訳あって、今年の春は遅かった。

 

これは春を集めるとかいうよく解らないことをしでかした冥界の人のせいで起こった異変。それにより冬が長引いてしまったというものなのだが、まぁそれはいい。

異変なのでいろいろあって博麗の巫女とかが解決したらしいからだ。

とかってなんだと思うかもしれないが、実は活躍したのは巫女だけではなく魔法の森の黒白の魔法使いとか、紅いお屋敷のメイドとかが出しゃばったりした経緯があったりする。

 

ともあれ、すったもんだあった挙句異変が解決され、長かった冬も終わりを向かえて春となったのだ。なったのだが。

その分、夏が遅く来てくれるとか融通効かされても困るわけで当然ながら春の訪れ以外は例年通りのスケジュール、結果として今年の春はとても短いものになってしまい、桜の季節など本当にあっという間。冬が終わるのを待っていたように一斉に咲き、そして役目を終えたと早速散り始めたのだ。

 

例年に無く、なんとも儚いという言葉を体現するような在り方だったと里の人たちは短い春を得がたい体験として楽しんでいたのだが。

 

 

それで納得しない者達がいた。

 

 

具体的に言うと『酒飲み』である。

俗っぽく言うと『のんべえ』である。

悪い言い方をすると『アル中』だ。

 

そんな酒飲みという存在は、文字通り酒を飲む。

季節ごとに季節を感じて酒を飲み、祭りがあれば酒を飲み、喜ばしい事に酒を飲み、悲しい事でも酒を飲む。

そしてこの度の短い春に対しても、春は桜を愛でながら酒を飲むものだ、と文句を言いながら酒を飲んでいた。こいつらいろいろダメである。

 

またそれは人里に限らず各地の妖怪達にも当てはまる。

春の花見酒がなんとも消化不良で終わってしまったからなのか、現在、博麗神社の境内で妖怪や幽霊達が桜も散った後だと言うのに花見酒と銘打った大宴会を開いていた。当然巫女も一緒だ。

しかも咲いていた頃から3日おきに連続開催。何かの記録を狙っているのかと思うくらいの高速サイクル。結果、里の酒屋が大繁盛でうはうはなのである。

 

上記の事に関して里の相談役の上白沢慧音は『どこからツッコンでいいかわからん』と漏らしたとかなんとか。

いや本当、酒飲む幽霊とかなんなんだよ。

 

そんなわけで、今日も今日とて博麗神社は大宴会。

幻想郷の顔とも言うべき大妖怪をはじめ、吸血鬼、魔法使い、妖精、果ては冥界から幽霊までもが大集合、と多種多様の博麗の巫女の顔見知りが一同に会し、人間である巫女や黒白の魔法使い、吸血鬼の従者であるメイドも交えて仲良く酒宴。

改めて考えると不思議な光景。

種族の垣根を越え一所に席を設け、まるで争いなど無縁な、ある意味理想郷に見える。しかも神社にだ。おおよそ似つかわしくない穢れ扱いされそうな妖怪たちまでもが当たり前のように。

 

お酒は嫌いじゃないけど、妙な事になったもんだ。そんな感想がつまみを作る霊夢の心に沸き立つ。

 

「でも、せめて花見酒と言うなら、桜が咲いてる時にするもんじゃないかしら」

 

先ほども言ったが別にお酒が嫌いなわけでもないし、お酒自体は吸血鬼の差し入れ、つまみになる食料もスキマ妖怪がご自身がお住まいのマヨイガから持って来ている為霊夢の経済的な痛手は特に無いのでそれほど文句もないのだが、まぁ理想郷というよりただの乱痴気騒ぎに見えて来たあたりで思わず小さな不満が口をついてしまう。つまみは誰が作ってると思ってるんだ。

 

「幽々子様は『葉桜も桜のうちよ〜』なんて言って開き直って堂々としてるみたいだけど……」

 

独り言のつもりだったが、隣から乾いた笑いを伴い銀色のボブカットの少女、魂魄妖夢が言葉を返してくる。振り向いた時に揺れた頭の緑のリボンがキュートだ。

 

「主犯が堂々とするな」

「あはは……」

 

容赦ない霊夢の言葉に苦笑いで答える少女。

まぁ、少女と言っても実は半人半霊、霊夢よりよっぽど年上だったりする。見た目からは同じ位にしか見えず、服装もその年頃の少女のような装いの為どうにも霊夢から見て年上という感覚が無い。緑色基調の洋服の為霊夢と並ぶ今の姿は赤と緑。どこかのうどんとそばの宣伝に起用すべきコンビである。

半人半霊の証拠としては彼女の隣に浮いている大きな人魂だろうか始終ふよふよと彼女の周りを漂っているというところだが、はっきり言ってシュールである。ちょっと触ってみたがひんやりした感触だったとは霊夢の弁。

 

妖夢が語った幽々子様と言うのは彼女の仕える主人であり、1000年程幽霊をやっている冥界の管理人『西行寺幽々子』。加えて先だっての冬の続く異変の首謀者である。

妖夢はその手伝いとして幻想郷各地で春を集め回っていた張本人である為、強く言い返せない。その春を集めるという行為がそもそも冬を長引かせたわけだしね。

だからまぁ、せめてもの罪滅ぼしと言うか、この宴会で一番飲んで食べているのが幽々子であるという事実を確認した為か、せっせと厨房に来てつまみ作りを買って出てくれた苦労人だ。

 

異変で二本の刀を構えた彼女と成り行き上とはいえ事を構えた霊夢だったのだが、こうして話してみると話が通じないわけでもないし、むしろ常識人で話し易い。

自由奔放のんびりぐうたらに生きている霊夢は今まで交友関係とかが必要だとも考えなかったし特に気にした事もなかったのだが、最近、魔法の森の魔法使い『霧雨魔理沙』や大妖怪『八雲紫』、紅魔館の吸血鬼『レミリア・スカーレット』に加え、今回の幽々子達といった風に妙に交流が増えている。なんだかんだで宴会に来ている連中はみんなそれなりに顔見知りなのだ。

中でもこの妖夢は宴会途中からとは言えこうしてつまみの作成を手伝ってくれるようにもなり会話の機会が増えて随分と仲良くなった。

比較的頭は固い感じではあるが、騒がしいタイプではなく落ち着いた大人しい性格らしい。剣を持つと性格変わりそうだが。

こうして交友が増えるのも別に悪い気はしないわよね、なんて考えたところで一つの事を思い出す。

妖夢と同じ、霊夢の交友関係の中では良心のような常識人がもう一人いたことを。

 

「そういえば、この宴会が何度目か忘れたけど、アリスの姿は見たことないわね」

「……言われて見れば……」

 

 

 

一方その頃、交友関係の狭さのせいか、はたまた構えた住処が魔法の森などと言う立地の為か、

件の宴会に呼ばれていない上に、存在を忘れられていたアリス・マーガトロイドは一人寂しく裁縫に勤しんでいたという。

 


〜アリス・マーガトロイドは友達が欲しい〜

第五話 宴会!震撼の洋装店


 

ちくちく、とそんな音はしないが擬音を当てるとそんな感じになる服飾ではあるが、現在アリスは足踏みミシンを使用している為カタカタという音が部屋に響いている。

慣れているとはいえ、ふくらはぎの筋肉が、具体的には下腿三頭筋が発達しそうだ。とか下らない事を頭の片隅で考えながら赤と白の生地を縫い付ける。

状態は最後の仕上げ、というか頼まれた服自体は出来上がっているので服に合わせるリボンを作成しているところだ。

これは頼まれたわけではないが、霊夢の夏服を作り、スキマ妖怪の夏服を作り終えたところでの気分転換みたいなもの、余った生地でちょうど上手く出来そうだった為にサービス。アリス洋装店(仮)を今後ともご贔屓にということである。

 

リボンも含め出来上がった霊夢用の新しい服をハンガーに吊るし、最終チェック。

少々ではあるが女性的に成長した霊夢の為に以前の服よりは大人っぽくスマートな形に仕上げてみたが、夏服と言う事もあいまって風通しをよくしたので問題であったサラシの露出を完全には防げそうもない。以降、サラシの露出の事をサラチラと称する。

当所の目的が達成できない事態に思い悩むアリスだったが、よく考えればなんでサラシなんだ、成長してきたし形が崩れるのも女性としてアレだしということでブラジャーの着用を勧めてみようかという事で決着を着ける。

ああ、その場合その下着ももしかして私が作る事になったりしないか? とかトータルコーディネイトな未来にちょっとうんざりする幻想郷の洋服デザイナー。

 

どうしたものかなーとか思うが、なるようになるかと思考に区切りを付け、今度はこちらもまたハンガーに吊るしてあった八雲紫用の夏服を眺め、もう一つ特別に頼まれていた紫の式、八雲藍の為の洋服を考える。

が、どうにもイメージ沸かないので困る。始めは主人である紫と似たようなものにしようかとしたが、なんだか似合わないというかキャラじゃない気がして未だ難航中。

正式に頼まれたわけでもないのに律儀なものである。

 

とりあえずのところの当初の予定であった2名の服は出来上がったのでここらで一段落と椅子に座ったまま腕を上げで背伸びをするアリス。

勢いがよくて後ろに倒れそうになりちょっとビックリ。寿命が縮んだ……とか独り言を呟くが、まぁ、縮んだとして2秒程度だと思われる。

それでも、椅子が傾いた時慌てて足をばたばたさせたという事実を省み、こんな姿誰かに見られてたら自殺もの、誰にも見られてないわよね、という意味を乗せてぐるんと音が出そうな勢いで後ろを振り返る。

そう、一人で裁縫していたし、音もなく人の家に現われるあのスキマは多分本日は博麗神社の宴会中だ。

だから単に確認の為、ついでに自分自身に対する照れ隠しのようなものの為に後ろを振り向いただけだったのだが。

 

「や、お邪魔してるよ」

「なんか居たー!?」

 

ソファでくつろぐ謎の幼女が居た。マジビックリである。

紫の「突然現われる」にはいい加減慣れたが、流石に既にくつろいでいられるというのは初めての体験。

いつも冷静、加えてコミュニケーションレベルの低さがなせるリアクションの薄さを誇るアリスであっても、らしくもなく叫んでしまう。

 

「いや、見事なもんだね、思わず見とれてたよ」

 

態度のでかい幼女と目が合い、それでも何の反応も返せないアリスだったが、相手はお構い無しに話しかけてくる。

何が見事か、椅子から転げ落ちそうになったことか? チクショウ。とか思いながら驚きすぎたせいで表情も作れないで凝視する形で見詰め合うアリスと幼女。

軽く観察してみると幼女、とアリスは最初に判断したが、まぁ、少女という容姿。身長は霊夢や魔理沙より低い。栗色の非常に長い髪を先のほうで赤い大きなリボンを使い一つにまとめているが、どうにも無造作で折角の長い髪がもったいない。

笑顔が映える幼さ残る可愛らしい容姿なのだが、なんだかジャラジャラした鎖をアクセサリーにしている模様。危ない子なのだろうか。

そして、よくよく見れば、いや最初から気付いていたのだが彼女の頭部、左右に長くねじれた角が2本。とりあえず人間じゃない事は解った。そして刺さったら痛そうだ。

そんな風に彼女を分析したところで、この子にはどんな服が似合うかしら、とすっかり服屋思考が板についてきたアリス。もう立派なプロだ。

と、まぁ、じろじろ見ていた訳なのだが、そんな観察するようなアリスの視線を別に気にもせず少女は話を続ける。

 

「何度か話し掛けようとは思ったんだけどね、生地から服が出来ていくところなんて見る機会もなかったものでさ、つい」

「……」

「ん? まずかったかい? 門外不出の技術とか?」

「いえ、別に見られて困ることでもないし、驚いただけよ、一言欲しかったわ」

「ははは、ごめんごめん」

「ところで、どちら様かしら、私の記憶にはない相手だと思うけど、もしかしてどこかで会ったかしら」

「ああ、初対面だよ。 重ね重ね失礼したね私は伊吹萃香、最近幻想郷にやって来た、いや、戻って来た、かな」

「……おかえりなさい」

「……」

「……」

「……ははっ、そんな反応が返ってくるとは思わなかったよ、うん、ただいま」

 

アリス自身も変な対応だと思うが、そこまで笑う事ないだろうってくらいに大笑いしてくれる萃香。

ここ最近イメージトレーニングも含めかなり頑張った成果として上手く会話が成り立ったと思ったのだが、コミュニケーション能力というものは難しいものだと実感。友達百人という大きな山は頂上の姿も見えないらしい。

いいじゃないか、挨拶は大事なのよ。なんて心で言い訳するアリス。ついでに自身が名乗ってない事を思い出して名を告げてみるが「うん、紫から聞いてる」なんていう予想外回答。

 

(アレの知り会い……ということは、コレで、もしかして大妖怪クラス?)

 

先日の博麗神社で見かけた時の言動がアレだったとはいえ、紫は幻想郷の頂点に君臨する大妖怪。どうにも萃香の言動から親しい間柄である様子、だとすれば彼女に匹敵する存在である可能性もあるかもしれない。

改めてこの少女が何者かと観察し直して見る、が、アリスの知識からでは彼女がどういう存在かは解らない。

妖気があるので妖怪だというのはわかるのだが、こんな立派な角の妖怪には未だ会った事もないので判断出来ないのだ。

角の生えている妖怪というのは幻想郷にも複数存在はするのだが、なんだろう、この萃香の角はアリスが見ても非常に力強い、逞しい感じのする無骨な角。なんていうかビーム出ても驚かないぞ、みたいな。いや、驚くわ、やっぱ。

 

「びーむ?」

萃香が不意に首を傾げる。どうもアリスは考えに没頭した挙句、思った事が一部口をついて出てしまったらしい。

 

「あー、あんまり立派な角なんでね、もしかして何か出来るのかと思ったのよ」

「何が出来るってものでもないんだけど……まぁ、褒められて悪い気はしないもんだね」

ビームは出ないらしい。残念だ。

 

ともあれ、知り合ってから数分しか経ってない状況だが、萃香は始終笑顔。

先ほど会話に失敗したと思いはしたが、少しの澱みはあるがきちんと会話になっている。やはりここ一年友達を作ろうと頑張った成果か、なんだかんだでちょっとだけコミュニケーション能力の向上が見える。アリス主観で友達出来てないけど。

霊夢や紫との会話は幾度かあったが、アリスから見ればあれは服屋の客扱いになるので、こうした純粋な会話は実に貴重なものである、今日のアリスの日記はいつもと違う彩りになることだろう。

と、いうことなのだが、よく考えれば客でもない萃香がアリスの家に来て一体何の用なのだ、という話になる。実に今更だ。

 

聞いてみれば萃香の用件は二つ。

 

一つは、幻想郷に戻って来て久しぶりに会った紫の口から何度か出た魔法の森の魔法使いのことが気になったということ。

あの紫が執着しているのだから、驚くほどの強さを誇るのか、何か特別なものでも持っているのかと観察しに来たわけだ。

何言ったんだあのスキマは。と言うのがアリスのコレを聞いた時の素直な感想である。

 

そしてもう一つの理由というのが

 

「アリスは宴会に行かないの?」

 

これである。

これであるのだが、さらっとファーストネームで呼ばれたことで、萃香は友好的だということが見て取れる。もしや紫の情報のおかげか、紫グッジョブ、そして私も萃香って呼んじゃっていいのかな、ここから始まる友達への第一歩、アリス・マーガトロイドのサクセスストーリー。とか関係ない方向に気を取られるが、問いかけを無視するわけににもいかないので、というかしたら好感度下がるので意識を外に向けるアリス。

 

と言っても、宴会だ。

萃香視点では実は最近の連続宴会自体が自分の密と疎を操るなんていう割と無茶な能力を活用して開催させている事であるので内情は把握出来ている。

この3日おきの宴会、誰彼構わず集めているわけでもなく、幻想郷の中心たる人間、博麗の巫女に関わりが深い者に影響があるようになっている。

だからこそ、巫女、そして幻想郷の頂点たる八雲紫の両方に関わりの深いこの目の前の魔法使いが宴会に参加していないのが不思議に思ったのだ。

更に、ここ最近の幻想郷の事を調べると、宴会に関わっている妖怪たちの間でもこのアリス・マーガトロイドという魔法使いはそれなりに有名なようだし、人里にも顔を出して人間にも認知されている。そこいらへん経由で話も聞こえてくるだろうしアリスが宴会の事を知らないはずはないのだ。

要するに、萃香の能力に当たり前のように耐えて、普通に暮らしている魔法使い、という風に見えるのだ。

 

一方アリスは、口調は軽いのだが心底真剣な表情と声色で問いかけられたことにちょっとビビリつつ答えに詰まる。

いや、ビビッて詰まったわけでなく。

その質問に対する回答が『誘われなかったから』だ。チクショウ友達居ないんだよ、解って聞いてるのかこの幼女は、そんな射殺すような目で問いかけるな胸が痛いのよ、と心の中で涙する。

実はちょっと顔見知りだしそれなりの交友関係あるし霊夢に誘われるかなーとか、近所のよしみで魔理沙に誘われるかなーとか、思ったりして何もなかったので思った事をなかったことしたという悲しい黒歴史が数日前に発生している。

これ以上心を抉らないで貰いたいと切に願うアリス。もう始まったばかりだがこの話題から開放されたいので下手な事言わないで正直に答えることにする。

「お誘いも無かったことだしね、頼まれていた事を片付けていたのよ」

ちょっと後半は見栄張ったけど、なんでもないように、でもちょっと悲しそうに言ってやった。どうだコノヤロウ、もう許して。

これに意外そうな表情を見せる萃香。腕を組んで小首を傾げ小さく「嘘だろう?」なんて呟く。

嘘じゃないのよ、誘ってくれる友達居ないのよ、いっそあなたが友達にでもなってくれる? なんて思うが口に出せないヘタレに定評のあるアリス。そしてそれでこそアリスだ。

 

「……嘘ついてもしょうがないんだけど」

「ん、いや、ごめん。 意外だったんだよアリスってば友達多そうだし」

 

 ど こ が だ よ 。 心の中で大いに叫ぶ。血の涙を流して叫ぶ。

どこをどう見たら私に友達多く見えるんだ、そもそもこの幻想郷にはまだ友達一人いないんだ、引っ越して結構経つのに。ずけずけと心の傷を抉りよってこの小娘は、悪魔か!? いやむしろ――

 

「鬼か……」

「…………へぇ……気付くか、角はともかく、妖気は分散してるから小さいはずなんだどね」

 

溜息をつきながらポツリとこぼすアリスだったが、その台詞に萃香は勢いよく食いつく。さらには朗らかな笑顔から雰囲気すら変わり目つきが鋭くなって肉食獣みたいに笑う。
急激に部屋の温度が下がったような錯覚に陥るアリス。

暫く何が起こったのか理解しきれなかったのだが、応酬された台詞を思い返し事態の把握に勤しんで一つの結論に辿り着く。

 

(なるほど『鬼』ね……遥か昔に幻想郷から消えたと言われていたけど、ああ、だから『戻って来た』なのね)

 

アリスは当然そういう意味ではなく酷いヤツと言いたかっただけだったのだが、知らず知らずに彼女の正体を暴いてしまったらしい。

角がある→鬼。で気付きそうなもんだが、幻想郷は鬼が居ないというのが当たり前、幻想郷の中ですら幻想の存在だった為に気付くも何も候補にすら挙がらないのが一般の反応になる。

 

で、アリスは驚いているのと話でしか聞いた事がない日本妖怪の最強種たる『鬼』を前にしてどう反応していいか解らない。

解らないし怖い。うん、確かにスキマ妖怪と仲がよくても可笑しくない大妖怪だ。

なので、引きつった愛想笑いを貼り付けて目の前のソファで偉そうにくつろぐ鬼と見つめあう形になるアリス。

 

傍から見るものが居れば、睨み合っているようにしか見えない状況。誰か助けてくれと切に願うアリスだったが、一方萃香視点では妖気が小さい状態の自分の正体に気付き、紫のお気に入り、加えて噂程度の事だと言うが紫から聞いた『魔界出身』という素性、極めつけは自分が鬼だと解りつつこうして笑みさえ浮かべ睨み合う胆力を見せ付けてくれる相手と取れるわけだ。

引きつった表情をなんとかしようと躍起になっている本人を尻目に、萃香の中でアリスの評価はぎゅんぎゅん上昇中。

もちろん、鬼視点なので『強い者』としての評価だ。やばいぞアリス。

 

数秒の睨み合い(勘違い)。ピリピリとした空気が今にも弾けるかと思われ(思い込み)、笑みを深めながら萃香がソファから腰を浮かせようと腰に、足に力を入れたその時、

測ったように萃香の意志を削ぐタイミングでアリスはすっと視線を外して関係ない方向に視線を遣る。

一瞬の警戒を覚える萃香だったが、まるで敵意もなく予想外の行動に移ったアリスの姿に小さく困惑して体の動きが止まる。その隙を衝かれるように音もなく動きに澱みもなくアリスが椅子から立ち上がる。

先手を取られたか、とその見事な動きに目を見張り、遅れてソファから立ち上がるがアリスはまるでそんな萃香の動きに感心が無い様子で、そのままスタスタと部屋を出て行く。

臨戦態勢を取られると予想していた萃香は、そのアリスの突然の行動に唖然として何も出来ずにただただ彼女の姿を目で追ってしまう。

 

「紅茶でいいかしら?」

「え?」

「……苦手?」

「え、あ、いや、そんなことはないんだけど」

「そう」

「いや、いったい何がどうなって……」

「お茶の一つも出さずに悪かったと思って」

 

なんか空気が悪くなって焦った、いかにも戦いましょうな雰囲気になって泣きそうになったアリス。

なんとかこの重苦しい戦闘一歩前状況を回避する為に話題を逸らそう気を逸らそう、ということから突然の訪問で忘れていたお客様対応を決行、ついでに鬼なんていう大妖怪&あのスキマの友達に粗相とか死亡フラグでしないだろうという事でお茶くらい出すべきよね、なんて感じの打算溢れるアリスの行動だったというのが真実なのだが、

暫くの間呆けていた萃香が、してやられたよ、とでも言わんばかりに突然右手で乱暴に自分の頭を掻きながら笑い始める。うん、手首に付いた鎖が邪魔そう。

 

結局、お茶請けにアリス自作のクッキーを添えた紅茶を楽しんでくれているようだ。

よし、なんか変な空気回避。

アリスが心の中で自分よくやったと頷いている頃、萃香は萃香で何かを考えていたようで、口を付けていたカップをそっと戻して何やら楽しそうに口を開く。

「うん、じゃあアリス、私が誘えばどう? 神社の宴会に顔出さない?」

何がどうなってそうなるんだ、とは思ったが、初めて誘って頂けました! ちょっとテンション上がるアリス。

うん、ゴメン、嘘、かなり上がった。

でも、アリスはさっき出会ったばかりの鬼の誘いへの警戒とちょっぴりの見栄でなんでも無い様に装い言葉を返す。が、思えばこの時に素直に「うん、行く!」って返してればよかったと後悔する事になる。

 

「あなたも参加してたの?」

「うん、そうだね、参加と言えば参加なんだろう、もう一つ言えば、ここ最近の宴会は私が萃めたんだよ」

「……あなたの歓迎会、とか?」

「そうだといいんだけどね、今の幻想郷は私たち鬼を歓迎してくれるのかい?」

「幻想郷は全てを受け入れる、じゃなかったかしら?」

 

萃香歓迎されてないんだろうか? しかもなんか寂しそうに言われたので、いつだったか紫が言っていたような気がする台詞で慰めてみた。もっとも、コレ言われた時の紫すっごい怖くて泣いて逃げようかと真剣に考えたことを思い出すアリス。

アレが紫との最初の出会いだったと振り返る、なんでも当時突然現われて魔法の森に住み着いたアリスを非常に警戒していたとかなんかそんならしい。

だから歓迎されないとしたら鬼って無駄に強いから警戒されているとかそんなことなんだろう、と当たりをつけたアリスは、自分と同じ友達居ない幻想郷生活になるんじゃないと心配になる。

いや、自分のことも解決してないのに他人のこととか考えてる場合でもないんだが。

 

「……そうだったね、受け入れては貰ってるみたいだよ」

「なら、後はあなたが受け入れるかどうかじゃないかしら?」

 

そう、幻想郷がどうのこうのとかじゃなく、現実を受け入れられるかどうかだ、引っ越して来たという事実がもたらす、友達居ない環境というやつを。

 

「……深いねぇ」

「浅いわよ」

 

多分2人の会話は噛み合ってない。

しかし、互いがそれに気付かず話が続く以上は2人の会話は真実であり、互いに意味を持ち、結果を導く。

それが、アリスにとっていい結果かどうかは別問題であるのだが。

 

「うん、面白い、面白いね、アリス・マーガトロイド。さすが紫が目をつけるだけあるよ」

「褒められてるのかしら?」

「褒めてるよ、どう? このまま宴会に……いや、この際返事はいいか、攫ってでも行くとしたいところだね」

「……攫うって」

「何呆れてるんだい? 私は鬼だよ?」

「そうね」

「鬼は人を攫うもの、まぁ、勝負を挑んで勝てば、だけどね」

 

言いながら再び獰猛な肉食獣を思わせる表情を見せる萃香。

 

「どんな一方的なルールよ、そもそも行かないとは言ってないわよ」

「正直言えば、アリスの強さにも興味があるんだよ……だから、返事は聞かない」

 

聞けよ。とか切に思うアリスだが、困った事に何故か萃香はすっかりやる気まんまん、つーかアリス視点で先ほどまでそこいらの十把一絡げの妖怪程度だった妖気が測るのもアホらしいほどに膨れ上がっている。妖気が物理的な力持ってたら家吹き飛んで無くなってるわーとか軽く現実逃避するほどだ。

 

「さぁ、だから……いざ尋常に、勝負!」

 

状況についていけずに呆けているアリスの心だけを残し、萃香の、長い時を経て幻想郷に戻って来た鬼の声が響き渡り、

何年ぶりになるかも解らない、幻想郷での鬼退治。

 

あまりにあまりな急展開。

 

アリス・マーガトロイドは生き延びる事が出来るか!?

 

 

 

つづく

 

「え?」

 

つづきます

 

 

「え!?」

 


 

第六話

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2011/05/08

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