「で、なんであゆがココに? 産卵期か?」
「なんの話だよっ!」
「いや、ともかくどうしてまたココにいるんだお前は」
「うん、さっき散歩してたら秋子さんに会ったんだよ」
水瀬家、日曜日の朝の食卓。
朝食の準備も終わったようで、いざ食事を取ろうとしたところで何故か当たり前のように月宮あゆ嬢が席についていることに気がついた。
実際のところ初めから居たようなのだが、秋子さんとの会話に夢中になっていたせいか食事が始まる時まで全然気がつかなかった。
その気がつかなかったことで少々恨みがましく文句も言われたのだが、
問題はそこではなくて、どうしてココにいるかということ。
先述のあゆの台詞にもあるようにどうやら日曜の朝っぱらからこの娘さんは雪の街を散歩していたようだ。
しかも、秋子さんに会うということはこの辺りをふらふらしていたわけだ。
朝からホント何やってんだこいつは。
で、その散歩中に家から出て来た秋子さんに遭遇。
その折、軽く2人で挨拶と雑談をしたところで秋子さんから朝食の誘いがあったそうだ。
あゆにしても朝食も取らずに外へと飛び出してきたようで、二つ返事で承諾。
こうして現状が出来上がったと言う流れだ。
と、いうあゆの説明に、そうなんですか? と目で秋子さんに問うと笑顔で頷き肯定。
「なるほどな、ふらふらしていたところを捕まったと」
「ふらふらって酷いよ、祐一君」
「ふふふ、そうですね朝食の前でしたし、あゆちゃんを見つけたのでつい」
「つい、ですか」
いや、秋子さん、『つい』で道行くあゆを食事に誘うのもいかがなものかと。
この調子だと、きっとふらふら歩いてたのが舞とか佐祐理さんでも普通に誘ってそうだな、
そして、その2人とも当たり前のように承諾しそうで怖いな。
ありえないようで充分ありえる事態を想像しげんなりしていると、秋子さんの台詞には続きがあったようで、笑顔でその続きを口から紡ぎ出した。
「はい、つい、塩焼きにしようかと」
「うぐっ!?」
「あー、あゆの塩焼きですか、そらまた随分粋な。」
「ええ、ただ七輪はあったんですが備長炭が切れてまして、買い足しておかないといけませんね」
「七輪!? 鉄板じゃないの!?」
「あゆ、タイヤキと鮎の塩焼きはまったく別のジャンルだ」
「そうですね、鯛の場合は踊り串も1匹につき2本使うのが普通ですからね、1本だけの鮎とは……」
「秋子さん、そこも地味にズレてますっ!」
軽快に、秋子さんの冗談から始まる談笑を交えながら、ほのぼのと楽しい食卓を囲む。
何となく気づいてはいたけれど秋子さんって実はかなり冗談とかを言ったりして面白い人だ。
見た目はおしとやかな人で冗談を言うにしてももっとおとなしい感じだと勝手に思っていたが、精神年齢が若いのか、
いや、見た目からしてみればちょうどいいのかも知れないが、普通に冗談を言ったりして大笑いもする人だ。
なんだか『みんなのお母さん』みたいな人だと思っていたが『みんなのお姉さん』だなと最近思うようになって来ていた。
ただまぁ、その冗談もいろいろと度を過ぎている時が、というか理解が難しいレベルの物が多少存在するのが困りものだが。
「祐一さん、お代わりはいかがですか?」
いろいろ考えながら食事をしていたせいだろう、とりわけ気にもしていなかったが俺の茶碗はもう空になっていて、気づいてくれた秋子さんが更なる食事を提供してくる。
とはいえ、日曜の遅めの朝食。
ここはこのくらいで済ませておいたほうがいいだろうと、秋子さんの申し出は丁重にお断り。
湯飲みに注がれた熱めのお茶をすすって一息つく。
隣を見ると、まだあゆが食事中。
単に量を食べているわけではなく、食事のスピードが遅いだけのようだ。
偏見かもしれないが、往々にして女の子ってのはそういうものだろう。
いや、舞は例外な。
「秋子さん、このしば漬け美味しいっ」
「そう? ウチで漬けたものなんだけど」
ぼーっと2人の話を聞いているとどうやら漬物の類はこの水瀬家で漬けて作っているものだと言うことが解る。
いや、全然気づかなかった。
きっとキッチンの奥に漬物の樽とかあるんだろうな。
うむ、ぬか床と格闘してぬかづけを作っている秋子さんってのも今一つ想像つかないなぁ。
なんか浅漬けの元とか使ってやってそうなイメージもあるけど、庭でミミズと協定結んで畑をしてるってなら漬物くらい当たり前にやってそうなんだよな。
そんなくだらない想像で頭を抱えていると、その内あゆも食事を終えて一息ついたのか湯飲みを手に軽くくつろいでボーっとしていた。
秋子さんも食事をとうに終えており、3人で、いや、マコトも食事を終えているので3人と一匹でボーっとくつろぐことになった。
「そういや、さっきも言いましたが珍しいですよね、和食、今日に限ってどうしたんです?」
いつもは水瀬家の朝はパン食。
理由は名雪がジャムを食べるためにパン食になったということが解ったが、名雪の起きて来ない日曜もコレまで2週はパン食だったはず。
まぁ、確かに名雪が居ないのなら和食にしてもいいのだろうが、なんとなく、今日に限っての理由でもあるのか気になったのだ。
そして、秋子さんが答えるより先に、その俺の台詞を聞いていたあゆが口を開いた。
「ああ、それはボクが……」
「塩焼きならやはりご飯にした方がいいかと思って」
「ぼ、ボクが塩焼きっ!?」
「いや、秋子さん、もうそのネタはいいですって……」
結局、話を戻すと。
朝食を作る前にあゆにパンかご飯かを訊いたところ、あゆは和食派だったと言うだけの話。
まぁ、そんなことだろうとは思ってたが……
「秋子さん、それって粗塩?」
「ええ、赤穂の塩よ、味塩だと逆に変な味がついてしまうのよ」
「しっかり焼いてくださいね、秋子さん」
「そうね、じゃないとあゆちゃん喧嘩して海へ飛び込んじゃうものね」
「確かにボク、海の底は初めてだよ」
「今、冬だから気をつけてね」
こんな話に発展するとは思わなかったよ。
でも、やっぱりまいがすき☆
「ねぇ、祐一君」
「ん、どうしたあゆ」
「どうしてタイヤキは鯛の形なんだろうね?」
「ふむ、一見哲学的な問いにも思えるが、実のところどう答えていいかわからん問いだな……っていうかタイヤキだからだろ?」
いや、何あゆのアホみたいな質問にマジメに答えてるんだ俺は。
そもそも、鯛の形してるからタイヤキだろ?
原因と結果を逆に考えて世界の理の転覆でも狙ってるのかコイツは。
「ううん、そうじゃなくって、何でわざわざ鯛を選んだのかなって、別にサバヤキでもいいんじゃない?」
アホなこと言ってやがる。
とことんアホな会話だ、
と思うんだが、なんとなく納得してしまいそうな内容。
もとい、食いつきたくなる話題だ。
そして、あっさりそのネタに吊られた俺はあゆの計略にすっかりハマってついつい当たり前に言葉を返してしまう。
「それは、ほら、既に『ヤキサバ』って料理があるからだろ、ややこしいし」
何よりサバだと青臭く生臭いイメージが選考するので甘いお菓子には向かないような気がする。
「じゃあ、サンマとかは?」
「尖ってて刺さりそうだから却下だ」
「うぐぅ、なかなか難しいものなんだね、タイヤキ」
この際『アユヤキ』でも、と言いそうになったが、流石にそれ関係のネタは朝充分にやったのでおいておこう。
というか話を戻して、普通に鯛は縁起物、高級な食材となってるからそれにあやかってタイヤキもその名、その形にしたのではないだろうか。
もとより、タイヤキだなんだというが成分だけ取ってみれば今川焼きと同じなのではないかと思っている。
祭りなどにおいては大判焼きなどとも呼ばれるアレだ。
ともあれ、何で2人でこんなタイヤキ談義をしているかと言うと、何のことはないタイヤキを買って手に持っているからだ。
ただ、今日は別にタイヤキを買う予定はなかったのに何故こういう事態になっているのかと言うと。
「ところでさ、やっぱりさっきのって北川君だよね」
「ああ、間違いないな、あんな不思議な髪型のヤツはそうはいない」
「……北川君って香里さんが……なんだよね?」
「だと思ったが、まぁ、いいんじゃないか、一文字違いだし」
「そういう問題じゃないと思うよ、ボク……」
このあゆの問いが理由。
水瀬家での朝食を終えた俺たちは、特にすることもなかったのであゆの探し物もまだ見つかってないということもあり、半分暇つぶしに街に散歩に出かけたのだが、
なんとそこで北川と栞が2人連れで歩いているのを発見。
休みの日に男女2人連れ、
しかもなんだか談笑してていい雰囲気。
どのへんがいい雰囲気かって、ちょっと栞の頬が上気してるあたりだな、コンチキショウ北川マジでもてるのかよ。
そんなわけでコレはどう考えても十中八九『デート』であらせられると思われます。
順当と言えば順当、しかし、大事件と言えば大事件だ。
まぁ、俺たちも男女2人連れなんだけど、この際それは除外。
そうこうしている内にデートの2人はこちらに向かってくる。
思わず俺とあゆは隠れる必要性がどこにあるかも解らないのだが、『なんとなく』で隠れてしまった。
その隠れるのに使ったものがいつかのタイヤキ屋の屋台で、ただ隠れるのもなんだったのでタイヤキを購入してしまったと言うわけだ。
結局その後デートの2人は俺たちがタイヤキを購入している間にどこかの店へ入ったのか姿が見えなくなっていた。
と、まぁ、コレが経緯。
なーんか、目的とはズレてしまっているが北川上手いことやったもんだと感心してしまう。
将を射んとして馬を射たまでは良かったが、実はその馬には将が乗ってなかった、とでも言うのだろうか、
北川が羨ましいヤツなのか不憫なヤツなのか判断難しい。
「あれ?」
「どうした、あゆ」
「ねぇ、向こうにいるのって……」
北川と栞のこと、もとい北川の現状をなんと言っていいものやらと頭をもたげ、タイヤキの袋を持って商店街を歩いていると、あゆが遠くの方に知った後姿を見つける。
もとより、俺はこっちに越してきてまだ一ヶ月も経ってない、そんな状況であゆとの共通の知った姿など限られてくる。
北川と栞を見つけたのならそう言うだろうし、ちらっと見た感じでは目標は1人のようなので別の人物だろうと少々身構えたのだが、
「あれは、香里、か」
身構える必要のない人物が商店街の端、この商店街の出入り口の一つから外へ出て行こうとしている姿があった。
……ちなみに誰を想像して身構えたかは内緒だ。
まぁ、それで遠くとはいえ田舎の狭い商店街だ、折角休日に出会ったのだから挨拶の一つでもと思い、
あゆと2人で香里に一言声でもかけようと香里の方へと向かった。
田舎ってところは近所どころか街のほとんどが知り合いらしいので、こういった軽いコミュニケーションも大事にしていくべきだろう。
いつまでこの街にいることになるのか解らないが、郷に入っては郷に従うものだ。
田舎を誤解してるかもしれんが、人との繋がりを大事にするのはどこだろうと大切なことだ。
手に持ったタイヤキを抱え直し商店街の出入り口へと歩を進めた。
香里は当然俺たちに気づいてはいないので、商店街での用が済んだのかさっさと外へ出て行き雪の積もった道をすたすたと歩いていく。
おのれ雪国育ち、雪の上の歩き方も心得ていて歩くのが速いぞ。
雪が積もっているとは言うが、実際には車道の雪を退かし歩道へと積み上げた形になっているので本来積もった量より割り増しの雪の上。
車道から雪を掻き積み上げただけあって固められているので足が取られることはないが、氷に近い状態なので油断すると滑ってしまう。
隣のあゆを見ると、こちらも流石にこの街の育ちということだろう、あまり気にせずスタスタと歩いている。
なんか非常に悔しい。
そう思いながらなんとか香里に追いつこうと必死に歩を進めるが、よく考えたらたかが挨拶にココまで必死になる必要性ないんだよな。
とはいえ、気付いても足を止める気はないんだけどな。
名雪に『くだらないことにかけては天下一品』と言われたのはこういうところか?
しばらくそのまま、徐々に香里に近づいていく形で歩いていたが、その内追跡先の香里が不意に足を止めた。
気がつけば、場所は公園の傍。
別にこちらに気付いたというわけでもないのだろうが足を止めた香里は暫くその公園を眺め、そのまま中に足を踏み入れた。
俺たちもそれに続いて、かといって別に歩くペースを進めるわけでもないが、香里を追うように公園に入った。
そこで一旦香里の姿を見失ったが、大き目の公園は視界が開けていてざっと一通り見渡すと香里と思しき姿が噴水の辺りに見て取れた。
冬だから水の止めてある噴水の縁の部分に腰を下ろし、少し顔を上げて遠くの方を見ている。
簡単に言うと黄昏ている、とでも表現するのだろうか。
今更だが、追いついてしまってなんと声をかけていいかも解らなく、歩を進めるもどうしたものかと悩んでしまう。
「おはよう、相沢君とあゆちゃん奇遇よね、それとももう『こんにちは』なのかしらね」
「ああ、おはよう香里、いいんじゃないか? まだ時計の指す時間は午前中だ」
俺たちに気付いた香里が、先に挨拶を飛ばしてくる。
どこか憂いを帯びた様子だったが、多少その会話で表情が和らぐ。
やはり、何か悩んでいたのだろうか。
いや、もう、悩み事なんて考えるまでもないのかもしれないな。
妹のこと、結局香里の口からは何も出て来ないが何かしらの確執があってこういう状況なんだろう。
だけど、
こうして悩んでいるのは、悩み事が栞のことなら、その確執も何とか出来るものじゃないだろうか。
なんともならないような、香里が事態を好転させたいと思ってないのなら、こんな風に悩んだりはしないだろう。
楽観的にも思えるが、物事はいいほうに考えた方が事態もきっといい方に動いてくれる。
いや、少なくとも俺はそう思う。
「ふふっ」
「どうした、香里」
俺がいろいろ考えて、何を話したらいいかと悩んでいると香里が軽く失笑。
澄ました表情だったがなんだか耐え切れなくなった、という感だ。
「相沢君ってお人好しよね」
「なんだ突然、勘違いもいいところだぞ、今だって普段からお高い感じで人に弱みを見せない香里をどうやってヘコませてやろうか考えてたところだ」
「ふ、ふふ、あははははっ、ほ、本当に、本当にお人好しね」
香里の言葉にちょっと照れくさくなって適当なことを口走って反論したのだが、どうやらその辺りも香里のツボに入ったらしく今度こそ耐え切れなくなって大きな声で笑い出した。
むぅ、失敬な。
ひとしきり笑った後香里は表情を変え、いや、笑ったままなのだがどことなく自嘲気味の笑みになって俯き加減に、まるで独り言のように言葉を吐き出した。
「弱みを見せない、ね、本当そうだわ」
「でもま、今は弱そうだぞ」
「そう、ね……相沢君は、どこまで知ってるのかしら」
「ん?」
「いろいろと動き回っているみたいね、北川君とも一緒に」
「いや、北川はどっちかっつーと勝手に動いてるぞ、なんせホラああいうやつだし」
「……そうね、面倒見よさそうだものね」
「……まぁ、俺の知ってることと言えば、香里が美術部に顔出してるとか……」
「あたしに妹がいる、とか?」
「ああ、そんな、ところかな」
表情を能面のように硬くして、悪びれるでもなく腕を組み背筋を伸ばして俺の方をまっすぐ見つめて『妹』のことを初めて口に出した香里。
いい加減観念したというところだろうか。
「相沢君もあゆちゃんも座ったら? ベンチじゃないけどそこに立ってるよりはいいんじゃない?」
俺たちを見上げる形になっていた香里は、同じように噴水の縁をベンチ代わりにして腰を落ち着けるように促す。
これは、この会話を続けるという意思表示。
そこそこの時間がかかった種撒きはようやく芽を出したというところか。
直接香里に何かしたわけでもなかったが、香里は香里でやはり栞の様子を見ていたのだろう。
そのことに少しホッとして、思いがけず事態が進展したことに心が踊る。
だけど、このまま聞いてしまってもいいのか、という思いもある。
どことなく、なんとなくだけれど、
嫌な予感が拭えない。
暫くの沈黙。
堰を切ったのは意外にもあゆ。
俺が持っていた袋からタイヤキを取り出すと香里に、俺にそして自分にと分け与えた。
香里もそれに礼を言って軽くかじると少し落ち着いたのか、ふっと灰色の雲に覆われた空を仰ぎ見て深呼吸をしていた。
まぁ、そのタイヤキ俺の金で買ったんだが……とか場違いなことを考えつつも、確かにコレで落ち着いたので心を決めて香里に話しかけることにした。
「で、妹がいるんだよな」
「ええ」
「何でまた以前訊いた時は……」
「喧嘩していた、じゃ、納得しない?」
「すると思うか?」
「思わない、少なくともあたしなら納得しない」
「そうだな、喧嘩なら友達に愚痴をこぼすくらいの方が現実的だ」
俺のこの言葉に香里はまた耐えれなくなったのか、困ったように苦笑を漏らす。
「本当に、相沢君って厄介な人ね、ねぇホントに名雪のイトコなの?」
「なんだ突然」
「名雪はそんな詮索もしないし、そっとしておいてくれたわ」
「それは俺に対する非難か?」
「2割程度ね」
「……まぁ、多分、名雪は香里と付き合い長いし深いから、どこまで踏み込んでいいか解らないんでこのスタンスなんだろ」
「それで、相沢君なの?」
「まだ知り合って一ヶ月も経ってないしな、けど遠すぎるほど遠くもないだろ?」
「ホント、厄介……」
「名雪もアレで香里が悩んでることには気付いているし、心配してるんだぞ」
「……それは、解ってる」
だから、話せない。
再び俯いてしまった香里から悲痛と形容していい声が吐き出される。
俺にしてもここからどう、何を話していいのか解らなくて困っている。
ふとあゆを見るとこいつはこいつで場をわきまえているのかじっと黙って成り行きを見守っている。
ちら、と白い物が空から降りてくるのが視界に入る。
雪が降り始めたようだ。
降っていると形容するほど目立つものでもないが、ほんの少し、音も立てずに視界の隅を稀に過ぎて行く。
香里も降りて来た雪に気がついたのか俯いていた顔を上げる。
「……最近、栞が楽しそうで」
ぽつ、ぽつ、と雪の降る空を見上げたまま独り言のように香里が初めて『栞』の名前を挙げて語り始める。
「ここ最近、あんな表情をしたことなかったから気になってはいたのよ、何かいいことがあったんじゃなかって」
妹じゃない、などと突き放していてもやはりその行動、表情が気になるのか少し様子を見ていたそうだ。
学校に遊びに来ていて、俺たちと昼食を楽しそうに取っていることなど香里は香里なりの情報網を持っているとかで知っていたらしい。
「結構、気にしてるんじゃないか、妹じゃないとか言う割には」
「そうね、妹じゃない、なんて思い込むつもりでもこんなものなのよ、あたしは」
その独白は、自分が弱いとでも言いたげな色を含んでいて、聞いているだけでも彼女の心が押し潰されそうな状況にあるということが感じられた。
「なんで、また、そんな栞の存在を否定するようなこと……」
「そうしなければ、やってられない、あたしが先に壊れてしまいそうだから」
悲痛な声は、とても辛そうな苦笑にも似た響きを持って辺りに響く。
香里がずっと空を見上げているのは、泣きそうな表情を見せないようにしているのか。
だから、この先に続くであろう言葉が、
とても聞きたくない。
「……先、に?」
聞きたくないが、
多分、
俺が聞かなければいけない気がする。
多分、
香里にとって俺は微妙な立場にいる話をするのに今一番適当な相手だから。
でも、何を言うかはうっすらと気がついている。
「ええ、だって――」
だから、その香里の言葉は聞きたくない。
「――栞は」
香里は『妹なんていない』と存在を否定していた。
否定しなければ『先に壊れていた』。
つまり――
「医者に言われているのよ……」
――妹はいなくなるから。
「――次の誕生日まで――」
――妹は壊れてしまうから。
「――生きることが出来ないって――」
あとがき
さて、珍しくシリアスな引きです。
しんみりした雰囲気が漂……ってるといいな、というところ。
ちょっとシリアス気味になってきましたが、
こんなんかまぼこじゃねぇとか思わないでいただけると幸い、飽きなかったらまた続けて読んでくださいね。