舞踏会から一日。
会場は昨日のうちに片付けを終えていたらしくその面影も校内に残っていない。
その時の写真が数日後に貼り出されるそうだが、今のところはいつもどおりの学校の風景である。
だが、昨日のことが夢でも何でもない証拠として、
香里の機嫌が若干よく見える。
いや、俺の視点で勝手にそう見えているだけかもしれないが、昨日のことが原因で美坂姉妹が仲良くなれたと言うのは間違いないだろう。
しかし、ここで一つ問題が脳裏に掠める。
仲直りをしたとはいえ、美坂栞の病気が治るわけでもない。
実際問題、香里から聞いた話によれば誕生日までの後数日しか時間は残されていないことになる。
とはいえ、そんなタイムリミットでスイッチが作動する訳でもないのだ、
正直、今こうして無事なことさえ不思議な話だという。
昼休み、
今日は誘ったら香里も例の場所について来てくれて栞に対して学校を休んでいないがらこうして遊びに来るその姿に呆れたような態度を見せながら、
何だかんだで世話を焼きながら場を楽しんでいたと思う。
今はそんな昼食会の帰り。
教室に向かうところで香里と2人で歩いているのだ。
ちなみに名雪は部室に用があるとかで不在。
北川は栞を中庭までお見送りの役目を仰せつかって別行動になっている。
すっかり香里にまで公認の仲となってしまった北川と栞。
栞はそれでいいかもしれんが微妙に北川が哀れである。
まぁ、今に始まった話でも無いのでこの際それはいいとする。
ともあれそんな理由で2年石橋組の教室に向かうのが俺と香里の2人になったわけだ。
数歩前を歩く香里の今の表情はわからない。
例の場所にいるときは少なくとも機嫌が良さそうだったので安心したのだが、
今後のことを考えれば一概に機嫌がいいとも思えない。
と考えていたところでくるっとこちらに向き直り香里は俺に声をかけて来た。
「相沢君も北川君、凄いわよね」
突然に笑顔、それも苦笑に見えなくも無いそんな表情で発せられた言葉になんのことを言っているのか解らず呆けてしまうが、
香里はそんな俺に構わず話を続ける。
「栞、北川君に自分のこと話してあるみたいなのよ」
「……自分のこと?」
「病気、もう、時間もないってこと」
……なるほど。
香里の話は驚く話だったが、意外という話でもない。
栞にしてみれば北川は自分と一緒にいてくれる大事な相手だ、いろいろ悩んだ部分もあるだろうが話すことだって充分考えられる。
マジメな話、話していようが話してなかろうが納得の出来ることだ。
「凄いわよね、2人とも、それを知っていても変わらず、いえ、より栞の為に動いてくれてるみたいなんだもの」
自分にはそれが出来なかった、と言葉の裏で自嘲するように俺から視線を外して呟く香里。
「まぁ、北川はどうだか知らんがよ」
「え?」
俺の声に少し俯きかけた香里の視線が上がり、俺の次の言葉を待つ。
「正直なところああして栞が元気に見えてるから実感がないんだ」
まだ、なんとかなるんじゃないかと思って、と続けようとしたがそれは流石に香里にはキツイ言葉になるだろう。
幾度と無く自問自答してきた言葉だろうから。
「そうね、そうよね確かに、本当ああして今元気に見えることさえ不思議な話なのに」
――まだ期待してる自分がいるから困ったものね。
聞こえるか聞こえないか、そんな小さな声で呟いた言葉。
今の栞の姿でさえ奇跡に近い、ならいっそ本当の奇跡が起ってくれないものか。
それがきっと香里の本音。
痛々しい笑顔の前に俺は言葉も出せなくなる。
けど、そんな俺に気付いた香里は軽く頭を振って俺に礼を述べてくる。
結局栞との仲を取り持ってくれたということで感謝されているらしい。
まぁ、俺1人の力でもないし、勝手にやったことなので気にしなくてもいいとは言っておいたのだが。
「名雪には朝にお礼言っておいたわ、舞踏会にほとんど強引に誘われたけどね」
「ああ、そうか、名雪も昨日いろいろファインプレーだったしな」
「そうね、いい友達持ったわよホント……あと、あゆちゃんにもお礼言わないとね」
「……そう、だな」
香里の話によると、やはりあの日のあゆの言葉が効いたらしい。
あゆの言葉からは彼女も昔誰か親しい人を失くしてしまったのが読み取れ、そして何か大きく後悔をしたことが理解できるわけだ。
そんなあゆの言葉が香里に心に響き、そして残っていたから今回の栞との仲を動かす決心に大きな力を与えたのだと言う。
本当にあゆには感謝しなくてはいけないだろう。
結局のところアイツが一番のファインプレーだったのだ。
「でも、相沢君?」
「ん?」
「ちょっと気になったんだけど、あゆちゃんって同い年って言ってたわよね」
「そう聞いてるが?」
「前にあゆちゃんから直接聞いたんだけど私服の学校行ってるのよね?」
「ああ」
「……で、ちょっと調べたんだけど、この近辺に私服の学校、無いのよ」
「え? 確か、なのか?」
「そもそもこんな田舎よ、数自体少ないから見落としなんてそうそう無いと思うけど……」
「じゃあ、あゆはいったい……」
「で、ちょっと捜索範囲を広げてみたんだけど……」
「……範囲?」
「私服の……中学はあったのよ」
「なにぃっ!?」
あゆ、妙な疑惑発動。
でも、やっぱりまいがすき☆
「ナツミちゃん、帰ろうぜ」
「あ、うん、今準備するから待って斉藤くんっ」
放課後、クラスメイトが部活に向かうなり帰り支度をするなどの喧騒の中、教室に昨日の舞踏会で更に仲が進展したカップルの声が響く。
それほど大きい声でも無いのだが意図してか教室内は僅かに喧騒が収まり件の2人の声に耳をそばだてる。
渦中の人たちは自分達の世界に入っているからなのか周りの状況に気付きもせずそのまま話を続ける。
この2人、あのくっつくことになった事件からそれほど時間も経っていないというのに最早すっかりクラス公認のバカップルなのだ。
はじめはクラスの連中もこの初々しいカップルを温かい目で見守って行こうとしていたのだが、
初々しいどころか2人の背景にはきらきらしたCPUに悪影響起しそうなエフェクトが自然発生し、
足元には薔薇の空想具現化。
トゲが刺さって痛そうだが、愛し合う2人には何の障害にもならない。
いつしかクラスの仲間達はこの2人を温かく見守るではなく、
応酬されるこっぱずかしい台詞の数々を聞いて悶え転がるという新しい遊びに発展させていた。
目的意識がいまいちだが実はこれなかなか楽しかったりする。
ほら、だって今もそんな会話が展開中。
周りを少しは気にしろお前ら。
「斉藤くん、どうしたの?」
ふと、教室から出ようとした斉藤がドアのところで立ち止まり、後ろに続いていたナツミちゃんがその行動を見て訝しげに質問する。
斉藤はしばらく、といってもほんの少し間をとったくらいの時間だが何かを考えるような仕草を見せて何でもないと教室を出ようとした。
まぁ、これで何でもない、とか思うやつは居ないわけで。
「待って」
出て行こうとする斉藤の袖を軽く引くナツミ嬢。
振り返る斉藤。
そして見詰め合う2人。
でもって2人以上に盛り上がる教室内。
さぁ、今日はどんなクサイ台詞が!?
そんな期待に教室に残っている者たちの視線は2人から外しているものの、全身が耳になっているような超感覚で2人の動き、言葉を逃すまいと集中する。
最早シックスセンスの領域である。
「い、いや本当に大したことじゃ無いんだけど……」
「何?」
慌てているのか照れているのか視線をナツミちゃんから外して呟く斉藤。
今更照れんなよ、と教室中から無言のツッコミが飛び交うがきっと本人達には届いていない。
「まぁ、ほら、いつまでも『斉藤』だから……」
「え?」
「いや、なんつーか、その、名前で呼んで欲しいかな、とか」(←斉藤:照れくさそうに)
男がそれ言うかっ!?(←教室内心の総ツッコミ)
「斉藤、くん……」(←ナツミ:真っ赤になって)
呼んでやれよっ!!(←教室内再び心の総ツッコミ)
「いや、わりぃ変なこと言って、か、帰ろうぜっ」
斉藤は自分の発言に耐え切れなくなったのか照れたまま慌てて教室を出て行く。
「斉藤くん……」
徹底して名前を呼んであげないナツミちゃんもハッと気がついたように慌てて追っていく。
そして、
残された教室内では『明日からナツミ嬢が斉藤を名前で呼ぶか』という賭けが始まりそうになっていた。
と、まぁそんな一幕があったわけだ。
が、
「ところで、一つ質問なんだが」
教室が落ち着いた頃を見計らって一つ聞きたい事があった俺はみんなを見渡して声をかける。
クラスメイト達が一斉に俺の方を向いて何事かと視線で問うて来る。
「いや、な、斉藤の下の名前、何だ?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
とたんに静まり返る教室。
皆の表情は硬く、そして真剣で。
1人、また1人とついと視線を逸らして行く。
もしかして、俺は地雷を踏んでしまったのか。
そんなことを考えていると、我らが石橋組のツーテール、秋葉嬢が引きつった表情で左手人差し指を立てて一言。
「……ブッシュ?」
「……」
「……ブッシュ、ね」(←背高さん)
「……ブッシュか」(←柔道部所属でガタイのいい今井君)
「ブッシュ・斉藤?」(←女子で一番背の低い鮫島さん)
「いや、ブッシュ・ラニーニャ・斉藤でどうだ?」(←クラス委員長でメガネの高梨君)
「なるほど、これで一つ問題が解決したな、問題ないか相沢?」(←ちょっと不良っぽい外見だが文芸部の山中君)
「OK、今俺はこのクラスの小宇宙(コスモ)を感じたぜ」(←祐一:サムズアップ)
「じゃあ、すっきりしたところで私はこの辺で、またね〜」(←商店街雑貨屋の娘さんである佐倉さん)
「ああ、また明日〜」(←斉藤とは幼馴染なのに彼女が出来てから疎遠になってちょっと寂しい瀧口君)
「じゃあ、俺も帰るわ」(←誰か)
またな、また明日ね〜、てな言葉が教室内に飛び交い、人が減っていく。
斉藤の名前が決定したことで、俺は一つのことに気がついた。
良くも悪くも、この学校の生徒達は『前生徒会長倉田佐祐理』の影響を受けまくっているんだと。
「相沢君帰らないの?」
ぞろぞろとクラスメイトたちが出て行きもうほとんど人がいなくなった教室で、まだボーっとしていた俺に香里が話しかけてくる。
昼にも感じたが、やっぱりどこか少し微笑んでいるように見える。
まぁ、俺の錯覚かもしれないが。
「……香里こそ、部活はどうした」
「今日は早く帰るつもりよ」
「そっか」
それでも、俺の質問に対して答えるこの内容は多分、栞が待っているからだと思いたいところ。
そんな俺の思いに気づいてるのかいないのか、香里はそれだけ言うと軽く俺に手を振って教室を出て行く。
先の、栞の病気のことがあるから手放しで喜べる話でもないがコレはコレできっとよかったのだろう。
昨日から何度も自分に言い聞かせているその言葉を噛み締めて俺も自分のカバンを手にして帰途へつく。
まだ残っていた数名のクラスメイトに挨拶をして教室を後にし昇降口へぶらぶらと向かう。
「あれ? 祐一くん、今帰り?」
昇降口で靴を履き替え、外へ出たところで後ろから非常によく聞き覚えのある声に呼び止められる。
振り返ると例によってにこやかな先輩。
っていうか舞。
カバンを片手で振り回しこちらに寄ってくる姿は微笑ましいが、近くに人がいたらちょっと危険。
相変わらず無駄にパワフルなお嬢さんである。
でもまぁ、なんだ。
こうして気軽に声かけて貰えるのも寄って来て貰えるのも正直嬉しい話で、気をつけようと解っていても頬が緩んでしまう。
「ああ、舞も帰りか?」
「ええ、今日は佐祐理もなんか一弥連れてどっか行っちゃったしね」
照れ隠しに質問を返す俺に舞は訊いてもないことまで目を細めて首を傾げながら考え込むような表情で答えてくれる。
そのまま俺たちは当たり前のように2人並んで帰途につく。
この街に来てほんのしばらくの時しか経っていない。
なんだかずいぶんと長くいるような錯覚に陥るほどに馴染んでしまっているが実際のところまだ一ヶ月も経っていない。
だというのに、
なぜか俺と舞が一緒にいることが当たり前のように思える。
隣を見れば笑顔で舞が話しかけてきてくれている。
自分でも解っている、俺もそれに笑顔で返しているんだ。
多分、いや、間違いなく俺は舞と一緒にいるのが楽しくて嬉しいんだ。
昔、ほんの少しの期間一緒に遊んだ女の子。
そして、どの程度のレベルかは測り切れていないが、好意を持ってくれているし、何より、俺が彼女に好意を持っている。
うん、自惚れではないと思う……多分。
だから、こうして、
話し合ってもいないのに、申し合わせたように足が自然に商店街に向いている。
端から見れば、ほぼ間違いなく学校帰りのデートコース。
何をするでもなくただ黄昏て赤く染まりかけている街をふらふらと歩く。
話が途切れてもとりわけ何か話さねばならないという強迫観念もなく、自然に一緒にいれる。
なんかちょっと落ち着いちゃってるなーとかしみじみ思っていると、舞が何かに気づいて俺の服の裾を引っ張った。
「ねぇ、アレ」
舞の声に弾かれ、その視線の先を追うと栞と北川の姿が目に入る。
なんとなく舞に引かれて2人から隠れることになってしまう俺たち。
なんか先日似た様なシチュエーションあったなぁ、とか、香里今日は早く帰ったのに栞デートしてたんだなぁ、などと考えながらこそこそと2人を見て取ると、
沈みかけた陽による影響か、北川と栞の表情は笑顔のはずなのに何故か物悲しく、夕暮れの光を浴びて黄金色に染まっていた。
……やはり、香里から聞いた『北川も栞の病気のことを知っている』という事実の為か。
どこか、頭の中で理解はしているが考えから外していた事実を思い返し心が締め付けられるような感覚に目を伏せてしまう。
「なーんかさ、すっかり上手くいっちゃってるよねあの2人」
「ああ、そう、だな」
考え込んでいたところに楽しそうな舞の声が届いてきて、弾かれたように返事を返すが、
コレがまた気のないと言うか、明らかに何かありました、と言っているような声で返事をしてしまう。
そんな俺を見て舞は少し困ったように眉を歪ませるが、それでも口元目元は笑顔でこちらの様子を伺って来ていた。
「祐一くん、なんかいろいろ抱えてそうね」
目を伏せて、笑顔のままポツリと独り言のように呟く。
何かを言い返したいが、まったくもってその通りのために何を言っていいかわからないのでこちらも俯いて黙ってしまう。
「祐一くん、ってさ」
「……ん」
「バカだよね」
「なんだよ、突然」
「どうにか、出来ることなの?」
「何がだよ」
「今の悩み事、一人で抱えて、一人で模索して、なんとかなるのかなって」
「……無理だろ」
「そっか〜」
口調こそ少しおどけた様子だったが舞の目は澄んでいて、口は微笑を称え、
「ほんと、どうしようもないバカだよね」
丁寧に優しく人をバカにしてくれた。
「で、一人で抱えるの? どうせ栞ちゃん関連のことでしょ?」
「舞に話せと?」
なんと言うかお互い気心知れているだろうから、今更隠し事も何もあったもんじゃない。
俺が何かを抱えているのはバレバレだということだろう。
でも、軽く安易に話せる話ではない。
もっとも、数日後には解ってしまうことだとは思う、その上先に伝えておいたとしても話を聞いた相手もきっと気分のいい話ではないし俺や北川、そして香里のように解決法のない悩みに頭を抱えることになるだろう。
何より口にすることで今後待っているそれを認めてしまう自分が怖いのだ。
まだ、信じ切れていないから。
「でもさ、話して楽になるってのは本当だよ」
「どうだろう、楽になって別の形で苦しむかもしれないぞ」
「相手を不快にさせて? それこそバカだよ、相談ごとを持ちかけられて嬉しくないわけないって、ましてや相手が親しい人なら」
「俺から、何か知りたくなかったことでも相談されても嬉しいのかよ」
笑顔を称えたままだった舞に俺が意地悪く、と言うよりまさしく本音でそう問うと、ちょっとだけ考えて何か思い当たることがあったのかバツが悪そうに苦笑して答える。
「まぁ……あたしが失恋するような相談事じゃなければ歓迎するかな?」
少しばかり俺から目を逸らしてチロっと一瞬だけ舌をだして軽く言い放つ。
そんな舞の表情に、俺の心臓も跳ね上がる。
いい加減本気で気付いている。
俺は舞のことを好きでいて、舞も俺のことを好いていてくれる。
レベルの差はあるかもしれないがお互いそれなりに想い合っているってのは流石にここまでくればほぼ確定だ。
けど、今はそういう話をしているところではない。
舞と俺のことは後回し、もといお互い言葉にしていないだけだがとりあえず置いておいて目の前の時間の無い問題に集中する。
「多分、俺も舞も失恋するような話じゃないだろうな」
「そっかーなら安心だー」
間延びした、それでいてちょっと話題が恋愛事情云々のそっち関係から俺が逸らしたことが残念のような口調で舞が答えてくれる。
不思議な話だが先ほどまで栞を見てどうしようもなく苦しんでいた心が舞との会話のおかげで軽くなっていた。
だから本当に舞に全部話してしまおうか考えてしまう。
何より、心のどこかで舞なら何とか出来るのではないかと考えてしまっているからだ。
でもそれはきっと……ありえない。
ありえないと言うことを俺は知っている。
「お人好し」
ため息を吐くように、俺の隣で北川と栞が遠ざかる様子を見つめながら舞が俺の内側に入りかけた思考を遮るように言葉を吐き出した。
一息ついて、そのまましばらく2人が遠ざかるのを無言のまま見つめて夕暮れの街にたたずむ。
赤く染まる街並みの向こうに2人の姿が溶けるように消えて行き、完全に見えなくなるまで呆けるように俺と舞はただそこに立っていた。
一度こうして止まった会話。
何かを伝えたいとも思うが何をきっかけに話しかけていいか思案してしまう。
流れから、俺は抱えているものを伝えなければならないような気もするが、やはり今一つその勇気が出て来ない。
本当、何をうじうじしているんだと客観的に見るとそう思えるが、実に重過ぎる程に重い内容だ。
話しかけようとして話しかけられない。
そんなジレンマに苦しんで、雪雲が増えて薄暗くなって来た空を見上げていると、
くぃっと舞が俺の腕を引っ張る。
そう急かされても話す決心も度胸もない、もうすこし考えさせてくれ、
と言おうとしたのだが。
「祐一くん、お金持ってる?」
眉間に皺を寄せて目を細め、なんかどこか呆れた表情で俺の方を見ていた。
「は?」
「いや、アレ」
突然何を言われたか解らない俺から漏れた声に舞は気だるそうに商店街の街並みを右手の親指で指差す。
いやまったく気だるそうだ。
で、その指した先。
目を向ければいつものタイヤキ屋の屋台。
その前にはあんなもんどこで売ってるんだろうと前から気になっていた羽の生えたリュックを背負った少女が一人。
「……あゆが、どうかしたか?」
「あー、なんか……さっきから見てたら、あっちこっちのポケットに手を入れておろおろしてるのよ」
「なるほど……」
「で」
「俺に奢れと?」
「まぁね、あゆちゃん助けてあげなよ」
「舞は助けてやらないのか?」
「……いや、今月大きな買い物しちゃって……お金ないのよ」
「……何買ったんだよ」
「関孫六(模造)」
「渋っ!!」
あとがき
進んでる、進んでるよ、話っ!(嬉)
補足
ラニーニャ現象:エルニーニョ現象の逆の現象のことです。