となった。
「いただきます」(←秋子)
「いただきまーす」(←祐一)
「いただきま〜す」(←あゆ)
「え! あゆ? お前いつからっ!?」
「うぐ……ひどいよ祐一君、最初からいたよぉ」
「…………あ、ホントだ」
あとがき
正確にはスズメバチの学名は『Vespa mandarinia japonica』
いや、もういっちょ正確に言うなら『オオスズメバチ』の、なんですけどね。