保護者達の伴奏曲 第二幕−第一楽章−

作:デビアス・R・シードラ様


 

「パパ〜」

祐一にとってみれば聞きなれた、その声が聞こえる。

駅の改札からやや離れたところにたっていた祐一に向かって、全速力で走り寄る女の子。

肩先よりも少し長い黒髪を左右に揺らしながら祐一めがけて一直線に。

そしてその勢いのままに祐一に飛びつく。

「久しぶりだな、祐」

自分の胸に飛び込んできた祐を抱き上げるようにしながら、どこか感慨深げな祐一。

「うん!」

「そうか、ごめんな・・・寂しかっただろ」

「えっと・・・大丈夫だったよ、うん。奏花お姉ちゃんもいたし、夕夏お母さんもいたし・・・」

しかし、その中には祐一はいない。

その時のことを思い出したのか、少し表情の曇る祐。

そんな表情の祐を見てキュッと抱きしめる祐一。

「祐・・・ほんとうにごめんな」

「うん・・・」

ちょっと目に涙を溜めながら答える祐。

そんな感動的な再開をしている二人に、すこし大きな荷物を両手で体の前に持った女性が近づいてくる。

「祐一様」

祐一に声をかける、その女性。

スレンダーな体、色が薄く灰色、いや光の反射により銀色に見えるその髪。

引き締まった表情、瞳の色も髪の毛と同じように普通の人より薄い。そして、その色の薄さがそのまま反映されえているかのような白い肌。

日本人的な顔でありながら、日本人ではなく、どことなく外人的な美しさもかもし出している。

街を歩けば、誰もが確実にいったん目に留めるそんな女性。

そして、その服装がまた目を留める要因となるだろう。

どことなく服装がメイド服に見えるのは気のせいだろうか?

実際には臙脂色のワンピースなのだが、微妙についているフリルなどがそういった雰囲気をかもし出している。

「ああ、ご苦労様。奏花」

歩み寄ってきたその女性にそう言いながらやわらかく微笑む祐一。

「い、いえ・・・し、仕事ですから」

思わず正面で祐一の笑顔を見てしまい、赤くなるしかない奏花。

そう、彼女こそ。秋子と祐一の話の中に登場した相沢家のメイドさん。奏花である。

祐一の腕の中で顔だけ後ろを向く祐。

「奏花お姉ちゃん顔真っ赤だねー」

「え、あ、いや、その」

両手を慌てたように上下させる奏花。

もちろん手に持っていた荷物は落としてしまっている。

「奏花おねえちゃんも、パパに会えるって喜んでいたんだよ」

「ゆ、祐様!」

さらに慌てふためく奏花。そんな奏花を見つめる親子の目。

居たたまれなくなったのかややうつむきかげんで、「あ、あの飲み物買ってきますー」という言葉とともにダッシュ!

「何ていうか、相変わらずだなあ、奏花は」

「相変わらず?」

「ああ、奏花って、普段こう、凛としていようとしているって言うのかな」

「うん?パパ『りん』としているって何?」

ちょっと小首を傾げる祐。

「ああ、何ていうのかな・・・こうしゃきっとしていると言うか、きちんとしようとしていると言うのかな。りりしい感じ」

「うんうん。なるほど、奏花おねえちゃんって普段そうだよねー。そうしようとしているっていう感じだよね」

祐一の言葉にうなづく祐。

「そうだな。でも、こういう照れたときのギャップって言うのかな、ほら本当はそういう感じじゃないだろ?」

「うん」

「そういうギャップなんかも相変わらずだなーと思ってさ」

「普段どうりでいいのにねー」

「そうだなー」

なんか妙に和んだ会話をしながら走っている奏花を見る親子。

祐は祐一の腕の中から降り、祐一と右手を繋いで立っている。

「『私はメイドですから』っていつも言うもんね」

「メイドとかじゃなくて家族だって思ってるのにな」

「うん」

この二人、いや、相沢家にいるものすべては奏花のことを自分の家族として認識している。

夕夏や祐史は自分の娘のように思っているし、それは祐貴にもいえる。

しかし、奏花は自分をあくまでメイドであるとして、みなの前ではそう振舞おうとする。

結果としてみんなの前では凛とした態度であろうとするわけである。

でも、本質的にはそういう感じじゃないしな。などと考えていた祐一は「あ!」と言う祐の言葉に現実へと引き戻される。

と、同時に祐一の右手にあった祐の手の感覚がなくなる。

目線を戻した祐一には・・・何もないところで転んでいる奏花の姿と、そこへ「お姉ちゃん大丈夫〜」と走り寄る祐の姿。

かつてはよく目にした光景に、祐一はどこか懐かしく、そして苦笑しながら二人に近寄って行った。

 

 

 

保護者たちの伴奏曲

第二幕−第一楽章−

 

 

 

祐一の朝は実は結構早い。

休みの日であっても、10時までには確実に起きている。

祐一にとって、祐という娘ができて以来基本的に食事は祐一自身が作っていた。

両親が忙しいこともあるし、自分自身でそういったことはしてあげたい、したいと思っていたからでもある。

土、日は祐とともにどこかへ出かけるということが多かったせいもある。

祐一自身学生であるし、平日もある程度の時間までは拘束されている。

祐のために早く帰りたいがゆえに部活動などもしてはいなかったが、それでも15:00過ぎまでは拘束されてしまう。

そんな日ごろ寂しい思いをさせた部分をすこしでも取り戻そうとしている意味も込めて二人は休日にお出かけするのである。

もっとも二人ではなく、奏花をいれた三人であったり、無理やりに休みを作り出した夕夏を含む四人や、祐史をいれた五人で小旅行となることもある。

今日はいろいろとすることもあり、8:00には目が覚めていた。

やはり愛娘と会いたいという気持ちがやや早めに目を覚まさせたのだろう。

8:30にセットされている目覚ましを苦笑しながら止めると、祐一は着替えを済ませ一階へと降りていく。

顔を洗い、リビングへと入った瞬間に秋子に声をかけられる。

「おはようございます、祐一さん」

「おはようございます」

そう言いながら秋子の淹れてくれたコーヒーのマグカップを受け取る。

「今日はいつもより早いですね?」

「なんか、目が覚めてしまって」

「やはり、祐ちゃんに会えるからですか?」

秋子が笑顔で聞く。

「でしょうね」

苦笑で答える祐一。そしてコーヒーを飲もうとして、その手を途中で止める。

「どうかしましたか?」

何か問題でもあったのかと、首を傾げる秋子。

「いえ、すみませんがクリームもらえます?秋子さん」

「どうしたんです?」

不思議に思った秋子は祐一に問いかける。

普段、祐一はコーヒーに何もいれないブラックの状態を好む。

コーヒーの香りを楽しむのには邪魔と言う概念からクリームなど入れない。

缶コーヒーのようなものはまた別だが、秋子の淹れるコーヒーのようにきちんとドリップしたものには砂糖すらいれない。

「いえ、祐の言葉を思い出しまして」

「祐ちゃんの?」

「ええ、もともとブラックで飲むのが好きで、ブラックで飲んでいたんですけど。どこで覚えてきたのか祐に『ブラックで飲むのはお腹に良くないって聞いたからダメ!』って言われて牛乳入れられてしまった事があって」

「あら。まあ、でも確かにブラックで飲むのよりはクリーム入れたほうがお腹のためにはいいでしょうね」

「ええ。で、クリーム入れようかなと。またブラックで飲んでいると怒られそうで」

怒られるとはいいながらも嬉しそうな祐一。

「じゃあ、こっちではブラックでのコーヒーを飲んでいたことは祐ちゃんには秘密ですね」

どこか茶目っ気のある表情で秋子は祐一にクリームを渡す。

「ええ、秋子さん。喋らないでくださいね?」

「ええ」

苦笑しながら言う祐一に秋子も苦笑しながら返す。

「そろそろあの子達も起こさないといけませんね」

その言葉に祐一は壁にかけられた時計を見る。

8:15になっていた。確かに準備して、朝食を食べて9:00に出でていくにはもう起きないとまずいだろう。

昨日の夕食の席で、近くの大きな街まで買い物に出かけるからという秋子の話に三人は大喜びしていた。

なんでもちょうどブランド物の店のオープンに当たる日なのだそうだ。

祐一にも来てほしい、と三人は散々駄々をこねたが、祐一は頑なにこれを拒否。

しかし、もともと行ってみたいと思っていたところに秋子の言葉。

上手くすれば秋子に買ってもらえるかもしれない、という思惑もあって三人はしょうがなく納得をしたのだった。

秋子が階段を上っていく音を聞きながら、祐一は自分のパンにバターを塗っていく。

そして一口。

「うむ。美味いなあ。秋子さん特性パン・・・やっぱり俺もパン自作するかなあ」

最近は全自動で作れるのもあるしなあ。などと祐一が考えてながら食事を終えるころに二人が入ってくる。

「祐一君おはよう」

「おはよう、祐一」

「ああ、おはよう、二人とも」

無論、あゆと真琴である。秋子をしても名雪を起こすのにはまだ苦労しているようだ。

「祐一君本当に今日一緒に行かないの?」

「ああ、女性の買い物についてくのは疲れるからな」

女性の買い物に付き合う、男性の総意に近いものであろう。

祐一は食べ終わった皿をキッチンへと持っていく。

「それに今日は用事もあるしな」

もっともその用事は話せないがな、と思いながら口にする。

「祐一、今日ははなんか嬉しそうだね?」

はむっとパンを口にくわえる真琴。

「そうか?」

実際祐一はかなり嬉しい。愛娘と会えるのだから。

「はあ、やっと起きました」

秋子が疲れた表情と声で部屋にはいってくる。

「お疲れ様でした、秋子さん」

「本当に、祐一さんはよく起こせていましたよね」

どこかたたえるように言う秋子。

あゆと真琴もうなづいていたりする。

「パワーアップしているような気がします」

「うーん、確かにそうかも」

秋子の言葉に答える真琴。

祐一が日直の日などは彼女が名雪をたたき起こしていたのだ。

文字どうり本当にたたき起こしていたわけだが。

「最近寝ながら反撃もするし。フライングボディーアタックを膝立てて防御しようとするし」

そんな起こしかたしてたか?とちょっと驚く三人。それ以上にそれで起きない名雪に対しため息。

「ぬいぐるみ投げたぐらいじゃもう起きなくなったし」

真琴の口ぶりからすると、昔は効果があったようだ。

「もう祐一じゃないと歯が立たないわよぉ〜」

真琴にとっては本当に万策尽きたといったところだろうか?

そんな真琴の言葉を聞きながら祐一は席を立つ。

名雪が使っているのだろう洗面台から水の音がする、その音を聞きながら祐一は自分の部屋へと帰る。

昨日少し片づけをしたのだが、もともとそんなにここに物を置いてあるわけではない。

しかし、普段よりもより一層殺風景になっている祐一の部屋。

「これ以上は、箱に詰めるぐらいだなあ」

部屋を見渡してポツリと一言。

ダンボールに詰める作業は、秋子たちが出かけてからやるほうがいいだろうし。

そう思って祐一はベットへと身を投げ出した。

そして睡魔に誘われたのか、ゆっくりと眠りへと落ちていった。

 

 

Pipipipipi!!

「うお!?」

急な音に祐一は眠りから一気に覚醒させられる。

音の正体、それは祐一の携帯電話。祐一自身気にいった着信メロディー、これといったインパクトのあるものがなかったので標準の電話音にしてあった。

携帯のディスプレイには『公衆電話』

「っと、はい、相沢です」

『パパ!』

その声は祐一の愛娘。

「祐!?」

『うん!』

「日本についたのか?」

『今ついたの』

「そうか」

『でね、今からそっちに行くから』

「ああ、待ってるから」

『え、なに?代わって?』

電話口でなにやら聞こえる、多分祐と奏花が話しているのだろう。

『もしもし、祐一様で プツッ ツーツー・・・

奏花と代わった瞬間に切れる電話。

「あーなんていうか、すごくらしいかな」

苦笑しながら結構ひどいこと言う祐一。

携帯の時計を見ると9:10になっている。40分ぐらい寝てしまったようだ。

っと再び携帯のなる音。先ほど切れたので再び祐達がかけてきたのだろうと思いながら電話を取る祐一。

「もしもし?」

『えっと、倉田佐祐理ですけど』

「佐祐理さん?」

『はい、そうです。おはようございます、祐一さん』

「おはようございます。で、どうしたんです?」

『昨日手伝いに行くって言ったじゃないですか。で、皆さんもう出かけられたのかと』

確かに昨日そういった話をしていた。

祐一はゆっくりと部屋のドアを開ける。階下からの音は聞こえない。

「どうもいないみたいですね」

『じゃあ、今から伺っても問題ないですね?』

「ちょっと待ってくださいね」

佐祐理に断りを入れると祐一は念のため、玄関へと向かう。

そして、そこに三人の靴がないことを確認する。

「あー、大丈夫です。皆もう出かけた後みたいです」

『そうですかーじゃあ、10分後ぐらいに伺いますねー』

その声とともに電話は切れる。

と同時に着信音。電話の相手は美汐、先ほどと同じ話をし、電話をきると今度は香里から電話。

「祐から再び電話がかかってこないな・・・ちょうど佐祐理さんたちとの電話とかぶってつながらないから諦めたのかな」

実際に祐一の予想どうりだった。

なんとか祐一と話そうと奏花は電話をかけるのだが、何度かけて話中。かけるたびにちょうどだれかと祐一が話しているタイミング。

一応祐一と話した祐に「おねえちゃん早く行こう!」と急かされ再び電話をかけるのを諦めたのだった。

 

つづく

 

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