「名雪はどうするんだ、出るのか舞踏会」
「ううん、わたしは柄じゃないよ」
夕食時、今日の昼間に聞いた話をネタに話をふってみた。
あまり名雪はそのイベントに乗り気ではないようで、参加の意思は見られなかったが、
やっぱりこの街ではそれなりに有名なイベントだと言うことを裏付けるように秋子さんも、もう明後日だったわね、なんて当たり前のように返してきた。
しかし柄じゃないって言うが、話を聞く限りお祭りイベントだから柄もなにもないと思うんだが。
「そうか? 名雪なら結構イケると思うがな」
コレは俺の本心。
我がイトコ殿はほえほえとどこかつかみ所がないような感じでこそあるが、見た目は美少女の類であると言っても問題ないだろう。
身内の欲目になるかもしれないが、なんだかんだで例の『お嫁さんにしたいランキング』だったかなんかそんな名前のヤツで王座に輝いたくらいだ、世間一般から見ても上層部に位置する容姿なんだと思う。
「そ、そうかな」
「まぁ、それはそれとして、香里はどうなんだ、あいつも出ないのか?」
「え、あ、うん、香里ってあまり、その、そういうの好きそうじゃないから、去年も出なかったみたいだし」
っていうかむしろ運動神経が……という小さな呟きが涙を誘うが、それはそれとして、
正直な話、栞が参加予定なんだから香里には何とか参加して貰いたいところ。
名雪が参加するのであればなんとか引っ張ってきて貰おうかとも思ったが、どうやら名雪も参加の意思がない様子。
ココは一つ北川と相談でもしてみたほうがいいのかも知れないな。
「……祐一は、参加するの?」
考え込んだ俺に名雪がパスタを絡めたフォークを向けて訊いてくる。
ちなみに今日の夕食はカルボナーラにリゾットとイタリアンで攻めてきている。
恐ろしいことに当たり前のようにマコトさえも普通にリゾットを食べていた、キツネってイタリアンも食べれるんだ。
そんなどうでもいいことに感心しながら、名雪の質問に答える。
「ああ、なんかそういうことになってしまったようでな」
「そうなんだ、てっきり祐一は『舞踏会があることに気付かないで流す』と思ってたから意外だよ」
……古くから付き合いのある、幼馴染と言っても差し支えなさそうなイトコなだけあってよく解ってるじゃないか。
ああ、そうさ、言われて気付いたがアレだけあちこちに、しかも街中にまでポスター貼ってあるのに全然気付かなかったさ俺はっ!
「あら、そうすると今の会話から考えると、祐一さん香里ちゃんが目当てなの?」
「え?」
「そうなのっ!? 祐一っ!」
俺達の会話を聞いていて、自分のパスタを既に食べ終えていた秋子さんが妙な誤解を携えて話に参加してくる。
考えてみると、確かに台詞だけ捕らえてると俺が香里の参加を期待しているように聞こえる。
っていうか、実際参加を期待しているんだが、
普通に理由を考えれば確かに俺が香里を目当てに舞踏会に参加するような話になる。
いや、それにしかならないなコレは。
「いえ、ちょっと今回は香里に参加して貰わないといけない事情ってものがありまして」
「そうなの? 告白の舞台準備でも整っているんですか祐一さん?」
いたずらっぽく、くすくす笑いながら誤解を暴走させる。
というよりはそういう理由ではないことは多分秋子さんは解ってるんだろう。
解っていて話を交ぜ返しているんだ、ああ、食卓の家族団欒の時だよな、まさに。
吊るし上げ食らう方はそれどころじゃなんだが。
「でも、意外ね、ちょっと」
「何がです?」
「いえ、祐一さんの狙いは別の人だと思ってたから」
笑顔で、リゾットをスプーンでとりわけながら俺の恋愛事情を本人の前で語る家長。
名雪がそれに反応して『誰?』なんて聞くもんだから秋子さんも調子に乗って左手人差し指を立てて間違いない、なんて表情で答える。
「そうね、祐一さんが惹かれているのは、あの舞ちゃんかあゆちゃんか……」
「か?」(←名雪:必死)
「私ね」(←秋子:きっぱり)
「なっ!?」(←名雪:驚愕)
「……そうですね、実は秋子さんに舞踏会参加して欲しいと思ってます」(←祐一:ノリがいい)
「あらあら、じゃあガラスの靴でも用意しないと」(←秋子:更にノリがいい)
「えっ!?」(←名雪:ついてこれない)
「秋子さん、俺と踊っていただけますか?」(←祐一:役に入りきっている)
「……はい……」(←秋子:ヒロインに成りきっている)
「だ、ダメだよお母さんっ、年考えなよっ」(←名雪:慌てている)
ぴきっ。
名雪の叫ぶような声に反応して何かがひび割れる音がした。
いや、そんな音耳で確認できたわけではない、なにかこう、場がそんな音を立てたような気がした。
耳ではなく、心で聞いた。
いったい何の音か。
いや、そんなことは考える必要があったのだろうか。
今はただ、目の前の妙齢の女性がそこはかとなく怖い。
ステキな笑顔のはずなのに、
嫌な感じのする黒く辺りを包む瘴気、通称「嫌オーラ」が彼女を、
いや、彼女とその娘を取り巻いている、そんな錯覚に陥った。
ほらだって、その娘は怯えている。
恐らくは自分の失言に気付いて謝ろうとしているのだろうがなかなか言葉が出せない、そんな表情で。
「名雪」
「は、はい、お母さんっ」
笑顔のまま、目だけは笑っていないようなそんなステキ笑顔で母は娘に話しかける。
話しかけられた娘は声を裏返しながらも真っ直ぐに母を見詰めて勢いよく返事を返す。
「明日の朝は」
「はいっ」
「朝食に――」
その言葉に、俺と名雪は一瞬視線を合わせて思う。
『まさかあの……』(←名雪の視線が物語る言葉)
『大木の種から作った……』(←祐一の視線が物語る言葉)
『甘くないヤツかっ!?』(←マコトの視線が物語る言葉)
生理的になんかイヤなアレを思い出し、いつの間にかマコトまで混ざった恐怖に身を震わす俺たちに、
秋子さんが紡いだ言葉は、
「――ピーマン焼いて出し置くから、ジャムでも付けて食べて行ってね?」
「ピーマン嫌ーっ!!」
イトコ殿は、ピーマンが嫌いらしかった。
でも、やっぱりまいがすき☆
「どうした相沢、なんか暗いな」
「そうか?」
何か悩み事でもあるのか? なんて心配した顔で北川が訊いて来る。
午前中の授業と授業の合間の休み時間のことだ。
悩み事なんていくらでもあるし、まぁ、暗いと言われれば思い当たる節も当然ある。
出掛けにも秋子さんに訊かれたことだ。
ピーマンの味が口に残って気がそちらに集中していた名雪に解らないようにそっと訊かれただけだが、一昨日辺りから俺の表情が優れないようだ、とのことだった。
まぁ、まさに香里に栞のことを聞いてから、のことだった訳だ。
努めて普通にしてるつもりでも秋子さんにはバレてしまうんだなと思っていたが、どうやら北川にも解ってしまうくらい俺は悩んでいたらしい。
何度もどうにもならないと自分に言い聞かせているんだがな。
香里も、こんな感じでずっとやって来たんだろうか?
ちら、と香里の方に目をやると北川が何かを納得した表情で頷く。
「美坂、か?」
「あ、ああ」
「明日だろ? 何とかして参加させるつもりだろお前のことだから」
どうやら俺が香里を舞踏会に参加させるためにいろいろ画策していると踏んだらしい。
いや、あながち間違ってもいない、それも悩みの一つだからな。
「悩んでるってことは、美坂は参加しないってことなのか?」
「かもな、名雪の話だとそういうの好きじゃないようなんだわ」
「へぇ、意外だな似合いそうなのに」
「同感」
実際には、名雪の話を鵜呑みにするなら単純に香里は踊れない、と言うことになるんだけど。
そんなん俺だってダンスなんてやったことないから踊れるわけない。
知り合いの中で普通に踊って違和感なさそうなのって佐祐理さんくらいじゃないのか?
「で、相沢、どうするんだ? 水瀬さんに引っ張ってきて貰うのか?」
「まぁ、そうだな、それが一番まともで成功率も現実味も高い手段だな」
昨日の夕食までの段階では名雪は参加しないような様子だったが、俺や舞をはじめ佐祐理さんから北川と俺の周りの参加率が異様に高いことからか『わたしも参加しようかな』と言わせる事態になったのだ。
それなら香里も誘ってみてはどうだ、いやむしろ連れて来い、という流れになったのだが、
昨夜の秋子さんの話で俺の目当てが香里という誤解を受けた名雪はその行動に難色を示したりもしたのだが、
結局それとなく誘ってみる、ということになったのだ。
何をどうそれとなくにするのか謎だが、とりあえず名雪に任せてみることにしよう。
その旨、北川に伝えると納得したようで話題は別のことに移り後は次の授業開始まで雑談に興じた。
余談だが、北川はやはり先日の日曜、俺とあゆが香里と会っていた時に栞とのデート内で舞踏会の参加を決めたとのことだった。
普通に栞との『デート』だったと抜かしたコイツは香里のことを諦めて栞に走ったのだろうか?
まぁ、実際問題香里の態度からいって北川はそっちに進んだ方が幸せになれそうな気がするし、恐らく確実で年下キラーなアンテナ小僧向きだと思う。
ただ、
問題は栞自身。
北川は栞の病気を知っているのだろうか?
多分香里は俺とあゆにしかその内容は話していないだろう。
軽く、北川にさりげなく栞にでも話を訊いているか探りを入れてみたのだが『その辺のことは話題にしていない』だそうだ。
北川と栞の仲がどの程度のものかは解らないが、少なくともなかなかなんていうか傍から見てても仲むつまじいカップルをやってくれている。
少々天野嬢の立場が微妙になってしまってはいるが、いつの間にかデートするわ視線で会話するわのレベルになっていた。
だから、もしかすると栞本人から話を聞いているかも知れないと思ったのだが、そういうわけでもないのか。
話を聞いてしまった俺が、北川に話すべきなのだろうか、とも考えてしまう。
知らなければ、きっと北川も辛い思いをするだろう。
しかし、知ってしまっても知ってしまったなりの辛いことが待ち受けているだろう。
香里は俺に、北川にこのことを話すと思って栞のことを伝えて来たのだろうかとも考えたが、それなら直接北川に話をするはず。
何しろ今完全に家族以外で栞に関して一番近いところにいる存在、まさに当事者なのだ。
きっと、香里にもどうしていいか解らないのではないだろうか。
ちらと香里の方に目をやるとそっぽを向いているようでこちらを気にしていたのか視線だけコッチを向いていた。
恐らくは俺と北川の会話に聞き耳を立てていたのだろう。
俺たちが何か小声で話しているわけだから栞のことを話していると思ったのだろう、まぁ、当たらずとも遠からずってところだ。
だが、北川もわざわざ俺の席まで来て小声で話していたのだから流石に内容は聞こえていないはず。
俺の視線に気づいたのか香里はこっちに関心ないような態度をとる。
なんとなく、そんな姿を見て苦笑してしまう俺を見て北川が不思議そうな顔をしたが俺の視線を追って自分なりに納得したのか追及はしてこなかった。
そうこうしているうちに授業開始のチャイムが鳴り響き、北川も自分の席へ戻っていく。
明日が件の舞踏会ということもあって今日は学校が午前中まで。
今から始まるこの授業が終わればHRがあって本日は下校ということになる為、幾分クラスのみんなの集中力が若干いつもより高いような気がする。
何しろ名雪が起きている。(←言いすぎ)
いや、別に起きているのが珍しいとかありえないとかいう話じゃないんだが、普段は一日のどこかでは寝るには至らないまでもうとうとしかけることくらいはあるはずだったところ、
本日は大まかに俺の知っている限りでは普通にマジメに授業を受けている。
多分コイツの性格からすると、マジメにいつも受け切れていれば優等生なんだろうな。
で、集中力の高さを示す事例もう一つが、
北川が全時間授業を聞いていてしかもノートを余すところなく取っているということだ。
いや、実際意外である。
何がって、コイツ俺の転校二日目に自分の教科書渡して来た程の男だ。
あの時は『オレは何とかなるから』なんて抜かしていたが別にエスパー魔美の高畑くん並に一度教科書を見て憶えて来たとかふざけたことが出来るわけでもない。
普通に考えりゃ授業などどうでもよかったので貸してくれた、という結論になる。
それを裏付けるように、と言うべきかどうかは解らないが後の名雪の発言で北川の成績がトップクラスというわけでないことも解っている。
っていうかむしろ悪いんじゃないかと俺は思っている。
だから、今の北川の行動は意外なのだ。
なんていうか、名雪が早起きするくらい意外な事柄に違いない。
俺はそんな北川を不信に思い、教師がこちらから目を離している時を見計らって後ろの席に声をかけた。
「どうした、北川、今日に限ってマジメに授業受けて」
「いや、どうもこうも……そんな普段からオレが勉強してないみたいに言うなよ」
「……してないだろ?」
「……いや、してないけどよ、もう少し歯に衣着せて喋れないか相沢?」
俺の台詞に講義の声を上げながら北川は『オレは実はマジメなんだよ』みたいな態度を取る。
明らかにおかしい態度にしつこく詰め寄ってみると、今ひとつ要領を得ない言い訳を吐きながらチラッと視線を横に移すのが見て取れた。
その視線の先は何と言いましょうか、っていうか言うまでも無く美坂姉。
目標である香里は何故かぼーっとした表情、前を向いてはいるがその視線は名雪の頭に注がれている。
名雪の頭になにか面白いものでもあるのかと一瞬思ったが、そういう訳でもなさそうでただ焦点がその辺に合っているだけみたいだ。
なんとも優等生にあるまじき珍しい姿だ。
で、当然そんな姿だから香里は授業のノートなんて取っていないわけで……。
「北川、それはもしや香里の為か?」
「……なんの話だ」
「ふ、香里が珍しくノートを取らない、そして授業などにいつもは興味がないお前がノートを取っている、答えは単純だろうよ」
「だ、だから何の話だよっ」
なんとなく、その照れて言い訳する姿にホロリと涙がこぼれそうになる。
いじらしい北川の姿に感動すら覚えた俺は温かい目で当のアンテナを見やり、その労をねぎらう。
「お前のその不屈の魂は見ている者に勇気を与える、何と言うか、素晴らしいな北川」
まだ香里を諦めてなかったのか、という本音を飲み込んだ持って回った言い方だ。
うん、先ほどの北川の要望どおり歯に衣を着せてみたんだが、上手くいったな。(←自画自賛)
「……しかしな、北川」
「あんだよ」
俺と話をしながら、俺の台詞にそれなりの文句もとい言い訳をしながらも器用にノートを取る北川。
お前実は本当にマジメにやったら結構な優等生になれるんじゃねぇのか? なんて考えながら、
北川に一つの衝撃の事実を伝える。
「香里なら名雪にノート借りるだろ? 名雪ちゃんとノート取ってるし」
「あのな、水瀬さんならいつ寝るか解らないだろ、それに現国の時間はうとうとしてたのは見てたからな」
相沢もその時間は半分寝ていたから気づいてないかもしれないけど、と続けて『わりと名雪って信用されてないんだな』などと思わせるような台詞で解説をくれた。
ちなみに現国は一時間目、確かに今日も走って登校してきたため疲労に負けてうとうとしたんだっけか。
しかし、しかしだ北川君。
「……なるほど、やはり香里の為、か……」
キミの発言はいささか軽率だったようだな。
そんな思いを視線に乗せてボソっとあえて聞こえるように呟く。
はっと俺の言葉で北川も自分の言ったことに気付いたのかバツの悪そうな表情になって照れ隠しにノートを書き込むのに集中する。
態度から『もういいから前向いて大人しくしてろ』と言う言葉が俺に向けて発せられている。
無駄とは知りつつも、その北川の熱い思いを無駄にしてはならないとココは大人しく引くことにしよう。
っていうか、いい加減前向かないとチョークが飛んでくるからな。
ちなみに、今の授業は数学で教師は以前舞と佐祐理さんがガラスを割った元凶たるこの学校で唯一チョーク投げスキルを持つ先生。
肩・肘・手首・指先を綺麗に連動させ右腕だけの動きで狙い通りに鋭くチョークを投げつける姿はあまりにスマートでクール。
生徒たちに陰で『デューク東雲』だの『ゴルゴ31』だのとフレンドリーなあだ名で呼ばれる『東雲亮太』先生(31歳)だ。
はっきりって何の役にも立たないスキルだが教師という職種にあたり、そして『ハイテンションであること』なんて校則に書いてあるんじゃないかと最近思うようになったこの学校に辿り着いたことで生徒から絶大な人気を誇る存在になってしまった人。
人生とはどこでどうなるか、そして人の天職とはなってみないと解らないものなのだな、とか、きっと来年になったら『ゴルゴ32』になるんだろうな、などと考え込みながらそのデュークの授業を放ったらかして薄暗い雲に覆われた窓の外に視線を移す。
いや、俺ほんと勉強してねぇな。
と、いつ雪が降ってきても不思議じゃない雲から目を離すと視界の隅、それも下の方に小さく何かが飛び込んでくる。
ココから下というと当然中庭、今の時間ならコレまでの経験上間違いなく一面雪で白いはずなのだが。
さも当然のように、ストールの少女がそこに居た。
いつか見た姿。
最近は直接例の場所に来ていたのかこの角度でその姿を見ていなかった。
少女は校舎を見上げていた。
初めて中庭で見かけたときからそうだった。
あの時は彼女の体のことなど知らなかった。
知ってしまった今、俺に何が出来るわけでもないが彼女がこうして校舎を見上げて何を考えているのか気になってしまう。
――姉と一緒に学校へ通い。
――姉と一緒に作ったお弁当持って行って、お昼休みは一緒に食事。
――他愛もない話題で盛り上がり、
――友達に『また明日』と挨拶をして一日が終わる。
――でも、美術部に入って好きなだけ絵を描くと言うのも捨てがたい。
日曜に香里から聞いた栞の夢。
あまりに些細な、小さな夢。
彼女はあの場所でその夢を反芻してるのはないだろうか。
「北川……」
「なんだよ、別にオレがノート取ってても……」
「じゃなくて、外」
「……あ」
俺の言いたいことに気付いたのだろう、北川の方を向かずに声をかけたがその内容を理解して栞の存在に気付いたらしく、どうしたものだかと小さく相談。
もうあと数分で授業も終わる時間だったこともあり、のこりはHRだけ。
もしかすると栞が本日午後は休みということを知らずに来たのかもしれないと言うことで授業が終わり次第北川が中庭に突撃することになった。
この寒空にあのまま栞をおいておくのは余りに忍びない。
HRに関しては北川が戻って来れなかったら俺がなんとかするという条件付。
北川はそれを決めると再び生真面目にノートと黒板に向かい直し授業の残りを片付ける。
暫くしてデューク東雲の数学の授業が終焉を向かえ、委員長の号令を済ませてHRまでの軽い休憩時間に教室の雰囲気が一度に和らぐ。
待っていました、と言わんばかりに北川は教室を抜け出し中庭に急ぐ。
その姿を見届けて、一安心。
相変わらず、無益に等しいが香里に心を奪われていた北川でも後輩の面倒見は忘れないようだ。
そうだな、それを忘れたら年下キラー北川の名が廃る。
頑張れ北川、ファイトだ北川。
目標は振り向いてくれないかもしれないが、たぶんそれなりにどことなく未来は明るいぞ。
「……ホームルーム残ってるのに、北川君どうしたの?」
突然飛び出して行った北川が横を通り抜けたせいで正気を取り戻した香里。
正気を取り戻したというと語弊があるかもしれないがともかく呆けていたような表情からいつもの香里らしい姿になってその原因となった北川の奇行について質問してきた。
「ん……まぁ、アレだ」
ことが栞のことだけに僅かに言うのを躊躇ったが、隠すことでもないので間を空けてから窓の外、中庭を指す。
香里は窓の外を覗き込むと暫く考え込むように中庭の目標人物を見つめてから『ふぅん』と何でもないように視線を教室内に戻して平静を装った。
なんだか少し香里の雰囲気が暗くなってしまった。
ちょっと失敗だったかな。
このままでは名雪が香里を舞踏会に誘うのに弊害になってしまうかもしれないと思い、ちょっと話題を変えてみる。
内容は北川の悲しい努力、こと、今日のノートについてだ。
いつも優秀、優等生で来た香里のことだ実際ノートを取らずにどうするつもりなのか気になったんだが。
「そういや香里」
「なに?」
「いや、なんか今日お前上の空でノート取ってないように見えたんだが、大丈夫か?」
「え、ええそうね、でも今日のところは予習して来てほとんど解ってるから大丈夫よ」
「高畑くんかお前はっ!」
「……どうせスポーツ苦手ですよ」
……拗ねた香里は新鮮で可愛かったです。
あとがき
秋子さんは朝食に本当にピーマンを出した模様。
そーいや、僕の通っていた高校では現国は「国語 甲」、古文は「国語 乙」と分けられていました。
英語も甲乙に分かれてましたね〜。
……いつの時代の学校だよ、おい。
それにしても舞の出番ないな……。