「速度、上げます!」
「待て、これ以上無理をすると現場に到着しても燃料が足らん、今がギリギリだ落ち着け榛名」
「ですがっ……」
深海棲艦大規模侵攻。ある鎮守府でイベントと呼ばれているそれに対する二方面作戦の一方。榛名率いる精鋭第二艦隊側でも第三艦隊の情報を受けとり行動を開始していた。
二方面作戦として二手に分かれたという結果にはなったが、行って見れば第一艦隊が向かった方の敵艦隊に比べて戦力が小さかった。とはいえあくまでも比べて、の話なので通常の深海棲艦に比べれば格段に強い。
だが、そのおかげでこの第二艦隊の損傷が軽微で済んだわけで、まだ充分動ける者、そして決戦には参加しなかった支援、随伴艦の中で戦力として申し分ない者を集め再編成、
大打撃を受けた、という情報のあった第三艦隊の救援に、第一艦隊よりまだ近い場所にいて動ける第二艦隊が急遽発進となったのだ。
そして冒頭の状態。救援に出発したところで追加の情報として「大和、加賀大破、若しくは轟沈」などという耳を疑う連絡が入った為、決戦部隊でもこの救援部隊でも旗艦を務める榛名が慌てた、というところである。
それに対し、戦力の要として横についていた武蔵が榛名を落ち着かせようと声をかける。
榛名も解ってはいるのだろう、武蔵の言葉に理解は示す。だがそれでも逸る気持ちは抑えられない。当然だ、武蔵にも解る。
流れてくる情報にしても不確定のようで、実際の状況は掴めていないらしいので飛び交う通信も混乱している。だから、焦る。それはそうだ、こうして黙って聞いている自分も機関部が壊れようとも全速を出して目的地に向かいたいのだ。
ただ、自分たちも敵主力部隊と一戦交えた後、燃料弾薬にも多くの消費が見られる。いやほとんど使い切ったと言ってもいいだろう。
随伴艦や置いて来た損傷していた艦から出来る限り受け取って来てはいるが、洋上での簡易的な補給に過ぎない。
そんな状態で、更には目的地は嵐の中だとか、下手に動いて辿り着く前に燃料が無くなり立ち往生などするわけにも行かないのだ。
「……ごめんなさい、武蔵、あなたも辛いのですよね、慎重に、急ぎましょう」
知らず、奥歯を噛みしめ体中に力が入っていた武蔵。それに気づいたのか榛名が逆にこちらを心配するような声をかけて来る。
多分、今自分の目つきは酷い事になっているのだろうな。とそんなことを考え、端的に了解の意志を榛名に返して、考える。
あたりまえだ。辛いに決まっている。入って来たのは大和轟沈の可能性だ。知っているんだ第三艦隊にいるのは『あの』大和だと。
この無愛想な自分を、妹だと可愛がってくれる妙な姉だ。沈んで貰うわけには行かない、まだあの姉の為に何もしちゃいないんだ。そして、ふと、かつての大戦で先に沈んでしまった不義理を思い出しあの時は姉にこれほどの思いをさせたのかと心苦しく思う。
横の榛名は逆だ、あの大戦で生き残った側。残された者の辛さは充分身に染みているのか、そのいつも微笑みを称える顔にも陰がさす。が、流石は名前持ちの歴戦の旗艦、武蔵の言葉に気を持ち直したのか、毅然とした姿で前を向く。
武蔵は榛名も彼女の姉妹艦である第三艦隊に居る比叡を心配してか、と思うのだが。実の所そうではない。
いや心配してない訳もない、当たり前だが他の鎮守府とはいえ皆仲間だ、戦友だ。第三艦隊誰をとっても当たり前のように心配なのは間違いない。だがその中でも、知った相手などが居る場合はどうしても優先順位なんてものが出来てしまう。こればっかりは仕方のない物で、武蔵にしてみても姉の大和 に加え同じ鎮守府所属の山城の事を特に気にかけてしまっているのだ。
その為、榛名にしても当然姉妹である比叡の事は気になるが、実はこの榛名、時期的に武蔵とは面識は無かったが彼女の鎮守府に所属していた事がある。
4番艦である妹 霧島と共に所属していたのだが、金剛型が群れを成す、という言葉通り、一緒に居ると何かと効率がいいと言うことからちょうど1,2番艦が居る鎮守府への移動となった。その折に入れ替わりとしてあの、後の妹鎮守府の主軸になる山城が着任したという過去。
短い時間だったが戦艦同士としてその役目、自分たちが鎮守府の主軸であったためにそのあたりの仕事の引継ぎとして榛名と山城は一緒に、同僚として仕事をしていたことがある。
だから、負い目があった。
姉妹一緒に、という事になる移動に気を取られていたのは認める。だから引継ぎとして、他に戦艦が居ないからということもあるからこそ、霧島と2名でこなしていた業務を山城一人に押しつけた形になってしまっていたのだ。
当時はそれほど気にしていなかった、何しろ山城自身が特に文句を言うでも無く、淡々と引継ぎを終わらせて仕事をこなしていたから。まぁ、眉間に皺は寄っていたのだが。それもなんというか山城という艦娘の特徴という事で流せるレベルだったというのもある。
後から考えれば無茶振りでしかなかった、それも当時山城は顕現したばかりの新艦娘、経験も何もあったものではない素人だったのだ。
それでもなんとか苦労しながら鎮守府を回していたらしく、後に気づいて謝罪と共に贈り物なんか渡してみた榛名だったが、『気にかけてくれてありがとう、でも2人がそっちで活躍しててくれるなら何よりよ、貴方達を知ってる皆も喜んでるわ』なんて男前な対応を返して来た山城の大きさに感謝したものだ。なんだかんだでその後もたまに彼女の助けになればと思い連絡を取り合っていた。
だからこそ、あの古巣の鎮守府に、山城に何かあれば全力で手を貸そう、そう思っていたのだ。妹の霧島こそここに居ないが、同じ思いの霧島の分含め、何としてもあの山城旗艦の第三艦隊の助けに行かねば。と心に誓う榛名。
「大丈夫ですよね……」
少しだけ、弱気になりながらも確かめるように呟く榛名。その視線の先には先頭を行く翔鶴型2番艦 正規空母 瑞鶴。彼女も彼女で状況を聞き飛び出したクチだ。加賀轟沈の報を聞いて青ざめていたのを憶えている。
加賀と瑞鶴と言えば誰に聞いても仲が悪い、と言われる程に口論していることが多い。が、内容は辛辣ではあるが後輩の指導をする先輩とその言い方が気に入らなくて反発する後輩でしかない。
姉の翔鶴を含め、加賀に対し思うところも、そして加賀側にしても昔の大戦で自分たちの後をついで一航戦となった彼女たちに思うところもあり、いがみ合ってしまうこともあるのだが、
結局、どうあっても先輩後輩だ。特に瑞鶴はそうやって反発していたからこそ、加賀の凄さも知っており、口には出さないが尊敬している。
そして、今、轟沈の可能性、という報に変わったが、危機的状況にある加賀に至っては『提督』なんて呼ばれいる特殊存在だからなのか、後輩たちに対し非常に面倒見がよく、大っぴらに態度には出さないが翔鶴型の姉妹にも慕われるような艦娘だった。前を行く瑞鶴も会ったことがある、なんて話をしていた、だから気になって仕方がないのだろう。
しかしだ
「瑞鶴、少し速度を落とせ、流石に燃費が悪いぞ、いや、私ほどじゃないのは解るが。 それに私たちがお前についていけん、本当に空母か瑞鶴は」
なんて武蔵が声を上げるように、ちょっと焦って急ぎ過ぎだった。
事態を把握して、素直に速度を落とす瑞鶴だったが、それでも焦ってしまうのは仕方ないのか、ついつい愚痴を零してしまう。しょうがない、榛名も先ほどそんな状態だったのだから、彼女の気持ちはよく解る。
だからこの状況で、辛くはあるだろうが落ち着いている武蔵は凄いと思う。
このメンバー、いや多分第一艦隊や随伴艦たちを含めても最も若い艦娘のはずだ。一瞬、若いからこそ他との接触も無く自分たちみたいに他の艦娘に感情移入していないのかとも思うが、自分の知っている山城は彼女の所の山城だし、加賀と同じように危機的状況にあるのは大和。それも交流のある親しくしている大和だったはず。
だから榛名は、その落ち着き様に少し感心してみたのだが、武蔵から帰って来た答えは
「いや、なんだろうな、確かに辛いし、心配でならないのだが……いろいろ考えてたら普段からよく知っている、まぁ、その、『お姉ちゃん』がな、なんというか沈むなんて想像出来なくて……」
「お、お姉ちゃん……?」
「引くな瑞鶴、そう呼べと本人に言われたんだよ、まぁそれはそれとしてな、あの姉と、うちの山城しか知らんが、あの二人がコンビ組んでると思うとな、どんな状況でも なんかとんでもないことでもしでかして笑って帰って来そうで……いや、山城は眉間に皺寄せて帰って来そうだが」
「うわ……名前持ちが変って言うのは本当だったんだ、いや確かにあの加賀さんもちょっとなんか違うなーとは思ってたんだけどさ……」
なんて、こう身も蓋もないと言うか、突如緊張感の無くなった話に切り替わる。
確かに、名前持ちばかりの艦隊だ、何かこう、なんじゃそりゃ、みたいなことをして一発逆転で帰って来る、なんてことになってても不思議じゃないのかもしれない。そして当然私もそれを期待したいし、している。
でも――
一応私もその『名前持ち』なんですけどねぇ……と、名前持ちが変だ変だと目の前で連呼する瑞鶴に何と言うべきかと悩む 、金剛型特有のいつもの巫女装束の様な豪華な服に身を包み、烏の濡れ羽色の長い髪を後ろに流した、提督アンケートでお嫁さんにしたい艦娘ナンバー1の座に輝く『まかせてあんしん』榛名さんであった。
みんなのあこがれやまとさん1 2
やられた――
煌々と照明弾が映し出す光景に息を飲む。
いや、煌々と、なんて言うには照明弾の明かりは弱々しいのだが、見たくないものをまざまざと見せつけられている吹雪にはそう感じる。
先ほどの山城の声が絶え絶えだったのは被弾の為だったのか、どう見たところで主砲の一つが使い物にならないのは確実。よく見えていないが2番目の主砲も動くかどうか、ということろだ。
おそらく、無傷なのは自分と比叡。夕立が無事であればいいのだが、どちらにせよ開幕同時にこちらは主力を潰された形。
撤退。
状況を判断し、脳裏に浮かぶのはその二文字。
荒れた戦況、体勢整わないままの乱戦。しかしそんな混乱する中でも本部に状況を、端的に被害と敵情報を通信する吹雪。このあたりは歴戦、経験から来る判断だろうが、その後に考えられるのが撤退くらいしかない。
司令部は情報を受け取った、だからこの状態から次の手を考えてくれるはず。それは解っている。だから被害を受け、敗色濃厚な自分たちは退く。
だが、その場合は、考えたくないが、犠牲を強いることになる。
と、ほんの数秒の葛藤。でも最善が何か、くらいは解る。経験が豊富なだけに、それしかないと思う。もう一つの選択肢はあるにはあるが、いくらなんでもそれを言うのはどうかと思う、ぶっちゃけ感情論でしかなくなる。
だから、吹雪の思う、最善を行う為に努めて冷静に平静を保ちながら、たとえ自分が悪者になろうとも、旗艦山城に進言を
しようとした
「jァァァァヽ(o`Д´o)ノァァァァ!!」
したところで、なんかよく解らない大和の叫びが聞こえた。
「(#゚Д゚) ヌッコロス!!」
「……ちょっと大和、何言ってるか解ることは解るんだけどそれどうやって発音してんのよ」
「山城さん、冷静ですね!? 大和さんも落ち着いてっていうか大丈夫なんですか!?」
どう見てもボロボロの船体で、少し沈み始めているはずの大和。そんな彼女のよく解らない叫びに、冷静に、というかもう気怠そうにツッコム山城。なんかもう悲壮な吹雪の空気が無視されてる気分。なお、正確には山城は冷静なのではなくて常にローテンションなだけである。
どうすんだこれ、とは思いつつ、それでも事態が変わったわけでもなく危機的状況。こんな漫才してる場合じゃないと気持ちを入れ替えようとしたところで、改めて大和から普通の言葉で通信。
「あいたたたた。くらっとするわーこれ……」
「あいたたで済むレベルじゃないでしょうに……そもそもどうする、この状況?」
「どうって、そりゃー、選択肢2つ。 撤退か抗戦か、お勧めは撤退、こっちはもう主砲が潰れるわ半分沈んでるわで、いやどうにもこうにも、ねー」
確かに大和の声なのだが、どことなく先ほどまでの朗らかな大和と雰囲気が違い妙にざっくばらんな物言いをするそんな声で山城の質問にさらりと答える。しかし、お勧め、なんて言うそれはつまり、もう動けなくなっている大和と加賀を見捨てるという他無い訳で。
一緒に聞いているだろう比叡も言葉が無い、何でもないような言い方をしているが、大和としてはもう覚悟が決まっているからこその『お勧め』なんだろう。まだ若い、聞けば本当に艦娘として現れてから時間の経っていない艦娘だったはず、名前持ちになるような突出したものが無ければ本来ならここに呼ばれるはずもなくこんな覚悟をする必要も無かったのに、と悲壮な気分になる吹雪だったが
「じゃあ、お勧めじゃない方で」
そんな、山城の声が軽く響く。
「アホでしょ、山城さん」
「欠陥戦艦よ私は、扶桑型2番艦、ドックの帝王にまともな指揮を期待しないで欲しいわね、旗艦にしたのアナタ達なんだから覚悟してよね」
「おっとこまえだね山城さん」
「アナタには負けるわよ……そんなわけだから、みんな、ごめん――」
改めて、第三艦隊夜戦に突入します。
大和と山城のコントのような掛け合い。とても軽い雰囲気の重い内容。確かに最善は大和の進言した撤退だろうことは吹雪も、多分山城も、黙って聞いていた比叡も解っている。だけど言い出せない、みんなで帰りたいと思う心がそれを邪魔をする。軍所属なら当然効率だけを考えるべきなのだ。撤退しかないはずだ。
けれど、周りのそんな葛藤をどうでもいいと言う様に迷いすらなく即決で抗戦を選ぶ山城。お勧めじゃないと言うからには当たり前だがリスクが高すぎる。けど、リスクが高いが全員が帰れる選択肢はこれしかないわけで。
最善の手ではない、それどころか全滅の可能性もかなり高い作戦になったと言うのに
吹雪の口元には自然と笑みが浮かび、気持ちが前向きに、そしてこの状況を何とか打破しようと頭を働かせている。
「探照灯、行きます!!」
心なしか、覚悟を決めただろう比叡の声もどことなく嬉しそうで、心が高揚する、というには状況が悪すぎるが、使命感に溢れている。
と、そんな折に轟音一つ。
響いた場所が北側という事から一瞬そちらに近い加賀に何かあったのかと胆が冷えるが、そちらに視線を向ければ、二つに割れて沈み始める敵空母の姿。
何事が、と思うが沈む敵の被害状態とこんなことをやらかすことのできる娘を考えれば該当者なんて『狂犬』しかいないわけで、夜戦状態それも至近距離の乱戦状態で活き活きしてんだろーな、と吹雪は改めて彼女を評価する。
いや本当、いい仕事する子じゃないか、と。おそらくは戦闘に入った時から、その身をこの暗い闇の中に潜ませて、それこそ戦闘前に冗談で言っていたあの必殺の一撃を敵に打ち込むために淡々と自分の仕事をこなしていたのだろう。
敵主力こそまだ健在だが、これで余計な盾は無くなったと思うべきなのだ、とはいえ北に1、西側に2の敵編成。はっきり言ってまだまだ不利。さて、どうしたものか、と考え始めたところで
「北! 何とかするからそっち西頼む! 夕立は後ろについtごぽごぽ」
「大和さん半分、違うほとんど海の中ー! 沈んでるっぽいー!! ねぇ大丈夫!? 大丈夫なの!? 吹雪ー! 吹雪も付いて来てー!!」
緊張感あるんだか無いんだか、いや状況が切迫しているのは充分に解っている。理解できてしまうだけの通信が飛んで来るのだ。あの夕立の焦った声とかマジ珍しいから本当にヤバいんだとは思う。いや、マジヤバいとかどうとかじゃなくどう見てもまともに戦うどころか動くことすら怪しい程の被害を受けているはずの大和、正直に言えばもう大人しく休んでろとでも言いたくなる、そんな状態のはずなのだが。
「吹雪、大和に付いて。 比叡、探照灯は西側に向けて」
山城は淡々と指示を出し、比叡を連れて西側に進路を向ける。いやしかし、あんな状態の大和が行って戦艦棲姫をどうこうできるはずも、というかむしろ戦艦棲姫の攻撃がかすりでもしたら間違いなく沈む。だから当然吹雪は大和を止めた方がいい、と思う訳なのだが。
「私もそう思うわよ、そう思うけど、あの大和が『何とかする』って言ってるのよ、何とかなるわ」
始終変わらず気怠そうに、姿見えないけどこれ頬杖でもついて言ってるんじゃないかと思うような声色で、そんな風に軽い調子で返してくる山城。でも、聞けばこの中では唯一あの大和と交流のある艦娘だ。そして実績、噂もろもろの情報から充分すぎるほどに信頼の出来る艦娘だ。彼女が信じている、信頼しているのだ。ならば何とかなるんだろう、と吹雪としても信じて動くしかない。
そう、山城が聞いたら私をそんな信頼とかするな、いえ、しないでください、とか心の中で泣きながら言いそうなことを胸に吹雪は大和の方へ向かい動き出した。
のだが、
「大和さん! 本当にこの状況でどうにかなるの!?」(←夕立:流石に焦ってる)
「大丈夫、向こうが先に手を出したんだ、『気ヲツケヨ序盤ノ攻撃事故ノ元』ってロボット占いママさんも言ってる! こっちの勝ちだ!」(←大和:真剣)
「ロボット占いママさんって何ー!?」(←夕立:混乱)
なんて、進行方向から聞こえてくる暢気?な声に、力いっぱい眉間に皺を寄せ、どことなく頭痛を憶えながら、
(お前実は大和じゃなくてアンドロメダマ号だろ……)
とかいう轟沈しても頭蓋骨みたいなメカ出て来て逃げて行きそうな感じのツッコミが喉元まで出かけたのを全力で押さえつける羽目になった吹雪だった。
――事態は未だ深刻。……なはずである。
「なんだか」
「ん? どーかしましたか山城」
「コントみたいになってきたなって、そんな状況じゃないのに」
「はは、確かに、割と絶体絶命のピンチ、なんですけどねっ」
「でも、このコントの間もなんだかんだで砲撃音が響いてるのに……なんとも無事なのよね、これ意外と何とかなるんじゃないかしら」
山城の言葉通り、吹雪が照明弾を上げてからこちら敵味方共に行動を止めていた訳でも無い。ちょっと気の抜けた会話混じりながらも『私たちの最善』を目指して動き回っていた。
そんな状況を顧み、山城と通信しながら比叡は西側の敵深海棲艦2体に探照灯を向ける。
これで相手の位置をはっきりと確認出来る。が、当然光源である以上相手からも比叡は確実に的である。もちろん探照灯を持っている身としては重々解っていることであるし、敵を引きつける、という役割も出来るものとしても使えるのだ。
実の所、過去の事、自分が沈んだ原因からちょっとばかりこの探照灯はトラウマだったりするのだが、それ以上に今脳裏に浮かぶのは先ほどの大和。
彼女は撤退を勧めた。
状況的には正しい。そして、自分たちがそのまま撤退を決めても文句も言わず、今ああしてあんな状態で動いていることから解るように、無理やりにでもその身を盾にして敵の追撃を止めてくれたことだろう。
何より、確かな事実は解らないが、ほぼ間違いなく照明弾の上がる以前の砲撃戦の音、加賀が最初に倒れ、山城にも被害は及んでいたが、ほぼ大和一人で敵艦隊を押しとどめてくれていたのだと思われる。
まったく嫌になる程に強くて格好良くて、模範的な行動をとってくれる、呆れるくらい頼れる大戦艦様だ。
この状況、これから西側の敵を相手取る山城もこれ以上の被害は不味い、ならばトラウマがあるとはいえ折角の探照灯、精々無傷の自分に向けて攻撃を放て、と、何とかなるんじゃないか、なんて山城の言葉を思い出し、戦艦棲姫の砲撃でも1,2度くらいなら受け止めてみせると、そんな気持ちで、
そして、今度は一緒に帰らないとね、なんて現在の状況が夜の乱戦な為か何となく思い出してしまう遥か昔の記憶の中で、世界の海戦の歴史に残る大乱戦を戦い一緒に沈んだ夕立 と今度は共に帰還するんだ、と願い、
探照灯、そしてまったく無傷の主砲を全て敵2隻に向けた。
ただ、それでも、たった一つの探照灯だけ、強引に、無理やりになるのだがせめてそちらの目もこっちに向かってくれないかと願いながら北側を照らしていた。
そうだ、帰るのならば全員で。
直後、西側敵主砲が火を噴き、比叡の本体に掠る。
軽微な損傷を受け、船体が大きく揺れる。その中でも比叡は敵の位置を把握し全砲門から一斉に徹甲弾を放つ。反動で更にその身が揺れた。
自分の砲撃が敵に当たったかは正直よく解らない、何しろ夜の嵐の中、そして荒れた海なのだ。そこから考えると深海棲艦がその大きく揺れる波の影響を受けていないように見える。
そして今の砲撃のせいか敵がこちらに完全に標的を決めた模様、2隻揃って再び照準を合わせて来ているのが解ってしまう。
わっちゃー、どうにかなる様な気になったけど、やっぱ厳しいかー。
なんて大きく揺れる波の中でちょっと冷や汗を流す比叡。どうにも完全に敵から見ていい的になってしまった模様、流石に今度こそ被弾は避けられないだろうと覚悟する。
ただ、それでも、冷や汗を流しながらも笑みを浮かべているのは、
探照灯で相手の位置を正確に出したことで――
『――着弾しまーす!』
吹雪からの通信を受け取っていた、敵艦隊に会わずに進んでしまっていた先行哨戒部隊、先行と言いつつも割合近場に居てくれた艦隊が踵を返し、最高速を誇ると自負する駆逐艦 島風のみであるが海域に突入、ありったけの魚雷を敵艦 戦艦タ級にぶち込んでくれたのだから。
被害の大きいタ級。沈んでこそいないが状態は大破かそれ以上、もう使い物にならないと言って間違いではない。実際沈むのは時間の問題だ。それほど虚を突かれた攻撃で、全弾命中という精密さだった。
実際には複数の魚雷、戦艦棲姫にも被害を与えるべく発射されたはずだがタ級の位置が綺麗に戦艦棲姫と横並び、その為しっかりと盾になり姫の被害を完全に防いだ。だからすべての魚雷をその身に浴びたタ級はおそらくもうダメだろう。
戦艦棲姫、と人に呼ばれるその彼女はもう動けないタ級を一瞥し、正面で探照灯をうっとうしいまでに的確に自身に当ててくる戦艦に今一度砲門を向ける。先ほどの魚雷は離れたところから来たものでそちらも警戒が必要だがそちらを探しているより目の 前の戦艦が厄介だと判断。位置的に魚雷に対してはまだ沈み切っていないタ級が盾になるはずだから。
彼女自身、何故自分たちが陸地に向かうのか、何故目の前の艦たちと戦うのかははっきりとしてはいない。けれど、行かなければ、倒さなければ、とおぼろげに思うそのココロに導かれ、ただただ進む。
だから、今もはっきりと自身の探照灯を照らしその身を狙ってくれと言わんばかりの相手に対し、深く何かを思うでもなく砲撃を放つ。
そして、気づく。
自分の砲撃はあの眩しい光を放つ戦艦に当たった。沈めたかまでは解らないが軽微な被害ではないのは確かだ、が、砲撃を放った時の光で気づいた。
探照灯とタ級を沈めた魚雷に気を取られていた間に、最初に被害を与え黒煙を上げていたもう一隻の戦艦が、今被害を与えた戦艦と自分の間に、随分と近いところに進撃していたことに。
まだ距離があるとは言え、先ほどより近づいたから解る。主砲部分から黒煙を上げていた、そしてその姿から使える主砲はもうない物だと、脅威ではない存在だと考えてしまっていた。その為に探照灯の強烈な光が作るそれ以外の深い闇に戦艦が消えても些細な事だと切り捨ててしまっていた。しかし今解る、その戦艦がこちらに砲門をしっかりと向けている姿であることを。
――35.6cm連装砲(ダズル迷彩)
正直、過去の大戦では効果が無かった迷彩だとも言われている上、科学的根拠も無かったりする縞模様の主砲。
せめてものお詫びで、という意味合いから自分の装備を惜しげもなく山城に渡した、今急いでこちらに向かっている榛名の祈りでも通じたのか、この迷彩どころか逆に目立ってしまう主砲が、
榛名に渡されて愛用していた第1、第2砲塔に設置したダズル砲が『潰されてしまっていた為に』、目立つことなく生き残りその照準をしっかりと合わせている第三の主砲が、戦艦棲姫に向かい激しい轟音を響かせた。
驚愕、いや恐怖だろうか。
余りの事に目を見開き驚く、そしてすぐさま自身に辿り着く大きな衝撃に歯を食いしばる。
北の戦艦棲姫は自分の置かれた事態に混乱していた。
確かに、西に向かったものとは別の戦艦が居たのは解っていた。そして姿が見えない、空母を落としたおそらくは駆逐艦であろう何かが居たのも把握していた。
しかし、戦艦は開幕当初にボロボロにしたはずの船。戦力が残ってないどころか沈んでいないのが不思議な状態だったはずだ。いや、それどころか姿が見えなくなったことから沈んだはずだと特にそちらは気にせず、一筋の探照灯の光が駆逐艦の道しるべにならないように気を付けるのが筋だとそちらに気をとられながら、遠目に見えたタ級の被害もあり、あの光を放つ戦艦を沈めてしまうのが何よりだと主砲をそちらに合わせていたのだ。
自身の左側に迫った、この嵐による高波を受け流してから、あの戦艦に一撃くれてやろうと一旦気を抜いてその高波を一瞥して。
だから、突然の事に何が起こったか解らなかった。一言で言うなら『海が割れた』。
迫る高波が戦艦棲姫にかかりその身を濡らす、そのはずだった。だが現実には目を疑う現象が起こる。横っ腹に当たるはずの高波が割れ、中から輝くような菊花御紋が目を引く球状艦首が飛び出して来る。
そして、僅かながらも事態を把握し歯を食いしばる彼女の左舷側に衝突。金属同士がぶつかり、こすれ合う音が辺りに響いた。
大きな衝撃に装甲がひしゃげる、だが当然飛び出して来た球状艦首も軽く砕ける様が見てとれる。いやむしろ被害なら相手の方が大きい。
おそらくは持てる全速で飛び込んで来たのだろうがそこはこちらも深海の巨大戦力、衝突して来た戦艦同等の巨大戦艦になる為、しばらくその身は押され流されるもややあって押し留める。
揺れが収まりかける甲板から人に近い形をした戦艦棲姫の御霊が自分を揺らした船に向き直り、その姿を確認する。
視界に収まるのはボロボロと表現出来るほどに損傷激しい戦艦の姿。艦首は砕け、無事ならばその存在感から相手に畏怖を与える主砲も沈黙しており、艦橋すら折れ曲がる有様、その甲板は余すところなく海水に塗れていてこの戦艦が高波を突き破り海の中を潜り無理矢理突き進んで来たことがよく解る。ともすればあの高波だと思っていた物自体が海中から浮上するこの出鱈目な戦艦の仕業ということになるのか。
そんな事が頭を過ぎるが、今、戦艦棲姫の目はそんな大破した姿の戦艦本体よりも折れた艦橋の前で佇む腕を組みしっかりとこちらを睨め付ける女性の姿に集中させられていた。
知っている、何故だか知っていた。彼女が、海を割り船体ごと衝突して来たこの存在があの戦艦大和だと。
日本に所属するものならその名を知らぬ訳がない、大きく、頼もしく、皆の憧れの大戦艦なのだから。
いつもの後ろで一つに纏めた髪も解け、長く後ろにふり乱した黒髪と、波の中を通りずぶ濡れになった為に前髪が額に貼り付いたことで奇しくも対峙する戦艦棲姫と似かよってしまったその姿は、暗い海の底から来た戦艦のあるはずの無い何かの記憶を小さく揺さぶり、彼女を苛立たせる。
しかし、それ以上に腹が立つ。戦艦大和と目があった、偶然かもしれないし思い込みかもしれないが確かに視線を合わせ睨み合ったと思う戦艦棲姫の目の前で
大和は興味ない、とばかりに視線を外し顔ごと別の方向を向いたのだ。
強烈な印象を与えながら現れ、その上で対峙する相手を無視するその姿に激しい怒りを覚えた戦艦棲姫は、ふざけるなとばかりに大和に全ての主砲を向けようと
した、ところで
大和が衝突した場所の近く、戦艦棲姫の船体が爆発した。
一度の大爆発にも見えたそれは、あまりに集中した十をも軽く超える続けざまの爆発であり、装甲を破り内部までもを蹂躙し、戦艦棲姫の体を二つに割りかける。
驚き、もう覆せないほどの致命傷を負ったことを自覚しながらも海上に目をやれば、大和の近くに、それも近すぎてぱっと見大和の影に隠れて存在が解らない程の傍に2隻の駆逐艦の姿があるのが見える。
なるほど、これの魚雷。大和自身を使った特攻かと思いきや、この2隻が近づくために意識を大和に集中させ、更にはこの身の足を止める為の楔としての役割か。などと相手の作戦を感心するや否や、大和は未だ視線を逸らしたまま次第に割れていく彼女を押しのけて動き始め、沈んでいく姿に一瞥もくれず離れて行く。
そんなボロボロの成りのクセに、最後まで無視か、とせめて呪詛の念でも込めてやろうかとじっと大和の姿を見ていて、ああ、と理解する。彼女の向いていた方向、そして今向かおうとしている方向は、最初に落としたはずの空母が流された方向だと。
とすれば確かに私は目的の途中にある障害物でしかない訳だ、と、そんなことを考え、沈みながら、この身が砕け、泡となり散りながら、
戦艦棲姫であったモノは、仲間の空母を助けようと遠ざかる三隻の軍艦の姿を眺め、柄にもなく、そんな対象も無いだろうに、祈る。
アア――間ニ合ってくれるといいなぁ……
辺りの色が消え、視界があるのかすら解らなくなり、周りが暗闇に侵されていく感覚に身をゆだねた加賀。
おそらく、上手く行ったのだろうと思う。致命傷を受けた時、最後の力で準備を始めていた艦上攻撃機の発艦を成功させた。結局夜戦、しかも嵐の中なのでまともな攻撃には至れないのは解っていたが、それでも、いやそれなのに敵空母の艦載機を相手取り奮闘した模様。本当、沈んでしまおうとしている自分にはもったいない程の精鋭の妖精さん達に感謝の念しか出てこない。
後、心配なのは自分の目の前で集中砲火を浴びていた大和だが、それすら確認できない今の状況に、辛く、何も出来なかったことに悔しく、
戦う身である以上いつかはこういう日も来るという事を覚悟はしていたが、暗く冷たい海の底に沈むのかと思うと、妙に寂しくなり、諦めたと思っていたのに未練がましく海面に向かい腕を伸ばしてしまう加賀。
なんとなく、今回のこの不思議なメンバーでの艦隊は、どことなく気が合って仲良くやれそうだ、などと思っていただけに、残念だという思いで、泣きそうな気持ちになったところで。
「艦これのシステム的に、一発轟沈とかないからー!!」
そんな叫び声と共に、本体に何かが引っかかる衝撃、そして、未練がましく伸ばしていたその腕を力強く掴み引き上げる何かが、まだ沈んでいないと現実に引き戻してくれる。
「加賀さん、ふぃーっしゅ!!」
「大和さーん! 沈む、大和さんも引きずられて沈んでるっぽいー!! 吹雪ー吹雪ー!!」
「ああ、もうっ駆逐艦二隻で特別大きい戦艦と空母どうしろって言うんですかー!! もうっやってやりますよ! 私のタービンが赤く唸るぅ!!」
そんな、もう聞けないと思った仲間たちの(愉快な)声を聴き、海面まで引き上げてくれたいつもと違い測距儀型の髪飾りも取れた大和に不躾かとも思うがもたれ掛り半分意識を失いながらも、これが消える間際の夢ならば覚めないで欲しいと願う加賀の隣で、
実は最初の被弾からの集中砲火以降意識が混濁、というか正確には『記憶』が混濁して少々例のサラリーマン側が色濃く出ていたためちょっと混乱して大暴れしてしまった大和は、加賀を助けようと錨を加賀本体に引っ掛けたらその引っ張られた衝撃で船体が揺れ甲板から投げ出されて海面に落ち、偶然よかったことに近くに艦娘加賀を見つけたので何とか引っ張り上げたというこの少々恥ずかしい事実をどう誤魔化そうかなとか考えていたのだった。
「……私、この戦いが終わったら司令部に外出許可貰うんだ……!」(←大和:精一杯誤魔化してみている)
「死亡フラグごっこしてないで大人しくしてなさい!! 縁起でもない!!」(←山城:なんとか辿り着いたらツッコミどころしかなかった)
「ある意味余裕?」(←比叡:最後に大破した)
「今、通信来たよっ、第二艦隊がこっちに向かってるって、武蔵さんがいるから大丈夫だよ、もうしばらく頑張ってー!!」(←島風:いい子)
これが、後に必殺艦隊と呼ばれた海軍の誇る秘密兵器、というか気軽に出せない制御不能の大暴れ決戦部隊が歴史に登場した時の記録である。そして何故か島風の名前も同艦隊内に列記されていた。とばっちりである。
2015/10/10