「ッシャコラー! 行くぞスペー!!」

「ば……ばっちこーい」

「声が小せぇ! 腹から声出すんだよ! 大地を揺らせ!! 校舎を倒すぐらいの勢いで!!!」

「バッチコーイ!!」

「やりゃー出来るじゃねぇか! よくやった! 二日酔いの理事長秘書は悶絶してるだろうけどな!」

「たづなさーん!?」

 

ゴルシとスペである。

史実とか、実際のウマウマ関係とか細かいことは大アンドロメダの向こうに投げ捨てて何やら師弟になってしまっている例のゴルシとスペである。

そんなお二方。

大声で何しているかというと――

 

我らがゴールドシップ様はトレセン学園校舎の三階の窓から半身を乗り出し拳を振り回し、外、校舎傍に佇むスペシャルウィークに何かの指示を出している、という状況。

ゴルシ結構危ない。

 

 

 

「ネイチャ、あれはなんや」

「……まぁ、見てれば解るんじゃないかと……いや、解んないかも」

 

そんな二人の姿を ( ̄A ̄) ←な顔して眺めているナイスネイチャに、たまたま通りかかったタマモクロスが問いかけるも、まぁいいから一緒に見て行ってよ。と軽く答えられる。

まぁどうせ暇やしええか、とネイチャの隣に立つタマモ。

視線の先には何やら位置取りを確かめるように三階のゴルシの方を見ながらウロウロと細かく動くスペシャルウィークの姿。

 

ざぁっと一陣の風が吹き、タマモの白く長い髪と尻尾が揺れる。

隣のネイチャが視界の隅に映り、その赤みがかった頭の左右にそれぞれ纏めた尻尾のような双房の髪が――

――揺れない。その髪存在感スゲェなネイチャ!? なんてタマモがツッコミたいのを我慢している目の前で、

 

とうとうゴルシが動き出す。

 

「ゴールドシップ、行きまーす」

 

気合入ってんだか入ってないんだか解らない掛け声と共に、窓から上半身を外に出来るだけ乗り出し、その手に持つ小さな容器から一滴。

 

地面に向かって落ちていく液体。

高さh[m]の三階の窓から、万有引力定数と地球の質量、半径から求められる重力加速度g[m/s2]を受けスペシャルウィークがいる地表0m地点に向かい落ちていく。スペシャルウィークの身長をhsw[m]としたときの、液体がスペシャルウィークに到達する時間を求めよ。但し液体は極少量の為空気抵抗は無視できるものとするとかなんとか頭の中を過ぎるネイチャとタマモの見守る中。

水滴は順調に速度を上げ到達点のスペシャルウィークに向かう。

対するスペシャルウィークは落ちてくる水滴を睨め付けつつ、小刻みなステップで細かな位置調整を行い、

目的の水滴を

 

 

受け止めたのだった!

 

 

「うっ……ペッ! プペッ!! 口ん中入った!! にっが! 目薬苦ぁあああ!! ペッ」

「惜しい!! ズレは10cm程か……小さくて大きな距離、この壁を乗り越えるぞスペ!」

「もう、やですよー! 無理ですよーコレ!」

 

方や苦悶の表情で、方や実に悔しそうに、地面と三階、距離h離れた場所で言い争う師弟。

 

「……ああ、二階から、目薬、か。 んや、三階やけど」

「ですねー。 いやーさっきゴルシがですね

 

 『二階から目薬って言葉があるだろう、あれは無理だって意味だそうだが。 無理を通して道理を引っ込めるなんて言葉もある。 つまりそれを超える三階から成功させればゴルシちゃん歴史に名が残るんじゃねーか!? 行くぞスペ! 世界をこの手に』

 

 って言っててですね」

「……ネイチャ、自分ゴルシの真似上手いな」

「いえ、マックイーンに比べりゃまだまだですわ」

「マックイーン凄いんか?」

「血繋がってんじゃないかってくらいそっくりで抱腹絶倒間違いなし」

 

 

ネイチャとタマモ。マックイーンの意外な特技について語りながら、二人揃って( ̄A ̄)( ̄A ̄)な顔になり眺めるその先で

 

「行くぜ! 目薬三連射!」

「うわぁぁぁ」(←スペ:引いてる)

「きゃあぁあぁ!」(←マヤノトップガン:楽しそう)

「待ってましたー!」(←ダイタクヘリオス:テンション高すぎ)

 

なんか増えてた。

 


 

それいけ!ゴルシトレーナー!

 第2話「壁」


 

壁。

こと、何かを極めんとせんと突き進む者たちにとって立ちはだかる物であり、その規模大小様々であるけれど苦しめて来る物である。

ある者はその困難に打ち勝ち乗り越えて行き、

またある者はそこが自分の限界であると悟り、壁に道を阻まれ去って行く。

この速さを競い合うウマ娘を育てることを目的としたトレセン学園で先述の2パターンの者達は多数見られてきた。

悲しいかな栄光を掴める者など少数であるがゆえに、圧倒的に後者、壁に阻まれるものが多いのだ。

みんながみんな幸せになれる勝負の世界などないとは解りつつも、やるせない気持ちになってしまうものだ。

そう、『壁』とは、大きく、そして無慈悲に立ちはだかるものなのだ。

だから、

 

なんか「壁が、壁をですね……」なんて必死に訴えかけてくるトレセン学園一般生徒に対応しているバブル期のキャリアウーマンみたいな見た目した生徒会副会長のエアグルーヴを眺めながら、

生徒会長であるシンボリルドルフはここ、トレセン学園生徒会室の会長席で、遊びに来ていた可愛い後輩のトウカイテイオーの赤褐色のポニーテールにした髪を解き、編んだり纏めて上げたりしていつもの元気いっぱいのテイオーと違う姿にして遊びながら、

生徒たちが、レースに向かうウマ娘たちがぶつかる壁について思いを馳せる。

シンボリルドルフ自身も、おそらくは目の前のいつも楽しそうで自信たっぷりなトウカイテイオーも、壁にぶち当たったことくらいはある。

それをどう乗り越えて行くかなどは人それぞれの方法でしかないと思う。皆が皆同じ悩みならそもそも壁などとは呼ばれないだろうから。

しかし、いかに自分で越えなければならないとはいえ、一人で、思い悩んで潰れて行ってしまうのは忍びなく、

こうして悩む彼女が生徒の代表たる生徒会を頼って来てくれたことは有難く思える。

アドバイスとしても自分たちの経験談程度しか伝えられないとは言え、相談に乗る相手がいる、というだけでも精神的に違うだろう。シンボリルドルフにしても苦しんだ時にはトレーナーの助けがあった。トウカイテイオーだって、まぁなんだむず痒い話だがルドルフを頼ってくれたりもしたものだ。

そうだな、せめて生徒会長としてこの迷える子ウマさんの一助となろうと思い、スっと席から立ちあがるトレセン学園生徒会長。

先ほどまでいじっていたトウカイテイオーの髪と変わらぬ赤褐色のふわりとした長い髪を靡かせ立ち上がる。

 

まぁぶっちゃけ暇で遊んでたわけだしね。

生徒会長はみんななんか忙しいとか思ってるみたいだが、学生だ。生活に支障出たりなんかしたら問題なわけで、なんだかんだで適度に暇。副会長のエアグルーヴが働いてるのを横眼で見ながらテイオーと遊んでるくらいには暇なのである。

生徒会室にいるのも正直な話、みんなのイメージで定位置になってるからいることにしている程度の理由のシンボリルドルフ。

なので実はお客様ウェルカム状態なのだ。

 

あと、エアグルーヴが見た目ちょっとキツくて相談に来てる子が緊張してるんじゃないかとか、それを緩和させるために自分も向かおうとか思ったりしてのこと。

もっとも、シンボリルドルフは性格は穏やかで大人な感じのウマ娘なわけだが、『皇帝』なんてあだ名が付いちゃう程に雰囲気があり、普段から妙な威圧感を醸し出しているわけで

そんな『皇帝』、そしてまた『女帝』なんて名が付いているエアグルーヴ副会長、さらには髪いじられて途中で放置されパイナップルみたいになってる『帝王』の視線に晒され、ミカドストリームアタックに囲まれている一般生徒ウマ娘。ちょっと涙目である。

 

 

だもんで、こう、理由は解らないがさらに怯えてしまったウマ娘に気づく皇帝様は、ここは一つ冗談でも言って場の雰囲気を軽くするか、と質の高いダジャレでもどうだろうか、なんて真剣な顔をして考え始めたその時。

 

「えっと、あの、壁、をですね……

 

 

 ゴールドシップさんが壁を走っているのでどうしたものかと……」

 

 

 

正直意味わからん。

 

一般ウマ娘が要件を言ってくれたわけなのだが事態が悪化したようにしか思えないこの空気。

エアグルーヴは眼を瞑り、目頭に指を当てて眉間にしわを寄せる。気持ちはわかる。

 

気持ちはわかるんだが、その心躍るワード『壁を走る』が気になってしょうがない。

詳しく話を聞いてみれば、なんでも相談に来た彼女が廊下を歩いているときに、妙な掛け声が聞こえたと思ったら横になったゴールドシップが走り抜けた、ということだそうだ。

横を向いた、ではない。『横になった』だ。寝ている意味ではなく。

幻でも見たかと思考を飛ばしかけたが、遠ざかる横向きの後姿は紛れもなく現実。これは生徒会に伝えておいた方が良いのではないかとここまで来たんだそうだ。

いやまぁ、なんだ、その。

ゴルシ案件は正直困る。

そういうのは学園そのものに言うべきじゃないかとも思ったが、どうやらトレーナーにも伝えたそうで、

 

『ゴールドシップ……とうとう重力から解き放たれたか……そうか、行くのか……宇宙』

 

と感慨深く頷いて終わった。わけでもなく。

 

『そっかー、やっぱすげぇな、マジヤベェなウマ娘。 ウチのマヤノも重力から解き放たれてるぞー。 地に足ついてないって意味でだけどな! 油断すると元気いっぱいに飛び込んでくるからな!』(←マヤノトップガン担当トレーナー)

『それなら僕んとこのタイキシャトルもだぜ! ちょっと目を離すとどっか飛び出して行くからなぁ……そこが可愛いんだけどな!』(←タイキシャトル担当トレーナー)

『俺のところは……倫理とかなんかその辺から解き放たれちゃってんだよねぇ……重力くらい大したことないよ……いや本当。 まぁタキオンなりの愛情表現なんだろうけど』(←アグネスタキオン担当トレーナー)

 

俺も私も、みたいな感じでトレーナー同士のそれぞれ思い悩む相談会。いやまて、ノロケだろこれ。

気が付けば、うちのウマ娘が一番かわいい大会に発展。

そのあたりで、あ、ダメだこれ。と思い至った一般ウマ娘はせめて生徒会に報告しておこうとこちらに足を運んだらしい。

なお、かわいい大会には一般ウマ娘担当トレーナーも参加、『その、他の煌びやかなウマ娘たちに埋もれてしまいそうになりながら戦うその姿が、愛おしくて震える』とかどこのJpopの歌詞かと思うような思いの丈を声高に叫んでいたのも彼女がその場を離れた一因でもあるが甚だ余談である。

 

てなわけで生徒会に持ち込まれたという流れである。

まぁ極論言ってしまえば一般ウマ娘さんにしても、もうあれよ、ゴルシ案件なんで目的は解決ではなく、こんなこと起きてるって知ってた方がいいんじゃないかな、という理由なので正直目的はこれで達成してしまったのだ。

 

だもんで、用件を済ませた生徒が立ち去った後。

困り顔のままのエアグルーヴに対し、シンボリルドルフは、ここはひとつ自分が様子を見て来ようと扉に向かう。

すみませんゴルシ案件なんて特別面倒なことで会長の手を煩わせて、なんてエアグルーヴが言ってくれるわけだが、いつも働いてくれてるエアグルーヴにこれ以上負担かけるわけにもいかないし、何よりちょっと気になって見てみたいわけなので半ば遊びに行くような気持ちだったりする。エアグルーヴは気にならないのかなぁ?

 

だから心の中でごめんね、とか思いながら『うむ』なんて解ったように大仰に頷いて生徒会室を出て現場に向かった――

 

 

 

――その先で

 

 

 

「うおおおおおりゃああああぁぁぁぁぁぁ!」

「だりゃあああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

乗り越えるでも打ち破るでも、そして行く手を阻まれるでもなく、

『壁を走る』ゴールドシップとスペシャルウィークの姿に、トレセン学園生徒会長シンボリルドルフは真顔で呟く。

 

「なんじゃこりゃ」

 

いや、聞いて解ってはいたんだが、実際この目で見ると異様な有様で、

いつの間にか髪型を自分でポニーテールに戻し、横に並んで立つ可愛い後輩トウカイテイオーと二人( ̄A ̄)( ̄A ̄)な顔で、横になりながら走り去る件の二人を眺める。

 

ゴールドシップは戦隊リーダーを意識したのか宇宙に飛び回る彗星を意識したのか赤基調の衣装を、スペシャルウィークは白地に紫の意匠を施した、あれ?制服とそんな変わんなくない?と一見言いたくなる衣装を身に纏い、

凄まじい勢いをもって前傾姿勢で壁を走り抜ける。

まぁ、なんだ、うん。とりあえず一言言わせて貰えれば。

 

なんで二人とも勝負服やねん。

 

「カイチョー、いいの? あれ?」

「廊下を走ってはいけない。 しかし、あれは壁だ、な」

「壁だよねぇ」

「走れる、ものなんだな」

「……ちょっと楽しそうだよね」

「……わかる」

 

シンボリルドルフ。トウカイテイオーの呟きに心のわかるボタンを激しくクリック。

見ればちょっと体に力が入っているような感じのテイオー。どことなくウキウキしているといった様子で今にも走り出しそうである、壁を。

あんなことが出来るんじゃないかと解ればシンボリルドルフ自身も正直やってみたいと心の隅っこがウズウズするわけで。

いやでも、生徒の模範となるべき生徒会長だしなあ自分、と自分を諫め、ここは一般生徒の迷惑にもなるからと二人を止めようかと考えるのだが

 

 

 

「うおおおおおりゃああああぁぁぁぁぁぁ!」

「だりゃあああぁぁぁぁぁぁ!」

 

なんか戻って来た。

端まで行って、終わったと思ったら再び壁に足を掛け、復路コースをひた走る。

真剣な表情、しかしどこか楽しそうな顔で駆けて来るゴールドシップとスペシャルウィークをしっかりと視界に収め、

シンボリルドルフは真剣な表情で、鋭い眼光を称え二人を睨めつけ、胸の下で腕を組んで重く、とても重い声で口を開く。

 

 

 

「行くか、テイオー」

「リョーカイ!」

 

壁を走る二人が目の前を通り過ぎるタイミングを狙い、少し後から壁に左足を掛け、右足で床を激しく蹴り出し壁走りの為の第一歩を刻む皇帝と帝王。

 

「行ける!」

「あ、ちょ……」

 

どさっ、ごろごろ……と音を立てながら鹿毛の二人は廊下に転がる。

 

失敗!

やる気が下がった ピコン

スピードが5下がった ピコン

 

「……」

「……(´・ω・`)」

「……壁を、走るには、重力の壁は厚かった、な」(←ルドルフ:転がりながらドヤ顔)

「Σ(゚д゚ )」

 

上手い事言った。そんな顔で廊下に寝そべるルドルフと、あーいつものカイチョーだーと転がりながら何かを噛みしめるテイオー。

トレセン学園は今日も平和である。

 

あるのだが、

 

そんなごろごろ転がる二人に突如影が差し、何事かと見上げてみれば一人の、いや二人のウマ娘が傍に現れたのが確認できる。

そう、アレだ。アイツだ。イメージカラーは白だと思っていたのに、勝負服がなんか赤い憎いアンチキショウだ。あと弟子。

 

「いよぅ、お二人さん。 そんなところで波で打ち上げられたヒメカンテンナマコみたいな恰好してどうしたって言うんだ」

「深海生物ですから打ち上げられたりしないと思いますよゴルシさん」

 

ゴルシと弟子。現れるなり皇帝と帝王を捕まえて深海に生息する謎の発光ナマコ扱いである。

 

「ああ。 実はな、君たちが壁を走っていると聞いて……やってみたくなってな!」(←ルドルフ:真剣)

「思ったより難しかったよ」(←テイオー:(´・ω・`))

「何か、コツとかあるのだろうか」(←ルドルフ:真剣に考えているがまだ転がっている)

 

なんかもうルドルフの目的が変わっている上にナマコ扱いも気にしない、

行ける、と思っただけに悔しかったのだ。かなり悔しかったのだ。実は自分なら苦も無く走れると思ってたのだ。

 

そんな転がりながらも苦悩する二人の迷える帝さんたちに、えらそーに答えるゴールドシップ。

 

「我々もこうして走れるようになるまで、幾度も大地とキスしたもんさ。 血が滲み、血反吐を吐き幾星霜。 遂に辿り着いた境地、そのコツを伝授してやろう!」

「いやー。 ゴルシさんの軽い思い付きで、出来るようになるまで正味1時間程だったんですけどね……」

「さぁ立ち上がれ『皇帝』! そして、壁を走るイメージを頭に思い浮かべるんだ! そうだ、壁を走ると言えばアイツ、アイツだよ!」

 

スペシャルウィークのささやかなツッコミというか暴露も華麗にスルーしたゴールドシップ。

頼む、と懇願する皇帝を前に、そのコツとやらを身振り手振りで解説。

 

するのだが

 

「腕はこう、真横に伸ばして広げる!」

「こうか!」

「そうだ、そして両手を固く握りこぶしに!」

「こうだな!」

「いいぜ、形は完璧だぜ、皇帝さんよ……そしてここからが重要だ……壁に足を掛け、一気に走り始める、こう、掛け声を出しながらな!

 

 

 

 にんにんにんにん」

 

 

 

「ハットリ式か!?」

 

至極、真面目な表情で、深刻な顔で。マンガ的に言うと劇画的に叫ぶシンボリルドルフに、にやりとニヒルに返すゴールドシップ。

今、二人の心は通じ合う。

 

 

「……これ、コツなの?」(←テイオー:( ̄A ̄))

「や、こんなことしてなかったんですけどね」(←スペ:( ̄A ̄))

 

こそこそと話し合うテイオーとスペちゃんをさっくり無視し、ゴールドシップとシンボリルドルフの修練は続き、幾度目かの挑戦の後、遂に我らが皇帝陛下も重力という枷から解き放たれようとしていた。

 

にんにん言いながら壁に足を進め走り始めるゴールドシップの後ろから、

一瞬目を閉じ軽く集中したシンボリルドルフは、カッと目を見開き、有馬記念にでも臨むような表情で壁というレース場に足を踏み入れ、

 

叫ぶ。

 

 

「しんしんしんしんっ」

 

ハットリ弟式壁走り、ハットリ式を使うゴルシの後ろだからこのチョイス、

かと思わせておきながら

 

「……シンボリルドルフ、だけに、な」

 

ルドルフ、超満足そうに壁を走る。

そんな皇帝の粋な行動に、ゴールドシップも驚愕し、そして賞賛を持って立ち止まり振り返ると、右手を高く上げる。

 

「やるじゃねぇか、皇帝」

 

対するルドルフもニヤリと口元を歪め、立ち止まり右手を上げる。

 

「ゴールドシップのおかげだよ」

 

パァンッ と二人は上げた腕を勢いよく振り回し、大きな音を立てながら握手。青春の一幕である。

 

あるのだが、舞台は壁。

やはりまだ人類、いやウマ娘類には重力から解き放たれるのには早かった。

ゆっくりと、握手したまま落ちていくゴールドシップとシンボリルドルフ。

 

そして、急に立ち止まった為に

後ろから「聖闘士式です!」なんて言いながら体折れてんじゃねぇかくらいに前傾姿勢になり両腕を真後ろに伸ばした体勢で壁を走って来るスペシャルウィークが、二人を巻き込み人身事故。

 

「うぶっ」

 

キャラ的に、うつ伏せで廊下のリノリウムを抱きしめるゴールドシップ。

 

「あっ」

 

今更ながらに制服で壁を走り回ってたことに気づいて翻るスカート押さえ普段のキャラとはかけ離れた可愛い感じに落ちるシンボリルドルフ。

 

「ぐはぁっ」

 

聖闘士式なんて採用したが為に、顔から落ちるスペシャルウィーク。

 

 

そんな床に転がる3名を横目で見ながら、

面白い方式思い浮かばなかったなぁ、と適当にやってみたら案外普通に壁を走れてしまったトウカイテイオーは、

廊下の終わり、目の前に見えている曲がり角をゴールにして駆け抜けて終わろうと、

両手を上げガッツポーズをしながら、ルドルフ、ゴルシ、スペを抜き今一着でゴール

 

 

 

「なんじゃこりゃー!!!」

 

 

 

イン、しようとしていたところで廊下の向こう、曲がった先から現れたナイスネイチャに熱烈なボディアタック。

 

ネイチャにしてみれば、ただ普通に学園の廊下を歩いていただけである。

そりゃーたまに元気なウマ娘が廊下を走ってくることだってある。あるがそこはナイスネイチャ、ブロンズコレクターだの今一つの成績だの自称しているが、学園のスターウマ娘達トップ連中と競り合った上での今一つ。いや、勝機も十分にあるウマ娘なのだ。その身体能力は学園トップクラスで間違いないわけなのだ、

走って来るウマ娘を曲がり角で出合い頭に軽く避けるくらいは出来そうなものなのだ。

 

なのだが、流石のネイチャさんも『壁を走って来る』相手に思考が止まる。

思考も止まるし、そら叫びもする。

ちょっと斜に構え、スレた様な態度を見せるネイチャさんだってこんな状況に出くわせばそりゃ松田優作る。

しかしそこはネイチャさん、松田優作りながらも持ち前の面倒見の良さ、そして友達のマチカネタンホイザの自然体で慈愛溢れる姿を見ていて感化されたのか生来の性格なのか、

咄嗟に、飛び込んで来たテイオーの体勢が崩れて頭から落ちそうになっていることに気づき、腕をテイオーの体に回し支えて二人一緒に廊下に転がる。

更にはその状況下で右手をテイオーの後頭部に添え、頭を打たないように抱え込むというファインプレーをやらかし、しばらく二人でゴロゴロ転がり、止まる。

 

「……ふぅ、もう、本当なんなの? 大丈夫? まったく、無駄に打たれ強いネイチャさんだったらよかったものの……ホント何してんのよアンタ」

 

仰向けに転がるトウカイテイオーを上から覆いかぶさるようにして、顔の横の床に手をついて上半身を起こしながらネイチャが困ったように文句を、そして安否を気遣う言葉を言い放つ。

文句言いながらも、テイオーが頭を打ってないことにホッとしている感じがもうなんだ、ネイチャさんマジ尊い。

 

テイオーにしてみれば、ネイチャの問いに、うん……、なんて答えながらも、状況は優しく抱き留めて助けてくれたイケメンネイチャさんの壁ドン状態である。

いや床ドン。

まて、壁を走っていたためアッチが床と考えればこれは壁ドンではないのか、いやでもあっちが壁であって、と絶賛混乱中。

混乱して、オロオロしたままネイチャを見上げていたテイオーに件のネイチャさんは、ほら立てる? なんて手を引きテイオーを立たせた後に、体に付いた埃を払い落としてくれたりする面倒見のよさをさらりと発揮するこの行動力。

吊り橋効果かなんか知らんけど、もうテイオーさんドッキドキである。

 

「アンタさ、怪我しやすいんだから気をつけなさいよね」

 

前のレースみたいに怪我で休まれるのやーよ、なんて軽い感じで茶化しながら去って行くネイチャのその後ろ姿に「あ、あの、ネイチャありがとう……」なんてテイオーが声かけるも振り向かず、軽く左手をフリフリして、

もつれて転がっているルドルフ、ゴルシ、スペを胡乱げに見つめて、あ、これ関わらん方がいいヤツだ、と結論付け足早に場を離れたのだった。

 

「ネイチャ……」(←テイオー:ネイチャの後姿を見つめて)

 

 

「あー、ずきゅんどきゅんしちゃったかー」(←ゴルシ:転)

「なるほど、これがばきゅんぶきゅんか」(←ルドルフ:転)

「テイオーさんはこんな気持ちは初めてなんですかねー?」(←スペ:転)


楽しんでいただけた人がいらっしゃるなら幸いです。

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2021/06/06(2021/06/19誤字脱字修正)

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