保護者達の伴奏曲−第一楽章−
作:デビアス・R・シードラ様
「あいつら最近ひどくないか?」
場が静かになったところ、聞いて貰いたかった悩みを話し出す祐一だったが。
「あいつら?」
祐一の言葉にすぐに該当するのがだれか、思い浮かばなかった香里は思わず聞き返す。
「真琴たちの事ですね」
美汐はすぐに気がつき、指摘する。
「ひどい・・・ああ、奢らされる事ね?」
美汐の言葉から、すぐになんの話かを理解する香里。
「舞達ですか・・・」
佐祐理もすぐに理解する。
「祐一さんそんなことさせられていたんですか!?」
秋子の言葉には珍しく、非常な驚きがこめられていた。
「でも、相沢君のせいもあるんじゃない?」
香里の言葉に祐一はうなづく。
「それは自覚している」
「でも、あれで奢らせるって言うのは、どうかとも思います」
香里の言葉に反対するように美汐が言葉を返す。
「それは、確かにそうね」
美汐の意見自体には反対ではない香里。
「まあ、軽くからかっているだけで、おごらさせられるって言うのはどうかとは思うけどな・・・でもあれに関しては非は一応俺にあるし、あれはあれで俺も楽しんでいるところもあるからな」
どことなく苦笑しながら言う祐一。
本人にとっても、まあ、しょうがないか、と言った認識。
「でも、あれは・・・ちょっと」
佐祐理にしてみても度が過ぎる、と感じられる。
「いや、俺が問題に思っているのはそうじゃないんだ」
祐一は首を横に振りながら、否定する。
その時にマスターがコーヒーを四人分もってくる。
「当店自慢のブレンドです。佐祐理君の分はもう少しまってね」
「あ、はい」
注文するタイミングの関係で、佐祐理のものだけ少し遅れてくるようだ。
この店のコーヒーは一杯一杯ドリップしているために、注文してから時間がかかるのである。
「良い香りだな」
「そうね」
「これはこの店の一番人気なんですよ」
佐祐理の言葉に皆が納得する。
この香りからでもこのコーヒーの味の良さが解かる。
「祐一さんのいう問題ってなんなんです?」
「全く関係ない、とくに自分が不機嫌になったときにも俺に奢らせようとするんですよ」
祐一は苦い表情で秋子に答える。
「そうね」
「そうですね」
香里と美汐もうなづく。
「そうですね、とくにここ最近は」
佐祐理も、同意する。
「そりゃあ、まあある程度からかったりしたとかならわかるが」
確かにからかったときなら・・・そう考えながら祐一は答える。
「まあ、それはそうね。でもはっきり言って理不尽な時が最近目立つわね」
祐一の言葉を受けての香里の言葉に、佐祐理と美汐もうなづく。
「そうですね、なにかにつけて・・・ですから」
すこし暗い表情でいう美汐。自分自身がその時に止められなかったことを悔やんでいるのだろうか。
「ああ、だからこの人選なのね」
少し考えをまとめて、香里は大きくうなづく。
「佐祐理先輩なら平気っていうのはそう言う意味ですか」
美汐もわかったのか、うなづく。
つまり、この話しをできるのは、この話しに参加して良いのは、祐一に対して奢らせるといった行動を取っていない人ということである。
「たとえば。どんななんですか?」
その実情を知らない秋子が香里に問い掛ける。
一番この中で聞きやすいということもあるのだろう。自分の娘の友人としてもっとも付き合いが長いと言うことだろう。
「そうですね、栞を例に取れば」
まずは自分の妹という一番無難なところから例をあげる香里。
他の人の批判をするよりも、しやすいということもあるのだろうが。
「昼食が多すぎるって相沢君が言うだけでアイス要求しますね・・・」
いつもの光景を思い出しながら言う香里。それがあまりにも理不尽なことであることを再認識し語尾を濁す。
「真琴は、寒いだけで要求しますね・・・」
「舞はおなかがすいただけでですね・・・」
同様に、佐祐理と美汐の二人もいかに理不尽なことであるかを再認識する。
「結構・・・いえ、かなりひどいですね」
微妙に怒りを内封する秋子。もっともそれに気がついたのは祐一だけではあったが。
「あゆちゃんも?」
「そうですね」
皆を代表して佐祐理が答える。
「たい焼きをご自分で買われていることはほとんどないのではないでしょうか?」
「そうですか」
怒りを通り超え、半ば落胆する秋子。自分の娘のそう言った所業(真琴は秋子にとって無論娘という認識である)見過ごしていた自分が情けないと感じていた。
「それで名雪は?」
秋子がそう言った瞬間に全員の動きが止まる。
この人の前で言ってしまってもいいのか?
そう、心の中で自問自答する。
また友人の罪を告白することになるのである。
もっとも、その友人の罪とは自分の思い人を困らせていること、自分の思い人への罪である。
とはいっても、ここにいる少女達は友人を売ると言う行為に近しいことを実行できるほどの即断力はない。
むしろ、こういった決断しなければならないときに出来なくて悩むタイプの3人である。
そんな苦悩する少女達の表情をみてなんとなくわかったのか、秋子はにっこりと笑う。まるで聖母のような笑みで、どんな罪でも許してしまうかのような笑みで。
そして、どこかに悪魔の雰囲気を漂わせながら。
「かまいません、いえ、むしろ是非いってください」
その顔は微笑んではいたが目は決して笑ってはいなかった。
ほほに手を当てるいつものポーズ、しかし・・・
いつもとはかけ離れたどこか殺気すら漂わせるような雰囲気をまとっていた。
「ええと・・・」
とりあえず名雪の友人、親友といってもいい香里がはなしだす
「あたし達が見ていても一番ひどいな、っておもうのは名雪なんです」
言いずらそうに話す香里。
「他の子達も基本的に悪いとは思うんですけどね・・・」
香里の後を続けて佐祐理が言う。
「そうですね、確かに」
美汐も佐祐理の発言にうなづく。
「でも、理由としては・・・あまりにも弱いですけど、それでも理由がないわけじゃないですし」
香里がそれを受けて言葉を返す。
それを聞きながらゆったりとコーヒーを口に運ぶ秋子。
「そうですね、たとえば、舞にしても栞ちゃんにしても、祐一さんが少しはなにかしたことによりますし。まあ、すごい軽いことでも奢らせる舞達は問題ですけど」
佐祐理もコーヒーを飲みながら答える。
「それとは名雪さん一線を画しますし」
美汐はその二人との比較としてみた名雪の印象を告げる。
「ええ、はっきりいって・・・ひどいです」
香里も同意する。
「名雪さんの主張はあんまりすぎですね」
佐祐理ですらやや怒りを込めて言う。
「というと?」
この3人がここまでいうと言う事は、相当ひどい物であることを秋子はわかっていた。
この3人ならば多少の事なら、ここまでの発言はしないであろうということを、たとえ、それが祐一がらみの事であっても。
「朝の起こし方で祐一さんに文句言っているんですよ?」
続く、香里の言葉は秋子にとっても予想外だった。
「起こし方?」
確かに祐一がこちらに来てから、秋子が名雪を起こすと言う機会は余り無い。
名雪が休日の部活の時や、祐一が日直で朝早くに出る時だけである。
「やさしくなかった、脅した、散々言っていますね」
さすがにジャムの話題は裂けて話す香里。
「起こしてもらっているということが全くわかっていないみたいで」
その声には名雪に対する怒りが混じっていた。
「起こしてもらえるということが当たり前になっているんですね?」
確かに最近の名雪は、自分で起きようとする気が無い様に秋子にも感じられていた。
自分が起こす時にも感じていた事である。
「そうですね、最初はすごく感謝してたんですけど、名雪も。最近は・・・」
「なるほど。つまり、あの子は自分がしてもらっているという認識から、それは自分の権利であると勝手に錯覚しているということですか」
むしろ怒りを通り超え、呆れる、いや、あまりにも虚しく感じる秋子。
「それで・・・イチゴサンデーを、ほぼ毎日ですね」
「イチゴサンデー・・・一つ880円ですね?」
なぜ秋子がきちんと値段を知っているのかはなぞだが、確かに名雪が食べている物は880円(税抜き)である。
「ええ、一つなら」
そう言葉を濁す美汐。
「たいてい、おかわりしますし」
「一つという約束なんて守りませんね」
香里と佐祐理にすらあきれられた口調で話される名雪
そのことに秋子は・・・再び怒っていた。怒りを通り超え、呆れ果て、更にもう一度怒りに立ち戻ったのである。
もちろん佐祐理たちに対してではない。自分の娘に対してである。
「それに名雪さんは脅しますし」
佐祐理は更に言葉を続ける。
「脅す?」
「ええ、相沢君に奢ってくれなかったら夕飯は紅しょうがって・・・」
秋子の疑問に香里が顔を伏せながら言う。祐一の処遇が余りにもひどい事を再認識しているのだろう。
『紅しょうが』秋子自身覚えがある。一度祐一の夕飯をすべて紅しょうがに名雪が変えていたことがあった。
軽い冗談であり、なにか祐一が名雪を怒らせてものだと思っていた。そして、ある程度の喧嘩はむしろほほえましいとまで考えていた・・・つい先程までは。
しかし、実態を知ってしまった以上・・・これは更なる怒りへと転化される。
ほかの子達は祐一に奢って?などとはいっても脅迫まがいのことはしていないのである。
真琴や、舞も似たようなことを口走りはするものの、実行するわけではない。
どちらかといえば、はかない抵抗であり、そこには祐一が断るなどないという思いもあるのだが、ただ、名雪だけは訳が違う。
朝起こし方が乱暴だといって祐一におごりを強制する。
そこで祐一が断れば、1日中祐一に「うー」というこへと恨みがかった目線を向ける。勿論授業中も。
結局のところ、授業の妨害でもあるわけで、周りのクラスメートのことを考えて祐一はしぶしぶ承諾する。
勿論ここに至るまでに祐一に夕飯は紅しょうが!などの脅迫まがいのことをしているわけである。
考えてみればいい。
最初の一回は本気で名雪がやるとは思っていなかったのでそれを祐一は食べるはめになったのだが、一杯880円である。それだけあれば、普通に定食ぐらい食べられる。駅の方に行ってラーメンでも食べてくればいいのである。
秋子の料理には劣るが、まあ、紅しょうがを避けられればいいわけであるのだから問題は無い。
しかも、今のこのデフレの時代、880円あれば、安く食べようと思えば、お釣りが十分くるほどでもあるわけで・・・それをしないのは、名雪のことを思ってなどではもちろんない。
クラスメートに迷惑がかかるのを祐一が放っていおけないからである。
「それでおかわりって?一杯ですか?」
「ちがいます。三杯くらい食べるから・・・ちなみに名雪は自分のお金で食べる時、一つ以上食べませんし。このあいだ日曜日に名雪とショッピングに行った帰りに、不思議だったから聞いてみたんです、2つたべないのって」
「それでこたえは?」
「食べたいけど、一つでもけっこうするから、二つも食べられないよ。って笑顔で・・・」
その言葉にややあたりを包む瘴気が濃くなる。もっとも、それは秋子からだけではない。
この話をしている香里、聞いている、美汐、佐祐理からもである。
最大の当事者の祐一は、その空気に気おされるかのように、静かにコーヒーを飲んでいた。
いや、コーヒーを飲んでいる事しか出来なかったとでもいうべきだろうか。
ちなみに祐一が名雪ににおごる時には、必ず『一杯だけ』との契約を締結し、承諾する名雪。
しかし、その言葉が守られることはほとんどない。
2杯目を注文し、それは自分で払えよ?と祐一が言おうものなら、「祐一!そんなこと言うなら祐一の夕飯は紅しょうが!」と言い放つ。
1個だけという契約の破棄など、お茶の子さいさい。もともと守る気すらないのである。
契約破棄に対する代償もなし。はっきりってひどいものである。
さらに考えてもらいたい。880円×3つまり2640円。それだけのお金があればどれほどの夕飯が食べることができるのか?
安いところならコース料理に手が届く。ラーメンをチャーシューメンにするのに何の躊躇も入らない。
休みの日に北川と遊びに行き昼飯にラーメンを頼んだ時、ゆで卵を入れようかどうしようか・・・
そう、自分の財布と相談する祐一が・・・
しだいに殺気をまとっていく秋子、そして自分達で話ながら、怒りを充填させていく3人。
祐一にしてみてもまさかここまで怒りをあらわにするとは思ってもいなかった。
「あの子達には、とくに名雪にはきつくお仕置きする必要性がありそうですね?」
にっこりと微笑みながら、3人に確認するように言う秋子。
「それと、祐一さん。優しいのは良いのですけど、あまり過ぎると過保護でしかないですよ。あの子達にしてみれば奢ってもらっているというのはある種のステータス勘違いしているのでしょう。自分達はここまで思ってもらっている、勝手にそう誤解して。だからこそ強引にまで実行しようとするのでしょうね」
3人の少女も秋子の話しに納得しうなづく。
秋子の推論は実に的を得ていたのである。事実奢ってもらっている、いや、奢らせている5人の心理とはまさに秋子の言うとうりである。
だから、5人のうちの誰か1人が祐一に奢ってもらったのならば、嬉々として他の人に自慢する。
そして、それを聞いたほかの4人が、彼女ばかりずるい!ということになり、結局全員に奢る事となるのである。
「でも、その優しさが祐一さんですよ」
「そうね」
佐祐理の言葉に秋子は微笑む。
「あの子達にもお灸を据えましょう。でも、祐一さんも少しは反省してくださいねもっとも祐一さんのせいではないですけど。祐一さんに頼りがいがあるからあの子達も依存するのでしょうけど祐一さんにしても、ただ依存するだけの子たちより、共に助け合っていくこの方が好きですよね?」
秋子は祐一に少しだけたしなめるように、確認するように言う。
「それは、まあ。俺の好みって言うか、そう言うのに関して言えばですけどね」
祐一のその言葉に、強烈に反応する3人。
「負担になるなら・・・そうですね。精神的に自立している女性の方が好きですよ、俺は」
続く祐一の言葉に考え込む3人。そして香里はポツリと漏らす。
「あたしは・・・自立なんて・・・してないわね」
苦しげな、絞り出すような声で。
「妹のことであれほど、相沢君に依存していたもの」
「私も駄目ですね。今だにあの子のことを引きづっています」
そんな香里に自分もですよ、そう言うように美汐もつぶやく。
「二人だけじゃないですよ、佐祐理もだめですね。全然自立なんて・・・」
そんな落ち込んでいる3人をどこかほほえましく見ながら秋子が口を開く。
「じゃあ、祐一さんここにいる3人ならその条件に該当するということですね?」
3人の言葉とは逆のことを言う秋子。
その秋子の言葉を受けて祐一は3人をゆっくりと見まわす。
「そうですね」
そういう祐一はどこか照れているようにも見える。
まあ、自分の好みであると目の前で話しているような物だから。
「あ、あたしは・・・」
その祐一の言葉に香里が暗い顔で反論するが、その言葉をさえぎるように祐一が言葉を入れる。
「妹、栞のこととか言うならそれは違うぞ?」
「でも!」
「おまえは乗り越えたんだ」
再び香里の言葉をさえぎるように言う祐一。
「で、でも・・・」
「それに香里は充分自立しているだろ?」
そういって微笑む祐一。
「料理もできるし、基本的になんでも自分でこなせるだろ?」
「確かに、そういったことはあたしはできるけど」
祐一の真意が読み取れない不思議な顔をする香里。
「いきなり一人暮ししろって言われてもとりあえず困らないだろ?」
「それは・・・そうだけど」
「それに、香里は充分独立しているよ。人に迷惑をかけないようにいつも気を使っているからな。それは一人の女性としてきちんと回りのことを見られるってことだろ?」
そう言って微笑む祐一。その優しい笑みに4人ともほほを赤く染める。
「その点は天野と佐祐理さんもおなじだな。自分が主張したくても誰かが先に言っている時には、自分を押さえていっぽうしろにいるしな自制してるとでも言えば良いのかな。自分がしたくても相手のことを考えて自分のことを後回しにするだろ?まあ、もっともそれが過ぎるとは思うけどな。もう少しわがままでも良いとは思けど」
照れながら言う祐一。その言葉を同じように照れながら聞く3人。
「その言いかただと、祐一さん控えめな子が好きみたいに聞こえますよ?」
秋子はそんな皆をほほえましく見ながら口を開く。
「そうですか?」
「そうですね」
「うーん。そういうわけじゃないんですけどね。ただ、時と場合を解っているというか、ここだけは譲れないって言う時にはむしろ強固までに反対するというか、一本芯が入っているというか、そういった判断のできる人が好きというのはあるんですけどね」
「なるほど。なんとなくわかります」
秋子は祐一の答えに妙に納得する。普段は周りを立てていても、自分の譲れないところだけは決して譲らない人。ということだろう。
「やはりこの3人は該当していますね?」
「そうですね」
祐一の先程よりも照れた笑顔とその声。
その笑顔と言葉に、3人は自分達は祐一の好みの対象内であることに安堵と喜びを覚える。
「その点・・・あの子達は駄目ってことですね?」
先程までの楽しげに聴く声とは一変し、断定的に決め付けるかのような口調で話す秋子。
「まあ、そうなりますね」
祐一も苦々しく言う。
「それにしても、あの子達も気がつかないのでしょうか?誰が好き好んで、奢らされたり、脅されたりする子をすきになるんでしょうね?」
まったく、こんなことにも気づかないのかしら?そう言うように話始める秋子。
「しかも、祐一さんの周りには、こうやって、自分のことを押し付けずにいる女性が3人も居るのにね。祐一さんは割と我を通す方だから、どちらが好まれるかなんて考えるまでもないと思うんですけど。どちらにせよ、あの子達はやりすぎましたね」
「やりすぎた、確かにそうですね」
秋子の言葉に照れながら、最後の部分に香里も同意する、名雪たちは確かに度が過ぎている、そう彼女にも感じられるから。
美汐も秋子の言葉にうなづく、そして佐祐理も。
「そこで、わたしに良い考えがあります」
祐一達四人を見渡しながら秋子はそう宣言するように言葉を発した。