拍手が巻き起こる。

商店街の一角、

この街にしては大きなゲームセンターに歓声がこだまする。

観客が囲むのは一つの機体。

例によってダンスゲームだ。

おしるこを飲み終え満足した舞は、慣れない事をしてふらふらしていたあゆと選手交代して佐祐理さんと2人でゲーム開始をした訳なのだが。

コレがまたなんと言うか、見事というしかない状況。

佐祐理さんは先ほどからその腕前を披露していたので上手いのはわかっていたが、

舞も持ち前の運動神経と反射神経で半ば力技でとにかく凄い感じの踊りを見せている。

一方は以前聞いた生まれ育ちのせいか社交ダンスくらいやっているんだろう、華麗に流れるような柔らかな踊りで、

もう一方は剣道インターハイベスト4の運動能力を駆使しての力強い剛の踊り。

なんて言うかアレだ、

近いものがあるとするなら、

阿吽の仁王像。(注:近くありません)

ゲームとしてはきちんと点を稼いで、普通にありえないほどの高得点をマークしているから更に驚きだ。

美人2人が踊ってるだけでも人だかりが出来そうなのにゲームとしてもこのレベル。

すっかりと北川はじめ栞、あゆもギャラリーと化して驚きと賛美の歓声を送っているようだった。

ただ、

ただ俺だけは、そちらに目が行かずにもっとなんだか凄いものを見つけてしまってソレから意識を動かせなかった。

目標は店の入り口の方。

そこに、どこかで見た人の人影。

見えたのは後姿。

だが、

間違いなく知っている姿。

喧騒を離れ、俺はゆっくりとその人の近くに行く。

近づくが、その人の横顔は俺に気付かないで真剣な表情を保ち、視線はただ一点を見つめていた。

引き締めた口元と視線の鋭さから周りが見えないほど神経を研ぎ澄ましていることが伺える。

だから、声をかけられない。

もとい、

迂闊にツッコメない。

なんと言ってもいる場所は先程まで北川が栞イベントを行っていたクレーンゲームの場所である。

そして、その人の視線の先では今まさにクレーンゲームのアームがピンクの球体のような大き目のぬいぐるみを掴んでいた。

「あ」

と、その人の小さな呟きと共にぬいぐるみがアームから落ちてしまう。

続けてその人の肩も軽く落ちてしまう。

よほど欲しかったのか見ててちょっと哀れだ。

だから、

だから俺は慰めの言葉をかけようと思い、すっと横に立ってその人に軽く話しかけた。

「惜しかったですね秋子さん」

「はいっ!?」

「あとちょっとでしたねー」

「……」

「……」

「……ゆ、ゆゆゆゆーいちさん? な、なんでココに!?」

誰も居ないと思っていたのか、急に俺に声をかけられ大慌てする水瀬家の家長の水瀬秋子氏。

カレーまんをベンチで食べてるってのもなかなか意外な姿だったが、コレはそれにもまして意外な一面だ。

やたら真剣にゲーセンでぬいぐるみ奪取を図ろうとしていたとは、名雪はこういう秋子さんを知っているのだろうか?

「えっと、俺は学校帰りですが、秋子さんは……買い物帰りですか?」

「え、ええ、買い物も終りまして、帰るところだったんですが……えっと、ですねちょっとこの明るい店が気になりましてふらっと立ち寄ってみたんですが、いえ、いつも来てるわけじゃないんですよ」

あたふたとなんとかいい言い訳を考えているのだろう、秋子さんは微妙に俺から視線を外しながら弁明を始める。

よく考えれば、別になにも言い訳をする必要などないと思うんだが、きっと秋子さんも突然のことで慌てているんだろうな。

それなりに知られたくない姿だったと言うところだろうか。

「で、秋子さん、このピンクのヤツですか?」

俺は秋子さんの言い訳を話半分に聞きながらクレーンゲームにコインを投入してスタンバイしていた。

秋子さんの返事を聞く前に狙いを定めてアームを動かし目的のものを取りにかかるが、軽く引っかかるだけでぬいぐるみ自体の重量の為にアームは何も掴まずに戻ってくる。

「あ、ダメですよ祐一さん、この手のタイプは少し後ろに狙いをつけて前に転がして落とさないと」

「大丈夫です、秋子さんコレは500円で3回出来ます、後2回ナビお願いします!」

「はい、任せてください!」

秋子さん実はやり慣れてるんじゃないのか?

とか思うところもあったが、敢えてツッコムこともなくココは目の前のゲームに集中することにしたのだった。

そして、本日何度目かの歓声が店の奥から聞こえて来た頃。

「秋子さ〜ん!!」

「祐一さ〜ん!!」

俺と秋子さんは店の前でハイタッチをしていた。

 


でも、やっぱりまいがすき☆


 

「あ、私こっちですから、今日はありがとうございました」

ぺこり、と音がしそうな勢いで笑顔で頭を下げる栞。

今はみんなで帰り道、商店街からそう遠くない曲がり角のある道でのことだ。

先んじていた舞と佐祐理さんが西側の道にかかろうとした時、直進する栞がココで挨拶と来たわけだ。

「栞ちゃんあっちなんだ、うん、また一緒に遊ぼうね」

「はい、よろしくお願いします」

栞の挨拶に代表のように舞が答えた後、軽くみんなで挨拶して、それを終えると栞は笑顔で直進する方の道へと歩き始める。

するとそこで、

「北川くん」

栞には解らないように佐祐理さんが北川の脇腹を肘でつつく。

佐祐理さんの行動に一瞬なにかと不思議そうな表情をした北川だったが、すぐに我等がお嬢様の言わんとすることが解ったのか慌てて栞を呼び止める。

「あ、送って行くよ」

「え……あ、でも悪いですよ」

「いや、オレもまぁ、そっちの方なんだよ」

なるほど、そういうことか。

まだそれほど時間として遅いわけではないが、確かに自称風邪の栞を一人で帰すのは不安だ。

何より、遊びに行くと引き止めたのはこちらだ、何かあっては申し訳が立たない。

栞は申し訳ないからと北川同伴を断るが佐祐理さんと舞にも説得されてか折れて送ってもらう事になった。

北川にしても、事実そちら方向周りでも少し遠回りにもなるが帰れるそうだからとりあえずは問題なくこの場は解散となって、西側の道組もまた家路に着いた。

ちなみに西側組は俺と舞、佐祐理さん、あゆ、そしてゲーセンで捕まえた秋子さんだ。

初コンタクトの佐祐理さんや栞、そして多分初の北川とも挨拶を済ませたが、特に北川はこの人が名雪の母親と聞いて随分と驚いていたようだ。

噂には聞いていたが想像以上だった、とそんな感じの感想だったな。

そもそもその噂になっているってところがツッコミどころだがな。

まぁ、そんなこんなで秋子さんは半数が知った顔なだけあってこのメンバーと一緒に帰って来てるのだ。

もとよりいつも笑顔で人が良く、加えて若々しいので傍目にはメンバーのまとめ役、のような感じになる。

買い物袋がまぁちょっとその容姿をホントウの年齢に少し近づけているのだが。

ちなみにさっき取ったぬいぐるみは袋に入れて嬉しそうに持っていたりする。

「へぇ、キツネですか〜」

「ええ、昔祐一さんが拾って来てね」

「この間祐一くんの引越し手伝ったときには居なかったですね」

「そうね、ちょうど庭に面した部屋で日向ぼっこしてたみたいだから出てこなかったのね普段は結構人懐っこく寄って来るわよ」

帰り道の雑談は水瀬さんちのマコトちゃんの話題、郊外の丘から山の方にちらほらと生息するとはいえすぐ近くのキツネなんてやっぱり珍しいものだから女の子たちは興味津々といった様子で話をしていた。

それでも帰り道は進みそろそろばらばらに別れていく交差点のあたりで、今度機会があったら遊びに来てね、という秋子さんの言葉で場はどことなく締められた。

先ずはあゆが、そして佐祐理さん、舞と続くように自分の家の方に向かって行った。

今、帰り道は俺と秋子さんの2人。

なんだか急に静かになってしまったがこうして秋子さんと2人で歩くのは割りに機会がなかったことだ、昔からよく世話になっていた叔母だがどういう人か深く考えたことはなかった。

なんとなくとても大人で温和な人だと思っていたが、昨日のマコトの話や普段のカレーまん、加えて今日のゲーセンと、ちょっと子供の頃から持っていたイメージと違ってるものを見つけてしまった。

遊びに来ていたあの頃とは違い一緒に暮らしているからこそ見える部分だろう。

でも、秋子さんに至ってはそのイメージと違うこれら一連の姿がまた妙に似合っているから不思議な話だ。

実はわりと子供っぽい人なのかもしれない。

そんなことを考えて頬を緩ませていたのだが。

「そういえば祐一さん」

「はい?」

話しかけて来た秋子さんに顔をそちらに向けて返事をすると何かを考えている表情の秋子さんの横顔が目に入った。

買い物袋を持っている腕とは逆の左手を顎の前で軽く握って思案顔。

「あの倉田佐祐理ちゃんって、2丁目の倉田さんのところのお嬢さん?」

「えーっと、2丁目と言われても……よくわからないんですが、なんでも結構なお嬢様だとか言う話は聞きましたよ」

「あ、そうね、ええっと、商店街に向かう途中のあの川からこっちが3丁目、ウチも3丁目で、川向こうが2丁目ね、商店街は別の町になるんですが……」

と、身振りを交え、角の町名プレートを指差しながら町の作りを教えてくれる秋子さん。

よく考えれば俺はこの街のことを何も知らないで来てたんだな。

「……そうですか、お嬢様、ですか、それならきっと2丁目の倉田さんでしょうね、もとよりこの街で『倉田』は少ないですから」

俺が先ほどの説明で街の情報を頭に詰め込んでいる時に秋子さんは秋子さんで俺からの倉田情報で目星をつけたのか納得の雰囲気を漂わせていた。

「有名なんですか? その、2丁目の倉田さんって」

わざわざ確認してくるくらいだからその倉田さんってのは有名なんだろうとは思うが、どのくらい有名なのか気になってしまい尋ねる、何しろ佐祐理さんの家のことのようだしな。

「んー、そうね、この街の旧家と言って良いかはよくわからないけど、結構古くからあるようで……社会的地位も高い人よ」

その社会的地位も高い人ってのがきっと佐祐理さんのお父さん、あたりなんだろうな。

話を聞くと大きな屋敷に住んでいて資産家でもあるとか、この街ではかなり有名なお家らしいことが解る。

「確か子供は2人いたと思ったけど」

「そういや佐祐理さんには弟がいるとか」

弟君本人から聞いた記憶があるな。

「それじゃ、ほぼ倉田さんのところのお嬢さんと言うことでよさそうね」

「そうですねぇ」

話が完結したようなので相槌を打ったのだが、俺の合いの手に秋子さんがくすくすと失笑する。

何を突然笑い出すのかと不思議に思い秋子さんの方を向くと、俺の視線に気付いて口を開く。

「いえ、祐一さんらしい、と思って」

目を細め、くすくすと笑うところを隠そうとせずに笑顔で話すが何がいいたいかちょっとわからない。

「……は?」

「佐祐理ちゃんが倉田のお嬢様だとしても、何にも気にして無さそうですから」

「気にするって……ああ、まぁ、実は単にピンとこないだけですから」

俺の疑問の声に軽い説明をくれたわけだが、要は俺が相手が名士の娘でもなんら変わりなく対応するということを言ってるのだろう。

とはいえ、佐祐理さんの家がどれほどのものかなんてただ聞いただけじゃよくわからないし、佐祐理さんはああいう人だという先入観の方が強いから今更お家を語られても付加情報でしかない。

だから、要するにピンとこない、なのだ。

「そんなところが、祐一さんらしいですよね」

俺の微妙な答えに、それでも満足したような表情で答えて道を歩く秋子さん。

その手に持つ買い物袋から覗くピンク色のぬいぐるみの端を見て、

秋子さんが必死にぬいぐるみを取っていたことはあの時全身から漂う『言わないでくださいオーラ』を感じ取り皆には内緒の事柄となりはしたが、

むしろこんな一面を知ってしまった秋子さんの方に対する態度をどうしようかと俺は頭を抱えていた。

そんな俺の苦悩を知ってか知らずか、軽い足取りで家に向かう家長。

横に並ぶと言うより、少し後を歩いてついて帰る。

でもこんな一面を見て、どこか少し名雪の母親なんだなと思うことも出来た。

そして姉である俺の母親も、もしかするとどこかこんなところがあるのかも知れない、と想像してみて苦笑しているウチに水瀬家に帰って来た。

家についてすぐに秋子さんは夕食の支度に、俺はマコトと遊ぶことにして一旦部屋に引き込んだ。

着替えを済ませた頃に名雪も帰って来て、その名雪が着替えを終えた頃に見計らってか夕食となった。

「今日は和風ハンバーグよ」

いつもそうだか今日はいつにも増して機嫌のいい秋子さんの弾んだ声と共に食卓に今日のメニューが並ぶ。

言葉通りのハンバーグと多目に盛られた御飯に味噌汁、そして中央に卵サラダだ。

中でも傍目からでも解るくらいにハンバーグ関連に気合が入っている。

それと秋子さんの表情を見てか名雪は、お母さんなんか機嫌いいよね、と嬉しそうに呟く。

まぁ、俺としては多分原因は例のぬいぐるみではないかと思うのだが、そのことを話題にしようとしたところで再び秋子さんの『言わないでくださいオーラ』発動。

どうやら娘にも知られたくない姿らしいので、ココはおとなしく食事を堪能することにした。

話題は無難な話題から、今日の授業を寝言で乗り切った名雪の特殊技能の話題と楽しい食事を満喫。

「わ、わたしそんなことしたの!?」

「凄かったぞ、先生気付いてなかったみたいだからな」

「名雪、授業は寝ちゃダメよ」

「ち、違うよお母さん、わたし起きてたよ、うん、凄く起きてた」

「なんだよ、凄くって」

「えっとね、凄いんだよ時速300メートルくらいで起きてたんだよっ」

「……起きるのに時速が必要なことにツッコムべきなのかしら、あまりの遅さにツッコムべきなのかしら?」

「……そういう落着いて不思議な反応が出来る秋子さんにまずツッコムべきではないかと……」

「お母さんってときどき不思議なこと言うよね」

「お前が言うか」

必然的に、何故かこの俺がツッコミ役に回ってしまっている。

だから――

「そういえば、和風ハンバーグってどのあたりが和風なの?」

「箸で食うからじゃねぇのか?」

「大根おろしと醤油を使うからですよ、祐一さん」

「なるほど」

「じゃあ、洋風はソース?」

「ああ、それと長いポテトとニンジンだ、あれこそ洋風の洋風たるところだな」

「あらあら、じゃあ今日のハンバーグはポテトとニンジンも付けちゃいましたから和洋折衷ですね」

「国際的だねっ」

こうして俺もわけのわからんことを言い出すと何のツッコミもなく不思議な話のままめでたくツッコミどころ満載で完結してしまうと言う恐ろしい結果になるのだ。

ふと視線を感じてテーブルの傍の床を見るとどことなく呆れたようにも見える表情をしたマコトと目が合う。

ひょっとすると、普段からマコトはこの手の会話にツッコミたいのかもしれない。

夢で見た少女がマコトだとしたら、あの活発そうな少女だったとしたら食卓はいつもマコトのツッコミの嵐だったんだろうな。

しかも実は可愛かったしな、変身しないかな。(←バカ)

そんな水瀬会話も終わり、食事を終えた俺は同じく食事を終えていたマコトの頭を軽く撫でてリビングのソファでくつろぐことにした。

後を追いかけてきたマコトが俺の膝の上に乗りゆったりと自分の位置を決めてくつろいだために迂闊に身動きが取れなくなってしまった。

折角なのでココで暫くのんびりしようと近くにあった新聞を開いて見る。

特にコレといった話題もないが、この地域のことをもうちょっと知っておこうかとも考えて地方記事に目を通して時間を潰した。

「名雪、最近お友達の香里ちゃん、遊びに来ないわね」

洗い物を終えた秋子さんがリビングに現れくつろぐ為にソファに腰掛けながら近くでテレビを見ていた名雪に話しかけていた。

「あ、うん、そうだね、香里なんか忙しいみたいだから、それにわたしも部活で忙しくなっちゃったしね」

そういえば仲いいんだよな名雪と香里は、昔は遊びに来てたとか行ってたし……まぁ、来なくなった理由はアレだとか言ってたけど。

「……香里ちゃんって、『美坂香里』ちゃんだったわよね」

「うん」

「香里ちゃんって妹さんとかいるのかしら?」

「え?」

名雪にして見ればちょっと意外な質問だったんだろうな今日の出来事は伝えてなかったし、秋子さんにしても娘の親友と同じ苗字でしかもどことなく似た名前の子に出会って気になったんだろう。

栞の自己紹介のとき少し考えるような表情をしていたからな、コレのことだったんだろう。

「お母さん、祐一と同じこと聞くんだね」

「そうなの?」

「ええ、俺も前に……苗字が同じなんで気になって聞いたんですが、アレからも収穫なしか?」

「うん、前も言ったけど香里って家のこと話したがらないし、不躾に聞くのもなんだしね」

と、ちょっと申し訳無さそうな表情で名雪がため息混じりに呟く。

きっとコイツはコイツで香里のことを心配してるのだろう、成果こそないが気を配って見ているに違いない。

「どういうことなの?」

不思議そうに小首を傾げて聞いてくる秋子さんに大まかな説明だけをしておく。

もっとも、解っていること事態大まかというか不確定要素が盛り込まれてるのでなんとも言えないが、簡単に香里が妹の存在を否定したり、栞が自称風邪引きなのに学校に来ていたりと事実だけを伝えることで済ませたのだが。

「『美坂』なんて苗字、珍しい部類だから……姉妹喧嘩でもしてるんならいいんだけど……ああ、まぁ、喧嘩はよくないけど」

目を閉じて、ソファにもたれかかりながらも何か考えるように呟いている秋子さん。

隣で同じように考えているのか寝ているのか判断しづらい名雪。

俺は先ほどから広げている新聞も目に入らず新聞を眺めたままいろいろと考えるがどう考えても結論の出る話じゃない、どうどう巡りでどうしたものかと思いあぐねた時、

名雪が何かを見つけて声をあげた。

「お母さん、このぬいぐるみどうしたの?」

「え?」

名雪の言葉に慌てたように振り向く秋子さん。

見れば名雪が見ていたものは、例のピンクの球状ぬいぐるみといつの間にか俺の膝から降りていたマコトだった。

気持ちよさそうにマコトはぬいぐるみの上で目を閉じてすっかりくつろいでいる。

「あ、これはね……」

「お母さんってぬいぐるみ好きだもんね〜」

「え゛?」

何か言い訳をしようとした秋子さんの言葉を遮るように名雪の発言、その言葉の内容から更に秋子さんは驚いたような表情をする。

はっきり言って『美坂』なんて苗字の乱立など比較にならないほどに珍しすぎる表情だ。

娘さん、知ってたんですね。

「お母さんの部屋、ぬいぐるみがいくつか飾ってあるもんね」

「え……っと」

飾ってたんですか、それで趣味を隠してる気になってるあたりが笑い事だが、こう抜けてる秋子さんもなかなかに人間味があっていい感じだ。

現に今日のこのぬいぐるみだって隠してたようだけどリビングの隅に袋に入れて置いておいただけだしな、きっと後で部屋に持って行こうとしたんだろうがマコトに見つかって寝床にされたわけだ。

「ぬいぐるみっていうかふわふわしたこんなのが好きだって聞いたよ」

「え? 聞いた?」

「マコトを飼う時に一番喜んだのも実はお母さんだったって聞いたんだけど」

「ちょっと待って名雪、誰にそんなこと……」

「伯母さん」

「母さんかよっ」

「ね、姉さん……」

衝撃の事実にがっくりとうなだれる秋子さん。

自分の発言がどういう状況を生んだのかよくわかってない名雪は今しがた沸いたらしい風呂へと向かう。

そして、なんとなく哀愁を漂わせた秋子さんと俺、加えて言うなら秋子さんのぬいぐるみで寝ているマコトがリビングに取り残されていた。

「まぁ、その、なんですか……ゲーセンで取ってることがばれてないなら、いいんじゃないでしょうか」

「そうですね、まぁ相手は姉さんですし、犬に噛まれたとでも思っておきましょう……地獄の番犬のような犬ですが……」

「……母さんは、そんな凄いんですか?」

「いろいろなところに様々な地雷を仕掛けてくれてますからね、油断すると酷い目に逢いますよ……わたしも昔から……」

実の妹にココまで言われる俺の母は、いったい秋子さんに何をしたのか。

気になるところだが、まぁ、きっと人を凹ませるようなことを嬉々としてやっているとかそんなところなんだろう。

何しろ、俺もやられてる。

当然だ、実の息子だしな、いろいろやられてるよ。

「秋子さん」

「はい、祐一さん」

「……強く、生きましょう」

「……そう、ですね、お互いに……」

なんだか今日一日で随分秋子さんと仲良くなってしまった1月18日のことであった。

 

つづく


あとがき

秋子さんって完璧ってイメージあるようですが、

僕はこんな感じの一面が欲しかったですねー、ってな具合の21話でした。

 

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