「ふぁ〜っ」
部屋でくつろぎ本を読んでいて丸まった背中を伸ばすべく軽く一伸び。
時間はまだ夕食が終ってそれほど長い時間が経ったわけでもないが、授業の進度が違う為にそれを補おうと思い立ち教科書を眺めていたわけだから疲れは著しい。
明日は雪でも降るんじゃないか?
と思いつつも『いつも降ってるだろが』とセルフツッコミで幕を閉じる俺内グランド花月。
背筋を伸ばした際に勢い強すぎて椅子ごと後ろに倒れそうになってわたわたしたという事実を除けば極めて平和な時間。
慣れないことはするもんじゃない、と教科書を片付けて一息つく。
飲み物でも飲もうと、加えて軽く小腹が空いたので何か摘まめるものでもあればと部屋を出てキッチンへ向かうことにする。
家の中とは言え冬の夜の廊下、暖房で温まっている部屋から急に出ると寒さで無意識に肩と背中の筋肉に力が入る。
耐えかねて一旦部屋に戻ると背中に『ゆ』と大きく入った半纏(←母作)を羽織って再びキッチンへ。
板張りの廊下が足の裏を冷やすが温まった部屋で少し火照っていた体を冷ますのに心地よく、気持ち軽めに階段を下りる。
その階段の終わり、後4,5段程度で一階だという所に来たまさにその時。
ばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃ!
風呂場から豪快な水音が聞こえて来た。
てーか今も5.1chリアルサウンド。
聞き様によっては見事に誰かが溺れて慌てているようにしか聞こえない。
つーか、それにしか聞こえない。
この時、俺の脳は普段の数倍の速さで動き、『風呂で溺れる』→『風呂で寝て沈んで水を飲んだ』→『寝る』→『名雪』の演算を残りの4段を駆け下りるまでに完了させていたのだ。
この間のプロセスをスローで追ってみたところで何にも事態が変らないのでアホなことをせずに俺は駆け下りた勢いそのままに風呂場へと向かった。
名雪の無事を確認する為に風呂場へ飛び込んで一糸纏わぬ名雪の姿が見たいとかそんなんじゃないんだ、と心で言い訳しながら風呂場の前へ辿り着くと同じ様に慌てて来たらしい秋子さんがいて、
「名雪っ! アレほどお風呂場で寝ちゃダメって言ったでしょ、あなたって子はっ!」
と、風呂場に飛びこんで行った。
風呂場にいたのは秋子さんの方ではなかったか、と解っていたにも関わらずちょっとだけ残念な気がする自分の心に『うん、俺若いから!』となんだか誤魔化したんだか開き直ったんだか解らないまま秋子さんの後を追い、俺も名雪の姿を見ようと――
――じゃない、無事を確認しようと風呂場の脱衣所の様子を伺ったが。
「……」
中では脱衣所から風呂場の扉を開けて中を様子を見て固まってる秋子さん。
俺の角度から風呂の中は見えないので何を驚いてるのかは解らないが、未だばしゃばしゃと水音がするのを眺める秋子さんも異様な姿だ。
それでもレアなパジャマ姿が印象的で三つ編みを解いている姿にちょっとくらっと来てたりと秋子さんに見とれていたのだが、
そのうち俺に気付いた秋子さんがこちらを向き、軽く口を開けたまま顔を動かして俺に中を見るように促す態度をとったので素直に隣に立ち中を覗いてみると……。
「……秋子さん」
「……はい、祐一さん」
「……本当にマコトは妖怪だと思いますか?」
「……そうですね、きっと妖怪になるのに頑張ってるんじゃないでしょうか?」
「は?」
「夜は、墓場で運動会がありますから」
「学校も試験も何も無いわりに運動会はあるんですよねぇ」
「主催、運営委員が気になるところですよね……ボランティアかしら?」
「きっと、『妖怪運動会役員』がいるんですよ」
「文化祭もあるんでしょうね、墓場で」
まぁ、それなりに気付いてましたが。
この人もなかなか素敵に変な人だ。
そんなことを噛み締めつつ、今日も不思議な感じで終わり行く一日。
しみじみと風呂場の脱衣所で真面目な顔で変なことを真剣に語り合う2人の視線の先で、
妖狐と疑惑の水瀬家のキツネ『マコト』が湯船で溺れているのか泳いでいるのか水しぶきを上げて大暴れしていた。
「うん、頑張れマコト」
「頑張ってね、マコト」
小さな2人のエールはマコトの上げる水の音に掻き消されるように風呂場の中に溶けていった。
「……応援してないで助けてあげようよ……」
でもって、いつの間にか来ていた寝ぼけ半分の名雪の至極もっともなツッコミも脱衣所の中に消えていった。
ばしゃばしゃばしゃ。
でも、やっぱりまいがすき☆
「通称『寝雪』として陸上部ではいろんな意味で愛されている部長なのです」
「前振りも無しに突然酷いよ、祐一」
「いや、だってほら、こんなに余裕がある登校なんて滅多にないだろ?」
「そんなことないよっ、たまにだけど、結構あるよっ!」
訳のわからない俺の話に必死に支離滅裂な物言いで反論している名雪を横に苦笑しながら学校へ向かう道を歩く。
こんな話をしているのは珍しくたっぷり余裕を持って登校しているからだ。
普段は、といっても俺もココへ来てそれほど時間が経ったわけではないがコレまでほぼ朝は名雪の寝起きが悪く時間ギリギリに急かして家を出たり、そうでなければ走って登校したりと遅刻が無いのが立派ですね状態だったわけで、
今日は珍しく名雪が早起きして余裕が出来てしまった、というわけだ。
まぁ、秋子さんも驚いてたようだし本当に稀なんだろう、貴重な体験をありがとう名雪。
「努力はしてるんだよ〜」
「まぁ、結果が出るといいんだけどな」
「何かいい方法でもないかな、祐一」
「名雪が名雪である以上難しいんじゃないか?」
「うー」
不満気に唸る名雪。
それでも申し訳無さそうにしている表情の為にこちらとしてもこれ以上は強く言えない。
本当、結果が出てくれればいいんだが……。
朝の布団の誘惑に、それも冬場のとくれば対抗出来なくなる気持ちは嫌というほど解る、解るんだけどねぇ。
「ゆうっいっちくーん!」
俺と名雪が朝の睡魔との闘いにいかにして勝ち得るかを考察していたところ、朝の静けさを木っ端微塵に容赦なく打ち破る魅惑のハイテンションボイスが後方から響いてくる。
ヤツだ!
考えるまでも無くヤツがすぐそこまで来ている。
そして俺のシックスセンスがなにやら不吉な空気を察知している。
――コレは罠だ。
何の根拠も無く訳も無くただカッコイイからという理由だけでそう感じた俺の第六感、それを信じて急いで一歩前に飛び出し後ろを振り向きヤツの姿を視界に納める。
予想通りの姿。
リボンで留めた長い髪をなびかせて雪道を疾走する姿は華麗で、風を切り雪を舞い上げて迫る姿はむしろ脅威で、一言で言ってしまえば朝から元気良過ぎ。
そんな我等が川澄先輩の行動はただ一つだけ俺の予想を外れて、
何故か、
「ゆーいっちくーん!!」
俺の名を呼びながら、
「きゃぁっ!?」
名雪に後ろから飛びついたのだった。
「……」
「祐一くん、おはよう」
「あ、佐祐理さんおはようございます」
すたすたと何事も無かったかのように舞の後から歩いて来て当たり前のように俺の隣に立ち朝の挨拶をする佐祐理さん。
とても素敵ないい笑顔。
だからこそ何を企んでいるか解らなくて恐ろしいということが最近解ったのはいいことなのか悪いことなのか判断に苦しむところだ。
「ま、舞先輩、あの、ちょっと……」
「名雪ちゃん、抱き心地いいわねー、あ、スタイルもいいわね」
「はぅ、ま、いせんぱ……ちょっと、やめ……」
なんだか、隣の2人組みから聞こえてくる話が凄いことになってるような気がしてなりませんが、佐祐理さんはそれを視界に納めて笑顔で一言。
「ごめんね祐一くん、舞は人よりちょっと頭の悪い普通じゃない女の子だから……」
知ってます。
と思わず言いそうになって頑張って言葉を引っ込めたのは舞が名雪に抱きつきながらもポケットに入っていたキャンディを佐祐理さんめがけて投げていたからだ。
しかも眉間目掛けて。
手首のスナップだけですげぇコントロールだ。
もっとも、そっちの方を見もせずに笑顔のままカバンで飛んで来たキャンディを叩き落した佐祐理さんも普通じゃない女の子だと思うけどな。
そのうち気が済んだのか舞が困ったような表情で赤くなっていた名雪を解放するとそれを見計らってか佐祐理さんが登校途中であることを思い出させるように学校に向かって歩き出す。
合わせて俺たちもそれに付いて行き、結果4人で登校となる。
ここでよく考えてみると名雪と舞は顔見知りだが、佐祐理さんとは……少なくとも俺が知る限りでは接点はないのでちょいと紹介みたいなことを済ませる。
「なるほど、祐一くんのいとこ……あれ? 陸上部の水瀬さんだよね、どうも倉田佐祐理です」
「はい、水瀬名雪、です」
「なに? 佐祐理知ってんの?」
「うん、ほら今の陸上部の部長、だよね、結構有名だよ」
「え、そうなんですか?」
有名という言葉を聞き驚いて聞き返す名雪。
陸上部の部長だ、そこそこ名が知れててもおかしくは無いと思う、事実佐祐理さんの言葉を聞いた舞も思い出したように納得の表情を見せる。
「あー、陸上部の部長〜、うん、前部長のみまっちに聞いたことあるわね」
「な、なんてですか!?」
「何でもあたしが聞いた分には『寝ながら走ってるんじゃないかと思うくらいぼーっとして走ってるけど県下でもトップクラスを狙える素材よ』だそうよ」
「……ね、寝ながら、ですか……」
舞の前部長から聞いたと言う話にちょっと落ち込む名雪。
一応誉められてるから心中複雑なんだろうが、相変わらず変なところで変な風に有名になるヤツだな、おい。
「で、ほら舞、あのお嫁さんランキングの初代チャンピオン」
笑顔でそう言いながら名雪を指差す佐祐理さんを見ながらそーいやそんな話題も先日出たな、と実は妙な感じで有名だったいとこ殿に感心。
「ああ、あの圧倒的有利と言われた佐祐理を押さえて鹿島ちゃんがTOPに立ったと思ったところで突如現れた連邦の化け物ね」
「あははー」
うんうん頷きながら名雪を眺めて語る舞の横でどことなく悔しそうな雰囲気漂う笑顔の佐祐理さん。
最近解ったが、佐祐理さんは笑顔だけで実に様々な表情になる不思議なお嬢様だ。
「下馬評では群を抜いての佐祐理人気もフタを開けてみればランクインすらしなかったというのは、ひとえに佐祐理の笑顔の奥の黒いものを感じ取った男が多かった、と」
平然とした舞の物言いだが、どことなく親友に対して悪意のある言葉尻の相手に聞こえる独り言。
横で聞いている当の本人様は相も変らず笑顔のままで器用に青筋立てて心ばかりの反撃に出る。
「……強そうな人ランキングは前評判通りどこかの剣士さんだったけどねっ」
「ふふん、あたしは強そう、じゃなくて強いのよっ」(←舞:堪えてないどころか自慢)
強そうな人初代チャンプはお前か。
「……運動バカって言うのよ、それは」
「……健康的って言うのよ、佐祐理こそ、勉強できるだけじゃ今の世の中渡っていけないわよ」
「む、健康的……な体力バカと家庭的な女の子、どっちが有利か考えるまでも無いと思うけど?」
「くっ、家庭的って、アンタは料理が出来るだけじゃない」
「豪華なお弁当が作れる女の子と一杯480円の牛丼を5分で平らげる女の子、さて、どっちがもてるでしょう?」
「くっ!」
「……大盛、か」(←祐一:感慨深げに)
「今はキャンペーン中で400円だよ」(←名雪:眠そう)
なんだか朝の登校中の通学路で、元気な2人が必要以上のテンションでじゃれあってるんだか言い争っているんだか解らないが大騒ぎ。
ちょっと人の目が気になりだしたところでどうやら2人の話もクライマックスに突入したようで。
「で、祐一くん!」
「は、はい?」
「家庭的な女の子と活発な女の子、どっちが魅力的!?」
「え、えっと……」
男の意見が聞きたくなったのだろう、2人で俺に詰め寄ってきた。
正直この2人に詰め寄られるのは怖い。
助けを求めるように俺は名雪の方を向くが、そこで一つ思い当たることがあった。
「そう言えば……名雪は家庭的で健康的だよな」
「え? そうかな?」
「おう、陸上部の部長で家で見る限り充分家庭的だと思うが?」
「そ、そっかな……ふふ」
俺の言葉に驚いたように、それでも嬉しそうな反応をする名雪。
そして、俺の傍では、
「ふ、伏兵っ!?」
「おのれ名雪ちゃん、ランキングの時といい今といい……天性の伏兵ですかあなたはっ」
なんだかいつの間にか敗北していた二頭の獣が吼えていた。
「でも、佐祐理さんって運動神経いいとか言ってなかったか、舞」
ふと、以前例のお昼の場所で舞から聞いた言葉を思い出して首をかしげながら聞いて見る。
だとしたら佐祐理さんも健康的で家庭的では?。
「まあ、神経はね、いろんな神経太いからこの娘は」
「む、神経太いかもしれないけどウェスト細いからいいのよ、どっかの誰かさんは部活引退してから食べるだけでどうか知りませんけどねっ」
「ふふふふ……」
「あははー……」
今日はなんなんだこの2人。
笑顔でにらみ合う竜虎を横目に、名雪と目が合うと2人で眉をひそめて苦笑。
まぁ、この2人はいつもこんなもんらしいよ、と名雪の説明を受けながら呆れ半分にここ数日見た2人の掛け合いを思い出して納得する。
まぁ、平和なことだ。
「あ、舞は剣道部だったんだろ? 佐祐理さんって何か部活とかやってたのかな?」
「倉田先輩は、生徒会やってたから部活はやってないと思うよ」
「へぇ、佐祐理さん生徒会か……」
「うん、前の生徒会長さんだよ」
「ほう、なんか納得……でも、なんか凄そうな生徒会だったというイメージが沸くな」
「祐一、実際凄かったんだよ……」
「凄かったのか……」
「文化祭で『ミス・コンテスト』とか言って『ドジッ娘』集めたりとか」
「……『ミス』、か」
「部費の振り分けなんかも、文化祭で面白いことやったところが多く貰えたりとか」
「……横暴極まりないな」
「だから、前の文化祭は……戦場、だったんだよ」
「……遠い目をするな、名雪」
「でもね……本当に恐ろしいのは、そんなんでも倉田会長伝説の氷山の一角でしかないってことだよ」
「そ、そうか……」
目の前で『しゃー』とか『ふーっ』とかって威嚇し合ってる2人を眺めながら、名雪に佐祐理さんの過去の偉業を聞く。
確かにこんな生徒会長なら一筋縄じゃいかない生徒会が出来上がりそうだ。
もっとも、必要以上に楽しそうではあるのだが。
舞が元剣道部、佐祐理さんが元生徒会長、そして名雪が陸上部か、みんないろいろと頑張っているんだな。
などと帰宅部である自分を棚に上げてうんうん頷いてみるが、部活、ということでちょっと気になることが頭に浮かんだので名雪に質問。
「そういえば、名雪、香里って何の部活してるんだ?」
「……」
「……名雪?」
「そういえば、わたし香里が何の部活してるかしらない」
「おい」
親友だろうお前ら。
日に日に理解してくる名雪の天然ボケの凄まじさに呆れを通り越して心地よさまで感じる今日この頃。
香里が隠してるからわからない、くらいの答えが返って来るんじゃないかと予想はしてたが、
まさか気にしてもいなかったとは恐れ入るぜ名雪。
しかし、名雪でも知らないとなると本格的に謎に包まれてしまったわけだ。
もっとも、秋葉さんが言うには正式所属はないと言うことだから誰も知らなくても無理がない話なのだが、ああしてちょくちょく部活と言いつつ放課後姿を消すからには何かはしていそうなものだ。
「ん? 香里ちゃん部活してるの?」
「なるほど、今の話の流れから香里ちゃんの部活は謎に包まれている、と言うことね」
いつの間にか怪獣大決戦を繰り広げていた2人も俺達の言葉を聞いて話に参加。
加えて何故かどこか遠くを見つめて握り拳を作り気合を入れて語る倉田のお嬢様。
「私は会った事ないけど……わかりました近日中に調べ上げておきましょう、今ここに、倉田家の力を見せてあげましょう!!」
そんなことに倉田の家の力使うな。
それでもまぁ、騒いでいたとはいえ4人はちゃんと学校に向かっているわけで気が付けばもう学校。
いつもよりはるかに早い時間に着いたという喜びを噛み締めながら、いつもどおりと言っていいのか何考えてるか解らないハイテンションな舞と何考えてるか解らない笑顔の佐祐理さんと昇降口で別れて名雪と2人。
朝からテンションの高い2人に出会ってつられたためか、はたまたいろいろと好条件を持ってヒロイン一直線な状況である自分に気付いて気分がいいのか、
いつもは朝の弱いはずの名雪が上機嫌で足取り軽く予鈴のなる前に教室にゆっくりと入る。
「おはようっ」
ちょっと嬉しそうに挨拶をする名雪。
うむ、清々しい。
と、思いきや教室内からこれと言った返事はなく、不思議に思って中を名雪越しに覗いてみると目に入ってくるのはもう学校に来ているクラスメイトの固まったような表情。
そして、彫像のような人たちはゆっくりと教室内に掲げられている時計を視界に入れる。
時計はアナログ、丸型で白地に黒の文字盤で1〜12までアラビア数字書かれた典型的でシンプルな時計だ。
恐らくは、コレが一番時計としての完全体、最もシンプルな形であり、もっとも清楚な作りであるがために時計としての機能以外の機能を持たず、それでいて時計として最大の人気を誇る一品。
まさにコレこそキング・オブ・時計。
時計王ここにあり!
などと俺が時計について考え事をしているうちに教室内は固まっていた人たちが正気を取り戻しにわかに慌しくなる。
正気を取り戻すきっかけになったのはこの人、名雪が親友で今我らの間で話題の人美坂香里嬢。
彼女の一言は、まさにココにいた全ての人たちの気持ちを表す言葉だったに違いない。
「……名雪、アナタなんでこんな時間に学校に……え? 夢? あたしまだ寝てるのかしら?」
「……酷いよ香里」
確かに傍で聞いている俺も酷い言い草だと思う。
でも、
周りの動き出したクラスメイトの言葉を聞くと、そうとも言えないような気がしてくるから不思議だ。
「え、名雪ちゃん、よね、間違いないよね」
「えっと、時間……」
「……まだ、予鈴も鳴ってないぞ、え? え!?」
「雪でも降るんじゃ……」
「いや、落着け雪は普通に降る、ココはシベリアだ」
「お前が落着けよ! こんな時はそう、人という字を手のひらに書いて……」
なんて言うか、とんでもなく混乱しているいつも愉快な2年石橋組。(←最近みんな気に入ったらしく教室内で流行)
名雪がこの時間に来ることはコレほどまでに大事件なのか。
先日も似たようなことがあったが、今日はあの時よりさらに10分程早いのだ。
つまり、現在予鈴のなる20分前、担任石橋親分の入ってくる25分も前なのだ。
よく考えれば大したこともないことなのだが、それが名雪である、と言うこととココが2年石橋組であるということが事態を必要以上に大きくしているのだろう。
もう誰もが気付いていると思うがこのクラスはお祭り好きの集まりだ、くそぅ楽しすぎるぜ2年石橋組。
「相沢くんっ、名雪ちゃんがこんな時間に来るなんて何があったの!?」
「この間といい、今日といい以前には見られなかった事態だ、相沢、いったい何をしたんだ!?」
と、眺めて傍観者になっていた俺に話がふられ始まる。
まぁ、みんな一緒に住んでることは知ってるわけだろうし、俺が事情を知ってるかと思って話を訊くのは至極当然のことだろう。
だが、ココで素直に答えていいものか、ココまで盛り上がってる石橋組の熱を下げるようなことをしてもいいのだろうか?
っていうか、何より、
名雪が何で早起きしたかなど正直俺も知らん。
だから、
だからこそ俺は敢えてこう言おう。
みんなの視線を浴びて、右手をゆっくり上に挙げ、人差し指を天に向かって指し示し。
「……これこそが相沢力(あいざわぢから)だ!」
「……」
一瞬、静まり返る教室。
だが、しばらくするとどこからともなく声が上がり始める。
「……あーいざわっ」
「「あーいざわっ」」
「「「「あーいざわっ、あーいざわっ!」」」」
声は一つ二つと増えて行き、気が付けば大きな波に、そして渦に。
こうして2年石橋組に一人の教祖が誕生したのだった……。
「相沢力ーっ!!」
「ステキーっ!!」
「付いていくぜおやぶーん!!」
「「「あーいざわっ!! あーいざわっ!!」」」
「……みんな、極悪だよ……」
あとがき
ますますもってわけわかんねぇ。
書いててなんですが、こんなクラスに入りたかったですね。