保護者達の伴奏曲 第三幕−第三楽章−

作:デビアス・R・シードラ様


 

「狼さん、そっちは危険ですよ」

奏花の声にくうん?とひと鳴きして振り返る狼。

と、右前足が坂をずり落ちかける。

「きゃいん!」

華麗に後方ジャンプして難を逃れる。

「そこ坂になっていますから、注意してくださいね」

奏花の諭す声に「わん」と、同意の声を上げる狼。

頭のいい犬である。

しかし、再び坂に向かう狼。むろん、少し警戒しながらではあるが。

頭がいいと入っても子犬は子犬。好奇心旺盛である。

そんな坂とじゃれているかのような狼を縁側に座って、緑茶を飲みながらのんびりと見ている奏花。

はっきりいってのどかな落ち着いた平和な景色である。

「そろそろ洗濯物を取り込まないと」

こういったことは割りときちんとできる奏花である。

まあ、彼女の洗濯物のたたみ方はしわにもなりづらいし、非常に良いのだが、誰にもまねはできない。

もちろん彼女がほかの誰かに伝授することもできない。

ある意味DNAにまともな筋道でできなくできるような何かがあるのかもしれない。

もっとも、最終的にはそつなくこなすのだから、斜めに進んでいてもどこかで修正しているんだろう。

洗濯物を片付け終わると、次は掃除に取り掛かる。

ちなみに奏花。後片付けとかは苦手である。

というか、整理整頓ができないというか、片付けているのか、散らかしているのか解らなくなるとは祐の弁。

衣替えの季節は完全な足手まといになるので、家から追い出されたりもする。

まあ、そんな奏花でも普通の掃除はできる。

掃除機かけるとか、トイレ掃除、風呂掃除なんかはできるわけである。

奏花はやり始めると集中するので、かなり丹念に掃除されていく。

「これで良いですね・・・」

綺麗になった風呂を見ながら、ふと目線を窓の外にやると、狼が目に付く。

目の前を飛んでいる虫に気になるのかそれを首を振りながらおっている狼。そしてそれを庭を追うように転げまわる。

その姿をじっと見て何かを決意する奏花。

その目線に気がついたのか、毛をそばだてる狼。

 

「わうー」

どことなく不服そうに鳴く狼。

その体は泡まみれである。

ようは、奏花によって洗浄中なわけで。

「動かないでください」

「くうー」

あの後、庭で遊んでいた狼はあっさりと奏花に捕まった。

しいて言うならば蛇ににらまれた蛙とでもいうのだろうか。

絶対洗って綺麗にするという奏花の気迫に押されたわけである。

「綺麗になりましたね」

土とかついていたのもすっかり綺麗になった狼。

昼は外にいるが、夜はなかで生活する狼。

まあ、祐の枕になってたりもするが。

タオルで拭いてもらい、それでも何か違和感があるのか、大きく体を震わせ、水分を飛ばす。

と、急に玄関に向かって走っていく。

「わん!」

「・・・っと」

侵入者に対して、ここに入ってくるな!と主張する狼の声。

それに対して、躊躇する訪問者。

「えっと、どちら様でしょうか?」

「いや、自分は・・・」

 

 

 

保護者達の伴奏曲

 

 

 

 

去っていく親子(紫と香里)を見ている親子(祐一と祐)

まあ、前述の親子は去っていくというより、つれさらわれていくといった感じか。

「なんていって良いのかな。すごい人だよね」

どこか楽しげに、そう評する祐。

手をつないで歩きだす二人。勿論荷物は祐一が持っている。

「すごい・・・まあ、すごい人だよなあ」

「香里お姉ちゃんと性格は似てないね」

小首をかしげながら言う。

「そうだな」

「『栞』って香里お姉ちゃんの妹さん?」

紫との会話に出てきた名前を問う。

「ああ・・・って、何で妹って?」

「香里お姉ちゃんが長女って言ってたから」

祐の言葉に納得する祐一。

長女といわれてその意味をきちんと知っていたことにちょっと嬉しかったり、基本的に親馬鹿な祐一である。

「栞お姉ちゃんとは性格にてるの?」

「紫さんとか?・・・どうかな、似ているところもあるけどな。香里よりは」

「うん」

「でも、違うなあ」

栞に近いところは確かにある。というか、栞が紫に近いところがあるといったところか。

母親がああいった性格で、妹が病弱。自分がしっかりしなければならないという想いから香里はしっかりものになったのだろう。

まあ、どこか母親のDNAを受け継いでいるのか、たまに可愛いポカをやらかしたりもするが。

どちらかというと父親の性格に近い香里である。

「独特な人だよね」

「そうだなあ」

それには苦笑しつつもうなづく祐一。

「良い人だけどな」

「うん」

「でも、香里お姉ちゃんのほうが年上みたいだったね」

香里に引きずられるように連れ去られていく紫の姿を思い浮かべる。

『たすけてーゆうちゃーん。へるぷみー』とわめく紫と『はいはい、諦めなさいね、母さん』割と冷静にその紫を連行する香里。

まあ、どっちが年上に見えるかというよりも、香里のほうが保護者に見える。

「それより、パパ?」

「ん?」

「夕飯の材料買わないの?」

「昨日買ったものだと・・・」

冷蔵庫の中身を想像するが、やや心もとないかもしれない。

「買っていくとしよう」

「うん」

 

「ええと、豚の細切れを200グラムください」

「はいはい、豚こま200ねー、っと祐一君か」

肉屋の店主、駒義男氏。妻、娘2人のよき夫。

居候している立場から、秋子に代わり買い物をしていた祐一とは顔見知りである。

なお、商店街の天使秋子と一緒に腕を組んで−秋子の冗談ではあるが−買い物をしたことがあり、商店街のブラックリストに載った祐一を弁護してくれた人でもある。

秋子と祐一の関係−甥、叔母−を知っていたということもあるのだが。

まあ、その一件以来祐一は商店街で知らないものはいないし、秋子の血縁ということで非常に待遇も良かったりするのだが。

「・・・あれ?妹さんなんていたかい?」

祐一の後ろに半身隠れるようにしている祐を見て祐一に聞く。

「ああ、俺の娘なんです。祐?」

「えっと、相沢祐です」

祐一の言葉に少し顔を見せ、そう挨拶する。

「娘さん!?・・・へー」

「えっと・・・」

じっと見つめられ、祐一の影に隠れてしまう祐。

「ああ、ごめんよ」

「人見知りするんですよ、すみません」

「いや、こっちが悪いからね」

「それにしても可愛い子だね?」

顔だけ祐一の後ろから出している祐を、苦笑しながら見る義男。

「ありがとうございます」

「祐ちゃんはフランクフルトとか好きかい?」

「えっと・・・好きです」

祐一の体を挟んで会話する二人。

「じゃあ、ちょっとまってな。おーい!」

店の奥で仕込みをしている奥さんを呼ぶ。

「なに?」

「フランクフルトできてたよな?」

「ええ、あるわよ・・・って、ああ、祐一君いらっしゃい」

「こんにちは、由梨さん」

駒由梨、店長のお嫁さんである。二人の娘は4歳と2歳だったりする。

「あら、祐一君。妹さん?」

「俺と同じ質問だなあ」

妻の問いに苦笑する義男。

「俺の娘です」

「祐一君の娘さんなの・・・え?娘?」

驚愕の表情を浮かべる由梨。

まあ、普通に考えて祐一の年齢からすれば当然だろう。

「色々ありまして」

「そう」

その一言で自分を納得させ、祐に向かって微笑む由梨。

できた人である。

「わたしは、駒由梨。よろしくね?」

祐は祐一の後ろから少し出て可愛くお辞儀しながら答える。

「相沢祐です」

「うん。いい子ねー・・・ああ、だからフランクフルトなのね?」

ちょっとまってねー、と祐に一声かけると店の奥に行き、焼きたてのフランクフルトを一本持ってくる。

「マスタードとか大丈夫?」

こくんとうなづく祐。

「はい、じゃあこれ」

にっこりと笑顔とともに祐に差し出す由梨。

祐一の方を向き、祐一がうなづくのを見て、祐は受け取る。

「ありがとうお姉ちゃん!」

「あら、嬉しい」

祐のお姉ちゃんって言葉にさらに笑顔になる由梨。

「もうお姉ちゃんって年じゃないが・・・があ!?いってええええええ」

余分ことを言う夫の足をを思いっきり踏みつける由梨。

「何かいった?」

「いえ、なにもいってませんです。はい」

「それにしても、祐ちゃんかー。昨日祐一君の事を見たって豆腐屋の奥さんが言っていたのよ。その時にね、小さい子を連れてたって言うから不思議に思っていたのよね」

「まあ、それが祐ちゃんだったわけだな。はいよ。豚こま200ね」

由梨が祐とやり取りしている間に梱包まで知ってあった肉を祐一に渡す。

「あーフランクフルトはサービスだからね?」

そう言って祐一から受け取った1000円札から肉代だけを引いて返す、義男。

「えっと、いいんですか?」

「かまわんさ、な?」

横にいる由梨に問うが、聞くまでもないでしょ?っと言った感じでうなづく。

「ありがとうございます」

「いや、お得意様は大事にしなきゃな」

「また来てね、祐ちゃん」

フランクフルトを美味しそうにほうばる祐と、肉屋を後にする。

「良かったな、祐」

「うん、すごく美味しかった」

「あそこはソーセージとかも自家製なんだよ」

「それも美味しそう!」

「ああ、今度買おうな?」

「うん」

八百屋でも似たようなことがあり、今度は祐の手にはバナナが握られていたりする。

「おなかいっぱいになりそうだな?」

「うん、みんな親切で良い人だね!」

嬉しそうにバナナをほうばる祐。

「さて、夕飯の材料もそろったし、そろそろ帰るか」

「だね・・・あれ、ねえ、パパ?」

ふと何かを思い出したのかちょっと上を向いて軽く首を振る祐。

「どうした?」

「狼ちゃんのご飯は?」

「あ!?そういえば昨日は、買ってこなかったんだっけ」

昨日の時点では狼のご飯は人間用のものに手を加えられたものだった。

「ドックフード買うか」

「ペットショップはあっちにあったよ?」

帰り道のほうを指す祐。

「じゃ、買って帰ろうか」

「うん!」

言葉どおりペットショップにより、ドッグフードと狼用の皿を購入。

祐が両手で大事そうに抱えての帰宅となった。

 

「あれ・・・狼ちゃん、吼えてる」

「だな、誰か来てるのかな・・・?」

一応昨日のうちに隣近所に挨拶は済ませてある。

回覧版か何かかな?と思いつつ玄関へと向かうと、そこには。

 

 

「久瀬!?」

 

つづく


 

 

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