保護者達の伴奏曲−第三楽章−
作:デビアス・R・シードラ様
「俺が二人を待っているんだといって聴かない祐を寝かしつけて、すこし立った時だった、病院からの電話は・・・」
重く沈んだ空気が辺りを包む。
普段のこのメンバーからは考えられない光景だった。
佐祐理はその場にいるだけで場を明るくすることができる。
秋子もまた、いるだけで場所に安心感を与えることができる。
なにより、相沢祐一という存在があるだけでこういった暗い雰囲気を一掃しているのだから。
「電話に出たのは俺だった。なんとなく悪い予感はしてはいたが・・・普段は聞き分けのいい祐がかたくななまでに二人を待っているんだ。そう言ったのもどこかで何かを感じていたのかもしれない」
その時の、その電話を思い出しているのか、やや遠くを見るような祐一。
その何時もはみれない憂いのある顔に、不謹慎ながら三人とも見いってしまう。
「その電話でなんて答えたのか、医者が正確にはなんて言ったのか、実は記憶がない」
香里には祐一のその時のことがいたいほどわかる。脳が処理しきれないのだ、あまりにも膨大な感情を。
いや、脳が処理することを拒んでいるのかもしれない。
「とりあえず、奇跡的に・・・そう、本当に奇跡的に二人は即死ではなかった」
再び冷めたコーヒーを口に含もうとして、すでに中身がないことに気がつく。
祐一はマスターを呼び、コーヒーのお代わりを要求した。
「俺は寝ぼけ眼の祐を背負い、両親をたたき起こした。そして両親をたたき起こす前に連絡をしていたタクシーに飛び乗った。電話の内容は覚えていないが、この時の車内のことは事細かに覚えているよ。あんなにも短い距離が長く感じたことはない」
一つため息をはく。
「病院のついた時にはすでに・・・そう、すでに全てが終わっていた。医者はただ、そう・・・ただ首を振るだけだった。真琴ねえの意識があるのが信じられないともいった。それがいいことなのか、悪いことなのかは別に」
マスターがいれた新しいコーヒーを一口含む。
祐一にはその苦さが、あの時の苦みを思い起こさせるような、そんな感じがしていた。
「俺達がついた時に兄さんはすでに・・・事切れていた」
「祐一さん・・・」
「真琴ねえはわずかだけど、ほんとうにわずかだけど、言葉をかわせた」
祐一は、後になってなぜこの時真琴が話せたかを知ることとなる。
事故が起きた時、その身をていしてまで愛する妻を護ろうと恭が盾になっていたためである。
そのため、恭の遺体は真琴と比べると壮絶なものだった。
折れていない骨を見つけることが困難であるほどだったのだから。
そして、その恭の体によって真琴は祐一、祐と話せる時間を享受できたのである。
「俺は血を吐きながらも話す、真琴ねえの言葉は一生忘れはしない」
そうつぶやくように言う祐一の言葉は今までのどの言葉よりも強靭な意志がこめられていた。
「わずかにしか動かない右腕を動かし・・・そう、あれは祐をなでてやろうとしていたんだろう。『ごめ・・ん・ね、わる・いママでひと・り、のこし・てし・まうね。ゆ・るして・・ね』その言葉を聴いている時、祐がどうして泣かなかったのか、俺にはわからなかった。ただ、ただ強いまなざしでその言葉を聴き逃しまいとするかのように。俺の前に立っていた祐は泣きはしなかった。真琴ねえの前では決して」
気丈なまでの強さ。それは相沢家のものなら誰もが持つものなのだろうか?
それとも、本能的に母親を心配させたくないという祐の気持ちだったのか?
「『ご・めん、ゆ・うい・・ち。も・う、だ・めみた・・いだか・ら。ゆう・のこ・・とお・ねがい』次に続くその言葉は俺に対してのものだった、最後の時まで祐の事を心配していた。そんな大事な祐を俺に、そう、俺に託そうとしていた」
祐一にとってこれは最大の盟約となる。
祐一にとっての幸せはこの時より祐の幸せに変わる。
祐一の言葉に四人の目からは涙が零れ落ちていた。それはとどめなく、そして、それを気にもしていなかった。
「『む・こう・・できょ・うが・まってる、ひと・・りでさ・・びしがっ・ているから、わ・た・・しもいっ・てあ・げ・・な・いと。ご・めん・・ね、ごめ・・ん・ね。ゆう・・いっ・しょ・・にい・てあ・・げら・れな・・くて・ごめ・・んね』それが最後の言葉だった。事切れるのをまっていたかのように祐は泣き出した、俺に抱き着いて」
「祐一さんに祐ちゃんは託された。そして、それは姉さん達、祐一さんの両親も同意したんです」
秋子が祐一に続いて話し出す。
「二人がなくなってしまった後の祐ちゃんを見るのは本当につらかった。かつての明るさはまったくなく、影を潜めてしまったように。人に対して話すということすらしなくなってしまっていた。唯一、祐一さんを除いて」
「だから俺は祐を引き取ることにした、どうやってでも。所詮自分の生活すらままならないガキだったが、それでもその時には俺以外には祐の手助けはできなかった。なにより、託されたものとして俺は祐を立ち直らせたかった、一刻もはやく」
そこまで話したところで、祐一は表情を一変させる。
「・・・っと、暗い話きかせてしまったな」
どこか後悔の漂う顔で祐一は三人を見、そして苦笑した。
「・・・いえ、私はこの話を聞かせてもらえたことに感謝しています」
「そうね」
「そうですね」
美汐の言葉に続き香里と佐祐理も厳かにうなずく。
この話をしてもらえるということはまず、親しいものであるということ。
しかも、これほどの話だ、信用しているものでなければ話しはしないだろう。
そして、何より人、真琴という人物の強さを、人としてどこまで愛することができるのか?
何よりも大切に思う気持ちということをより一層わからせてくれたから。
「されで祐さんは祐一さんの養女となられたんですね?」
ハンカチで涙を拭きながら佐祐理が問う。無論、その横では香里と美汐も涙をぬぐっていた。
「ええ」
「それからの祐一さんは本当にすごかったんですよ」
秋子も先程とは一変して明るい口調で、無理に変えていこうとしているのもあるが、どこか楽しげに話し出す。
「両親の代わり全てを一身に背負おうとしたんですから」
「・・・秋子さん」
どこか恥ずかしいところがあるのだろうか?祐一は困ったように言う。
「休みのたびに祐ちゃんを連れ出して、すこしでも元気付けようと、自分が受験の時もですよね?」
「どうして知ってるんです?」
「姉さんに教えてもらいました」
「・・・あの人は」
苦笑する祐一。
「でも、祐一さんのその気持ちが祐ちゃんを元の明るい子に戻したんですよね」
「立ち直ったんですね?」
佐祐理の言葉に祐一は嬉しげにうなずく。
「結構時間はかかったけどね」
「それ以降は本当の親子以上に仲が良くって、本当に微笑ましい光景でした」
「祐一さんは大切に思われてるんですね、祐さんのこと」
美汐の問に祐一は満面の笑顔で答える。
「自慢の娘だからな」
その笑顔に、四人は幸せを分けてもらった気がしていた。
「あれ?でも、今は一緒にいないわよね?」
そんなに仲がいい、いや、むしろ引き離されそうになったら、その子は泣くんじゃないかしら?
そう疑問に思いながら、香里は問う。
「うん?・・・ああ、まあな。一応高校は日本で卒業しておきたかったし」
「ご両親は今アメリカですよね」
美汐の言葉にうなずく祐一。
「だから、今俺はここにいるんだ
けどな。祐と二人もお世話になるわけにもいかないだろう?」
「わたしは構わないんですけど」秋子的にはむしろ大歓迎だったりするのだが。
「まあ、俺の両親も相当祐のことを気に入っているというか、溺愛しているというか」
「姉さん曰く『祐一がいないのに〜祐ちゃんまで奪うなんて殺す気〜〜』だそうです」
「・・・す、すごいご両親ですね」
どこかあきれ果てたような美汐。
いや、むしろその両親にしてこの息子(祐一)なのだろうか?
「まあ、そんなわけで、一年とすこしだけ別に暮らすことになったんだ」
「そういった事情があるんですか」
それでも一緒に暮らさせてあげたいと、そう思う佐祐理。
「だいたい、これでわかっただろ?」
「そうね」
「ええ、事情などはこれで分かりました」
香里、美汐ともにうなずきながら答える。
「あ、そうそう」
ふと思い出したかのように秋子は言う。
そして秋子は子悪魔的な笑みを浮かべて、言葉を紡ぐ。
「この話名雪は『全く』知りませんから」