「ちょっとスキマ妖怪さん」
「何かしら、吸血鬼のお嬢さん。ま、何が聞きたいかは解るけどね」
神社の宴会中。
騒ぎの中心から少し離れた場所で1人ゆっくりと杯を傾けていた八雲紫の所に、普段まるで接点の無さそうな客がふらりと寄って来て隣に腰掛けて話しかけてくる。
常に霧の立つ湖の傍に大きな洋館『紅魔館』を構えている吸血鬼『レミリア・スカーレット』。見た目は10歳程度の小柄な少女なのだが、態度は尊大。短く肩に届かない程度の銀に輝く髪、陶磁器の様な青白い肌が病的な印象を与えるが、まぁ、そこは吸血鬼なのでそんなもんだ。
今は昼間なので日光に当たらないようにその手には大きな日傘を持っている。というかそんなもんで防げるんだ吸血鬼の弱点。
傍から見れば接点が無いと言うかむしろ仲が悪そうな2人に思われている、何しろこの宴会でも2人は今日まで禄に話もしてなかったのだから。
そんな2名が並んでいる姿に周りは一瞬何事かと訝しげに視線をやるが、宴会中、酒の入っている席だから何があっても別にいいかとすぐに元の喧騒に戻って行く。
「コレ、霊夢が?」
「いえ、残念ながら」
「じゃあ半霊の?」
「いいえ、別に解決したわけじゃないのよコレ」
「でも、何かあったのでしょう」
端的な言葉で交わされる質問と回答。
周りで聞いていれば何を言っているかさっぱりな会話だが、この2名の意思疎通は意外にもしっかりと取れている。
何のことは無い、こちらの2名、3日おきに行われているこの博麗神社の宴会が異変であることに気付いている数少ない者の内の2名なのだ。
いや、異変だと気付いているという点ならほとんどの者が気付いているだろう。流石に今まで神社境内で妖怪と人間入り乱れての宴会などしたこともないのに突然のこのペースの連続宴会は不審に思って当然だ。
ただ、その上で格の高い妖怪または勘のいいものが、宴会が開催される度に神社どころか幻想郷内に霧のように漂う微量の妖気の存在に気付く事が可能となる。だからこの場に居る者でもそれに気付いた数名は『宴会を誘導する異変』を起こす妖怪がいるという事実に辿り着いているはずである。
まぁ、紫に関してはもともとその異変の張本人が久しぶりに幻想郷に戻って来た古い友であるから、理由はともかく犯人は最初から解っていたことだし、レミリアはレミリアで独自の方法で事態を把握している。
以上を踏まえ、レミリアと紫が何を話しているかと言うと。
先ほど突然、その漂っていた微量の妖気がすっきりと無くなってしまったのだ、これまで宴会が行われている最中はずっと消える事など無かったと言うのに。
だからこそ、レミリアは霊夢か誰かがこの異変を解決したのかと紫に問い合わせたのだ。
「『何か』はあったわよ、けど、ここじゃないのよ」
「……ふーん」
ここじゃない。
つまり異変解決に動きそうな霊夢や魔理沙などが何かをしたわけじゃないということ。
それでもこの状況に気がついたのか、奥に居た霊夢と妖夢、そして2人の手伝いに向かわせていたレミリアの従者である紅魔館メイド長『十六夜咲夜』が宴会の会場である境内に飛び出して来てあたりをきょろきょろと見渡している。
「あれは無くなったことで場がおかしかった事に気付いた、という所?」
もうちょっとウチのメイドは鼻が利くかと思ってたんだけどなー、という意味を込めて呟くレミリア。
実際、普段ならレミリアの日傘も咲夜に持たせて歩き回るところだが、異変解決に動きやすいように自由にさせておくという処置までしていたのだ。ある意味自分の身を危険に晒してまで。
「あら、残念そうね」
「まぁね」
「そうよね、吸血鬼のお嬢さんは折角霊夢に、いえ人間にかしらね、異変を解決させようと気付いていながら黙ってたのにねぇ」
「……そこはお互い様だろう?」
「私は宴会を楽しんでいただけよ、楽しいじゃない多種の垣根のないこんな宴会」
「宴会なんて下品で騒がしいだけじゃない」
「最初の宴会で一番乗りしてはしゃいでたどこかの吸血鬼なんてとても可愛かったしね」
どうにもこのスキマはやりにくい相手だ、なんて心で愚痴をこぼすレミリアだが、まぁ、本当のところスキマがやりにくいのではなく容姿に引き摺られて自制はしていても性格の根本がお子様に寄ってしまうその身が何より問題だったりする。しかもその事実から目を逸らしているからお子様ぶりはこの先も治りそうにない。いやまぁ、はしゃぐ理由はそれだけでもないのだがその辺は本人しか知らない。
「……で、その、ここじゃないところで起きている何かはどうなっているのかしら?」
「ふふ、そうね、これがまたなかなかに面白い事になっているわよ」
半ば紫のいじりから逃げるように話題を変えたレミリアだったが、あまりにあからさまで失笑を買う。チクショウ。
それでもしっかりと話を聞いてくれていた紫は、その質問に答えながら2人の前に小さなスキマを開く。
なるほど、ここから見える先が、その『ここじゃない』場所かとレミリアがスキマを覗き込むと、
その先に、一触即発という言葉が似合う、強大な力を持つと思われる妖怪と1人の魔法使いの姿があった。
〜アリス・マーガトロイドは友達が欲しい〜
第六話 決戦!さらばマーガトロイド(家)
次回、アリス・マーガトロイドは友達が欲しい〜激闘冥界編〜をご期待ください。
現在のアリスの心境を表すとこうなる。
要するに、目の前の小柄な少女から発するありえねえレベルの妖気に、あ、死んだなこれ、幽霊になったら冥界にある白玉楼ってとこで雇って貰おうかなー、とか妙な覚悟を決めた状態である。
攫うとか言ってるんだから殺されはしないよ、という考えはこの緊張感の中で前後不覚にすっ飛んでいる。
自然な態度でそこに立っているだけだというのに、気に当てられて膝を着きたくなる威圧感。
なるほど、そこらあたりの妖怪とはまるで格が違う。桁外れに強いものを『鬼の様だ』とは言うが、ホンモノに対してはなんて言うべきか、そんな下らない事がアリスの頭を巡る。
スキマもレベルが違うと思っていたけどなんだかんだで本気の姿は見たことなかったので比較は出来ず、代わりにアリスの記憶の中で桁違いに強い者の象徴になっている古い知り合いである花の妖怪を思い出すが、それよりこの鬼の方が上を行くんじゃなかろうかとガクガクブルブル。
それでも状況をそれなりに分析出来ているのは単に『コレより上を行く存在を知っている』からだ。流石に戦ったことはないのだが。
でも、だからこそ、萃香の威圧感に思考が停止せずに居られ、
まるで爆発、と形容出来る萃香の初手にかろうじて反応が出来たのだった。
吹き飛ぶ机。砕け散る家財道具。
なぎ払うように振るわれた萃香の拳が目の前の光景を作り出す。
しかし、破片になる家具の隙間から覗く相手、アリスの姿は動き出す前のまま、右手にティーカップを持ったまま深く椅子に腰掛けた状態。だが、その表情は能面の様で感情を感じさせず、鋭い双眸は萃香を静かに睨みつけていた。
(やるもんだねぇ)
賞賛と驚愕。二つの感情が混ざり合って自然に笑みが深くなる萃香。
一言で言うと、先手を阻止された、だ。
反応はされる、対応はされるだろうという予想をしなかった訳でもない、萃香の中のアリスの評価は高い。それでも感じられる魔力は確かに魔法使いとしては相当のものだが規格外というレベルではないので、反応するかも、のレベルで考えていたのだ。
確かに、妖気や魔力が全てではない、力が足りなければ技で、知恵でそれに対抗するものだが。
まさか、アリス本人を一歩も、いや微塵も動かせずに先手を防がれ、逆に一撃貰いそうになるとは思いもよらなかった。
まさに瞬く間の事だった。
萃香が明確な攻撃の意思を持って動き出そうとしたその時、アリスは傍に控えさせていた2体の人形を使い萃香とアリスの間にあった机を萃香に向けて跳ね飛ばし出鼻を挫いた。
驚きはするがこのくらいでは動揺する事もない歴戦の鬼。その先に居るアリスごと、というつもりで目前の机を吹き飛ばそうと拳を握り締めた時、嫌な予感としか言いようの無い何かを感じ取り、考えるより早く、突き出す予定だった拳を急遽机をなぎ払う形に修正。
案の定というか、なぎ払った机の裏に、机を跳ね飛ばしたものとはまた別の人形が3体潜んでいたという訳だ。
妖精よりも小さな姿をした人形だが各々その手に体躯に合わないほどの大きな武器を担いでいる。あのまま前に向かって突き進めば割れた机を盾代わりに不意の攻撃を三方向から頂いていたという事になる。
更に萃香が部屋を見渡すとアリスの向こう側で別の4体の人形がいそいそと先ほどまで作っていた洋服を戸棚に片付けている。そして尚もアリスは椅子に腰掛けたまま、感情を読み取れない表情のまま、こちらを観察しているのだ。
(はっ、本当参るね、余裕って訳かい)
少なくとも萃香の目に映るだけで9体の人形。
全てを迎撃に使われていたら私は今笑って居られただろうか、とニヤつきながら考えるも、多分どんな結果になっていても笑っている自分を想像し、獰猛な笑みは更に深くなる。
暫くの間そのままの体勢で待っていると、後ろの4体が片付けを終えアリスの周りを固め、武器を持った3体が萃香に対峙、机を飛ばした2体がアリスの左右に浮きすぐ傍に控える。
「なるほど、ここからが本番って所かいアリス・マーガトロイド」
「一つ、聞いていいかしら?」
「なんだい?」
「……幻想郷での決闘はこういう直接的なものじゃないそうよ? 郷に入っては郷に従うものじゃないかしら」
現在の幻想郷には決闘ルールが存在する。
完成したのはつい最近のことなので萃香が知らなくても仕方が無いようなものだ。
魔法などで弾を撃ち合う、力ある妖怪と人間とが公平に戦えるような設定になっていて、背景としては命のやり取りが基本だった本当の戦いと言うものを減らそうというのが狙いらしい。そうだよね、殺し合いとかダメだよね。
実際のところどの程度抑止力になっているかはアリスは知らないが、ここ最近の吸血鬼の起こした異変や、例の春が来ない異変ではそのルールに従った決闘により決着となっている。
穿った見方をするなら、ルールを浸透させる為に前者の異変は起こされたのではないかとも取れる。事実それ以降に一般的になったルールなのだ。
という経緯はともかく。
そんな現在の幻想郷でいきなり殴りかかられたアリス。
萃香が幻想郷に戻って来たばかりだということでこの展開を予想しておいて本当助かった、と胸を撫で下ろす。とっさとは言え部屋中に転がっていた人形を動かしてなんとか対応。
頭は反応しきれたが萃香のプレッシャーでアリスの体は動かず、マジ危なかった。それでも最近大きくなってきた服屋のプライドからか紫と霊夢の夏服を死守。3:2:4に分けた9体の同時行動とかもうアリスの操人形技術はいっぱいいっぱいだ。
このままでは殴り殺される。そんな恐怖になんとかこの経緯のよく解らん戦いを回避しようと必死に頭を回転させた結果が決闘ルールの話だ。
冷静に話をしているがアリスの頭の中では
No野蛮、This is 流行らない、あーゆーれでぃ?
訳:あなた淑女でしょう、拳で解決とか泥臭い事やめてよ
である。いろいろテンパっている。
もっとも、対する萃香の回答は、決闘じゃなくてこれは宴会への誘い、強いて言うなら鬼退治だそうだ。
ぶっちゃけ訳解らん。
だから力押ししなくても宴会くらい行くわよ、と言いたいんだがなんだか言っても聞いてくれなさそうな気がする今日この頃。
最近うすうす思っていたんだ、幻想郷怖い。私には合ってない。などと泣き言まで出る始末。
こんな時、友達とかいたら助けに来てくれたりするんだろうなぁとか現実逃避しかかるアリスは今日も不幸である。
ちょっとばかり現実逃避して、両腕を顔の前でクロスさせて窓をパリーンと割って飛び込んで来る霊夢を想像するアリス。台詞はもちろん「そこまでよ!」だ。
続けて
萃香『なにぃ!? お前は博麗の巫女!』
アリス『霊夢……どうして……』
霊夢『ふふっ、友達を助けるのに理由がいるの?』
アリス『霊夢……ありがとう』
萃香『ええい、1人が2人になったところで何が出来る、私は鬼だぞ!』
霊夢『時代遅れの鬼が、この私が管理する幻想郷では好きにさせないわ! アリス、力を貸してちょうだい、2人の友情パワーで鬼退治よ!』
アリス『ええ、霊夢、解ったわ!』
萃香『小癪なぁぁぁぁ!!』
ご愛読ありがとうございました、マーガトロイド先生の次回作にご期待ください。
ねーよ。
とか思いながら上記の妄想でニヤニヤするアリス。マジでありえない展開だが友情パワーに憧れるアリスとしてはあってもいい展開らしい。いっそ2人の合体技でも考えようか、なんて暴走中。
落ち着け、マーガトロイド先生。
落ち着かないと大変だ、何が大変って、
ニヤニヤしている姿を正面から見ている萃香には、『鬼退治』を快く了承したと取られてしまったりしたわけだ。やべぇぞ先生。
どのくらいヤバイってもう、夏の台風が直撃した時に『ちょっと田んぼの様子見てくる』とか言って出かけるくらいヤバイ。なんて言うか簡単に言うと死ぬ感じだ。
「まぁ、鬼退治と言うからには、私は宝を用意しなきゃならないんだけどね」
「はへ?」
間抜けな返事をアリスが返したのはニヤニヤ妄想中だったからだ、実は脳内で次回作に突入していた先生、命のキケンです自重してください。
ともあれ、萃香の台詞。
鬼退治は元々鬼と人との勝負事。鬼が勝てば人を攫い、人が勝てば宝物を手に入れるというルール。もっとも万に一つも人に勝ち目がない無理ゲー状態と言うのが常識だったりする。
鬼退治の技術を持つ専門家でもなければまず戦いにすらならないと言われていて、現在ではその技術も消失したとされる。それが原因ともされ人は鬼を罠にかけるような戦いを繰り返し、純粋な鬼退治が無くなったこの世を憂い鬼たちは姿を消したというのが外の世界にも幻想郷にも鬼が居ない理由とされている。
正直、今ここで戦うハメになったアリスにはどないせぇっちゅーねん状態だ、なんで戻って来たんだアンタは、と叫びたい、叫んで助かるなら叫ぶ。
そんなアリスの心はつゆ知らず、萃香は言葉を続ける。
「この身一つで、いや、瓢箪一つ持って幻想郷に帰って来たんでね、魔法使いが喜びそうな宝なんて持ってないんだ」
よし、それなら鬼退治ルールが成立しないから止めましょう! とか言いかけるアリスを遮って更に言葉を続ける萃香、空気読め。
「だから……アリスが勝ったら、アリスの欲しい物を探して来よう、全力でその要望に答えよう」
強い意志の篭る瞳で言い切る萃香。チロリと舌で右手親指を舐め、その指で乾いた唇を湿らせる仕草を見せ、それはそれは嬉しそうに臨戦態勢。
それもそのはず、萃香達鬼にしてみれば、数百年ぶりの純粋な鬼退治、人との戦いが、小細工無しの正面衝突が、激しいまでの意地のぶつかり合いが遠い幻になってしまい、最早こんなバカ正直な戦闘など敵わぬ夢だと思っていた。
半ば一方的に話を進めてしまったことは認める、それでも目の前の魔法使いは大した文句もなくこの戦いに付き合ってくれる、自分が不利なのは承知しているだろうし、萃香の行動が余りに不躾なのは言うまでもないだろう。
けど、アリスが表に出した不満は『幻想郷の決闘ルール』の存在についての話だけ
ありがたい、何が、と問われれば答えに窮するが、とにかくそのアリスの存在が有り難い。戦える事に対する歓喜の笑みとは別に、嬉しさで頬が緩む。男だったら惚れている、そんな想いが萃香の心に軽く過ぎる。
相手は魔法使い、人間でこそないが問題はそこではない。もう萃香の心を占めているのは『強いか否か』だけだった。
見た目が少女だというのに、大地を踏みしめる姿は大木のように大きく力強い。
死亡フラグ立ってるのに思わず見とれるほどにカッコイイ。
強い意思の宿る瞳に、獰猛な印象を与えながらも満面の笑みとも取れる表情。
だから解るその覚悟の程、
そして全身から醸し出される歓喜。
この現状を省みて、「いやだー戦わないんだー!」などと駄々をこねてもこの流れをせき止める雰囲気ブレイカー女になってしまうだけだ。
そんな周りを白けさせるような行動は友達無くすと聞く、それはヤバイ。
もともと友達の居ないアリスだから別にいいんじゃないか? とか超ぼっち理論もあるがそれはとりあえず心の棚に収納。
なんにせよ進めばバイオレンス、戻り道は無い状況。
アドベンチャーゲームなら、選択肢が出てきたはいいが出てきた選択肢が全て同じとかそんな感じだ。
しばらく待ってみても隠し選択肢は出そうもない。制限時間はあるっぽいが。
この状況でアリスが思うことはただ一つ。
あいたたー
だ。
ため息一つつきながら、改めて萃香の姿を視界に収めるも、プレゼントを待ちきれない子供の様にも、愛しい人を待ち焦がれる乙女の様にも見える眩しい笑顔。
―ああ、こりゃダメね。
諦め半分の苦笑いを伴いアリスも、普段空気を読めないアリスだとしても、いくらなんでも展開が急だと言っても、この雰囲気を破ってしまうのはないなと内心しぶしぶ覚悟を決める。
しょうがない
こうなったら、
死なない様に全力尽くしますか。
瞬間。
アリスの投げたティーカップと萃香の左手首に繋がる鎖の先に付けられた分銅がぶつかり合い甲高い音を響かせた。
「レミィ」
「ん、パチェか、どうかした?」
「どうかしたはこっちの台詞、珍しくスキマ妖怪なんかと一緒にいるから驚いたわよ」
「ああ、まぁ、たまにはね」
いつの間にか神社宴会場の端で1人でくつろいで居たレミリアにレミリアの親友とされている紅魔館の図書館管理人、魔法使い『パチュリー・ノーレッジ』が紫の長い髪を揺らしながら近づいて来て話しかけてくる。
胡散臭いと称されるスキマ妖怪と談笑していたという事からレミリアを少々訝しげに眺め、彼女の隣に腰を掛ける。
全身紫色のゆったりした服を着た不健康そうな顔色の親友の視線にバツが悪そうに軽くおどけてみせるレミリア。
もっとも、そんなレミリアの態度にパチュリーは呆れるだけ。
「何か悪巧みでもしてたのかしら?」
「酷いわね、もう以前の紅霧事変で懲りたわよ、今回はアレよ、パチェも気付いたでしょう?」
レミリアの視線の先には何かを話し合っている霊夢、魔理沙、そして咲夜に加え妖夢の人間達、いや一人は半霊だが。
それを見て納得したのかパチュリーは眉間に小さくシワを寄せ溜息一つ。
「やっぱり、咲夜に解決させようとしてたの?」
「さぁ、どうかしらね、なるようになればいいと思ってただけ」
「例のあなたの運命の力? それとも未来を知る力だったかしら」
「そんな大層なものじゃないけどね、ただ、私たちが動くものでも無いと思っただけよ」
「相変わらず、得体が知れないわよね、レミィは」
「言ってくれるじゃないか親友」
「ふぅ、まぁ、でも、あなたがそういうのだからなるようになるのでしょうね親友」
図書館に住み着いた魔法使いとかいうお前の方が得体が知れないと思うんですけど、と思うレミリアの心の葛藤は置いておいて。
レミィ、パチェと言うのは親友設定の2人の間だけの呼称である。最近ちょっとパチュリーが冷たい感じなので実は私のこと嫌いなんじゃないかと悩んだこともあるレミリアだが、よく考えたら最初からパチュリーはそっけない態度である。こんなもんだ。
「で、仲良く飲んでたスキマはどうしたのよ」
「ん、様子を見に行った」
「というとさっきの?」
「ええ、それ」
「アレが、あの膨れ上がった馬鹿げた妖気が今回の首謀者なのね」
「ええ」
「スキマが向かったって、解決したのかしら?」
「多分、まだ」
どことなく、嬉しそうに呟くレミリアにパチュリーは益々困惑する。
未来が見えている、運命を操るなんていう能力を持つとか言われているレミリアだが、実際それがどんなものか解らないし彼女は詳しく語らない。
パチュリーにはいつも実は大したものじゃないと説明はしてくれるが、時折見せるこういう言葉少なに展開を予想するような態度があるから心底解らない。
本当に得体が知れないと思うが、それでもパチュリーは、レミィが心配をしてないのだから特に問題は無い、と思い安心している自分がいることに気付いて更に溜息をついた。
「お見事、完勝ね?」
「よく言うよ、解ってるくせに」
「あら、あなたは無傷じゃない」
「冷や冷やものだよ、よくもまぁ無傷で居られたもんだと思うね」
どっかりと地面に腰を下ろす萃香に、今しがたスキマを使って現われた紫がその勝利に対して賞賛を与える。
萃香も口では不満そうな事を言うが、声も表情もすっきりとして非常に嬉しそうだ。
対アリス・マーガトロイド戦はどうやら、萃香の勝利に終わったらしい。
「それにしても萃香、やりすぎじゃないかしら」
「あはは、正直悪かったと思ってるんだよ、まさか一対一なのに『戦争』になるとは思わなくて」
呆れながらもスキマから見ていた紫はその時の光景を思い出す。
家中の人形をありったけ起動させ整然と隊列を組むアリスの軍隊と、自身の小さな分身を複数作り出し迎撃する萃香の軍隊の衝突。
今の幻想郷ルールではおいそれと見ることの出来ない直接の潰し合いにして小さくも高度な戦争。並みの魔法使い、妖怪ではどちらかの軍に飲まれて終わり。
本来ならここのルールに沿わなかった戦いを挑んだ萃香を嗜めるべきなのだろうが、隣でその戦争を見ていた吸血鬼がただただ凄い凄いと嬉しそうに眺めていたのもよく解る、それくらいに心が 揺さぶられる決闘だったため、とりあえず口から出たのが賞賛になってしまった。
ただ、そのせいで
「アリスの家どうするのよ」
「あー、紫どうにか出来ない?」
「無茶言わないでよ」
見るも無残にマーガトロイド家が、元マーガトロイド家と成り果てていた。
というかもう全壊である。残ったのは家庭菜園用に建てていたちょっと離れた農作業道具を入れる倉庫くらいなもので、後はまさに木っ端という感じだ。
ご愁傷様、としか言いようが無い紫は、さてアリスはどうしたのかとその瓦礫になった元家から視線を外そうとするが、ガタガタと言う音と共に小さな人形が一体木片を押し上げて飛び出してくることに気づく。
人形が動いているという事はアリスに意識があるということかと萃香が驚いている。人形が自律型なら意識が無くても動きそうなものだがアリスのそれはまだその域には辿り着いていないと言っていたのを紫は本人から聞いている。
なので、あの萃香の一撃を貰って意識を保ったのか、またはもう回復したのか、どちらにしろアリスはやっぱりそこいらの魔法使いとは格が違いそうね、なんてうんうん頷いていたら、
ガサガサ瓦礫を弄っていた人形のすぐ横からアリスが埃を払いながらしんどそうに出て来た。
「……え……?」
声を出したのは萃香だ。
それもそうだ。実のところ紫も声に出さず驚いている。
だってアリスは萃香の最後の渾身の拳で吹き飛ばされ森の木に衝突し『ここから離れたところに倒れているはず』だ。
「あ、スキマいらっしゃい」
「ええ、こんにちはアリス、いえ、何故そこから?」
「ようやく這い出て来れたのよ、自分で掘った穴とは言え……深く掘りすぎたかしら」
「え?」
「酷い目にあったわ……」
「アリス、いったい何がどうなって?」
「そこの鬼にやられたんだけど」
「いえ、そうじゃなくて、吹き飛ばされたわよね、萃香に」
「? ああ、そういうこと。 ええ、戦ってる途中に『私の形をした人形と入れ替わった』のよ」
衝撃が酷かったし人形と繋がっていた分ダメージも拾ったから意識飛んじゃってたけど、と心底疲れた顔で大したことでも無いと言うように説明するアリス。
見れば、直前までに受けていた傷は残っているようで、右肩から袖は千切れ右腕などとても動かせそうもなく妙な方向に曲がっていて、額からも血を流しトレードマークのようなヘアバンドもどこかに吹き飛んでいた。
どうやら途中で自身と自身が操る人形を入れ替えてどこかに、アリスの言葉を信じるなら既に用意してあった避難用の穴に隠れていたということだ。
とは言え、アリスはあちこちに結構な怪我をして満身創痍、片や萃香は無傷で勝利を収めたわけだが。
「なんか……素直に勝ったと思えないんだけど、紫どう思う?」
気付かなかった萃香。加えて隙間から覗いていた紫さえも出し抜いた訳になるその技術に舌を巻くばかり。
してやられた、という気分が大きくなった萃香は助けを求めるように隣の紫に視線を移すが、そのスキマ妖怪も困った顔で肩をすくめるしかない。
「当事者同士の問題じゃない? アリスはどう思うのよ」
「もう動けない、動きたくない。負け、私の負けでもう許してくれないかしら、本気で。とりあえず再戦とか言わないでね、もう嫌。疲れたから寝ていい? ああ、約束通り宴会に付き合うけど今日は勘弁して」
「なんだかなー」
心底嫌なのかあのアリスが珍しく饒舌というか矢継ぎ早に自分の意見を主張する。こうなるともう苦笑するしかない萃香と紫。
そして場所を憚らずその場に倒れるアリス。とりあえずこのままというのも後味が悪いので怪我の治療くらいしておくかと紫が近づくとアリスもそれに気がついたようで声をかけて来る。
「ああ、そうだわスキマ妖怪さん」
「……前から思ってたけど紫でいいわよ」
一年程付き合いがあるというのにそういえば名前で呼ばれないなーとか思っていた紫。嫌われては無いわよねぇ、なんてちょっと不安になったりしたこともあったりとか案外可愛い性格。
アリスからしてみれば友達に近づいたのか、ひゃっほう、なんて喜びそうなものだが、今は意識が混濁している為サラッと流して要件を優先する。
「ん、それじゃ紫……残念なお知らせがあるわ」
「? なにかしら」
「……夏服、完成してたのよ」
「……え?」
「多分、今この下で変わり果てた姿になってるわ」
「……」
「文句はそちらに」
言うだけ言って目を閉じて寝息を立てるアリス。寝つきの良さが幻想レベルだ。
そして無言のまま、紫は萃香の方に目をやる。
目が光って見えた、とは後日の萃香の口から出た当時の様子を表す貴重な証言となる。
「萃香」
「な、なんだい紫」
「アリスの仇は私が取るわ」
「ちょ、ま、紫!?」
スキマ妖怪八雲紫、実は物凄く、アリスの作ってくれる夏服を楽しみにしていたのだった。
→第七話
2011/05/25