保護者達の伴奏曲 第二幕−第十楽章−

作:デビアス・R・シードラ様


「祐一君、飲まないかい?」

手でコップを持ち飲むしぐさをする孝治。

それを見て祐と奏花を振り返る祐一。

その祐一に奏花はうなづき返す。

「では、女の子はこっちでお茶しましょ」

佐織はそう言うとお茶の準備のために部屋から出て行く。

ちなみに女の子といっても割りと違和感がないところはさすが佐祐理の母親といったところだろうか。

「さて、久しぶりに飲むかねえ」

そう言って意気揚々と、酒を取りに向かう孝治。

「・・・明日早かったかな・・・」

明日の予定を思い起こす祐一。

「午前中に祐様の学校に挨拶に行くのでは?」

「ああ、それが主な日程だなあ」

「あれ、祐一さん明日は学校行かないんですか?」

祐一の言葉が気になった佐祐理。

「ええ。祐の転校の手続きなんかは親父たちがやったみたいですけど。最後の書類なんかは直接出してこようかと。挨拶もしておきたいですしね」

「祐ちゃんはこの時期で編入するんですか?」

「まあ、中途半端な時期ですけど」

「こっちに早くなれないといけませんし」

祐一の言葉を奏花がつなぐ。

「そうなんですかー」

そう答えつつ、明日は学校に行くのをやめようと考えている佐祐理。

卒業式を終え、すでに学校に行く事は本来ない。

祐一と昼を食べるためだけに行っているのだ、なかばこっそりと。

「うむ、これこれ」

祐の学校のことなどを話している三人のところに孝治が戻ってくる。

「さて、祐一君、飲むとしようか!」

ものすごくやる気満々である。

「お父様、コップは?」

「日本酒だから、お猪口がいいなあ」

「はい、では持ってきますね、あとおつまみも用意してきますね」

そう言ってキッチンへと向かおうとする佐祐理に奏花も「手伝います」と声をかけ一緒にキッチンへと向かう。

 

 

「やはり、これはいける」

とりあえずつまみを食べる孝治。

「松前漬けですか」

「この間ちょっと仕事で地方まで行ってね。そこに美味しい漬物やがあってね。いろいろと買ってきたんだよ」

祐一も一つまみ。

「あ、美味しいですね!」

「だろう?」

「佐織も漬物するんだけどな、そこらの漬物よりも美味いんだが。ここのは美味くてなー」

そう言いつつ祐一のお猪口に日本酒を注ぐ孝治。

「佐織さん料理上手いですからね」

孝治に返杯する祐一。

「「乾杯!」」

「あ、飲みやすいですね」

「だろう」

静々と飲む二人。

「ちなみに祐一君」

「はい?」

孝治の空いたお猪口に日本酒を注ぐ祐一。

「佐祐理も料理上手いよ?」

「知ってますよ?」

なぜいまさら聞くのか不思議な祐一。

「というわけで、嫁にもらわんか?」

「ブッ!」

思わず日本酒を噴出しかける祐一。

「ゴホゴホッ」

「だ、大丈夫かい?」

「いきなり何言うんですか?」

「ん?佐祐理と結婚しないか?ってことだが・・・いきなりはまずかったかい」

これっぽっちも反省していない顔で言う孝治。

「あのですね」

「祐一君が息子になってくれたら、最高なんだがネエ」

「しみじみといわないでください」

「で、どうかね?」

話が戻る。

「いや、だからですね・・・」

苦笑するしかない祐一。

ちなみに孝治に会うたびに佐祐理と結婚しないかと言われていたりする。

「祐ちゃんの母親いないんだろう?」

表情と声を引き締めて話す孝治。

「・・・ええ」

祐のことに関してはまだ孝治には話してはいない。

しかし、祐一の娘であるということ。いまここにその母親がいないこと。

そういった事から推測したのだろう。

最初奏花が母親だと思っていたりした孝治ではあったが。

「祐ちゃんのこと話てくれないかい」

ぽちぽつと話し出す祐一。

「そうか・・・それで君の娘なのか」

「ええ」

「幼い時に親を失うか・・・」

孝治自身母親には早く先立たれている。

「それなのに明るくいい子だな」

「ええ」

笑顔で答える祐一。

「祐一君は・・・もう親だな」

その笑顔に苦笑する孝治。

祐一にとって娘をほめられることがいかにうれしいことなのか、同じ娘を持つ孝治にはよくわかるものだった。

特にここ最近の彼にとっては。

「でもな・・・祐ちゃんには母親が必要じゃないか?」

「それはそうですが・・・」

「・・・」

「・・・」

互いに空いたお猪口に日本酒を注ぐ。

「君もそう思っているんだろ?」

「確かに、そうですけど」

「ああ」

「・・・」

「君のことが好きな子がいることはわかっているよね」

「ええ」

「うちの佐祐理も含めてだ」

「はい」

「彼女達なら喜んで母親、母親代わりになってくれると思うが」

「そうかもしれません」

そうつぶやくように言う祐一。

「俺のことが好き、そう思ってくれるのは嬉しいですよ、純粋に」

「うん」

「でもだからといって祐の母親になってくれ、何て言えませんよ」

「それが本音か」

「ですね」

どこかすっきりしたよう言う祐一。

「まあ、俺の両親もいる。こっちには秋子さんもいますし・・・奏花もいる。祐には少し寂しい思いさせるかもしれませんけど」

「奏花君か」

「?」

「いや、てっきり最初は奏花君が祐ちゃんの母親かと思ったよ」

苦笑する孝治。

「そうなんですか。姉妹にはよく見られますけど」

「確かに、そうかもしれないなあ」

「でも君たち三人で歩いていると親子に見られなかったかい?」

「・・・そう言われると、そうですね」

ふと思い返してみる祐一。

「祐ちゃんと、祐一君はよく似ているからね」

「まあ、戸籍上は姪ですしね」

「そうだね」

ちびちびと日本酒を酌み交わす二人。

「それはそうと。祐一君、佐祐理を嫁に貰わないかね?」

「また、その話に戻るんですか」

苦笑する祐一。

「なかばライフワークだからなあ」

「ライフワークにしないでください」

「むう・・・」

「いや、そこで落ち込まれても」

「じゃあ、佐祐理を貰ってくれるかい?」

「いや、それとこれとは話し違いますし」

苦笑するしかない祐一。

「佐祐理さんならもっといい相手見つかりますって」

祐一自身これは本気で思っていたりする。

才色兼備とはまさに彼女のことだろう、と思っているのだから。

まあ、香里にしろ美汐にしろ才色兼備という言葉が似合う女性が祐一のそばには多かったりするのだが。

まあ、もっとも最たるのが秋子なわけだが。

性格もよくて容姿端麗、そんな佐祐理にはもっといい相手など腐るほどいるだろう。

そう考える祐一であった。

「いい相手か・・・」

しみじみと呟く孝治。

「ただ、それが佐祐理にとって幸せな相手かどうかはわからないよ、祐一君」

「孝治さん?」

「祐一君より優秀で、格好いい人物であってもね。それが佐祐理を幸せにしてくれるとは思わない」

そう言ってくいっと酒をあおる。

「君なら佐祐理が不幸になることはないだろうからね」

「買いかぶりすぎですよ、いくらなんでも」

「きっと君と一緒なら不幸すら、まあいいかぐらいで考えるよ、佐祐理は・・・そういう子だからね」

空いたお猪口に酒を注いでもらいながら、孝治は祐一に言う。

「さて、こういった話はここまでにしておこうか。酒は楽しく飲まないとね」

「ええ」

「ところで祐一君、『狼』君を連れて行くんだよね」

「佐祐理さんに聞いたんですね?」

「ああ、そうだよ」

「ええ、今度は飼えますので。今までありがとうございました」

「こっちこそありがとうございますだよ。『狼』君のおかげでだいぶ健康的になれたよ」

「?」

「毎朝散歩だろ。あれはいいねえ」

晴れ晴れという孝治。

「近所にも犬を飼っている人がいてね。そういう人と話したり、一緒に散歩するのは思いのほか楽しくてね」

「なるほど」

「そうかあ・・・『狼』君いなくなってしまうのかあ。やっとなついてくれたのになあ」

「そういえば、最初きらわれていたんですよね?」

どこか楽しげに言う祐一。

「なんかね・・・威嚇されてね。それでも近づくと、ぴゅーと逃げちゃうんだよ」

「人見知りしますからね」

「噛まれはしなかったけどね」

ちなみに『狼』は噛むことは決してしない。

「最近やっと慣れてね。こう、私の手からビーフジャーキー(犬用)を食べてくれたときは嬉しかったな」

そのときのことをしみじみと思い起こす孝治。

「佐織や佐祐理にはあっさりとなついたんだよ」

どこか悔しそうな孝治。

「まあ、佐祐理さんにはもともとなついていましたから」

「寂しくなるな。子犬貰ってこようかな」

「いいんじゃないですか?佐織さんも反対はしないんじゃないですか」

佐織の性格からしてまず間違いはないだろう。

「佐祐理も出て行ってしまうしなあ」

「そうですね」

「そういえば・・・この間の散歩のときに、はす向かいの矢島さんで子犬が産まれたって聞いたなあ。貰ってくれる人探しているという話だったが」

ちょっと、思い悩む孝治。

「確か5匹だったか・・・すべて貰ってくるか。兄弟すべて一緒というほうがいいかもしれないし」

すでに貰うことは孝治の頭の中で確定してたりする。

「あら、家族増えるの?」

唐突に割り込む声。

「なんかそうみたいですね」

「むう・・・やはり全員か。佐織がなんていうかな」

「賛成で」

「そうか、賛成か・・・って、佐織!?」

「いつからというなら、あなたが悩み始めたぐらいからですよ」

「そ、そうか」

まったく気づいていなかった孝治。

「でだ、犬を飼おうと思う」

「はい。矢島さんの所の子犬ですね。可愛いですよ〜」

「知っているのか?」

「矢島さんのところの奥様とはよくお茶しますし」

割と近所付き合いの広い佐織なのである。

「子犬がいっぱいいいですね〜」

ものすごく嬉しそうな佐織。

「祐一様、そろそろ失礼しませんと」

「っと、そうか」

奏花の声に時計を見る祐一。

「ああ、こんな時間か」

振り返ると少し眠そうにしている祐。

長い時間かけて移動してきて、朝からこの時間までいろいろとあった一日である。

いつも以上に疲れて眠くなるのであろう。

 

「じゃあ、そろそろお暇しますね」

「ああ、そうだね」

「祐ちゃんまた遊びにきてねー」

そう言って抱きつく佐織。

「うん」

「狼ちゃんも」

祐から離れ狼の前に立つ。

「ワン」

来ます!と言っているかのような狼。

「それでは、また」

そう言って祐一が頭を下げると、奏花と祐もお辞儀をする。

「またきてくださいね〜」

倉田家一同に見送られて祐一たちは岐路に着く。

 

 

祐がやってきた、それは大きな変化をもたらしてきている。

今まで甘えてきたものには相応の罰を・・・

そして、栞、舞、彼女達は?

彼女達の祐とのファーストコンタクトは?

そのときの彼女達の対応・・・それこそがすべて。

最悪の選択をした名雪。

そう、名雪には地獄を味わってもらわなければならないのかもしれない。

 

つづく


あとがき

遅れましたー

・・・どれくらいやろ・・・

ええと、一応第二幕はこれで終了です。

あと2〜3話と言ったのに終わりましたが、今回はいつもよりちょっと長いんで・・・

1.5話ぐらいの長さはあるはず。

第三幕は舞と栞のお話ですね。

ああ、名雪の話もありますよ。

ええ、一応ね・・・

 

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