力を求めた訳でも無い。

 

「朝潮ちゃん」

「何? 潮ちゃん」

望んだ物も些細な物だったはずだ。

 

「朝潮ちゃんが……戦う必要はないと思うのよ」

「……潮ちゃん」

だがその身には大きな力が与えられた

 

「もう十分じゃないかな、もう平穏に生きて行けば……」

「うん、ごめん、それでも――

 

 私にはこの力があるから……だから……」

――愛した平穏と引き換えに。

 

 

 

 

 

 

 

 

月明かりに照らされ、長い黒髪が靡く。

夜の闇の中、その小さな体躯で人通りのない街を駆け抜ける一人の少女。

 

 

彼女が向かう先に見えるのは黒く蠢く『何か』

 

 

「シズメ……シズメ!!」

 

だが、だから戦おう。

 

「っ……させないっ!!」

 

この身に宿る力は皆を助けるため

 

 

人類の平和を脅かす、その脅威に立ち向かい彼女は叫ぶ――

 

 

そして――

 

「艤 装 展 開 !」

 

――悪を砕く為にある。

 

 

 

かつての戦争で沈んでいった軍艦達の力をその身に宿し

彼女は人知れず戦い続ける。この国の、平和の為に。

 

 

 

 

 

「……ふぅ……」

 

暗い夜の中で月明かりに照らされ鈍く光る半ば壊れた艤装を身に着け、大地に膝をつく朝潮。

戦いには勝利したが、その身は激しく傷つき立ち上がるのさえ困難な状況。

敵を、あの海の底から現れた脅威の一つを倒しはしたが、理解している。死力を尽くし、己の限界を超えて打ち倒した相手が

 

連中の中では中位に足を踏み入れた程度の存在でしかないことを。

 

 

力を手に入れはした。だが、その力も平和な世界から別れを告げただけのもの、コチラ側では所詮下層に位置するものでしかなく、

 

望んだ訳でもないのに、望むべくものではないというのに

 

力の足りない自分に歯噛みしてしまう。

 

月明かりを反射してチラチラと小さく細かく輝くアスファルトに膝をつき、うつむき奥歯を噛み締めながら自分自身が落とす影を何をするでもなくただただ眺める。

影とは言え、折れ曲がる艤装が痛々しい。なんて他人事のように感じる彼女だった、が

 

不意に

自分の回りがほんの少しだけ暗くなるのを感じ取る。

月明かりさえなくなったのか、まるで今の自分の沈む心の様だ、と、寂しく苦笑しながら軽く顔を上げた。

 

「手酷くやられたようね、ん、いや違うか……よくもまあ、ソレでその戦力差をひっくり返したと称賛すべきよね『デストロイヤー』」

「……あなたは……!?」

 

月影を遮っていたのは一人の女性。優しそうな笑みこそ浮かべて朝潮を手放しで褒め称えるが、何故だか酷く、歪んだ印象を与える女性だ。

そして、朝潮は彼女を知っている。

 

薄く、ほんの少しだけ緑がかった髪を後頭部あたりに纏めエメラルドグリーンの大き目のリボンで結び、顔立ちは釣り目で少々キツイイメージを与えそうな、どことなく才女という言葉が似合いそうな 、そんな女性。

ただ、何故か工場勤務者が着ていそうな灰色の作業着に身を包み、その上から白衣を着ているという謎スタイル。作業着の胸には不思議な可愛いメロンのワッペンが付いているのが状況に沿わないが

 

 

彼女が、自分にこの力を与えた存在だ。

 

「そう親の仇でも見るような目は止めて欲しいわねー。 ちょっとした提案を持って来ただけなのよ」

「提案……ですって?」

「ええ、あなたの未来を変える、そんな提案」

 

笑顔で、花の咲く様な笑顔で、背筋を伸ばした綺麗な姿勢で、白衣のポケットに両方の手を突っ込んだまま無防備に話しかけてくるその女性。

因縁のある相手だけに、立ち上がれないとはいえ敵意を向ける朝潮だったが、まるでそんなことは意に介さないように、いやむしろ愉快なものを見るように目の前の彼女は微笑む。

 

そうだ、以前からこんな感じだ。何を考えているか解らない。ただただいつも何か楽しそうで、何かを求めている、そんな相手だった。

得体の知れない相手だが、こうして話しかけて来たからには自分に用事があるわけで、それこそが先ほどのセリフの中にある『提案』なのだろう。

実際問題、今は立ち上がって彼女に何かすることも出来そうもない程にダメージが蓄積されている身だ、ここまで来たら彼女の提案とやらを聞いてみるしかないだろう。

そう考えて気だるげに話を促したのだが、

 

耳を疑う。

 

「……どういうこと、ですか」

「そのまんま、もう一回言いましょう

 

 『強くしてあげる』

 

 少なくとも、さっきのとは互角には戦えるわよ、性能だけで見るならね」

 

貴女自身がその性能を使いこなせれば更に上を目指せるわね、なんて左手の人差し指を顔の前でピンと立て片目を瞑りとても楽しそうにのたまう。

理解が追いつかない朝潮。いや、話している内容は解る。解っているのだが、そもそもだ

 

「……あなたは、どういうつもりなんですか! 私は敵ですよ、あなた方の組織の、裏切り者になるんですよ!」

 

そう、朝潮は、

彼女が居た組織の戦闘用超兵器として力を与えられた存在。そして、その超兵器化に関わった技術者が、目の前のこの白衣の女性なのだ。

 

「…………そうね、でも、私も今はあの組織には係わりの無い身なのよ」

「え?」

「ほら、私の作った兵器が一つ、逃げ出した挙句に組織に楯突いて邪魔してるじゃない? 割とそのせい」

「……し、知りませんよ、そんな事情」

「ふふ、でもね、そっちは建前。 むしろあそこを抜け出すいい機会を貰ったと感謝してるわ、その誰かさんに」

「……本当、いったい何が目的なんですか」

「あの、あそこに居た化け物たちを模して作った兵器、でもアレら化け物に比べれば正直なんと脆弱な事か」

「……」

「だから驚いた、そんな程度の身でアレらに立ち向かい、戦い抜いているというこの事実。 ごめんなさいね、戦い抜いているのは、勝ち続けているのは貴女だという ことは解っているのに、私の、私の手掛けた『デストロイヤー』があの化け物と戦っているという事に感動を抑えられない。 見てみたいのよ『デストロイヤー』、貴女がどこまで行けるのかを!」

 

半ば、狂気。そんな感想が朝潮の頭をよぎるが、目前の彼女の目は至って正常な輝きだ。そして言葉にしていないが理解する『私たちの目的は同じ方向を向く。精々利用してくれればいい』と。

どうするか、少しだけ迷う。

しかし、どちらにしても朝潮には、敵が強いから諦める、なんて選択肢はない。

 

だから、力を、選ぶ。

 

 

ガシャリ。 と艤装が音を立てる。

満身創痍の身であるが、協力を求めると決めたのだ。座ったまま、相手からただ施しを受けるような立場は避けたい、そんな意思を込め苦痛を表情に出さず立ち上がり、いろんな思いを込めて一言告げる。

 

「『アサシオン』、よ」

 

立ち上がる力も残っていない、と思っていた白衣の女性が朝潮、いやアサシオンの姿を見て驚いた表情を一瞬見せるも、すぐに満足したように笑顔になる。

それは

 

「そうね、『アサシオン』。 これからよろしく、私は――」

 

今まで見てきた中で彼女の最も自然な笑顔で、とても綺麗なものだった。

 

 

 

 

 

 

デストロイヤー アサシオンは元悪の組織の人型兵器である。

しかしその身にココロが残っていた彼女は、小さなその身すべての力を振り絞り組織を離脱。人の世に埋もれ、隠れ、人と関わりを持ち暮らし、そして人の為に戦うのだった。

 

人知れず、その身に宿る力を開放し、悪と戦うアサシオン。

 

行け、アサシオン。

世界の未来を掴むため。

 

守れ、アサシオン。

何気ない日常の、みんなの笑顔を。

 

 

 

戦え! デストロイヤー アサシオン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――という夢を見たんですが、どうしましょう」(←大和:真顔)

「お前がどうしましょうだクマー」(←球磨:最近もういろいろ達観してツッコミ役で収まった)

 

というよく解らない状況を目の前にしている潮。朝一番から食堂でこんなことになったのは何故だ。ただ朝ごはんを食べていただけなのに突然寄って来た大和にこんな話された潮としてはただただ困惑するしか無い訳で。

いやこれ、どう考えても自分のせいなんだろうな、と省みる潮。何しろ以前のあの朝潮ちゃん妄想大魔王大和の件を青葉に話しているのだ、潮の脳内ヒーローアサシオンの事も含めて。

だから潮の妄想→青葉→大和と話が伝わった模様。そんな訳なのでこれ実は、朝潮ちゃんヒーロー物の夢を見てしまった大和が、発案者である潮にご報告に来ているという事態なのだ。えらいこっちゃ。

 

で、潮としても、なんとなーく、そんな理由で話しかけて来てくれているんだろうなーなんて察するわけだったのだが、いや本当、球磨さんが居てくれてよかったと思う。自分じゃきっとツッコミきれなかったから。と、とりあえず安堵するくらいしか感想が無く

 

「なお、アサシオンの表の顔はアイドル歌手の渋谷凛」(←大和:真顔)

「朝潮に似てるけどしぶりん巻き込むなクマ」(←球磨:ファン)

「ねぇねぇ大和さん、私は出番ないんですかー?」(←阿武隈:小梅ちゃん派)

「超戦士アブクマン、とかいいですね、いや、でも、阿武隈ちゃんはクマレンジャーの一員ですしねぇ」(←大和:きらりん派)

「なんなんだクマレンジャー、そしてあぶくまズルイよ」(←北上:蘭子派)

「球磨、阿武隈、三隈、筑摩、そして熊野の5名のクマさんからなる海軍が誇るクマ戦隊の事ですね」(←大和:得意気)

「いつそんな戦隊が!?」(←球磨:びっくり)

 

更になんだか話がいろいろと暴走している感じがするわけで。

近くで話を聞いていた大和を除く戦艦達が、『すまん、大和こんなんでマジすまん』的な感じに潮に謝って来る姿が何ともあれでそれで、そんなよく解らない鎮守府の朝の模様でした。

 

 

 

 

 

「あ、ところで……なんで夕張さんそんな悪役っぽいんですか?」

 

ふと、みんなが落ち着き始めたあたりでちょっと気になったことを大和に聞いてみた潮だったが

 

え、なにそれどういうこと!? というような表情をした大和にむしろ潮が困惑。

どういうことも何も……ってな感じで言葉を続けてみたのだが

 

「えーっと、その、あの、夕張さん、ですよね、その夢の話の白衣の……いえ、白衣は着てませんけど、メロンのワッペン貼り付けた作業着姿って、ウチの夕張さん、ですよねそれ」

 

 

「え……ウチ……夕張、居た……の?」

 

と、食いついて来て発言したのがお伊勢さんで。

戦艦の皆さんが軒並み初耳ですよそれ。みたいな顔をしていたのがとても印象的でした。

 


 

みんなのあこがれやまとさん

 


 

なんだこれ。

 

 

彼女の現在の心境を一言で表すと上記のこれに集約される。

で、そんな心境にならざるを得ない現在の状況とはなんなのか、

という前に。そもそも彼女って誰だ。

って話になるわけだが、前半部分からお察し頂けるだろう、実験用に作られたとかそんな感じの軽巡洋艦 夕張型1番艦 夕張さんである。

1番艦とか言っているが姉妹艦がいないのは皆さまご存知の事かと思われます。知ってろ。

 

そんな夕張さん。

朝の大和さんの夢の中の姿まんま、作業着を着た姿で緑の大きなリボンで結ったポニーテールを揺らし、後半一行目の通りに困惑中。

そんで、まぁ、いったい何を困惑しているのかと言いますと。

突如目の前に現れた、当鎮守府にしか存在しないと言われている魅惑のエンターテイナー阿武隈&北上のコンビ「あぶきた珍道中」(ユニット名)のせいである。

実際この鎮守府では、ああ、もう、またコイツラか、的な反応になりかねない訳なのですが、今回の夕張に絡んでくるという経緯がさっぱりわからない。

何せ普段通りに夕張が工廠で一仕事終え、のんびり廊下を歩いていたところに、走って現れたのだ、この二人が。

しかも

 

「居たぞ! 本当に居たぞ! 夕張だー!!」

 

なんて叫びながら必死に迫り来る北上、そして並んで真顔で走って来る阿武隈。正直夕張も何事かと動きが止まる。

止まったところで、彼女らも夕張の前に立ち止まり並んで一言。

 

「覚悟しろ!」

 

なにがだ。

 

と、心の中で突っ込んだ夕張は悪くないと思われる。

そして更には、半ば唖然としている夕張を尻目に、阿武隈は足を肩幅程に開き背中をこちらに向け、右腕をピンと少し上に向かって横に伸ばし、左腕はその右腕から背中を通して直線を描くように反対側に位置させ肘から 先を上方向に曲げて伸ばした指は自身の顔の方に。

顔は背中越しに振り向いて夕張の方を見つめた姿。

 

あ、これ、ギニュー特戦隊の左側だ。とか冷静になっているのかなってないのかマジ解らん状態の夕張に向かい見得を切る阿武隈。

 

「旭岳より湧き出でし、緩やかで壮大な東北第二の川の力を宿した戦士、ここに参上! クマレンジャー アブ・クマー!」

「うわ、ちょっとあぶくまー、ずー(→)るー(↑)いー(↓)。 あたしなんて、球磨型のはずなのに……何故だ、何故名前にクマが付かない……」

「……ごめんね北上さん、これが世界の選択なのよ」

「チクショウ、北上川の方が長いんだぞー!」

 

正直、何が起きてるか解らない夕張を責められる者は誰もいないと思われる。どう見てもただのコントだこれ。

だから改めて状況を落ち着いて整理しようと考える夕張。

 

えーっと。鎮守府内の廊下を歩いていたら走って来たゲリラコントに出くわした。

 

うん、一文に簡潔にまとめてみたけどよくわかんない。

 

「よし、今日からあたしは北球磨、いや、球磨上にすべきか……」

「もう合わせて北球磨上でいいんじゃない?」

「それだ! なんか凄そう!」

 

よくわかんないけど続くコント。いやなんだ、漫才だとしたらどっちもボケっぽいので収拾つかず暴走状態でしかないと思うんだ、これ。

これ、私がなんかツッコンだ方がいいのかな、いやそもそも最初の彼女らのセリフから私に用事あったんじゃないのかなーとか思うんだ、すっかり放って置かれてるけど。

とか夕張がどうしたもんかなーと右手人差し指で軽く右頬を掻きながら困惑して事態が収まるのを待とうかなー、それともこのまま部屋に帰っちゃおうかなーとか悩み始める。

 

と、そんな時。

 

「夕張が居たって!? 本当!?」

 

新手が現れた。

 

どうやら最初の北上の声を聞きつけてやって来たらしいのだが、この声、あいつだ、あの5500トン級の喧しいヤツだ。

 

喧しいだけじゃなく動きも機敏なので北上と阿武隈の後ろに走って現れたが、廊下の角に当たる場所なのでなんかこっち向いた状況で横に滑るようにやって来た。すげぇ。

もうあれだよ、廊下と靴の摩擦でキュキュって音がしそうな勢いというか出てないはずなのにブレーキかけた砂埃が見えるような気がするとか、あれだ、平たく言うと人型ドリフト走行だ。

止まった時に慣性に押されて揺れるツインテールが可愛いのだがその表情はキリッとして夕張を見つめ

 

「本当だ、本当に夕張がいる!」

「お、おねーちゃん、指さしたら失礼だからね、落ち着いてよ」

 

後から駆けて来たちょっと息が切れてる妹の那珂にその言動行動を窘められる川内型一番艦。

確かにそのセリフと指さしてくる態度はどうかと思うんだけど、夕張は気づく。そういえば北上も『本当に』とか言っていた。え、何それちょっと私何かしたの?

と、混乱がさらに増したところで

 

「電、響こっちよ、こっちから聞こえたわよ!」

「はいなのです!」

「夕張……確保するよ」

 

増 援 だ ー 。

おい本当なんだこれ、ちょっと待て声からして駆逐艦、それも全国津々浦々の鎮守府マスコットとして愛されている第六駆逐隊の4……いや声が聞こえたのは3名か。しかも後ろから来たよこれアレか挟み撃ちか、っていうか確保とか言われてるよなんだよ本当何したんだよ私。

なんて半ばパニクりながら夕張は声のする方、暁型の2〜4番艦の姿を確認しようと振り向いた訳なのだが

 

「夕張だー」

「夕張さん発見です!」

「ゆーばりー」

「捕まえろー」

 

第六駆逐隊筆頭にわらわらと現れる当鎮守府駆逐艦ども。あ、いやちょっと待って、最後のヤツ青葉だ。何駆逐艦にさらっと混ざって酷い事言ってんだよおい。

 

でもって、その光景からもうこれ理由はよくわからないけど青葉が煽って起きた騒動だろうと当たりをつける。青葉の日頃の行いの賜物である。が、別に大きく誤解ではないので問題ないだろう。

そうこうして心の中ですらだんだんと突っ込みが追い付かなくなってきた夕張に

先頭を走っていた雷がすぐ目の前まで迫っており、

速度を落とさずそのままの勢いで

 

「とぅっ」

「とー」

 

夕張に向かってジャンプ。その際両腕を広げ、要するに飛んで抱き着いてきたのだ。

なお、二つ目の「とー」は電ちゃんである。マジなんだかよくわからんがこんなことまで可愛いから憎めないこの姉妹。

夕張も夕張で飛んできた二人を危なくないようにしっかり受け止めたりしたもんだから人の良さが伺える。

で、夕張の現在の姿は暁型駆逐艦を二名ぶら下げて突っ立っている訳で。

うわあ、かわいい、両手に花だー。なんて思う間もなく、

 

困ったことに、飛び付く駆逐艦をしっかりと抱き留めてくれることを認識したのか

 

「たー」

「てやー」

「うわーい」

 

後に続けとばかりに雷、電の後ろを走っていた駆逐艦たちが夕張に飛び付く。

流石にこれは無理だと感じた夕張、状況を顧み遂に叫び声をあげる。

 

「ニャンまげか私は!」

 

兵装実験用軽巡洋艦夕張、時代に取り残されたのかネタが古かった。不憫。

 

「ニャwwwwンまwwwwwwwげww」

「高雄wwww笑いwwwwすぎwwww」

 

夕張の当作品記念すべき初セリフに対し、アカンこれ耐えられないわ、ってな具合の笑い声をあげたこれまたいつの間にか現れていたおっぱい型重巡洋艦姉妹。セリフ内のwは煽っている訳ではなく息も絶え絶えに笑いを噛み殺そうという努力だけはしている姿だとお察しください。いやホントいつ現れたお前ら。

 

「だって愛宕、ニャンまげよ、ニャンまげ。 咄嗟に出てくる単語にしてはレベル高いわ」

「いや、うん、確かにそうだけど」

「うっさいわ!」

 

こちらが身動き取れない中、好き勝手笑ってんじゃねーぞ、と訴える夕張。加えて確かに自分の言ったネタがアレだったから無かったことにしたい。彼女らに言われるまでもなく自身のセリフが失敗だと感じている訳でもうなんだ心がアイタタなのです。許して。

くっそ、そのおっぱい揉みちぎったろか。なんてやさぐれもする夕張さんの現在の状況は

駆逐艦6名を装備したお姿。

軽巡洋艦とは思えない超重装備である。

 

いやそうじゃなくって、と、自分の姿を顧みて冷静に事を運ぼうとする夕張。

実のところ工廠帰りの作業着なので油汚れなんかもついてるはずなので抱き着いている駆逐艦達を汚してしまう訳で、そのことを伝えてやんわり離れるように促すも「そんなわけにはいかないのです」と頑なに返される始末。いやもう本当どんな訳なんだと、ていうかこの事態の詳細をそろそろ教えてくれと本気で願う夕張。

だったのだが、

 

「いやー、いいですねー、ではわたしもここは一つ」

 

なんてセリフと共に前に出て来て軽く身をかがめる青葉の姿が視界に入る。

 

「重巡洋艦の方はご遠慮くださいぃい!?」

 

あまりにあまりな青葉の反応に、いくらなんでもそりゃねーだろと慌てて口を開いて押しとどめるも、事態は好転せず。

 

「なるほど、つまり」(←北上:仮面ライダー一号の変身ポーズで)

「軽巡は」(←阿武隈:V3)

「許される、と」(←川内:ライダーマン)

「……いうわけじゃないと思うんですよ那珂ちゃんは……」(←那珂:良心)

 

「巡洋艦の皆さんは自重してくださいますと当方幸いですぅ!?」

 

「巡洋艦差別だー、心が狭いですねー夕張さんはー」(←青葉)

「だいたいなんで作業着なんだーキャラ立ちすぎだろ夕張ー」(←北上)

「つまり軽空母は許される、と、言いたいところですがここは艦載機くらいで我慢しておきましょう」(←鳳翔:気遣いの出来るいい女)

「給糧艦とかどうでしょう」(←間宮:両手を上にあげてすごく楽しそうに現れる)

 

「ちょっと待てー! カオスにも程があるだろこの状況! 状況説明プリーズ、出来れば至極冷静な頼りになる子でお願いしまっす!」

 

もうなんだか鎮守府オールスター夕張感謝祭みたいになって来たこの不思議空間の事態を打破すべく、話にならない悪ノリ軍艦達はいっそ無視して良心を探し求める夕張。

そんな悲痛な叫びに心打たれたのかもうなんか達観しているのか後から現れた二人組がため息交じりに状況を確認、呆れつつも口を開いた。

 

「暁、御指名クマ」

「……え? 私なの?」

「今この中で1,2を争う勢いの冷静な良心が暁なのは間違いないクマ」

 

なお争っている相手は那珂ちゃんである。

 

そんな球磨の言葉を受け、はぁ、と息を漏らし胸の前で腕を組み「んー」と目を閉じて暫く考えてます、という表情をした後、左手で被っていた帽子を取り右手で軽く頭を掻きながらぽつりと一言零す暁。

 

「大和さんのせいよ」

 

「……あー」

 

 

 

納得した。

 

何がどうとかじゃなくなんか納得した夕張。見ている暁、球磨からも解るくらいに「ああそれじゃしょうがないわ」みたいな雰囲気が夕張の全身から立ち上るのが見えるような気がする程である。

でも、でもなのだ。

納得したとは言ってもそれは『大和が騒動の元である』であって、『夕張が中心になって騒ぎが起きている』というのは想定外。というか意味わからん。

これまで夕張は、自身を顧みて戦力的には正直弱いと言わざるを得ないスペックの為、あまり皆に迷惑かけないよう隅っこで大人しく生きていた。しかし役に立たない穀潰しという訳にもいかないので、元々前身が実験用の艦だったということからの影響か機械弄りや開発実験などに心奪われてしまうという事もあり、それならば、と進んで工廠の妖精さんたちに交じって開発業務に勤しむ身分となったという過去がある。

この鎮守府には今のところ専属の工作艦も居ないため丁度いい、とばかりにそのまま現在工廠の主になっていたというそんな流れ。

なので目立たないはずなのだ夕張は。実はこの周りを囲んでる者たちも結構まともに話をしたことも無い相手とか居るのだ。あれ? コミュニケーション能力低いのか夕張。

 

だがしかし、実は夕張、大和とは仲が悪くない。というかぶっちゃけ仲良しさん、主に工廠で一緒に遊ぶ仲だったりするのだ。

一緒に釣り竿作ったりとかしたもんだ、と思い出し、更にはよく工廠で出くわす為にかいつしか大和にニックネームなんかもつけられて呼ばれたりとかしたわけだから正直言って仲は物凄くいい。と思う。

 

だからこそ、今回のこの騒動はいったいぜんたいなんやねんチクショウなところ、大和さんは何を考えてこんなことに、となんか最近頼れるお姉ちゃんポジになりつつある暁に訴えるも

 

んー、なんて言っていいのかこれ私から言うのもアレだし、大和さんの問題、っていうか戦艦組の問題なのよねぇ。

 

とか眉間に皺よせてむつかしー顔で頭を抱え出した。

 

え、そんな悩むような事件なのかっていうか大和さんだけじゃなくて戦艦とかどういうことなの。なんて無駄に不安を煽られて困惑が更に悪化する夕張。なお駆逐艦6隻は貼り付いたままである。夕張結構パワフル。

そんな相も変わらずカオスな鎮守府廊下に、今、この混沌とした事態を打破する一隻の救世主が――

 

「安心するといいでち! この伊58が来たからにはみんなの悩みを棚に上げ、今回の騒動の理由を想像で答えてあげるでち!」

 

――来なかった。

もうなんだ、状況を悪化させに来たようにしか見えないわけで、そもそも想像かよとか棚上げかよとかそんなツッコミする前に一緒に来ていた姉妹分の伊168にグーで殴られていた。もうほんと何しに来たんだコイツ。と思うところだが何故かそんなゴーヤの姿を見て北上が「美味しいところ持っていきやがって」とか悔しがっているから困りものだ。どうしようホントこの空気。

 

 

そんないつにも増してカオスでコミカルな鎮守府。まぁ、なんだ、おおむね今日も平和である。                                            夕張以外。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えーっと、つまり……戦艦の皆さんは……私が居ないと思っていた、と」

「はい、その通りでございます、マジごめんなさい」

「とてもごめんなさい」

「すごくごめんなさい」

「ほんとうごめんなさい」

 

上から、夕張、伊勢、扶桑、長門、そして我らが大和のセリフである。

場所は食堂に移って、というかあの後周りを囲まれニャンまげ状態になっていた夕張は皆に連行され、会議室とかあるのに敢えて食堂に連れて行かれたわけで。

そこでなんというか反省してションボリしていた戦艦組に出会ったという流れ。

 

あの一連のカオス騒動、暁の証言通りに発端は戦艦組であり、なんでもこのうちの鎮守府の戦艦達は自分のところの鎮守府には夕張は居ないと思っていたとかそんな話なのである。

その事実を本日知った戦艦組であるが、そこで大和が「夕張さんを探さなきゃ!」という思いの元、慌て始めたものだからそれに呼応したのか阿武隈北上筆頭に駆逐艦達を引き連れてのお祭り騒ぎに発展したという始末だそうなのだ。加えて戦艦だけじゃなく夕張の存在に気づいていなかった娘は他にも居たりして結構な騒動に 成り果てたという事らしい。

で、その騒動の中、結局最後まで戦艦組が現れず、食堂で待っている形になっていたのはこの4名が当鎮守府におけるヒエラルキーの最上位であるからこその、という訳では無く、そもそもそんな上下関係とか別に無いので 、いの一番に夕張を探しに行こうとしたところ朝食をとろうと食堂にやって来た言ってみればこの鎮守府のリーダーとしては最も正しいんじゃないだろうかと思われる特型駆逐艦の吹雪さんに出会い、事情を説明して、

 

叱られていたのだ。

 

鎮守府の名簿くらい見てるでしょう、そもそも大和さんなんか一緒に遊んでたじゃないですか。と意訳するとそんな感じに怒られていたらしい。

戦艦を頭ごなしに叱るとか吹雪さん、マジ吹雪さんだわ、とか思う夕張だったが、夕張さんも夕張さんで普段からそうやって工廠で引きこもって皆と顔合わせないからこんなことに、というような風に怒られたのでもうなんか吹雪さんはとても吹雪さんなのである。

 

そんな我らのしっかり者お姉ちゃん系吹雪さん。現在は当事者同士の話し合いをきちんとするべきだ、と横に引いていて、当鎮守府に一隻しかいない空母のポニーテール姿が素敵な料亭か旅館の女将が似合うと評判の和服の女性 軽空母 鳳翔さんの入れてくれたお茶をふーふー言いながら堪能していた。

 

いや、うん、確かに夕張は自身引きこもって居たと思う。

戦艦達がこの鎮守府に来た時も、戦力的には遠く離れた自分には別世界だと隅っこで眺めていた程度のものだった訳だし。確かにコミュニケーション不足だったのは否定出来ない。

工廠で妖精さん達と戯れながらの毎日が当たり前になっていて、艦娘としての在り方から外れていたということを実感した今回の事件。

非常に申し訳なさそうに謝る戦艦達を見て、これ実際私が悪かったんだろうな、とただただ反省するしかない夕張。

 

それでも、

 

何度も工廠で顔を合わせ、一緒に変なものを開発して遊んでいた大和さんが自分のことを解って無かったと言うのは意外で

そういえば、大和さん普段から自分をニックネームで呼んでいただけかと思っていたんだけど……

 

「あの……ですね、大和さん」

「はいっ!」

「もしかして、その……私の事を今まで『大きな妖精さん』って呼んでたのって……」

 

ごちん

 

という音が静かな食堂内に大きく響く。これ大和の額が食堂のテーブルにぶつかった音で、もう誠心誠意の謝罪の証であり、

夕張のセリフが、大和にとって今回の事件で最も申し訳なく思っている部分の事だったという話で要するに勢い良く頭を下げたという状態。

大和からの言い訳をさせて貰えるなら、例の記憶の都合上というか艦娘は制服を着ている姿でインプットされていた為に、作業着とか着てる艦娘がいるわけないという先入観があったりしたわけで、っていうか夕張って言えばあのヘソ出しセーラー服でしょ、と言いたくなるそんな都合。

だって夕張さん、工廠で小さい妖精さん周りに侍らせて工具持っていろいろ作ってたんだよ。私がこんなん欲しいって話持ち掛けても相談に乗ってくれていろんな案出してくれる職人さんだったんだよ、艦娘とか思わないよ!という主張。

なお自分がジャージを着ていることは心の棚の上に鎮座している。

ま、そんなこんなで出来れば突っ込まれたくなかったというか……こんな言い訳どう説明していいかも解らず、マジごめん、ってことで開き直って謝る大和の口から出た言葉は直球勝負。

 

「ごめんなさいっ! 私、夕張さんのこと……工廠の妖精さんの進化系だと思ってました!」

 

工廠妖精改二、とかそんな感じのイメージである。

 

そして、

 

ないわー。

的な空気が食堂内に流れる中。

こっそりと長門は、同じ様に夕張を妖精さんだと思っていた、という事実をひた隠しにするのだった。

だって、大和にそう紹介されたんだもん。

 

 

 

 

一方その頃。

 

朝潮ちゃんは自室の鏡の前でかなり真剣にデストロイヤーアサシオンのポーズ研究に勤しんでいた。

 


戻る

2015/02/?

inserted by FC2 system