「ふんぬっ!」
かっこーん。
毎度おなじみのいつもの平和すぎる鎮守府内。
レクリエーションルームと銘打たれた部屋に響き渡る可愛らしくも勇ましい声と甲高い音。
何かっつーと、レクリエーションルームに設置されているビリヤード台で遊ぶ当鎮守府の誇る猫可愛がりされ系駆逐艦暁型の大人のレディになりたいためちょっと背伸びしてるお姉ちゃん暁のブレイクショットの音、そしてその際の気合を入れた叫びになります。
愛らしいながらも真剣な表情、そして全身から溢れる気迫に「なんかよくわかんないけどすごい」と思わせる姿なのだが、『愛らしい』が先に立つために掛け声になった「ふんぬ」はいかがなものか、もっとかわいいセリフは無いもんかと、小さな体でキューを振り回す暁を眺めながら一緒に居た球磨型軽巡洋艦一番艦 球磨が自分が使用してるキューを玩びながら思い悩む。
もちろん、自身の語尾にクマとかつけるアレに関しては心の中の棚の上である。
「おー、4番が落ちたクマ」
「ふふん、レディのたしなみよ」
ブレイクショットから4番ボールのポケット。言うまでもないと思うが偶然である。が、そこはさも狙ったかのように答え、前に下りて来た長い黒髪をふわっと後ろに左手で流す暁。
というかビリヤードの何がレディのたしなみかはよく解らないし「ふんぬ」はレディとかそんなもんと遥かにかけ離れたものであるのではとか思われるが、以前このビリヤード台で遊んでいた戦艦4人組の姿が格好良かったと思う暁の中ではビリヤードは大人の遊びに位置しているので問題ないのだ。暁の中では。
なお、当時の戦艦達の姿がジャージだったのは暁視点の補正によりなんかこう不思議に美化されていたりもするがとりあえずここでは関係のない話。
ともあれ、レディのたしなみとか言うのなら、次のショットを打とうとして台のエプロン部分に軽く乗りかかった暁のスカートの裾が中覗けそうでいろいろキケンであるのでその辺から気を付けるべきだと球磨は思う。
つーか、いつものスタンダードな女子中学生気味なセーラー服のままでビリヤードしてるあたりがもうあれじゃないかと思ったりなんだ。
球磨にしても白を基調とした水色のセーラー服での参加なので強くは言えないわけなのだが、まぁ球磨に関してはスカートじゃなく短パンになるのでその辺のキケン問題はクリアしていたりする。
いやスカートがどうこうじゃなくて、そもそもなんでこの2名が他に人のいないレクリエーションルームで遊んでいるのかと言うと、
意外なことに球磨が暁に相談事を持ちかけたのが切っ掛けである。
暁に相談とか、その愛らしさをどうすれば手に入れられるのかとかそんなところなのかとも思われがちだが、球磨は球磨で十分すぎるほど愛らしいからその方向性は無し。
実に意外に感じられるかと思うが球磨が暁を頼った内容は
『一番艦の心得』
もとい、お姉ちゃんの在り方である。
なんじゃそら。的な感想になるかもしれないが、まぁあれだ。
球磨型一番艦さんは愛らしくちょっと間の抜けた感じさえも漂わせる顔立ちに、栗色の長い髪、だけならまだしもどうやったらそんなんになるんだと言いたくなる謎のアンテナ風味に立ち上がった一房の髪が妙にコミカルである為なのか、どうにも頼れるお姉さんなイメージが無い。
それだけならまぁ可愛いのでいいかな、と流せるところなのだが、当鎮守府球磨型軽巡洋艦と言えば三番艦北上がいるのだ。
正直、周りも本人も球磨型だと言うことを忘れていそうな雰囲気だが球磨型三番艦なのである。
そして北上、最早この鎮守府の名物になりかかるレベルで阿武隈とコンビしてる為、あまり姉の球磨と絡む部分もない。ていうか他の鎮守府見渡しても大抵同じ球磨型四番艦の大井と一緒にいる姿が普通であり、揃って服や装備デザインも他の球磨型と違っている為、球磨を中心とした球磨型という括りから外れているような印象があったりする。
いや別に姉妹仲が悪いという訳ではないんだけどね。
ただ、そんな状況が普通だった為に深く考えてはいなかった訳なのだが、周りを見渡してみれば姉妹艦は基本一緒にいることが多く、当然ながら仲もいい。
そして言うまでもないのかもしれないけれどお姉ちゃんが頼りになっていたのである。なんと幼く愛らしいマスコットだと思っていた暁さえも、一見クールな2番艦や甲斐甲斐しい3番艦、優しさ溢れて零れまくる4番艦に主導権を持っていかれがちなのだが、よく観察してみればなんだかんだで一歩引いた形でしっかり姉をしているという始末。
それがちゃんと解っているのか暁型の妹たちも姉を拠り所にして普段から暁の周りできゃっきゃきゃっきゃ騒いでいるのだ。
なんか敵わないクマー
とか思ってしまうのはちょっとした嫉妬心。この鎮守府にこそ居ないが、他所を見るに普段から球磨と一緒に行動しているのは2番艦の多摩であり、3,4番は言うまでも無く我が道をひた走り、5番艦の木曾に至ってはなんというかキャラが違うというか孤高を気取ってる感じがあってお姉ちゃんいろいろ心配だったりするのがあれだ。もちょっと女子力上げるべきクマー。
と、そんな球磨型の事情を顧み、あ、私、姉としてちゃんとしてないクマ、と思い至ったわけで目の前の暁を捕まえて相談、というか愚痴を零したりしてたわけなのだ。
「んー、でもね、私だって別に姉らしいことなんて出来てないわよ、やりたいとは思ってるんだけど私が至らないと言うか、妹たちが頼りになっちゃうというか……上手く行かないものよね」
上記がそんな暁さんが答えた模範解答である。いや素で答えてるのは解るんだけど模範解答として推したいレベルのステキ回答である。
この暁、大人のレディになりたい、とかお子様言うな、とか幼い感じの言動で可愛い背伸びしたお子様扱いされることも多々あるが、その実、自分自身の分析、把握は出来ていて地に足ついて前を見て進んでいる発展途上お嬢さんなのだ。
なので、なんとなーく頼りになる雰囲気を感じ取ってしまって球磨も暁に対し愚痴を聞いてもらったりなんかしちゃったわけだ。
後なんだ、妹が頼りになるとかちょっと羨ましいわけで、いや、戦力的には頼りになるんだろうけどなんというか協調性とかその辺をどこかに置き忘れて来たんじゃないかと思うような姉妹艦にため息の一つも出るって話だ。
「流石に暁みたいにしっかりとお姉ちゃんするのは難しいと思うクマ。 でもせめて同じ鎮守府に居る北上にはなんかしてあげられることないかと……」
「しっかり姉してたら私だって大人のレディにーとか言わないわよ、まぁでも、妹の面倒を見るとかそんなことは深く考えなくてもいいんじゃないの?」
「……クマ?」
「鎮守府全体で見れば、頼りになるお姉さんなんてゴロゴロしてるじゃない? 姉だからって無理に背伸びしないでもいいんじゃないかなって」
「暁……
お前が言うなクマー」
「解ってるわよ!」
良いことを言う暁に、それでも普段の暁の姿を見ていた球磨は相談を持ちかけている身でありながら耐え切れずツッコミ。
そんなこと言われるだろうなーとそれなりに覚悟はしていただろう暁だが、いざ言われてみると反論もしたくなるのか爪先立ちになり体を伸ばしてビリヤード台に半分乗りかかったままの体勢から球磨の方を勢いよく振り向き声を荒げた。
が、体制が悪かったのかそのままクルンと半回転、なすすべもなくお尻から床に落下。仰向けに転がったところで顔の上に被っていた帽子が落ちてくる始末。
数秒この世の不条理なんかを考えた暁。恥ずかしさから軽く頭を掻きながらむくりと上半身を起こし、いつも被っている帽子を被りなおした後に眉間に皺を寄せ、目を閉じながらぽつりと呟いた。
「ホント、無理に背伸びすると碌な事ないわよね」
「ぷ」
突如転がり落ちた暁に驚き、自分が声をかけたことが原因であるので慌てて近くまで駆け寄っていた球磨だったが、暁の言いようについつい吹き出してしまう。
そんな球磨の様子を確認し、照れくさそうな表情のまま笑う暁の姿を見て、ああ、やっぱり暁は大したお姉ちゃんだと感じる球磨であった。
「そんな立派に姉をしている暁が目指しているのが大和なのよね」(←伊勢:暁はあのままでいいと思う)
「暁は充分大人じゃないか、下手すると大和より」(←長門:本音)
「……真剣な顔してどうしたの大和?」(←扶桑:真剣な大和に不穏な空気を感じた)
「大和だヤマー」(←大和:球磨のしゃべり方が可愛いと思った)
「な、長門だナガー」(←長門:ちょっとやってみたくなった)
「……伊勢だイセー」(←伊勢:やらねば、と思った)
「え、なにこれ、私がツッコムの?」(←扶桑:まだ冷静)
そんな微笑ましい2名をドアの隙間から見守る4名が居たことは内緒だ。
みんなのあこがれやまとさん8
「演習、演習〜」
「た・の・し・い、合同ー、演習ー」
『へい』
へい、の部分で大和と青葉が激しくハイタッチ。
どのくらい激しいかと言うと大海原にパァンと音が響き渡るレベルである。やり過ぎだ。
なお、大和は細身に見えるが超弩級戦艦だけあって無駄に力が強かったりするので青葉はハイタッチしたはいいが実は手が痛くなって笑顔のままぶんぶん振りまわして誤魔化していたりする。
というか、これはいったいどういう状況か、と思うところだが、ある意味いつもどおりのアレである。大和が好き勝手遊んでいる状態だ。
もうなんか最近では他の戦艦3名のフォローもあったりとかで立派な大戦艦であろうと自分を取り繕う必要もないんじゃないのかな、とか思い始めていろいろなものを解き放ち心の趣くままに生きていくことにした大和、加えて他所の鎮守府の青葉たちと情報交換の会合にてココの大和の話の受けがいいということからもっと大和の取材を、なんて付きまとってその挙句なんか仲良くなって感化された青葉の所業である。
ともあれ、現在この2名のはしゃいでる通り合同演習である。
何がどう合同かと言えば他所の鎮守府の艦隊と対戦形式で演習しようぜというところなのだ。大和にしてみれば例の記憶の都合上、それが普通の演習ちゃうのん?的な感覚ではあったのだが、まあどうでもいいやと自分の中で適当に折り合いをつけたらしい。演習には違いないしね。これ以上あの記憶に引きずられるのがどうかとも思うのだ。どうにもならんかもしれんが。
「青葉、大和、テンション上がってるのはいいが、そろそろ演習相手と顔合わせだぞ、そのテンションのままは拙いだろうから深呼吸でもしておいて落ち着いてくれ」
半ば諦め、というかもうウチの大和はこんなもんだと慣れきった感じで踊る二人を窘める長門。余裕があれば自分もちょっと混ざってみたいとか思ったのは内緒だ。
「はーい。 といいますか、思ったんですけどラジオ体操の深呼吸で腕を上げる流れはなんなんでしょうね? いるの?」
「あー。 アレじゃないですか? やってますよって意思表示。 ただ呼吸だけでは周りから解らないからサボってると思われるとかそんな」
「なるほどー」
そしてそんな流れでもバカ話を続ける大和と青葉。いや本人達は至極真面目であるから長門にしてもどう突っ込んでいいのか首を捻りたくなるわけだ。
「とりあえず、緊張感っていう物に関してはウチの鎮守府は無縁になりそうよね」
諦めているのかいつもの事だからなのか、伊勢も大和達の様子を見ながら半ば呆れた風に苦笑交じりで言葉を漏らす。慣れとは恐ろしいものです。
とはいえ、なんだかんだで大事なところではきちんと締めてくれると妙に信頼されていたりするので特に気にもされることなく放置されている訳だ。まぁそのせいでいつまでもこのままなんだろうけど。
それに、
流石の大和も全力優等生モードになるんじゃないかしら。
と、伊勢は一人考える。なにせ伊勢だけが知っているのだ、サプライズ的な意味もあって敢えて今日のこのメンバーにした理由。
だって、本日の演習相手は――
「あら、演習相手が来たようよ……けど、長門、あれって……」
「ああ扶桑、あれってもしや……『ほぼ』私たちと同じ編成だな、なるほど、そういうことか」
「みたいねぇ、先頭の船影、あれ『山城』ね、間違いないわ」
「で、その隣の見覚えありすぎる船影が『陸奥』、か、そしてその後ろに居る妙に巨大なのが、あれきっと『武蔵』、なんだろうな」
――妹艦隊なのだから。
「む、武蔵でっか!でっか!! 何アレ、超でっかいんですけど!?」(←大和)
いや、お前もあんなもんクマー。なんて大和の叫びに当鎮守府主力メンバーに囲まれて編成に巻き込まれていた球磨が『あれ、私この演習場違いじゃね?』的な感覚で半ば現実逃避気味に遠い目をしながら小さい声でツッコンでいたのは仕方ないと思われる。
「お待たせしました、ちょっと手間取りまして……」
何故か眉間に皺の寄った、妙にくたびれた感じの扶桑型戦艦二番艦 山城が妹艦隊(仮名)代表として挨拶をしてくる。
見た目は扶桑によく似ている顔立ち、服装までほぼ同じ姿なのだが、扶桑と違い肩の上あたりで切りそろえた髪型をしている為大きな違いがそのくらい、のはずである。なんというかまぁ、あれだこっちの扶桑さんと比べると表情に悲壮感漂っているのがあちらの山城、という形になる。
どうやら山城が旗艦のようで、彼女たちの立ち位置、軽く会話などを見ている限りリーダー的な存在であるらしい。
本人が納得しているかはともかく。だってほら、どことなく捨てられた子犬のように正面に並んでいる扶桑に何かを目で訴えているのだ。
ただ、こちら側の扶桑姉さまとしては「誇らしいわ、山城」程度の認識で微笑ましく見ている為意思の疎通は微妙であると思われる。しっかりしろ姉。
「ごめんなさい、そちらの鎮守府との合同演習だと解ったら見学に行きたいなんて言い出す娘が居て……説得に時間がかかってしまって」
山城の横で申し訳なさそうな表情で謝って来る長門型二番艦 陸奥。なんでこっちの鎮守府だと見学したいんだ、とか思い問いただしたくもなるのだがそれ以上に戦艦達は思う。
確かにあれだ、長門と同じ服装なのに醸し出す色気がヤベェ。と。
凛々しい長門と違い柔らかでにこやかな雰囲気のするちょっとおっとりした感じの娘さん。栗色の髪を短くした容姿だが、まぁとにかく凄まじい色気。加えてちょっと跳ねた後ろ髪がキュートである。
大和なんぞはむっちむちな太ももに目が釘付けになりそうなのを失礼だからと我慢してチラ見している状態だ。いや、大和旗艦だからそんなことしてる場合じゃなく山城に挨拶せねばと思い直して気を取り直しているんだが。それでもむっちむちだから陸奥なのかなぁ、なんてくだらないことを考えていたりするがそれは何とか心の隅に置いておいて。
「いえいえ、時間には間に合っていますし、私たちが早くから来ていただけなので気にしないでください。 今日はよろしくお願いしますね」
てなわけで何とか正気を保って妹艦隊相手に優等生的返答で場を収める大和。外面がいいもんだ、なんて思われるかもしれないが、まあなんだ、なんやかんやで大和さんは素である。
最近ちょっと自分を解き放ち過ぎだったりしたために「こいつ、ちょっとアレだ」とかそんな評価も得たりしたのだが、なんにせよ根幹は超絶高スペックを引っ提げた憧れの大戦艦様である。実際外面はとてもいい。
そこに謎の社畜根性がミックスされた影響によりなんとも激しく社交的なのである。
挨拶は大事だよね。的な感覚ではあるので本人としては事務的な挨拶なんだけどね。
ともあれ、そんな大和さんの真実はわりとどうでもいいとして
件の妹艦隊である。
ざっと見渡してこちらの姉どもの妹、それぞれの二番艦を集めて来た編成なのだ。
まぁなんだ、それぞれがそれぞれの姉妹であり、こちらの愉快な鎮守府の面々としては自分のところには居ない妹が目の前に並んでいる訳で、アレだ、お姉ちゃんとしは妹にもっと構ってあげたい、というかむしろ構わせろ。といった心情である。
とはいえ、他所の鎮守府所属の魅惑の妹艦隊なのだ、変に姉面したら向こうの自分に悪いなーとかそんな葛藤と妹の手前姉のしっかりした姿を見せようという思いで大人しくしているのである。
なお比率は前者が八割。
そんな内心やきもきしているだろう姉艦隊を眺め苦笑する伊勢。
まあなんだ、彼女だけはこの交流戦に至る両鎮守府のやりとりに関わっていたのでコレが提督達の粋な計らいであることを知っているわけだ。
なんとなく、色気溢れる妹艦隊を観察してみても、同じように姉と交流しようかどうしようか葛藤しているように見えなくもない。
向こうは事情を知っている娘がいないのかしら。なんて思いながら
最初から言っておけばいいのに、と当鎮守府のヘタレ提督に心の中で愚痴をこぼし、
相対する艦隊の各々の鎮守府に、目の前の姉妹が配属されていない、という事実を伝えるのだった。
大和型二番艦 武蔵。
言うまでも無く超巨大戦艦の武蔵さんである。過去の大戦時、大和同様に諸外国から化け物呼ばわりされる程の存在で、二番艦ということもあり姉の大和製造時における難点を改良して作られたこともあってその性能は上を行く、はずだったのだが製造が戦時中となってしまった為に割と急ぎでの工事となり、少々粗が目立ち出力効率が悪かったとも言われる。
加えて姉同様その運用が航空戦艦の時代に移行したらいいなぁなんて現実逃避したくなるあたりの最早いっぱいっぱいの戦争終盤になったという理由もあり碌に活躍できる場も無かった為、艦娘として現れた今その力を存分に振るい意欲的にご活躍中。短くした銀にも見える白髪を変則的なツインテールにし、メガネをかけているのにインテリというより武闘派に見えるのは小麦色の肌の為かその大きな胸を隠すサラシの為か、ぱっと見ただただ逞しく格好いい娘さんに変貌を遂げていた。
なのだが、燃費が悪い、いや悪い訳ではないのだがその巨大な戦力に比例して燃料が必要になるおかげで待機に甘んじることも少なくない、というのが目下の悩みどころ。
ま、特に武蔵達大和型が突出しているが、なんだかんだで戦艦全般にその傾向があり、出撃は控えめになってしまうのだ。
だから、気晴らしも兼ての今回の交流演習なんだろう。と苦笑しならがら眺める武蔵の視線の先で
「ね゛え゛さ゛ま゛〜」
「や〜ま〜し〜ろ〜」
なんか吹っ切れたのか勢いとかノリとかで駆け寄って抱き合う茶番の様にも見える扶桑姉妹が美しい姉妹の絆を確かめ合っていた。
そんなものを見せつけられても心底苦笑するしかない武蔵だが、半ば本気で涙声の山城を見て普段しっかりして鎮守府のリーダー的な存在に収まっている彼女も姉に甘えたかったんだな、なんて考え込んでしまう。
他のメンツを見ても自分の姉と、むっちむちの陸奥やほぼ一番艦と同じ姿で髪型をおかっぱにしただけに見える伊勢型二番艦の日向は普段通りの姿で落ち着いた感じ、に見えるがどことな く高揚している様子を持って姉と談笑中。青葉型重巡洋艦二番艦 衣笠に至っては最近改装した改二型の姿であったために姉の青葉に可愛い可愛いと纏わりつかれていた。
確かに改二にしてから左右に結んでいた青い髪を肩まで下ろし、青葉と似ている服なのだがスリットの入ったスカートにしている姿は気の強そうな衣笠の顔立ちを抑え込んで可愛らしさを際立たせている為に騒ぐ青葉の気持ちも解らなくもない。
まぁ、少しだけ、自分にもあれだけの可愛げがあれば、なんて再び苦笑。
いや、問題ない。この姿は力を求め、戦うことを望んだ象徴だ、と。
考えたところで
「……大和……どうかしたのか?」
「んー。なんか武蔵むつかしー顔してるから、話しかけちゃまずいのかなって……」
どことなーく、困った顔をした大和が武蔵の顔を覗き込んでいた。
「いや、別に拙いわけでもないが」
「そーなの?」
武蔵の言葉にまだ微妙に困った表情のまま、それでもきょとんとした顔で小さく小首を傾げる大和に、あれ、大和ってこんな可愛らしかったっけ? なんて思いつつ言葉を続ける武蔵。
「あー、なんだ、ウチの鎮守府はかなり珍しいらしく青葉が居ないんでね、青葉に絡まれている衣笠が楽しそうだな、と」
言葉通り、各鎮守府の繋ぎ、連絡係みたいなことまでしている青葉だったりするので基本一鎮守府に一隻レベルで居る、というのが大まかな認識。なのだが、この時代に置いて深海棲艦の脅威が人々の生活に関わるレベルなので鎮守府なんて各地に乱立状態。稀にではあるが青葉の居ない所なんてのも存在してしまう訳だ。
それを考慮しても、二番艦 衣笠だけが居る、というのは実に珍しい事態なのだ。
どうにもぽんぽんあちこちに出てくる青葉に比べ、衣笠は現れてくれるのがかなり稀な艦娘、という事実がある。もっとも、今こうして会話している大和型姉妹程ではないらしいのだが。
この辺、実際何がどう稀になる条件で、どうしたら現れてくれるのか、なんていうのは艦娘本人ですらよく解らないものらしいので謎だったりする。
出て来てしまった艦娘達にしてみれば記憶は出て来た時からのものなので出てくるときなど知らんというわけだそうだ。
まぁ、そんな話は置いておいて。
何となく、しんみりと大和と他の姉妹たちを眺めていた訳だが、交流している連中を見て、正直、ちょっと羨ましく思う。
大和はあれで落ち着いた大和撫子していて超然と構えているがいい姉だ。
ただ、なんだ、超然と、落ち着いた性格をしている為に、あの青葉のように妹に絡んだり、扶桑の様に楽しそうに妹を抱きしめたりなんてことはしそうもない。
いや、別にそういうことをしてほしい訳じゃないぞ、なんて心の中で誰にでもなく言い訳を始める武蔵だったが、
ちょっとだけ、
周りの空気に当てられたのか
軽く、ほんの軽くだけ姉にわがままを言ってみよう、なんて、そんな気分にさせられた。
「なぁ、大和」
「ん。なぁに?」
「折角の姉妹演習だ、一つ賭けでもしないか?」
「賭け?」
「ああ、そうだね、私たちが勝ったら、そっちの奢りで酒でも振る舞って貰う、とかどうだろう」
まぁ、わがままと言うにはささやかかもしれない内容。内容こそ姉に金を出せと言っている訳なのだが、真意は姉妹仲良く飲みに行こうぜ、ってあたりだ。
本当にささやかなわがまま
だから、こんなことを言っても大和なら微笑みながら「しょうがないわね」くらいで軽く承諾するだろう――と思っていたんだよ武蔵は。
「んー」
なんて武蔵の目の前で、空を見上げるような顔の角度で目を閉じ、なんだか「私悩んでます」ってな態度をとっている大和。
意外な、予想外な反応に内心慌てる武蔵。
だってそうだ、武蔵の知っている艦娘 大和ならここで優しくわがままを聞いてくれる流れなのだ。だから、なんか妙な流れになったことでちょっと焦って大和に声をかけたのだが。
「お、おい、大和?」
「そ れ だ」(←大和:カッと目を見開き)
「な に が だ」と心の中とは言え突っ込んだのは武蔵だけじゃなく姉艦隊の面々も含む。
武蔵に関しては「いったいどうしたんだ大和」的な思いだが、姉艦隊に関しては「ああ、またなんか思いついたよコイツ」のノリである。ある意味信頼と実績というやつである。平たく言うと慣れた。
無論、武蔵を含むポカンとしてる妹艦隊は流れについていけない、そんなついていけない状況のうちに考えのまとまった大和が無駄に偉そうに口を開いた。
「オーケー武蔵。その要求は呑みましょう。 但し――
私たちが勝った場合は――
今後私の事は 『 お 姉 ち ゃ ん 』 と呼ぶこと!」
「は?」(←武蔵)
「「「「そ れ だ」」」」(←姉戦艦+姉重巡)
「では、そろそろ時間も押して来たので位置について演習開始と行きましょうか山城さん」
「は、はい?」
「負けませんよ、負けるわけには行かなくなりましたよ、一番艦の威信にかけて」
「お、おいちょっと待て大和」
「武蔵、この戦いが終わるころにはその呼び方を変えさせて見せます!」
「いやなんでそんな気合入ってるんだ大和!」
なんて妹艦隊旗艦 山城がおろおろしている間になんか済し崩しに酒と呼び方を賭けた戦いの火蓋が切って落とされてしまうことになったのだった。
「いやーいいですねー、あんな可愛い衣笠に『お姉ちゃん』とか呼ばれるの、アリですねぇ」(←青葉:スキップ)
「『お姉ちゃん』か……新鮮だな……」(←長門:にやついてる)
「あのクールな日向から……イイわ、イイわね」(←伊勢:真剣)
「じゃあ、こっちからも『山城ちゃん』とかにした方がいいのかしら」(←扶桑:なんかズレてる)
この奇妙な流れ、いつもの大和だー、なんて思われがちだが、実は自分がこんなであんなな大和だと自覚している我らの大和さん、なんかこう下手に話しかけたら噛みつかれるんじゃないかと酷い事を想像してしまう程に眼光鋭い武蔵にどう話しかけたらいいのかと悩んでいろいろテンパってた挙句のテンションから来た暴走だったということは本人しか知らない話だったのである。
なお、ほとんど描写の無かった球磨型姉妹は、これまでにもあった演習で何度か顔を合わせていたこともあり、特に新鮮味もない状況だったりした。
「……球磨んとこはあんま変わらんクマ」(←球磨:二番艦 多摩は時々『おねーちゃん』と呼んでくれてた)
「……なんていうか、同じくらいの練度の相手だと聞いていたのですが……凄かったですね」(←山城:疲労)
「そうねぇ、なんていうか、テンションが凄かったわよね、長……『お姉ちゃん』達」(←陸奥:苦笑)
「ふふっ、しかたあるまい、なんだか解らんが呼び方に嫌に固執していたようだしな」(←日向:楽しそう)
「いやでも、なんなんだあの大和の『弾着観測とかしてるのも面倒なので直感射撃〜』って! 掠ったぞ! なんなんだアレ本当に大和かアレ!」(←武蔵:なんか納得いかないけど演習後大和に纏わりつかれて嬉しかった)
「武蔵さん、武蔵さん、呼び方戻ってますよ、『お姉ちゃん』って言わないとまた纏わりつかれますよ」(←衣笠:自分も青葉に纏わりつかれた)
「噂で聞いてたけど、あそこの鎮守府の大和はちょっと面白いって話だったニャ。 なんか理解したニャー」(←多摩:達観)
負けはしたが、そんな会話で盛り上がる妹艦隊の帰り道。苦笑気味でこそあったが、皆一様に笑顔だったとか。
「……あ、もしかして……ソレが出がけの見学したいって娘が出て来た原因だったの?」
「ニャ」(←肯定)
2014/11/07