保護者達の伴奏曲 第二幕−第五楽章−
作:デビアス・R・シードラ様
真琴と別れ、再び水瀬家を目指す。
やはり祐の両手は祐一と奏花とつながれていて、若夫婦のように見えなくもない。
「真琴が帰ってきていたんだから、当然みんな帰ってきているんだろうなあ」
個人的には秋子さんとだけ話して帰りたい祐一である。
「皆様というと、秋子様の娘さんの名雪様、そしてあゆ様でしょうか?」
「ああ」
「ふ〜ん」
わりと親戚事情に詳しくない祐。一応秋子さんは知ってはいる。
「名雪お姉ちゃんてどんな人?」
「・・・ねぼすけ?・・・イチゴじゃんきー?・・・万年夢見少女?」
祐の問いに答える祐一。
「パパ?」
「まあ、なんていうかなあ・・・普通に起きてこない。さらに起こしてくれと頼まれて、起こせば起こすで起こし方が悪いと怒り出す」
「・・・そ、そんなこと私でも言わないよ!起こしてもらっているのに!」
まあ、起こしてもらって文句を言うやつがいないとは言わないが、名雪の場合これはおかしい。
起こして欲しいと頼みながら起こすと起こし方に文句をいうのだ。
しかも、文句をいうような起こし方をしないとおきないに関わらずだ。
「ところが言うんだよなあ・・・名雪のやつは。で、起こし方が悪いからイチゴサンデーをおごれと俺に言うわけだ」
絶句する祐。
「祐とこうして暮らせるのは本当に嬉しいけど。あいつを起こさないですむことになったのもかなり嬉しいな。俺的には」
「えっと・・・名雪お姉ちゃんて高校生だよね?」
確認するように問う、祐。
祐の考える高校生とはあまりにも違い過ぎる。
「高校生だぞ。俺と同い年だな」
「・・・さっきの人たち、佐祐理お姉ちゃん達も高校生だよね?」
「ああ」
「・・・同じ高校生なのに・・・」
この時祐の中で名雪は悪人決定!というか「排除対象」決定である。
大好きで尊敬すらある自分の父親に起こしてもらっているのに、駄々をこねる。
困らせる。そんな相手は祐にとって世界でNo1の敵である。
祐にとっての最大の敵は父親である祐一を困らせる人、祐一の敵こそ祐の敵である。
「そういえばそうだよなあ・・・天野にしろ香里にしろ佐祐理さんにしてもおんなじ高校生なんだよなあ」
祐に言われてみてそのことを実感する。名雪と香里は同い年であるということ。
「妹とかがいるとやはり違ったりするのかな・・・」
香里には栞、佐祐理には一弥といった妹、弟がいる、またいたわけで、その差か?
やはり面倒をみる対象がいると違うのかもしれないと思う祐一。
しかし天野は一人っ子だよなあ・・・しかもあいつは一歳年下だしなあ、と思い直す。
「・・・兄弟がいようと、姉妹がいようといまいと関係ありません」
そう、凍えるほどに冷淡な声が響く。普段とはかけ離れた声。
いつもどこかで凛としていようとしている奏花。しかし、普段無理に作ろうとしているのとは今は違う明らかに冷淡な・・・その表情は能面のような表情を作り出していた。
「祐一様を困らせるものは敵です。私の全てをかけてでも全力で排除します」
その表情のまま、祐以上に危険な発言をする奏花。
祐一の敵は完全滅殺。考え方の危険度は祐の比ではない。
祐は嫌うのみ、しかし、奏花の場合自分を犠牲にしてでも祐一の敵は排除である。
ある意味祐以上に祐一のことを慕っている奏花であった。
「・・・奏花お姉ちゃん」
「祐様」
名前を呼んだ後は目線で会話する二人。
すなわち「共通の敵」として認識。「排除対象」に確定。
「共闘」確認である。
もっとも最後に関しては確認するまでもないのだが、祐の敵は奏花にとっても敵であるのだから。
「ところで、夕飯かあ」
「なにか?」
きょとんとした表情になる奏花。さきほどの表情はどこにも見えない。
「いや、夕飯までに帰りたいといっただろう?」
「はい」
祐とつないでいる手と逆側の手を口元に当て、何か問題でもあったのだろうかと思う奏花。
「たぶん、秋子さんだったら食べていってくれって言うだろうなあ、と」
「そうですね」
秋子の性格上、間違いなくそうなるだろう。
奏花も秋子という人物の人柄は知っているので同意する。
「秋子さんって・・・どんな人?」
昔にあったことはあるものの、あったこと自体数年前のことでもあり、ほとんど会話もしていない祐には秋子という人物が想像できない。
「そうだなあ。一言で言うと」
「うん」
「完璧?」
他にいいようがないよなあと思う祐一。
無論あのジャムを除いてのことだが。
「そうですね、あの方はすごいです」
「すごいの?」
「はい」
「奏花お姉ちゃんもそう言うって事は・・・ものすごいんだ」
妙に感心してうなづく祐。
「そうですね、尊敬する方です。私にとって」
「考えてみろよ、祐。夕夏母さんの妹だぞ?」
「あ!そうか、そうだよね」
ひどく納得する祐。
祐一の母親である夕夏は、はっきり言ってすごいの一言で住む人間ではない。
なにせ重火器の扱いもおてのもの。
コンバットナイフで刺身を作る豪の者だ。
「それにしても、あの方の娘なのに」
どこか物悲しい雰囲気すら感じさせる奏花。
「そうだよなあ」
時折、祐一自身名雪が秋子の娘であることを疑いたくなるのだ。
外見が似ているからこそ親子に見えているのかもしれない。
「ある意味不思議だよなあ・・・まてよ?」
逆に考えればあれだけ完璧な母親がいるわけであるから、何もしなくてもいい名雪はああなったのだろうか?
仮説を立てる祐一。
しかし、祐一が着た当初は秋子の手伝いもしていたし、自分でも起ようとしていた。
「退化しているのか、あいつは?」
いや、むしろ怠惰だな・・・そ言う結論づける。
「ねえ・・・パパ、水瀬さんちってここじゃないの?」
祐が水瀬と書かれている表札を指差しながら祐一を止める。
祐一が物思いにふけている間に目的地を過ぎてしまっていたようだ。
「っと・・・」
行き過ぎた数メートルを戻りながら、祐一は気を引き締める。
事情を知っている秋子はいい。あゆもそんなに強くは言わないだろう。
問題は名雪だ。
名雪は違うだろう。
名雪だけは。
チャイムを押すと、ほとんど待つことなくドアが開く。
まるで待っていたかのように。
実際秋子は、祐一たちが来るのを待っていたのだが。
「こんにちはー」
急に開いたドアに驚きながらも、元気挨拶をする祐。
それににっこりと微笑む秋子。
「えっと、秋子さん?」
「ええ、そうよ」
「えっと始めまして・・・秋子おねえちゃんって呼んでいい?」
「ええ」
祐の言葉に満面の笑顔を浮かべうなづく秋子。
お姉ちゃんと呼ばれたことが、すさまじいほどに嬉しかったようだ。
祐一ですら見たことがない、名雪も見たことがないほどの笑顔だった。
「一応始めましてじゃないんですよ、祐ちゃん」
「えっと・・・」
「あなたとはほとんど話す機会がなかったけど」
「えっと・・・それじゃ、お久しぶりです、秋子おねえちゃん」
ちょっと悩んだあとに言葉を選び言う祐。
「はい」
再び笑顔でうなづく秋子。
「お久しぶりです、秋子様」
「そうですね、奏花ちゃん」
「本当にお久しぶりです」
そういって頭を下げる奏花。彼女にとって秋子は本当に尊敬の対象なのである。
「祐一さんも、ひとまずですが、お帰りなさい」
「そうですね・・・『ただいま』秋子さん。そして今日はとりあえず、挨拶だけしに来ました」
そう告げる祐一。
「そう、挨拶だけですか・・・そうですね」
秋子も苦渋の表情を浮かべる、祐一の話を聞いている以上、祐一がこの家にいることは苦痛であるということは誰よりもわかっている。
多分本人の祐一以上に。
そんな状況下に祐一を追い込んでいたことに秋子は自分を責めるが、すでに過ぎてしまったこと。
後悔をすることは出来ても、すでにおきたことを変えることなど人には出来ない。
無論、祐一が秋子を恨んでいるはずもない。
たった一人の娘であった(現在はあゆを含め三人の家族)名雪。
夫を早くに亡くした秋子にとってたった一人の家族だった。
そんな名雪に甘く接していたとして誰が責めることが出来ようか?
女でひとつで名雪を育ててきた秋子。その苦労がわからないほど祐一は子供ではない。
「とりあえずあがってください。今お茶を出しますので」
そう言ってキッチンへと向かう秋子。
「あ、お手伝いします」
その後を奏花もついていく。
「・・・大丈夫かな」
「なにがだ?」
不安げな祐の表情を見て聞く祐一。
「コップ」
「ああ、なるほど」
祐の目線が誰を追っているのかを見て納得する祐一。
「ま、秋子さんが一緒だから大丈夫だろ」
いまだに不安そうな表情の祐の頭をポンポンと軽くたたくようにしてリビングへと連れて行く。
「ここがパパが暮らしていたところなんだねー」
「ああ」
ソファーに座った祐一。その祐一のひざの上に座り込んでいる祐。
ちょうど祐がすっぽりと納まっている感じだ。
本当に久しぶりに会った父親、そんな祐一にくっついていたいと思うのだろう。
普段はここまで甘えてくることはない祐が、こうしていることが何よりの証拠だ。
そんな祐に、寂しい思いをさせていたんだな、と再認識する祐一。
そして祐を後ろからきゅっと抱く。
「パパ?」
ちょっと不思議そうに祐が問うが祐一は何も答えない。
祐もそれ以上気にすることない。
親子のゆったりとした微笑ましい雰囲気。
誰もが声をかけることすら躊躇われるような、むしろその光景に幸せを分けて貰ったかのように感じられる、そんな光景。
しかし、何処にも例外はいる。
そして、その例外は最悪の形で、その雰囲気をぶち壊した。
「祐一!その子誰なんだよ!」
名雪の怒号のような声で。
「なんだ・・・いきなり大きな声を出すな」
ゆったりとした祐との雰囲気を壊されたことに気分を害し、やや冷たく言う祐一。
「大きな声も出すよ!」
「一体全体何だって言うんだ」
いきなりの大声、しかも怒声に近い。そんな声をいきなり聞かされて祐も怖がっていた。
そんな祐を慰めてやるように髪の毛をなでてあげる祐一。
しかし、その行動が名雪をさらに激怒させる。
「何を言っているんだよ!わたしと一緒にショッピングにも行かなかったのに、そんな子と何をやっていたんだよ!」
先ほどの怒声のようなではない。明らかに怒りのこもった声で叫ぶ名雪。
名雪にとって祐一の一番はすべてにおいて自分でなくては気がすまない。
それがたとえ、自分よりも小さな女の子であってもだ。
そう、つまり祐一の最愛の娘である祐であっても。
「『そんな子』?」
名雪は怒りに我を忘れかけている、だからこそ気がつかない。
普段の祐一からは絶対に聞くことが出来ないような冷淡さをその声が秘めていたことに。
「祐一はわたしのもの!」
「俺は『もの』か?」
表情豊かな普段とはまるで異なり、凍りついたような絶対零度の表情に。
「そんな子がわたしの祐一の膝の上に許可もなく座っていいわけがないんだよ!」
「また言ったな『そんな子』だと?」
祐一の膝に座っている祐ですら、豹変しつつある祐一におびえにも似た表情を浮かべていたことを。
「それに『許可』だと?」
「あたりまえだよ!」
名雪は気がつかない、祐一の怒りはすでに限界まで来ていることに。
「お前は俺のなんだ?ただの従兄弟だろう」
「な、何を言っているんだよ。祐一はわたしの・・・」
そこまで言って名雪は始めて祐一の表情に気がつく。
普段見せない祐一の表情に。
そこでやめていればよかった。
そう、ここで言葉をとめていれば、名雪は良かったのだ。
しかし、彼女は誤解を続ける。
いつも自分が駄々をこねれば祐一は言うことを聞いてくれるという誤解を。
彼は頼めばいつだって最後にはイチゴサンデーだって奢ってくれた。
真琴や、あゆたち同じ姉妹(名雪の中では真琴も姉妹という認識)で要求しても、他の二人は断られても自分だけは最後には奢ってくれていた。
ただ、それは彼女の頼みだからではない。
クラスメートの迷惑になっていることを祐一が良しとしなかったから。
だが彼女は誤解を続けた。祐一は彼女のことを好きでいてくれる、だからこそ自分の言うことは何でも聞いてくれるのだと。
それは大きな誤解。
「そうか、この子だね。この子がいるからいけないんだよね!」
彼女は何も知らなかったのだ。
祐一に苦痛をあげている事を。そして、自分が非難している相手が祐一にとって自分の命よりも大切な娘だということを。
「なんで邪魔するの!祐一とせっかくショッピングにいけたのに!!」
その言葉とともに名雪は右手を振り上げた。
普段の彼女からは信じられない行動。
人に手を上げることなど彼女を良く知る人ならありえないというだろう。
しかし、怒りに我を忘れた。
祐一が自分に付き合ってくれなかったのは。こんな怖い表情で自分を見るのは、ただの従兄弟なんていわれるのはすべて祐のせいだと思い込んだ。
自分は悪くない、だからこそすべての現況はこの子なのだと。
恋は盲目という。
しかし、彼女は盲目過ぎた。
そして彼女は右腕を振り下ろした。
それが始まり、相沢祐一が水瀬名雪を完全に見放すこととなったことの。