保護者達の伴奏曲 第二幕−第六楽章−

作:デビアス・R・シードラ様


振り上げられた名雪の右腕は振り下ろされることはなかった。

祐一の左腕によって。

「ゆ、祐一。い、いたいよ」

祐一は名雪の腕を折らんばかりの勢いでつかんでいた。

「奏花!」

祐一は名雪をどこか見下したかのような目線で一睨みするとキッチンにいるであろう奏花を呼ぶ。

「は、はい」

急に呼ばれたことに慌てたのかあたふたとリビングに入ってくる奏花。

しかし、その表情は目の前の光景を確認するとすぐに引き締められる。

「祐一様、これは・・・」

明らかにふり降ろされる途中で止められている名雪の腕。

そして、その目標は間違いなく祐。

「名雪様でしたね。いったいどういうことですか!」

怒気を含んだ声で名雪を叱責するように言う。

表情には普段見られるようなやわらかさなどは微塵もない。

「な、なにって。そ、それよりあなたこそ何!!ここはわたしの家だよ!勝手に入ってこないで!!」

叱責されたことが気に障ったのか、また、すこしでも何か別の話題へと切り替えて誤魔化そうとしたのか、逆に奏花に食って掛かる名雪。

その言葉にさらに怒りの表情を強めて奏花が何か言おうとするのを、祐一が右腕で止める。

「いい、相手にするな。奏花」

名雪の腕を放し、祐を抱きあげ地面へとおろす祐一。

「しかし、祐一様!」

さらに祐一に詰め寄って訴える奏花。

「帰るぞ、奏花、祐」

そう言いながら部屋を出ようとする祐一。

「祐一様」

祐一をおいながらなおも食い下がろうとする奏花。

出ようとする祐一の目の前でリビングのドアが開く。

「いったいどうしたんです?・・・名雪?」

まったく表情の見えない祐一の顔をみて何かあったと悟る秋子。

そしてその原因は名雪にあると考えた秋子は名雪に問う。

「お母さん、あの子が・・・・ヒッ」

祐のことを指差し文句でも言おうとしたのだろう。

しかし、その瞬間祐一に睨みつかれ、恐怖で押し黙る名雪。

「すみません、秋子さん。帰らせてもらいます」

そう言って秋子に一礼すると、部屋から出て行く祐一。

それを追うように祐と奏花も玄関へと向かう。

 

先ほどの祐一の目線に恐怖し、動けなくなりながらも祐に対し、恨みの言葉を吐く名雪と秋子二人だけが残された。

「あの子が・・・あの子がわたしの祐一を」

そう言って床の一点を見つめたままの名雪。

目には黒い影を落としている。

何もかもが悪いのは自分ではない、相手のせいであると考える名雪

「あなたが、そんなだから!」

秋子にしては本当に珍しく名雪に対し声を荒げると祐一たちの後を追う。

 

「ごめんなさい、祐一さん」

玄関で靴をはく祐一に深々と、本当に深々と頭を下げる秋子。

「秋子さんが悪いわけじゃないですよ」

そういってわずかに微笑む祐一。

「祐一さん」

その顔にほんのすこしだけほっとする秋子。

「でも、二度とここに来ることはないでしょう」

続く祐一の言葉に秋子は言葉を失う。

「すみません。秋子さんが悪いわけじゃないです。でも、俺には許せません。名雪が!」

名雪という言葉に呪詛でも込めるように言う祐一。

「だから、本当にもう二度とここにはこないと思います」

そう言って出て行く祐一。

秋子の痛々しい表情が気にはなるものの、祐一のあとを追う奏花。

祐一のいった言葉は奏花にとっても同じ考えだったから。

「秋子お姉ちゃんが悪いわけじゃないから」

そう秋子に慰めの言葉をかけてから祐もそのあとを追う。

「本当に一番、心が傷ついたのは・・・祐ちゃんでしょうに」

下手をすると彼女のトラウマになるかもしれない。

そんな状況下でも秋子に慰めの言葉をかけていける心の強さを持つ少女。

その祐のやさしさに、祐に対する申し訳なさから秋子は涙を浮かべる。

「本当に祐一さん似ている。本当に親子・・・」

そうつぶやき、秋子は三人を追い玄関を出ると、曲がり角で見えなくなるまで頭を下げ見送り続けた。

そんなことが自分の贖罪にはならないとわかっていながらも。

 

 

「祐一様・・・名雪さんは、やはり」

奏花にしても名雪に対し『様』という敬称を使うことはもはや出来ないということだろう。

誰に対しても基本的には『様』をつける奏花が『さん』という敬称をつかっている。

『様』ではないにしても『さん』という敬称を使っているあたりは、奏花らしいといったところだろうか?

「祐をたたこうとした。しかも本気でな」

祐一は怒りを内に秘めた声でそうはき捨てるようにに言う。

「そうですか」

あの現状から推測されるとおりのことであったことに、ため息を漏らす。

そうであるだろうとは思っていても、そうではあってほしくないことだからだ。

「ごめんな、祐怖かったろ?」

奏花と話して若干気が静まったのか、祐一は優しく祐に語り掛ける。

秋子がいる手前、あの場所で祐が泣くことはなかった。

自分が泣いてしまえば秋子がさらに気を使うだろうということを祐自身良くわかっているからだ。

そして、そう言った人の心に与える痛みというものは、祐がもっとも嫌っているものの一つだ。

この辺は実に祐一の娘であるといったところだろう。

「うん」

そうはいっても、まだ幼い少女に過ぎない。

落ち着き、あの場所を離れ、父親である祐一に問われ素直にうなづく祐。

「ごめんな」

そう言いながら祐を抱きしめる祐一。

その体勢のまま少しの時間が過ぎる。

もちろん奏花も何も言わない。

「うん・・・大丈夫だから」

ゆっくりと祐一から離れ、祐が祐一に告げる。

目に残った涙をぬぐいながら。

「それにしても名雪さんを私は許せません」

「奏花」

「祐一様がどういわれようとも」

そう断固たる決意で言う奏花。

「俺だって許す気はないさ。今までとはわけが違う」

「今までですか?」

「・・・まあ、今までも結構迷惑をかけてはきたのさ、俺に」

やや、自嘲気味の苦笑を浮かべる祐一。

「水瀬家にお伺いするまでに話していた内容などですか?」

確認する奏花に頷く祐一。

「だがそれとは今回はわけが違う」

「そうですね」

祐一に対してではない、祐に対して。

それは祐一にとって大きな意味を持つ。また奏花にとってみても。

なにより世間的にみて、彼女の行為はあまりにも身勝手といわざるを得ない。

祐一に対してというならば、まだ年齢も同じであるし、ある程度の甘えは許されるだろう。

しかし、今回彼女が怒りを向けた対象は自分よりも幼い少女に向けたものだ。

自分よりかなり年下のものに身勝手を言う。あまりにも行き過ぎている行為。

「しかも、あいつは手を出そうとした」

文句をいい、祐に対し、怒りをぶつける。

さらに暴力という行為にまで及ぼうとしていたのだ。

「許せるものじゃないさ」

そう静かに言う祐一。

「では、なぜにそんなに落ち着いているのです?」

やや不思議そうに問う奏花。

祐一のことを良く知る奏花にとってそれは奇異なことだった。

祐に対し、ここまでの行為をしようとしていたのだ。

祐を何より大事に思う祐一ならば激怒していてもおかしくない。

「落ち着いている?・・・俺が、か?」

その凍りついたような声に奏花の動きがとまる。

「落ち着いてなんかいないさ。ただ少しでも平静にいたいと思っているだけだ。でないと名雪をおもいっきり殴りに行きそうだからな」

右腕を見ればこぶしから血が出るかのように強く握り締めている。

「そうですか・・・」

「パパ、暴力はだめだから」

二人の会話をずっと聞いていた祐が咎めるように、懇願するように祐一に言う。

「そうだな・・・ああ、もちろんそうする気はないさ。ただそれ相応の償いはしてもらうけどな」

そう言う祐一の表情は二人が見たこともないような表情、しかし、その表情は奏花や、祐からは見えなかった。

その声の冷たさからその表情を想像することはできたが。

「さて、暗い話はこれで終わりだ」

一転明るい口調で話し始める祐一。

「ちょっと買い物に行きたいんだ」

「買い物?・・・夕飯の材料ですか?」

結局水瀬家で夕飯を食べることはなかった。

奏花にしてみれば、もともと食べてくる予定ではなかったので、ある意味予定通り。

もっともこんな風になるとは思ってもみなかっただろうし、望んでもいない。

「いや、コートを買おうと思っていてさ。時間もあるし、買いに行こうかと」

「コート?確かにここは寒いですけど。今まではどうしていたんですか?」

三月とはいっても、ここは雪国。まだ寒さが残る。

それよりも今までどちらかというと寒がりな祐一が、コートなしで生活していたとは思えない。

「今までは、コート着てたが?」

「も一着買われるんですか?」

「ああ、違う違う」

苦笑しながら否定する祐一。

「前に着ていたのをだめにしてしまってさ」

「どうしたの、パパ?」

「ああ、破けちゃってさ」

「破ける?」

どこかに引っかけでもしたのだろうか?

「二週間前の話なんだけど。轢かれかけている子犬がいてね」

「轢かれそうな!?」

可哀想と言う思いから声をあげる祐。

「まあ、飛び込んで助けたんだけど」

「ゆ、祐一様お怪我は!?」

あたふたと慌てる奏花。

祐一の手をとったり、背中を触ってみたり、かなりの動揺が見られる。

「なんにも問題はないよ」

奏花の慌てぶりに苦笑しながら答える祐一。

「パパ、その子犬は?」

怪我とかしてないよね?といった心配のまなざしの祐。

「ああ、子犬も問題なかった。ただ、俺のコートだけ」

「なるほど、それでコートがだめになってしまったと」

「そういうこと」

納得して大きくうなずく奏花。

「ねえ、パパ。その子犬は?」

「ああ。妙に俺になついちゃってさ」

「祐一様は命の恩人ですからね」

「でも、水瀬家につれていくわけにもいかないだろ。居候だしさ」

まあ、秋子なら一秒で許可してくれるだろうが。

「で、いまは?」

「佐祐理さんの家にいるよ」

「佐祐理お姉ちゃん?」

「ああ。そうだな・・・あいつも連れてこよう。佐祐理さんにもあまり迷惑かけられないし」

佐祐理的には別に子犬にいてもらっても何の問題もなかったのだが。

祐一がその子犬に会いに家に来てくれていたし。

もっとも佐祐理も卒業とともに家を出ようとしているので、今回は非常にタイミングがよかったというべきだろう。

「ねえ、パパうちで飼うの?」

「だな。祐、世話とかしてくれるか?」

「うん!」

満面の笑みでうなずく祐。

実は犬好きなのである。今までは転勤の多い祐一の両親とともにいたために犬を飼いたくても飼う事ができなかった。

「奏花も・・・犬嫌いじゃなかったよな?」

「はい。好きです・・・あの毛のさわさわ、最高です」

どこか夢見ごこちの奏花。

「そ、奏花?」

「あ、え?あ、はい」

ちょっと顔を赤らめこちらの世界に帰ってくる奏花。

「奏花お姉ちゃん犬好きだよね〜」

「はい」

「いつも二人で飼いたいねーって言ってたんだよ!」

「なるほどなー。じゃあ、あとで佐祐理さんの家によって連れてこよう」

「うん!家族がまた増えるね!」

すごく嬉しそうに祐が言う。

 

 

「確かこの辺に」

商店街のはずれ、しかし、このはずれにいい店があると祐一は香里から聞いていた。

「祐一様、あのお店では?」

そう言って奏花が指す方向、「CLOWN」という看板の店。

「ああ、あの店だ」

香里いわく、品揃えがよく、またサイズの在庫も多いとのこと。

「道化師ですか」

「なに、それ奏花お姉ちゃん?」

「CLOWNの日本語訳です」

「ふーん」

 

「これななんかどうだ?」

そう言う祐一の着ているコートは黒を基調としたシックなもの。

「さっきの方がよかった」

批評を下す祐。

ここ一年ぐらいは祐一のコーディネートは祐が担当であった。

「なるほど」

「祐一様これは?」

そう言いながら奏花が祐一に手渡すのは真紅のコート。

「・・・」

「・・・」

「だ、だめでしょうか?」

「・・・」

「・・・」

「・・・う・・・」

「どちらかというと、奏花が着たほうが良いよなあ」

祐に振る祐一。

「うん・・・奏花お姉ちゃんが着ると似合いそう」

「あの、祐一様に似合うと思ったのですが」

基本的に奏花に男物のコーディネートの才能は無いようだ。

苦笑するしかない、祐と祐一。

「とりあえず着てみたら、奏花お姉ちゃん」

「そうですか?」

祐に言われはおってみる奏花。

「ああ、すごく似合うな」

「うん」

「そ、そうでしょうか?」

照れる奏花。

「このデザインは良いな。これほかの色なかったか?」

「黒と、白もありました」

そう言って置いてあったほうを指差す奏花。

そこから黒のコートを身って着てはおる祐一。

「どうだ、祐?」

「うん、いい感じ!」

祐的にも問題なし。しっかりと祐一にあっている。

「パパ、これにしよう!」

祐の一言で決定である。

「これ小さいサイズなんですけど」

そう言って奏花が黒のコートを持ってくる。

「祐?」

「あ、うん。着てみるね」

奏花から受け取り着てみる、祐。

「あ。いい感じだな」

「ですね」

「そうかしら?」

「そうか〜結構いいと思うが?」

「祐一様と同じ色ですし、良いと思いますが?」

「なら、こっちの白着てみてくれる、祐ちゃん」

「うん」

白色のコートをはおる祐。

「お!こっちのほうが良いな」

「祐様の黒髪が映えますね」

「でしょ」

「・・・って、いつからいた香里!」

祐から着ていたコートを受け取りながら香里が苦笑する。

「あら、気がつかなかった?」

「まったく・・・会話に違和感すら感じませんでした」

香里の言葉に答える奏花。

「たまたまこの店に来たら、相沢君たちがいたからね」

「なるほどな・・・あ、そうだ。香里」

「なに?」

「相沢君は反則な」

そう言ってにやりと笑う祐一。

「なんで?」

「相沢だと、祐もそうなるからな」

「・・・確かにそうだけど」

「だから名前で呼んでくれな」

一度は断られたものの、できれば名前で呼んで欲しかった祐一。

両親、叔父ともに資産家であつために「相沢」という苗字にはいろいろな付加価値を持つ。

祐一にしてみれば「相沢家の祐一」ではなく個人の「祐一」としての付き合いをしたい人にはできれば名前で呼んで欲しいのである。

もっとも、これは香里にしても願ったりかなったりなことだったりする。

最初のときについ断ってしまったが、今となっては後悔でしかない。

今はできれば名前で呼びたかったのである。

「わ、わかったわ、ゆ、祐一君・・・これで良いのかしら?」

「おう」

どこか達成感すら感じさせる祐一の笑顔だった。

「そういえば、香里も買うのかそのコート」

祐と同じ白色のコート。無論デザインは祐一のものと同じである。

「ええ、気にいったからね」

レジにて支払いを済ますと、店の外に出る。

「そうえいば、何か用事があったんじゃなかったのか?」

昼食後に用事があるからといっていたのを思い出す、祐一。

「ああ、あれね。これよ」

ポケットの中から携帯電話を取り出す。

「契約してきたのよ」

「なるほどな」

「あ、これ番号ね。一回コールしておくから」

「了解」

さりげなく祐一に自分の番号を教えている香里だった。

「ねえ、パパ。子犬」

さきほど祐一が買ってあげたコートを大事そうに抱えながら祐が言う。

「ああ、そうだな」

「子犬?」

一人わけがわかっていない香里が聞き返す。

それに対して祐一が香里に説明をする。

「ああ、あの犬ね。あの忠犬ハチ公ね」

「忠犬ハチ公って、あの上野駅のですよね?」

「ええ」

「似ているのですか?」

「ええと、行動が」

そう言って苦笑する香里。

「放課後にあたしたちが帰る時間ぐらいになると校門で待っているんですよ、お座りして」

「佐祐理さんの家の壁結構高いんだけど、どうやってかしらないが外に出て行ってしまうんだ」

「へー」

「すごく頭がいいのよ、あの子」

「そうなのですか!」

香里の言葉に感嘆の言葉を返す奏花。

「とりあえず、行くか」

「うん」

そう言って歩き出している祐一と、祐。

それに気がついた二人もすぐにその後を追った。

 

つづく


あとがき

当社比1.5倍のボリュームです!

あ、あと名雪ファンの方すみません。

これ以降彼女に対してのフォローなどありません(苦笑

こういった話が嫌いならば、これ以降読まないほうが・・・

ちなみにあとがきってあったほうが良いんだろうか?

 

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