「……ここまで来ましたね」
「この先か、あのよく解らない化け物みたいなヤツは」
海上。
大和型一番艦 大和が向かう先、東の海を見つめながら呟く。
追従するように横に並んで来た長門型一番艦 長門が同じ方向を見つめながら言葉を返す。
更には少し遅れて後ろからやって来た伊勢型一番艦 伊勢も軽く苦笑し背伸びをしながら二人に声をかけて来る。
「扶桑姉妹が先に一戦交えた謎の深海棲艦、まぁ艦というより島の様だったらしいけど……ま、比叡じゃないけど、気合入れて行きますか、ね?」
先に報告のあった敵性の何か。
稀に、の話ではあるのだが、得体の知れない深海棲艦の中でも特に強大で強力な個体が突如現れることがある。
そしてその場合、発生海域からじわじわと勢力を広げるように、あたりの深海棲艦が増加、活性化する。
元よりその出自すらよく解っていない深海棲艦、当然いつどこで何故そんな強力な個体が現れるかも解らないのだが現実として今こうして三名の視線の先の海域に鎮座している。
過去にも数度現れ、近海が非常事態になり各鎮守府から選りすぐりの艦娘達が出撃。激戦を繰り広げて鎮圧したという記録が存在する。
当然、相手が化け物と称される程の存在な上、現れる海域も相手に有利、と条件が重なりこちら側も甚大な被害を受けたりもしたのだ。
そして、
今回はその中でも極め付け、などと言われる程の相手になる。
幾度も、数多くの艦隊が出撃し、ここまでの道を切り開いて来たわけだが、先に最奥、例の個体と交戦した扶桑が率いた艦隊の情報によれば「まるで島。何より以前の同じような事件の際に発生した個体と同種が僚艦として盾に回っている」というのだ。
以前の事件の際の資料を調べて見ればその個体は戦艦型の上位種。攻撃力もさることながら装甲の厚さから沈める為に多くの艦が出撃し大激戦となったとされていた。
そんな化け物を従えた更なる化け物が待っているというのだ。この場で先を見据える三名も心なしか表情が固くなる。
だが、そんな相手でも捻じ伏せてくれるだろうと大和型の出撃を推奨した扶桑。
その期待に応えるべく、今大和はここにいるのだ。
「やっと追いつきました。大和さん空母の準備は整っています」
更に、後ろからゆっくりと準備を整えながらやって来た今回の艦隊の空母三名が至近距離に辿り着き、その先頭で大和に声をかけて来るのは正規空母 第一航空戦隊 加賀型一番艦 加賀。
態度、言動共に非常にクールな印象を受ける彼女だがその実かなりの負けず嫌いで戦場においての艦載機運用は苛烈極まる攻撃主体の頼れる主力空母。ついでにいつも頭の左側で結っている横ポニーテールの位置を毎朝鏡で一所懸命に位置合わせする乙女でもあったりする。可愛い。
そんな彼女以下三名の空母。先行艦隊の情報により制空権が極めて重要ということから選ばれた精鋭の正規空母達。
その姿を視界に収め、改めて東の海を見つめ大和は戦いに向けて言葉を紡ぐ。
「では、最深部に向かいましょうか。 空母のみなさんは後ろからついて来てください、頼りにしてます」
だが、
動き出そうとした大和を、軽く加賀は遮って、
何事かと驚く大和達戦艦組に向かい静かに進言。
「私たちは最悪制空権が取れればそれでいい、最初に発艦が完了することが目的です。 決戦自体は貴方達の火力が頼り、ですから……発艦後の私たちの事は盾扱いでいいわ」
「加賀さん……」
加賀の言いように一瞬驚く大和だったが。
言いたいことは解る。何よりそれが最良であるのは旗艦である大和が誰よりも理解している。
自分たちが損傷すればその自慢の主砲も使えなくなり勝機が格段に減るのだ。
何より大和型ともなれば、盾になった空母の更に後ろからの攻撃でも敵深海棲艦を射程に収め貫くことすら容易である。
しかし、だからと言って仲間を、信頼出来る戦友たちを盾になど出来るのか。
そんな葛藤で奥歯を噛みしめるような大和の表情を見て、加賀はくすりと小さく笑い
「大丈夫、私たちは沈まないわ、その前にあなたが敵を沈めてくれるのでしょう?」
笑顔でそんなこと言いながら拳を作り、その甲で軽く大和の胸を叩く。
「だから
――ほら、瑞鶴、あなたが犠せ……先頭ね」
「こういうのは言いだしっぺの加賀さんが行くべきじゃないですかねぇ! てかなんですか、今犠牲って言いかけましたよね!」
「気のせいよ」
加賀と仲が悪い、なんて噂されている翔鶴型二番艦 瑞鶴が、その可愛く短いツインテールを今にも逆立てそうな勢いで加賀に噛みつくが、加賀はその返答を予想していたのか至って冷静に冷たく返す。
言葉では冷たく返すのだが、どことなく微笑んでいるようにも見えるから困りものだ。
更にはそんな二人に後ろでおろおろする翔鶴型一番艦 翔鶴の姿。なんともいつもの鎮守府内での空母達の姿そのまま。
そんなあまりにいつも通りな空母達に、思わず笑いが込み上げてくる大和。
これも、加賀がリラックス出来るように気を使ってくれたということなのかな、と気持ちが楽になったところで
改めて気を引き締め、こんな素敵な仲間たちの為にも、そして鎮守府で待つ多くの戦友達から託された想いを乗せて、最終決戦に向けて号令をかけるのだった。
「海域最深部に向けて出撃します! みなさん続いてください! ――瑞鶴に」
「大和さん!?」
なんて
とっても活躍している超格好いい大和さんと愉快な仲間達は
まぁあれだ、他所の第一線で働く大和さん達で
いつもの我らの当弱小鎮守府に於きましては、この事件に関してはそれに釣られて近海に大量に湧き出てくる深海棲艦の掃討という平たく言うと主力部隊の為の露払いをしていたりとかなんかそんな感じでありまして。
で、我らがコミカル系超弩級戦艦大和さんに至っては例の記憶の都合上「ああ、これイベント海域かー」なんて身も蓋もない事に思い至る始末。
ぶっちゃけイベント海域が鎮守府ごとにあるわけじゃないから鎮守府同士協力しての総力戦になっている状況を見てそりゃそーだよなー、ってことは弱小の私らは楽出来るんじゃね? くらいの考えに至り、当鎮守府の愉快な仲間たちと近郊で大暴れと相成った次第。
しかも、滅多にない、というか初めての戦艦組4名同じ艦隊で出撃なんてことにもなった為にちょっとテンション上がってピクニック気分になったとか、もっと戦闘的な意味での緊張感持てよと言いたくなる始末。
と、まぁ、そんなこともありましたが、今はもう既に露払いも終わり、主力艦隊の決戦の結果待ちということで弱小鎮守府はお仕事終わっているので平和に戻りつつある状況。
そんなちょっとイベントを楽しんだ形になったいつものどこかおかしい戦艦大和さんは
今回のイベントの最深部に発生していたという敵性個体「離島棲鬼」の資料を眺め、それに付いていた写真を吟味し
『ローゼンメイデンの紅いのが、不人気の余り暗黒面に堕ちたのか……』
とかどうでもいいことをむつかしー顔をして考えていた。
で、食堂でそんなことをしていた為にその姿を眺めていた駆逐艦達からは『大和さんが主力として最深部まで行けなかったことを悔しく思っている』と思われ、そんなことになった自分たちの不甲斐無さを感じてか以後駆逐艦達の練度が通常より速いペースで上がっていくと言う事態に発展するのだが、まぁ先の話である。
みんなのあこがれやまとさん7
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あの、朝潮ちゃん?」
「何? 潮ちゃん」
「えっと……きょ、今日も頑張ってる、ね?」
「ええ、ありがとう」
「……」
「……」
言うまでもなくお堅い優等生気質で有名な駆逐艦 朝潮型一番艦 朝潮と大和にナスビみたいな髪型とか思われているおっとり系おっぱい美少女駆逐艦 綾波型十番艦 潮である。
何をしているのかというと正直よく解らない。
朝潮が柱の影から食堂を覗いていて、そんな朝潮に対して心配するように眺める潮という状況。
いや、もう潮としては、あ、朝潮ちゃんなんだかストーカーっぽいけどどうしよう大丈夫なのかな、とか思い悩んでどう声をかけていいのか困っているという事態なのである。
なお、その件の朝潮がストーカー行為をしている相手というのがあれだ、最早ウチの鎮守府の名物になりかかっている戦艦大和さんだ。
何がどう名物かと言えば聞く人によって「かっこいい」「素敵」「かわいい」「変」「天然」「当鎮守府最強のエンターティナー」「ジャージ」「何考えてるかマジ解らん」などと評価が変わるという謎の戦艦だからである。
なお、それぞれの後に「でも強い、アホみたいに強い」が入る。ある意味信頼の証だ。
ともあれ、そんな千差万別な評価を受ける超弩級戦艦だったわけなのだが、
実はあまり知られていないがもう一つ他とは方向性の違う評価を頂いていて、その内容というのが
『怖い』
なのである。
いや実際は『怖い、超怖い、でも強い、超強い、悪鬼羅刹のごとく強いナンマンダブ』と言いたい放題な評価なのだが、一言で言うと『怖い』なのだ。大和本人が聞いたら多分数日落ち込む。
で、そんな評価を主張しているのが、この潮の前で、おい、それスパイごっこかなんかなのか、っていうか上半身を折り曲げて覗いているからいつも着ている丈の短いサスペンダースカートが引っ張られて裾が危ないんじゃないかと言いたくなるような体勢でちらちら食堂の中を覗いている朝潮ちゃんなのである。
もっとも朝潮の主張はあまり周りに支持されていない。
というか全くだ。
周りの仲のいい駆逐艦達の話でも「それはないわ」とかいう状態、正直畏怖といったあの大戦艦に対する敬意を含んだ『怖い』みたいな感情は少々あるものの、実際に話をしてみれば気さくでいつもニコニコしているお姉さんであって恐れるような部分は無いというのが周囲の評価。
潮も大和とは何度か顔を合わせているし、つい先日も出撃後に給糧艦 間宮さんの直営店で同席させてもらったりしている。その時も雷巡北上が割と失礼なことを大和に言っていたと思うのだが、拗ねたように可愛く対応していたはずだ。
更には緊張してあまり会話に参加できない潮に対し、潮ちゃんの連装砲可愛い、あの顔は自分で描いたの? なんて話を振って来てくれたりしたのだ。
その為、どうにも目の前の朝潮の言う『怖い』が潮には理解できない。
理解はできないのだが、以前、朝潮が大和を『怖い』と称する事件があったということを知っているのだ。
実は朝潮、鎮守府内である意味伝説になっているあの『大和さんデビュー戦』の参加艦だったらしい。いや調べればすぐ解るんだけど。
『大和さんデビュー戦』、まぁなんだ、フラグシップ戦艦ル級を2隻落としたとか司令官を空気にしたとかで最近の事なのに鎮守府内で早々と伝説になってしまっている有名な一戦だったわけなのだが、
その実、詳しい内容というのがあまり語られておらず噂という形になっている。その理由というのが参加したあの時の艦隊メンバーが揃って当時のことを詳しく話をしない、ということなのだ。
いや、それに関して周りとしては何があったんだ、という状態なのではあるのだが、なんていうか聞いてもはぐらかされる。
それでも聞き出そうとして敢えて出てくる情報と言えば、仲が悪かったはずの阿武隈北上が揃って語る『大和さんマジ凄い』であった為、なんかもうデビュー戦は大和さん凄かったんだなーくらいで収束したのだ。実に平和な鎮守府である。
だがしかし。
潮は知っているのだ。
あのデビュー戦の時、半泣きで帰って来た朝潮を。そして漏らした言葉が「大和さん怖い」だ。
体格こそ小さいものの、黒髪ロングストレートの目鼻立ちすっきりした容姿で優等生を地で行く性格の朝潮はその委員長気質から実に真面目、訓練も怠らず練度も高く当時から鎮守府内駆逐艦で上位に位置する存在だった。
実際、吹雪が居なければここの駆逐艦達のリーダー的な存在になっていてもおかしくないくらいの実績があるのだ。だからこそ大和デビュー戦に起用されたとも言われている程。
なのでそんな生真面目な朝潮が嘘を言う訳ないということで、気の弱い潮としても大和に対して苦手意識が刷り込まれていたのだが、なんというかここ最近ちょっと会話をしてからなんとなく大和の姿を目で追ってみていたところ、どうにもなんだ、その、怖い、なんてイメージと結びつかない存在だと思う訳だ。
それになんだ、朝潮の話を詳しく聞く限り、大和が恐ろしかった理由が北上阿武隈が怒られたということだとかで、朝潮直接関係ないじゃん。てな具合。
だから潮としても朝潮がこれ無駄に恐れてるだけじゃないかと思い、というかむしろ確信し、控えめに声をかける。
「朝潮ちゃん、あの、大和さんってそんな怖い人じゃないよ?」
「……潮ちゃん、あなたは知らないのよ、あの天をも落とすような怒りの姿を、そう、そして空気を裂き海を割るような至高の砲撃。あそこで微笑んでいる優しい大和さんは仮の姿なのよ、雲海に住む龍も逆鱗に触れなければこの国を静かに見守る水の神、しかし一度怒れば雷鳴轟き大地を割る破壊の神なのよ」
うわぁ。
なんて感想しか出てこない潮。つーか、なんだこの微妙にカッコイイ言い回し。どうしたもんだかと言葉に詰まる潮に対しまだ言い足りなかったのか朝潮は食堂を覗いたままの姿勢で語り続ける。
「そう、普段は優しく落ち着いた理想の姉、しかし彼女の逆鱗に触れた場合は海上にあるものをすべて薙ぎ払う恐怖の大戦艦へ姿を変えるの。その眼光の先に立ちはだかる者は瞬く間に海の藻屑なのよ……彼女の進撃は誰にも止められないのよ!」
それならまず阿武隈と北上が沈んでるはずである。
どうしようかな、そこツッコンだ方がいいのかなぁ、なんて悩む潮。しかしちょっと酔った感じで語り続ける朝潮の様子にこれ下手にツッコンだら絡まれるんじゃないだろうかと思い至り自分を守る為に大人しく一視聴者に甘んじることにする。TPOって大事だね。
「私はそんな大和さんを怖れている訳じゃないのよ、彼女の本当の姿が見たいの!」
ああ、まだ続いていたんだ。多分朝潮ちゃんはあの時の恐怖心からまだ錯乱してるんだね。なんて熱く語る朝潮を前になんかもう半分諦めたような表情でうんうん頷く潮。
あれだよね、朝潮ちゃんそれ怖いもの見たさってヤツだよねきっと。
だが、そこでうんうん頷いたのが拙かったのか朝潮は我が意を得たりと真剣な表情になり突如潮の手を取り熱っぽく語りだす。
「解ってくれるのね潮ちゃん、やっぱり大和さんは本当の姿を偽っているのよね、あれだけの戦闘能力を持ちつつ、この平和ボケした鎮守府で自分を持て余してるんじゃないかしら」
「……あ、朝潮ちゃん、落ち着こう、ね?」
「気づかない? 今大和さんが手に持っているもの、あれ今回の深海棲艦大規模侵攻の資料なのよ! ウチの鎮守府では近郊掃討くらいしか出番が無かった、さぞ無念なのでしょう……」
潮から見て、今回の掃討作戦、大和は正直楽しそうに見えた。あれだ、戦闘がどうこうというより「みんなでお出かけ」を楽しんでいたような雰囲気。いや既に彼女の言動がそれだったのを聞いている。
実際自分たちは兵器の御霊であるので戦うことがその存在意義である。
で、あるとはいえ、好き好んで戦争をしたい訳ではないのでなんだかんで平和なら平和がなにより、だらだらやろうぜな雰囲気なのだこの鎮守府。
ただ、そんな鎮守府なのは解っているのだがどうにもこの真面目一辺倒な目の前の優等生は敵がいるならば戦わなければならない、といった思考に傾いているようなのだ。
そんな生真面目で気苦労が多そうな友人だが、まぁ、このまま放っておくなんてことも出来そうにない人のいい潮は話に付き合って、出来るのならばその微妙に歪んだ大和像を何とかしたいと頭を働かせる。
「んー、でも本当の大和さんって……朝潮ちゃんの中ではどんな姿なの?」
「…………」
「…………?」
「……い、いろいろ考えてみたんだけど……」
「うん」
「豪華な椅子に座って、頬杖つきながら座ったままで向かってくる敵を容赦なく一瞥すらしないで気怠そうに片手で払いのける感じ?」
酷い。
まずは朝潮の中の大和像を確認してそれから軌道修正、と思っての発言だったのだが、予想以上に酷いイメージで言葉に詰まる。確かにカッコイイのはカッコイイんだ。それは間違いないと潮も思う。
でもなんだろう、こう流れ込んでくるイメージというのがちょっと禍々しい感じの謁見の間みたいな場所で豪華絢爛ながらも見る人を威圧するような椅子に足を組んで座った大和の姿。
そしてその傍に胸を持ち上げるように腕を組んで左右に立つ伊勢と長門。扶桑は一歩下がって怪しい笑みを浮かべて、ってそこまで考えた。
考えて思う。これ悪の大首領だ。ヒーローが最終話で乗り込む感じの。多分あれだきっと正義のヒーロー『デストロイヤーアサシオン』が戦いを挑むんだろう、とか思ったが、デストロイヤーが既に正義っぽくない。
これ没。
とかなんだかんだで潮もちょっと混乱しているのだが、まぁあれだよね、混乱している人ってのは自分が混乱していることに直ぐには気づかないものでして。
だから気づいていない潮は、先ほどの考えが没になったわけなので次なる案を脳内展開。
そう、悪の大首領でないのだとすれば、後は……
「……魔王?」
「そ れ だ」
「それだじゃないよー!」
思わず呟いた潮にキラキラした目で振り返り同意する朝潮。そのあまりにあまりな態度に一瞬で素に戻る潮だったが朝潮の暴走は止まらず、
「そうね、そう、違うわ、魔王なんて大和さんに失礼よね、そう『大魔王』よ!」
「落ち着いて、落ち着いてよ朝潮ちゃん!」
「大丈夫、潮ちゃんも知ってるでしょ、演習時の大和さんが駆逐と軽巡を相手にする時ってあの凶悪無比な46cm砲じゃなくて15.5cm三連装副砲つかうじゃない? きっとあれなのよアレは
『46cmだと思ったか? 実におこがましい、今のは15.5cm副砲だ。 私に46cm砲を使わせたくば、己の実力を把握し、そしてここまで登って来るがいい有象無象の駆逐艦共』
ってなことなのよ! 間違いないわっ!」
間違いだと思います。
っていうか朝潮ちゃんの中の大和さんがとても大変なことになっております。どうしよう。
「どうしよう、潮ちゃん! 大和さんカッコイイ! で、弟子入り出来るかしら!」
いやもう、お前がどうしようだよ。
ていうか、ただ怖がってたんじゃなく朝潮ちゃんはその怖いところに憧れていたのか、とようやく潮は朝潮大和さんのストーカー事件の実態を把握する。
今までも大和に憧れる駆逐艦は居た。
暁型などその筆頭であり、まぁ駆逐艦に限らず軽巡、雷巡の阿武隈北上なんかもその一員だ。
だから憧れる駆逐艦が一隻増えたところで大した問題ではないんだろうけれど、
まぁ、なんだ。
流石にこの方向で憧れられているとか、それは無いんじゃないかなぁ、なんて無駄にテンション上がって握り拳を作る朝潮の素敵な笑顔の前に、ただただため息しか出ない潮だった。
あと、食堂の入り口付近でやってるから皆見ていくので恥ずかしいです。
「大魔王らしいわね、大和」
「お伊勢さん突然なんですか」
食堂内。机に半分くらい突っ伏してだらだら資料を読んでいた大和に、ふらりとやって来た伊勢が声をかける。
「いや、今ね、なんか入口のところで朝潮が潮ちゃん捕まえて大和がいかに魔王か力説してたわよ。 大和ー、朝潮に何かしたんじゃないの?」
何でも変にテンションの上がった朝潮を潮が宥めている光景に出くわして、どうしたのか様子を見ようとしたら話題が大和の話題だったので少し離れて様子を見ていた、とのこと。いや潮助けてやれよ。
伊勢としては話の内容からどうにも朝潮が大和を魔王と称えているようなので、何がどうなってそうなったのか、これ大和が朝潮に何かしたんじゃないの? と思い、なんだ、食堂に居るんだから直接聞けばいいじゃん。なんて結論に至りここまでやって来たという訳で、実際に何しでかしたか大和に問うてみたのだが。
「何かって……いやちょっと朝潮ちゃんには避けられてるかな、って思ってましたけど……」
「ありゃ、本当に避けられてたんだ、何したのよ」
「何って……心当たりないですよ……多分」
「多分って、なんかあるのね」
「いや……でも……なんていうかその……失礼な話かもしれないんですが」
「うん」
「いつも9勝6敗になりそうだな、とか思ってました」
「太郎さんはいいから」
それが理由じゃないのは確かだ。と思う伊勢だった。
「……さて、聞いたかね、あぶくまー」
「……ええ、聞いたわよ、きたかみー」
「大魔王か」
「大魔王大和。 もう字面だけで泣く子も引きつけ起こすほどに凄そうよね」
「かぁ。 カッコイイねぇ、しびれるねぇ……これはあたし達も負けてられないね」
「何をどう勝つのよ」
「いやほら、考えてみてよ阿武隈、大魔王、魔王と言えば魔王の軍勢がいるものだよ?」
「まぁ、そうよね、大和さんが大魔王なら私たちはその軍勢の一兵よね」
「ふふん、それでだよ、魔王の軍勢と言えば付き物なのがあるじゃないさー」
「……?」
「四天王、だよ、し て ん の う」
「……まぁ、付き物、よねぇ、それになろうって言うの? でも順当に考えたらお伊勢さんとか長門さんとか扶桑さんじゃない、そこのポジション」
「そこだよ、大和っちを除けば四天王候補は三名なのさ、だからそこにあたし達が一つ名乗りをあげるのはどうか、と、ね」
「何その四天王五人いるぞネタ、使い古されてない?」
「違うよ、違うんだよ阿武隈。 所詮どうあがいてもあたし達は軽巡、雷巡でしかないしがない巡洋艦さ、四天王に入るなんてとてもじゃないけど出来やしない」
「いや、でも北上さんが入ろうって言ってんでしょ?」
「そう、一人の巡洋艦では無理だから、今こそあの、大和っちの編み出したあの秘技を使うべきだと思わない?」
「秘技って」
「アレだよ、見てたでしょ、アレ、大和っちが、嬉しそうにプールに飛び込んだアレよ」
「……アレね」
「そう、アレ」
「……」
「……」
「……合」
「体!」
『阿武北型 超巡洋艦 あぶきた 推して参ります!』(←北上が阿武隈を肩車)
2014/05/18