何で俺が金を払わねばならんのだ。
などと思いつつ、財布を忘れたあゆが購入したタイヤキの代金を払い3人で街をぶらぶら。
途中俺の経済を心配してか申し訳なさそうな表情をしていたあゆだが、
とりわけ何か買うものがあったわけでもなく、この街に来てからというもの特に何かを買うこともなかったため財布の中はそこそこ潤っているから困るほどでもないし、
なにより先日の殿堂入り好プレーのこともあるので気にしなくていいから奢るということで決着をつけたが、
それでもあゆは申し訳なさそうな表情で、何故か舞が説得するという不思議な状況になっていた。
いや、お前も関孫六とか買ってないで金出せよ。
加藤保憲かてめぇ。(←帝都物語の人)
まぁ、舞には金換算など無粋になるほどいろいろ世話になってるとか
食べ物を頬張っているときのその無邪気な笑顔が素敵に無敵で
平たく言うと惚れた弱……
いや、あのね、舞の色香に惑わされとかそう言うことじゃなくてね、っていうか別にそんな色香とかいえる色気は多いわけじゃないんだけど、それを補って余りある魅力っつーか、
じゃなくて、あれだほら、
えっと……
はい、ごめんなさい、いいよもう、正直言います、惚れてます、惚れた弱みです!
いつからだか憶えてませんがはっきり言って惚れてたりしますわけです!
まぁ、多分あれ、子供のころから仲良くてそんな感じで多分、そのころからなんだよなぁ……。
いや、なんつーかとにかく今日は財布を忘れて愉快なあゆさんを助けるというのと舞のご機嫌取りって感じでOK。
あ、いや、だからってぽんぽん奢るわけじゃねぇぞ今日は特別だ。
とにかくそんな経緯があってあゆと舞と3人で商店街。
現在の栞と北川の状況をあゆに説明しながら先日の舞踏会の話をする。
あゆはどうやらウチの学校でやっていた舞踏会のことを知らなかったようで興味深げに聞いていた。
舞によるとあの舞踏会自体はもう恒例になってこそいるが学校自体が新しい近年出来たものであもあるのでそれほど広くは浸透していないらしい。
あゆちゃんも来ればよかったのに、なんて舞の言葉にあゆも残念だったような表情を見せるが、
それ以上に栞の話題が出たときの痛々しい表情が目を引く。
香里と栞が仲直りしたということを聞きそれは嬉しそうな顔をしたのだが、
やはり栞の病気のことを知っている数少ない人物だ、そっちのことを思い出して心を痛めたとかそんなところなんだろう。
目ざとく表情の変化に舞が気づいたようだったが敢えて話には触れずスルー。
話に一段落ついた頃、
話題を栞関係から変えるべく、最近忘れがちなことだったまだ見つかっていないあゆの正体のわからない探し物に移行しようかと
思ったのだが、その前に舞がしゃしゃり出て来てあゆにちょっとした質問を浴びせかける。
内容はアレ、香里に聞いた学校の話、以前にも秋子さんに聞いた話ではあるのだが改めてここで本人に問いただしてみようという気になったのだ。
このあたりに私服の学校はないという情報。
そしてあゆがいつもこの商店街に姿を見せることから遠いところに住んでいるわけではないはずで、
よくよく考えれば謎が多い相手なのだ。
あゆは学校のことを訊く俺に『何でまたそんなことを?』というような表情で不思議そうに自分の学校がどこにあるのか答えてくれる。
だが、その回答を聞いていた舞が隣で眉を潜めて小首を傾げていた。
要は、あゆが言うような場所に学校なんか訊いたことがない、というわけだそうだ。
舞とあゆが軽く話をして、ならあゆの学校に行ってみようか、なんて結論に達してしまう。
いいのか? 日が沈むぞ。
「やっぱアレ? あゆちゃんのカバンに羽がついているところから見て学校は空?」
「……その羽広がるのかよ」
「多分ね、3段変形くらいはしてくれるはずよ」
「どんな風にだよ」
「1段が今の形、2段が鞄の底にアフターバーナー、3段で両肩にキャノンが」
「羽関係ねぇっ!?」
舞のバカっぽい発言から始まったあゆの学校探索紀行。
商店街をいつもあゆが去って行く方向から抜けてその先にある住宅地を越えた先に向かう。
空も徐々に暗闇に包まれて行き、15分と歩かないうちにすっかりと夜の帳も下りきっていた。
しばらくあゆの先導に付き従い歩いて行けば辺りは民家もなくなって来て遊歩道のような道に辿り着く。
道中、その遊歩道についてから先を行くあゆに解らないように舞に目配せをする。
同じように舞も俺の方を向いており言葉にこそ出さないが多分同じことを訴えているんだろう。
この道は、先日来た道だ。
あゆを追って、なんだか微妙に目的を間違えながら進んだ道。
記憶では確か一本道で、このまま進んでも建物などあった覚えは皆無。
前を見ればあゆは先へとわき目も振らずに進んで行っている。
遊歩道を抜け、気がつけばあの時と同じ山道のようなところを歩いているが、前を行く羽リュックの少女は通いなれた道だからなのだろうか嫌に軽快に進んで行く。
通学路としては不思議と寂しい道。
街と離れたところに学校を建てるということもないとは言い切れないけど、
この先はそんなものがあるはずもない。
しばらく歩き続け、
俺と舞が先日ココへ来た時の感覚通りの場所に、確か行き止まりであるはずの開けた場所に、
あのときにも見た一つの大きな切り株があった。
そして、やはり辺りを見渡せば、ココは行き止まり。
木々の間を抜けて行けば行き先はあるにはあるが、とても学校があるような道には見えない。
だからなのか、導くように俺たちの先を歩いていたあゆが、この場所に来てから目に見えて動きが止まってしまったのだ。
「あゆ?」
「あ、あれ? ……なんで?」
俺の問いかけに気づいているのか、呆然としたまま立ち尽くす少女。
視界に入ってくる舞の表情もいつもと打って変わって真剣で、あゆの行動を見守っている。
多分、俺も舞も気づいている。
ココが、この切り株のある場所があゆが俺たちを連れてこようとした場所なのだと。
「そ、そんなっ、だって…………ぁ……」
慌てたように急に動いたあゆは自分のカバンを降ろして中を確認しだすが、すぐに体ごと固まる。
「ボク……そんな、今日も学校に来て……」
呟き立ち上がるあゆの手にあるカバンの中が一瞬見えたが、
中には何も入っていない。
信じられない、そんな表情を浮かべたあゆはそのままふらふらと足早に元来た道の方へと歩いていく。
いやもう途中からは走っていたのだろう、すぐにその姿が見えなくなる。
追わなければ、そう思うが実際のところ事態を理解しきれていないので頭も体も状況に追いつかない。
ざっと整理して考えると、
あゆがココに俺たちを連れてきた。
理由はあゆの学校に連れて行くため。
しかしココに来てあゆは驚いていた。
ココまで条件が揃えば答えはわりと難しくなく、
「……あゆちゃんの記憶では、ココに学校があったはず、なのよねきっと」
噛み締めるように呟く舞のセリフは多分正解。
「無いけどな」
俺も同じ結論に達しはしたが、現実として無いものは無い。
「ココ、何かあるのかしらね、あゆちゃんだけじゃなく、あたしたちにとっても」
多分、以前ココに来たときの感覚のことを言っているのだろう。
確かに、アレから考えると何も無いとは言えないし、俺と舞に共通しているのなら幼い頃のあの当時のあゆにも何かあった場所だと考えても不思議は無い。
「7年前、か」
「そのあたりが妥当じゃない? あゆちゃんに会ったのもその時だし、何より……」
そこまで言って舞は口を閉じるが、続きは大体わかっている。
あゆに会った冬。
しかし、その後あゆに会うことも無く、更にはこの冬再会するまでその存在すら忘れていたということ。
けど、とりあえずその事を考えるよりも今は先にやるべきことがあるような気がする。
「……って、あゆ放っといていいのかよ、追う方がよくないか?」
「そうね、この山道走って行ったんなら危険極まりないわよね」
歩いて来たこの道は遊歩道を抜けたあと街灯など存在していなかったはず。
っていうか俺たち良くココまで来れたもんだと思うほどだ。
「とりあえず、追うぞ」
「ええっ」
2人で暫らく来た道を戻りあゆの姿を探し回るのだがあたりには気配さえない。
ただ静かに夜の闇が辺りを包む。
俺たちにしてもこの中を急ぎ足で抜けているわけだから危険といえば危険なのだが……。
「……そうだ、早く見つけないとっ」
隣で不意に舞が思いつめた表情でポツリと呟く。
聞こえてきたそんな声に突然どうしたのかとその顔を伺うと、少し青ざめたように見える表情で更に言葉を続ける。
「昔、そう昔この辺りに……」
「……この、辺りに、どうしたんだ?」
ごくり、と舞か俺か、息の呑む音が聞こえる。
一拍おいて、少し俯きかけだった舞が顔を上げ、俺の目を見据えて言い放った。
「あたし落とし穴作ったんだよ! あゆちゃん落ちたらどうしようっ!」
「いつの話だよっ、それはっ!!」
「かれこれ10年ほど前?」
「もうねぇよ! あるわけねぇだろがバカっ!!」
「わ、わかんないよそんなこと、結構……その大きいの作ったんだし」(←舞:バカ呼ばわりされてちょっと不満気)
「……大きいってどのくらいのだよ」(←祐一:心底呆れて)
「えっと、当時のあたしが2人分すっぽり入るくらい」(←舞:小首を傾げて)
「頑張り過ぎだ!!」
でも、やっぱりまいがすき☆
暗い道を、
ほとんど獣道のような道をとにかく戻る。
結局、あゆの学校探しツアーはうやむやのまま終了した。
舞の落とし穴こそ見つからなかったが、
あゆを見失ってから20分とかからずにあゆ自身のその姿を確認することが出来たのは運がよかったのだろう。
あゆが向かった方向はわからなかったものの、俺たちがわかる道など初めから俺たちがここへ来るために使った道しかなかったわけで。
素直にその道を急ぎ足で歩いて行ったのが功を奏したということだ。
ただ
あゆが何をしたかったのかが今ひとつ解らない。
いや、あゆのしたいことだけじゃない、正直何が起きたか解らない。
あの木の切り株のあった場所から遊歩道に向かう道。
もう少しで遊歩道という場所にあゆはいた。
どういう訳か声をかけ辛い佇まい。
何故かその場で上を見上げて。
何時の間に降り始めていたのかちらほらと舞う雪を迎えるように上を見上げて立ち尽くしていた。
明かりもほとんどないのに上を向いて泣きそうな表情をしているのがわかる、
見えるのではなく雰囲気がそのことを表していた。
ざりっと雪と土を圧迫する、要は足で踏みしめる音が響く、
見なくても音の発生源は隣にいる舞だと解る。
話しかけようとして動き出したのだろう、まだ確かにココからでは充分に声を届けるには心もとない。
だが、数歩進んだところでその動きが一瞬止まる。
何事かと思い舞の傍まで行き、その視線を追ってあゆの姿を目を凝らして見るとコートの前と手が土に汚れていることに気づく。
驚いてさらに近づいた俺と舞に気づいたのか初めは驚いたように、そしてすぐに力のない笑顔になってこちらに向き直る。
「祐一君、舞さん……」
「あゆ、ちゃん? どうしたのよそんなに汚れて」
「え? あれ?」
舞の問いかけに今気づいたように自分の姿を見て驚いたような表情になる。
もっともそれは一瞬のことですぐに瞳は落ち着きの色を取り戻し、ポツリと俺たちを見てないのか独り言のように呟く。
「……うん、探し物、してたんだ」
「え?」
「とっても大事な……物だったんだ」
視線はこちら側を向いているのに、俺たちを見ているのか見ていないのか焦点が定まっていない瞳で、
涙を流していないのにまるで泣いているような表情で、
「あはは、何か勘違いしてたのかな、ボク?」
小さく呟き、そんな言葉を残した後、
一言俺たちに謝って今日は帰るとその旨を伝えて突然走り去り姿が見えなくなった。
呆気にとられた後、気を取り直してあゆを追おうとするが隣にいた舞に腕を掴まれ止められる。
なんでだよ、と、そんな感じで文句をぶつけた気がするが舞は冷静で、いやそれすらもよく考えると冷静になろうと必死だっただけのかもしれない、そんな表情で俺を見据えて
「あゆちゃんが向かった方向、解るの?」
なんて聞いてきた。
言われて気づく。
あゆがその場から去ったのは見ていた。
見ていたはずなのにどこに行ったか解らない。
狐につままれたような、という感覚はこんな感じなのだろう、あまりに不可解で異様な感覚だった。
寒々とした雪の降る夜、何暫らくしてとか落ち着いた俺たちはあゆが去った後立っていた場所を何気なく見回してみる。
すると、あちこちに恐らくは手で掘り起こしたのだろう地面に穴が出来ていてその傍には投げ捨てたようにいつもあゆが手に付けていたミトンが放り出されていた。
何か埋まっていたものでも探していたのか。
道具もないのに雪を掻き分け、さらにその下の土を掘り起こしたのだ、それも素手で複数。
寒いとか冷たいとか気にする余裕も無いほど必死になっていたのだろうか。
――多分、何かを探して必死だった。
あゆの落としていったミトンを手に取りながらピンと普段からあゆが何かを探していたと言うことを思い出す。
先ほど呟いた探し物というのはいつも探していたソレで、実はこの辺りに埋まっていたとか……。
そもそもコレまであゆの話からその探し物は『いつ』の物かも『どんな』物なのかも解っていない代物だったはず。
ココにいたって一心不乱に地面を掘り起こしていたということはもしかすると探し物の答えを得たか、もしくはそのヒントとなる事柄を思い出したか。
そんなことを思い舞にそのことを伝えようとそちらの方を向いたのだが。
「……舞、どうしたんだよ」
「あ、うん、なんでも、ない……」
「なんでもないってツラかよ、真っ青だぞお前」
「……さむい、からかな……」
見れば舞の表情は街灯の光もほとんど届かない暗闇の中でさえ血色が悪いことが理解でき、さらに暗い表情であることが解った。
俺の声にこちらを見るでもなく、あゆが掘っていた穴を見つめるように俯いていた。
ちょっとだけ、いつも通りに舞が『コレ、あたしの掘った穴!?』とかコメディに落ちることを期待していたがどうにも今度ばかりは冗談で済みそうもない。
舞にしても何か思うところかあったのか、もしくは、何かを思い出したのか、その姿と表情から混乱しながらも何かを必死に考えているような風に見える。
だが、あまりに暗い表情が俺の不安を掻き立てる。
何故だか、ココに長いこと居てはいけないような気がしてくる。
「おい、ちょっとしっかり……いやとりあえずココから離れよう」
「……うん」
一向に浮上する気配も見えない舞を、去っていったあゆを探さないのを悪いと思いつつも呆けたような舞をこの場所から遠ざける。
何故遠ざけようとしたのか結局よくわからなかったが、とにかく遠ざけるべきだと思いその手を取って遠くに見える街灯と思しき明かりを頼りに見覚えのある遊歩道まで連れて行く。
その間、舞は一言も喋らず俺に引っ張られるまま。
下を向いたまま明るいところまで着いて来る。
雪で覆われては居たが舗装された道、街灯の明かりのある場所まで来たおかげで少しは落ち着いたのか、舞はその後引き摺られることも無く自分の意思でしっかりと歩いてくれた。
もっともその歩みはまだ考え事をしているのかとても緩やかな動きで、なんとなく不安だったので舞の手をつかんだ俺の手はそのままにしておいた。
仮にも惚れた相手だ、普段なら気分も高揚するだろうが、何故だか今はそんな気分にはなれずに2人でトボトボとこの街唯一の繁華街である商店街の方に向かい歩を進めていた。
目的の商店街が近づいて来た頃。
少し時間が経って多少は落ち着いたのか顔は青いままだが口を開いてくれた。
「ごめんね、祐一くん、なんか混乱しちゃって」
「いや、あれは正直俺にも何がなんだか……混乱しない方がおかしいだろ」
実際情報があまりに少なく、それでいて奇行とも言えるあゆの行動。
俺だって充分すぎるほど混乱していたし、今だって混乱してる。
舞があからさまに動揺していたために俺は『なるべくそれを考えない』という手段で自分を保っていたに過ぎないんだから。
「そう、だね……」
それだけ言って俯き口を閉じる舞。
でも、表情は固く右手で口を隠すように覆い、眉間に皺を寄せて、視線がどこに向いているかわからない瞳で何かを考え込んでいるようだった。
「……どうした?」
「うん、なんでも、ない」
なんでもないって表情じゃないのは誰が見ても見て取れる。
あの場所からずっとこの調子だ。
そんな恐ろしいほどに青ざめた顔色だというのに舞は頑なにそのことを認めない。
先ほどよりましになったとはいえ、手を引いているから解るが心もとないというか足取りも怪しく体調が悪いのではないかと思うほどだ。
まぁ、俺も混乱していて表情もよろしくないはずだが、それにもまして舞は見るからに下を向いて暗い雰囲気を纏っている。
だから、そんな空気を吹き飛ばそうと努めて明るく、半ば冗談交じりに話しかける。
「ほら、舞、あゆの行き先とかなんとかわかんねぇのか? 舞って妙な力あって昔のかくれんぼでも相手を見つけるの上手かったじゃないか?」
「……え?」
が、それさえもまた、俺たちの思考を混乱させる結果になってしまう。
「何を言ってるの? あたしの力は、あの頃に無くなった……」
そこまで言って首を傾げる舞。
その言葉を聞いて俺も思い出す、そうだ、確か『今の舞』は普通の女の子だ。
少なくとも再会してから俺は舞を『昔不思議な力を持っていた』と認識していたのだ。
そう、過去形で認識していた。
舞の言う通りそんな気がする、あの頃になくなったという言葉に疑いもなく納得しそうになる。
だけど、一つだけ心に引っかかる物があって、
少し首を傾げて思案する。
隣の舞からも同じようにその何かに気づいたのか言葉途中のまま動きを止め、
「ねぇ祐一くん」
静かに降りてくる雪を視界に入れながら
「……あの頃って……いつ?」
俺の方を見ているのかもわからない程に驚いた、いや怯えたと言うべきなのかそんな表情で
「あたし、なんで力がなくなったんだっけ……」
呟いたその言葉に俺は答えを返すことが出来なかった。
あとがき
上下のバランス間違えた。
そろそろクライマックス、だといいですねぇ。