「青葉さん! 詳しい状況を!」

「すみません、今言った以上の情報は……司令部も混乱しているのか入ってくる情報も断片的です」

 

焦る大和の声に苦虫を噛み潰したような表情で答える青葉。

少しだけ張り詰めた空気の中なのだが、少しばかり語気が荒くなる大和たちのやりとりを見かねてか、その話を遮る形で長門が傍に寄り声をかけてくる。

 

「少し落ち着け、気持ちは十分過ぎるほど解るが、余り青葉を困らせるな」

 

苦笑気味に、気ばかり逸る大和を諌める物言いで、長門は大和に近づきその頭にポンポン手をおきながら彼女を落ち着かせようとする。

なんとなく、子供扱いのようなことをされたからか少しだけむくれて非難がましい視線を長門に送る大和だったが、苦笑気味の長門と相まって妙に幼く、そして可愛らしく見える。

 

あの『絶対無敵』が、先の戦闘で敵巨大戦力を、ちょ、おま、それオーバーキルじゃね? レベルで46cm砲から放たれる一式徹甲弾で文字通り海の藻屑にした大和さんがびっくりするほど可愛い。

 

そんな一面もあったのか、と、ぷぅと膨れる大和を見ながら、こんな表情を初めて見た今回の精鋭主力艦隊の一同は驚きに包まれた、のだが、その傍で最近の無敵大和を観察していてまぁこんなもんだと知っていた青葉にしては敵空母、ヲ級と呼ばれるフラグシップ級二隻を相手に悪鬼羅刹のごとく無慈悲に、そして静かに仕事を進め完膚なきまでに沈めた長門のこの戦場ではない状況下でのいいお姉ちゃん的な態度に唖然としていたりもした。

 

状況はイベント中。

詳しく言うと敵深海棲艦の大規模侵攻の最中、海軍が誇る最強の大和率いる精鋭艦隊の泊地における会話である。

 

そんな彼女たちが何をそんなに慌てているのかと言えば、まぁなんだ、なんか緊急事態らしいのである。

実際の所、彼女たちの感覚では大規模侵攻の最中、ではなく終了したと思っていたから。

何しろ自分たちは敵の強大な生体、明らかに他とレベルの違う深海棲艦率いる一団と戦って、殲滅して来たところなのだ。

 

今回に限っては確かに複数の場所で深海棲艦の姿が確認されていた、その中でも先発隊が発見したのが彼女達が戦った一団と別方面に布陣されていた一団の二方面。この二つに巨大戦力が存在し、侵攻を指揮しているという話のはずだった。

だから、戦力分散という事態には陥ったが最近は艦娘達の戦力も上がり、精鋭艦隊としては大規模になってきたため上手い具合にバランスよく二方面作戦の展開にこぎつけたのだ。

 

一見こちら側に大和、長門、と過去の実績も華々しい巨大戦力が偏っているようにも見えるが、

今回もう一方にはあの妹鎮守府の武蔵が参加していたな、と思い返す長門。確かにここにいる大和や自分に比べれば経験は浅いとは思うが、向こうの主軸には過去の大規模侵攻の作戦に何度も顔を出している上に確か名前持ちの金剛型3番艦 榛名が名を連ねていたのでおそらくは上手くまとめてくれるだろうと思い安心していた。

いや実際、安心していた通りに先ほどの通信で向こうの作戦も成功、敵性存在を殲滅との情報が入って来ていた、だからこちらも安心して近場の泊地に腰を落ち着けていたのだ。

 

だが、つい今しがた、待機していた青葉が本部からの通信を受けて慌てだした、というのが冒頭への流れ。

主力と思しき深海棲艦の艦隊が侵攻中。とのこと。解ることは二方面作戦とは別の一団が存在していた、という事だけ。それ以上詳しい事がまだ解らず本部も混乱中だという事らしい。

 

「今から、戻るにしても……」

「大和、無理言うな、気持ちは解るが……私たちだって無傷で勝って来た訳でも無いんだ」

「それは……そうですけど」

「逸るな、残してきた艦娘達も別に弱い訳じゃないんだ、流石に防衛を考えずに精鋭部隊を選んだわけでもあるまいし、何より……」

「何より……なんですか?」

「いや、な、何しでかすか解らん艦娘もいるからなぁ……強いんだけど、なんて思って安心しようとしたんだが、なんかちょっと不安になって来た」

「……ああ、そっちの大和」

「主にそれだ」

 

でもまぁ、なんか彼女なら最終防衛ラインはまかせろーとかって第三の精鋭艦隊に上がってきそうな気もするもんだ、なんて気楽に長門が考えていたところで

慌てた口調で捲し立てるように青葉が声を張り上げた

 

「状況、敵深海棲艦の艦隊、正式な通信では情報出てませんが位置も大まかに特定している模様、敵艦隊には戦艦棲姫らしき個体が2体、他はっきりとはしないが5隻以上とのことです」

 

はっきりしていない、というのは哨戒していた艦隊が敵を発見したのが何でも嵐の中だとかで、状況も、また戦力的にも最悪の状況にしかならないと言う事により早々に引き揚げてきた為。

任務に就いていたのが駆逐艦主体の艦隊だったため英断なのだが、情報としては今一つ乏しいという形。

いやそれよりも戦艦棲姫2体と言うのが本当だとすると迎え撃つにしても生半可な戦力では太刀打ち出来ない。ましてやそんな2隻が率いる艦隊だ、引き連れている他の船も弱い訳がない。

さて、残った艦娘達にソレらと渡り合える連中がいるのか……と精鋭艦隊のメンバーが不安になりかけたところで――

 

 

「うわっ」

 

と、驚いたのは確かなのだがどことなく呆れを含んだような、そんな青葉の声が辺りに響く。

どうした、と全員の視線が青葉に次の言葉を促すように突き刺さるが

 

「え、えー……えぇぇぇぇぇえぇぇー」

 

何やら困惑している。流石にしびれを切らして、大和が青葉に何が起こっているのか確認したのだが

 

「いや、ですね、今本部の通信聞いてたんですが、精鋭の第三艦隊を招集してる様子でしてー、決まったみたいなんですがー……」

「どうかしたんですか?」

「なんていうか、一癖も二癖もある艦隊といいますか……誰がまとめるんでしょうコレ」

「……誰が集まったんですか」

「『長老』様を筆頭に、『狂犬』『守護神』と『提督』、それに『司令官(笑)』、極めつけに『DX』です」

 

全員が名前持ち。という事らしい、それを聞いた大和もそれなら確かに一癖も二癖もあると言うのは解る、と納得。何しろ『名前持ち』と云うものは艦娘本来の姿から外れてしまっているものに付けられることが多い。要するに変わり者扱いなのだ。

とはいえ個体として名が知れるという意味合いだとしても、ただ変わり者なだけでは渾名程度で済むが、ほぼ公式レベルで名前持ちとされるのはそれだけの強さを誇る場合になる。当然頼りになる戦力ではあるのだ。

あるのだが、

 

「……後ろ二つ、初めて聞きますね」

「でしょうね、つい最近の登録らしいですよ、『大和司令官(笑)』と『DX山城』の2名は」

 

 

どんなだ、その2名。なんて話を聞き困惑する精鋭艦隊の面々の中において

前者はうちの大和なんだろうなーという確信めいた考えと、インパクトはDXの方が凄そうで、うちの大和がオチじゃないんだなーという悔しさで溢れていた長門だった。いや、オチとしてはどっこいどっこいだよ。

 

 

「だ、大丈夫、ですよね」(←大和:汗)

「ぜ、前代未聞ですけど、強いのは確かだと……」(←青葉:汗)

 


 

みんなのあこがれやまとさん1 1

 


 

海の向こうで青葉と大和が冷や汗をかいている。

というのも海軍関係者なら艦娘でなくとも解る話であり、青葉の言うとおり前代未聞なのである。

 

『名前持ち』

 

要するに二つ名とかそんな話なのだが、滅多な事では登録されない個体識別表示だ。

大元の御霊からなる艦娘というものは、同じ艦の分御霊なら当然同じような性格、同じような性能になる。小さな個体差は当然存在するし環境により変わってくるのも当たり前の話になるのだが、そのズレが大きくなると当然変わった存在だ、と非常に目立つことになる。その辺はしょうがないにしても、その内『あの』とか頭に付けられて呼ばれるようになり、気が付けば渾名となって定着してしまう。まぁ普通の人間社会もそんなもんであるので細かい説明は必要ないと思われる。

が。そんな中でも頼りになる、戦力になる等、鎮守府の要、もしくは決戦兵器になってくれるような存在は周知徹底の意味も兼てその通り名が本部登録されてしまうという本人からしたら罰ゲームかよと思われるようなシステムがあるのだ。

要するに、名前持ち、その登録がされている、ということは『超強い変わり者』だ、と言って歩いているようなもので正直ちょっと恥ずかしい。

例外的に『絶対無敵』のように大和は普通に大和なのだが他と比べて恐ろしいくらいに飛び抜けた戦力を有した存在、という事で付いている特別枠的な存在もいるのだが、まぁ例外である。最近こいつもちょっとおかしいが例外扱いなのである。

 

結論として、名前持ちなんてそもそも条件が『周りから渾名を付けられる程の』という前置きのついた『変わり者』でありかつ『戦力』、もしくは『鎮守府の重鎮』であるという事なのでそれはもう滅多な事では登録されない。

渾名、なんてのがあるのは結構たくさんいるのだが、公式扱いされている『名前持ち』ともなると全国津々浦々の鎮守府を見渡しても10数いるかどうかのほんの一握りになる。

精鋭艦隊の大和はともかく、同格扱いされている長門に名前持ちの登録がされていないことからも基準がかなり厳しいことが伺える。

まぁ、あの長門が強いだけで『変わった』長門ではない、というのが一番の要因なのだが。

 

だから、

だから『長老』吹雪はこの集められた艦隊を見た時は驚いたものだ。

 

――いや、長い事いろんな艦隊見てきましたけど……これはなんとも、凄いですね。

 

『長老』。またの名を『吹雪様』、一部古い海軍将校には『吹雪おねーさん』とかこっそり呼ばれていたりする現役最古参の艦娘である。

頑張り屋で意欲に溢れ、元気のいい吹雪、と普通の吹雪と一見何も変わらないのだが、新米提督のチュートリアル駆逐艦と呼ばれ、頼りになる秘書艦、後に最強の駆逐艦として君臨し現在の吹雪達の基礎となった吹雪のパイオニアであるために後進の吹雪達、また特型すべてを含めた吹雪型から崇められている吹雪様なのである。最早神、だがよく考えたら御霊様なので元々神みたいなものだったりするから信仰度アップして神聖度が高くなった吹雪だと思って欲しい。

 

そんな長い間海軍を見て来た吹雪様であっても、今回の編成は驚きの編成。よっぽどテンパってたんだろうなー元帥。なんて、平気な顔して内心慌てていたであろう昔の自分の提督の事を思い出す。あの頃から表情変えないで慌ててたもんなーと、今はそれを解ってくれる秘書がちゃんといるのか心配になってしまう吹雪だったが、まあ立派になったんだし、あまり心配しすぎるもんじゃないと頭を切りかえる。

そもそも現役とはいえこの吹雪も今はほとんど本部付きの御意見番みたいな立ち位置になりかけていて実戦に引っ張り出されるのは珍しい事態。人の心配している場合じゃなく気を引き締めなければ、と言うところなのである。

元帥たちの期待に応え、津々浦々の鎮守府の皆を安心させる為にもここで頑張らなきゃ、と。

 

とはいえ『名前持ち』ばかりの一艦隊。凄い、と感想をつけてみたが、実際いろんな意味で凄いとしか言いようがないのも現実、正直大丈夫だろうかと不安になったりもしたのだが、

 

 

ざっと艦隊を見渡して見れば最初に視界に入るのは威圧感たっぷりの、無駄に巨大な戦艦大和。

いやそもそも、軍関係者なら名前持ちの大和とかなんだ、って話になるだろう。何より大和自体がほとんどレアっていうかぶっちゃけホロとか言われている、なんだよホロって。他のカードゲームで言うならSSRとかそれ以上のレベル、行司で言うなら木村庄之助みたいなもんである大御霊様なので、普通の大和と言うのが測りきれてないというのが実情。なのだがそれを振り切って『名前持ち』。お前どんだけ変なんだと問いたい。何よりその名前『司令官(笑)』。なんだその(笑)。

軽く資料を読んで見ても、艦隊を独自で指揮し鎮守府内の他の艦娘達に慕われているということから、となってはいるのだが『(笑)』の部分の説明がないのが何とももどかしい。

もどかしいので、どういう大和なのか噂を辿った場合には『とても真面目な斜め上』とか『引き戸を押して開けるような優等生』とかそんな意味わからん評価が飛び交う結果になって更に困惑する。そして本当に噂を調べたこの艦隊に選ばれた数名は揃って困惑した。本当なんなんだコイツ。

 

大和の隣に並ぶように居るのはこちらも形が違うが同等に巨大な船影。

最近名前が付いた大和と違い、元々かなり有名な『提督』と呼ばれている加賀型1番艦 正規空母 加賀である。

彼女は彼女で普通の加賀、のはずである。少なくとも吹雪などは何度か会っているし会話もしている為にそう思う。見た目も髪を左側でポニーテールにした可愛いとも思える姿だがきちっとした巫女装束にも見える弓道着を着こみ無表情で目つきが鋭いためクールな印象を与える関係からとっても厳しい冷静沈着な人に見られることもしばしば、なのだがその実、感情の起伏が平坦なわけでなく割と感情的に激しく上下する、少々人づきあいが苦手な部分もあるが基本的に後輩に対して面倒見のいいちょっと厳しいお姉さんタイプ、という普通の加賀らしいそのままの加賀なのだが、頼りなくてどうしようもない後輩ポジションに収まったのが彼女の所属した鎮守府の提督だったというのが不幸の始まりであったと言う。どうしようもないので辛辣な言葉を浴びせてしまい、心が折れかけた提督の代わりに彼女はやり過ぎたかと反省して提督業務を手伝っているうちに、ほぼ全ての業務をこなし、あれ、これ提督いらなくね? むしろ加賀さんこれ提督じゃね? となった加賀さんなのである。不幸。

もっともその後淡々と提督業務を続けてきたおかげですっかり提督が板についてしまったので、確かに普通の加賀とは言えない存在へと昇華したのである。

 

その二隻の後ろに続くのは金剛型戦艦2番艦 比叡。

ストイックな、一時期のあの長門の様な比叡、ということで変わり者扱いされている比叡である。

言ってはなんだが通常、金剛型は群れを成す。というと語弊があるかもしれないがなんか金剛型姉妹は固まってキャッキャウフフしていることが多い。極端な話比叡だけにスポットを当てると 金剛>提督 という図式が成り立つほど姉妹優先とか言われているのだ。

そんな比叡なのだが、この『守護神』なんて呼ばれている彼女に限っては姉妹そっちのけで鎮守府の要として出撃を繰り返し、敵深海棲艦を屠る荒ぶる戦艦さんなのであった。

という表の顔に隠された、実は姉の1番艦 金剛が同鎮守府の提督と良い仲になってしまい、始終いちゃいちゃしているものだから構って貰えずその寂しさと憤りを主砲に乗せていたらいつの間にやら鎮守府の頼れる守護神として君臨していたという悲しい過去。実に不憫である。そしてどこかの長門とマジ被る。が、そこまでの内情は比叡も恥ずかしいから誰にも言っていないので、髪を短く切りそろえた姿と下手にボーイッシュ感漂う整った顔立ちから外からは寡黙でクールな男前の格好いい金剛型2番艦にしか見えず、水平線を見つめて腕を組み佇む姿など一見の価値あり、と騒ぐファンの艦娘なんかも居ると言う程であるとかないとか。中身は意外と乙女だったりするのは内緒。765プロのあるアイドルと似たような感じの扱いになってしまったのだが内緒なのだ。

 

で、比叡の横に並ぶ小さな艦。これがちょっと厄介な娘さんで『狂犬』夕立。

彼女は本物の変わり種。正直荒御霊様が現れちゃったんじゃないかと思われるくらいに荒ぶった夕立さんで、黒い、怖い、いう事聞かないで突撃する、陽炎型のアイツより目が怖い、と散々な言われようしている白露型4番艦である。愛らしいはずの白露型の見た目はそのままだと言うのに、元々黒を基調とした服を、白い部分さえ黒で埋め尽くしワインレッドと黒のツートンカラーの姿に変え、長い綺麗な金色に輝く髪が異様に映え奇妙に目立つ。

かつての大戦での、あの大惨事ソロモン海戦とも言われる第三次ソロモン海戦で悪夢と呼ばれ、お前は本当に駆逐艦か、レベルのことをやらかした側面が色濃く出たのだろう、という見解で落ち着いているが、最初から俗に言う改二型の強そうな姿で現れた事に加え、本体である船体表面が真っ黒、というもうお前夜の海しか興味ネェだろってお姿。そして更にはあんまり言う事聞かないで突撃しちゃうものだからいつの間にやら『狂犬』扱いされている凶悪ワンコ娘。これまた黒く塗りつぶされた『夕立式酸素魚雷』なんて一部で言われている酸素魚雷を必要以上に搭載している敵も味方も見失う夜戦特化型の地獄の番犬である。

 

協調性、と言うところで彼女が問題になるのではないかと危惧していた吹雪、だけでなく多くの軍関係者であったが、

出会いがしらに犬っぽい姿からなのか大和に頭撫で繰り回されて、反発しようとしたところ加賀に身だしなみ整えられ、この艦隊の旗艦になってしまった山城にさらっと今回の概要と何するかを説明されて済し崩しに比叡に引率される形で出発。

吹雪としてはそれを横目で見て、司令部に向かって大きく手を振り「いってきま〜す」くらいしか言えなかった訳なのだが、一連の流れを見ていた軍部からは「名前持ち、パネェ」の評価が跳ね上がることとなっていた。

 

というわけで、最後になるがこの艦隊をまとめる旗艦は山城さんである。

言うまでも無いと思うがあの山城さんである。大和もそうだったのだが自分が名前持ちなことも知らなかった上に、こんな決戦艦隊に呼ばれるなんて思いもしていなかったので正直未だ困惑している妹鎮守府の要、俺たちの頼れる胃痛で悩む山城さんだ。

そんな山城さん、愚痴を零そうとして、決戦艦隊に呼ばれたことを鎮守府で呟いたらちょうど時雨が居て、流石山城だよ、でも、それに着いて行けない僕らの不甲斐なさを呪うよ……、なんて話になったのでとりあえず気にするなと宥めて来た、来たんだけど、宥めて慰めて欲しいのは私だこれ。と思う今日この頃。ちょっと親交のあった姉鎮守府なんて呼ばれているところの大和に電話かけてみたら、私も行くんだ!向こうで会おうねー!って返されて「お、おぅ」としか言えなかったんだ。もう誰か助けて。なお、扶桑姉様には電話かけても「誇らしいわ、山城」で済まされると思ったから止めたのだ。英断だ山城。その予想は当たる。

そもそもそからして、なんだ私の名前。「DX」てなんだ、読みは「デラックス」らしい。時雨か、また時雨の仕業か、と思い悩む山城だったが。実は陸奥が付けた名前である。なお、陸奥に悪気は微塵も無い。時として善意というものは人を苦しめるものである。

そして、こんな大事な艦隊で旗艦か、なんでや、と現実から目を逸らしたくなる状況なわけだが、これはもう(夕立以外なら)誰が旗艦でもええんじゃね? みたいな感じのメンバーだったのでくじ引きで決めると言う相変わらず司令部無視の舐めた真似をした大和のせいでこうなった。

司令部も大和が勝手に動いて決めたし、何より本当にもう夕立以外全員旗艦でいいんじゃねこれ、とか思ってたらしいので成り行きに任せたのだ。大丈夫か司令本部。

 

そんなわけで、現在、山城がやる気無さげに「進路ー、あっちー」とかいういい加減指示で進軍中。

おいおいコレ大丈夫なのかよ、とか思うような状況ではあったのだが、艦隊の一番後ろに位置する吹雪の横に着けている山城の指示に、先頭の大和が率先して嬉しそうに従い他がそれにつられる、そんな姿。

 

 

と、いう訳でなんか解らんけど皆意外とすんなりと状況に収まったという訳である。

 

冷静に考えれば、確かにそれぞれがそれぞれの鎮守府でのトップを張る連中。普通なら各鎮守府で防衛の為に手腕を振るっているはずの艦娘達だ。夕立は別だが。

何より名前から推測しても、直接提督に取って代わると評価を受けている2名、実績から考えても吹雪自身を含めた他3名もそれに準ずるだけの艦娘達だ。我が強ければ反発でもするだろうけれど、ぱっと見そんな空気を読まないことをする娘も出ず、急遽編成したにしてはしっかりと一艦隊として機能しているのだ、それも高レベルで。

唯一不安材料だった『狂犬』に関しても、出撃すぐ後の航行中、全員が一旦先頭を行く大和の甲板に集まった軽いミーティング時に大和と山城が彼女の戦い方に対してその突撃癖を諌めるでもなく、

 

「かまわん、やれ」(←大和:無駄に偉そう)

「……極端よね、まぁ、その方針でいいけど」(←山城:トオイメ)

 

なんてむしろ許可した為か、はたまた、それに続いた他の2名までが『彼女の長所を活かせる方向ね、解ったわ、彼女の攻撃力は理解しているつもりよ』とか『まー、私たちおっきいのが夕立のサポートに回れば綺麗に事は進 むでしょーね』なんて『狂犬』の在り方を肯定した為か、

いつも、相手を射抜く様な、深い紅色をした鋭い瞳を珍しい事に見開いて驚き、一瞬後に、実に、本当に彼女には珍しい笑顔に、それでも不敵な、と言う修飾語は付くのだが笑顔になって言い放つ。

 

「まっかせといて!」

 

「まかせたー」(←大和:笑顔で頭撫で撫で)

「頼んだわよ」(←山城:微笑みながら頭をポンと)

「期待しているわ」(←加賀:口の端を軽く上げた笑顔だと思うそれで夕立の頭を一撫で)

「ま、夕立なら大丈夫、私たちはサポートの方を頑張らないと、ね!」(←比叡:なんか男前にカッコイイ感じで夕立の頭に手を置く)

 

と、せっかくなので吹雪も一緒に交じって少し揉みくちゃにされる夕立。でもその表情は嬉しそうで、上手く艦隊が纏まる方向になった、という訳だ。

 

そんな感じで、比叡の言葉を借りるなら「気合、入れて、行きます!」な状態の急編成『名前持ち艦隊』、状況が状況だし、きっとこんな無茶な編成最初で最後だろうとは思いながら吹雪は山城のサポートをし、

 

 

 

この嵐の中を進む。

 

 

 

何度も言う事になるが急に決まった出撃だ、出撃メンバーすら寄せ集めというのが本音の状態。

緊急事態の為、招集→編成→出撃と時間も気にせず転がるように行ったという流れから、出撃したのは昼過ぎ、司令本部からの指示にしてもそちらの方向で進軍してくる深海棲艦が居たという情報だけしかなく、もうとにかく同方面に向かうしかなかった状況。

そして日も落ちて来た頃に急な嵐という訳である。「うわぁ夕立だぁ」とかここまでは冗談を言う余裕もあったのだが、雲の流れが速いのかあっという間に嵐の中に巻き込まれてしまう名前持ち艦隊。

避けようかどうしようか悩む暇もなく、という勢いだった為にとりあえずは本部に許可を取りゆっくりと進軍を試みることにしたわけだ。

 

本来なら先行の高速艇部隊から状況が入ってくるはずであったので、嵐の情報なんか無かった為に油断していた訳で、視界の非常に悪い中、暴れる波に船体を揺らされている吹雪達は心構えも戦闘準備も整わない今ここで敵に出くわさないことを祈るばかりである。

流石に名前持ちの一流どころとは言え、ここは皆緊張した場面だろうと、年長、最古参として皆を落ち着かせねばと声をかけようと、したのだが

 

「ふふふーん、ふふふーん♪」

 

――大和さん鼻歌歌ってるー!? しかもそれ必殺だー!!

 

と、必殺仕事人のテーマ曲をふんふん歌っている大和に心でツッコミを入れる吹雪。

 

「……気分が高揚しますね」

「でしょー」

「さよならさざんか、いい曲です、主演俳優の娘さんが歌っていたという」

「通ですね、加賀さん」

 

――加賀さん必殺テーマで高揚するんだー!!そして必殺Vなんだー!!

 

「そうするとー……主砲ぶっ放す、とかは必殺らしくないよね、近づいてグサリ、とかする装備ないもんね私たち戦艦」

 

――戦艦じゃなくてもねーですよそんな装備!!比叡さん!!

 

「となるとやっぱり、主役は夕立ね、近づいて魚雷をグサリで行きましょう」

「了解っ!まかせといてよ山城!」

 

――お前らたいがいおかしいから!やっぱりおかしいから名前持ちなんだなおい!!いや、この夕立なら確かに出来そうだけどね!!

 

なんてツッコミの嵐、あまりの事に吹雪様も途中から声に出していたりしてたものだからもう酷い笑い話である。そして発覚した、みんな必殺シリーズが好きという事実。通信を聞いていた本部の連中からしたら割とどうでもいい情報が名前持ち艦隊の解説に加わることになるのであった。

そんな訳で、後に「必殺艦隊」と呼ばれるこの出鱈目艦隊。ほどよくというかまるで緊張感無いように見える訳だが

なんだかんだでその身は歴戦の名前持ち。んなアホなこと言いつつも嵐の中とは言え加賀が偵察用の彩雲を、大和が観測機を飛ばして状況を確認中。

 

緊張感は切らす訳に行かない状況なのだ、何しろ、最初に深海棲艦の侵攻を見つけたと言うのが嵐の中。

 

そして、情報も無く、警戒していない所で突如現れた嵐。

深海棲艦が嵐と共に侵攻、いや穿った見方、それも超常的な見方をしてしまえば、「嵐を引き連れて侵攻」して来たとも取れる。

一見バカな、という考えだが何しろ深海棲艦、ひいては自身が、艦娘という存在がそもそも超常現象だ。アホらしいと思っても、いろいろな可能性を否定できない。

そう考えた加賀は、この暗い夜の嵐の中、流石に数機の彩雲だけではらちが明かないと他にも発艦準備を整える。通常夜ともなればこの艦娘所属の航空機はほぼ役に立たないのだが何もしないままという訳にもいかず、何より、状況的に考えて、これフラグってやつじゃないのかしらねー、って思う加賀さんはちょっと焦っていた訳で――

 

 

発艦準備に気を取られていた為に、反応が遅れる。

 

 

 

「加賀さん!! 下がっ……違っ、右に避けて!!」

 

 

 

大和の張り上げた声に一瞬何事かと思考が止まるが、言葉の内容から事態は理解しないまでも把握。とにかく急いで右に、と船体を動かしかけたところで意識が飛びかける衝撃がその身を襲う。

同時に解る。

 

解ってしまう。

 

 

 

 

これは致命傷だ。と。

 

 

大和が何かを叫んでいるのが聞こえるが内容がはっきりと解らない、焦っているのは解るのだが、こちらは機関部をやられたのか足が止まってしまっている。

 

意識が混濁する中、申し訳ない、不甲斐ないという気持ちが湧き起こる。たった一撃、おそらくは本当にこの嵐の中で出くわしてしまった敵艦隊の一撃で何も出来ずに終わりそうな自分が不甲斐なく、知り合ったばかりだが、提督なんて呼ばれて鎮守府内で孤立しがちだった自分に出来た同格の友人たちに迷惑をかけてしまうだけという事態になったことに心苦しく、

嵐の夜ともなればもともと空母なんて置物、盾にでもなれればと言うところだったのに――自分の前に出て被弾したであろう主砲部から黒煙を上げる大和の姿を見て、息も詰まる思いで、盾にすらなれないのか、と意識が落ちていくこの身を呪うしか出来なかった。

 

 

 

 

最初の轟音が響いてからどれくらい経ったか、そんな長い時間経っていないはずだと言うのに気ばかり逸って時間感覚も怪しく、つい先ほどの事なのか、それともかなり前のことなのかも解らなくなってくる。

激しい嵐の中だ、轟音と言っても嵐の音にかき消されかけたその音だったが、確かに主砲。自分の経験は、艦娘としての存在は他の追随を許さ無い為、その耳に届いた音が間違いなく主砲の音であることが解る、

そして何より、誰かが被弾した音なのだ。

途切れ途切れに入ってくる通信から、いち早く敵に気づいた大和と加賀が被弾しただろうことは解る。しかしその後も状況が掴めず、他にも砲撃音、そして敵艦載機の存在が垣間見えた。

この状況で艦載機を飛ばしてくるのだ、相手はかなりの上位存在、そして出撃前からの情報では戦艦棲姫も居るはずなのだ。

 

 

考えれば考える程こちらに悪条件ばかりが積み重なるとしか思えない吹雪。だが、それを払拭しようと旗艦山城に向かい声を張り上げる。

 

「状況は!? 山城さん!?」

「……ごめん、こっちも状況が、掴みきれないわ……相手はこっちが見えているのかしら……ね」

 

ぞっとする。

正直、嵐で視界が悪いとはいえ、こちらもそれなりに装備を整え相手を探していたのだ、それらにまるで引っかからずにおそらくは夜戦至近距離に出没。狙ったとするならこの嵐、只の嵐ではないのか。

そうすると完全に向こうの思惑通り、こちらは詰み。そんな考えが脳裏をよぎる。

 

「撃ちます! 威嚇ですが! 山城はいったん引いて私の後ろへ!」

 

弱気になりかかった吹雪の考えを吹き飛ばすように、比叡の主砲が轟音を放つ。

比叡も山城も焦っているだろう、先ほどから大和、加賀、そして夕立の声が届かないのだ。しかし、だからと言ってここで弱気になってもしょうがない。

曲がりなりにも最古参、いろいろな逆境は見て来ている、最悪、自身沈みかけたこともある。だから、状況を打破するために、現状をしっかりと目に焼き付けよう。考えるのはそれからだ。

 

「照明弾、撃ちます!」

 

一セットだけだが、急遽用意して積んでおいた吹雪。嵐の中だ、どれほどの効果があるか解らないが、ほぼ間違いなく敵艦隊は至近距離。推測通り相手がこちらを把握しているなら少しでも明るくして敵味方全体をこちら側からも確認し、そこから仕切り直さねば、と砲撃音轟く方向に向けて照明弾を撃ち放ち――

 

 

 

――愕然とする。

 

 

敵空母一隻がほぼ沈みかけた姿であるにはあるが、

威圧感溢れる北側と西側に分かれて佇む二隻の戦艦棲姫と思しき巨大な影

更には北側手前の無傷であろう空母ヲ級、と西側戦艦棲姫と並ぶ黄金の光を放つ戦艦タ級

 

そんな相手の姿が見え、

 

 

それを尻目に、

 

南側で主砲を敵に向ける無傷の比叡はいいとしよう

しかし、被弾して第一主砲から黒煙を上げる山城

 

敵戦艦の砲撃をほぼ一隻で引き受けたのだろう、主砲のほとんどが機能せず艦橋さえ被弾し、船体が傾く大和

北に流され横倒しの状態でほぼその姿が沈んでいる加賀

 

そして、姿の見えない夕立。

 

 

 

 

 

状況は最悪である。

 

 

つづく。


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2015/10/03

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