保護者達の伴奏曲 第三幕−第四楽章−

作:デビアス・R・シードラ様


「やあ、相沢君・・・」

狼にまとわりつかれながら、挨拶する久瀬。

とりあえず、外敵ではないと認識はしたものの、もの珍しそうに久瀬の周りではしゃぐ狼。

「なつかれたな〜」

警戒心が強く、めったに人になつかない狼。

「これは、なつかれているとかじゃなくて、興味津々『こいつはなんだろ?』って感じじゃないのか?」

「いわれてみれば、そうだな」

狼を見ながら苦笑する祐一。

確かに、あまり敵対心は出してはいないが、ある程度の警戒心はもったままのであるかのような狼。

久瀬というこの家からすると異分子に当たる存在に興味津々といったところは間違いないだろう。

聡明とはいっても子犬は子犬である。

なんとなく久瀬の周りをまわってみたりしている狼。

「ところで、久瀬どうかしたのか?」

「いや、うちに昨日引越しの挨拶にきただろう?」

引越ししたさいに、隣近所には挨拶を怠らなかった祐一達である。

その際に、引越しそばと贈答品を渡すのも勿論忘れない。

ただ、隣近所を含むこの一帯は年配の方が多く、若い祐一、奏花を歓迎した。

なにより、自分の孫の年齢にあたる祐を歓迎したのである。

この界隈ではちょっとしたアイドルになった祐である。

その中で、右隣のご夫婦だけはそれほど年配の方ではなかった。

高校生の息子がいるとはおっしゃっていたが・・・とそこまで考えて、祐一は気付く。

「ああ、そういえば・・・お隣さん『久瀬』さんだったな」

「今気付いたのかい」

どこか苦笑しながら答える久瀬。

「昨日挨拶にきてくれたときに僕はいなくてね。両親から話を聞いたんだが・・・まあ、君のことだとわかってね」

「で、挨拶にきたと?」

「ああ、まあ・・・そういうことだね。あとはこれを届けに」

そう言いながら久瀬はタッパとビニール袋を祐一に渡す。

「これは?」

「たけのこと筑前煮」

「?」

「いや、両親の実家は京都にあるんだが、そこからたけのこを頂いてね。いっぱいあるし、おすそ分けだ。筑前煮はいっぱい作ったので食べてくださいと、伝言だ」

「美味しそうだな」

中を見つつ、答える祐一。

「ありがとう、ありがたく頂きますと伝えてくれるか?」

「ああ」

「久瀬、おまえの両親なんだが・・・非常にできた人だな」

祐一自身、久瀬の両親だとは知らないまま引越しの挨拶にいったのだが、若輩者である自分に非常に丁寧な応対をしてくれたし、また祐を自分の娘として紹介した時に、詮索をしてこなかった。

祐一の見た目の年齢からしても、祐の父親というのには無理がある。

しかし、一瞬驚愕の表情を浮かべただけで『何か困ったことがあったらいつでも来てくれ』とだけ言って子の件に関してはこれ以上何も言ってこなかった。

「確かにね・・・昔の僕からすると信じられないってところかい?」

どこか自嘲気味に笑う。

「まあな」

「逆に、そう言うところに反発したんだろうな。今から思えば・・・いや、違うな。うちの両親は良い人さ。だからこそ、その息子である僕もキチンとした人間でなくてはならない。そう言った概念的な何かを持ってしまっていたのかもしれないな」

「そうあろうとするあまり、程度を越えたと?」

「そうだね」

「・・・まあ、基本的にはお前がやってきたことは、問題はないんだがなあ」

「そう言ってもらえると、少しは気が楽かな。川澄さんの件に関しても、やりすぎたことは認めるよ。ただ・・・」

「まあ、夜に忍び込んでいる・・・状況的には舞が犯人と言わざるをえないしな」

「それと、一応ほかの理由もあってね」

「ほかの理由?」

「彼女自身の身の安全さ。ガラスが割れるなんてことは、その破片が彼女にいくことにもなる。顔に傷でもついたら一生もののことだしね。それに女性が夜遅くに外を一人で歩いているのは危険だろう?この辺の治安は良いとはいっても」

最後はちょっとおどけて言う久瀬。

むしろ、最初の方が本音なのだろう。

最近よく話し、友人付き合いをするようになってから祐一もわかったことだが、彼は基本的にフェミニストなのだ。

女性には基本的に紳士的。

舞に強硬なまでの態度をとったのも、ある意味その裏返し。

そうでもしなければ舞をとめられないと思ったが故である。

「まあ、どう言ったところで彼女に対する僕の態度は高圧的過ぎたな、と、今になって見るとつくづくそう思うよ」

「今となっては、か」

「そうだね」

渋い顔で頷く久瀬。

「まあ、間に合わなかった訳じゃないしな」

「それがせめてもの救いかかな」

二人して苦笑しあう。

「何の話、パパ?」

基本的に祐一の会話には割って入ってはこない祐だが、あまりにも放って置かれて話に割り込む。

「いや、まあ、いろいろとな」

そう言ってごまかす祐一。

その態度にこのことは話せないんだな、と思いそれ以上言及しない祐。

非常によくできた聡明な子である。

「えーと、君が祐ちゃんは微妙に久しぶりかな?」

「えっと、はい」

急に話しかけられて、祐一の後ろに撤退した後に答える祐。

「こうしてきちんと話すのは初めてだね。僕は久瀬。君のお父さんの同級生。よろしくね」

「えっと、相沢祐です、よろしくお願いします」

相変わらず祐一の陰に隠れつつ話す祐。

「基本的に人見知りなんだ」

祐一の言葉にひとつ頷く久瀬。

「遅くなりましたが、久瀬様、いらっしゃいませ」

そう言って流麗に一礼。

「あ、どうも」

それを見て久瀬も一礼、と同時に祐一の携帯が鳴る。

「・・・っと、失礼」

そう言いながら、その場から少し離れていく祐一。

祐一に引っ付いている格好の祐も一緒。

祐がそっちに移動するので、自分もついていこうとする狼。

結果、奏花と久瀬の二人のみ。

「では、僕もこれで失礼しますね」

「何もお構いできませんで、申し訳ありませんでした」

「いえいえ、こちらこそ突然お邪魔してしまいまして。それではまた、相沢君にもそうお伝えください」

祐一のほうに一瞬目線を投げ、軽く会釈するかのような祐一を見ると、奏花にそう告げ、久瀬は相沢家を辞して行った。

「礼儀正しい人でしたね」

その後姿を見ながら、そうつぶやく奏花。

 

 

「一食分浮いたなあ」

「筑前煮、美味しいです」

久瀬家からもらった、筑前煮がメインの夕食となった、相沢家の食卓。

「そういえば、先ほどの電話は何だったのです?」

「ああ、祐の教科書の件」

「祐様の教科書?」

「ああ、教職員のを貸してくれるって話だったんだが」

美影との話でそういうことになっている。

「家が近いことを知らなかったみたいでな。天野って二人とも天野か」

「美汐お姉ちゃん?」

祐一の言葉に返す祐。

「そう、で、だな。教科書持ってきてくれるって言うんだよ」

「そういうことでしたら、私取りに行って来ますけど?」

そういうことこそ私の仕事!といった感じの奏花。

雑務なら何でも来い!が最近のモットー。

「俺もそういったんだけどな。丁寧に断られてなあ・・・なんて言うか、逆らいづらいというか、断るほうが逆に失礼みたいな感じになって」

苦笑しながら言う祐一。

まあ、ありていに言って言葉でやり込められたのである。

不意打ちには弱いが美汐も祐一との論説では優位に立つ。

さらに美影には美汐にない、経験も備わっているのである。

「まあ、そういうこと」

話をすれば影というが、ちょうどその時にチャイムが鳴る。

「天野様ですね」

「だろうな」

 

「こんばんは」

「こんばんはーお姉ちゃん」

「わん!」

美汐の言葉に元気よく答える、祐と狼。

「よう、悪かったな」

「いえ、それほどの距離でもありませんですし。祐さんにはかなりの量でしょうけど、私が運ぶ分にはそれほどでも」

「とりあえずあがってくれ、茶でも出すから」

「いえ、届けにきただけですから・・・」

『帰ります』という言葉を飲み込む美汐。

祐の期待に満ちた眼を見てしまったからである。

祐にしてみれば、絶好のお嫁さん候補観察の機会であるし、なにより落ち着いた雰囲気の美汐にどこか憧れるところもあるのである。

「では、失礼させていただきますね」

 

「そういえば、天野」

「はい?」

「天野って言うとさ、混ざるよな・・・」

一瞬何のことを言っているのか、考え、すぐに言葉を返す、美汐。

「ああ、祖母のことですか・・・ええと、でしたら」

そこで言葉を切り、どこか照れながら、ほほをやや赤く染めながら言葉を続ける。

「美汐と名前で呼んでいただければ」

「そうか?そうだな。そうさせてもらうわ」

「はい!」

「お、おう」

普段からは信じられないぐらいの美汐に思わず戸惑う祐一。

「あ、いえ・・・その」

自分の今の態度に気付き、恥ずかしがる美汐。

名前で呼んでもらえたことがうれしくて、ついうれしさをそのままにいつもの自分らしくない答えをしてしまったのである。

「なんていうのかなーええと、お姉ちゃん可愛い」

「ええ、微笑ましいですね」

そんな照れている美汐を評する二人

二人の言葉が聞こえたのか、より一層、縮こまる美汐。

そんな美汐を救うかのようにチャイムが鳴る。

「?」

今日家に来る予定の人は美汐だけのはず、そう考えて首をかしげる祐一。

「ピピピピンポーンピンピンピンポーンピンポーンピンポピンポーン」

その間もチャイムは鳴り続ける。

早く出ろ、そう急かすかのように。

 

 

「あーもうむかつくのよーーーー」

玄関開けての第一声。

「真琴?」

「もう、なんなのよ、名雪はああああああ」

憤慨し続ける真琴。

「真琴お姉ちゃん?」

「絶対にゆるさないから!」

祐の声すら届かない怒りである。まさしく怒り心頭。

「とりあえず、中に入れ」

玄関先でわめく真琴を半ば強引に連れていく祐一。

 

「真琴?」

玄関にいかず、応接間で待っていた美汐は予想外の人物の登場に驚く。

「美汐?」

もっともそれは真琴も同じことだったが。

「あの、真琴様これはどこにおきましょうか?」

微妙に動きの止まった二人に奏花が声をかける。

「えっと・・・あれ?・・・祐一だれ?」

「ああ、そうか、真琴は奏花にあったことがなかったけ?」

「あった・・・ことはあったよ。ただあの時は真琴も急いでいたし」

急に保育園からヘルプを頼まれたときのことである。

「そうでしたね、申し遅れました。私は相沢家のメイドの奏花といいます。これからよろしくお願いしますね、真琴様」

「メイド?」

「はい」

自分の言葉に頷く奏花を見て、どこか訝しげに祐一を見る真琴。

そんな真琴にひとつ頷く祐一。

「あう・・・本当にメイドなんだ」

「ところで、真琴様。これはココにおいておいてもよろしいでしょうか?」

そういう奏花の持つ真琴の荷物をみる祐一。

「ずいぶん大きな荷物だな」

「旅行にでも行くんですか、真琴」

美汐もそれを見て一言。

「旅行に行くの真琴お姉ちゃん」

美汐の言葉を受けて、祐の一言。

「あう!?違うわよ、真琴は家出してきたの!・・・って、あれ?真琴は、相沢真琴になって、祐一の妹になるんだから、むしろこっちが家?・・・つまり家出じゃないのかな」

「とりあえず、まあ、その話はおいておいてだ。家出ってことは、水瀬の家を出てきたんだろ、どうしたんだいったい」

「怒っていたこともそれが原因ですか?」

自分に問いかける祐一と美汐の言葉に頷く真琴。

そして事情を話し始める。

 

真琴は今日になって名雪が祐に何をしようとしたのか知ったらしい。

自分のことを姉と読んでくれる存在。

真琴にとって、祐は妹(戸籍上は姪に当たるが)であり、何より自分の家族である。

その祐に対して、殴ろうとするなんて真琴にとっては許すことなど気はしない。

当然、その事実を知った真琴は名雪に詰め寄ったのである「なにをするのよ!」と。

それに対する名雪の答えは、真琴の予想外、いや、予想の斜め向こう側どころではない。

真琴には理解できないものだった。

名雪の答えはそれに対する謝罪でも、弁明でもない。

祐に対する恨み、妬みといった黒い感情だったのだ。

「あの子がすべて悪い、すべて壊す、私から祐一を・・・」

そう黒い呪詛を吐き出すかのような名雪の言葉は、真琴を激昂させるのには十分だったのだ。

自分のことを罪とも思っていない、自分の都合のいいようにだけ考えている名雪の考えは。

そこから派生し、大喧嘩となり「真琴もあのこと同じなんだね!出て行ってよ、ここはわたしのいえだから!」という名雪の売り言葉に「出て行く!」と思いっきり買い言葉を残し、自分の最低限の荷物を持って家出しようとしたのである。

相沢家の住所も知らない真琴はそのままではいく宛もなく、美汐のところに少し厄介になろうかぐらいに思っていたのであるが、真琴が外に飛び出したときにちょうど秋子が町内会の寄り合いから帰ってきて、玄関から飛び出てきた真琴の状態をみてそれとなく察したのか、相沢家の住所を真琴に教え、真琴はココにこれたというわけである。

 

「そうか・・・」

そう言って黙り込む祐一。

「名雪さん、それは」

絶句する美汐。どこか信じられない、しかし、真琴はこういったことでうそを言う子でない。

そして、祐一の態度から本当にあったのだと、そう解ってはいるのだが。

「私そんなに嫌われているのかなあ」

小さな、本当に小さな祐のつぶやき。

ただ、ここにいる誰もがその言葉を聞き逃すことはなかった。

本当に悲しげに漏らした祐の言葉を。

 

 

つづく


あとがき

本当におそくなってすみませんーーーーー

・・・本当にごめんなさい。
えー最近ものすごく信じられなく忙しいのです。

ちなみにこれを書いている現在朝の4:57ですが

これ会社で暇見て書いてます(苦笑

えー、家帰りたいです(爆

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